転生者は破壊したい   作:ヒブナ

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#6 いたちごっこ

 

 

 よくニュースで見る日本のトレセン学園……中央トレセンは一校なので、どんなウマ娘がレースを戦おうとも、結局は校内戦の大枠を出ないんです。

 

 それに対して、日本のローカルシリーズの魅力は学園の個性が生徒達の教育や勝負服に現れることです。

 

 私の雇われていた学園は、生徒達に社会に奉仕する人材になるための教育を施していましたから、レース場の誘導に参加する生徒や、地域の競走クラブを手伝いに行く生徒が多く見られました。

 

 勝負服に至っては、華やかさと用の美が共存した、素晴らしいものだったんですよ。

 

 そして、そんな日本のローカルシリーズの魅力は、学園同士が交流し、お互いの個性を学び合うことで、磨かれていったものなんです。

 

 

 ─あるウマ娘の自慢話より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プロジェクトL'Arcの発表から暫く経った、中央トレセン学園。

 

 ここの食堂では、チームを組むウマ娘を探す2人……ホッコータルマエと桜田が雑談をしていた。トレーナーと担当とのコミュニケーションは、中央のウマ娘にとって、最も大切な要素である。

 

 過去、担当ウマ娘の、“破壊的な正体”を知らずに騙され、精神的に打ちのめされたトレーナーがいた歴史が、ウマ娘とトレーナーのコミュニケーションを必要不可欠なものとしていたのだ。

 

「トレーナーさん、トレーナーさんは、テイオー会長のノートの話、聞いたことありますか?」

「いや……無いな」

「テイオー会長、学園や生徒のためにやっていきたいことを、沢山ノートに書いているみたいなんです。私はホワイトシュタイン先輩に入れましたけど…テイオー会長は、他の候補の先輩に入れた娘でも、安心して学生生活を送ることが出来るようにしてくれてるみたいです、凱旋門賞への本格的な挑戦が発表された時は、ちょっと不安でしたけど…大丈夫そうです!」

 

 トウカイテイオーが選ばれた生徒会長選挙は、考え方の違う4人のぶつかり合いであった。そのため、自らの選んだ候補者が選出されないことに、少なからず不安を抱く生徒もいたのである。

 

「そうか!それはよかった、じゃあ、自分たちも安心して、チームメンバーを探すことができる」

「はい!」

 

 プロジェクトL'Arcは、一部の生徒に不安をもたらした。しかし、生徒会長であるトウカイテイオーは、その解消のために、最大限の努力を払い、生徒達もそれを理解していったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 中央による凱旋門賞への、本格的な挑戦……

 

 それは、ウマ娘レース界に、激震をもたらした。

 

 連日、レース情報新聞は凱旋門賞の話題で持ちきりであったし、中央トレセンには、ブン屋さんが詰めかけた。

 

 そしてこちらはと言うと………………

 

 まあ、驚きはしたが、驚いたで止まっていた。

 

 そもそも、海外遠征をした地方のウマ娘なんてほとんどいない、仕組みの上では出来るが、片手で数えるほどしか前例がないのだ。

 

 恐らく一番驚いたのは、キングダムシーだろう、彼女はなんと、現在中央を目指して勉強中なのだ。ネクストヒロインカップで、何か感じるものがあったに違いない。

 

 中央の進んだレース関連技術を学び、名古屋に貢献しようと考える彼女は、現在、濃尾トレセン学園で、一二を争うほどの、中央の知識を身につけた人物……そんな彼女をもってしても、プロジェクトの尻尾は掴めなかったのだから。まあ、目茶苦茶真面目な彼女のことだ、きっと結果を出すに違いない。

 

 そして、心配していた舞原だが、凱旋門賞の件はほとんど気にしていなかった。

 

 ただし、理由はよろしくないものだった。

 

 彼は次のレースのための作戦を、必死で考えていたのだ。ケイピーシーナリーの気合いを、勝ちをもって、取り戻させるための作戦を…

 

『トレーナーさんが、必死になってくれてるのは分かるんです。でも、最近、どうも、無理してるなって、思うんです。私がそう言っても“問題ないさ”って返すだけで………皆さんから、トレーナーさんに、何か言ってあげてください……私は…心配です』

 

 枯れかけの葉物野菜のように、耳を垂らし、尻尾もだらりとさせながらそう言ったケイピーシーナリーの顔は、今でも覚えている。

 

 ただ、彼女も人の事は言ってられない。彼女自身も、東京ダービーの一件から、少しオーバートレーニング気味だったのだ。半分ヤケクソのような感じだと言える。

 

 ここで怪我をしたら、適性距離を伸ばす計画が、おじゃんになる。私達はケイピーシーナリーに怪我や無理による故障の恐ろしさを聞かせ、なんとか休むよう説得することに成功した。 

 

 ここでの私は“学生時代にレースを見ていただけのウマ娘”である。その私が念を押すのだから、まあ、少なくとも無下にするわけには行かないというカラクリである。

 

 この説得において、“沈黙の日曜日”で自爆してレースをめちゃくちゃにし、復活という期待を抱かせ、“阪神宝塚の別離”でファンの心を抉り、挙句の果てに失踪して大迷惑をかけたサイレンススズカ……彼女の例が、初めて役に立ったのだ。怪我は身体も心も壊すという例である。

 

 まあ、他にも怪我をしたりしたウマ娘の例を挙げてはいたが、サイレンススズカの話は特に恐ろしく聞かせてやった。

 

 

 

 

 

 ただ、ケイピーシーナリーはまだ少女………大人と比べれば、説得するのは難くない。だが、問題は舞原のほうである。

 

「黒澤係長、お疲れ様です」

 

 おっと、本人が戻ってきた。

 

「舞原君、一体どこに行っていたの?今日のトレーニングは休みなのに」

 

 私の視線の先にはPCがある。恐らくどこかでトレーニングプランでも立ててきたんだろう。

 

「図書室です、レース映像と解説本を見に行っていました」

「舞原、貴様、根性があるのは良いが、たまには一日寝て英気を養わんか」

「そうですよ、私達も、できる限りのフォローはしますから」

 

 沖田と森谷は、舞原に無理をしないよう促す。ここ数日は両名とも忙しかったので、その分言っているのだろう。だが、気合いやら根性やら日頃から言っている沖田までも咎めるとは思わなかった。仲間思いではあるのだろう。

 

「おう、お前たち、頑張っとるか?」

 

 その時、仁藤が部屋に戻ってきた、手には、この前沖田が出した稟議書のファイルが握られている。

 

「かっ、課長!!それは…それは…」

「ああ、お前の稟議、通ったよ、ただ、まずはテストをしてからだよ」

「もちろんであります課長!ぬおぉぉぉぉぉ!!」

 

 沖田は、腹から声を出して喜び、パソコンに向かう。恐らく、テストのために必要なものをもう一度吟味しているのだろう。

 

 今回の案は今までにない革新的なものだったから、本人の期待も大なのだ。

 

「ところで……舞原、話は聞いてるぞ、随分頑張りすぎてるみたいじゃないの」

「い、いえ!自分はケイを次のレースで勝たせるために……まだまだ」

「まぁまぁ、座りなよ、立ったままじゃないの」

「……はい」

 

 仁藤は舞原を落ち着かせて、自らの前に座らせる。

 

「舞原、最近根を詰めすぎだ……それほど、この間のレースのこと、屈辱に思ってるの?」

「それは当然です!」

 

 仁藤の言葉に対し、舞原は少し語気を強めて反応した。

 

「課長は、担当がレースに負けたとき、屈辱を感じなかったとでもいうのですか?」

 

 彼は仁藤に質問を返す。

 

「感じなかったわけないじゃないよ、でも、短くても半日、長くても3日ぐらいだ」

 

 返答を聞いた舞原はと言うと、目を丸くしていた。

 

「なぜ…そんなに簡単に吹っ切ることが出来るんです?」

「吹っ切っちゃうわけじゃないよ、例えばまぁ、ウマ娘を支える人々は、この学園だけでも3桁は超えてくるだろ?その全員でもって、ウマ娘の将来やら悩みやら…そういうのを背負ってる……そう考えるんだよ」

 

 学校とは何か?

 

 答えは色々あるだろうが、私は人生の重みを全員で背負い、知る場であると思っている。

 

 私も、仁藤の話を聞きながら、学生時代を振り返る。

 

 故郷で差別されたウマ娘がいた。

 

 姉のように慕う者を失ったウマ娘がいた。 

 

 自分を変えたいウマ娘がいた。

 

 一族を見返したいウマ娘がいた。

 

 ……このウマ娘達は、集まって、人生の重みを共有することで、自分なりの答えを出したり、居場所を見つけたり、悩みを断ち切ったりした。

 

 人間として成長する……いや…人生に役立つものを得た……とでも言うのだろうか。

 

 ただ、これは、私が成したことではない。

 

 彼女たちが自ら、学園生活の中で達成したことである。私はそのプロセスに関わったうちの一人に過ぎない。

 

 ……アレコレ思い返してきたが、大事なのは、本人が、自らを支える者や、苦楽を共にする者がいるかどうかを感じているかである。

 

 

「全員でもって…?」

「一人で背負うよりは、負担が軽くなるだろ?……ってのは、俺の個人的な考えだけどな……だが、こうも考えんと、辛くてやってられんぞ、この仕事は」

 

 まあ、それもそうだ。私だって、一人で破壊など成せなかった。背中を任せる相手が居たから、私はうまく破壊ができたのだ。

 

「……」

「過去、東海ダービーを制した我が校のウマ娘、フジノテンザン*1は、同じ相手との再戦で負けた、シンボリルドルフは、サンルイレイで脚を痛めて負けた、サイレンススズカは、秋の天皇賞で骨折した。スペシャルウィークは名古屋(お隣さん)の理事長に敗北を喫した。……それは、彼女らのトレーナーが予測できてたことなのか?」

 

 …

 

『黄金世代……甚だ、幸先の悪い始まり方をしちまったモンだ…』  

 

 懐かしいな。アサヒクリークとスペシャルウィーク、その戦いの裏にも、色々とドラマがある。

 

 

「……」

「違うだろう?レースには絶対はない、トレーナーは何かが起きるか予測できるより、何かが起きてから対処する事が多い。そうだ、病気に例えるとしよう。」

 

 ほう、病気…どんな例えをするんだろうか。

 

「俺たちはワクチンよりかは、風邪薬みたいなもんでな、基本的には、レースを経て、色々と考えるもんなんだ、つまり、トレーナーが色々と考えるときには、すでにレースは終わってる……風邪の症状が出てから、“あの時こうしておけば”と、くよくよしてても、仕方ないでしょ?」

 

 くよくよするのと、色々と考える。進めないのと進むということだろうか、だとすると、色々と違ってくるな。

 

「……ですが、“予防”に当たる、情報収集と作戦の立案も必要です」

 

 一方、こちらも正しいことを言っている。過去、情報不足で負けた者などいくらでもいる。機材や人材は良いのに情報で負ける……………あー…これじゃあ旧軍の悪口だな。

 

「もちろん、お前さんの考えを否定するわけじゃない、レースが近づくにつれ、事前対策を考えるのは大切だ。だが、それのやり過ぎはな、レースを戦うウマ娘にとって、心配事を、本番の脳味噌の負担を増やす物でもあるんだ。特に、デビューしたてだったり、初めての大一番に臨む場合であったり、大きな敗北をした後であったりの場合はな」

 

 トレーナーがウマ娘を見るのは当然だが、その逆も然り。ウマ娘もトレーナーのことはきっちりと見ている。

 

 だから、トレーナーの頑張りすぎは、ウマ娘の、自らの実力や努力への信頼を失わせるリスクも孕むということか。

 

「………」

「だから、やりすぎないこと、少しずつ、そういうのは増やしていくんだ。レース経験を積んでくうちに、ウマ娘は、頭だけでなく、身体にもレースのイロハを染み込ませて成長していく、トレーナーは、レースの結果を見て、それを普段のトレーニングに応用し、成長したウマ娘の手札を増やしていく、それの繰り返しが、ウマ娘とトレーナーのあるべき姿だ」

「………」

 

 仁藤は肘をついて手を組み、舞原の方に顔を近づけ、目を見る。

 

「わかるか舞原?俺たちの仕事は、本質的には“いたちごっこ”なんだ……」

「……な、納得いきません!それでは、結果を出そうと必死になるウマ娘の気持ちは…どうなるんですか!」

 

 舞原は椅子を立ち、仁藤に訴えかける。

 

「だからさ、全員で背負うんだってば、彼女を支える存在は、お前さんだけじゃないだろう?ここの教官、クラスメート、食堂のスタッフ、用具の整備班員……沢山いるんだ、その上で先を見ていくしかないんだ」

「先を…」

「ウマ娘、トレーナー双方に限界はある。スターウマ娘達のような最初からキラキラした活躍なんて、誰でも出来るモンじゃない。けどな、たとえ惨敗になっても、俺たちがレースを経て学ぶことは、決してムダじゃあないだろう?次は勝てるように、そうでなくてもより良い結果に至るように、そのために経験を積んでいくんじゃないか」

 

 それはそうだ。惨敗から学ぶことは沢山ある。事実、私達名古屋は、ネクストヒロインカップの敗北によって、最新技術に頼り切ることの危なさを学んだ。

 

「……もちろん、それは理解できます。ですが、でも、現実は…悪意はないと思いますが…あの中央のウマ娘の言葉で、ケイは努力や経験をしてもムダなのではないかと打ちのめされました。僕はそうなってしまったことが腹立たしいんです!」

 

 ……彼は多分、無力感に苛まれているのだ。

 

 私も、蹄鉄が壊れた時が懐かしくなってくる。

 

「ですから、彼女のために、僕は出来るだけ今出来ることを…「うんうん、ちょっと俺にも話させてよ」」

 

 熱が入る舞原を、仁藤が冷静に押さえる。

 

「…気持ちは分かった、それで、腹を立てるのは、お前さんの勝手だけどね……だが、忘れてる事がある」

「……忘れていること?」

「一人一人には、プライドや信念というものがあるんだ。もう一度言う、ウマ娘の将来や悩みを、この学園の全員で背負ってるとする、お前さん一人だけが、この前の一件を重く受け止めてる訳では無いとはならないか?」

「……!」

「しおりさんは、きちっと考えてる。この間の会議で、色々と決まった事があるからね、まあ、待ってることだよ」

 

 仁藤はそう言って、ニヤリと笑ってみせる。

 

 ああ、これは何か大きなことをやろうとしているな。

 

 副課長以上じゃないとわからないのが残念だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそおいでくださいました、金沢トレセン学園、生徒教職員一同、歓迎いたします。アサヒクリーク殿。アトラス君も挨拶を」

「アサヒクリーク理事長、生徒を代表し、このオヤマアトラス、心からご来訪を歓迎いたします」

「宜しくお願い致しますわ」

 

 それから数日後のある日、アサヒクリークは、金沢トレセン学園を訪れていた。

 

 合同トレーニングという目的は伏せ、統合再編された学園の理事長が、隣の学園に挨拶に行くという形であった。

 

 金沢の理事長である長は、穏やかな老紳士であり、オヤマアトラスのような生徒はもちろんのこと、アサヒクリークと並んでも、祖父と孫のように見える。

 

 

 

 

 

「遠路はるばる、ご苦労様です」

 

「見ていってください」

 

 金沢トレセン学園の生徒達は、挨拶を終え、長とオヤマアトラスに案内されるアサヒクリークを見ると足を止め、挨拶をしていく。

 

「ここの生徒の皆さんは、皆、礼儀正しく教育されているのですね、私も、見習いたいものです」

「それは良かった、生徒達には、客人を迎える際は、庭木の様に堂々と、かつ、穏やかに迎えるよう指導しています」

 

 礼儀正しい生徒達の迎えもあり、アサヒクリークは上機嫌で案内を受けていく。

 

 

 

 

「ここからならば、トレーニングするウマ娘達が、よく見えます」

 

 アサヒクリークはトレーニングコースのそばにあるベンチに、長とオヤマアトラスと腰掛ける。

 

『発走訓練用意!各走者装具類総確認、確認の後、発走機に入り、発走態勢に移れ!』

 

『発走態勢確認、用意良し』

 

「皆さん元気なご様子で…」

「断言いたします。貴女がご覧になられている光景は、演技ではなく、この学園の日常です」

「素晴らしい生徒達です………この生徒たちは、いずれはどのような道を?」

「この娘達はマイル路線のウマ娘達です。金沢レース場でトップを目指す娘、遠征をして他のウマ娘との激戦を求める娘……目標は様々です」

 

 オヤマアトラスは、誇らしげに生徒たちを解説する。

 

「私どもの生徒とも、レースをする機会があるかもしれませんわね。楽しみです」

 

 アサヒクリークの言葉に、オヤマアトラスも、長も、頷きをもって答える。

 

「それに、地域の方々も……」

「ええ、観戦・応援用の専用スペースも作ってあります」

 

 地域住民との交流において、金沢は名古屋の1歩先を行っていた。名古屋は、市民と生徒が交流する場こそあれども、コースのそばにまで市民を入れることはしていなかったからである。

 

「それに……校旗も、学園用の車も、生徒の制服やジャージも、皆、ケンロク・グリーンが使われています。生徒・教職員・地域………一丸となっていることが、よく分かりますわ」

 

 ケンロク・グリーン。

 

 その名の通り、金沢の有名な庭園、兼六園の樹木のような、深い緑色である。これは金沢トレセン学園のシンボルカラーであり、あらゆる所に使われていた。この緑色を学園が使い続けていることは、地域との結びつきの象徴であった。

 

「長理事長、オヤマアトラスさん、折り入ってお願いがあるのです」

 

 アサヒクリークは、長とオヤマアトラスの方を向く。顔だけでなく、体ごと。

 

「我が濃尾トレセン学園は、注目こそされてはいますが、その内実は、生まれたばかりの赤子のような学園です。生徒達も、我々教職員も、手探りではありますが、毎日、より良い学園のために、力を尽くし続けています。しかし、まだまだ、足りません。生徒も、そして私達教職員も、まだまだ学ぶべき事が多くあります………長理事長、オヤマアトラスさん、どうかお願いたします。ケンロク・グリーンに宿りし精神、合同トレーニングを通じ、どうか、我々濃尾トレセン学園にも、教えていただけませんでしょうか」

 

 アサヒクリークは、2人の目をみてそう言い、頭を下げた。

 

 アサヒクリークの仕草を見ていた長は、穏やかな顔をして、口を開く。

 

「顔をお上げ下さい、合同トレーニングのお願い、こちらからも、是非、お願いしたい。東京ダービーにて、貴女がたの生徒はよく戦った。統合から1年も経っていないのに……です。それを成し遂げた学園の気風を、こちらも知りたいと欲していました、なぁ、アトラス君」

「もちろんです。ですが……私も引退した身、現役の生徒の率直な声を、聞いてみるのが一番だと思います。」

 

 そう言うと、オヤマアトラスは、携帯で電話をかけた。

 

 しばらくすると、緑色の制服に身を包んだ1人のウマ娘が、アサヒクリークらのもとにやってきた。

 

「名古屋のアサヒクリーク理事長でありますか?」

「はい、私がアサヒクリークです…貴女は…」

「も、申し遅れました!私は、オヤマアトラスが妹、オヤマハンニバルであります!あのスペシャルウィークを撃破した、名古屋の英雄とこうして直接会える……身に余る光栄であります!」

 

 オヤマハンニバルは、そう言って、姿勢を正す。

 

「妹です。世代的には、ケイピーシーナリーさんや、スタークラッシャーさんと同世代になります。さて、ハンニ……一つ質問をさせて欲しい」

「は、はい!」

「濃尾トレセン学園と合同トレーニングをするとしたら、お前や友達はどうする?」

「それはもちろん行かせてもらいたいであります。東京ダービーで走った選手の皆さんと交流し、競争相手としてしっかりと認識する事が出来ますから、友人たちも、大筋は同じ考えかと」

 

 オヤマハンニバルはそう言い、目を再びアサヒクリークに向けた。

 

「なるほど…実は今、長理事長とオヤマアトラス会長に、その話を持ちかけているのです」

 

 アサヒクリークは、オヤマハンニバルの眼差しに応えるため、こう言った。

 

「理事長、姉う…いえ会長!私は行きます!」

 

 オヤマハンニバルは、そう言って、長とオヤマアトラスを見た。

 

 やがてオヤマアトラスが口を開く。

 

「分かりました、では、金沢トレセン学園は、この願いを引き受けさせていただきます。ただし、希望者を募らせてもらいます。それで構いませんか?」

「もちろんです」

「………わかりました、では、宜しくお願い申し上げますわ」

 

 アサヒクリークは、嬉しさと安堵が混じったような表情をして、深くお辞儀をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう、歯に衣着せず、はっきりと言って良いわよ」

「……小さい…ですね」

 

 一方、副理事長である斎藤は、北海道の門別トレセン学園を訪れていた。こちらの学園は、斎藤より10ほど年上の落ち着いた人物、蠣崎が理事長を務めている。

 

 斎藤、蠣崎、そして門別トレセン学園の生徒会長、コタンチェフスキーは、整列した生徒達を見ている。 

 

「そう、これが私達、門別トレセンの現状……体格が優れ、競走に有利と目される生徒は、次々と中央に勧誘され、残るのは、競走に不利と目される、小さな体格の娘達ばかり……」

「しかし、我々はその様な思い込みに惑わされません。私、コタンチェフスキー、そして、東京ダービーに出走したレッドドーシュカをはじめ、学園のシスター達は、日々、トレーニングに明け暮れています、小柄であれ、大柄であれ、アイヌであれ、和人であれ、関係はありません」

 

 蠣崎に続き、門別トレセン学園の生徒会長、コタンチェフスキーは、冷静に自らの意見を述べる。そして、彼女の言う“シスター”とは、もちろん教会の修道女ではなく、レースという困難な世界と自然の王国、北海道を共に生きる“同胞・ライバル”という意味合いを持っていた。

 

「コタンチェフスキーさん、やる気は十分なようね、蠣崎さんは生徒に任せると言っていたけれど………私達がライバルとなり、互いに強くなるための第1段階…合同トレーニングに協力してくれるかしら?」

「もちろんです。ご協力させていただきます。何より、シスター達にも、新しい風を呼び込みたい、そして、中央に一泡吹かせてやりましょう」

 

 中央に挑戦したいという点において、濃尾トレセン学園と門別トレセン学園は似ている。そして、蠣崎は、前々からそのことを斎藤に話していたため、後は生徒の理解を得るだけとなっていた。そのため、協力への合意は容易であった。

 

「ありがとう、宜しくお願いするわ」

「こちらこそ、ある時は川の流れのように穏やかに、ある時はキタキツネのように賢く、またある時はヒグマのように激しく戦う、その様なウマ娘となるため、力の限り学ばせて頂きます、そうだろう?シスター達」

 

 コタンチェフスキーは、生徒達の方を向く。

 

「勿論です!何処であれど、真っ直ぐ、レースに取り組み、飛び込みます!」

「シスタードーシュカの言うとおりです!あたし達は、アイヌモシリ*2を代表する学園のウマ娘として、どんなときでもキムンカムイ*3のように、堂々たる振る舞いをいたします!」

 

 コタンチェフスキーの問いかけに対し、レッドドーシュカをはじめとしたウマ娘達は、小柄な身体に見合わなぬエネルギーを爆発させてそう答えた。それを見たコタンチェフスキーは笑顔で…

 

「“大声援は必ず実現される”……シスター達、北海道を盛り上げるため、共に頑張ろう」

 

 と答え、ウマ娘達のエネルギーに応えた。

 

 

 

 

 こうして、濃尾トレセン学園と、金沢・門別の協力は成ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ」

「一仕事した後のお茶は、やはり違うものですわね」

 

 私は久しぶりに名古屋のアサヒクリークの家に行き、帰ってきた彼女にお茶を淹れる。

 

「門別も金沢も、交渉がうまく行ってよかった」

「そうですわね……後は、三学園合同でやる段取りを整えるだけです」

「そうだね……他に何か考えてるの?」

「それは貴女にも言えませんわ………でも、生徒のための計画だとは、伝えておきます」

 

 疲れているとはいえ、アサヒクリークは学園を束ねる理事長、やはりラインは弁えている。

 

 まぁ、別に私も本気で知りたいわけではないが。そのうちわかることだし。

 

「わかったよ、楽しみに待つよ」

「ええ、これから更に忙しく成りそうですわね、濃尾の新時代感、金沢の精神、門別の団結、これらを活かし切るプランにしなくては……」

 

「二兎を追う者は一兎をも得ず……まずは、2校の生徒に対して、今の学園で何ができるかを固めた方が良いと思う」

「…そうでしたわ……」

「私だって、ほんとはあのラークとかいうやつについて、もっと調べたいのを我慢してるんだから、クリークさんもやるべき事を認識しておかないと、私達の仕事は、基本的に“いたちごっこ”だよ」

「いたちごっこ……上ばかり見ず、粘り強く、やれということですわね?」

「まさしく」

 

 今のアサヒクリークは、舞い上がっている。舞原のように慌てている時はもちろんだが、喜んでいる時も、人間判断力は落ちるものなのだ。

 

 そういう時は、周囲にいる誰かが、フォローしてやらねばならない。

 

 私は軍師だし、尚更そうなのだ。

 

「…そうですわね…まずは、私達の武器……まず、VRシミュレーターについては、レース再現以外に、名古屋環状線を走るスリル満点のモードを実装しましたし、トレーニングについても、“心”に着目したものを開発しましたわね」

 

 アサヒクリークは冷静になり、今自分たちが持つものを思い出していく。

 

 その一つ、“心”に着目したトレーニングは、読んで字のごとくウマ娘の心をうまく活かしたものである。

 

 ウマ娘がG1レースの時に着用する勝負服は、ウマ娘に全力を出させるものである。それを着ることができる事自体が名誉なことであり、勝負服自体もウマ娘の身体能力を活かし切る素材が使われているのだ。そして、走るウマ娘自身も、レースの際には、普段以上に集中し、全力を絞り出す。当然のことである。誰のため、何のためであろうと、最終目標は勝利、単純明快なのだ。

 

 だが、練習時の全力はどうだろう、もちろん、体操服であっても、ウマ娘は持ち得る身体能力を発揮しうる。だが、ケガはしないだろうか、明日はどうしようか、終わったら何を食べようか……色々な感情が混じり合い、100%の力は出ない。特にケガへの心配は、無意識に力をセーブすることにつながる。程度の差はあれ興奮状態にあるレースと違い、練習時は色々な事を考える余裕があるのだ。

 

 このことから、練習の全力と、レースでの全力、この2つにより発揮されるパフォーマンスは違う可能性があることがわかる。

 

 でなければ、トウカイテイオーの奇跡の復活や、終わったとか言われながら最後に勝ってみせたオグリキャップの例の説明がつかん。私達はこのパフォーマンスの違いに着目した。

 

 練習の全力で出せるパフォーマンスを高めることができれば、当然結果も違うものとなる。

 

 そして、その結果をフィードバックすることで、次回のトレーニングや調整の質も高められると考えたのだ。

 

 また、全力を出して消耗した身体が超回復し、より良いパフォーマンスを発揮する身体作りにもつなげることができる。

 

 それに、練習の全力で出せるパフォーマンスを高めてやるには、不安を払拭してやらねばならん。

 

 そのため、私達はヘッドギアのようなスタイルで、頭に装着するプロテクターを開発した。このプロテクターや市販のグローブをつけてのトレーニングを取り入れることにより、ウマ娘達の怪我のリスクを低減することができる。

 

 つまり、練習をするウマ娘の脳内から、ケガの可能性を可能な限り追い出し、練習中により高いパフォーマンスを発揮させるべく、トレーニングに集中させるというわけである。特に顔は傷つけたくないと思うウマ娘が多いので、そこが守られることには大いなる意味があるのだ。まあ、出す力の上限を上げるのトレーニングで、オーバーワークにならないように気をつける必要はあるが。

 

「そう、あと、カサマツでもいろいろと進めているから、そっちもお楽しみにね」

「期待していますわ………では、もっと話すと致しましょう、トレーニングの内容を」

 

 やれやれ、これはなかなか帰れないな。

 

 だが、彼女と話すのは、どちらかと言うと好きである。

 

 彼女は、シンボリルドルフのように達成不可能なことを口にすることはないのはもちろん、現実的な視点を忘れないのだ。

 

 大いなる夢を語りながら、地固めはしっかりと………彼女は、自らの執務室に飾ってある人物──織田信長のように、学園を率い、中央への下剋上を目指している。

 

 選手ではなく、監督者の立場ではあるが、面白くなってきた。

 

 私と組んでいた時の白子も、同じ気持ちだったのかもしれない。彼は舞い上がらずに堅実にやり遂げて、楽しんでいたが、よくまあ、そうあれたものだな。まあ、彼自身、一度大失敗をしたようだし、それを通じて楽しみ方を確立したのだろう。

 

 さて……仲間は順調に増えつつある。次は、それをどう活かすかだな。

 

 これからは、“いたちごっこ”の繰り返しであるどんどん忙しくなる、体調には気を払うとしよう。

 

 現役時代、気持ちが凹んでインフルエンザにかかり、しばらく隔離されていたどこぞのトリにはなりたくないからな。

*1
この世界におけるヤマノサウザン。

*2
アイヌ語で“人間の世界”、ここでは北海道を表す。

*3
アイヌ語で“熊”。




 お読み頂きありがとうございます。

 金沢トレセンと門別トレセンの校旗を考えましたので、掲載しておきます。


【挿絵表示】



【挿絵表示】


 金沢は藩主前田家の家紋でも使われていた梅のイラストを使い、門別はクマとアイヌにとって神聖な色である、赤・青を使用しました。

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