転生者は破壊したい   作:ヒブナ

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#7 発掘

 

「私、キングダムシーは中央で多くの物事を学び、必ず、この学園の発展のために知識を持ち帰ります」

 

 集まった人々の前で、スーツケースを持ったキングダムシーは、そう宣言する。

 

「キッシー先輩、寂しいネ…」

 

 そう言って、スタークラッシャーは耳を垂れ下がらせる。そのような生徒は、彼女だけではない、しかも、名古屋だけでなく、カサマツの生徒もいた。統合から経過した時間は長くなかったものの、この光景は、キングダムシー自身の努力の証であった。

 

「頼まれたものは、用意致しましたが………キッシーさん、本当に、こんなもので、良かったのですか?」

 

 アサヒクリークは、キングダムシーの前に歩み出て、そう言う。

 

「はい、校則第1号……当校則は学園内において適用されるものであるが、健全なる心身の形成のため、学園外部での活動においても、これを心に留め、学生・競技者・競技者の支援者・または社会を構成する一員としての健全なる行動を心がけること……私はこの精神のもと、中央でも頑張りたいと思っています。愛する故郷のために」

 

 そう言い、キングダムシーは、アサヒクリークから生徒手帳を受け取った。

 

「……さすが、我が濃尾トレセン学園の誇る、優秀な生徒ですわ。東京においても、ここで得た学びを忘れず。礼儀正しく、勤勉であるように。ですが、時には柔軟に、肩の力を抜くこともお忘れなく、虎にあやかった羊羹や、つゆの色の濃い蕎麦も、中々の物ですわよ」

 

 アサヒクリークは、キングダムシーが好む羊羹と蕎麦を引き合いに出し、真面目すぎて頑張りすぎる面もあるキングダムシーを諭す。

 

「かしこまりました」

「それと……貴女が名を挙げても、ここが貴女の出身校であること、帰ることのできる場所の一つであることに、変わりはありません。辛く耐えられないことがあれば、いつでもここの誰かを頼って下さいな。私どもも、温かく受け入れますわ。その手帳が示す通り、所属は違えど、貴女はここの生徒なのですから」

「…っ…は…はいっ!」

 

 キングダムシーは、涙を流し、アサヒクリークの言葉に答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後の中央トレセン。そこで、2人の職員が談笑していた。

 

「今度来るサポートウマ娘の転入生、地元では羊羹づくりの達人と呼ばれてるそうだぜ」

「へぇー、グラスさんが飛びつきそうだな!」

「…楽しみだ!」

 

 

「………!」

 

 

 そして、そこから少し離れた所で、あるウマ娘が、その会話を聞いていた。

 

 彼女の名前はヴェニュスパーク、プロジェクトL'Arcの第一歩として行なわれたフランスのトレセンとの交換留学で、トレセン学園に少しの間短期留学することになったウマ娘であった。

 

 

 

 

 

「キタサン!ミナサン!大ニュースです!」

 

 数分後、ヴェニュスパークの姿は、ウマ娘のいる教室にあった。

 

「どうしたの?」

「何々?」

 

 競技者とはいえ、ウマ娘達も年頃の少女である。大ニュースには、すぐに飛びつくのだ。

 

「ノービ、からサポートウマ娘の転入生がきます!エート…ヨウカ………そう、ヨーカイ!ヨウカイと呼ばれてるミタイです!」 

 

 ヴェニュスパークは、フランス人のウマ娘である。日本語はよくできるほうであったが、どうしても、聞き間違えてしまう場合もあった。

 

 実際、話者との距離もあって、彼女はキングダムシーについての会話を聞き間違え、羊羹を妖怪として認識したのだった。

 

「妖怪!」

「凄い出来る人……ってことかな?」

 

 そんなことを知る由もないウマ娘達は、口々に、やがて来る転入生──キングダムシーについて、期待を募らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、生徒達、聞こえるか、今日から、待ちに待った夏合宿がスタートする。名古屋、カサマツ、それぞれの地元から離れた土地でのトレーニングは、慣れないこともあり、苦労するだろう。それを乗り越える精神力、いつもとは違うコースを走ることで身につく応用力…この2点を意識して、身につけてもらいたい。この2つは、今後の競走生活において、大いなる力となるだろう。サポートウマ娘についても同様だ、ここでトレーニングし、成長する競走ウマ娘達を、支えることで、応用力と、観察力をさらに伸ばしてほしい、それらの力は、秋に待ち受けている門別・金沢・濃尾の合同トレーニングに必要なものとなる。以上だ。」

 

 カサマツの生徒会長であり、濃尾トレセン学園の生徒会長も務めるウマ娘、ブルーパイソンが、開始の言葉を述べる。

 

 そして、彼女の言葉通り、ここはカサマツではない、名古屋でもない。

 

 中心地に城、名物に薔薇、沿岸にNFEのでっかい工場、ちょっと離れたところには潮待ちの港…

 

 そう、何を隠そう、備後福山である。

 

 ここでの夏合宿こそ、仁藤がまぁ見てろと言った、斎藤のアイデアだった。

 

 廃校になった地方トレセン、福山トレセン学園と、それと時を同じくして、閉鎖された、福山レース場……

 

 私達は、それをレンタルして使っている。

 

 これら2つの施設は、解体しようにも多額の費用がかかるため、そのままだった。

 

 勿論理由はそれだけではない、これら施設の使用者は人間よりもパワーの強いウマ娘が多数派を占めることを想定されているため、普通の建物より耐久性が優れている。

 

 なので、校舎は災害時の避難所として、レース場はヘリとかが着陸でき、テントをたくさんぶっ立てて物資集積の拠点とするべく、柵のみ撤去して残されていたのだ。

 

 ただ、唯一の問題は、イノシシの出るエリアだったことである。まあ、これについては夏合宿の前に私が現地入りして様子見をした際、襲ってきたので群れ自体は蹴散らしておいた。蹴っただけで前脚が取れたので、地元の個体群よりはすこぶる弱い。調子に乗ると、読んで字のごとく“散らかして”しまうので、母親から受け継いだ貫手で腹あたりをズボッとやってあとは帰ってもらっただけである。あとは知らん、勝手に傷口から感染して動けなくなろうがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっつ……」

「…けど、すぐそこに川があるから癒されるヨ…、名古屋は……校舎町中ネ、水はあるけど、お堀デ…誰かは知らないケド…逃がしたブラックバス、ウヨウヨしてる……」

「それは……大変だねえ、うちらはすぐそこに川があるから、こことは環境が似てるかな、それだからか知んないけど、何か安心感持ってトレーニングが出来るんだよね〜クラちゃんも、遊びに来なよ、日本の川魚、釣り上げてみせるからさ……もちろんカニも」

「流石、カサマツのクラブマスターネ、楽しみネ」

 

 合宿から1週間、両校舎の生徒は、レース以外では初対面の者もいたものの、過酷な暑さを乗り切る中で打ち解けたようである。

 

 このタイミングで、少しスパイスを入れる。

 

「沖田君、いよいよ、新トレーニングを行う時が来たわ。私が皆を集めるから、説明を頼むわ」

「は、はい!やってみせます」

「舞原君、森谷さん、説明のセッティング、任せたわよ」

「「了解です!」」

 

 私は合宿に参加したウマ娘たちを集め、部下たちには準備をさせた。

 

「皆、集まってくれてありがとう、今日は、沖田君が皆のために、新しいトレーニングを考えてくれたから、それに挑戦してみて欲しいの、沖田君、説明を」

「了解であります、係長!…お前たち、まず、これは分かるか?」

 

 沖田はスライドで、一つの画像を表示する。

 

「分かります…お祭りの時の…のぼり旗です!」

「うむ!そうだ、この旗は大きいが、これを小さくしたものは、戦国時代によく使われていた、大河ドラマなどを見ている者は、イメージが湧くと思うが…」

 

 その言葉を聞いて、何人かは頷く。渋いな。今年は確か「よわたり」因幡の山名豊国を扱ったものだったな。確か先週鳥取城が落ちた筈である。メイクとCGを駆使した、結構きつい描写だったらしい。ウマッターが荒れていた。

 

「戦国時代、一部の鎧武者は、この旗…旗指物を背中に刺し、戦場を駆けていた……小さくとも、自分の半分以上の大きさはある。空気抵抗は大きい。そして、重い鎧…さぞかし、身体は鍛えられた事だろう」

 

 鎧武者の参考画像もあり、ウマ娘達も上手く話についていけているようだ。

 

「そして、今回着目したのは、この空気抵抗。この新トレーニングの参加者には、一人一人、自分オリジナルの旗指物を作り、それを背中に刺してトレーニングしてもらう。旗指物に実家の家紋やら、好きな食い物やら、絵やら、何でも描いてな」

 

 段々と興味の声が多くなっているのを感じる。ここで、実演例を見せる。

 

『では、行きますわよ………ふっ!!』

 

 画面に映り込んだのは、織田信長の旗印である、永楽通宝を描いた旗指物を身につけたアサヒクリークである。

 

 彼女は現役時代と変わらぬ、ティラノサウルスのような目つきで、旗をなびかせながら走ったのだ。

 

「えっ…これ理事長…!?」

「VRシミュレーターの録画とか、CGとかじゃないよね…!?」

「当たり前だ!これは理事長自らが、お前たちのため、自らトレーニングの有効性と方法を示してくださったのだ!」

 

 事実である。むしろノリノリだった。永楽通宝の旗指物を作るときなど特に。

 

『ど、どうでありますか、り、理事長!』

『負荷を上げるだけでなく、重心変化によるバランス感覚も養うことができそうですわ。そして、主な材料は竹と布のみの低コストさ…良いトレーニング方法を考えて下さいましたね、カサマツの皆様の強さの秘訣である柔軟さを、また学ぶことができました。礼を言いますわ』

『み、身に余る光栄であります!』

 

 汗をかいて清々しい顔をしたアサヒクリークに礼を言われ、沖田がなぜか敬礼しつつ答え、映像はフィニッシュである。

 

「このように……理事長はこれを使用しての走りを、見事、やり遂げられた。次はお前たちがどうするか、決める番だ」

 

 沖田はそう言い、映像の間に森谷が出していた旗指物を掲げた。マークは南部鶴、盛岡藩の大名家の家紋か。

 

「お前たちの好きなマークでも良い、食い物でもいい、標語でもいい、何でも書いて掲げ、それを背負って心身を鍛えろ、そして、秋以降のレースに備えるんだ」

 

 そう言うと、数人のウマ娘が立ち上がり…

 

「やります!いえ、やらせてください」

「いっぺん大河ドラマの真似をしてみたかったんです」

「すぐに材料を下さい!」

 

 と言う、それを皮切りに、ウマ娘達は自ずと立ち、新トレーニングを受け入れる意思表示をしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新トレーニングはウマ娘達に広く受け入れられた。しかし、最大の天敵は雨である。旗指物が濡れて重くなり、重心が狂ってトレーニングどころではなくなるのだ。

 

「舞原君、ケイさんのタイム、見せてもらったわ、順調に伸びていってるわね」

「はい、彼女にはどうやら、あの旗指物のトレーニングはベストマッチのようです」

「レースについては?」

「今は、あまり……弱点を改善することを、目標としていますから」

 

 そして、今日は生憎の雨、しかも台風が瀬戸内に入ってきてしまった。勢力の強いやつではないが、それでも強い雨が降った。そのため外出禁止を出していたのだ。

 

「良い傾向よ」

「ですが………」

「他に何か、不安なことでも?」

「ケイをはじめ、ウマ娘達の技能が向上するのは良いんです、ですが、それをサポートする技術の発展も、必要なのではないですか?」

 

 舞原は、こちらを見つつ、そう言った。

 

「……あの白黒の破壊者は、自らの体の成長に、蹄鉄の製作技術が追いつかず、最後のレースではベストではないものを付けていた…ウマ娘がベストコンディションを発揮したいのであれば、トレーニングだけでは駄目であるのが、僕の持論です……もっとも、この例が適切なのかどうかは分かりませんが………あまり軽々しく話せないウマ娘ですし…」

「そうね、あのウマ娘のことは、冗談のネタにならない」

 

 冗談も交えず、常に真剣にやっていたのでな。

 

「ただ、身体能力だけでは不十分なのは、大いに同意できるわ。アトラトル……投槍器を知っているかしら?あれは、遠くまで槍を投げることのできるウマ娘の身体能力に追いつくため、人間が発明したものなのよ。足りないものを、工夫で補う………基本的だけれども、大事な考え方ね」

「では、係長も…」

「ええ、舞原君の考えに賛成よ、ただ、私は生徒のメンタル面をどうするかについて考えていくつもりよ、前の職場では、メンタルを壊す人が少なくなかったから」

 

 事実である。それに、身体能力、技術とくれば、あとはメンタルが重要だろう。

 

 身体能力と技術に恵まれたが、メンタルが崩壊……いや、破壊されたG1レース1勝のウマ娘がいた。

 

 彼女─スペシャルウィークの例は、繰り返してはならない。

 

 私やアサヒクリーク側の者に限るが。

 

 中央の者がどうなろうが、構わない。あちらは敵だ。

 

 

 

 

 

 

「………ふぅ」

 

 その後、私は少し校舎内を歩くことにした。

 

 眠たくなったのだ。

 

「……ここは…」

 

 そして、特に考え事をするわけでもなく、収まる気配が無い雨脚を見ながら歩いているうちに、“生徒会室”とプレートが付けられた扉の前にたどり着いていた。

 

 そう言えば、ここを掃除しようとしたら、あまりにも埃だらけだった上、そもそも夏合宿で使うような場所でも無かったので、結局ノータッチのままだったか、折角なので、ハンカチ片手に入ることにする。

 

「こういうのはどこも一緒なのか」

 

 中央よりも少し手狭だが、ソファ、本棚、執務机………これはスクールモットーの紙が入った額を掲げるための金具……ある物自体は変わらないか。

 

 ただ、本棚は当然空であり、当然、執務机も…………!?

 

「手帳……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、仁藤の許可を貰い、私は集められるだけウマ娘たちを集めた。

 

「昨日、素晴らしいものを拾ったのよ」

「手帳…結構古いですね」

「ええ、これには、メッセージが書いてあったの、それじゃあ、読み上げるわ」

 

 私は全員の注目を集めてから、手帳を開く。

 

「……これが読まれている時、恐らく、この校舎は、何らかの理由で使われるのか、解体されるのかのどちらかになっていることだろう。そして、これが私達に続く地方のウマ娘に読まれていることを、彼女たちに有益なものになると信じ、ペンを取らせてもらう。」

 

 手帳には、丁寧な字で、メッセージが書かれている。

 

「まずは、私達の現状について説明させてもらう。単刀直入に言うと、私達の学園の生徒は、少し遅いが、頑強な娘達が多い。柔軟性は十分だ。ただ、他の学園の生徒と比べてみると、速さという面では、少し見劣りしてしまう。だが、私達は、私達なりに必死で頑張った。その奮闘の裏側に、どのような努力があったのか、このメモで明らかにさせてもらう。」

 

 福山トレセン学園は、私が子どもの時に廃校になっていた。そこのウマ娘達についてはよく知らないが、走ることを選んだ者は、高知や姫路にでもバラけたのだろう。

 

「努力と言っても、私が大事にしていたのは、2つ、士気と工夫だ。士気を上げるのに、最も需要な日常的要素、それは食事だ。食事はやる気に直結する。トレーニングの休憩時間、エネルギー補給に、君たちは何を食べている?売店で買ったもので、済ませてはいないか?」

 

 …私の場合は……商店街で買ったリンゴだったな。

 

「確かに、それは手軽だ。だが、私は、自分の経験から、手作りのおにぎりを勧めたい。胡麻塩で味付けしたご飯を丸め、沢庵を添え、トレーニング中のウマ娘に届ける。シンプル故に好き嫌いは生まれにくいし、手作りというだけでも、ウマ娘達は喜ぶ。簡単でもいい、手料理を通じて、ウマ娘を支えることは、ウマ娘の心に、支える者の存在を強く刻む、レースではその存在の自覚こそが、最後のひと伸びを生む。莫迦げていると思う者もいるかもしれない、だが、これは、私が経験から得た事実だ」

 

 料理ではないが、メイショウドトウは、私達と学んできた日常を思い出しながら走り、菊花賞をはじめとしたレースを制していったという。彼女のことだから、嘘ではないはずだ。

 

「おにぎりをはじめとした、この学園の生徒を支えて来たレシピは、体育館の裏の椿の下に埋めておいた。掘り起こして自由に活用して貰えると、感謝に堪えない」

 

 これは後から掘り起こしておく。貰えるものは病気以外貰っておけば良い。

 

「さて、工夫についてだが、まず、これを読んでいる君たちが県外の者の可能性もあるので、ウマ娘レースと関連する、この県の強い武器を説明しておく、それはズバリ、金属加工の技術だ」

 

 広島で金属加工と言えば、答えなど語る必要もないだろう。

 

「ウマ娘レースで金属って……絶対蹄鉄ですよね?」

「そのとおりよ、続けるわ…………私達は呉の町工場と連携し、独自の蹄鉄を作り上げた。名前は鉢形蹄鉄、断面のイラストをここに記す」

 

 蹄鉄には、重さや幅などのルールがあるが、作る場所までは制限されない。早い話、ルールさえ満たしていれば金属から削り出したって良いし、スクラップを溶かして固めて作っても構わない。

 

 なので、地方のウマ娘が使う蹄鉄は、大抵、学園のある地域もしくは近隣で製造されたものがほとんどだった。

 

 ウチも、軽くてペースを維持しながらの走りに優れるクルーザーという蹄鉄と、少し重いが堅牢で、ドカンと力を込める時に安定する、マティルダという蹄鉄の2種類を使っている。

 

 私は生徒にメモ帳を借り受け、記されていたイラストを拡大したものを書いた。

 

「この蹄鉄は、植木鉢のように、上の面積が広く、下は狭くなっている。つまり、上の方が重い。そして、蹄鉄の上部は、動く部位である足の裏側に位置している。これが意味することは、靴の下に重量物があることによる動きのブレを、軽減できるということだ。形状の関係で、効果は少しだが、それでも、競り合いを繰り返せば、話は変わってくる」

 

 中学時代、剣道をやっていたクラスメートがいる。彼は胴張という竹刀を使っていた。曰く、重心が手元の方に来るので、軽く振ることが出来るらしい。

 

 恐らく、この鉢形蹄鉄とやらも、それに似た思想なのだろう。というか誰も、軽く感じるだけでなく、足回りの保護にもなる重心調整という発想に至らなかったのか?

 

 ああ、そうか、何処かの四本脚の動物みたいに、脚が折れたらだめという訳では無かったか。

 

 ウマ娘レースでは、どちらかと言うと倒れた弾みに頭部強打をするというケースが多いので、警戒対象としては、頭部>脚部なのだろう、それで、足回りではなく、受け身とかで生命を保護する意識が強いのだろう。

 

 ウマ娘のレースで骨折が発生するのは、足回りのせいではなく、力の加減の突然な変化や、パワーの使いすぎ、路面にハマったなどのケースが多いし。

 

 ウマ娘達を見ると、サポートウマ娘達が目を輝かせていた。

 

 続けるとしよう。

 

「頑丈なウマ娘に、使いやすい蹄鉄、これは粘り強い戦いを生み出す。相手に長く、激しく、喰らいつく、粘り強い戦いをだ。他の学園について調べてみたが、他の学園どころか、中央でさえも、蹄鉄の強度やそのもののの重量に気を払うことはあっても、内側と外側の重量配分まで気を払った蹄鉄は見られない。だが、残念な事に、この蹄鉄を作った町工場は、もう潰れてしまっている。廃校決定の後を追うように……だ。もっと改良したかったが、私達は、この蹄鉄を発展させる、時間も、資金も、もう無い。

だから、もし、仮に、よしんば、この蹄鉄のような蹄鉄を作りたくなった場合は、まず、製作出来そうな場所を探すことになるだろう。参考になりそうなので、これもレシピ本と一緒に埋めてある、好きに使って欲しい」

「あたし、ちょっと、掘り起こしてきます!」

「待ちなさい、話はまだ終わっていないわ」

 

 先走る生徒を目と言葉で抑え、私は再び手帳に目をやる。

 

「最後に、これを読んでいるのがレースを戦うウマ娘達であると想定し、メッセージを残しておく、努力というのは、ただ、鍛えれば良いというものではない。鍛えるだけでなく、周囲との繋がりを作って感じ、知恵を振り絞ってより良い道具や環境を作ってゆく。すなわち、努力というのは、二文字では表すことができない、とても大きなものだ。そのことを、どうか、心に刻んでもらいたい。

 

この福山トレセン学園は確かに廃校となるが、ここのウマ娘達の努力は、この街の歴史に厳然として刻み込まれている、それが、廃校という悲しみの中の、わずかな嬉しさだ。

 

これを読んでいるウマ娘達には、努力というものを、もっと大きく考えて、それを信じ、自らのレースを戦っていってもらいたい。

 

どうか、悔いのない競走生活を

 

 

福山トレセン学園 生徒会長 エコーズリィニィ」

 

 私がメッセージを読み終わると、ウマ娘達は色々な表情を浮かべていた。

 

 蹄鉄かレシピ本かは分からないが、期待を寄せる顔。

 

 腕を組み、なぜこのメッセージが残されたのか考える顔。

 

 努力という言葉の深い意味に、心を打たれたかのような顔。

 

 いろいろ考えてはいるようだが、廃校になるかもと危惧する顔はない。

 

 悪くない傾向だ。努力しようにも、気分が後ろ向きでは実るどころか、何もしないほうがマシにもなりかねん。

 

 よし、早速掘り出しに行くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……これが福山から出てきた蹄鉄……ですか」

「確かに、鉢形をしていますな」

 

 “彼女”らによって掘り起こされた蹄鉄は、“彼女”の現在の仕事場のカサマツだけでなく、名古屋にも届けられ、アサヒクリークの検分、そして、濃尾トレセン学園の会議にも上った。

 

「……理事長はコレをどのようにされるおつもりで?」

「最近の蹄鉄と言えば、レース中での落鉄のしにくさ、芝への食い込みの良さ、強度に重きを置かれているものが多いですから、これは新鮮……其れ故、私どもの蹄鉄を製造しているアオバト鉄鋼に依頼をかけ、製造するつもりですわ」

「……私は少し気が乗りません、他校の蹄鉄をそのまま使うのは……人のまわしで相撲をとるのも同義です」

「……確かに、その気持ちも分かるわ、蹄鉄を作ってもらっている企業も、良い顔はしないでしょうね」

 

 アサヒクリークの考えに対しては、疑問や反対の声が飛んでくる。その中には斎藤もいた。

 

「私としてはウマ娘たちにも選択肢を──」

「企業に愛想を尽かされでもしたらたまりません、だから──」

「いやしかし、究極のところ2種類の蹄鉄しか選べないというのであれば──」

「掘ればあっただけのどこから流れてきたかも分からぬ蹄鉄を使うのは」

 

 そして、会議は白熱していく、様々な者が発言し、蹄鉄を紹介する場は、いつの間にか蹄鉄の処遇を決める場に変わっていた。

 

 そんな中、福山からパソコンで参加している仁藤が手を挙げた。

 

『あー、あの、理事長、確認したいのですが、先ほど見せてくださった蹄鉄、そのそれをそのまま使っていくという訳ではないですよね?』

「もちろんですわ、昔の材質や設計で作られたものが、そのまま通用するとは思っていませんもの、疑問に思っている皆さん、その点についてはどうかご安心を」

「では、最初に有志を募り、受注生産のような形でテストをしてもらうのが良いですね、それなら、蹄鉄の発注単価は上がり、利益へとつながりますので、企業の良く思わない気持ちも、少しは緩和できるでしょう」

 

 仁藤とアサヒクリークのやりとりを見て、元々一般企業に勤めていた職員の一人が、妥協案を出す。

 

「うーん……別の立場の者の意見を……ホバーワイズ課長、器具ではなく、シミュレーターでウマ娘を鍛えている君の意見も聞いてみたい、我々だけでは、どうも熱くなってしまうようだ………どう思う?」

「まず……皆さんの様子を見て、とても、ウマ娘達の事を、思われていることが分かりました」

 

 質問を振られたホバーワイズは、まずそう返す。蹄鉄の件については、導入に肯定的な層はウマ娘の選択肢が増えることを魅力に感じており、否定的な層は協力する企業の不興を買って、学園への支援が得られなくなる事を気にしていた。つまり、どちらも目的はウマ娘のためということである。

 

「もちろんです、我々は東京ダービーで負けたのですから」

 

 その言葉に、ホバーワイズの耳がピクリと動く。

 

「負け……ですか、これはぼくの持論に過ぎませんが、負けというのは、こちらの手が全て相手に読まれ、無力化された際に訪れると感じます……東京ダービーの際、その激しい順位争いで、スタークラッシャーとケイピーシーナリーは、まさにその状態だったのではないでしょうか、初めてのアウェー環境、初めて戦う中央のウマ娘、細かな実況………使ってきた戦法は、確かに身体に身に付いていた。しかし、今回は使うにも、使えなかった……失礼、少々お待ちを…」

 

 そう言うと、ホバーワイズは眼鏡を拭く。その場にいる参加者は、東京ダービー当時の状況を思い出していく。

 

「…だから、まだ負けと決まったわけじゃない。ぼくの見たところ、この学園のウマ娘達は、まだ実力を出し切ってない。いや、もっと伸ばせると言ったほうが、適切ですね。そして、実力向上の道は、可能な限り、確保しておくことが望ましい……よって、導入には賛成です。先ほど述べられたアイデア…少数生産が実現すれば、データが取れるようになるのですから」

 

 眼鏡を掛け直したホバーワイズはそう言って、参加者達の目を見て

 

「それに、これから他の学園との交流もあるのですから、新しいものに慣れていかないと、取捨選択も、まずは実際に見て聞いて試すのが大事ですから」

 

 と発言した。

 

 この言葉は、他の学園との交流で現状を打開しようとしている濃尾トレセン学園の人々に、深く突き刺さったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議終了後、アサヒクリークはホバーワイズを私室に呼び、会議のことについて礼を言った。

 

「礼には及びません………興味をそそられたという側面が、大きいですから。蹄鉄についてぼくは専門外ですが、形を見れば、どのようなバランスで作られているのかぐらいは大まかに分かります。では、今のところ、理事長はこの蹄鉄をどう複製されるおつもりで?」

 

 ホバーワイズの言葉に、アサヒクリークは首を横に振る。

 

「材質をこちらで使っている蹄鉄と同じものに変更し、生産依頼をかけます。エコーズリィニィの居た時代では、難しかったかもしれませんが、ここは尾張……金属に関する知識は、集まっていますわ」

 

 この世界においても、東海地方は、日本における製造業の中心地の一つである。そして、アサヒクリークには、学園の地域交流活動を通じて、そう言った業界にも、人脈を作るように努めていた。

 

「それは良い、専門外ではありますが、ぼくも楽しくなってきました」

「では、ワイズさん、貴女をもっと楽しませるための一言を、今から言いますわ」

「何です?」

 

 ホバーワイズは、アサヒクリークの言葉に、耳を傾ける。

 

「わが国の人々は、伝わった鉄砲を、少しずつ改良して用いて来たのですわ」 

「ハハハハハッ!さすが理事長です!新しいものの活用に、余念がない」

 

 それを聞いたホバーワイズは、普段は出さないような声で笑い。アサヒクリークも笑顔になった。

 

 アサヒクリークの心の中には、永楽銭と木瓜が、旗となって翻っている。

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「転入生、キングダムシー、参上しました」

 

 少し日が達、中央の制服に身を包んだキングダムシーは、理事長室の扉をノックして、中へと入った。

 

「中央トレセンへようこそ、キングダムシー、ボクはトウカイテイオー、よろしくね!それで、こっちにいるのが副会長のメジロマックイーン、今は夏合宿の合宿所に残ってるけど、もう1人、副会長にナイスネイチャって子がいるんだ」

「キングダムシーさん、わたくしはメジロマックイーン、副会長です。よろしくお願いします」

「名古屋より参りました、キングダムシーです。大スターであるお二人が夏合宿にも関わらず、こうしてわざわざ時間を作って下さること、光栄に思います、これからよろしくお願い致します」

 

 キングダムシーはトウカイテイオーとメジロマックイーンに向け、頭を下げる。

 

「そりゃあ、そうするに決まってるでしょ!!ね、マックイーン?」

「ええ、名古屋の妖怪という異名を持つ生徒なのですから」

 

 ヴェニュスパークの発言は、生徒達の口を通して学園中に広がり、キングダムシーは大いなる期待を寄せられていた。

 

 其れ故、トウカイテイオーとメジロマックイーンは、良い人材を発掘できたと思い、夏合宿の監督役をナイスネイチャに任せてまで、学園に戻ってきたのである。

 

(私が……そんな風に?)

 

 キングダムシーは、内心首を傾げたい気持ちではあったが、そこをぐっと押さえる。

 

(いや…この評価は、勉強のために、使わせてもらおう……うまく使えば、新たな知見を得る良いチャンスだ)

 

「…ご期待に沿えるよう、精一杯頑張ります。トウカイテイオー会長、メジロマックイーン副会長、ご指導ご鞭撻、よろしくお願い申し上げます」

 

 キングダムシーは、地元名古屋のため、この新天地でも頑張るという決意を固め、トウカイテイオーとメジロマックイーンに、改めて挨拶をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

  




 
お読み頂きありがとうございます。

胴張竹刀は、実際に私自身が使っておりました、何でも前の記憶ではありますが、とても使いやすい竹刀ということは覚えております。

また、蹄鉄については、オリジナルの設定です。
ウマ娘のなかで、蹄鉄を改良するという話はあまり出てこなかった気がします。(シングルでベルノライトがオグリキャップに芝用の蹄鉄を用意したぐらいだと思っています)
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