転生者は破壊したい   作:ヒブナ

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第6話 -友情-

 

「──ちゃん、頑張ってきて下さいね」

 

 片脚に包帯を巻いたウマ娘──アグネスワールドは、彼女に向けて、そう言った。

 

「ありがとう、ワールドちゃん、少し、脚を前に出して」

 

 彼女は、アグネスワールドの前に跪き、包帯がついている脚を優しく持ち上げた。

 

「──ちゃん?」

 

 アグネスワールドが顔に疑問符を浮かべるのをよそに、彼女は靴の裏の蹄鉄に手をかける。

 

「ワールドちゃんの想いは、私が連れて行くから、コレを私に貸してほしい」

「──ちゃん…!」

 

 アグネスワールドは、感激のあまり、口を手で抑える。

 

「私は、黄金世代に負けないように、トレーニングを続けてきた。それは…そっちも同じだと思う」

「もちろんです」

「だから…」

 

 そう言うのと同時に、彼女はアグネスワールドの靴から、蹄鉄を取り外した。

 

「今日も、そして、これからも…一緒に戦おう」

 

 そう言った彼女は蹄鉄を持ち、服の中へと仕舞う。そして、アグネスワールドの手を取って握る。

 

「はい…一緒です!」

 

 アグネスワールドは、堰を切ったように涙を流す。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

「──ちゃん…分かりました」

 

 

 アグネスワールドは涙をポロポロと落としながら、手を握り返した。

 

 彼女は、アグネスワールドに向けて微笑み、立って振り返り、本バ場へと向かう。

 

 アグネスワールドは、手を振り、勝利を祈りながら、彼女を見送った。

 

 彼女が不敵な笑みを浮かべて居ることも知らないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節は12月、月日が経つのは早いものだ。名古屋行き以降、トレーニングと並行して、ツルマルツヨシとの関係構築、サポートウマ娘との人脈確保、先輩ウマ娘やクラスメートとの併せなど、私は多くの事をやってきた。  

 

 その成果もあって、私はある程度の基盤を作り上げることができた。

 

 そして、私はジュニア級の年末の大一番である、全日本ジュニア優駿へと出走することができたのだ。

 

 ただ、出走が叶ったのには少しばかりの裏がある。全日本ジュニア優駿の主催はあくまで地方、中央枠は限られる。

 

 そして、このレースで名声を得ようとするウマ娘は少なくない。今回は、出走可能人数の倍の人数が登録していた。私は基盤固めをメインとして、レースへの出走は最低限としていたため、ギリギリ入れなかった。

 

 私にとって、このレースへの出走は努力目標、しかし、G1の大舞台を体験するのは早いほうが良いし、何よりも基盤固めの仕上げに使えると思ったのだ。そこで、私のクラスメート、アグネスワールド。彼女を少し利用させてもらった。

 

 うちのクラスでは最優秀の部類に属す彼女は、朝日杯フューチュリティステークス、そして全日本ジュニア優駿での勝利を狙っていた。

 黄金世代と比較し、自らを過小評価してしまいがちなクラスを元気づけるためである。

 

 私達、黄金世代と同世代のウマ娘は、ゲーテの言う“光が多いところでは、影も強くなる”状態なのだ。

 

 アグネスワールド、彼女にはハンデがあった。それは脚部不安である。骨折していた彼女は、治療後すぐに朝日杯フューチュリティステークスに挑む事になった。

 

 だから、私はそこを利用することにした。特に得意な距離や苦手な距離とかはない私だが、レース成績から、マイラーのイメージがついていた。

 

 そのため、私は、アグネスワールドのレースに向けての最終調整に協力することにした。本来の予定では、レース本番でアグネスワールドに勝ってもらい、黄金世代の一人、グラスワンダーの弱点でも手に入ればと思っていたのだが、世の中諸行無常、どうもうまく行かないようで、彼女は負けた、2着だった、最初勢いが衰え始めたときは良くて4着位かと思っていたが、彼女は持ち直してみせたのだ。

 

 ただ、そのおかげで、期待していたもう一つのことは、達成された。激闘の末に、彼女は脚を痛めたのだ。それも暫く安静にしなければならないレベルの。

 

 当然、全日本ジュニア優駿は回避、私は繰上げで出走権を得ることができたのだった。

 

 私はクラスメンバーに希望を託され、友情に報いることを誓った。事情を理解した担任教師も、ヒシアマゾンも、私を応援した。

 

 何かに携わる人間は、何故こうも“ドラマ”というものに弱いのか。

 

 そう思った。

 

 

 

「タイム」

「うむ、安定している、これならば、本番に何か起きたときの対処を加味しても、十分に良い結果を望むことができる」

「ん、了解」

 

 そして、本番に備えてのトレーニングも順調だった。

 

 ただ、走りとは殆ど関係ない所に、一つ、問題が発生した。

 

 

 

「業者は何て言ってたの?」

「“出来るのは来年の年始です”だな、何度も謝っていたよ」

 

 私専用の勝負服が、間に合わなかったのである。なので、私は、いざというときのための汎用品を、本番で着ることになったのである。

 

 まあ、外注してないオリジナルデザインだし、しょうがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行ってくるよ」

「──ちゃん…分かりました」

 

 アグネスワールドを残し、私は本バ場へと向かう。

 

 今の私は、誰からも顔が見えていない。

 

 だから私は嘲笑(わら)った。

 

 彼女は『はい…一緒です!』と言った。望んだのだ、私とともに有ることを。

 

 上手く行った。彼女を味方につけることができれば、取り敢えずクラスの掌握は盤石なものとなる。

 

 ただ、その為には、私はこのレースを制し、“友情の勝利”という物をアピールしなくてはならない。

 

 

 

 私は、本バ場へと出る。

 

 この砂塵の舞台の中で、私は、初G1制覇の夢を破壊する。繰上げ出走だったので、人気は高くない。

 

 私を除く、ここにいる13人のウマ娘、彼女たちを打ち負かしたら、どのような顔をするのか、私は楽しみでたまらない。

 

 人気の低い私が、優勝候補を打ち破る。夢破れたファンが、どのような顔をするのか、私は、楽しみでたまらない。

 

 

 

 誰かコケてくれないだろうか、それならば面白いのに──といったようなことを考えつつ、私はゲートの前に出て、いつもの、大きく息を吸い込むルーティンをやった。

 

 調子は良好だ。

 

『各ウマ娘、次々とゲートインしていきます』

 

 破壊衝動という名の私のエンジンは、早く走らせろと猛っている。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了』

 

 さぁ…

 

『スタートしました!!』

 

 ぶち壊していこう。

 

『先ず前に出てくるのは逃げ宣言、サンジェイシント、続くのはラルフタルボットとリンドドレクスラー、1バ身離れて、ミルキィグロスター外から行くのはチハチヘチヌチト、内にはタマモカチューシャ、2バ身離れて、ヴォルフモタードあるいはアールグレイストア、続いてカラーコードプラン、内を回りますタラバ、それを眺めるようにピンポイントユタ、1バ身離れてジャイアントサンド、その後ろについた──────────、殿はナナイロベス!』

 

 

 

 出走人数がドーンと増えた。だが、私のやることは、後方からぐーっと行って抜き去るだけだ。

 

 まずは最初の直線、ここは最後、もう一度通る事になるから、定期的に後ろを確認しつつ、バ場の荒れ具合を見る。

 

 こう見てみると、私以外のウマ娘は、皆、勝負服を身に着けている。これを着れば極限のパフォーマンスが出せる──というのが、私達ウマ娘の常識だが、逆を言うと、これを着ないと全力発揮できないということである。

 

 ウマ娘は、生物としてかなりの失敗作ということが分かる。

 

 

 

『各ウマ娘、第1コーナーへ、ハナを進みます、サンジェイシント、それを見るように、ラルフタルボット、続くのは……』

 

 コーナーへ入った。地方のコースは、中央のそれと比べると、コーナーがきつい。

 

 ただ、私の地元にある運動場となったレース場跡…ここはそこより広く、コーナーがゆるい。

 

 とどのつまり、私ならば問題ない。

 

『最後尾から2番目の────────は、前を冷静に見つめている!殿のナナイロベスも追随!各ウマ娘は向正面へ!日の落ちた川崎レース場を照らすように、ウマ娘達が駆け抜けていきます!』

 

 

 

 ここから直線が400m、その間に最内を取りに行く、そして最後のストレートでゴボウ抜きをする。

 

 3コーナーと4コーナーはキツイ、だけど私なら耐えられる。

 

『先頭サンジェイシント、2番手リンドドレクスラー、3番手ラルフタルボット、1バ身離れて、ミルキィグロスター、それに並ぶようにチハチヘチヌチト、上げてきました、ヴォルフモタード、タマモカチューシャ、1バ身離れてアールグレイストア、こちらは抑えたまま、続くのはカラーコードプラン、内を回りますタラバ、外から行くのは、ピンポイントユタ、1バ身離れてジャイアントサンド、その内を突き、──────────、そして外にはナナイロベス!やや固まった状態で、各ウマ娘第3コーナーへ!』

『ここからはきついコーナーです!各ウマ娘の判断力が求められます!』

 

 ここで内を堅守しつつ、タイミングを伺う、コーナー出口から、発射されるかのように飛び出すために。

 

 周囲の顔色を見る、やはり、耐えるのに気を払っているようである。

 

 私はその間に、最終直線でのパターンを、予測させて貰うとしようか。

 

 

 

『各ウマ娘、第4コーナーを抜けて最後の直線へ!最初に駆け抜けてきたのは一番人気のタマモカチューシャ!』

 

 よし、ここで末脚を使う。

 

『後方から────────────!物凄い脚で追い上げる!いや、他の娘も負けていないぞ!!』

 

 そう、他のウマ娘も来ているのだ、でも、私を前に出した時点で、もはや手遅れなのだ。

 

 今からその進路を破壊してやる。

 

 恨むなよ。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 私はウマ娘達をヒラヒラ避けつつ、気合いの雄叫びを上げるタマモカチューシャに近づく。竹林でトレーニングしていたんだ、このぐらいはどうということはない。

 

 それも、ただ抜こうとしているわけではない。

 

 ギリギリぶつからないライン、そこを通るのだ。隙間は数ミリ、もう少し。

 

『ここで──────────!タマモカチューシャに並びかけていく!』

 

「!?」

「……!!」

 

 驚く相手に、こちらもぎょっとした顔で返す。もちろん、これは演技。ぶつかるかもと、相手に思い込ませるための、ただの演技。

 

『ここでタマモカチューシャ!走りが乱れて勢いが衰えた!!』

 

 ただ、それは効果てきめんだったようで、タマモカチューシャは走りを乱して落ちていき、後方の進路を乱した。子供を莫迦にする気は無いが、やはり対応力は大人のそれに大きく劣る。

 

 こういう狡い駆け引きも、勝負には必要不可欠なのだ。

 

 そして、私は後続の進路をぶち壊し、一着でゴールインした。

 

『──────────!一着でゴールイン!ジュニアクラスの砂塵の王者が、ここに誕生しました!!』

 

 実況が、高らかにそう宣言する。ただ、私は歓声の中に、僅かながら、落胆と怨嗟の声が混じっているのを聞き逃さなかった。

 

 もっと、これが聞きたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもと様子の変わらない舐め合い通りを抜けて、ウイニングライブを終えた。曲自体はアグネスワールドが色々と教えてくれたので、私は失敗なくやり遂げる事が出来た。

 

 そして、この後はインタビューだった、ただ、平日かつナイターレース、そして、競走ウマ娘は学生なので、本当に簡素なものである。土日はまたインタビューが入るだろう。忙しくなりそうだ。

 

「本日のレースを勝利した心境をお願いします!!」

 

 グレーの服装をしたブン屋さんの一人が、そう言う。

 

「今日の勝利は、私が勝ち取った物ではありません」

 

 私の返答に、会場は動揺する、事情がわかっている白子は、目を閉じて頷く。

 

「私には、アグネスワールドというクラスメートが居ます。そして、ここにいる皆さんは、彼女が本来、このレースに出走する予定であったと知っている筈です」

 

 私は、そう言った後、アグネスワールドから預かった蹄鉄を出した。

 

「これは、彼女から預かった蹄鉄です。私は、彼女の願いと共に、今回のレースを走りました。いや、それだけではありません、クラスのメンバーなどからも、応援の言葉を貰いました。今回のレースは、彼女達の応援無しでは、優勝を手にする事は出来なかったでしょう。すなわち、今回のレースは、私の勝利ではなく、私達の友情の勝利だと思っています」

 

 ブン屋さん達は、うんうんと頷き、ペンを走らせる。私に質問をした者に関しては「素晴らしいですっ!」と言い、悦楽の表情を浮かべている。

 

「制限時間5分前です」

 

 会場の係が、ブン屋さんたちにそう呼びかける。時間的に次の人で終わりだな。

 

「最後に一言、お願いします!」

 

 間髪入れずに、質問が飛んできた。決め台詞、そんなものは筋書きの中にある。

 

「分かりました、では、言わせていただきます」

 

 私は息を吸い込む。スポーツの世界に名を轟かせた、ある先人が残した言葉を借りることになるが…

 

We won(私達は勝った)!!」

 

 このシチュエーションでは最適だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ちゃん!!」

 

 インタビューを終え、歩いていると、アグネスワールドがこちらにやってきて…

 

「…!」

 

 何と、抱きついてきたのだ。

 

「…勝ったね、私達」

 

 なので、私はこう返す。

 

「はい、それに、最後のあれは…」

「うん、あの人の…西武一の言葉、でも、ただ借りてるだけじゃない。一番、相応しいと思ったから、私はああ言ったの」

 

 西武一、前世における西竹一に相当する男だ。彼は、この世界の1932年ロサンゼルスオリンピックでも相棒の天王星(ウラヌス)と共に金メダルを取っていた。彼の言葉を、私は借りたのだ。

 

 どういう訳か名前は違っているが、彼の活躍は変わらなかった。アメリカの日系人達に希望をもたらしたという尊敬すべき功績も。

 

 使えるものは何でも使う、早速の実践だ。ありがとう、アサヒクリーク。

 

「私達で、どんどん強くなろう」

「はい!」

 

 私の言葉に、アグネスワールドは頷く。

 

 これで良い、クラスの音頭取り役の彼女さえこちらに取り込めば、後は芋蔓式に周りを固めていける。

 

 それに、今日の事で世間評価も上がることだろう。

 

 壊すのに比べると、積み上げるのは難しい、だけど、積み上げること…その苦労を知ってこそ、破壊は破壊者により甘く、より濃厚な快楽をもたらすのだろう。

 

 そのための努力は、惜しみはしない。誰にも邪魔させるものか。

 

 

 




 
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