転生者は破壊したい   作:ヒブナ

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#10 動き出す濃尾

 

 

 私は信長公を、心から尊敬しています。

 

 政においては、古きものを守りつつ、新しいものをそこに混ぜることができないかを探求し…

 

 戦においては、誰もが思いつかないような、大胆かつ効果的なアイデアを実現して他者を驚かせ…

 

 文化においては、血と鉄の世界に、華と箔を持ち込み、人々が文化をより近くに感じるきっかけを作りました。

 

 そんな人に、なりたいものです。

 

 

──名古屋トレセン卒業式での、アサヒクリークのインタビュー内容より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぜひ、中央トレセンのファン感謝祭に、我が濃尾の生徒を連れてきてほしいのです』

「……なるほど、こちらもそれは実現したいことの一つと思っていたところですわ」

『本当ですか?』

「ええ、貴女も知っておいでだと思いますが、私どもはこの度、金沢と門別と、激しくしのぎを削っています。札幌レース場での芝レースを復活させた門別との戦いは、もちろん、ご覧になっていたでしょう?」

『はい、中継ではありますが、しっかりと……あのウマ娘たちの競り合いをみて、私は、彼女たちの中にも、芝や中央のウマ娘相手にも活躍できるかもしれない人材が出てくることを確信しました、そのため、刺激を得てもらうためにもファン感謝祭に招待したいのです』

「……なるほど、その日の予定はありませんから、私も参るといたしましょう。構いませんか?」

『も、もちろんです!理事長がこちらに来られるのは、身に余る光栄です!』

「……嬉しいことを言ってくださるのですね、ありがとうございます。それでは」

『はい!』

 

アサヒクリークは穏やかに電話を切り、こちらを向いた。

 

 

「……というわけです、最近、海外遠征への期待が集まる中央に、偵察にいきますわよ。より良い学園のため、活発に活動するプロセスは、終結に近づきつつあります。作戦は、第二段階ですわ、中央を知り、挑戦する準備です」

「なるほど……確かに、この間…なんだっけ、ラークのための……ええっと……国際交流戦*1。ロンシャンでは無理だから、別のところでやったやつがあったね。」

「ええ、天皇賞秋を回避したサトノクラウンが出走したものです…彼女はあのレースで、かなりの活躍をしましたわ」

 

 サトノクラウン………サトノモズレーの親戚…だったな。確か3着だったはずである。

 

「そうだね……で、私は……」

 

 アサヒクリークの返答を待つ。

 

 期待はしていない。

 

「貴女には、関東地方の地方トレセン学園の偵察をしていただきたいのです」

「やっぱり?」

「ええ、白昼堂々、貴女を中央の学園に行かせるわけにはいきませんわ。貴女が気を払っているのは承知していますが、ひょんなことで、ボロが出るかもしれませんし」

「……分かった。あなたの指示に従うよ。でも、一つだけ条件をつけさせて」

「聞きましょう」

 

 期待はしていない=諦めているというわけではない。

 

 私は代案を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、舞原達は、仕事部屋で休憩を取っていた。ケイピーシーナリーや、森谷に用事があったウマ娘も、仕事部屋にいる。

 

「お前、アレはテストしたのか?スタークラッシャーの使っている、ヘッド・オーバーレイ・スタンション、生徒がHOSだのHEADSだの言っとるやつだ」

『もちろんだよ、それがあたし達の仕事だもん』

 

 沖田が電話をかけているのは、2年ほど前までカサマツにおり、今は装具開発課に出向している、元同僚のウマ娘である。

 

 話題は、スタークラッシャーが使っている頭部に使うカウンターウェイトであった。沖田は資料やデモンストレーションを見て、それを高く評価しており、テストしたであろう元同僚に意見を聞いたのである。

 

「どう思う?」

『なんだか、動きに迷い…っていうか…無駄っていうか………余裕が無くなって嫌だなって』

「何ぃ!?アレは実戦でも普通に使えるだろう!?」

『まあまあ、誤解しないでね沖田さん、人を選ぶかもってことだよ、あっ!ごめん、そろそろ休憩終わるから…切るね!』

「むぅ…」

 

 通話は切れ、沖田は不満げな顔をする。

 

「沖田先輩、仕方のないことだと思います。少し余裕を持った動きができた方が良いというウマ娘、キビキビと動けた方が良いというウマ娘……この辺りは、かなり好みが分かれてくると思いますから」

 

 それを見て、舞原はすかさず沖田をなだめにかかる。

 

「確かに、敏捷性と柔軟性、どちらを重視するかは意見が分かれる時もあるが……」

 

 沖田が少し大人しくなったのを見て、部屋にいたウマ娘達は2人の会話に割って入りにかかる。

 

「あのー……あの重り、実戦で使えるかどうかというよりも、トレーニング環境の統合に役立つんじゃないでしょうか」

「バランスを取るのが苦手な娘や、力みすぎる娘のメニューって、まずはその改善をしなきゃいけないんですよね?」

「ああ、それはもちろんだが……」

 

 突然のことに、沖田は少し声を小さくして答える。

 

「特別なメニューを考えるのって、トレーナーさんや教官さん側の負担が大きくなります。でも、この重りをウマ娘達に装着してもらえば、普通の娘たちに混じってトレーニングが出来ますから、オーバーワークを避けて、基礎能力を養う時間が増えると思うんです」

「まあ、そのうち重り無しでトレーニングしなければならないとは思うんですけど……これならスタンションの重さや長さを変えられるので、だんだんと慣らしていけるとは思います」

「むぅ……なるほど」

 

 沖田は、少し悔しそうな様子を見せながらも、頷きつつ、ウマ娘の話を聞いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ということがあったので、沖田先輩は、少し落ち込まれているんです」

 

 舞原から説明を聞き、私は沖田に視線を向けた。教え子たちに虚を突かれたのが、悔しかったのか。ウマ娘達に柔軟性が養われているのは良いが、教官がついていけないのは非常によろしくない。

 

 とは言え、この現状、私が原因を作ってしまったかも知れない。舞原はレース、森谷は研修だったため、スタークラッシャーの出るレースの見学に沖田を行かせたのだ。

 

 そのレースで、スタンションを装備したスタークラッシャーは大勝利し、沖田も当然それを目にした。そして、その技術に大いなる信頼を置いたのだろう。

 

 仕方ない、ここいらで気分転換を図るとしよう。

 

「沖田くん、仕方のないことよ、でも、これは、生徒達が真剣に目の前のレースについて考えてくれている何よりの証拠でもあるわ、そろそろ、こちらも新しい学びにチャレンジしてみるべきね」

「新しい学び……でありますか?」

「ええ、実は先日、キングダムシーさんから、中央のファン感謝祭を是非見てほしいという連絡が来たのよ、私は別の仕事があって行けないから、沖田くん、舞原くん、森谷さん、あなた達3人に、私の代わりにこの仕事を任せたいの、生徒を連れる形でね、名古屋からも人員を出すし、連携しているわけではないけれど…イベント運営の参考ということで、天持学園からも見学に向かう人がいるそうよ」

 私は沖田の近くまで行き、彼の闘争心を引き立てるように呼びかけた。

 

「…新たなことを学んで、また、あの旗指物のようなトレーニングを考えて欲しいわ、斬新な発想の材料を得てね」

 

 オンワードトライブは、落ち込んでいるウマ娘を励ますのが上手かった。それは、そのウマ娘の競走生活のなかで、一つでも良いから上手くいったエピソードを探し、その時の感情を思い出させるのに長けていたからである。

 

 今の私は…………彼女には到底及ばないが……

 

 その話術の効果だけは、しっかりと知っている。

 

「……分かりました。係長の名代として、この沖田勇、しっかりとファン感謝祭を通じ、ウマ娘の訓練法のヒントを得てきます」

「その意気よ、沖田くん」

 

 よし、こちらの準備はまずまずだ。

 

 さて、私も私で、用意をするとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーさん、あれ…本当に大丈夫なんでしょうか?」

「一応、門別と金沢には伝えてあるうえでの行動らしい」

「でも、あんなに目立っちゃキッシー先輩理事長さんと会えないですよ」

「昨日会ったそうだ」

 

 今、私たちは、中央のファン感謝祭にいる。

 

 メンバーは、私、クラ、トレーナーさん、森谷教官、沖田教官だ。クラのトレーナーさんは里帰りしていていない。

 

 もちろん、私服を着ているので、一般人に見えていることだろう。

 

 でも…

 

「ありがとうございます、では…早速………これは…絶品ですわね!」

 

 理事長さんは、普段通りの格好で、堂々と楽しんでいた。もちろん、中央の人々や、長くレースを観てきたファンには、バレているみたいで…“あのアサヒクリークだ”と言って、写真を撮ろうとする人までいる。

 

「濃尾トレセンのアサヒクリーク理事長…ですよね?私は日常新聞の記者なのですが…なぜここに?」

「理事長とはいえ、休暇を頂くこともあります。今日はその休暇を利用して、新たな挑戦をされておられる中央トレセンを、個人的に学びたいと思い、客としてここに来た次第ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理事長がああやって自ら身体を張っておられるんだ、俺達も頑張らなければならんだろう!」

「確かにそうですけど…」

 

 沖田教官と森谷教官の目線の先……いつもと同じようなフォーマルな格好をしている理事長さんは、目立っているのに、ものすごく堂々と振舞っている。

 

 理事長さんの役目、それは、囮だった。

 

 私たちは、キッシー先輩と会う予定になっている。理事長さんは、そこに目をつけた。

 

 周囲の目があったら、落ち着いて話なんてできない。でも、自分があえて目立ってメディアや中央の生徒や職員の注意と警戒を引きつけておけば、私たち生徒は、そんなに警戒されることなく、会場内を回ったり、キッシー先輩と話せる………それが、理事長さんの考えだった。

 

「あの白く………いや、とにかく、私たち中央のウマ娘とも戦った名古屋の才媛がなんでこんな所に…」

「わからないよ……でも、トラブルとかはないように警戒しよう!」

 

 事実、中央の生徒にも、理事長さんのことを知っている人はいるみたいだ。

 

 目線や注意は、理事長さんのいる方に向いている。

 

 私達は肌の色をごまかすほどのお化粧とか、カラーコンタクトとかの変装はやっていなかったけれど、違和感なく、会場を進むことができた。 

 

 聞いた話だと、中央トレセンのファン感謝祭は、何年も前に、来客と生徒が揉め事を起こしかけて、それで警備を少し厳しくしたようだ。

 

 開かれたイベントで警備が厳しいのは残念だけど、今回ばかりは、それに感謝するしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っている地点は……ここを曲がって……あ!あの髪型は…」

「ケイ殿!こちらです!」

「キッシー先輩!会いたかったネ!」

 

 キッシー先輩は、中央トレセンの制服に身を包み、こちらに手を振っている。

 

「キングダムシー、こちらはどうだ?」

「学ぶべきことは多いですが、充実しています」

「生活面は問題ないですか?」

「ようやくつゆの黒い蕎麦にも慣れてきたところです」

 

 トレーナーさんと森谷教官の質問に、キッシー先輩は、照れくさそうに笑いながら答えた。そして、先輩は、別の方向に目をやって頷く。

 

 すると、私たちのいるところに、2人組の、ウマ娘とトレーナーがやってきた。

 

 ウマ娘の方を、私はよく知っている。

 

「お初にお目にかかります、キッシーのトレーナーの桜田と言います」

「同じく、はじめまして……ケイピーシーナリーさんは…お久しぶりです…ホッコータルマエです、キッシー先輩には、いつもレース生活を、手助けしてもらっています」

 

 ホッコータルマエさんは、こちらを見て、そう言った。ついこの間、私を撃破した娘が目の前にいて、そのサポートに、尊敬する先輩がついている。

 

 複雑な気持ちだし、黒澤教官が、なんで私達を選んだのかはわからない。でも、何を言うべきかは、自ずと分かった。

 

「はじめまして、ホッコータルマエさん……この間は、ありがとうございました。もちろん、悔しいですけど……また、あなたとレースが…したいです」

「もちろん、受けて立ちますよ!」

 

 模擬とはいえレースをした、金沢や門別の娘たちとは、こうして仲良くなった。私たちはウマ娘、お互いにレースをして初めて、理解できることもある。

 

「ありがとうございます。あの末脚には、思わず圧倒されてしまいました。力だけじゃなくって…気持ちもこもってたと思います……教えてください、あなたは、どんな思いを背負って、走っているんですか?」

 

 相手を知るんだ……兎に角…ひたすら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『物事は、段階的に行っていくべきですわ、信長公は、美濃、近江を押さえ、近隣勢力を警戒しながら、京とのコネクションをとっていましたわ』

 

 アサヒクリークの言葉が、私の頭をこだまする。

 

 目の前では、川崎トレセンのウマ娘が、トレーニングに明け暮れている。

 

 ここは多摩川沿いに練習スペースがあり、地域住民に混じって偵察できるのだ。

 

 彼女が私に偵察を頼んだのは、昔の経験からだった。

 

 私は、アサヒクリークに対し、スペシャルウィークや対戦予定のウマ娘の情報を送ったことがある。

 

 彼女はそれを勝利に役立てると同時に、私の観察眼の強さを確信したとのことだ。

 

 中央に挑もうとするアサヒクリークのプランは、織田信長のように、しっかりと段階を踏むものである。時間がかかっても良い、名古屋トレセンを、段々と……よりレベルの高いものにしていくのが、彼女の夢なのだ。

 

 もちろん、じわじわとやっていくだけでなく…ケイピーシーナリーやスタークラッシャーのように、ウマ娘を大きなレースに出させるという奇策にも出はするが……それは、彼女たちが稀に出る、実力あるウマ娘だからこその試行である。さしずめ、やる気の着火剤ということか。

 

 なので、今回の偵察は、ケイピーシーナリーのような特定のウマ娘のためではなく………名古屋トレセン全体の、戦力強化のためである。

 

 ダラダラと時間を使うわけには行かない。もう一つ、仕事があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ホッコータルマエさんは、地元を盛り上げるために?」

「はい、私の地元、苫小牧を、もっと多くの人に知ってほしいですから!」

「確かに、トゥインクルシリーズの影響力、とっても偉大ネ、そこをpromotionに使う選択は、有効ネ」

 

 ケイピーシーナリーと、スタークラッシャーは、ホッコータルマエが中央に来た理由を聞いていく。

 

 舞原達は隣で指導についての議論をしており、ウマ娘達が緊張せずに会話する環境を作っていた。

 

「ケイピーシーナリーさんの地元はどこなんですか?」

「国友、滋賀ですね、でも私は…地元を盛り上げるとかじゃなくって…中央落ちちゃって、一番近い学園に進学することにしたっていう流れです。でも、自分を送り出してくれた人や、応援してくれる人には、頑張っている姿を見せないとって思ってます」

「……分かります。お互いに、もっともっと、頑張らないと………ですね!」

 

 ホッコータルマエは、地元のためという要素が薄いとはいえ、送り出してくれた人のために頑張りたいというケイピーシーナリーの感情には、大いに共感した。

 

 だが、その話を聞いていたスタークラッシャーは、突然、顔をしかめ、2人はそれに少し驚く。

 

「クラ、どうしたの?」

「アア!Sorry…決して2人が、いけないことをした訳では無いネ、ただ、頑張るためにはしっかりとした土台が必要ネ……だから、ワタシ、ちょっと不安に思ったネ」

「…なんでしょうか?」

「私たちもホッコータルマエさんも、レースしてる。レース盛り上がれば、タルマエさんの夢も、ケイやワタシの夢も、達成に近づくネ……でも………ワタシ達走るの、ダートレース……芝と比べて人気はunder……それに…この先は、タルマエさんが一番知ってるはずネ」

「………凱旋門賞……」

「Yes、だから、難しい道になるネ。だから、ワタシは不安になった。………と言っても、やるしかないネ…………knowledge(知識)effort(努力)passion(情熱)…これを元手に、レース文化を作っていって、芝からファンをstealしてやるってぐらいの気概を見せないと」

 

 スタークラッシャーは目の前のレースのことだけでなく。ダートレースの盛り上がりというものも考えていた。地方のウマ娘とはいえ、凱旋門賞に注目が集まっている現状をそれなりに複雑な気持ちで受け止めていたのである。

 

「地元の衰退、レースの盛り上がり、様々な事を憂いているというわけですね……お察しいたします。……クラ殿、ケイ殿、タルマエ殿……それぞれが抱いている…憂いという気持ち。どうかレースを闘う活力に変換してください。その気持ちがあるということを、お互いが知っているのです。レースでの再会の暁には、お互いに、強い思いを持ってレースに臨んでいるという実感を持ち、ダートを盛り上げる名勝負を演じる事がだって…できるはずです……ですから、お互い、兎に角頑張りましょう」

 

 キングダムシーは、3人に、お互いに頑張るという共通の認識を持つように促していく。彼女にとっては、3人とも、意欲を持ってレースに臨んでいってほしい、将来有望かつ、大切なウマ娘だったからである。

 

「……確かに。ホッコータルマエさん、苫小牧の盛り上げも、レースも、頑張って下さい。応援していますから…私も、あなたを目標として、頑張っていきます」

「ミーも気持ちは同じネ!」

 

 ケイピーシーナリーが決意を述べ、スタークラッシャーも同調する。

 

「そうですね…道は険しいですけど……まずは、努力して、レースに全力を注いでいきましょう、またお会いするのを、楽しみにしています!」

 

 ホッコータルマエは、笑顔をもって、それに応えた。彼女は、地方の学園で頑張っているウマ娘が、自分に挑んでくれる事を、素直に喜んでいた。また、ダートレースのこれからを思う気持ちのあるウマ娘がいたことも、深く印象に残った。

 

 この日のやりとりは、後に起きる大きな事態の遠因となるが……それはまだまだ、先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅっ」

 

 もうすでに、周囲は暗くなっている。

 

 私は、スポーツウェアに着替えてロングヘアのウィッグをつけ、尻尾も追加の毛を入れて、多摩川の沿いの道の傍の公園にいる。

 

 中央にいたときは、あの道をよく走ったものだ……そして、今日、再び走る。

 

 だが、1人ではない。

 

 私はターゲットを探していた。この公園は、道を走る前のウマ娘がよく見えるのだ。

 

 

 

 

 

 しばらく待っていると、赤いジャージを着込み、船乗りがかぶるような帽子をかぶったウマ娘がやってきた。

 

 あれは確か………シュヴァルグランとか言うウマ娘のはずだ。

 

 よし、彼女に決めた。

 

「キタサンに………いつか……ふっ!」

 

 シュヴァルグランは走り出す。

 

「さて……お手並み拝見」

 

 私もそれを追いかけるようにスタートした。

 

 ふむ…なるほど……

 

 加速は申し分ない。

 

 では、後ろにピッタリつけさせてもらう。

 

 私はもうすでに選手じゃないが、それが体を鍛えない理由になるかといえば、そうではないのだ。

 

「………!」

 

 ほう、気づいたか。

 

 まあ、私の目的は、怪我をさせるとかではないし、フォームを覚えるとかでもない。気楽に走ってほしいものだ。

 

「………」

 

 さあさあ、追われておくれよ。

 

 

 

 

 

 

「……ッ………ハッ…!」

 

 しばらく走ったが、向こうに疲れの色が見え始めた。

 

 まだまだこちらは体力が有り余っている。

 

 余裕なうちに、仕上げにかかる。

 

「………!!」

 

 私は、振り向きもせず、シュヴァルグランを全力でぶち抜いた。

 

 そして、素早く川の横の道を駆け下り、夜の街に溶け込む。

 

 さてさて、どうなることやら。

 

 なぜ、こんな事をしたのかというと、アサヒクリークに対し、ファン感謝祭への同行を許可しない代わりとして、正体がバレない状況を作って撹乱をしたいと提案したからである。

 

 私は今回、フランスの超有名スポーツブランドのウェアを着て、栗毛のウィッグをつけて走った。

 

 プロジェクトラークの情報を見て、偵察のためファン感謝祭を利用して日本を訪れた、フランスのウマ娘………という想定である。

 

 この事を中央トレセン中に広め、プロジェクトラークへの資源集中を図り、相対的にダートのウマ娘を弱体化させる……

 

 これが、私の実行した作戦の目的だった。

 

 濃尾トレセンを強くするためには、段階的なステップアップが必要である。そして、現在の生徒のレベルからすれば、北関東のウマ娘を倒して中央……と、いきたいところである。

 

 だが、北関東のウマ娘を突破したとしても、中央のウマ娘に苦戦し、自信を失ってはいけないのだ。

 

 中央は、芝とダート、双方のウマ娘がいるため、片方にリソースが割かれると、もう片方は、割を食う。その割を食った状態は、リソースの選択と集中を助長し、結果として、濃尾トレセンの生徒の中でも、チームや才能でゴリ押す者と、そうでない者が出てくるのだ。その隙を、レースと魅力で突き、地方のウマ娘達の自信と実力を高めていくのだ。

 

 甲斐を攻める上で、木曽義昌を調略した織田信長……いや、これではアサヒクリークに怒られるな、信長公のように、じわじわとやっていくのだ。

 

 さて、後数回ほど、相手を変えてこれをやるとしよう。気の所為で済まされてはたまらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュヴァルちゃん、ものすごく強いウマ娘が出たって、本当なの?特徴とか、覚えてる?」

「……栗毛の長髪に、高い身長で…………このあたりじゃ、あまり見ないトレーニングウェア………それで、とても加速が速かった…」

 

 それから数日後、シュヴァルグランたちの話題は、多摩川の河川敷に現れた、謎のウマ娘にあった。

 

「でも……幽霊かも…」

「いや!足あったよ足!私も遭遇したんだよ!それで、あっという間に、バビューンって…!」

「なんだか…モンジューのフォームにちょっと似てるけど、それよりも素早い感じだったかな…」

 

 最初は疑っていたキタサンブラック達も、謎のウマ娘と遭遇したという者が次々と現れれば、信じずには居られなくなってきた。

 

「特徴的に………フランスのこのブランドの可能性が高いです!」

 

 短期留学生のヴェニュスパークは、フランスのトレーニングウェアの雑誌を取り出し、謎のウマ娘が着ていたであろうウェアを推理していた。

 

 そんな中、あるウマ娘が発言した。

 

「……プロジェクトラークは、もちろん、世界にも公表されてる………海外の人が、オープンなファン感謝祭の時を狙って、こっちのことを調べに来たんじゃないのかな……?」

 

 プロジェクトラークに、ファン感謝祭、あまり見ない、フランスのブランドと思われるウェア。

 

 状況証拠は少なかったが、海外ウマ娘の偵察を想起させるのには、十分であった。

 

 “プロジェクトラークは、すでに海外からも注目されている”

 

 この噂は、あっという間に、中央に広がっていくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうかしたの?揃いに揃って……」

 

 中央のファン感謝祭が終了して、少し……

 

 残って仕事をしていた黒澤の下に、沖田、舞原、森谷の3人がやってきた。

 

「係長、私ども3人から、提案したいトレーニングがあります」

「その目……どうやら、中央のファン感謝祭を見学したことで、何か良いものを得られたようね、是非聞かせてほしいわ」

 

 黒澤は、素早く、机の上の資料をどけ、3人の方を向く。

 

「はい、私どもが提案するのは、サポートウマ娘の中の1類型として……“アグレッサーウマ娘”を育成していくことです」

「アグレッサー…?」

「簡単に言えば、敵役のことですね、防犯訓練時の犯人役……が一番適切な例えかもしれません」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げた黒澤に、森谷が補足を入れる。

 

「僕たちは、中央の桜田トレーナーから、トレーニングの方法について意見交換をしたんです。その結果、基本的なトレーニング方法については共通ですが、設備および、指導者の実力においては、少なくない差があります」

「他の地方学園との交流から生まれたトレーニングによって、生徒の皆さんも、力を伸ばしつつあるんです。だから、より実践的な方向にも、トレーニングを開拓していかないと……と、私たちは思っています」

「それが、沖田くん達の提案する、アグレッサーウマ娘……ということね、もっと詳しく聞かせてほしいわ」

「分かりました。まず、基本的に、現在、実践的なトレーニングは、模擬レースや併せです。これには大きなデメリットがあります。それは、相手側のスケジュールに左右されるということです……ですが、通常レースに出ず、併せや模擬レースにのみ専念できるウマ娘を育成できれば、このデメリットと言うのは解消され、生徒が実践練習をしやすい環境を作ることができます」

 

 黒澤は、沖田の説明を頷きつつ聞き、少し考えて、口を開く。

 

「なるほど…確かに、良いアイデアだわ。でも、懸念点はゼロではないわ。まず、1つ目の懸念は、時代の流れに対応できない可能性よ、レースはトレンドがあったり、新走法の研究が行われる世界と聞くわ、そしてそれは、企業の技術革新のようなもの、実戦を経験しにくい環境にいることは、自らのやり方への固執を生むかもしれないのよ。……2つ目は、取り合いになるリスクね…ここは勉強と似たようなものね、ある教科が得意な生徒が、テストの近づいた日に、様々な人から、教えを請われるようになる……そういったものに似た状況となるかもしれないわ」

 

 黒澤は思い出すような顔をしつつ、懸念点を口にしていく。

 

「さすが係長…痛いところを突いてきますな…」

「固執…何か、経験でもあったんですか?」

「コラ!森谷!」

「まあまあ、沖田くん」

 

 黒澤は、森谷を叱る沖田をなだめる。

 

「私も理事長に拾ってもらうまでは、一般企業に勤めていたし、理事長からは、色々とレースでの話も聞いているのよ………ここからは、経験ではなく、聞いた話にはなるけれど………教訓になりそうな話だから、3人には話しておくわ、昔、中央にものすごく強いウマ娘がいたでしょう?名前は…マヴェリッククロウ…ご存知の通り、理事長を打ち破ったウマ娘よ」

 

 その言葉は、沖田達に少し緊張をもたらした。

 

「理事長は彼女を、勝ちたい存在として強く意識し、独自に研究をしていたわ。そして、彼女があそこまでの活躍をできたのは、本人の才能や努力だけでなく、ライバル的存在だった黄金世代が、自らの才能に頼っていた面や、私淑ではなく、徹底した対抗に固執していたからでもあったという結論に至ったそうよ…」

「………」

 

 沖田達は黙った。“彼女”のことを知らないレース指導者は、まだ、この国にはいないのだ。

 

 黒澤が重みのある言葉を選んだことで、彼らは、懸念点が招くリスクを容易に想像することができた。

 

 しかし、黒澤は表情を穏やかなものに変える。

 

「大事なことは、柔軟にやっていくと言うことよ、懸念点を言ったのも、却下するためではなく、提出後の質問への対応のため………さっきも言った通り、ファン感謝祭で、よいものを得られたということね。では、これから稟議を出す準備をしましょう。沖田くん、今回は、一人ではなく、舞原くんと森谷さんとの作業になるから、二人の意見も聞きつつ、作業を進めるのよ」

「は、はっ!了解であります!」

「舞原くん、森谷さん、しっかりとね」

「分かりました」

「はいっ、頑張ります!」 

 

 それぞれの返事を聞いた黒澤は、一回頷き、作業へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、舞原達は、斎藤に呼び出されていた。

 

「あなた達の出した稟議、見せてもらったわ、とても素晴らしい発想ね。予定上都合の悪いウマ娘や、ピークアウトしたウマ娘の協力を得ることが難しいのが、併せトレーニングの弱点だけど……このアグレッサーウマ娘と組み合わせれば、うまく生徒の実力向上に働いてくれるわね、でも、あなた達の感じている問題点も聞く必要があるから、今ここで話して頂戴」

「では、僕が……このアイデアの一番の問題点は、やはり、アグレッサーウマ娘のアップデートを継続して行っていかなければならない点です、アグレッサーウマ娘は、レースをしないとは言え、競走ウマ娘とほぼ同じカリキュラムを立てる必要があり、なおかつ、敵役を演じるという追加要素があります。それを継続して行うためには、他の学園の研究が必要不可欠です。そのため…同時並行してサポートウマ娘の育成も必要になります」

 

 斎藤に促され、舞原が説明を行った。彼は、アグレッサーウマ娘が有効なアイデアというだけでなく、課題も多いということを、正直に説明したのである。

 

「……なるほど、自己分析は、上等……でも、その問題点は、解決できる可能性があるわ」

「本当でありますか!」

 

 舞原より先に、素早く沖田が反応し、斎藤を問いただす。

 

「ええ、本当よ、だから座りなさい……公式発表はまだまだだけど、あなた達を信用して、伝えておくことにするわ……この前の中央のファン感謝祭を見ての、あなた達の報告、一般人として調査に協力してくれた天持学園の生徒の報告、そして、アサヒクリーク理事長自らの所感………これらは、この学園だけでなく、門別、金沢……すなわち、友好学園にも、つい先日、共有したところよ」

「2学園の皆さんは、どんな反応を示されていたんですか?」

 

 森谷は、顎に手を当てて、そう問いかけた。

 

「もちろん、中央の脅威を感じていたわ。それはウマ娘やトレーニングだけではなく、資金力もそうね。あなた達も、絢爛豪華なファン感謝祭の中にいたのだから、感じていたのではなくて?」

「はい、私は模擬レースを見学したんですけど、まるで本当のレース場にいたかのような雰囲気でした……模擬でこれなのか…と、身体が震えあがりました」

「やはり、そのように感じたのね。いろいろなことがあったけれど、ウマ娘レースは今も日本で大人気のエンターテイメント。そして、その熱は、ここ数年の急速なSNSの発達で、とても高まりやすくなっている」

 

 知る人ぞ知る、“阪神宝塚の別離”などの悲劇はあったが、ウマ娘レースが大人気エンターテイメントであることにかわりはない。むしろ、ここ数年のSNSの恐竜的進化により、その熱の高まりは、より激しく起こるようになっていったのである。

 

「発達したSNSが、ウマ娘レースとより濃厚に絡んできたということは、良くも悪くも、話題性が必要になってきたということよ。すなわち、地方レースがより盛り上がりを見せるためには、中央のウマ娘との……激しい戦いも、必要になってきたの………私の駆け出しの頃が懐かしくなってくるわね」

 

 時代は変わった。かつてのオグリキャップのように、地元で、ライバルと競いあって活躍するだけでは、地方レースの存続と発展には、力不足なのだ。かつて、駆け出しのレース関係者として働いていた斎藤も、オグリキャップらのいた時代を懐かしんでいる。

 

「……兎に角、時代は変わったわ。地元を離れ、強敵に挑むことは、ウマ娘を地方の広告塔にすることではなく、地方レースの存続と発展を懸けた戦いになりつつある。」

 

 斎藤はそう言って、3人の方を見た。

 

「ただし、口に出すだけでは、事は動かない。だから、アサヒクリーク理事長と、生徒会が中心となり、私たちは行動を起こすことにしたのよ。“3人寄れば文殊の知恵”……門別トレセン学園、金沢トレセン学園、そして、私たち濃尾トレセン学園………この3校は、地方レースの存続と発展、および、レースに関わるウマ娘が、より高い技能を身につけるために、正式に協力関係を結ぶことにしたわ」

「…!!」

 

 3人全員が、驚愕の表情を浮かべる。

 

「この協力関係の名称は……“地方レース魅力再生機構”…3学園で協力し、レース技能及び・文化の研究を行い、地方レースとそのウマ娘を、より高いレベルへと至らせることを目的としているわ」

「もう少し詳しくは説明をして頂いても構いませんか?」

「もちろん、具体的に言えば、レース関連技術の共同研究や、3学園共同でのイベント開催、さらに…模擬レースの開催を大幅に増やし、生徒とトレーナーに実戦経験をどんどん積んでもらうことなどを、現在は考えているわ」

「なるほど……その模擬レースならば、アグレッサーウマ娘も出せますな、何せ、公式のレースではないのですから」

「しかも、他の学園とのレースですから、新しい知識の補充になりますね」

「そして、実戦経験で、ウマ娘達のリサーチ力も上がると……」

 

 沖田達は、アグレッサーウマ娘の問題点と、3学園の協力によるメリットを素早く結びつけていく。

 

「仁藤さんだけでなく、若いあなた達にも、大いに頑張って貰わなければならないわね、期待しているわ」

 

 そして、そんな三人に、斎藤は期待を抱いてそう言う、だが、斎藤は「でも」と付け加える。

 

「もし、頑張りが実り、上手く行ったならば、必ず、足元に目を向けるように。ウマ娘もあなた達も、知らないうちに疲労しているかもしれないから……勢いづくのは悪いことではないけれど、そういう時こそ、無理はしていないか考え直して頂戴」

 

 そう忠告し、斎藤は3人を帰したのだった。

 

 

 

*1
ゲーム本編での代表交流戦




  
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