「では、先日行った遠征の報告をさせていただきます」
「承知ッ!結果は知ってはいるが、今後の海外遠征強化と、最重要目標である凱旋門賞の制覇のためには、海外遠征を行ったチームからの意見聴取が不可欠ッ!白子トレーナーよ、ありのままの声を聞かせてほしい!」
「はっ!」
中央トレセン学園の理事長室、“彼女”の師であった白子は、そこにいた。
「我がチームオベロンは、ハムラビスネークが、海外遠征を敢行しました。出走したレースと結果は、理事長にお渡しした資料のとおりです。」
「うむ、サウジカップと、ドバイワールドカップに出走したのだな、サウジカップでは、7着、ドバイワールドカップでは2着、初めての海外遠征で、よい結果を出してくれたと思っているッ!」
「お褒めにあずかり、光栄です」
やよいは、白子とハムラビスネークの結果を褒め称える。
「理事長、レースの結果と同じぐらいに重要なこともあります、ハムラビスネークが少しの間、ヨーロッパにて、海外のウマ娘達の姿を見てきたことです」
「うむ、プロジェクトラークに向けて邁進中の今、そのようなウマ娘と、担当トレーナーの存在は、非常に心強い、その事も踏まえ、ぜひとも、海外のウマ娘に対する君の意見を聞かせてほしいッ!」
白子は、ドバイワールドカップを終えたハムラビスネークに、少しの間、静養を兼ねて他の国の視察に行き、ウマ娘の姿を記録してくるよう指示していた。
持ち帰られた記録を分析し、やよいへの報告に付け加えたのである。
「はっ、では、単刀直入に申し上げます。海外のウマ娘達は、我々の想像以上のレベルにあります。レース中の動きもさることながら、潤沢な資金を投じた、長期間の現地訓練や低酸素訓練、欧州の山々を登り、精神力を鍛えるなど、トレーニングにおいても、効果的なものを実施しています」
「日本からの情報収集も限界がある、なるほど…そのようなトレーニングを……」
「はい、海外遠征を行った立場で申し上げます。現状のままでは、海外遠征を行うウマ娘の苦戦や消耗は必至です。おそらく、私と同じように考えるトレーナーも少なくないでしょう。富士田トレーナーからの報告は受けましたか?」
「あぁ、3日前に聞いている。概ね、君と同意見だった」
(やはりそうなっていたか……となると、彼女は、私の与えた、海外ウマ娘は、以前と比べて精強であるという事前認識を、レースを通じて深めていたということだな)
白子と富士田、2人の育成ウマ娘の出走するレースは異なり、時期的には白子の方が早かった。そのため、白根はレースで抱いた所感を少し盛り、富士田に伝え、彼女が海外ウマ娘を実力以上の驚異として実感するお膳立てをしたのである。
「理事長、我がチームオベロンは、しばらくの間、所属ウマ娘の調整と、後輩である桜田トレーナー支援に力を注いでいく所存です。我々に必要なのは、自らのやり方の再考証です。」
「うむ、海外遠征は、ウマ娘にとって負担の大きいプロジェクトだ、その判断…尊重ッ!」
「ありがとうございます。………これから海外遠征を試みるチームも、さらに増えるかと思われます。どうか、積極的なヒアリングをお願いいたします。また、報告書については、ほかのチームのために、役立てていただけますと幸いです。」
「ああ、君の意見と、この報告書は、中央トレセン学園が、海外遠征を強化していくうえで必要な財産ッ!もちろん、ほかのトレーナーの意見もそうしていくつもりだ!」
「……承知いたしましたら。ぜひ、お役立てください。」
そう言うと、白子はチームの部屋へと戻っていった。
「トレーナーさん、お疲れ様です」
「お疲れ様です!」
「おつでーす」
チームの部屋へと戻った白子は、担当ウマ娘達に出迎えられる。彼は席に座り、やよいとのやり取りを話していった。
「……というわけで、我々の遠征記録は、今後、海外遠征を試みるチームのために使ってもらいたいと要請してきた、ハムラビ君はこれでよかったのか?」
「ええ、海外のレースは確かに燃えるんですが、観ても、走っても、想像以上に激しくって、私の考えてたのとは、違っていたので、これからは遠慮しておきます。でも、記録を腐らせるのは勿体ないですから」
「そうだな、役に立つものは、使っていかなければ…後の二人はどう思う?」
「わたくしもトレーナーさんの判断に賛成です、気持ちは国内重視ですが、記録は他の娘の役に立てばいいかと」
「あーくしは、まぁ、サポートウマ娘なんで、反対はしませんけど……他のチームに売るって形で小遣い稼ぎしても良かったんじゃないかなーって」
「フッ、君たちらしい答えで安心した。では、我々としては、国内レースと桜田君とタルマエ君との連携に注力していくとしよう」
白子は、やよいの前では、プロジェクトラークに沸く彼女を遠回しに否定しかねない国内重視の再決定を、あえて言っていない。
「分かりました、トレーナーさん」
「よし……もし、海外の精強なウマ娘と戦うのなら、その舞台はジャパンカップダートとなる。そういう場合も想定し、これまで通り、我々チームオベロンは、目の前の課題に真剣に取り組み、結果を出していこうではないか」
“昔よりもはるかに精強な海外のウマ娘達”この認識は、ウマ娘達同士のコミュニケーションであったり、トレーナー同士の意見交換にて、共有されていった。
この認識が広がり、URA本部ではなく、実際に走る現場である、トレセン学園側の意見として定着していくのに、それほど時間は掛からなかった。
「そこはもっと動きを大きく!」
「はい!」
「あなたはもっとピッチ上げて!」
「はい!」
トノハタサターンを迎えて数週間、彼女は予想より早くカサマツに馴染み、ウマ娘達のアグレッサーをやりつつ、ほかのアグレッサーを育てている。
レースという重荷から解放された彼女は、毎日精力的に頑張っているのだ。
「黒澤教官、ここにいたんですね」
「あら、ケイさん、どうかしたの?」
「休憩がてら」
そして、精力的に頑張っているのは、トノハタサターンだけではない。
ケイピーシーナリー達、生徒もそうなのだ。
ケイピーシーナリー……彼女は、この間、帝王賞への出走権を手に入れたばかりである。レッドドーシュカの獣のような走りを退けて。
そして、帝王賞には、北関東のウマ娘だけでなく、ホッコータルマエが出てくるのだ、リベンジをし、名を上げる絶好の機会なのだ。
「帝王賞に向けた最終調整には、サターンさんにも協力してもらうわ、詳しい日程は、後から舞原君に伝えておくから」
「ありがとうございます!」
「他に問題はない?」
「はい、新しい蹄鉄“セントール”は、私にピッタリです!」
だからこそ、こちらも最高の調整をしている。
新蹄鉄セントール…レイヨウの体に人間の上半身がついたギリシャ神話の生物の名を関しているそれは、形状こそ鉢形蹄鉄から普通の蹄鉄に戻ったものの……発想は受け継いだ。
蹄鉄は、アーチのようなU字型をしている。そのため、ふつうに同じ厚みで作れば、U字の開いている方ではなく、曲がっている方に重心は寄る。だが、この蹄鉄は少しそこを改善している。
まず、鋳物で蹄鉄を作る。その時にあえてU字の開いている方に、少し厚みをもたせる。
次に、厚みをもたせた部分を叩いて鍛造し、そこだけ密度を上げて、体積の割に重くする。
最後に、鍛造によって変形して、蹄鉄の形からはみ出たものを、削り落とす。
こうすることによって、ものすごくコストはかかるが、重心を少しかかと側に寄せ、負担が軽減される蹄鉄を作ることができるのだ。
「それは良かったわ、大人の世界の話にはなってしまうけど…貴女が活躍すればするほど、私達は、より良い装具をやトレーニング方法作ることが出来やすくなる。そのためにも、帝王賞では、良い結果を出さなければならないわね。」
「はい、頑張ります!」
良い目だ。彼女には、これからも頑張ってもらわなければならない。色々と見させてもらっているが、彼女はメイショウドトウにも迫る素養を持っている。
ただ、あくまで迫るである。比肩ではない。
それ以上は、私達指導者など、支える者の力で補わなければならないのだ。
「はあっ…!はあっ………!」
サターン先輩との模擬レースが終わった。距離は、帝王賞と同じ2000m………結果は、クビ差で私の負けだった。
息を整えつつ、サターン先輩を見る。
「サターン先輩」
「サターン、ケイはどうだ?」
「スタミナについては、問題ありません。ですが……………キッシーの言った通りね、ケイ、粘り強さと、集中力、それがあなたの強み」
「……」
「でも、それがあなたの弱点でもあるのよ、あなたは確かに、集中して相手に食い付く能力は高い、でも集中するあまり、予想外の動きで、一瞬隙ができるのよ、ワンテンポの判断の遅れは、命取りよ。文字通り……」
そうして、サターン先輩は、かつて事故で怪我を負った部位を指差した。
「相手に喰らいつくことも大事だけど、意識しすぎると共倒れするわよ、京都大賞典の、テイエムオペラオーのように」
京都大賞典のテイエムオペラオー………あの結果は、確かに、今の私のスタイルの、成れの果てかもしれない。
だから…
「食いつきすぎる癖を、何とかする…」
「そう、幸い、蹄鉄の改良によって、体力の消耗は抑えられているから、あなたには余裕ができているはず。良い?レースにとって一番大切なのは、ライバルに勝つことでも、レコードタイムを出すことでも、ましてや…掌がよく回るファンの期待に応えることでもないの、“誰よりも先にゴールに飛び込む”、それが、本来の目標だということを、くれぐれも忘れないことね」
…確かに、そうだ。レースにとって、最も大事なことは、ライバルに勝つことじゃなくて、レースという勝負に勝つことだ。
木を見て森を見ず……にならないように、ってことだろう。
「……ありがとうございます」
「それと、絶対に怪我だけはしないこと、怪我の影響は、一生ついて回るときもあるわ」
……確かに、大一番だからといって、無理してはいけない。大一番でのケガについては、アサヒクリーク理事長が、私達に直接授業をしてくれた。
『サイレンススズカは、天皇賞秋での負傷から、1年をかけて復帰しましたわ。それは、とても長い道のりでした。苦しいリハビリと、治癒後の度重なる挑戦………これができるウマ娘はとても少ないですわ』
理事長が現役時代に走っていたウマ娘、サイレンススズカの天皇賞秋を取り上げた授業は、とても分かり易かった。
最悪の事態についても言及されていた。…………負傷で倒れて、そのまま……
とにかく、その授業は、私達にレース中の負傷の恐ろしさを感じさせるには十分だった。
「……ありがとうございます」
私がお礼を言うと、サターン先輩は頷いて、先に校舎の方へと戻って行った。
レースまで、残された時間は、そう多くない。
「トレーナーさん、本番までのトレーニングは…」
「シミュレータートレーニングの割合を減らそう、その分、タイム計測と併せ、ビデオの分析の割合を増やす……課題を潰して、勝ちに行こう、ケイ」
「もちろんです!」
でも、勝つために、次の手を打っていかなきゃいけないんだ。
「これって…どう思う?」
「正直、予算が勿体ないな、もっと金は大切に使わねぇと…」
場所は変わり、中央トレセン学園の食堂では、エアジハードとサクラナミキオーが資料を見て会話をしていた。彼女らは、現在、怪我から復帰するウマ娘たちを支援する教官として働いている。
彼女ら2人が見ている資料は、トレーニング関連機器の追加導入についてのものだった。
「温度湿度調整室………」
「目的は海外遠征対策…海外のウマ娘がこっちの想像以上強いってのは、わかるが………それを穴埋めするのが、努力だったり工夫なんじゃないのか?それに、ここまで海外に注力するのも考えものだ…」
「私もそう思う、私達だって、ぎ………」
スッ
「何か言いたげですネ?エアジハード」
「エルコンドルパサー……」
2人の会話に割って入ったエルコンドルパサーの顔には、普段の明るい様子はなく、冷徹な目で2人を見つめている。
「海外への挑戦は、生徒代表のテイオー達生徒会、佐竹さん達URAの本部、そしてファンが喜んで迎えたこと……つまりこれは、日本のウマ娘レース界の意志デス、まさか…それを妨げようというわけではないデスよね?」
彼女はそう言って、サクラナミキオーとエアジハードに目線を走らせた。
「………」
サクラナミキオーは、警戒して見つめ返す、
「ナミキオーちゃん、そんな顔しないしない、私達は予算の心配をしてるだけだよ、ウマ娘の指導者たるもの、きっちりと適切に予算が使われているのかは、ハッキリとさせなきゃいけないからね」
「その心配は不要デス、きっちりと各プロセスの承認は頂いていマス………くれぐれも、“変な気”を起こさないようにして下サイ」
「私達は、与えられた仕事をしっかりやるだけだよ、ね」
「…………あぁ」
エアジハードとサクラナミキオーの反応を聞いたエルコンドルパサーは、満足したように頷き、去っていった。
「………あまり、プロジェクトラークには関わらない方にしたほうが良いかもしれないね」
「…目の前の仕事に集中しろってことか…」
「それだけじゃない、世の中の盛り上がりに押されて、怪我から慌てて復帰しようとする生徒が出ないようにしないと」
「…そうだな」
プロジェクトラークの裏には、日本のウマ娘レース界の強い支持がある。エアジハードも、サクラナミキオーも、それと正面から戦うなどということは望んでいない。
彼女らは、本来の仕事である、生徒の支援に集中することを選択したのである。
一方、場所は変わり、ここは南国、ハワイ…
「パールハーバーの空撮写真、はがきでどうだい?」
「そこのお兄さん、おいしいロコモコ、食べてかない?」
「おーい、兵隊さん、ながーい航海で疲れてるだろ?ガーリックシュリンプで吹き飛ばそうぜ」
ビルが立ち並び、スカイツリーのそびえ立つ東京から離れ、アロハタワーの下で、住民、観光客、休日の兵士が作り出すにぎわいに彩られた楽園である。
そんな楽園のある市場の近くで、一人のウマ娘が、足を止め、街頭のモニターを見ていた。
モニターには、日本のウマ娘レースについての情報が流れている。
「マーム?マーム?どうしたんです?」
「ジム、ちょっと待っててください………なるほど……あの人たちは……そこまでして…消してしまおうと」
そのウマ娘の顔は、雇用しているスタッフだけでなく、周囲の人々が異変を感じる程に、みるみると険しくなっていく。
「マーム!周りの人が怖がってますよ!」
「ああ、ごめんなさい、ジム」
しかし、スタッフに言及され、表情を元に戻し、再び歩き出す。
「どうしたんです?常に物腰柔らかなマームらしくない」
「少し、昔を思い出しただけです。………さて、2軒目の在庫を補充しに行きますよ」
「はい!」
彼らは在庫を積んだ台車を押し、市場を進んでいく。
在庫の入った段ボール箱には、桜とハナミズキのプリントがなされていた。
お読み頂きありがとうございます。
最近忙しいのですが、書き続けるようにしていきたいです。
また、“マーム”という表現ですが、“サー”の女性に対して用いるバージョンです。イエスマム(イイエスサー)でよく使われているかと思います。
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