「すぅ…すぅ…」
病室にて、ツルマルツヨシは、寝息を立てて眠っていた。
彼女の寝顔には、幸せが浮かんでおり、良いことがあったのだと、用意に想像することができる。
そして、そのそばには、開いたままの日記帳が置いてあった。その日記帳には…
「病院の談話スペースで、私は繰り返し、こんな報道を読んでいた。
“銀翼羽ばたく、クラシックも絆と共に”
すると、私のそばにいた一人のウマ娘の患者さんが、私に話しかけてきた。
“なあ君、誇りに思って良いんだよ、僕達は今、凄い時代に生きているんだ”
私も、そうだと思った。
転入して、努力を重ねて、友達とも仲良くして、交流とはいえG1を取ったあの娘の姿に、私は憧れている。それに、翼という言葉に込められた意味に、私は感動した。
勝利報告とお礼に来てくれた時のあの娘の顔は、私の記憶から、離れることは無いだろう。
私達は、凄い時代に生きている。
私もいつか、あの娘みたいに、輝ける日が来るのかな?」
と、記されていた。
全日本ジュニア優駿を勝った私は、早速、サポートウマ娘達や先輩、担任の教師、そしてツルマルツヨシに勝利報告とお礼をしに行った。
そして、周囲からは尊敬と羨望のまなざし、そして多少の嫉妬を向けられるようになった。
だが、私がやること自体は変わらない。
いつもの様に、朝四時に起きてランニングをし、朝を食べて体幹のトレーニングを行う。
昼はいつもの公園に移動して、ぶら下がりながらストレッチをする。
木枯らしが私の耳を撫でるが、気にすることはない。
「すみません!」
すると、木枯らしではなく声が、私の耳を撫でるのではなく、つんざいた。
鉄棒から下り、声をかけた相手の方に向き直る。相手は子供のウマ娘だった。手を後ろに回している。何かを持っているようだ。
「どうしたの?」
私がそう聞くと、その子供は、恥ずかしそうな顔をしながら…
「わっ…わたし、────────さんのファンなんです!これっ…貰ってくれませんか?」
なんと、花束を差し出したのだ。これは困った、破壊と正反対の物を、差し出されてしまったのだから。
ただ、私は貰えるものは病気以外貰っておく、そんな性分である。
「…ありがとう、大事にするね」
だから、私は、笑顔でそれを受け取った。この少女は、私にプレゼントをくれた。今後も私を応援してくれる事だろう。
決めた。この花束はプリザーブド加工でも施して取っておこう。そして、引退の暁に……
「ふふっ」
「…?」
想像を膨らませ、思わず溢れた笑みに、少女が反応する。
「まさか、プレゼントを貰うなんて、思ってなかったから、嬉しくてね。あなたも、将来は競走ウマ娘に?」
私は、花束の少女の頭を撫でつつ、そう聞いた。
「は、はい!」
少女は、照れくさそうに、しかしはっきりとそう言った。それは素晴らしい。
「私も、まだまだな存在だけど、これだけは分かる。道のりは険しいよ、私だって、あなたにコレをもらうまで、色んなことをやってきた」
私は、対戦相手だけでなく、常識も、友情も、印象も、兎に角やれるだけの破壊を、ウマ娘レースでやるつもりだ。
「でも、そんな険しい道を乗り越えようとする、強い心と勇気があれば…」
つまり、それが成功すれば、ウマ娘レース界は揺れに揺れ、元から舗装されていない、ただでさえ険しい道が、砲撃で穴ぼこだらけ、更には不発弾と地雷とに彩られるような事態となるのだ。
「あなたもきっと、なれるよ」
そんな道を歩むかもしれない彼女を、私は可哀想だと──などとは思ったりはしない。
彼女と私は、年が離れすぎている。“レースを通じての”破壊対象には入らない。彼女がレースの世界に入る頃には、私はとっくにレースから退いている。だから、彼女がレースに対してどうしようが、その過程でどんな事が起きようが、私は関わりようがないのだ。
ただ、私はこの少女に、破壊を見せつけてやり、その反応を見てみたい。まだレースの世界にいない彼女は、多感な時期なのだから。
『ふむ…ファンからのプレゼント、花束とは、良いものを貰ったようだな。そして、明日はいよいよ記者会見という訳だが、心の準備はできているか?』
「大丈夫、メイビー、パーハプス」
寮へ戻り、電話で白子に花束を貰ったことを報告した私は、明日の記者会見の心の準備が出来ているのかどうか聞かれた。なので、ちょっとおふざけを交えて答えてやった。
『その様子であれば、問題は無さそうだな。恐らく君は、黄金世代のウマ娘達と同列に扱われる事だろう。私としては、君がどう反応するのか、気になるところだ』
「それは明日までのお楽しみ、まぁ、そっちを退屈させるような反応にはならないと思うよ」
『フッ、大きく出たな。ならば、見させてもらおうか』
下調べは終えてあるし、筋書きはできてある。今日は明日に備えて、早く寝るとしよう。
そして翌日、寮の部屋で部屋で私は身だしなみを確認する。
「…髪よし、耳よし、尻尾よし……極めつけは…」
私は学園指定のコートを羽織る。普通インタビューを受ける際には、レース用の服、もしくはただの制服というのが普通である。そして、今日のインタビューは室内なので、風邪でもひいていない限りは防寒着の類は要らない。
ただ、私はあえてこれを着る。他のウマ娘と違うなという印象を、少しでも与えてやれば、それで良い。相手の傾聴を誘うためには、ちょっとした工夫が必要なのだ。
私は、トレセン学園の敷地の一角を借りてインタビューを受けた。よく使われているスペースということもあり、ブン屋さん達はかなりの数が集まっていた。何故か担任教師も来ていた。今日は授業無いから本来は休みなのに。
「レースに向けてどのようなトレーニングを?」
「今回のレースは、最後の末脚が勝負所と決めていていました。ですから──」
私は椅子へと座り、白子と共に次々と質問に答えていった。
そして…
「全日本ジュニア優駿の日は、お世話になりました。私、月間トゥインクルの乙名史と申します。質問よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
あの薄灰色のスーツを着たブン屋さんが進み出てきて、私に質問を振ってきたのだ。先日の様子からして、彼女はウマ娘レースを愛している存在、やっぱり来ていたのか。
「────────さんが、全日本ジュニア優駿を制したことを受け、世間では、────────さんも黄金世代の一人であり、クラシック級での活躍も期待できるという声が急速に高まっています。そのことを踏まえながら、今後についての展望を、お聞かせ願いたく思います」
こういう、熱意のあまり、仕事に私情が混じっているであろうタイプの人間から世間などという言葉を使われると、私はどうしても…
“世間というのは、君じゃないか”
と返したくなる、だけど、私はそうしない
だって、その質問を待っていたのだから。
そして、それは、他の記者も用意していた質問であったようで、ブン屋さん達の視線は強くなった。
私は、顎に手を当て、暫く考えるふりをした後、立ち上がる。
ブン屋さん達は、更に視線を強める。
それに応えるかのように、私は彼女らを見据えると、会場は行き詰まるような沈黙に包まれた。
担任教師は、私が頭が真っ白になったと思い込んでしまったようで、落ち着きの無い様子を見せている。
素人め、彼女は沈黙の力を知らないのか、恐れているのか。まあ、そちらのほうが好都合だけど。
私は深く息を吸い込むと、沈黙を破壊すべく、力を込めた。
「黄金世代、今後のウマ娘レースを牽引すると期待されているウマ娘達…途中から編入した私が、そのような輝かしい方々と同様の評価を受けていたのかと思うと、誇らしく思います。ですが、黄金世代という輝かしい称号、それを頂けるというのであれば、私は、申し訳ないという気持ちを添え、それを返上したく思います」
私の返答に、ブン屋さんの目には戸惑いの目が浮かぶ。悪い意味で予想外の言葉を言われたからだ。だけど、安心してほしい。悪い意味をぶち壊し、良い意味での予想外に変えてやる。
「ただ、この言葉は、私がこれからも強くなる事を、挑戦することを否定するものではありません。ただ、私は、黄金より目指したいものがあるので、このような決断へと至りました。私が黄金より目指したいもの。それは翼です。」
「翼…?」
「一体…」
まあまあ、慌てないで。
「皆さん、イカロスの話を知っていますでしょうか?彼は蝋と羽を組み合わせ、翼を作り、空を飛びました。しかし、彼は太陽に近づきすぎたために、蝋が溶けて羽が抜け落ち、翼が崩れ、命を落としました。それから分かることは、羽ばたくためには、支えが必要不可欠であるという事です」
ここからだ、声を少し大きくする。身振り手振りも加える。
「今回の全日本ジュニア優駿で、私は勝利することができました。しかし、私は、翼を作る上で、自分一人の力では、一本の羽、もしくは指先に乗ってしまうぐらいのろうしか、集めることはできないと思っています。ですが、アグネスワールドさん達クラスのメンバーとの友情、トレーナーや先輩からの指導、サポートウマ娘の皆さんや担任の先生、入院している友人、そしてファンの皆さんがくれた応援の言葉…つまりは、支えてくれている人々との絆が羽となり、蝋となって、私に勝利、夢、栄光に向けて羽ばたく翼を授けてくれたのだと思っています。つまり、翼の称号は、私だけではなく、それを作り上げる上で協力して下さった皆さんとも共にあるのです!」
そして、〆だ。
「私は、蝋が溶けないように、羽が外れてしまわないように、この翼で羽ばたき、あわよくば、さらに大きくしていこうと思っています。クラシック級でも、精進して参りたく思いますので、応援よろしくお願い申し上げます!」
私がそう言うと…件のブン屋さんは…
「す…す…素晴らしいですっ!!これからもファンと共に歩むという、その姿勢、感服いたしました!!」
やはり、顔に悦楽の感情を出し、ペンを進めていた。そして…
「あの方達が“黄金”、それに対して────────さん達は“翼”!即ち、黄金に負けない輝きを持つ銀の翼、銀翼と言う事ですね!!」
少しオーバーに、そう言ってのけた。
「銀翼…良い響きじゃないか!!」
「それだ!!」
そして、周りのブン屋さんも、それに同調する。
ブン屋さんの誇張グセは変わらないが、この女記者はひときわレベルが高い。今回のインタビューは、応対の指導をしてもらおうと思っていたため、録画をしてもらうよう言っておいたが、今度からも録音ぐらいは続けていこう、この女記者の発言は、良い方向にも悪い方向にも、人を転がしそうだからだ。
とはいえ、銀翼とは、良い響きだ。
そもそも、翼という言葉にも、隠した意味がある。これもちょっとだけだけれど、破壊に通じるのだ。
翼と言えば、鳥の持っているそれを想起する人々は多いだろう。ふわふわした、羽毛の翼だ。
でも、それが、光り輝く鉄の翼だとすればどうだろうか。
鉄の翼を鉄の心臓で羽ばたかせる力を持った鉄の鳥。それが、歴史の中でどれだけの破壊をもたらしたのかは、誰にでもわかる事実だ。
「──ちゃん!こっちこっち!あのインタビュー、凄かったよ!ほら、これ見て!」
「新聞に乗ってるんだよ!」
次の日、私は、教室に入るなり、嬉しそうな様子のクラスメートに囲まれた。
「“銀翼羽ばたく、クラシックも絆と共に”だって、凄いじゃんか」
「うん、格好良かった!これからも頑張ってね、手伝うから!」
エアジハード、そして、私によってこの教室によく来るようになったサポートウマ娘は、そのように口にする。
「ありがとう、でも、インタビューでも言った通り、私一人だと、一つの羽と、ちょっとの蝋、翼は皆で作っていかなきゃ、芝、ダート、障害、サポート、それぞれ活躍する環境は違うかもしれないけどこれからも一緒に頑張っていこう」
私がそう言うと、クラスメートは「よし!」とか「やるぞ!」とか言って、気合いを入れる。
どうやら、黄金世代の称号を蹴り、様々な人とともに歩む姿勢を見せた私は、黄金世代を前に萎縮しがちな生徒たちに支持されるようになったらしい。それに、サポートウマ娘の持ってきた新聞を見るに、ブン屋さんも、今は味方のようだ。
ただ、それは私の予測した通りだった。ウマ娘レース関連のメディアは、当たり前のことであるが、関係者にウマ娘がいることが多い。そしてその大半は、夢半ばでレースを去った者が多いのだ。この発言は刺さるだろう。
とはいえ、ファン達は今のところは、砂の上を走っている私なんかより、芝で輝く黄金世代に夢中である。今はブン屋さんが持ち上げて、私達を見てくれてはいるが、クラシック級になると、自然と話題も黄金世代に移っていくだろう。
そして、黄金世代も、そういった外野を喜ばせ、期待に応え、自らも輝くことに、生き甲斐を見出して居るだろう。
そして、私はそんな彼女たちを、ターゲットとした。
そして、彼女たちは競走ウマ娘、それも才能のあるクラスのメンバーだ。恐らく、サポートウマ娘や、あまり活躍のできないウマ娘は同族意識を抱きづらい。嫉妬だってするだろう。
だから、私は彼女たちに、狙いを定めたのだ。黄金世代に焦点が当たることの多い現状を生きている、彼女たちに。
私は、彼女たちに“翼”というアイデンティティを持ってもらう事にした。そっちのほうがモチベが出る、つまり応援し、支える側にも走る側にも、質の高いものが期待できるのだ。結果を出すウマ娘も増えるだろう。
そして、その立場を問わず、“翼”のアイデンティティがしっかり根付いた者は、“自分も活躍している存在の一員”という自覚を持ち始めるだろう。さらに翼のために励む可能性が高い。ならば、今後、私以外にも黄金世代とぶつかるウマ娘も出てくるだろう。打ち破るウマ娘もいるもしれない。
ただ、それには、ファンからのヒールとかいう評判も付きまとうことだろう。
ヒールという評判は、ウマ娘にとってはきついものらしく、それで気落ちしてしまう者も居るらしい。つまり、ファンの力で、翼をもがれてしまうのだ。
なら、どうするべきか?
答えは単純明快である。
翼を強いものにしてやれば良い。“ヒール上等、私には銀翼の仲間がいる”と、堂々と言ってやれる位の。
今は、羽と蝋の翼だ。
だが、私は段々とそれを、鉄板とボルトで出来た翼へと置き換えていくつもりだ。
ヤワな繋がりを、より強いものへと強化する。
私は破壊できる、他のウマ娘達は誰にも邪魔されず、夢を叶えるために活躍する土壌が出来る。
両者Win-Winの素晴らしい関係じゃないか。
クラシック、そしてそれ以降が楽しみだ。
今回の描写は「映像の世紀 第4回」を参考にさせて頂いています。
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