転生者は破壊したい   作:ヒブナ

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第8話 -名前-

 

 面倒だ、今日は休養日、しかもクリスマスだというのに。“ある頼み事”を終え、やっとありつけた休みだというのに。

 

「すまないな、クリスマスだというのに呼び出して」

「いえ、今日はトレーナーもいませんし、問題ありません」

 

 目の前のウマ娘──生徒会長、シンボリルドルフは、そんな私の気持ちを知る由もなく、紅茶を淹れていく。

 

 数日前、下校中だった私は、彼女に声をかけられ、今日ここで話すことになったのだ。白子は富士田と共にボランティア活動に行っており、私は暇だったので断る理由が無かった。

 

「まあ、そう固くならないでくれ、悪い事で君を呼んだのではない、私は君に応援の言葉をかけておきたかったんだ」

「ありがとうございます」

 

 彼女は私のそばに紅茶を置き、飲むよう促す。うん、まずくはない。

 

「君は、一般学校からの転入だったな?そんな君が、転入一年目にしてG1を制した。これは素直に称賛に値する、誇るべき事実だ、私からも、祝福の意を表させて貰うよ、おめでとう」

「…身に余る光栄です」

 

 生徒会長から褒められるとは、素直に嬉しい。

 

「ただ、全日本ジュニア優駿、これにはあるジンクスがあるんだ」

「ジンクス?」

「ああ、これを制覇したウマ娘は、勢いがそこで止まってしまう…というものだ」

 

 成る程、それは素晴らしい。でも、そういうものこそ、壊しがいがあるじゃないか。

 

「では、それを打ち破れば、もっと褒めて頂けますか?」

 

 私がそう言うと、シンボリルドルフは目を丸くした。そして…

 

「はははははっ!」

 

 と笑ったのだった。皇帝と呼ばれるウマ娘も、こんな一面があるのか。

 

「どうやら、私の杞憂だったようだね。ジンクスと聞けば萎縮してしまうかと心配していたが、その心意気ならば、クラシック級でも問題なく活躍できそうだ、これからも奮励努力して、走り続けてほしい。期待しているよ」

 

 そういうことか、もし私がジンクスを恐れていた場合、彼女は私に、案ずるなとでも言いたかったのだろう。

 

 つまり、私にクラシックでも活躍して欲しいと思っていると言う事か。

 

 

「ありがとうございます、ですが、なぜ私に期待を?てっきり、会長さんの期待は黄金世代にありと思っていましたが」

「確かに、彼女たちはとても可能性に溢れたウマ娘だ、だが、君は、この前興味深い事を言っていたじゃないか」

 

 ああ、あの事か。

 

「翼のことですか?」

「そうだ、どうやら君には、周囲を鼓舞する力があるように感じる。この学園の生徒の個性は千差万別だが、君のそれは貴重な存在だ。大切にすると良い」

「分かりました」

「よし、じゃあ、話題を変えよう。────────、君はどうして、どういった夢を胸に、この学園に来た?」

 

 シンボリルドルフの質問に対し、私は返答を考えた。本当は自分を満たすものを探すためなのだが、生憎それはもう見つかってしまっている。

 

 だから、私は素直に言うことにした。

 

「幸せになるためですね。私は、競走ウマ娘の家系じゃありませんから、こうやって他の競走ウマ娘の皆と学園生活を送れているだけでも、かなり嬉しいです」

 

 一応、事実を並べている。

 

 今の私は、破壊がもたらす快楽を得るためにここにいる。競走ウマ娘達と共に学園生活を送り、そんな彼女たちを、あらゆる方向から破壊する。

 

 そして、破壊行為そのものだけでなく、普段の学園生活の中で破壊のためのプランを考えているだけでも、私は嬉しいのだ。

 

「そうか、ならば、私もより良い学園づくりに邁進しければな」

 

 シンボリルドルフはそう言う、私が夢を話したのだから、あちらにも話してもらうとしよう。私は傾聴の準備をする。

 

「会長さんも、夢があって今の立場に?」

「ああ、私の夢は、全ウマ娘の幸福だ」

 

 ほう。

 

「全ウマ娘の…幸福」

「もちろん、長い道のりであり、あまりに青く、遠い夢だと、私も十分承知している、だが私には、同じ景色を見たいと望むトレーナー君達同志が居る、だから私は、彼らのためにも、夢を実現しなければならないんだ」

 

 ほう。

 

「…大きな夢ですね」

「ああ、だからまず、私はこの学園から良くしようと思っていてね」

 

 ほう。

 

「ここから…」

「そうだ、ここのすべてのウマ娘が“ここに居てよかった、私は幸福だ”と思えるような学園を作っていきたい」

 

 ほう。

 

「…」

「……どうだろうか?」

 

 シンボリルドルフはこちらの顔を見る、だから、私は一つ質問をすることにした。

 

「途中参加的存在である私も、会長の言う“幸福”の対象なのでしょうか?」

「もちろんだ、君にも幸福になって欲しいと思っているよ」

「ありがとうございます…嬉しいです!」

 

 私は、シンボリルドルフに笑顔を向ける。

 

「こちらもだよ。では、君に少し聞いておきたい、この学園について、何か不満な点があれば、何でも言ってくれ、生徒会長として、今後の学園作りに活かしていきたい」 

 

 シンボリルドルフはそう言ったものの、私としては、今のところ学園の設備面で不自由なところは感じていなかった。

 

「特には、あの…そろそろお暇させて頂いても良いですか?」

「ああ、構わないよ。それに今日はクリスマス、君にも予定があるだろうからな」

「ありがとうございます。それと…会長さん」

「ん?何かな?」

「お褒めの言葉も、私の幸福も願っているという会長さんのお言葉も、深く心に刺さりました。素晴らしいクリスマスプレゼント、ありがとうございます」

「…ああ!どういたしまして」

 

 シンボリルドルフは心底嬉しそうな様子で、私にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮に戻り、素早く着替えてコートを羽織り、私は外に出る。師走の風が、私の頬を、耳を、尾を撫でた。

 

 しばらく歩くと街に出る。至る所にクリスマスを祝う飾りが施されていて、街行く人の顔も明るい。

 

 カフェを見ると、テラス席に見覚えのある顔が、一人、そして、もう一人。

 

「マルゼンさん、今日は誘って頂き、ありがとうございます」

「ふふっ、喜んでもらえてよかったわ。グラスちゃんは私の大切な後輩の一人、お安い御用よ」

 

 あれは、グラスワンダーとマルゼンスキー…仲の良い先輩後輩だと記憶している。

 

 

 

 そして、それを見る人影が二人。シンボリルドルフとそのトレーナーだった。私は聞き耳を立て、彼女らの会話を聞く。

 

「なあ、トレーナー君。懐かしいな、あの二人を引き合わせた時が。」

「そうだな」

「君と組んだ時と比べ、生徒たちとの距離も、かなり縮んだように感じる、だが、私の理想への道のりは、まだまだ遠い」

「ルドルフ、大丈夫だ。俺はこれからも、君とともに歩んでいくよ」

「トレーナー君…ありがとう」

「どういたしまして、さぁ、そろそろ行こう」

「承知した」

 

 二人は手を繋ぎ、雑踏の中へと消えていった。恐らく、この後は共に食事でも取るのだろう。そして、あの様子なら食事の次の予定もあるのだろう。甘い甘い、情事(デザート)が。噴水やイルミネーションを背に語り合うのか、雪も溶かすような一晩を過ごすのか、私には分からない。

 

 

 

 まあ、これ以上想像すると、三女神とやらにぶん殴られそうな気がする──なので、再びグラスワンダーとマルゼンスキーに目を戻し、私はシンボリルドルフの言葉を思い出した。

 

『ああ、私の夢は、全ウマ娘の幸福だ』

 

『もちろん、長い道のりであり、あまりに青く、遠い夢だと、私も十分承知している、だが私には、同じ景色を見たいと望むトレーナー君達同志が居る、だから私は、彼らのためにも、夢を実現しなければならないんだ』

 

『ああ、だからまず、私はこの学園から良くしようと思っていてね』

 

『そうだ、ここのすべてのウマ娘が“ここに居てよかった、私は幸福だ”と思えるような学園を作っていきたい』

 

 

 

「ふふっ、莫迦だなぁ」

 

 笑みが溢れる、嘲りの笑みが。

 

 青く遠い夢?格好つけるのも大概にしてほしい。

 

 それは自然の法則に反している。喰って、寿命を全うする生き物がいる。一方で喰われて生涯を途中で終える生き物がいる。つまり、幸福なものもいれば、不幸なものもいるのだ。そうして世界は成り立っている。

 

 もし、仮に、よしんば、学園内でそれがもし実現したとしても、継続することはないだろう。それ程、非現実的で、サステイナビリティに欠けているのだ。いわんや社会をや。

 

 小さなコミュニティで出来たことを、大きなコミュニティでやろうとすればうまく行かないことは、ポル・ポトが証明済みである。

 

 ただ…

 

『もちろんだ、君にも幸福になって欲しいと思っているよ』

 

 この言葉を、私は忘れない。

 

 私はこれを、破壊のための許可証と解釈させてもらう。

 

 だって、私の持っている本(悪魔の辞典)には…

 

 “幸福──他人の不幸を眺めることから生ずる気持のよい感覚”

 

 と、確かに記されてあるのだから。

 

 そして、シンボリルドルフの夢も、私は破壊させてもらうとしよう。彼女が目をかけているウマ娘を尽く打ち破り、私は幸福を得てやる。

 

 そうなれば彼女は、頂点に立ち、ウマ娘を導く皇帝(カイザー)ではなく、叶うわけのない自分の理想を追い求め、結果として多くのウマ娘を不幸にした愚帝(バカイザー)として、後世に名を残すことだろう。

 

 シンボリルドルフに対してだけじゃない、他のウマ娘の築き上げて来たものも、壊して、潰して、踏みにじってやる。

 

 そう拳に力を込めた瞬間、懐に入れていた携帯が鳴った。白子からだった。

 

「はい、私だよ」

『ああ、出てくれてよかった。今はどうしている?』

「さんぽ」

『キャッシュカードは持っているか?』

「一応、どうしたの?」

『君の雑費用の口座に、金を振り込んでおいた、私からのクリスマスプレゼントだ。好きに使ってくれ』

「本当?ありがとう」

『フッ、この間のインタビューで楽しませてもらったほんの礼だよ、それに、君も学生なのだから、一年に一度のクリスマスを楽しんでくれたまえ』

 

 白子はそう言って電話を切った、粋な計らいをしてくれるものだ。

 

 そして、私は金を引き出した。しかし、引き出したは良いものの、どうも使い道が見いだせない。本はためているし、用具も不足はない。

 

 そんなことを考えていた私の目に止まったのは、手袋の専門店だった。ここは地元ほど寒くはないが、手袋の一つぐらいは、持っても損はないだろう。私はそこに入ることにした。

 

 

 

 ドアを開けるなり、ドアベルがカランコロンと鳴り、私を歓迎する。店内は小ぢんまりとしているものの、品揃えは豊富だった。金は十分にあるので、私は裏ボア加工がなされた、茶色の革手袋を手に取り、店主であろう初老の男に声をかけた。

 

「これ、お願いします」

「はいよ……あんた、競走ウマ娘さんだろ?それも銀翼の」

 

 代金を渡すなり、店主はそう声をかけてきた。まさか、分かってしまうとは予想外だ。伊達眼鏡をかけて、髪も結ったのに。

 

「…どうしてわかったんですか?」

「年寄りの勘ってやつよ、どうだい?調子の方は?」

「まあまあです」

「そうかいそうかい、どうだい?コーヒーを出すから、そこに座ってわしと話さねぇか?ウマ娘レースは大好きなんだが、競走ウマ娘さんの客なんて珍しいもんでな」

 

 店主の提案に対し、私は時間に余裕が有ることを確認した。頷くと、店主は席を立ち、少ししてコーヒーを持ってきてくれた。

 

「美味しいですね」

「バターで炒ったバターコーヒーって奴だ」

 

 そう言った後、店主は月刊トゥインクルを出して、開く。

 

「次のクラシック世代は楽しみだ、黄金世代の5人に、そしてあんた」

「光栄です」

「そりゃあ良い、今後の予定とかは決まってんのか?」

 

 微笑みながら返答した私に気を良くしたのか、店主は声のトーンを上げる。

 

「…まだですね、ですが、まだ私は未熟者、もっともっと、強くなりたいです」

「謙虚なもんだ」

「私達の中で、応援している娘とか、居るんですか?」

「ああ、この娘だよ」

 

 そう言って、店主が指さしたのは、黒鹿毛のウマ娘、スペシャルウィークだった。

 

「何でも、北海道の田舎から飛び出してきて、頑張ってるそうじゃねぇか、それに、あの健気な姿、見てるこっちが、元気を貰える、あんたはあの娘と話した事あるのかい?」

「いえ、クラスが違うので」

「そうかい…でも、あんたが芝に出るんだったらいつかはぶつかるな」

「ふふっ…そうですね、いつかは…ぶつかりますね」

 

 私は笑った。実際、彼女とはもうすでに間接的にぶつかっているのかもしれない。“頼み事”はスペシャルウィーク関連のものだったからだ。

 

「元気なあの娘には是非、三冠を取ってほしいモンだ」

「三冠…やっぱり、芝を走る娘達にとっては、三冠が王道路線なんでしょうか?」

「ああ、学園内の事は分かんねぇが、少なくともわしらファンは、三冠ウマ娘が生まれるのを毎年待ってるなぁ」

 

 成る程。良いことを聞いた。

 

「おじさんは、スペシャルウィークさんのレースをこれからも見ていくつもりなんですね」

「ああ!年始めのレースは、自分の目で直接見るつもりだ!新しい時代の夜明けを、目の前でみて、この脳味噌に焼き付けとくのよ」

 

 店主はテンションをさらに上げ、頭を指でおでんのようにつんつんしながら、そう口にする。多分、私も見に行く予定のレースだ。

 

「あんたは来年、どうすんだい?今はダートが主戦場だが、そのうち芝にも行ったりしてみようって考えてんのか?」

「脚と相談の上ですが、一応、前向きに考えています」

「そうした方が良い、あんたの活躍も、見たいからな」

 

 そういう店主に対し、私は首を振った。

 

「私だけじゃないです。“私達”です。私が欲する翼は、友人を始めとした、支えてくれる人々との縁や絆で形作られるもの。おじさんが私を応援してくれて、私がそれに応えて勝つことができれば、それは即ち、おじさんの活躍でもあるんですよ。それに、私も一人で強くなるんじゃないんです。クラスメート達と共に、強くなりますから。少し欲張りな要求かもしれませんけど、私個人だけじゃなくて、クラスメート達も見てほしいです」

「ははは、こりゃあ、一本取られたな。わしも、応援させてもらうとするか、あんたら、銀翼のウマ娘達もな」

「ありがとうございます」

「いやいや、今日あんたがここに来てくれたお陰で、わしにも楽しみが一つ増えた。金と銀の対決……楽しみだ」

「いつになるかは分かりませんけど…その時は、来てください」

「もちろんだとも」

 

 そして、私達はしばらく世間話をした。

 

 

 

「じゃあ、私はそろそろ」

「ああ、ちょっと待ってくれ!あんたが良ければ、サインを書いてくれないか?」

「ええっ…サインですか?どうしてですか?」

 

 帰ろうとした私を、店主の言葉が遮った。予想外だった。サインを求められるなんて、30年以上の人生で一度も無かったからだ。

 

「何だろう…何となくだけどよ…あんたは大物になる気がするんだ、そんときに、集まりでこれを出して自慢してやるんだよ、“わしはこのウマ娘と親交があったんだぞ”ってな」

 

 大物か…悪くない響きだ。だから私はペンを取り、手帳を借り、自分の名前を英語で、筆記体っぽくして書いた。

 

 コーヒーを貰ったのだ、少しサービスの要素も入れなければ。だから私は前世暇つぶしで作っていた、二頭身にデフォルメした人間の絵を、私の自画像としてアレンジし、それに添えた。

 

「どうぞ」

「改めて見ると、面白い名前だな、あんた。現実ではあり得ない単語の組み合わせだ。それにこの絵…可愛いじゃねぇか、何だか…どうだ…あっ!たぬきに見えるぜ」

「たぬきですか…そんなふうに言われた事は無いですけど…面白いですね」

「ハハハッ!サイン、ありがとうよ、また来てくれぇ、そん時は安くするし、手袋の修繕だってやってやるからよ」 

「ありがとうございます」

 

 そう言い、笑顔の店主に一礼をしてドアを開けて外に出た。外はもう、いくぶんか暗くなっている。しかし、寒くはない。

  

 というのも、年始のスペシャルウィークのレースは、私は出ないこそあれ、少し関わっているからだ。荒れることになるかもしれない、あの店主の理想が破壊されることを考えると、自然と身体が火照ってくる。心が温かくなっているということだろうか。

 

 そして、携帯を見ると、エアジハードから連絡が来ていた。寮のクリスマスパーティーに間に合うよう戻って来いという趣旨の内容だった。

 

「行くとしますか」

  

 私は手袋をはめ、歌を口ずさみながら、来た道を戻る。

 

「…しあわせの 扉はせまい だからしゃがんで通るのね 百日百歩 千日千歩 ままになる日も ならぬ日も〜」

 

 幸福を得るためには、それなりの苦労もつきものである。私にとっては、クラシック級での戦いがそれにあたることだろう。

 

 狭い扉を、しゃがんで通る様に、私も色々と、策を弄して行かなければならない、観察と思考を繰り返し、他者の思いつかぬ方法を編み出す──そんなスタイルこそ、ぴったりじゃないか。

 

 私の名前である…

 

マヴェリッククロウ(独自路線をゆくカラス)”に。  

 

 

 

 





-主人公の簡単なプロフィール-

名前:マヴェリッククロウ
身長:167cm
体重:微減(トレーニングのため)
髪:薄い灰色のロングヘア
説明:転生者、走りではなく、破壊を愛するウマ娘。観察、話術、人脈、知識、使えるものなら何でも使い、破壊の道を突き進む。
 
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