次もこのペースになるとは限りませんが。
「あ゛あ゛ぁあ゛~~っ……」
電気も点けていないため暗い部屋。年頃の少女の部屋というのは私もよく知らないが、まあ世間に溢れるぬいぐるみやら小物やらの数とそれが商売として成り立っていることを考えれば、相対的にそれらのものが全くないこの空間が殺風景であることは間違いないだろう。そんな中にある数少ない家具である簡素なベッドの上で、潰れたカエルのような格好で断末魔のネズミのような声でじたばたと手足を振る女。
あれは誰だ……鳥でも飛行機でも、無論悪魔の化身や地獄の使者でもない。では誰であろう、無論私である。現在時刻は夜10時を少し回ったところ、夕飯も食べて風呂にも入り、あとはさっさと寝るだけだ。
しかし、それができない。この一日だけで信じられないことが相次いで起きて、疲れているのは疑いようもない。体は睡眠を欲しているのに、いざベッドに寝ころび目を閉じるとそこに浮かぶのはあの無性に腹立たしい全てわかってますよと言わんばかりの女、ではなく田舎上がりで世間知らずのお坊ちゃん、でもなく新たに手に入れたデッキの仲間であるプリンセス・コロンでもなく、私の姿だった。顔も体形も特に見る所のない……のはまあまだ成長期だからいいとして、いつもの仏頂面の女。
「う゛う゛ぅ~……」
あまりといえばあまりに無様な、いつの間にか会話ひとつまともにできなくなっていた私の姿。それが先ほどから目を閉じるたびにぐるぐる頭の中を飛び回り、幾分かの焦りと怒りを含んだ羞恥に顔を赤くしてのたうち回らせていたのだ。
いや、さすがにあれはぼっちを拗らせすぎだろう。いくらなんでもひどすぎた。普段自分の脳内でしか、それも自分内だけで完結するような形でしか言葉を発してこなかったものだから、まさか口を動かし物理的に他人と会話することに対してここまで心理的なハードルが上がっていたとは思いもしなかった。子供の時の私はむしろ活発な方だったと思っていたのだが、歳月は人を変えるということだろう。相手の考えていることや帰ってくる反応がわからない状態で喋りかけるのが、こう思い返すだけで心臓の鼓動が早くなり顔から血の気が引く。端的に言えば、怖い。そしてそれがしみじみ情けない。
結局その日は明け方まで一睡もできず、ようやく呻き疲れてうとうとと微睡んでいられたのはわずか10分ほどのことだった。ああ、眠いし気分も悪い。
「あ、おはよう平間さん」
「……あー?」
だからただの挨拶に対しこんなに柄の悪い返事が咄嗟に口から出てきてしまったのも、すべて私の精神状態が悪い。まあただの挨拶と簡単に言っても、こんな言葉を交わすこと自体かれこれ10年ぶりの経験なのだが。
とはいえこの場合不幸なのは昨日に引き続き、私を見かけたからと何の気もなく挨拶しただけのつもりであろう有馬の方だろう。しぶしぶ振り返った私はどう頑張っても隠しきれなかった隈と生来の目つきの悪さ、駄目押しのついでに一晩中延々唸っていたせいで普段よりややドスの効いた声のせいで、さぞ近寄りがたく映ったことだろうから。そして言葉の内容もこの不機嫌オーラ全開(別に寝不足なだけで断じて今朝が格別不機嫌なわけではないのだが)ときたものだ。ああほら、案の定向こうも戸惑ってる。そういうところ、そういうところだぞ私。
だが、だがだ。どう考えても私が不利なのは承知の上であえて言わせてもらうとすれば、この男にも一抹の非はある。
「……コホン。あまり私に、話しかけない方がいい」
「え、えっと?」
「そもそも、まだ何も調べてないの?私が、どういう女か」
本気の困惑声に逆に気になって、もし人に見られでもしたら有馬の方に迷惑がかかるとは思いつつもついこちらから質問してしまう。この人当たりの良さと(基準は私だ。つまりミジンコ程度の参考にしかならない)人につい踏み込ませる独特の空気感があれば、おそらくは学校でも転校生の物珍しさも相まってすでに友人には困っていないだろう。物珍しさだけなら私も負けてはいないだろうが、私のそれとは違いそこにネガティブなニュアンスがない分彼の方が上だ。
「ああ……えっと、これ?なら昨日も、平間さんに会いに来るときに言われたよ。その……関わるのは、やめた方がいいって」
しかし私の予想に反し有馬はどこか人目を気にするように、自分の頭をトントンと指しながら聞き返された。それが何を意味するかは、無論よくわかる。脳内のチップ、厚さ1ミリにも満たないくせに、私を社会から爪弾きにした忌々しい不良品だ。肯定の一言が輪をかけて冷たく重くなったのは、声が枯れかけているからだけではない。
「そう」
「……なら昨日も、平間さんに会いに来るときに言われたよ。その……関わるのは、やめた方がいいって」
そこで目を逸らし、慎重に言葉を選ぶ有馬。なんだこの男。私のクソッタレな『事情』を、それを承知の上で声を掛けてきて、ご丁寧に今朝はおはようときたものだ。そして最悪なことによりにもよってそこが、自分でもどこにあるのか把握しきれない私の逆鱗に触れた。
……ああ、ああ、わかっている、わかっているとも。有馬の行いはみんなでおてて繋いで世界平和だランランラン、と謳う道徳的には何も間違っていないし、大層ご立派な行いではある。この私に対しても分け隔てなく声を掛ける、さも人間相手にしているかのような振舞い。博愛主義に涙が出る。でも、それはあくまで理屈の話。私は中学生、心身ともに立派な
自分の口が開いていくのを、もはや私自身の意志でも止めることはできなかった。息を吸う。それが吐き出されるときに、私をまたしても孤独に追いやるどんな言葉が飛び出るのか。ヒステリックに泣きじゃくる感情が抑えきれず、そしてそれをどこか冷めた目、あるいは静かな諦観をもった目で見る私がいる。
「やっぱりこの辺に居やがった!おいお前、昨日は世話になったなあ!?」
しかし幸いにも、その口火が切られることはなかった。限界寸前の状態で放たれた横槍に、無理矢理体の主導権を取り戻した私の理性が大きく吸ったばかりの息を吐く。しかしこの声、聞き覚えがある。どこだったかと記憶を辿るより先に、ジャラジャラジャラジャラチャラチャラチャラチャラとやっかましい鎖の音が近づいてきたことで嫌でも思い出した。というかさすがに昨日の今日なのだから、この鎖の音を忘れるわけがない。まあ顔は忘れたが。鎖大なりチャラ男、これはテスト(私限定の心理学。応用性も発展性も当然、ない)に出る。
と、また話が横に飛んでいた。してこの男、あれだけ恥を晒しておいて今度は何の用だろう。自分で言うのもなんだが、私自身自分の外見にそこまでの性的魅力があるとは思っていない。ナンパのやり直し、という線は薄いだろう。
「やあ。昨日は、うちのこいつが迷惑をかけたみたいだね」
その疑問に答えるように、さらに第三者の声。ここでようやくチャラ男のいる方を見てみると、なるほど確かに奴は1人ではなかった。ポケットに手を入れ精一杯に威嚇するその横に立っていたのはそれよりもさらに頭ひとつ背の高い、にこやかな笑顔を浮かべる青年。年の頃は、多めに見積もっても20代前半というところだろうか。
……チャラ男は昨日に引き続きどうでもいい。警戒すべきは、この男の方だ。人間観察に長けた私の勘は、すぐにその結論を弾き出した。あの笑顔には、どこか隠そうとしても隠しきれない威圧感がある。底知れなさに、小さく身震いする。そして、有馬も同じようなことを考えていたらしい。やや警戒を滲ませた声で、慎重に新たな男の方へ問いかける。ここでもチャラ男は顧みられない、こういうところは私とよく似ている。
「えっと……すみません、どちら様でしょうか?」
「あぁ?俺のことを覚えてないってか?」
「やめないか。ああ失礼、こいつは私の……まあ、言ってみれば舎弟のようなものだと思っておいてくれ。少々古臭い言い回しかもしれないが。それで要件なのだが、つい昨日こいつから話を受けてね。馬鹿馬鹿しい話ではあるが、一応は舎弟が恥をかかされたとあらば形だけでも何か動いておかないと、私にも体面というものがあってね」
なるほど、読めてきた。つまり昨日こっぴどくやられたチャラ男は帰って不貞寝するのではなくこの兄貴分に泣きついた、と。なんというか、よくぞここまで年下相手に恥の上塗りができるものだとついつい感心しそうになってしまう。無論しそうになるというだけで、するつもりはさらさらない。
しかしとなると問題は、このわざわざご足労頂いた兄貴分がこれからどうするつもりなのかだ。目覚ましが鳴った時点での私の気分とは反比例して爽やかな風、健康的な空、澄んだ空気のこの朝の風景をぶち壊すのか、それとも紳士的にお帰り頂けるのか。
……というかこれ、私関係あるのだろうか。確かに事の発端が私にもあったことは否めなくもないけれど、今問題となっているこの件に関してはどちらかといえば無関係寄りな立場を貫ける気がする。ちょっと頑張ればここでこの場を離れても……。
「どうだろう。アンティルールで一戦、受けてもらえないだろうか。無論君が勝てば、私のデッキから好きなカードを持っていってもらって構わない。その代わり私が勝てば、君のデッキで一番価値のある1枚を申し訳ないが奪わせてもらう」
「ええ、と……」
「む。がんばれー」
助けを求めるかのように困り顔でこちらに視線を送ってきた有馬だが、残念だったな前言撤回。ポップコーンやジュースといった口寂しさを紛らわしてくれるお供がないのは残念だが、今の私はすでに観戦モードなのだ。一応やる気も覇気もない応援の声も付けてやったから、これで勘弁してほしい。というか私も昨日はわけのわからない場所で得体の知れない片眼鏡の女と意味の分からないデュエルをさせられたのだ、同じ立場でもチャラ男の兄貴分相手なら遥かにマシな方だろう。
「君の連れはああ言っているようだが。それで手を打ってくれれば実際悪いようにはしない、それは約束しよう。この件はこれで終わりだ、奴にはよく言って聞かせておく。万一まだわかっていないようならば、私も監督不行き届きについて加減する気はない」
まあ、横から見ていても破格の条件なのは間違いない。チャラ男自体は再三繰り返しているように心底どうでもいいが、バックにこの男をはじめとする何かしらの存在が見え隠れする今となってはまるきり無視もできない。だが今なら負けたとしても最悪レアカード1枚で全部終わりだといっているのだ、こう言っては何だが今後下手に引きずるよりもはるかに面倒がない。この男はきわめて危険な匂いがするが、だからこそここは筋を通すだろうという妙な雰囲気というか無言の説得力もある。
「……わかりました。本当に、これでいいんですね?」
「ああ、約束しよう……それでいいな?」
「ハ、ハイっ嵐の兄貴!」
自分に話が降られるとは思っていなかったのか(つくづく何をしに来たんだこの男は)、背筋を曲げてにやにやと笑みを浮かべながらこちらのやり取りを見ていたチャラ男が慌てて直立不動の姿勢となり返事する。しかし今のは無理もないだろう、セリフの後半、チャラ男に向けて放たれた確認の言葉に込められた気迫は、思わず私も背筋が伸びるほどだった。ま、どう転ぼうとナンパ野郎が1人減るというのなら私の方も言うことはない。
「これも巡りあわせだ。こちらが一方的に迷惑をかける形ではあるが、いましばらく付き合ってもらうことになる」
「……いいですけど、わかりました。対戦、よろしくお願いします」
「「デュエル!」」
さて、先攻を取ったのは男……嵐の兄貴、と呼ばれた方だ。有馬もそうだが、この対戦カードはどちらもどんなデュエルを行うのかここまでの言動からはまるで見当もつかない。せいぜい高みの見物だ、ああやっぱりポップコーンが欲しい。私の食欲や嗜好というより、それが観戦という行為への礼儀というものだ。
あとイチゴミルク。これは単に昨日飲んだのが美味しかったので私の趣味嗜好だ。
「相剣師-
「相剣デッキ……」
最初にこの戦場へと切り込んだのは、蛇腹剣状の紋様が浮かぶレイピアを手にした女性剣士。いくら細身とはいえ仮にも剣を手にし戦うものとは思えぬほど細くたおやかなその両の手を守るように、肩当てがふわりと宙に浮かぶ。さらにそ大師の鎧が放つぼんやりとした光に当てられてか、はたまた彼女自身に惹かれてか。氷の薄羽を持つ蝶のような蝙蝠のようなかすかな生物の羽ばたきが、その身に優しく降り積もった。
相剣師-莫邪 攻1700
相剣トークン 守0
「相剣トークンが存在する限り、私はシンクロモンスター以外をエクストラデッキから出すことが許されない。なので、さっさと使わせてもらうとしよう。レベル4の莫邪に、レベル4チューナーである相剣トークンをチューニング」
チューニング。私が最も得意とするエクシーズモンスターに対応する「オーバーレイ」、昨日のあのいけ好かない片眼鏡が口にしていた「リンクマーカーにセット」と並ぶ、シンクロモンスターを呼び出すための符丁。その最大の特徴は、エクストラデッキに入るカードでありながらメインデッキのそれと全く同じ特性を持つこと。すなわちそのモンスターにはレベルがあり、表示形式があり、場を離れれば墓地に行く。チューナーの存在を憑代とし、その合計レベルと等しいレベルを持つ純白に包まれた進化と同調のカード。ちなみに今私が述べた特徴の8割ぐらいには(※例外があります)の一文が末尾につくのだが、まあその辺はエクシーズモンスターも同じようなものだ。
さてさてまたまた閑話休題、話を盤面に戻す。レベル4チューナーとそれ以外のもう1体、この場合呼び出されるモンスターのレベルは、当然8だ。
「―――――相剣大師-赤霄」
黒地に白と青を基調とした細身の剣士が昇華し、1瞬でその色が反転する。燃えるような赤と曇りない黄金の鎧に身を包む重戦士が、橙色に輝く剛剣を地面に突き立てた。
そうだ、私も知っている。これは、相剣デッキの基本形ともいえる動き。実質手札消費1枚にして、2800もの攻撃力を誇るモンスターの特殊召喚……だが真に恐ろしいのは、むしろこの後だ。アドバンテージは使った分だけ失われるどころか、むしろさらに増えていく。
相剣大師-赤霄 攻2800
「赤霄のシンクロ召喚に成功したことでデッキより相剣カード、大霊峰相剣門を手札に加える。さらに莫邪がシンクロ素材として墓地に置かれたことにより、カードを1枚ドローする」
これだ。手札を1枚と召喚権を使用し、大型モンスターを立てる。ここまではまだ、多少お得なだけで特筆すべきこともない通常の展開と言えなくもない。だが相剣デッキの場合、むしろデュエル開始時よりも手札が増えるのだ。
……いややっぱおかしいだろうこれは。手札が減らないだけならまだわかる、私もうまく人形の幸福を初動にできればそれぐらいはできる。百歩譲って、ある程度デッキが回り始めた中盤以降でアドバンテージを稼ぐのに向いたカードを場に出せている状況ならばそれもわかる。だが初手からいきなり増えるて。勝手に増やすな、ちゃんと1枚カード使ったら1枚手札を減らせ。
そんな世の中の理不尽を感じていても、まだ展開は終わらない。そうとも、ここまではおおむねテンプレ通りの動き。この1体だけでは、展開はまだ終わらない。
「通常魔法、龍相剣現。デッキより相剣モンスター、相剣師-
「泰阿?」
疑問の声は、幸いにも誰にも聞こえなかったようだ。それでいい、悪目立ちは好きではない。しかし、ここで二重召喚まで使っての泰阿とは。同じ相剣の名を持つレベル4である莫邪とは対照的に白銀の全身鎧でガチガチに身を守る重装戦士が、しかしその全身に先ほどと同じ氷の羽は等しく降り注いでいく。
「泰阿の召喚時に墓地の龍相剣現を除外し、相剣トークンをもう1度特殊召喚。そして龍相剣現が除外されたことにより、泰阿のレベルを1つ変動させることができる。レベル3の泰阿に、レベル4の相剣トークンをチューニング。来るんだ」
相剣師-泰阿 攻1800 ☆4→3
相剣トークン 守0
なるほど、目当ては奇数のシンクロ召喚だろうか。相剣デッキの基本ルートであるレベル10シンクロではなく、レベル7。何をするつもりなのか読めずにいる間に、泰阿の姿もまた無数の羽のヴェールに包まれた。
「―――――クリアウィング・ファスト・ドラゴン」
遥か天から吊り下げられて見上げるだけで首が痛くなるほどの宙高くに軌跡を描く、巨大な振り子が内側から割れた。その内部から飛び出した風纏う白き龍が、輝く翼を閃かせて赤霄の隣に並び立つ。
クリアウィング・ファスト・ドラゴン 攻2500
「泰阿がシンクロ素材として墓地に送られた時、デッキから幻竜族モンスター1体を墓地に送ることができる。
長い長い1ターンは、どうやらまだ続くようだ。2度にわたるシンクロ召喚に続き発動されたのは、先ほど赤霄によって手の内に加えられたカード。その効果は相剣限定の死者蘇生というべきものだが、場に相剣モンスター……つまり赤霄が存在するときに限り、その蘇生範囲は幻竜族全般にまで広がる。
すなわち、だ。燃えるような赤と目も眩む純白に挟まれて、第3の龍の姿が浮かび上がった。しかしその姿はどこか朧で、鳥居を背負い注連縄を巻かれたその龍とも獣ともつかない体からは向こう側が半透明に透けて見える。
龍大神 攻2900
「カードを伏せて、ターンエンドしよう」
「これは……」
ここまでの展開を注視したまま一言も口をきかずに眺めていた有馬が、小さく呟く。無理もない、この盤面にはそれだけの圧がある。
まず、赤霄。あれは1ターンに1度墓地の相剣を除外することで場のモンスター1体の効果をそのターン無効とする能力があり、これで妨害が1枚。次いで隣のクリアウィング、奴はこれまたフリーチェーンでエクストラデッキから出てきたモンスター1体の効果を無効にしつつ、さらにその攻撃力も0にする。はいこれで2枚。ラストの龍大神は妨害というにはやや毛色が違うものの、あれは確か相手がモンスターを特殊召喚するたびにエクストラデッキのカード1枚を強制的に墓地に送らせる効果を持つ。
モンスターへの妨害2枚に、仮にそれらを上から踏み越えて強引に展開しようとすると終わるころにはエクストラがズタボロにされている……なるほど、厄介な布陣だ。少なくとも、相手するのが私でなくて本当に良かった。私のおもちゃ達はその持久力による耐久戦向きだから、もたもたしていたらモンスターだけ並んで肝心のエクシーズが全滅させられてもおかしくない。
でも、決して付け入る隙がないわけではない。モンスター効果無効に特殊召喚への牽制、いずれも対モンスターに特化した布陣だ。うまく魔法や罠を駆使すれば、最小限の被害で立ち回れないこともない。
「えーと……僕のターン、ドロー」
「この瞬間に永続罠。魔封じの芳香だ」
はい前言撤回。これは嫌だ、私なら絶対相手したくない。それにしても魔封じの芳香、それを握っていたからこそここまで極端に対モンスターに特化した展開ができたのかとようやく得心が行く。大概なトラウマ発生装置であるあのカードがある限りあらゆる魔法も罠も手札から直接発動できず、必ず1ターン伏せてからでなければ使用できない。これはほぼ、大勢が決したといっても過言ではないだろうか。
「出ましたね、兄貴の封殺コンボ!ざまぁねえ……」
「1000ライフをコストにチェーンして速攻魔法、コズミック・サイクロン!」
「ほう……?」
有馬 LP4000→3000
む、そう来たか。これは、またまたまた前言撤回の必要がありそうだ。何か言いかけたチャラ男の口があんぐりと空いた状態で固まり嵐が面白そうに関心の呟きを漏らす中、宇宙から訪れた竜巻が表を向いたばかりのカードを吹き飛ばす。確かに魔封じの芳香は高い拘束力を誇るが、同時に永続カードとしての悲しみも併せ持っている。すなわち、発動にチェーンすることさえできるのならば止めることは不可能。ましてそのまま除去ができるというのなら、勝負はまたわからなくなる。
そして有馬の手には、魔封じの芳香さえどうにかできればこの盤面を返せるだけの準備は整っていたらしい。
「速攻魔法、禁じられた聖杯」
神の力をなみなみと湛えた人類には早すぎる杯から、そのおこぼれがわずかに白き龍の脳天へと落ちる。ただそれだけで輝く翼はくすみ、天翔ける振り子の龍は地に伏せた。その効果さえ無効となってしまえば、それは攻撃力3000にも満たないただのモンスターでしかない。
クリアウィング・ファスト・ドラゴン 攻2500→2900
「ヴォルカニック・エッジを召喚。効果を発動します」
ヴォルカニック・エッジ 攻1800
嵐 LP4000→3500
最初に繰り出された二足歩行する炎の大トカゲが吐き出した火球は、自身の攻撃の権利を放棄して500ダメージといういささか割に合わない数値のバーン。さすがにこのダメージに対し赤霄を発動する気はないようで、着弾した炎が辺りをパッと照らす。
「通常魔法、融合。ヴォルカニック・エッジとガトリングバギーをもって、融合召喚します」
融合。紫の枠を持つそのカード群はシンクロと同じくレベルや表示形式を持ち、しかし通常あるべき召喚法独自の符丁を持たず、代わりにそれを行うための特別なカード、あるいはその力を内蔵したモンスターの存在によって執り行われるという特徴を持つ。無論これにすら例外はあるがいつものことだ。
しかし私が目を疑ったのは、その素材として手札から送られたカードの方だ。ガトリングバギー。ガトリングバギー?なんだ、なんだというのだろうそのチョイスは……?このゲームでもかなり古参の歴史を持つバニラモンスターで、ほらもう攻守の表記欄が攻、守とか書いてあるかなり古い書式だし。別に通常モンスターだから、古いカードだからと馬鹿にするつもりはない。そもそも古さだけで言えば、あれと同じ書式である私の千年の盾なんかも相当なものだ。だが、読めない。あのカードのどの部分にどんな可能性を感じて、彼はデッキを組んだのか。チャラ男など、既にもはや勝負は決したとばかりの今にも鼻で笑う音まで聞こえてきかねない余裕の表情だ。
だが、嵐はそれとは違う感想を抱いたらしい。困惑に表情が揺らいだ直後、その目つきがすっと変わる。
「ガトリングバギー……まさか、君は」
「―――――起爆獣ヴァルカノン」
火薬と焼けた鉄の匂いが、日差しに照らされる澄んだ朝を上書きするように辺りに満ちる。むせ返りそうになる空気の中で咆哮するのは、鋼鉄の体を持ち巨大な薬莢を生やした戦場の獣。これまで有馬が見せてきた顔からはおよそ想像もつかないような、相手を倒すことに特化されたむき出しの戦意。
起爆獣ヴァルカノン 攻2300
「……龍大神の効果でエクストラデッキから炎の騎士 キラーを墓地に送り、融合召喚されたヴァルカノンの効果。融合召喚時に相手モンスター1体を対象にとり、自身を含む2体を破壊したのちその攻撃力分のダメージを与えます」
「こちらを狙ってきたか……!ならば、赤霄の効果を発動。墓地より相剣カード、莫邪を除外することでヴァルカノンの効果を無効とする!」
全身に爆薬を充満させた獣がその両の目で狙いを定めたのは、鎧に守られる赤の戦士だった。ロックオンマーカーが不気味に光る中、狙われた赤霄もまた動いた。振るわれた剛剣はいともたやすく足元の大地を砕き、大量の土煙がヴァルカノンのレーダーを狂わせ狙いを逸らす。
これでこのターン、残るは龍大神による特殊召喚の牽制のみ。しかし、そもそもヴァルカノンの攻撃力ではあの3体に対し決定力がない。それを補う方法が残りの手札にないのならば、この抵抗は全て無意味なものとなる。
「……お礼を言わせてもらいましょう、ヴァルカノンを生き残らせてくれてありがとうございます。今の自爆が通っていた場合、少し困ったことになっていましたから」
「やはり、か。私は、まんまと誘われていたわけだな。やってくれる」
あの言い方から察するに有馬にとって赤霄の効果はわざと使わせたものであり、それを薄々勘付いたうえで嵐もまたその誘いに乗ったらしい。もっとも今の効果を通していれば2800ものダメージを受けたうえで制圧要因である赤霄をみすみす失っていたわけだから、今の盤面ならば私でも効果を使う。プレイングミス、とは言い難い、むしろ効果を通した場合、通さなかった場合の損得を天秤にかけさせたうえで後者を選ばせるに至った有馬の戦術勝ちと言った方がいいか。どうやら、私が知り合ったのは相応の腕を持ったデュエリストだったらしい。
「通常魔法、三戦の才。発動条件を満たしたことにより3つの効果から2つ目の効果を選び、2枚ドローします。そして永続魔法、切り裂かれし闇」
ドローから流れるように引いたカードを場に出すと、バトルフェイズに移行したことにより装甲の隙間から無数の機銃が伸ばされる。改めてその対象に選ばれたのは、いまだ地に伏せる純白だった龍。その効果ゆえに普段使われることの極めて少ない自爆以外の近接火力が、全身を炎の照り返しで染めるかのような勢いで一斉に火を噴いた。
「返り討ちにしちまえ、嵐の兄貴!」
「……いや、無理だな」
その言葉通り、ヴァルカノンの全火器の勢いが跳ね上がる。すなわち、これが切り裂かれし闇の力。通常モンスターを素材とした融合モンスターが戦闘を行う際、その戦闘を助ける一筋の光。切り裂く切り裂く言っておいて闇属性でも使えるのは内緒。
起爆獣ヴァルカノン 攻2300→5200→クリアウィング・ファスト・ドラゴン 攻2900(破壊)
嵐 LP3500→1200
「……切り裂かれし闇の効果で、このターンの間だけヴァルカノンの攻撃力は相手モンスターの攻撃力分だけ上がります」
「クリアウィングが破壊された時、このカードをペンデュラムゾーンに置くことができる!」
「メインフェイズ2、カードを1枚伏せます」
破壊されたはずの龍が聖杯の呪縛から解き放たれて再び輝く翼を取り戻し、光の柱となって嵐の右手側にふわりと飛翔する。中空からヴァルカノンを、そして有馬を睥睨するその瞳の下には、光によって独自の書体で書かれた4の数字が光っていた。とはいえ、あれは今は放置しても問題ない。だが有馬の手にこれ以上攻撃できるカードはなく、1体を破壊するので精一杯……しかし切り裂かれし闇は、条件を満たしたモンスターが戦闘を行うならば相手からの攻撃でもその効果を使用できる。まさかあれだけの布陣を、仮にも本当に突破してみせるとは。
起爆獣ヴァルカノン 攻5200→2300
「私のターンだが、その前に。良ければ、君の名を聞いてもいいだろうか?」
「……お察しの通り。僕は有馬……有馬弾道です」
カードを引く前に、何に勘付いたというのかデッキに手をかけたまま問いかける嵐。ほんの少し躊躇ったものの、結局有馬はそれに答えた。私はまっったく知らないのだが、なんかそれなりに名家なのだろうか。ふと横を見ると、チャラ男の表情がちょうど驚きに変わるところだった。レアではあるが死ぬほど嫌なものを見てしまったが、いつも通り集合知ならばちゃんと知っているのだろう。つまり、私には縁のない話ということだ。
「ハ、ハハハ!なるほど、有馬の家のものだったか。道理で、あの布陣も突破してくるわけだ。私も、あれにはそれなりに自信があったのだがな。大したものだ、素晴らしい」
「……やめてください。僕は僕ですよ」
もう慣れきった、しかし身を切るような疎外感を味わう私をよそに、何やら勝手に得心がいったらしい嵐がおもむろに笑い出す。だが当の有馬はといえばむしろ苦々し気であり、まあ彼にもいろいろあるのだろう。
……まあ何に悩んでいようが、どうせ私に比べればちっぽけなものだろう。そんな私でも今もこうして生きているのだから、大丈夫大丈夫。余裕余裕、超余裕。こと不幸自慢に関してならば、私は少なくともこの日本に生まれた奴相手に負けるつもりはない。
「そうだったな、だがそれが家柄というものだ、そうだろう?では改めて手合わせ願おう、私のターン」
先の展開に伏せカード以外ほぼすべての手札を使い切った有馬に対し、嵐の手札はこのドローも含め2枚。今の盤面の拮抗は、有馬が発動した切り裂かれし闇にすべて依存したものだ。裏を返せば、あれさえ除去されてしまえば全てのバランスは崩れ去る。勝負所のドローを一瞥した嵐の口元が、ふっと綻んだ。
「なるほど?これならば十分か、相剣師-泰阿を召喚。大霊峰相剣門を墓地より除外することで相剣トークンを特殊召喚しつつ、除外された大霊峰相剣門の効果でレベルを1つ変動。さらにフィールドに風属性モンスターが存在することで、
再び現れた銀の剣士だが、今回その傍らに寄り添うのは氷の羽ではない。機械仕掛けの小型ロボットが、駆動音と共にその名が示す文字通りの竹とんぼ状の姿から変形する。どうやらあのデッキ、相剣と一口に言ってもいわゆるテンプレートな構築からはかなり手が入ったものらしい。
相剣師-泰阿 攻1800 ☆4→☆3
相剣トークン 守0
SRタケトンボーグ 守1200
「タケトンボーグをリリースすることで、デッキよりSRの名を持つチューナー1体を特殊召喚できる」
小型ロボが再び竹とんぼの形となって、勢いよく回転して飛んでいく。そして入れ替わりに空から落下してきたのは、先が二股に分かれた吹き戻し笛を握る子供の形をしたブリキの人形。
SR
「吹持童子が場に出た際、自身以外の風属性モンスターの数だけデッキをめくりそのうち1枚を手札に加えられる。風属性の泰阿1体のみが存在することでデッキトップ……白の聖女エクレシアをこのまま私の手札に」
エクレシア、展開効果を持つチューナーだが今はその条件を満たしていない。少なくとも、このターンのうちにあれが出てくることはないだろう。最終的に何をする気かは知らないが、よどみなく動いているということはどうにかしてこの盤面をこじ開ける用意はすでにできているということに他ならない。そういう意味では、ここで追加火力となりうるモンスターを引かれなかった有馬も首の皮1枚繋がったか。
「クリアウィング・ファスト・ドラゴン、ペンデュラム効果。場のSRチューナー及びそれ以外のモンスターを合計レベル7となるよう墓地に送り、このカードを特殊召喚する」
先ほど禁じられた聖杯まで使ってやっと倒した輝く翼を持つ純白の龍が、いともたやすく光の柱から戦場へと蘇る。この効果を使う目算がデッキの中に存在したからこそ、あえてあの時に被破壊時ペンデュラムゾーンへと移動する効果を使ったというわけだろう。
クリアウィング・ファスト・ドラゴン 攻2500
「さて、今度はこちらの番だ。クリアウィング」
号令に従い、光の粒子を後に引きながら神速の龍が駆ける。それを迎え撃つヴァルカノンの宝刀に示談が装填されていく……だが、駄目だ。
「攻撃宣言時、切り裂かれし闇の効果で……」
「攻撃力こそ上昇するが、わかっているだろうがその後だ。先に宣言しておくが私はこのダメージステップ、クリアウィングの能力を発動させてもらう」
クリアウィング・ファスト・ドラゴン。先ほども確認した通りその能力は、エクストラデッキから現れたモンスター1体の効果を無効とし、その攻撃力を0にする強力なもの。いくらそれまでの段階で打点をいじろうと、最後に上書きされたものが勝つのがこのゲームのルールだ。すなわち、このままでは3体の総攻撃力分のダメージが有馬を直撃する。
だがそこで、なおも有馬は動いた。最後に残された1枚の伏せカードが、この土壇場で表を向く。
「速攻魔法、融合解除。ヴァルカノンをエクストラデッキに戻し、その融合素材を墓地から特殊召喚します……!」
「そうか、これも耐えきるか!こんなに楽しいデュエルは久々だ!」
これまで冷静だった嵐の声に、間違えようもない喜色が滲む。強者との戦いを求めるデュエリストの本能……まあ私にも、それは理解できなくもない。ヴァルカノンの姿が光に包まれて分裂し、先のターンで墓地へと送られた2体が場に帰る。すなわち武骨なボディの中心に巨大なガトリングを持つ装甲車と、火炎に身を包む大トカゲが。
ガトリングバギー 守1500
ヴォルカニック・エッジ 守1200
「切り裂かれし闇の効果で、場に通常モンスターが出たことで1枚ドロー」
「だが、その守備力ならば蹴散らせる!クリアウィング、赤霄!」
クリアウィング・ファスト・ドラゴン 攻2500→ガトリングバギー 守1500(破壊)
相剣大師-赤霄 攻2800→ヴォルカニック・エッジ 守1200(破壊)
言葉通りに止まらない神速の龍がまず装甲車を砕き、次いで輝く剛剣が炎の妖星を両断する。壁となるモンスターを全て失った有馬に、朧げな神が静かに波動を放つ。
「そして、龍大神だ」
龍大神 攻2900→有馬(直接攻撃)
有馬 LP3000→100
苦痛の声。それはそうだろう、首の皮1枚で繋がったとはいえモンスターは全滅、しかも残ったライフは風前の灯だ。手札こそ辛うじてまだ1枚あるが、先ほど龍大神の効果で墓地に送っていたカード……炎の騎士 キラー、あれはかなり古くステータスも低いバニラ融合モンスターだ。となると馬鹿正直に融合召喚するのではなく、恐らくは
状況は控えめに評しても最悪。だからといって諦めるかどうかは、また別の問題なのだが。私の個人的な嗜好としては、カードも引かずに諦めるようなら全力で鼻で笑い飛ばす。引いたうえでも、ここまで来たら最後までデュエルを続けるのがけじめというものだろう。
「僕の、ターン!」
お、引いた。偉い偉い。それ頑張れーと我ながら熱のこもっていない応援を心中だけで送りつつ、最後のあがきかはたまた逆転に次ぐ逆転の一手かを見極める態勢に入る。どうせどちらにせよこのターンか、あるいはその次でこのデュエルも終わりなのだ。ならばせっかくの観戦中、最後まで楽しく他人事として楽しむのが礼儀というものだろう。
……まあこういうところが私の性格の問題点なのだろうが、知ったことか。どうせ私が悔い改めたところで、周りは何も変わりはしないのだから。
「通常魔法、思い出のブランコ。ガトリングバギーは、何度でも蘇ってくれる!」
ガトリングバギー 攻1600
墓地の通常モンスターを1ターンのみ蘇生させる魔法効果によって、ガトリングバギーが再び墓地から現れる(この時にも龍大神の効果は発動し有馬はトロイメア・フェニックスのカードを墓地に送ったが、それを気にする者は私も含め誰もいなかった)。そしてこのターンも切り裂かれし闇のドロー効果が発動されることによって、事実上の消費は0となる。
「カラクリ参謀
「……墓地の泰阿を除外し、赤霄の効果!」
カラクリ参謀 弐四八 攻500
機械仕掛けの和服を着た人型メカが、カラカラと歯車の音をたてながらその右手を氷の蝶へと向ける。場に出た際にいちいちモンスター1体の表示形式を変更する、そして相剣トークンの攻守はともに0。
確かに通りさえすれば勝負の決まってもおかしくない一撃、そして都合よくそれを無効にできるカード。それは、見え透いた罠だ。しかしいくらその狙いが先ほど以上にあからさまだとしても、ここは誘導通りに踏まざるを得ない。顔や態度に似合わず、本当にいい性格したデュエルをするものである。ちょっと感心してみたり。
「レベル4のガトリングバギーに、レベル3の弐四八をチューニング」
「チューニング……君もシンクロを使う、というわけか」
「やられっぱなしは性に合わないんですよ」
その言葉は本気なのか、それとも有馬なりの冗談なのか。いずれにせよ、まるっきり嘘というわけでもないだろう。この男が外見からくる印象とは存外外れた一面を持っていることは、このデュエルを見ていれば否でもわかる。
「―――――ブラック・ローズ・ドラゴン」
ブラック・ローズ・ドラゴン 攻2400
それは、一見すると嵐の布陣の中でもっとも攻撃力の低いクリアウィングにすらギリギリ届かない程度の攻撃力しか持たないレベル7のシンクロモンスター。だが私は(そして嵐もだろう)、その効果を知っている。それは自身の正規召喚をトリガーとして発動し、あらゆるカードをその破壊の渦に巻き込み自身もろとも墓地へと送る力。咲き乱れ散っていく無数の薔薇の花びらが、葬送の調べのごとく降り積もらんとする。
確かに、これが通れば残る手札1枚によっては十分に逆転も可能。だがそんなもの、対抗手段があるというのに指を咥えて見ているはずもなく。
「……みすみす通しはしない、クリアウィングの効果!」
その葬送に、神速の龍は異を唱える。降り注ぐ花びらを拒否するようにその中央で自らの輝く翼の放つ光はより一層強くなり、全ての花びらが太陽よりもなお強烈なそれを前に焼き切れて風に散っていく。
ブラック・ローズ・ドラゴン 攻2400→0
これで黒薔薇の龍は、もはや戦う力を失った。ここまでの嵐の行動は、その全てが理にかなっている。しかしどれほど正解を取り続けたとしても、それは結果に繋がらない。最適なはずの行動すべてが、嵐の勝利へは決して結びつかない。
眉ひとつ動かさず、最後の1枚が表を向いた。
「通常魔法、シンクロキャンセル」
「な、なんだぁ?シンクロするカード間違えたのかよ!」
「何……っ!」
何が起きているかまるでわかっていない様子のチャラ男に対し、瞬時に何かを悟る嵐。そして(認めるのは極めて悔しいが)一拍遅れ、私にも有馬が何を考えているのか理解できた。1度黒薔薇の龍を戻すことで改めて召喚、その上ですべてを吹き飛ばす?あるいは、効果すら使わず切り裂かれし闇のパンプ効果でその攻撃力を素通しさせる?違う、もはやそんなことする必要すらない。これは……さては、ここまでの流れすべてが計算づくか。この勝負自体はもはや先が見えたが、私にとってはそちらの方がよほど空恐ろしかった。
「ブラック・ローズ・ドラゴンをエクストラデッキに戻し、素材となった2体を特殊召喚。龍大神の効果で起爆獣ヴァルカノンを墓地に送りますが……同時に、特殊召喚に成功した弐四八の効果をもう1度発動」
巨大な鋼鉄のサムライの姿は先ほどのヴァルカノンよろしく光に包まれ分裂し、ガトリングバギーが三度戦場へとその砲塔を向ける。その横では、カラクリ仕掛けの軍師が再び氷の蝶へと指を伸ばし始めた。そしてゆっくりと、飛び回るその軌道が変化していく。
ガトリングバギー 攻1600
カラクリ参謀 弐四八 守1600
相剣トークン 守0→攻0
「あ、兄貴!」
「これが最後のバトルですね……ガトリングバギー!」
その号令を待ち構えていたかのように、無駄打ち上等とばかりに空薬莢を吐き出しながらガトリングが唸りを上げる。鋼鉄のバギーですらその弾丸の勢いに押されて撃ちながら車体が後ろに下がっていくような衝撃が、一直線に氷の羽を粉々に打ち砕き散っていく粒子さえも穿つ。
……いや、いくらなんでもやかましいな!ソリッドビジョンの設定どうなってるんだ有馬、何か喋ってもまるで聞こえないぞ。それともあれか、カードが古すぎて設定値がミスってるのに開発が誰も気が付いていないのか?ともあれそのガトリングがやっと回転を止めた時、全ての決着はついていた。
ガトリングバギー 攻1600→相剣トークン 攻0
嵐 LP1200→0
「はぁー……っ」
全弾撃ちつくしたガトリングバギーの砲塔よろしく、有馬が大きな息を吐く。そこに込められたものはデュエルそのものへの充足感か、はたまた勝利を拾ったことへの安堵か。それは私には判別もつかないが、そこに近づく影がひとつ。言うまでもなく、それは立ち上がった嵐だ。
「あ、嵐の兄貴」
何か言おうとしたチャラ男を視線で制し、無言で有馬を見下ろして。そしておもむろに、右手を伸ばした。
「ありがとう、いい勝負だった」
「……こちらこそ、です」
その手を取って、固い握手。本人が満足したならまあこれでめでたしめでたしだろう……と、そうだ。ちょいとそこで勝手に青春やってるお二人さん、何か忘れてやしないだろうか、とこっそりにじり寄ったところで、嵐が自分のデュエルディスクからデッキを取り外した。
お、忘れてないな感心感心。これは当然の勝者の権利だ、もし有馬がやっぱり受け取れないなんて顔に似合った甘っちょろいことなぞ言おうものなら代わりに私が何かしら貰ってやろう。
「それと、約束のアンティだ。好きなものを持って行ってくれ、有馬の血縁に使って貰えるなら俺のカードも本望だろう……うん?なんだこれは……?」
さっぱりとした言葉とは裏腹にどこか名残惜し気に広げたデッキを最後に見回す嵐の目が、その一点でふと止まった。引き抜いたそのカードを見た瞬間、私と有馬は同時に息を呑んだ。そのカードには見覚えがあるといえばあるけれど、ある意味では見覚えがないというか……まだるっこしい言い方はやめておくと、それは昨日私が見たものと同じ。裏面は普通なのに表には何ひとつ書かれていない、白紙のカードだった。
「こんなカードを入れた覚えは……」
さらにわからないことにその困惑顔を見る限り、当の嵐自身にも見覚えはないようだ。彼があの片眼鏡の手の者ならもうちょっと話が早かったのだが、残念。まあ力づくで聞き出そうとしても、正直私にあの布陣を突破できるかと問われれば正直かなり苦しいのだが。
だがそこで意外にも、有馬は手を伸ばした。
「……それ、ください」
「何、こんなものを?それに、俺自身これをデッキに入れた覚えも……」
「いえ。これが、欲しいんです」
そう告げる有馬の顔はなぜかこの2日間で見た中で一番……なんならあの得体の知れない図書館に入り込んだ時や今のデュエルの最中よりも、ずっと真剣そうにすら見えた。なぜだ。その後も多少揉めたものの最終的には有馬の言い分通り白紙のカード1枚で全て手打ちとなり、嵐も文字通り嵐のように去っていって。
私が何をしたかというと、きっぱり食って掛かっていた。せっかくレアカードでも渡してくれそうな雰囲気だったのに、勿体ないにもほどがある。
「どういうつもり、今の?白紙のカードなんて」
「あはは……平間さんがそれ言うの?でも、ちょっとごめんね」
先ほどの気迫はどこへやら、にへらと気が抜ける擬音まで聞こえてきそうな苦笑を浮かべながら不意打ちで手を伸ばしてくる有馬。あまりに唐突な変態行為に反応も回避もする暇なくその手が私の肩に触れ、振り払おうとするよりも先に視界が真っ白になった。そしてまばたきするほどの間にまた五感が戻ってくる頃には、周りの景色はまたしても様変わりしていた。
太陽はどこへやら薄暗く、ひんやりとして動きのない空気。かすかな古い紙の匂い。また戻ってきた、例の図書館だ。
「あー……やっぱり、こうなると思った」
「セクハラ」
しかし私のかしこい頭はともかく、つい昨日から超久々に人並みな頻度で使うようになった私の口は急な環境の変化についていけなかったようだ。急に体を触られた際の反応が、止める間もなく今になってようやく口からこぼれ出る。ええいやめろ私みっともない、これじゃあただの周りが見えない、空気の読めない女みたいじゃないか。今はどう見ても、そんな話をしている場合ではない。
……まあ、もちろん後で追及はするけれど。こちとら異性どころか家族や医者以外の他人から意識して触れられるなんて下手すると10年以上ぶり(小学校のお遊戯会ですら言外に嫌がられて蚊帳の外だった女、といえば想像はつくだろう。今はそこまで気にしてはいないが、あまり思い出したいわけでもない)なんだ、決して態度には出さないが今もあの不意打ちのせいで脈拍は平時の2倍はある。どう責任を取ってもらおうか。
だがそれも、まずはここをまた出てからのことだ。例の片眼鏡の気配がないかあちこちの本棚に目をやりつつ、わかりやすく縮こまった有馬にジトっとした視線を向ける。反省している暇があるなら、お前も働けハリーハリー。
「う。ご、ごめん……」
「いい、今は。それより、あの女」
「はぁーい、呼んだかしら?」
その声が響いたのは、ついさっき私が誰もいないことを確かめて視線を外したはずの右側の通路から。ポニーテールが揺れる感触を後ろに感じながら最速で振り返る私の視界に、昨日となんら変わらない金髪と屈託のない笑顔が見えた。なんだか負けた気がして非常に癪ではあるが、その姿が周りの幻想的な雰囲気と相まってまるで外人モデルか何かのように画になる構図なことは認めざるを得ない。
……それとこれはもっと認めたくないのだが、この女が出てきたことにほんのわずかに、かけらどころかそれをさらにミキサーにかけすり鉢でゴリゴリ粉みじんにした粉末のひと粒程度には安心した自分もいて。その事実がまず無性に腹立たしいのだが、それでもこの女は元の場所への帰り方を、そして私の知らない何かを知っている。あとカードもくれた。こんなわけのわからないことに巻き込んだ迷惑料としてはまるで足りてない気もするが。
「いらっしゃい、2人とも。そういえば、まだ名乗っていなかったものね。私はアラビア。今日は少し、ゆっくり話をしましょう?」
ガトリングバギー、私は割と好きです。
ザ・武骨。