辛うじて年が変わる前に更新できました。
アラビアと名乗った(何をどう考えてもそんなの偽名に決まってる。日本人の日本さんならまだいないこともないだろうが、目の前でニコニコしているこの面はどう見てもアラブ系のそれではない)女が、真意の読めない笑顔でいらっしゃいと手招きする。見るとそこにはどんな魔法か、つい先ほどまで視界の果てまで規則正しく並んでいたはずの本棚が一部消えており、代わりに小さなテーブルと座り心地の良さそうな椅子が3つ、そしてまだ湯気の立つカップがそれぞれの前に置かれていた。
……黄泉戸喫、そんな言葉が頭をよぎる。死後の世界で出された食べ物に口をつけると現世に戻れなくなる、というあれだ。なにせ集合知に頼れない分はとにかく本で覚えるしかなかったから、私の知識にはかなり偏りがある。とりあえず手遅れになっていないか、2人の死角になっているのをいいことにこっそり後ろ手に両手を回して脈を……よし、まだ生きてるぞ私。なら、あれに口をつけるのはやめておこう。
「ほら、そんなところに立ってないでこっちにいらっしゃい、『扉』のお嬢さん?せっかく入れた紅茶、覚めちゃうわよ」
「いらない。それと、やめて。その呼び方」
「でも平間さん、美味しいよこれ」
ずっこけそうになった。人がせっかく警戒して女……アラビアを睨みつけている間にこの有馬、のこのこ着席して無警戒にカップの中の液体を口に運んでいたのだ。美味しいという割に一口飲んですぐに唇をすぼめフーフーと息を吹きかけているあたり、熱くて味なんてよくわかっていないにイチゴミルク1パック。こんな得体の知れない女から出されたものを一切躊躇わずに口に入れるわ気を使って世辞は言うわ、なんというかどこまでもどこまでも私とは棲む世界が違う。ここまで脳内お花畑に15年間も生きてこられたのだ、さぞかし蝶よ花よと育てられてきたのだろう。
羨ましい、とは思わないけれど。断じて断じて断じてそんなこと思いはしないけれど、それでも当た阿にある考えが浮かぶのを抑えきれない。思考回路に蓋をして閉め切ろうとしても、私の張った精神防壁をすり抜けてその想いは言語化されてしまう。
―――――私も集合知と共に生きることができたなら、あるいはこの半分でも真っすぐにいられたんだろうか。
「っ!」
「ひ、平間さん……?」
頭の中身を一瞬で染め上げた瞬間的な激昂は、無論単なる八つ当たりだ。怒りの矛先は私自身……私はまだ、そんなことを考えていたのかといういくばくかの情けなさと、大声で泣きだしたくなるような感情爆発。自分で自分を憐れんで、体を丸めて傷を舐めて。そんな生き方はごめんだから、私は胸を張って生きていくと決めたのに。握りしめた拳に、感覚がなくなるほどに力がこもる。
「本心を見ないふりして意地を張って、突っ張って、また傷ついて。否定はしないしそれはひとつ立派なことだけど……君も大変ね、平間ちゃん」
「……っ!うるさいっ!」
「そうね。はい、どうぞ」
自然な流れで渡されたカップをひったくり、怒りにかまけて中身を一息にぐっと飲み干す。強烈な熱さが喉いっぱいに広がり、鈍い痛みを引き起こしながら体内を暴れながら胃の中へと落ちていく刺激に思わず涙がにじむ。しかしコップ1杯の紅茶は、どうにか例によって爆発した私の勘癪を……あ。
「ん゛ん゛んんん~~っ!」
「平間さん!?そんな熱いの一気に飲んだらそうなるよ!?」
「それもあるんでしょうけど、別に吐き出そうとしなくてもいいわよ。君たちに出したのは、本当にただの紅茶。別に飲んだからってどうこうなることはないわ」
こちらの思考が見透かされていたような言葉に、手ひどい被害と共にようやく戻ってきた私の理性が改めて警鐘を鳴らす。だからこの女は、昨日からずっと苦手だ。これまで慣れ切ってきた劣等生物、つまり私に対する嫌悪でもなく、見下しが前提にある形だけの薄っぺらい同情でもなく、穴さえついていればそれでいいとばかりの舐めまわすような視線でもなく。私の表面ではなく、内心そのものを直接感じているような。そんな態度が、無性にこちらのペースを崩させる。
「さて、じゃあ落ち着いたところで改めて。そうねえ、何から話そうかしら?」
「……全部。このおかしな場所のことも、扉だの鍵だのも、それからあなたのことも」
とはいえ、あまりペースを握られっぱなしというのはそれはそれで非常に腹が立つ。その怒りが後押ししてくれたからだろうか、私にしてはかなりの長文をこんなに淀みなく発話できたのは。うんうんと頷いているだけで何も自分からは言い出してこないあたり、有馬もこの3点に関しては異論がないのだろう。それとも、単に自分がないだけなのかこの優柔不断め。そんな奴は放っておいて片眼鏡の奥に光る片目を睨みつけるが、当の本人はといえばクスクスと小さく笑うばかりでまるで堪えた様子がない。
「じゃ、その順番でいきましょうか。まずこの場所のことだけど。ここは確かに実在する場所だけど、同時にどこからも辿り着けない場所……っていうのは、なんとなくでも理解できるかしら?」
「意味が分からない」
「まあ、なんとなくは……」
「「え?」」
お互いに相手の反応に、正気かコイツと疑いのまなざしを向ける(少なくとも私はそんな思いを込めた。多分有馬はそこまで直接的なことは考えていないだろうが)。また言葉遊びかと苛立ちを高める私をつい、と白い指が指し示す。
「でしょうね。君たちはお互いにここでは同じものを見て、同じものを聞いてきた。だけど、今の私の言葉の意味への理解度はまるで違う。でもそれは、君たちの考え方や生き方の違いからくるものじゃない。ここ自体がそういう場所なのよ。ここは、物質と精神の境目というべきところに用意された場所。目に見えないものが実体を持ち始め、逆にそれまで確固だったものがあやふやになってくる場所。ここで物を言うのは元々の知識や知恵じゃなくて、その人の精神の在り方。今の君たちだと有馬弾道君、君の精神の方が一歩先の次元にいるわ」
「は?」
「そういちいち怒らないの、せっかくかわいい顔が台無しよ?でも本当のことだもの。彼の精神はより成熟しているから、この場所ではそれだけ強くなる。だから、事実を事実として受け止められる。でも君はまだ、そこまでの域に達していない。現に、ここにいると無性にイライラしてこないかしら?君の未成熟な精神に、それだけこの空間がストレスを与えているのよ。だから昨日はあのカードだけ渡したら早く切り上げてお家に帰ってもらったけれど……さすがに、昨日の今日じゃまだ早かったかしらね」
「……いい加減にして。黙っていたら、人を馬鹿にして」
「ちょっと、平間さん!?」
「うるさい」
腹が立つ。何よりも腹立たしいのは、アラビアの言葉が妙に腑に落ちている自分が心のどこかにいるという事実だ。確かに私が癇癪持ちなのはまあ認めざるを得ないけれど、それにしたって昨日といい今といいこの頻度はおかしい。いくらなんでも、私だってもう少しは慎みや年上への(形ばかりの)敬意を見せる余裕というものがあったはずだ。私としては単にこの女の余裕ぶった態度が生理的に気に食わないからだと思っていたし今もそう思ってはいるが、この明らかに異様な敵対心はそれだけでは説明しきれないのも事実だった。
しかしそれはそれとして、はいそうですかとこの与太話を受け入れたのではこの無性な怒りのやり場がない。人の脳さえも電気信号に変換していじくりまわし、まともな倫理は脇にどくほどに科学全盛期なこの時代、こんな時代遅れのオカルトめいた話になど付き合っていられない。
「うーん、ちょっとお話しどころじゃないわね。でも、君も心の奥底では私の話を理解しているのもわかる。今はちょっぴりくすんじゃってるけれど、本当の君は聡明な子だから」
先ほどまでの緩い雰囲気は影を潜め、でもね、と片眼鏡をずり上げながら言葉を続ける。
「そういう理論武装は、ちょっとよくないかな。君は理論的に私の話を否定しているんじゃなくて、まず私の話を聞きたくない、認めたくないのが先にあって、本当は気づいている答えから目を逸らした罪悪感に気づかないふりをするためにもっともらしい理由を後付けしてる。それってすっごくもったいないことだし、言い訳から入る逃げ癖は後で苦労するからね」
「……またそうやって、先生か何かのつもり?それともお節介な親族?お祖母ちゃん」
「もーう、またそういう口をー……んー、ねえ有馬君。ちょっと荒療治になるけど、いいかしら?」
「ほへっ?え、自分ですか?ま、まあ……」
まさかこの流れで自分に話が飛んでくるとは思わずよほど油断していたのか、ふーふーと手の中で紅茶を冷ましていた有馬が椅子から転げ落ちそうになりながらもこくこくと首を縦に振る。信じる信じないの話じゃなくて、そもそもこの男が流されやすいだけではなかろうか?
しかし満足げに頷いたアラビアにとっては、そんないい加減な返事で十分だったらしい。
「じゃあひとつ、証明してみましょうか。君とこっちの有馬君だけど、少なくともここにいるうちは、たとえ100回勝負しても君は絶対に勝てないよ」
「……は?」
「それだけ君たちの魂の格には今、差ができているってことよ。お話は後にして試してみる?やるだけ無駄だけど」
あー、これは。間違いなく、誘導されている。こういう言い方をすれば私はその通りに動くと、そういうことだろう。となるとそんな露骨な誘いには乗らないのが一番だ。
と、わかっているのは理性だけ。カッカした私の頭はその正解にあえて気づかないふりをして、通学鞄からデュエルディスクを引っ張り出す。それに、もしここでこの女の思惑を外して有馬に勝てば、絶対にその鼻を明かすことができる。その誘惑は、指摘通りイライラし通しの私にとっては無視できないほどに魅力的だった。なるほど有馬は強敵だ、それは間違いない。だけど今朝のデュエルを見る限り、決してまるきり勝てない相手だとも思わない。勝算は、ある。
「えぇ……えっと、僕も聞きたいことは色々あるんだけど、本当にやるの?」
「セクハラ。まだ許してない」
「あう。わ、わかったよ」
まあ、ここで乗っかれば許すとも言ってないのだが。正直今は私も気に病んではいないが(残念ながら?喜ぶべきことに?そこまでか弱い神経は私は持ってはいない。そう鍛えられたと言い換えてもいい)出会って一日の年頃の少女の体にたやすく触れた罰だ、このネタはせいぜい引っ張れるだけ引っ張ってやろうと心に誓う。
「安心なさい。今の君には、千にひとつの負ける目もないわ」
有馬へ向けて絶対的な自信をもってきっぱりと言い切るその姿にまたも感情が煮えくり返るのを感じながら、そのエネルギーを全て手元のデッキに注ぐ。そういうことが可能かどうかではない、これは私の気分の問題だ。
そして突発的に……いや、これは素直に認めよう。その方が私の怒りが増す。アラビアの掌の上で転がされて始まった予定外のデュエルが、幕を開けた。
「「デュエル!」」
「えーっと……悪いけど、やるなら僕も本気で行くよ?永続魔法、切り裂かれし闇。そして通常召喚、ガトリングバギー」
今朝も見た武骨な装甲車が、本棚の間を縫うように床からせり上がる。またあのカードということは、複数のデッキを所持していてそれを使い分けるタイプではない。つまり、今朝見た戦術から立てられる対抗策はおおむねそのまま通用すると思っていいと判断する。無論、あの何の変哲もなければ秀でたステータスもないただのバニラカードがよほど好きで、いくつもの専用デッキを組んでいるという可能性もなくはないけれど……まあ、そこまではさすがに考えずともいいだろう。というか、そこまでされたらもはや考えるだけ無駄だ。
ガトリングバギー 攻1600
「そうね、でも安心なさい。彼の持っているこのカードは、この1枚だけ。だからこれは正真正銘、君も見ていたのと同じデッキよ」
「……!」
また、考えていたことを言い当てられた。だが、もうこの手品もうんざりだ。本来感じるべき恐怖や困惑、あるいは純粋な驚きや疑問より先に、私の心の中をパッと広がった怒りが染める。私の心の中は、この物心ついたときから誰も近づけず、誰にも触らせなかった聖域だ。誰からも疎まれ続けた私に、唯一残された安息の場所。そこに、種はわからないが昨日からこっち土足で踏み込まれ続けている。
「そもそも彼の家は……」
「アラビアさん。デュエル、続けていいですか」
だが噛みつこうとした私を寸前で止めたのは、珍しく、というか昨日の初対面からこっち初めてだろうか、冷たく切り捨てるような口調で言い切った有馬だった。
ま、朝のデュエルの時から察してはいたがこの男にもいろいろあるのだろう。私には全く何ひとつこれっぽっちも全然関係ない話だが、少なくとも自分がされて嫌なことをしない程度の分別はある。これは、私と集合知の事情と同じ。そう思えば、こちらも禽無闇に掘り返しはしない。続けていいよと顎で促すと、小さく一礼が返ってきた。そしてまず動くのは、ガトリングバギーの召喚によって条件を満たした永続魔法。
「通常モンスターが場に出たことで、切り裂かれし闇でドロー。フィールド魔法、烙印劇場デスピアを発動。1ターンに1度、レベル8以上の融合モンスターを融合召喚できる」
場のガトリングバギーと、手札のモンスターが1体墓地へと送られる。機械族と、もう1体は炎族。今朝も見た組み合わせではあるが、今が先攻1ターン目であることを考えると出てくるモンスターはヴァルカノンではない。あれと同一の融合素材を持ちながら、全く違う運用方法を使い分けることのできるもうひとつの融合体。
「―――――重爆撃禽 ボム・フェネクス」
頭上に明るい光が灯り、同時にぱっと火の粉が舞った。それは本棚や本の上に容赦なく降り注ぐが、そちらに気を回すほどの余裕はない。ゆっくりとした羽ばたきが聞こえるたびに、ともすれば私の体を吹き飛ばしかねないほどの風を……それも炎の息吹もまだ残る、熱く乾いた風を叩きつけていたからだ。
そこにいたのは、まさしく不死鳥。金属の翼に炎の体を包んだ、絶えず揺らめく陽炎の鳥。しかしその存在には同時に圧倒的な質量感が存在し、神話に語られる生物と文明の利器の結晶、例えば小型の飛行機とを同時に対峙しているかのような嫌な現実感が迫る。
重爆撃禽 ボム・フェネクス 攻2800
「じゃあ平間さん、行くよ。カードを2枚セットして、ボム・フェネクスの効果発動」
ボム・フェネクス本体から切り離されて放たれた小型の鳥のような姿をした炎の矢が、翼を広げて一斉にこちらへと突っ込んでくる。その数は実に5本と呼ぶべきか、5匹の特攻隊と呼ぶべきか。私の周囲に円を描くように、まるで逃げ道を塞ぐように着弾して小規模な爆発を起こす。
平間 LP4000→2500
「ボム・フェネクスは1ターンに1度、攻撃の権利を放棄することで互いの場にあるカード1枚につき300のダメージを与えるよ」
手札をすべて使い切っての最大火力。確かに痛いけれど、ここから打つ手は十分にある。
「私のターン、おもちゃ箱を通常召喚」
おもちゃ箱 攻0
巨大なプレゼントボックスは、私にとってデュエルの始まり。中に詰まったおもちゃを広げて、遊び始めるための下準備。切り裂かれし闇の効果で戦闘を牽制したかったのだろうけれど、ボム・フェネクスを攻撃表示で立ててきてくれたのはラッキーだった。おかげで、私も好きに動くことができる。
「そのままバトルフェイズに移行、おもちゃ箱で攻撃を……」
「させないよ!攻撃宣言時に速攻魔法、融合解除」
圧倒的なプレッシャーを放っていた炎の鉄鳥の姿が嘘のようにかき消え、小さく舌打ちする。さすがに、この攻撃を通させてくれるほど甘くはないか。初見ならいざ知らず、つい昨日有馬には熊っちとAi打ちのコンボを見せてしまっている。そうでなくとも攻撃力0のモンスターでわざわざライフが尽きるような特攻を仕掛けようというのだ、警戒されても仕方がない。
まあ、この挙動自体は想定内ではある。ただ厄介なのは、この後に起こることだ。
ガトリングバギー 守1500
灼熱ゾンビ 守400
「通常モンスターが場に出たことで、このターンも切り裂かれし闇の効果。そして灼熱ゾンビが蘇生に成功した時、さらにカードをドロー」
融合解除1枚でこちらの起点となる攻撃を回避しつつ、さらに合計2枚の手札補充。墓穴の指名者などが手元にあればこれも全て止められたけれど、ないものねだりはみっともない。
とにかくこちらにできることは、手を休めずにあらかじめ考えておいた次善の策を取ること。このままぼんやりしていたのでは、本当に次のターンであっさり敗北もありうるのだから。
「……メイン2、カードをセット。通常魔法、パラレル・ツイスター」
伏せたばかりのAi打ちをコストとして墓地に送ることで、図書館内に風がはためく。生きているかのように寄り集まったそれが、おもちゃ箱の放送をビリビリに巻き上げ閉じ込められた中身を解放していく。このカードの効果は、私の魔法か罠をコストにしての単体破壊。おそらく、今の攻撃宣言で私の手札にAi打ちがあることは知られている。そして有馬の腕ならば、これ以上持っていたとしてもみすみす使わせるようなヘマはしないだろう。
「破壊され墓地に送られたおもちゃ箱の効果。攻守どちらかが0の通常モンスターを、守備表示で2体」
ドール・モンスター 熊っち 守0
「レベル4モンスター2体。熊っちと魂虎でオーバーレイ」
箱の中から飛び出したのは、ふわふわしたテディベアと青い虎のぬいぐるみ。だけど、これをそのまま放置はしない。おもちゃはちゃんと遊んでこそ、そしてこの流れから呼び出すものは、当然あのモンスターだ。
「―――――プリンセス・コロン!」
このカードを出すだけで、なんだか苛立っていた心が癒されていくような気もする。あるべきものがあるべき場所に収まった、そんな充足感だ。まあこの感覚が真であれ偽であれ、このカードを使うことに変わりはない。それほどにこの子は、私のデッキと相性がいい。これから催しく、そんな思いを込めてそっとデュエルディスクに置いた黒枠のカードを撫でる。
「ふふっ、色々言いながらも早速使ってくれるのね」
「勘違いしないで、違う。プリンセス・コロンのエクシーズ召喚をしたとき、墓地のおもちゃ箱1体を特殊召喚できる」
プリンセス・コロン(2) 守2200
おもちゃ箱 守0
おもちゃ箱の効果は1ターンに1度しか使えないけれど、裏を返せばターンさえまたいでしまえばまた使うことができる。次の有馬のターン以降ただそこに置いてあるだけでリクルートの圧をかけ続けることができるというのは、見た目以上に対処が難しいはずだ。
そしてターンが移り変わり、ほんの少し危惧していた私のターン中でのおもちゃ箱の除去もなく。となれば、ある程度は安心してこちらも次の手に備えられる。
「僕のターン。通常魔法、ダウンビート。ガトリングバギーを墓地に送って、同種族と属性を持つレベルが1つ下のモンスターを特殊召喚するよ」
カラクリ参謀
装甲車のハッチが開き、機械仕掛けの体を持つ和服の参謀がかすかな歯車の音と共にその姿を見せる。これもまた今朝見たその効果は、場に出るたびに発動するモンスターの表示形式の変更。
「……プリンセス・コロンは、他の仲間がいる限り対象にとることができない。戦闘でも、効果でも」
「でも、おもちゃ箱なら耐性はないよね?」
おもちゃ箱 守0→攻0
彼の言うとおりだ。おもちゃ箱の表示形式が変わることで、攻撃力0が白日の下に晒される。つい先ほどあてにしていたAi打ちはすでに墓地にあり、そもそも伏せカード自体が私の手にはない。今の有馬の場だけでも、灼熱ゾンビの攻撃力は1600……だけどチューナーとそれ以外を揃えておいて、まさかそれで終わりということはないだろう。
「レベル4の灼熱ゾンビに、レベル3の弐四八をチューニング」
ほら、来た。私のライフは先ほどボム・フェネクスがハッスルしてくれたおかげで既に削られている、となると出てくるカードもある程度予想は付く。例えば今朝はブラック・ローズ・ドラゴンを使っていたが、こちらにおもちゃ箱がある以上無差別に破壊を行うあれは出してこないだろう。そしていくらシンクロモンスターといえど、レベル7で私の残りライフである2800ものダメージを叩き出せるカードは限られる。彼がガトリングバギーを好き好んで使い、それにデッキを合わせているならば、恐らくはそのサポートを共有できるようなカードが入っている可能性は高い。そこから逆算すれば、おのずと答えは見えてくる。
「―――――驀進装甲ライノセイバー」
驀進装甲ライノセイバー 攻2400
巨大な刃をその代名詞たる角の代わりに前面に押し出した、サイをモチーフとした陸戦兵器。ポーカーフェイスを保ちながらも、予想通りの展開に内心ではぐっと拳を握っていた。素の攻撃力が2400であるあのモンスターで私のライフを削り取りに来るということは、つまり自身の効果を使うことに他ならない。
「ライノセイバーは手札を捨てて、その枚数1枚につき700攻撃力を上げる。僕が捨てるのは、1枚」
そして私の予想通り、重厚感のある鉄の巨体に火が灯る。その内部では機関が動き出し、排熱口からは蒸気が噴出し。有馬にとって貴重な手札が、また1枚消費されて。
驀進装甲ライノセイバー 攻2400→3100
「バトルフェイズ。ライノセイバーでおもちゃ箱に攻撃」
頭部から伸びた4門の砲台がこちらを向き、一斉に火を噴く。欲を言えばあの手札は2枚とも切って欲しかったのだが、さすがにそこでオーバーキルを狙う理由は何ひとつないからそれは無茶というものか。とはいえ、あのライノセイバーを出すためにこれだけのカードを使わせれば十分だろう。
「?平間さん……?」
何か勘付いたようだけれども、もう遅い。ライノセイバーの攻撃は、既に止まらない。Ai打ちをさっさとコストとして墓地に切り捨てたのを確認させて、さらに2体並べた壁モンスターの表示形式を自分から変えさせることでこちらが守勢だと見せつけつつ、それを突破する攻撃表示の的を作らせて。ここまでやれば、完全に油断していたはずだ。本命は、私の手札に最初から潜んでいた。
「―――――オネスト!」
おもちゃ箱の蓋が内部から開き、純白の羽が無数に吹き上がる。砲撃と羽がぶつかり合った衝撃で空気が揺れ、辺り一面が白煙と埃に覆われ視界が奪われる。そんな状況でも私のデュエルディスクは、確かにおもちゃ箱が効果使用可能な状態にあることを伝えてきた。ならば当然、それを断る理由はない。デッキから抜き取った2枚の通常モンスターを、同時にモンスターゾーンへと送り出す。
「千年の盾!ガールちゃん!」
千年の盾 守3000
ドール・モンスター ガールちゃん 守0
たとえ姿は見えずとも、有馬にもこの声は届いたはずだ。このあたりでゆっくりと視界も晴れてきたので、一体どんな悔しそうな顔をしているのかと目を凝らし……そこに見えたシルエットに、そしてその正体に、強張ったのは私の顔の方だった。
驀進装甲 ライノセイバー 攻3100→1550
「危ない危ない……オネストにチェーンしてリバースから速攻魔法、ハーフ・シャット。ライノセイバーの攻撃力を半分にして、戦闘破壊耐性を付与させてもらったよ」
「……最初から読んでたの、私の反撃を……?」
信じられない。私の
「ううん、ただ昨日のデュエルを見てたからね。融合解除1枚でボム・フェネクスを守り切れる自信がなかっただけさ。実際、もう一手仕込んでたみたいだしね」
「……」
見てただけ、か。それを言うなら、私だって今朝の有馬のデュエルは見ていた。だからこそ、今のコンボを仕掛けて待ち構えられた。実際おもちゃ箱の効果自体はちゃんと通っているのだから、客観的に見ればそこまで悲観するほど状況が悪いわけではない。
だが、だというのにこの敗北感は。いや、その理由も既にわかっている。私の立てた予想では、有馬はこの罠に引っかかりアドバンテージ的に大損するはずだった。だが実際にはそれを防いだばかりか、むしろ私の方が彼の予想を下回る動きしかできなかったのだと言う。融合解除とハーフ・シャット、本来の想定では私の1ターン目にどちらも使っていたはずの防御札。しかしそれを使い切らすことができず、結果として今のタイミングまで温存させてしまった。警戒されていた最低限に届かなかったばかりか、そうとも知らず相手を甘く見ていた私はとんだピエロだ。
切り替えろ、いいから早く頭を切り替えろ私。この屈辱と自戒は決して決して忘れはしないけれど、盤面としてはまだ巻き返せる。まずは頭を煮えたぎらせるのではなく、このメイン2に何をしてくるのかを目を見開いて頭に叩き込め。
「あら、ちょっとだけ冷静さが出てきたわね。その調子よ?白紙のカードは、君の心を映す鏡。そこから生まれたプリンセス・コロンを使うことで、君の心はそれだけ前に進む」
何か言っているが無視だ無視。一度は動きを止めたライノセイバーから、再び微振動と共に駆動音が聞こえ始めたのだ。
「バトルフェイズ終了時、ライノセイバーの効果。このカードを墓地に送り、レベル合計が7になるようにモンスターを選んで効果無効の状態で蘇生するよ」
光に包まれたライノセイバーの巨体が2つに分かれ、今朝から何度も何度も繰り返し見せつけられた装甲車へと変化する。シンクロキャンセルとは異なり、必ずしもシンクロ素材を直接蘇生せずともレベル合計さえあっていればなんでもいいというガバガバ判定の賜物である。ともかく蘇った2体はサイズだけ見れば随分な小型化だが、厄介なのはあれが通常モンスターということだ。すなわち、このターンもまた切り裂かれし闇の効果を適用されドローが行われる。同時に現れたカラクリ参謀がまたしてもこちらを指さすが、あれは強制効果故の悲しさ、こちらに害はないから放っておけばいい。
ガトリングバギー 守1500
カラクリ参謀 弐四八 守1600
「レベル4のガトリングバギーにレベル3の弐四八、共に地属性モンスターをチューニング」
そして分離した2体のモンスターが、すぐさま新たな調律を行う。嫌な予感を覚えるには、あまりにも遅すぎた。4+3、それはもちろん構わないのだけれど、両者ともに地属性であることをわざわざ言及した?と、いうことはつまり、ここで呼び出されるシンクロモンスターは。
「―――――ナチュル・ランドオルス」
ああ、やはり、気づくのが遅すぎたけれど、仮により早くに勘付いていても私には止められなかった。その両足が床につくたびに、かなりの重量があるはずの本棚がたやすく揺れる。ライノセイバーよりもさらに一回り以上大きなその体の前方から伸びているのは、まるでデフォルメされた絵本の世界から飛び出てきたかのように邪気のない穏やかな顔。苔むした岩石の図体に、その背にも頭にも当人は知ってか知らずか無数の草花が咲き誇り樹木まで生えた巨大な陸亀。
ナチュル・ランドオルス 攻2350
「ターンエンド」
「……くっ!」
ランドオルス……手札の魔法カードが続く限り、こちらのモンスター効果を片っ端から無効にして破壊する超制圧型シンクロモンスター。デメリットであるはずのレベルのわりに低い打点も切り裂かれし闇によって補われた今、こちらとしてはかなり苦しい戦いを余儀なくされてしまった。わざわざあのカードを出してきたということは、あの2枚の手札のうち最低でも片方は魔法カードだと見ていいだろう。さすがにそれをブラフに使われたら、私としても打つ手がない。そんな無茶、読めるわけがない。
でも同時に、まだ可能性が尽きたわけでもない。手札が2枚ということは、裏を返せば効果を止めに来るのは最大でも2回まで。どこを温存してどこに切ってくるか、誘導できれば勝機は回ってくる。
「アステル・ドローン、通常召喚」
アステル・ドローン 攻1600
興味深そうに目を細める有馬。アステル・ドローンはレベル4モンスターだが、エクシーズ素材とする場合に限りランク5の素材とすることもできる不可思議な星を操る魔法使い。だがその真価は、それだけに留まらない。これは私が張り巡らせる十重二十重の罠、リベンジの第一段階。先ほどの読みあいはこちらの完敗だったが、今度という今度はあのへらへらした男をぎゃふんと言わせてみせる。
つまり、こうだ。まず千年の盾とこのカードでランク5モンスター、始祖の守護者ティラスを呼び出す。するとその瞬間アステル・ドローンをエクシーズ素材として使用した際に発動する効果、『そのエクシーズモンスターにドロー効果を付与する』能力が適用される。まず、これに対し手札を捨てて止めに来るかどうかの択を迫る。でも、それはあくまで第一段階に過ぎない。私に残る手札は2枚、これを使えば……。
「何か策があるんだよね?なら……」
す、と有馬の手がその手札のうち1枚に伸びる。エクシーズ召喚時ならばともかく、このタイミングでランドオルスはまだ何もできないはずだ。そこまで考えたところで、稲妻のように私の脳裏にある1枚のカードが閃いた。問題は、その稲妻が余りにも来るのが遅すぎたという点だ。以下に光の速さといえど、気が遠くなるほどに遥か後ろからスタートしていては亀の歩みよりもゴールは遅れる。
ああ、違う、そうだ。ランドオルスは、最初から囮だったまである。私の思考を、魔法カードへと誘導するための。
「―――――増殖するG」
「ひゅーひゅー。いいタイミングねー」
手札誘発。目の前の岩の巨体が、私の思考を完全に占めていたゆえの意識外からの一撃。強制的に作り出された空白地帯を正確に狙いすます、これを手玉に取られていると言わずしてなんと言えばいいか。ただカードを引かれるだけならば、まだどうにでもなる。問題なのは、ランドオルスを排除するまでに魔法カードをどれだけ引かれるかだ。
……いや、迷うな。惑わされるな。どのみちこのターンの終わりには、おもちゃ箱をひっくり返して出てきた千年の盾とガールちゃんは自壊する。攻撃表示のアステル・ドローン1体で、何ができるわけもない。ここで召喚という道を選んだ時点で、退路はすでに塞がれた。今の私にできることは、可能な限り突き進むしかない。
「レベル5扱いのアステル・ドローンと、千年の盾でオーバーレイ」
「いいね。やっぱり、動いてきたね」
「!?―――――始祖の守護者、ティラス」
口の端で薄く、しかし満足げに笑うその顔にぞくりとするものを感じた。それはへらへらふにゃふにゃとした普段見せている顔とは明らかに別で、現代日本にはおよそ似つかわしくない抜き身の刃のようなプレッシャー。気迫で負けないように頭を振って脳裏に這い寄る臆病と弱気を追い出し、あえて視線を逸らすのではなくきっとかち合わせる。虚勢は、見透かされていないだろうか。幸いにも視線が交差したのはほんの一瞬で、すぐに純白の羽持つ大天使が剣を携えその間に割って入ってくれた。
始祖の守護者ティラス 守1200(2)
「エクシーズ召喚に成功した『ティラスの』効果で、デッキから1枚ドロー」
「僕もドロー。まだランドオルスの効果は使わないよ」
エクシーズ素材を持つティラスは、カードの効果では破壊されない。無効にされたとしてもあまり痛くはない取引だったが、さすがにここでは乗ってくれないか。
まあ、それは想定内ではある。これはこれで、手札が補強できるのだから悪くない。問題は、ここからだ。
「通常魔法、エクシーズ・ギフト。私のエクシーズ素材2つを、2枚のドローに変換する」
「魔法カード……どうぞ」
プリンセス・コロン(2)→(1)
始祖の守護者ティラス(2)→(1)
ランドオルスのカウンター能力は、あくまで対モンスター限定。ティラスとコロンからそれぞれアステル・ドローンと魂虎を取り除いて墓地に送り、どうにか繋がった未来を手繰り寄せる。
……おっと。おおっと?このカードを引いたなら、ちょっと予定を変更しようと即座に脳内ルートを変える。どのみちティラスとコロンだけではじり貧なのだ、どうせまだ特殊召喚自体はするつもりだった。続いて呼び出すのはこのカード、電子の海から構築された、龍を模した光輝く0と1の集合体。
「通常魔法、死者蘇生!そしてレベル4のアステル・ドローンとドールちゃんでオーバーレイ!」
アステル・ドローン 攻1600
ライトドラゴン@イグニスター 攻2300(2)
たったこれだけ動いただけで、有馬はすでにさらに2枚のドローを行うことになる。でも、私も存外負けず嫌いなのだ。だからこそ、決して心折れずにこの地獄のような腐った世の中を生きてこられた自負がある。
「アステル・ドローンの効果に、ターン1は存在しない」
「ライトドラゴン、そういう……止めないよ、それも」
連続ドローで最小限に食い止めてはいるけれど、それでも少しずつ減っていく手札。一方で有馬の手札は、あちらがボケっと眺めているだけでモリモリ増えていく。腹立たしいが、今に始まったことではない。理不尽に対し俯いて甘んじるのは、私の趣味じゃない。
「ライトドラゴンの効果。エクシーズ素材を1つ使い、@イグニスターの数までモンスターを破壊する!」
「それは、無視できないかな。手札の超自然警戒区域を捨てて、ナチュル・ランドオルスの効果」
「ライトドラゴンの効果……!このカードのエクシーズ素材1つを、モンスター破壊効果への身代わりにできる!」
ライトドラゴン@イグニスター(2)→(1)→(0)
金色の龍の周囲を回転する球体が即座に2個消費され、盤面は何も変わらない。もっとも、元より狙いはそこではない。重要なのは、手札の魔法カードという替えの効きにくいコストを1枚吐かせたこと。これはあくまでも繋ぎの段階、ここからが私の大本命だ。増殖するGのプレッシャーは承知の上で、なおも引っ張り出すだけの価値があるカード。
精一杯に右手を天井に伸ばし、遥か遠くの光を掴み取ろうとするかのようにぐっと力を込めて握りしめる。事実これは、私にとっての宣戦布告でもある。何に、あるいは誰に向けたものなのかは、私自身にもよくわからない。ずっと仲間外れにされ、人間扱いされず、無視され疎まれてきた私の人生そのものへの反骨……などというのは、大げさが過ぎるだろうか。けれど、今起きていることは私にとっては実際そのようなもの、ただの人生の縮図だ。わけのわからないままにわけのわからないルールに付き合わされ、一方的に押し付けられた恩恵を受け(外付け粗大ゴミの集合知と違いプリンセス・コロンは普通にいいカードなので同列に置くのは失礼極まりない話だが)、さも分かっているような顔した奴とさも物分かりいいですよみたいな面した奴の思い通りに世の中が動いて。あげく、その中で一方的に軽んじられて爪弾きにされて。嗚呼、嗚呼全く持って大したものだ。
だからこそ、ここで私は勝つ。こんなところで一勝をあげて何かが変わるとも思えないけれど、アリババの想定通りに一敗していては間違いなく何も変わらない。だからまずは、ここからだ。
「コロン!ティラス!ライトドラゴン!3体のモンスターを……リンクマーカーに、セット!」
「エクシーズモンスター3体のリンク召喚……!」
「今気が付いても、遅い!」
ライノセイバー?ランドオルス?なるほど、確かに(物理的に)大型の(物理的に)重量級モンスターだろう。だけど私の一手はそれよりもさらに大きく、重く、硬い。圧倒的な質量が、分厚い重金属のアームが、無限のエネルギーの元で半永久的に推進力を生み出す機構が。その全てが私の前に広がるあらゆる理不尽を、邪魔を、悪意を、無関心を、ぶち壊すべく駆動する。
「―――――無限起動要塞メガトンゲイル!」
無限起動要塞メガトンゲイル 攻4000
「……1枚ドロー。本当にやるね、平間さん……!」
「今更?メガトンゲイルの効果、発動」
メガトンゲイルのアームが伸びて、本来はかなりの重量があるであろうランドオルスの体を軽々と爪で摘まんで持ち上げる。こうなればもはや、あの手札に魔法カードがあろうがなかろうが関係ない。メガトンゲイルの馬鹿ほど重い召喚条件に見合った性能は、単にランク3としては破格の打点だけではない。
「エクシーズモンスター以外のモンスター効果を受け付けない、と。確かに、いくら書いてあることが強くてもシンクロのランドオルスじゃどうにもならないわね」
台詞を盗られたのはなんだか口惜しいけれど、どうせ有馬もメガトンゲイルの効果ぐらいは把握しているだろう。その巨体の中央部、内部への扉に無造作に岩石の亀が放り込まれ、シャッターが閉じたかと思えばすぐにまた開く。ただし中から出てきたのはランドオルスではない、私のカードだ。
始祖の守護者ティラス 攻2600(1)
「私のティラスを蘇生。それと、相手のカード1枚をそのエクシーズ素材に」
「結構、頑張ったつもりだったんだけどなー……甘く見たつもりはなかったけど、ひっくり返されちゃったか」
「そうね。バトルフェイズ、ティラス。そしてメガトンゲイル」
メガトンゲイルは強大な耐性と効果を持つ変わり、それを使用したターンに相手が受けるダメージが半減するというデメリットを持つ。あとほんの少しダメージを出せればそれでもよかったのだけれど、ここでも再序盤の攻防でダメージを与えそびれたことが響く。
とはいえそれでも、圧倒的な存在感の重機と大剣を手にした天使の一撃だ。実際に怪我をするわけではないけれど、多少なりとも先ほどいいようににやられたことによる留飲は下がった。
始祖の守護者ティラス 攻2600→有馬(直接攻撃)
有馬 LP4000→2700
無限起動要塞メガトンゲイル 攻4000→有馬(直接攻撃)
有馬 LP2700→700
「バトルフェイズ終了時、ティラスの追撃」
深々と有馬を切り裂いたティラスが再びその剣を振り、光の軌跡が走る。とはいえ狙いは有馬本人ではなく、彼の場で地味ながらにアドバンテージを稼ぎ続けていたあの1枚だ。
「切り裂かれし闇、破壊」
「あっちゃあ……」
自身が戦闘を行ったバトルフェイズ終了時、ティラスは場のカード1枚を破壊できる。ずっとドローを稼ぎ戦闘を牽制してきた厄介な永続魔法をようやく除去することができ、ほっと一息つく。
「ターンエンド」
ただし、そんなティラスもいいことばかりではない。エンドフェイズごとに強制で処理される、自身のエクシーズ素材1つを特に意味もなく消費する効果。せっかく再利用困難な場所に奪ったランドオルスのカードが、早くも本来の持ち主である有馬の墓地へと戻っていく。
やれることは、すべてやった。確かに有馬の手札はすっかり多くなってしまったが、仮にそれを駆使してこの2体が突破されたとしても、まだ私の手札には奥の手としてトラゴエディアのカードが残っている。とにかく、メガトンゲイルの耐性とこのトラゴエディアを使いこのターンを生き延びることだ。それさえできれば、後のことはその時になってからどうにでもできる。
「僕のターン……さて」
カードを持つ手に、思わず力がこもる。さあ、どんな手を取ってくる?こちらの準備は万全だ、来るならばかかってくるといい。私が受け止め切れる範囲で。
「カードを伏せてターンエンド」
「え?」
私も、どんな手で来ようともそれなりの覚悟はしているつもりだった。耐性と打点で耐え、それでも駄目ならトラゴエディアでさらに耐える。ある程度は戦闘をこなすことになるだろうと、腹に力を入れていたというのに。メガトンゲイルを前にして、カードをたった1枚伏せただけでターンエンド?あれだけ手札があってこの程度では、あまりにもお粗末が過ぎるではないか。思わずその顔をじっと見つめるも、邪気のない表情でにこにこと笑っているだけで何ら抵抗の意思は読み取れない。本当にこれで終わりだというのならば肩透かしにもほどがある、私の緊張を返してほしい。
とはいえ、無論最後まで手を抜きはしない。なんだかなあとは思うけれど、なぜか素直に喜ぶ気にはなれないけれど、ともあれ最後まできっちり詰めて終わらせよう。
「ドロー、メガトンゲイルの効果」
下手に動いて何かトラップに引っかかってもつまらないため、余計なことは一切やらずにメインフェイズへとさっさと移行しメガトンゲイルに繋ぐ。再び巨大な鋼鉄のアームが伸び、有馬の場に唯一残されていた伏せカードを先ほどのランドオルスのように格納する。そして開いたシャッターから現れたのは、当然このカードしかないわけで。
プリンセス・コロン 守2200(1)
「このままバトル……」
フェイズ、とは、とうとう最後まで言い切れなかった。そこには、巨大な鉄の獣が立っていたからだ。メガトンゲイルに比べればはるかにちっぽけな、しかし疑いようもなく目の前にいる。人間など簡単に骨も残さず吹き飛ばせるであろう、全身から伸びた火器の放つ存在感。
そして何より忌々しいことに、私はこのモンスターのビジュアルについてつい先ほども見た覚えがある。
「しまっ……」
「チェーンして通常トラップ、
ああ、そうだ。またしても、私の視界は狭まっていた。デュエルに勝利する方法は、馬鹿正直に相手モンスターを片付け(たまに片付けなかったりもする)て、モンスターの攻撃を通しライフを奪うだけじゃない。わかっていたはずなのに、今朝のデュエルも見ていたのに、それでもなお無意識のうちに思考から追いやっていた、十分にありうる可能性。
「―――――起爆獣ヴァルカノン」
起爆獣ヴァルカノン 攻2300
だが今朝見た時とは違い、私にこの効果を止めるすべはない。ヴァルカノンの外装甲が赤熱し、凄まじい勢いで直進してティラスの体をその腕で締めあげる。この行動の狙いはそのまま握り潰すのではなく確実に距離を詰めたうえで回避を許さないこと。
「ヴァルカノンの融合召喚時に相手モンスターを対象にとり……って、平間さんはもう聞いてたっけか」
ああ、確かにその通りだとも。全く大した記憶力だ、はなまる描いてあげましょう。ヴァルカノン自身とその相手モンスターを破壊、さらにその攻撃力分のダメージを私は一方的に受ける。そしてティラスの破壊耐性は、エクシーズ素材を持たない今は適用されない。この自爆も、ダメージも、どうあがいても止められない。
「はぁー……」
諦めのため息が口をついた瞬間を待っていたかのように、ヴァルカノンを中心としてかっと眩しい光が弾けた。せっかく戦闘に強いプリンセス・コロンを手に入れたというのに、まさか実質のデビュー戦が結果的に効果ダメージだけで削りきられるとは。
しかし、不思議と心の中は落ち着いていた。先のターン、唯一の反撃のチャンスに大暴れできたことで、多少は気分がマシになっていたのかもしれない。あるいはアラビアが言っていたように、これがプリンセス・コロンを通じて私の精神が成熟しつつある感覚なのだろうか。
平間 LP2500→0
「はーい、お疲れさま。さて、どうだったかしら……なんて、聞く必要もなさそうね。君、今だいぶいい顔してるわよ」
「……そう」
実際に、憑き物が落ちたような気分であることは否定できなかった。先ほどまで何をあんなに情緒不安定になっていたのかと、考えてみればひどい話ではあるがつい30分ほど前の自分自身の思考回路がもはや自分でもよくわからない。
ただ、今は大暴れしてスッキリしているだけで、またしばらくすればいつもの勘癪も返ってくるのだろう。直したい気もなくはないが、もうそれが私だと半ば諦めも入っている。そもそも、どうせ私に話しかけるような変人なんてこの男かこの女か、後はまあどっかのチャラ男のように私の顔も知らない脳と下半身が直結したような奴くらいのものだろうから実害も少ないし。
「役に立てたなら、僕もよかったよ。楽しかったよ、平間さん」
「次は勝つ。私が」
とことこ寄ってきた有馬にそれだけ言い放つと、あははと小さく苦笑される。差し出された手をこちらから取るのは、まだ私にはハードルが高い。なにせこちらは10年以上にわたりずっと1人で拗らせ続けたぼっち、あまり人並みの行動が取れるなどと思ってもらっては困る。
「さて、2人とも。じゃあ、お話の続きは簡潔にいきましょうか。『扉』と『鍵』っていうのは―――――」
今なら私にも話が通じる(ここで自分で分析して情けなくなってきた。私は狂犬か何か……まあ似たり寄ったりではあったか)と踏んだのか、一気に確信に切り込むような話を前置きすら無しで語り始めるアラビア。私も有馬も慌ててそちらに向き直り、神妙な態度で次の言葉を待つ。
「―――――簡単に言えば、君たちにある先天的な素質。どんな荒唐無稽なものであっても、おとぎ話の世界でも。君たちの素質が出会うことで、ふたりでひとつ、一生にひとつだけ、どんな願いをでも叶える力が生まれるの。そして私は、そのことを伝える案内人。それとも図書館風に、司書っていう方が通りがいいのかしら」
厳かに口にするアラビアの瞳は、片眼鏡の奥でいたって真剣な色を湛えていて。そしてこれが彼女が口にしていたこの場所の特性によるものなのか、ちょっとでも冷静に考えればこんな寝言か世迷い事か、はたまた違法な薬でもキメたのかと言いたくなるようなその言葉がまぎれもない真実であるという理由のない実感が心の奥底から湧いてきて茶化す気にもなれず。
真っ先に沈黙を破ったのは、意外にも有馬だった。
「願いを叶える?じゃあ、例えば世界平和とかって言えば……?」
いや世界平和て。願いを一つ叶える力で、真っ先に出てくるのがそれって。ほんっっとにどこまでお手手繋いでらんらららんなお花畑で生きてるんだろうかこの男。せめて現金とかレアカードとか、もうちょっとこう即物的な願いはないのだろうか。
ま、私ならそんなつまらない真似はしないのだが。お約束ではあるけれど、この手の話題で決まって出てくる願いから入らせてもらおう。
「もちろん、それもできるわよ。あらゆる兵器の消滅、紛争原因の突発的でご都合主義な解決、各国政府間のパワーバランスの完全平等化……どう理屈付けられるかはともかく、君たちが本当にそれを願えば当然叶うわ。けどね」
できるのか、とその即答っぷりにそれはそれでちょっと引いていたところで、アラビアの片眼鏡の奥に見える目が急に私を捉える。思わずたじろぐ私の目をなおも正面から見据え、ゆっくりと首を横に振った。よくわからないが失礼な。
「少なくとも今のままじゃ無理ね。言ったでしょう、叶う願いはふたりでひとつ。君たちが心から同じ願いを望んだ時に、そのひとつだけが叶う。誰が決めたかいつからあるのか、私にすら理解はできないけれど。でも、これは絶対不変のそういうルールなの……叶える願いの数を増やせ、も無理だから」
バレてた。
「とりあえずはこんなところかしら?よく考えなさい、どうせまだまだ時間はたっぷりあるし、なにもこの場で決めなくちゃいけないわけじゃないんだから。それじゃ、私からは最後にこれを渡しておくわね」
微笑みながらそう言って近くの本棚から本を一冊抜き取り、パラパラとページをめくって金色の鍵をその中から取り出す。こんなことができるのも、この世界が何でもありだからということだろう。けれどひょいと投げられたそれは、私たちの手の中で確かな金属のひんやりとした存在感があった。
「もう勘付いてたみたいだけど、君たちの体が触れ合うことでここに来るための扉は開く。これは『扉』と『鍵』に与えられるちょっとした特典みたいなものね。でも毎回それだと思春期の男女には刺激が強いものね、色々と大変でしょう?そんな時は、その鍵を使いなさい。自分の部屋、学校の教室、お店の倉庫……どんな扉でもいいからその鍵を鍵穴に挿せば、開いた先はこの図書館になるわ」
単純に疲れたのもあって、もうひとつひとつ突っ込む気にもなれない。制服のポケットに突っ込んだところで、次第にあたりの風景に白い靄がかかってきていることに気が付いた。意識しだすとそれはどんどん加速していき、アラビアの顔すらも徐々にぼやけて見えなくなっていく。
「これから学校だったでしょう?まずは学生の本分を頑張りなさいね。それじゃあ、待ってるわよ」
その言葉を最後に、完全に視界は閉ざされた。
3話目にしてようやく、話の大筋らしきものの輪郭がまあちょっと見えてこないような気がしなくもない…ような。
言い訳ばかりが長々と続きましたが、まだ付いてきてくださる貴重な読者の皆様はよいお年を。