霧が晴れた時には、また元の路地にいて。図書館にいるうちは時間が経過しない、という感覚にはまだ慣れないまま、それでもその前の有馬のデュエルが響いたせいで学校につく頃にはすっかり遅刻寸前だった。逆に言えば図書館内での時間が正しくこちらに反映されていれば余裕の大遅刻だったわけだから、そこは素直に助かったと言っておこう。
が、しかし、だ。普段私は、割とクラスの中でも早い時間、決して一番ではないけれど上位10人には入る程度のタイミングで出席している。理由は単純、その方が余計な悪目立ちをせずに済むし、何より先に教室に入って自分の陣地、わかりやすく言えば私の席に自分の存在を確保することで多少なりとも精神に余裕が持てるからだ。もう完成しているコミュニティに後から私のような異物が入っていくのは、まあ居心地が悪い。中身が空の水槽に石をぶち込んでから水を入れれば水没した石になるだけだが、先に水を張ってから石を投げこめば無用な波乱が起きる。そういうことだ。私だって、自分の立ち位置はわきまえている。それを守るかどうかは時と場合によるわけだが、少なくとも常日頃から誰彼構わず突っかかっていては私はもっと早々に心が擦り切れへし折れていただろう。
さて、自己分析の真似事はここまでにして。問題は、そんな普段の私の涙ぐましい努力と密やかで細やかな気遣いがこの場合完全に裏目に出ているということだ。
……まだ分かりづらいだろうか。ならもっと別の表現をしよう。普段の扱いからして服を着た珍獣、二足歩行する病原菌。それが私だ。無視はしたいが、いや無視したいからこそ今どこにいるかを常に把握しておきたいようなそれが、なぜか今日に限ってどこにもいない。個人情報保護プロテクトに引っかからない範囲で集合知に尋ねようにも、私の数少ない外見的特徴はせいぜいこの茶髪のポニテぐらいのもので、とてもではないがそこからの特定は厳しい。で、いつまでも主のいない私の席を何度か横目で窺っては誰も直接口にはしないものの加速度的に高まっていったであろう疑問、あの女はどこにいる。それが頂点に達したホームルーム開始寸前、渦中の私が教室にポンと現れた。
「「「………!」」」
「……」
一歩足を踏み入れた瞬間、教室の空気ががらりと変わったのが嫌でも理解できた。扉を開ける直前まで、私の不在という爆弾を誰もが意識しながら決してそこには触れず努めて『平常』を保とうとする無様でうすら寒い、そして極めて人間らしい談笑が支配していた四角い教室。その偽りの平穏が破られたことで四方から視線が一斉に突き刺さり、見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりの態度ですぐさまそれらがぎこちなく四方に逸らされる。
奇妙な緊張感に包まれた中で窓際の一番後ろ、ぽっかりと空いた私の席へと真っすぐに歩き出す。とりあえずあの位置にさえ辿り着けば、完全とは言わなくともこの空気も少しは落ち着くだろう。
色々と異常事態にはなっているけれど、それでも平穏を求める人間の修正力によってどうにか辛うじていつもの日常に戻りつつあった風景。しかしそれを見事なまでにぶち壊す能天気な声が、私の通ってきた扉から飛び込んでくる。
「あーぶない危ない、おっはよう、ございまーす……!」
息を切らしながらも開けっ放しの扉から顔を出す有馬に視線が一気に吸い寄せられ、注目を浴びなくなったことでぐっと私の居心地がよろしくなる。よしよし、後で気が向けば褒めてしんぜよう。
「ふー……間に合ったね、平間さん」
などとわずかにでも思ったことが間違いだった。ああ、こんの何も考えてない万年脳内晴れ男の腹立つのほほん顔よ。視線に温度があるのなら、四方から突き刺さるそれは一本一本が氷点下を優に下回っていただろう。普段はぎりぎり雪が積もらない程度なので、あからさまに体感が低い。確かに事前に示し合わせなかった私も悪いが、普通言わずともわかるだろう、なんかこう、私の扱い的に。有馬がこのクラス自体に慣れておらず、など理由にもなりはしない。私は集合知に見捨てられた女、有馬本人の感覚が世間ずれしているのはこのわずかな間にも嫌というほどよくわかったが、直す気がないならせめてその自覚ぐらいは持っていてほしい。というか持て。今すぐ。
「え、えっと……あれ?」
氷点下なんて目ではない、分子凍結クラスの視線を全力で叩きこむ。目からビームを放てないことを、これほどまでに惜しいと思った日はなかった。幸いにもそこで始業のチャイムが鳴ったことでその場での追及は免れたものの、これから乱されるであろう私の平穏を思えばああ、朝っぱらから気分が重い。
それとどうでもいいが、やっぱりこの男わざと息が切れたふりをしていたな。薄々そんな気はしていたが、それに何の意味があるのやら。これは人間観察に長けた私の目で、しかも視線を一切逸らさずにたっぷりと有馬のことを睨みつけていたからこそ気づけたようなもので、他のクラスメイト達にはまあ無理だろう。彼ら彼女らの世界は、私と違ってあまりにも開かれすぎているのだから。何かやらかしたと(あまりにも遅くはあれど)察した瞬間からぴたりと呼吸が落ち着いているあたり、最初から堪えてもいなければ本気で走ってもいなかったんだろう。その体力の半分でいいから周りを見るための視力に回せ。
「なんだお前らー、ホームルーム始めるから座っとけよー」
ようやく現れた教師の声に押されるように、大量に注がれていたはち切れそうな好奇と奇異の視線がひとつまたひとつと外れていく。表面上だけでも戻ってきた一時の平穏に、すでに一日分どころかひと月分ぐらいがまとめて押し寄せてきた疲労感に机の上に突っ伏して溺れたい誘惑と戦うのだった。
……ええいその捨てられた子犬みたいな目線を止めろ、元はといえば全部お前のせいなんだぞわかってるのか有馬。
そこからの午前中は、正直もう何があったのかまともに頭に入らなかった。それはそうだろう、授業の間中ちらちらちらちらちらちらちらちら。左奥の私に向かって右から前から斜めから、クラス中から隙を見ては一体あの転校生と何があったのかと好奇に満ちた視線が注がれ……そうかと思えば私が気づいていることに気が付いたのかすぐに外され、そしてまたおずおずと向けられる。私の機嫌などお構いなしな動物園の珍獣を見る目はいつものことと言えなくもないが、それでもいつもは私が大人しくしていることもあってかもう少し控えめなのだが。もし見物料でも設定すれば、さもいい小遣いになっただろう。ちゃんと払うような甲斐性のあるやつがいれば、の話だけれども。
そして午前の授業も終わり、いよいよ昼休み。合間合間の放課にはまだ私に直接話しかけることへの怯えが上回っていたのか遠巻きにじろじろ見られるぐらいで実害はなかったが、さすがにこの時点まで来ると好奇心の方がわずかに上回ったらしい。
……いや、それともこれは困惑混じりの敵意や拒絶、だろうか。私の机の前にぎゅっと拳を握りしめてやってきた、数名のいつもグループを組んでいる仲良しこよしの女子。表情こそまちまちではあるものの一様に浮かんでいるそんな感情に、思わず口の端を歪めて小さく笑う。おっと、どうやらそれが神経を逆撫でしてしまったようだ。しかし文句のひとつ付けに来るのにもいちいち群れなきゃやってられないとは、これを笑わず何を笑おう。窓の外で今日も景観を損ないながらそびえ立つ集合知殿に視線を向けてから、座ったままゆっくりとこちらを見下ろす視線に私のそれをかち合わせてやる。ほら、これだけでもう怯んだ。人のことは散々安全圏から見下して、ちょっと自分が意識されるとすぐこれだ。
「……っ、平間遊雪さん、貴女にひとつお聞きしたいことがあります」
「なに?」
とはいえ、お互いに何の用でスクールカーストでも上の方であろうグループのリーダーがこの私なんかにわざわざ話しかけてくださっているのかはわかっている。わかってはいるが、質問の態度が気に食わなければいちいち群れてくるのも気に食わない。私は主にお前たちのせいで人間慣れしていないんだから、あんまり人が多いと気後れだってするし言葉もうまく出なくなるのに。
それとあらかじめ授業中に示し合わせてあったのか、有馬が教室から昼飯に誘い出され、またそれに何の疑問も抱かずホイホイ付いていったのを見送ったとたんにというのもどうかと思う。せっかく聞かれたくない話なら何かの拍子に戻ってきたらどうするつもりなのだろう、というのは大きなお世話だろうか。
「じゃあ言わせていただきます。貴女、有馬さんとはどういうお知り合いなんですっ!」
「……」
「な、なんとか言ったらどうですか!」
ま、想定内想定内。どうせこんなことを聞かれるんだろうなあという予想のど真ん中、直球150キロのストレートが飛んできた。
ただ問題として、想定はしていたけどどう答えるかについてはなにひとつ考えていなかっただけで。
いやいやでもでも、これに関しては私ばっかりが悪いわけではないと信じたい。だって、私自身有馬とどんな関係かがよくわからない。あのお節介はわざわざ顔も名前も知らない私に極めてどうでもいい燃えるゴミ、プリントという名の紙切れ1枚渡すためだけに追いかけてきて、それだけでもうファンタジー世界の住人に片足突っ込んでるようなものなのに、そこから日常に戻るどころかトンチキっぷりはさらに急加速して。時間の経過しない図書館、何でも知った風のくせに言葉の足りないアラビア、プリンセス・コロンになった白紙のカード、『扉』と『鍵』……いや、やっぱこれは無理だろう。ついに私の頭がこの集合知に見捨てられた体質よろしくおかしくなったのか、ようやくどこかで恐れ期待していた通りのことが起きたのか、と。そうなるのがオチだ。
「……」
「な、なんですかもう!何か言えないような話でもあるんです!?」
とっくり考え込んでいると、それがかえってまずかったらしい。なんでもいいからとにかく返事するか、せめてその姿勢を見せた方がよかったのだろうか?でもあまり適当に唸っているだけだとそれはそれで馬鹿にされているとか思われそうだし、この辺の匙加減は本当にわからない。
嗚呼、しかし困ってしまった。別に私は、名前も覚えていない彼女に意地悪したいわけではない。ただただ心底本当に、なんと言えばまだマシな目で見られるのかわからなくて困っているだけなのに。犬の警官でもヤギの郵便でもいいから、何かいい手を教えてくれないだろうか。ちょっと助けて集合知、ええ無視ですねそうですね。などと現実逃避している間にも、リアルタイムで相手の感情は悪くなっていく。
と、そこでリーダーの彼女と一緒にやってきたはいいが、これまで特に何もしなかった取り巻きの1人が動いた。もう私だけじゃ手に負えないのでこの状況が動くのならば何でもいいからやってみてくれ、そんな思いで黙って見ていると、リーダーの耳元に口を寄せて何事か囁き、さらにその手に何かを握らせる。最後に私に意味深な視線を向けてからすっと人並みの後ろに下がっていくと、まだ座ったままの私の視界からその女は完全に見えなくなった。
「えぇ……?」
何しに来たんだあの女、でも例によって顔も名前も覚えがないから具体的な悪口が言えないのが惜しい。だが少なくともその言葉は、リーダーの彼女の激昂を多少なりとも落ち着かせる役には立ったらしい。いや、それとも怒りを余計に煽って一周回った結果落ち着いたように見えただけか。
「わかりました、ならこちらにも考えがあります。そこの貴女、すみませんが私のあれを持ってくださいます?」
「は、はいっ!わかりました、
すっかり据わってしまった目と、先ほどまでとは違う高いなりにドスの効いた声で取り巻きの1人に何かを頼むリーダー改め神。神?ああ、そう言えばそんな名前のクラスメイトがいたような気も……いややっぱいなかった気も……いや、現に目の前にいる以上いるんだろうけど。そして取り巻きが恭しく持ってきたものは、意外と言うべきかそんな気はしたと言うべきか。冷静になってこれまでの会話の流れを考えてみればだいぶおかしな話ではあるけれど、あまり違和感がなかった辺り私自身どこかでこうなる予感はしていたのかもしれない。
「デュエルディスク?」
「ええ。聞けば貴女も、一人前にご自分のデッキは持っていらっしゃるのでしょう?ならば、勝者の言葉に価値を含ませるべき。そうは思いません?」
周りの取り巻きの目線から察するに思いません、とか答えたらまた面倒臭いことになるんだろうなあとひしひしと感じながら、小さく頷いておく。しかし、デュエルか。別に話したくないわけではなく話し方がわからないだけなのだが、ここまで来たらどれほど口がうまくとも言い逃れるのは無理だろう。まして、当事者はよりにもよって人間との会話というもの自体がまだ慣れていない私だ。諦めて立ち上がり、おおむね私と同じ身長の神を相手にやっと正面から視線を合わせる。
「わかった。どこでやるの?」
「教室では狭すぎますからね。空いている場所ですと、体育館ならいかがです?」
「そ」
同意してからふと、一応は関係のある話だし有馬にも、せめて体育館にいることくらいは伝えた方がいいような気もした。したが、その発想はすぐに頭から追い払う。別に、そんな面倒なことするまでもないだろう。
それにこれはどちらかといえば、私自身の問題だ。本当のことを正直に話して虚言癖か妄想癖のあるスカポンタン扱いされたくなければ、ここで勝て。極めて理不尽でいい迷惑な話ではあるが、要点だけ抜き出せば大っ変わかりやすい。途中で逃げ出すのを防止しようというのか私の周りを遠巻きに囲んで歩く神の取り巻きたちと共にぞろぞろと廊下を歩きながら、持ち出したデュエルディスクを腕に装着する。
そうして辿り着いた体育館はなるほどまだ昼休みも始まったばかり、食事中なのか部活の自主練をする生徒の姿もない。それでもわざわざステージの上へと一切の迷いなく登ってその中央で堂々と腕を組む神の姿にはつい正気か?と尋ねたくなった。あんまり堂々とさも当然のようにそこまで行くもんだから、こっちも何ひとつ反応できなかったぞ。無論私はそんな悪目立ちする真似したくないので、大人しくアリーナから見上げる構図になって構える。どうせそうだろうとは思っていたが、それでも彼女は降りてくる気はないらしい。特に意味のない高低差の下、私の立場が現状維持かこれ以上悪くなるかの二択しかないデュエルが始まった。
「「デュエル!」」
「先攻は私が頂きます。この手札でしたら、そうですね。ハンマー・シャークを通常召喚し、さらにそのモンスター効果を発動します」
ハンマー・シャーク 攻1700 ☆4→3
極氷獣 ポーラ・ペンギン 守1000
ハンマー・シャークは、確か自身のレベルを1つ下げることでレベル3以下の水属性モンスター1体を特殊召喚できるカードだったはずだ。ちゃんと神の手札が1枚減っているところを見ても、その認識で間違いないだろう。そして隣に並んだあの丸っこいペンギンは、レベル3のチューナーモンスター。となれば次はシンクロか、それとも。
「レベル3のモンスター2体で、オーバーレイ」
まずはエクシーズ、か。私にエクシーズ対決を挑むその蛮勇は、後々たっぷりと後悔してもらおう。
「―――――
「フォーチュンチュン?また珍しい」
体育館をぐるりと飛び回ってステージに着地したのは、小さな木の枝を咥えた幸運の青い小鳥。ランク3は私も正直あまり詳しくはないとはいえ、少なくともあまり見ないカードではある。けれど、私のデッキにとってはそれなりに厄介であることも間違いない。
No.49 秘鳥フォーチュンチュン 守900(2)
「さらにカードを3枚伏せ、ターンエンドします」
「私のターン」
フォーチュンチュンの効果は3つ。まず1つが、エクシーズ素材を持つ限り永続的に適用される対象耐性。ではその耐性を消すためにどうエクシーズ素材をなくしていくのかといえば、シンプルに破壊すればいい。あの鳥は戦闘、効果を問わず、自身の破壊に対する身代わりとしてエクシーズ素材1つを消費する。つまり、この時点で最低でも3度の破壊が必須となる。これが、基本的に持久戦を得意とする私のデッキにはなかなか厳しい。ならば放置するのもひとつの手だが、そうも言っていられないのが第3の効果、プレイヤーのスタンバイフェイズごとに発生する500回復だ。わずか500といってしまえばそれまでだが、こちらが処理にもたついているうちにその数値はぐんぐん膨れ上がり、その裏で次の戦術を整える時間を稼がせてしまう。そもそも先攻を取っておいてあの鳥1体と伏せ1枚だけでターンを渡してくるあたり、目的はどう考えてもキーカードが手元に整うまでの時間稼ぎだろう。ちなみにあの鳥には一応まだもうひとつ効果があるが、それは今のところ考えなくていいから無視。
無理をしてでも動きに行くか、回復は割り切ってこちらもどっしり構えるか。どちらも一長一短だからどうしようか、でも3枚も伏せがあるし……と、そこで私の体が結論を出した。もう少しわかりやすく、かつデリカシーを無視して言えばお腹が鳴った。幸いにも誰にもその音は聞かれなかったようだけども、それでもうら若き乙女としては顔が火照るのを止められない。とはいえそれはそうだろう、こんなところに連れられてきてはいるが今は本来昼休みなのだ。よし決めた、私の昼食のためにここは攻め込もう。
「永続魔法、人形の幸福。発動時の効果で、デッキからおもちゃ箱を手札に。通常召喚」
おもちゃ箱 攻0
可愛いリボンで包装された白い箱の中で、今日も私の大事なおもちゃ達が息を潜めてその出番を待つ息遣いが聞こえる、ような気がする。無論人形の幸福の効果を使えば、わざわざ通常召喚などせずとも手札に加えたこのおもちゃ箱をそのまま破壊できた。しかし、それでは回数が足りない。そこで私は、こういう手を使う。
「通常魔法、ブラック・ホール」
「秘鳥フォーチュンチュンの効果で、エクシーズ素材のポーラ・ペンギンを……いえ。効果は使いません」
「破壊耐性、使わないの?」
「ええ、せっかくの機会ですから。代わりに通常罠、
「へえ。いい度胸」
耐性を1回分引き剥がせばそれでいい、くらいのつもりだったのだが、まさかみすみすあの硬い壁を破壊させてくれるとは。確かに2枚ドローは魅力的だろうが、今は私のターン。その恩恵は、こちらの方がどう考えても上だろう。
「なら有難く。でも、まずはおもちゃ箱が破壊され墓地に送られたことで、攻守どちらかが0の通常モンスター2体が出てくる」
思わぬドローを挟みつつもきっちり仕事をこなした、シンプルかつ分かりやすいフィールドのモンスターを更地にする通常魔法。広い体育館を丸ごと黒く塗りつぶすほどの闇が広がり、その中央へとおもちゃ箱の蓋が、そして懸命に羽ばたく小鳥が吹き飛んでいく。闇は始まった時と同じく唐突に消えていき、後に残されたのは蓋をなくしたおもちゃ箱ただ1つ。そこから飛び出た今回のおもちゃは、女の子の人形とおとこのこのぬいぐるみ。
ドール・モンスター ガールちゃん 守0
ゾンビーノ 守0
「全モンスターが2体以上存在するとき、このカードは特殊召喚できる」
「魔法使い族が存在するとき、このカードは特殊召喚できる」
デーモン・イーター 攻1500
2つの人形が出たことで、空になったはずのおもちゃ箱。しかしなおも中身の詰まったその中から遅れて飛び出てきたのは胡散臭いデザインの帽子とメガネ、手袋の3点セットに悪魔の翼を生やしたげっ歯類のモフモフとしたぬいぐるみ。やや前のめりなのは否めないが、これは私の昼食を邪魔した報いだ。それに、確かに伏せカードは気になるもののあれだけ防戦一方な布陣しか組めなかった相手を前にここで攻めずしていつ攻める。
「ハットトリッカーとデーモン・イーター、ゾンビーノとガールちゃんでオーバーレイ」
4体のモンスターのレベルは、全て4。そのうち2体ずつを利用して、呼び出すのはこの2体。決して目を見張るようなカードパワーがあるわけではないけれど、私には頼もしい仲間たち。
ライトドラゴン@イグニスター 攻2300(2)
ダイガスタ・エメラル 攻1800(2)
「その2体……なるほど、読めましたわよ貴女の」
「後でね。通常魔法、エクシーズ・ギフト。ライトドラゴンとエメラルのエクシーズ素材1つずつを取り除き、2枚ドロー」
長台詞の気配を察して強制的にぶった切り、エクシーズモンスターが2体並んだことで条件を満たした魔法を発動する。『聞いてあげなくていいのかな?』という顔をして首を傾げ顔を見合わせたようにも見えた金色の竜と翠緑の戦士だったが、大人しく私の指示に従い自身の周りを浮遊していた球体をそれぞれ1つずつ消費する。いいのいいの、放っておけば。どうせ私の話はどんな時でも聞く耳すら持たなかったような奴らだ、私にも同じことをする権利はある。
「ん~……、もう!聞きなさい!」
ライトドラゴン@イグニスター(2)→(1)
ダイガスタ・エメラル(2)→(1)
更なる追加ドローで、私の手札がより一層潤う。でも、私の狙いはまだこれだけではない。そのために、わざわざこのエメラルにもご登場願ったのだ。
「そのままダイガスタ・エメラルの効果。エクシーズ素材1つを使い、墓地の効果を持たないモンスター1体を蘇生」
ダイガスタ・エメラル(1)→(0)
ゾンビーノ 攻2000
場に戻ってきたデフォルメされたゾンビの人形がつぎはぎだらけの両足で、自らの頭に刺さっていた斧を手に持ち直しながらぎこちなく立ち上がる。何かをするための時間を稼ぎたいというのなら、それよりも先に叩き潰すのが一番手っ取り早い。私の昼食のためにも。
「一昨日出直してきて。バトルフェイズ、ダイガスタ・エメラルで攻撃」
「ぐぬぬ……!」
ダイガスタ・エメラル 攻1800→神(直接攻撃)
神 LP4000→2200
「ライトドラゴン、ゾンビーノ」
盾を構えての突撃が先陣を切り、開いた活路に投げつけられた金色のブレスと斧が乱れ飛ぶ。はい終わり、ご飯ごはん。
と、いけばこちらとしても楽でよかったのだが。この私を取り囲む取り巻きたちの態度は、これだけリーダーが追い込まれていても一向に変わっていない。先ほどから品性を疑う茶々や下劣なガヤのひとつも入れずただ私を逃がさないためだけに姿勢正しく囲っているところから見ても、集団としてかなり統率されていることは疑いようもない……この取り巻きたちとは逆に集団からハブられ続けた私だから、その辺は余計によくわかる。こいつらと私は、最初から住む世界が違う。
だが、いくら世界が違っていても見えてしまうものもある。この態度の根底にあるのは、あの神リーダーに対する信頼。まだ私の勝利で終わらせてはくれないとの、確信めいた予兆。
「……ひとつ、謝罪を行わせていただきます。それは、貴女の実力を過少に見積もっていたことについてです。もうお察しかとは思いますが、私が秘鳥フォーチュンチュンに託した仕事はひとえに『私に次のターンを与えること』。とはいえノーダメージで十分凌げるだろうし、あれで十分というつもりでした。ですが、貴女はそんな想定を超えてこの1ターンで……」
「長い。もっと短く」
「そ、そんなぁ!?もうちょっと語らせてください!」
もうちょっと簡潔に喋れないのだろうか、この委員長とお嬢様を足して2で割ったような人は。実際どうだかは知らないけど。
いや、待てよ。委員……お嬢……よし、委員嬢、というのはどうだろうか。これは私、隠されたネーミングセンスという才能が突如として目覚めたりとかしていないだろうか。我ながらここまでセンスがいいと逆に本人には教えてやる義理もない仇名がめでたく決まったところで、思い切り咳払いしてたった今止めたにもかかわらずめげずに滔々と続いていた想定を超えて自分にダメージを与えたことへの感嘆や本来このカードは別の用途に使うつもりだったのだがこれを切らざるを得ない驚愕、しかし自分もこのまま敗北するつもりはないというお気持ち表明を改めてぶった切る。このまま放っておけば、本当に演説だけで昼休みが終わりかねなかったのだ。
「うぅ……これからが喉の調子が出てきていよいよでしたのに」
「デュエル。もうしないの?」
「わ、わかっております!私は伏せカードの通常罠、エクシーズ・リボーンを発動しました!墓地の秘鳥フォーチュンチュンを蘇らせ、このカードをエクシーズ素材として追加!これでよろしいですか、もう!」
「ん。攻撃だけしてバトルフェイズ終了」
ライトドラゴン@イグニスター 攻2300→No.49 秘鳥フォーチュンチュン 守900(1)→(0)
ゾンビーノ 攻2000→No.49 秘鳥フォーチュンチュン 守900(破壊)
口をとがらせ不平を垂れる委員嬢だが、そのプレイングは所詮群れている奴程度という第一印象では説明がつかない程度に的確なことは認めた方が良さそうだ。てっきり目先のドローに心奪われているから耐性持ちモンスターをあっさり退場させたのかと思いきや、エクシーズ・リボーンなんて伏兵もセットで忍ばせてあったとは。おかげで、このターンに勝ち切ることはどうやっても私のデッキでは不可能となった。
態度には出さずに心中の警戒レベルを少し上げ、改めて前のめりすぎる現在の布陣を眺めまわす。次に何をしてくるかわからない以上、こちらも本気で迎え撃つ必要があるか。
「装備魔法、ストーンヘンジ。攻撃力0のガールちゃんを蘇生、これを装備」
ドール・モンスター ガールちゃん 攻0
「ランク4のエメラルとライトドラゴン、レベル4のゾンビーノとガールちゃんでそれぞれオーバーレイ」
盤面を、くるくるとカードが回る。並べたおもちゃの布陣が、私の好みに書き換えられる。間に合わせで用意した後攻ワンキルのためだけの前のめりな矛から、本来の私のデッキの真価である最強の盾へ。
「―――――
FNo.0 未来皇ホープ 攻0(2)
プリンセス・コロン 守2200(2)
おもちゃ箱 守0
「プリンセス・コロンが場に出たことで、墓地のおもちゃ箱を蘇生。未来皇ホープを素材にオーバーレイ」
戦闘破壊されず戦闘ダメージも0に抑え込む細身な二刀流の剣士と、いつものお転婆お姫様。でも、まだだ。この布陣には、まだ続きがある。2頭を持つ剣士の姿が再び光となり、うってかわっての重装甲な鎧を身に纏う。希望の挑戦者は、私の前に立ちはだかる絶望を討つ力を手にし、今ここに希望の番人となる。主に変なのに目を付けられたとか有馬の馬鹿にいらんことされたとかお昼がどんどん遅くなるとか、そういうたぐいの絶望にだ。
「―――――FNo.0 未来龍皇ホープ」
FNo.0 未来龍皇ホープ 守2000(3)
「カードを伏せる。ターンエンド」
やれるだけのことは、すべてやった。果たして彼女の本来の狙いとやらは、仮に上手くいったとしてこの布陣を突破できるのだろうか?もっともこちらも、それをさせないためにここまで色々とやってきたのだけれど。
「私のターンですね。ですがドローする前、貴女のエンドフェイズにこの伏せカードを発動させて貰います。通常罠、メタバース!この効果によりフィールド魔法1枚、海を発動します」
「……どの?」
わざわざこう問うたのには訳がある。というのもこのゲーム、なんだかやたらと海が多い。海は広いな大きいなは結構なことだし世界の海がすべて繋がっている同一のものであるというのはぐうの音も出ない正論ではあるけれど、だったら無闇にバリエーションをつけるなと私は言いたい。
「失礼しました。忘却の都 レミューリア、発動させていただきます」
「ん」
最初からそう言って欲しい、そう言いかけたのをぐっと飲みこむと、体育館が瞬時にして白亜の神殿らしき建物の内部に張り替えられる。うん、悪くない。少なくとも、建築センスや美的感覚は日本の体育館よりこちらの方が優れている。
「ふふ、気に入っていただいたようで何よりです。では改めて、私のターンです。ド……」
「……?今度は何」
「あ……」
「あ?」
また何か演説でもかまそうというのか、ドロー、と言い切りもせずカードを引いた姿勢のままぴたりと止まる委員嬢。沈黙に馬鹿らしくなってマナー違反は承知の上で続きのプレイを催促すると、それは起きた。
なぜかはわからないが、何かが嫌な沈黙。そして。
「く……っ!?か、あ……!何、ですか、これ……!?」
具体的に何が起きたのかはわからない。でも、明らかに何かよからぬことが起きたのはわかった。先ほどからコロコロとよく動いていた表情は驚愕したようなそれが一面に浮かび、そのカードをどうにか遠ざけようとするかのように手を伸ばしたかと思えばみるみるうちにその両目からハイライトが消えていき、最後には糸の切れた人形のようにその場に両膝から崩れ落ちる。
「神さん!?」
そこに至って、これまで一切の邪魔をしてこなかった取り巻きたちにとっても、これは予想外の出来事だったらしい。当たり前だ、あんなの日常的にやるような女がいてたまるか。
「委員じょ……じゃない。彼女、持病もち?」
「い、いいえ!そんな話、誰も聞いたことありませんわ!」
なるほど、突然の発作の線も薄い、と。だがデュエルを中断させようとする私たちを止めたのは、ほかならぬ委員嬢自身だった。倒れた時と同じくこれまた不自然な、出来の悪いラジコンのようにカクカクとした動きで立ち上がり、完全に死んだ目で無表情に私と取り巻きたちを……いや、違うな。人の視線に対してはいやでも敏感になった私にはわかる。今の彼女が見ているのは、私ただ1人だけだ。心配そうにおろおろしている取り巻きたちのことは、視界にこそ入っているだろうが見てはいない。
「デュエルを。続けましょう。失礼しました」
一切の感情がこもっていない、まるで音だけを真似た機械翻訳のような声色。その内容も、明らかに異常なこの状況にはおおよそ似つかわしくない。どう考えても、今は呑気にカードゲームやってる場合じゃない。
けれどその言葉に対して、取り巻きたちも含めて誰も何も異を唱えられなかった。誰もが理屈ではなく本能で理解し、それを恐れたのだ。委員嬢……いや、目の前にいるのはそう私が勝手に命名した彼女ではない。誰だ、お前は?
「クレーンクレーンを通常召喚。効果発動」
「未来龍王の効果!」
クレーンクレーン 攻300
召喚成功時にレベル3モンスター1体を蘇生する下級モンスター。これを通せば、またランク3を出してくるのだろう。あるいはレベル6のシンクロか、リンク2か……しかし、召喚権を使った以上これを止めてしまえばこちらがかなり有利になる。先ほどのターンで使っていたモンスターを見る限り、彼女のデッキは水属性軸。レベル4ならいざ知らず、確かレベル3軸は初動を止められるのが弱点だったはずだ。未来龍王の妨害札をこんな早くに切ることは不安もあるが、それを差し引いてもここは止める価値がある。
FNo.0 未来龍王ホープ(3)→(2)
未来龍王はエクシーズ素材を1つ消費することで相手の発動したモンスター効果を無効とし、それがフィールド由来ならば追加でそのコントロールを得ることができる。だがその後半の処理はこちらの任意効果であるため、もし攻撃力300を押し付けるのが目の前の相手の真の狙いならば使わないのが正解だ。しかしその場合クレーンクレーン自体は当然あちらの手に残り、そのまま他のモンスターを出す方法があるのならば当然素材として使われる。この場合、どちらが正解だろうか。
単なる2択だというのに、目の前の相手から放たれるプレッシャーで尋常ではない緊張感が漂う。物理的な息苦しさまで覚える空気の中でまるで意識する余裕もなかったが、いつの間にかカードを握る手の平が汗でぐっちょりと濡れていた。
「……さらにクレーンクレーンのコントロールを、私に」
どちらが正解だったのかは、嫌でも答えが出るだろう。それも、この後すぐにでも。委員嬢の体を乗っ取っている、と言葉にすれば馬鹿馬鹿しいが、そうとしか形容しようのない目の前の相手の次の手を見逃さないように、そしてともすればこの場の空気に負けて消えていきそうな意識を繋ぎ止めるため、必死にステージ上を睨みつける。ふと気が付けば、取り巻き達は皆その場に倒れて仲良く気を失っていた。それを聞き取ることすらできないほど、こちらもいっぱいいっぱいだった。
「通常魔法、三戦の才。このターン相手がモンスター効果を使用したため3つの効果から1つを選び、2枚ドロー」
実質強欲な壺の発動にも等しい、問答無用の強カード。これを使いたいがために、未来龍王の効果に誘導した……?いや、だとしてもドローを選ぶということはあの手札だけでは逆転の目は掴めなかった、ということにほぼ等しいはず。そのためにみすみす1枚からランク3に繋げられるクレーンクレーンと貴重な召喚権を切り捨てた、そんなことがあり得るのだろうか。
まだ目の前の敵の真意を測りかねているうちに、次に使われるらしい手札の1枚に手をかける。なぜか、発動を待たずして突然ピンときた。あれこそが、このターンの最初に委員嬢が引いていたカード。このデュエルがこんなオカルトチックでわけのわからない方向にもつれ込んだ最大の元凶にして、もっと言えばあの時。このデュエルの始まる前、何事か囁いていた取り巻きの1人から差し出されたものの正体なのだと。
「通常魔法―――――時を裂く
「私の、知らないカード……!」
この10年以上友達も、もっと言えば対戦相手すらまともにいないままにデッキだけを持ち過ごしてきた私は、カード知識だけならば誰にも負けない自負がある。本来ならばデュエルに使えていた時間のほぼ全てをデータとルールの読み込み、そして1人回しに費やしてきたのだから、この世に発売されているカードはその全てがステータスや効果も含め完全とは言わないまでもかなりの精度で記憶できているはずだ。
そんな私でも、存在を知らないカード。あのカードを引かれた瞬間からわかっていたことではあるが、やはりこのデュエルは異常だ。
「モルガナイトを発動したデュエルにおいて、発動プレイヤーの召喚権は常に倍として扱われる。貪食魚グリーディスを通常召喚し、効果発動。相手の手札枚数以下のレベルを持つポーラ・ペンギンを墓地より特殊召喚」
私の手札は……3枚。レベル3のポーラ・ペンギンはぎりぎりその範囲に引っかかり、しかもまずいことにあのカードにはこの条件で発動できる追加効果がある。
貪食魚グリーディス 攻1000→1200 守1000→1200
極氷獣ポーラ・ペンギン 攻800→1000 守1000→1200
「ポーラ・ペンギンの効果を発動。特殊召喚成功時、未来龍皇ホープを手札に」
「バウンス……」
完全破壊耐性を持つ未来龍王といえど、バウンスには悲しいほどに無力。力強い希望の騎士の代わりにフィールドに置いて行かれた首長の鳥を見比べて、うちのプリンセスがなんとも言えない顔になる。
「忘却の都 レミューリアの効果発動。場の水属性モンスターのレベルを、水属性モンスターの数だけ上げる」
貪食魚グリーディス ☆3→5
極氷獣ポーラ・ペンギン ☆3→5
あの場にいるモンスターはどちらもチューナーなため、シンクロ召喚の線はおそらくない。そして何かリンクに繋げるのなら、レミューリアの効果をわざわざ使う意味がない。となると、だ。
「レベル5のモンスター、2体でオーバーレイ」
ああ、やはり。たとえ中身が得体の知れない何かに入れ替わろうと、あくまでこの私とエクシーズ召喚で戦おうというわけか。いい度胸だ、そして笑わせてくれる。対戦機会はともかくとしてエクシーズ一筋にデッキを練り上げてきたこの私に同門対決を挑むとは、百万年早い格の違いをきっちり叩き込んであげようじゃないか。
まずは、ランク5。さあ、何を出す?
「―――――
「ドラゴニック……!」
どこかメカメカしい質感と生物的な優美さを併せ持つ、真紅の竜。本来はおおむねランク4テーマこと【希望皇ホープ】の一助となるカードだが、ここまでの使用カードを見る限りホープ系統があるようには思えない。つまり、。
その力は、一見すると堅実なサーチ。素材ひとつを消費することでとあるカテゴリのカード1枚を手札に加える、ただそれだけ。だけど私は知っている、その後に何が起こるのか。なるほど、それを選んだか。それとも、他にやることがないのかな?
ZW-弩級兵装竜王戟 攻3000(2)→(1)
「通常魔法、ゼアル・コンストラクションを手札に加え、発動。手札のハンマー・シャークをデッキに戻し、特定のカードを手札に加える」
やはり、そうだ。こちらに見せつけられたその1枚は、あのモンスターを見た時から予想していた通りの1枚。
「通常魔法、
「やっぱり、ね」
先ほどまで私の場にいてくれた未来龍王の胸部と同じマークが中央に輝くそのカードの効果により、闇属性ドラゴン族でランク5の弩級兵装竜王戟は、その特性はそのままにランク7に。4足歩行だった体は2足となり、真紅の体はより一層深みが増した血の色へと染まる。全身の皮膚はより刺々しく硬質化しその内側では明らかに増量された筋肉が分厚い二重の守りとなって内臓を守護し……だが何よりも目に付くのは、背面から吹き上がるような激しいその翼だ。目も眩むようなエネルギーの奔流が、ただ広げられるだけで広い忘却の都の聖堂を揺るがすだけの力を放っている。ビリビリと空気が震えているのは、決して気のせいではない。
「―――――覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン」
覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン 攻3000(2)
「それが本命。あなたの?それとも、その子の?」
「バトルフェイズ。エクシーズモンスターを素材に持つこのカードは、1ターンに2度の攻撃が可能」
結構核心に踏み込んだ質問のつもりだったのだが、結果はあえなくスルー。ふんふん、なるほど?なんだ、つまり私への対応としては割といつも通りではないか。いかに恐ろしげに見えようと、肝心の言動が私の周りにうろうろしているその辺の一般人と同じようでは底が知れるというものだ。
だが、目の前に迫る破壊の嵐の威力は待合なく本物だ。荒れ狂うエネルギーの塊はどんな建築様式の元で建造されたのか見当もつかないような忘却の都の柱や石像をなぎ倒しながら突っ込んでくる。まずは、先ほど奪い取ったクレーンクレーン。そして、その隣にそっと佇むおもちゃ箱。
覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン 攻3000→クレーンクレーン 攻300(破壊)
平間 LP4000→1300
覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン 攻3000→おもちゃ箱 守0(破壊)
「おもちゃ箱の効果」
ドール・モンスター 熊っち 守0
痛いと言えば痛いけれど、ここまでで手札を使い切ったレイジングにあれ以上の火力を出すことはもはや不可能なことは見えていた。つまり、もう1度私のターンが回ってくることはすでに確定している。もちろん、レイジングにはまだもう1つの効果もある。
「バトルフェイズを終了、効果を発動。エクシーズ素材を1つ使い、相手のカードをすべて破壊する」
そう、オッドアイズ・レイジングの持つ苛烈な効果は、こちらのフィールドだけを壊滅させるもの。全てを破壊する怒りの奔流が、私のカードだけを塵に返す。
……けれど。私も、それを指を咥えてただ見ているほど相手ターンに暇しているわけではない。
「速攻魔法、ピアニッシモ!プリンセス・コロンの攻撃力はこのターン100になり、破壊されない!」
プリンセス・コロン 攻500→100
おもちゃのピアノをそのフリフリドレスのスカートから取り出したお姫様が、それを盾代わりに構えて破壊の奔流から身を守る。ただしこちらの防御もここまで、その防御に乗り損ねた熊と虎のぬいぐるみに首長の鳥、そして初手に発動しっぱなしだった人形の幸福。これらはまとめて破壊され、一気にフィールドが荒れ地と化す。レイジングにはこの効果で破壊したカードの数だけ攻撃力を上げる効果もあるが、その期限は発動ターンの間のみ。これも、問題ない。
覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン(2)→(1) 攻3000→3800
「プリンセス・コロンの効果。通常モンスターが破壊され墓地に送られた時、エクシーズ素材1つを仲間に変える。守備表示で、通常モンスターに」
プリンセス・コロン(2)→(1)
ジェムナイト・サフィラ 守2100
すぐさまデッキからコロンの呼び声に応えて現れる、人型をした石造りの人形。この継戦能力と戦闘能力こそがプリンセス・コロンの真骨頂、つい先ほどはどこかの馬鹿たれが空気も読まず、昨日1度見ただけでろくに盤面に触らないバーン戦術に特化してきたせいで全然発揮できなかったこのデッキの強みだ。降雨なった以上、いかに怒りの烈竜といえどもそうそう私の守りを抜かせはしない。
そして私は、すでに次への伏線も張り巡らせてある。身の程知らずにもエクシーズ対決を挑んできたあちらにとってはこのターン中になんとか勝利できなかった時点で、すでにこの勝負の大勢はどうしようもないほどに決していたのだ。
「相手のエンドフェイズ、墓地からデーモン・イーターの効果。私のジェムナイト・サフィラを破壊してこのカードを蘇生。さらに通常モンスターの破壊に反応して、もう1度プリンセス・コロンの効果」
デーモン・イーター 攻1500
プリンセス・コロン(1)→(0) 攻100→500
ドール・モンスター 熊っち 守0
覇王烈竜オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン 攻3800→3000
互いの効果が切れたことで、全モンスターの攻撃力も元に戻る。委員嬢の、正確にはその奥に潜む何かの顔色でも窺えないかと視線を向けてみるが、相変わらずハイライトの消えた目からは何の色も読み取れない。
それならそれで構わない、別に私には相手をいたぶる趣味もないのだから、さっさとデュエルにケリをつけてやろう。
「私のターン。デーモン・イーターと熊っちで、オーバーレイ」
ここで無駄にぶん回したところで、何かが起きるわけもない。シンプルに、後腐れなく。ただ一撃をもってして、このおかしな昼を終わらせるだけの力。
「―――――ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン。そのまま効果発動」
攻撃表示の相手の攻撃力の半分を吸収する、説明不要のシンプルな1枚。ちょっと効果と攻撃が通るだけで相手のアタッカーを骨抜きにしつつ初期ライフの半分以上を奪い去ることが確定する、暴力の化身とでも呼ぶべき1枚。真面目な話、なぜこれが許されるのだろう。まさかとは思うがルール担当、デュエルモンスターズの初期ライフが例えば8000くらいあるとでも思ってるんじゃなかろうか。まあその力にこうして頼っている以上、私もあまり大きな声では言えないか。
覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン 攻3000→1500
ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン(2)→(0) 攻2500→4000
「あなたの正体に興味はない。でも、終わったらちゃんと返してね」
下手に昏睡状態とかになられると、大量の目撃者の元で最後にこの委員嬢と別の場所、つまりこの体育館に行っていた私がまた痛くもない腹を探られるはめになる。それは、控えめに表現しても面倒臭い。
「ああ、ごめん。もういいよ、攻撃」
その言葉を最後に、2体の龍が白亜の神殿でぶつかり合う。かたや雷雲の漆黒、かたや鮮血の緋色。もっとも、緋色の方はすでにその力の半分を吸い取られているのだ。この勝負の行方など、もはや見るまでもなく見えていた。
ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン 攻4000→覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン 攻1500
神 LP2200→0
「はい、終わり」
ライフが尽きると同時にくったりとその場に倒れた委員嬢の体へ、一応の警戒は続けながら近寄る。見た感じ呼吸は安定しているし、特に傷もない。倒れた拍子にもしかしたらどこかを打ちつけて今後たんこぶぐらいはできるかもしれないが、それは私の知ったことではない。私が興味があったのは、彼女のデッキにあったあのカードのことだ。
「時を裂く、魔瞳……」
遠目ではあったがイラスト、テキスト、効果。どれをとっても私の知らないカードというのもさることながら、委員嬢は明らかにあのカードを引いてから急激に様子がおかしくなっていた。このまま持たせておくのは、さすがにまずいだろう。それでまた同じことが起きたとして、また私が面倒を見てやる義理は今度はないわけだし。
まあ、とりあえずデッキから引っこ抜いて取り上げておけばこの委員嬢に関しては問題ないだろう。そうすると考えるべき問題としては、今度そのカードを持つことになる私があんなことにならないか、だが、こんな時のために私には奥の手、例の図書館に行ける鍵がある。さっさと取り上げてあちらの世界に放り込み、アラビアにでも見せてやれば何か教えてくれるかもしれないし。用心のため素手で触らないようにハンカチを取り出してもう数歩というところまで来た時、突然能天気に明るい音が体育館中に鳴り響いた。
「うわ」
なんてことはない、昼休みが終了しもうすぐ授業が始まるという合図のチャイム。平日は毎日流れている、聞きなれた日常の音だ。そして、私がこの委員嬢たちのせいでダイエットもしていないのに昼を食べ損なったという合図でもある。
そこでほんの少しだけ、注意が逸れた。仕方がないので回収だけやって教室に戻ろうと視線を戻すと、そこにはいまだ気絶したままの委員嬢の左腕を掴む同じ制服の少女がいた。特徴の薄い顔、これといった癖のない髪型、道ですれ違っても数秒後には記憶から消えているような影の薄い雰囲気。間違いない、このデュエル前にあの怪しいカードを委員嬢に渡していた、あの取り巻き本人だ。
「何を……!」
咄嗟に一歩を踏み出すと、思いのほか俊敏な動きで少女がステージから降りて私からも離れ、体育館の出入り口へと走っていく。その手に握られたのはちらりとしか見えなかったけれど間違いない、時を裂く魔瞳のカードだ。
「ま、待って!」
追いかけようとそちらの方向に一歩踏み出して、まさに死屍累々と言った状態の体育館の状態が改めて視界に入る。取り巻きと委員嬢のざっくり10人ほどが気を失って倒れている状態で、しかも次の授業で体育をやるクラスがあればそれが嫌でも他人の目に映る。嗚呼そうなると、一番に何をやったかと疑われるのはやっぱりこの私だ。普段から見られている色眼鏡にどれほどの度数が上乗せされるか、考えただけでもおぞましい。
私たちと同年代くらいの謎の少女、そして得体の知れないカード。どうして私が、自分の特異体質だけで既に手に負いきれずいっぱいいっぱいの私が、さらにこんなオカルトチックな話に付き合わなければならないのだろう。唯一うさんくさいなりに私にも得がある願いを叶える力にしたって、そう気軽にできるものではないらしいし。心の底からうんざりしながらも、どうにか授業前にこの全員を最悪ひっぱたいてでも起こしてやろうとそちらに歩を進めることにした。
まだ拙作に付いてきてくださる皆様、今年もよろしくお願いします。
私の今一番の願いは、これだけがっつりストーリーに組み込んだ時を裂く魔瞳が新世壊みたいな次から始まる壮大なストーリーの前振りカードではないことです。
いやほんとあれからまたヴィ様並の超大作始まったらどうしよう…。