カードを片手に開けゴマ   作:久本誠一

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もうすっかり更新ペースがぶっ壊れた今日この頃。
昔の隔週更新ってどうやってたんだっけ…?


5,空に一番近い獣

 私は、すこぶる機嫌が悪かった。

 それはそうだろう、わけのわからないケンカを吹っ掛けられたあげくその張本人である委員嬢を始め取り巻きどもも含め、あの場にいた私以外の全員は何やっても目を覚まさないし(最後の方は私も対応が雑になり、まあまあ本気でひっぱたいてみた覚えがある。非常時なのでもし咎められても知らん顔しておこうと後になって決めた)、嫌な気配のするきな臭いカード(時を裂く魔瞳)の正体は検討も付かないし、事後処理に追われたせいで結局授業には遅刻し、不自然にできたいくつもの空席と相まって凄まじい悪目立ちとついにあの女が何かやったのかという圧倒的な恐怖とほんのり混じる期待のこもった視線を一斉に差し向けられ、その他諸々エトセトラ、何より昼を食べ損ねた。ダイエットに興味がないわけでもないが、急に食事ペースを乱すのはかえって乙女の健康と美意識には逆効果だ。

 が、ともすれば鳴りそうになる腹を使わない教科書で圧迫して強引に誤魔化す地獄のような5限が終わった段階で、かしこい私ははたと気が付いた。

 

 今朝貰った手の中の鍵、これが使えるのではないだろうか。

 

 これをどこの扉でもいいから鍵穴に挿しさえすれば、アラビアのいる図書館に行けるとあの女は確かに言っていた。そしてあの空間にいれば、現実世界では時間が全く進まないのはすでに実証済みだ。つまりごく短い授業の合間であっても、悠々と一食済ませて帰ってくることも可能なはず。

 よしやってみよう、あの女と差しで顔を突き合わすのもそれはそれで不愉快ではあるけれど、ごくわずかにだがそっちの方がましだという結論も私の脳内で出た。

 相と決まれば話は早い。(これまでの奇異の視線にあからさまな怯えが追加された視線に気が付かないふりをして)教室をふらっと出て、一応誰にも見られないように人のいない屋上まで弁当箱片手に上る。普段は誰も入り込めないように鍵がかけられているが、むしろそれが好都合。取り出した金色のそれを鍵穴に差し込、みはしなかった。いざそうしようとしたところで、誰もいないはずの扉の向こう側から人の声らしきものが聞こえてきたからだ。

 

「……むぅ」

 

 誰がどうなろうと知ったこっちゃないしお腹も減ったのだが、こんな人が寄り付かない場所の鍵をわざわざ開けてまで何をやっているのかも気になる。空腹と好奇心をたっぷり天秤にかけて、結局鍵は挿さずにそっと視界が通る程度に押してみた。外の光が縦に入ってきて、眩しさに目を瞬かせながらもそこに顔を近づける。

 

「……「デュエル!」」

 

 いやなにやってんだアイツら。それは私の覗きを待ち構えていたかのようにタイミングぴったり、男子2人のデュエルが始まった瞬間だった。カードゲームがしたいにしても、わざわざ立ち入り禁止で鍵までかけた屋上に授業サボってまで来るかね普通?

 そしてなお頭を抱えたくなったのは、その顔がどちらも見覚えのあるものだったことだ。片方は私のクラスメイトで、もう片方は有馬。思い返せば昼前に彼が連れ出されていたのは視界の端で捉えていたけれど、その直後に私も委員嬢一味から呼び出しを食らっていたのですっかり忘れていた。彼女たちが全員午後の授業に出れなくてあちこち空席だらけだったから、その数がちょっと多いことには全然気が付かなかった。

 

「はー、はー……僕の、ターン」

 

 それにしても転校してきて即サボりとは有馬のやつ、存外パンクなところもあったものだと認識を改めつつせっかくなので少し見ていようと観戦体勢に入るが、どうも様子がおかしい。見た目に反しかなりの体力お化けであるはずのあの男が、デュエル開始時点ですでに息を切らしかけている。

 

「ふん。そろそろバテてきたかい?たっぷり見せてもらったよ、お前の『デッキ』も、その『戦い方』も」

「なんの、まだまだ……」

 

 余裕たっぷりの……えー、なんていったっけな、あっちの有馬じゃない方……?ああそうだ、戸羽だ戸羽。その戸羽何某(下の名前まで覚えてない。悔しかったらもっと影の濃い男になって出直してこい)の言いっぷりからして、どうやら昼休みどころか午後の授業まで全部つぎ込んでかなりの連戦を強いてきたようだ。うちのクラスのレベルを横目で(腫物扱いの私に呑気にカードを挑んでくるような奴はいないため)見ていた限り純粋な腕前なら有馬に負ける要素はないけれど、さすがの彼もだいぶへばってきているらしい。

 うーん、やることがせこい。それであそこまで堂々とできるその精神構造は一周回って尊敬に値するが。

 そして同時に、男どもの周りでぐったりと伸びている何人ものうちの学生の正体にもおおよそ見当がついた。可哀そうに、数を頼みにしてなおコテンパンに伸されたらしい。まああの男は私にも勝つほどだから、そりゃあ生半可な程度の腕では相手にもならないだろう。南無南無。

 

「カードを3枚セットして通常魔法、墓穴の道連れ……!」

 

 指名者じゃない方の墓穴に、これ幸いと扉の影からデュエルディスクを観戦モードで同期させる。別に隠れ続けている意味はもうないのだが、なぜ私がここにいるのかとかの話に飛躍されたら説明が死ぬほど面倒だ。変人の有馬はともかく、良くも悪くも一般人的な反応をするであろう戸羽の方は特に。

 それはともかく、今有馬が初手で発動したカード。あれは互いの手札を全て公開し、さらに相手プレイヤーの手札から1枚を互いに捨てさせる効果を持つ一風変わった通常魔法だ。つまりこうして観戦モードで公開情報を共有させることで、遠く離れた私にも両者の手札が覗き見できる。

 

「いきなり手札交換カードかい?だいぶ『お疲れ』みたいだな、『引き』が弱くなって……げっ」

 

 嫌味から一転、有馬の表になった手札を覗き込んで露骨に嫌そうな顔になる戸羽。どれどれと私も手元に映し出されたデータに目を通し、一瞬でその気持ちを理解した。

 

 有馬の手札

・ヴォルカニック・バレット

 

 戸羽の手札

・粘糸壊獣クモグス

・壊獣の出現記録

・迷い風

・PSYフレーム・ドライバー

・ジュラゲド

 

 カードを初手で3枚伏せ、さらに墓穴の道連れ自身で1枚消費。となると必然的に、残る手札は1枚。それによって相手依存というランダム性を排除し、ピンポイントに墓地に送りたいカードだけを選ばせる……まあシンプルで分かりやすい、きわめて合理的な初手だ。しかも先攻1ターン目とあらば、戸羽はせっかくの初期手札5枚を全てビーピングさせたうえで一番嫌がるカードを捨てさせられることになる。

 どうやら体力は消耗していても、腕は欠片も鈍ってはいないらしい。

 

「まあいいさ。そのヴォルカニック・バレットを墓地に送りな!」

「なら僕は、粘糸壊獣クモグスを選択」

 

 それぞれ選んだモンスターが墓地へと送られ、続くカードを引く。そしてバレットだけを墓地に送らせる抜け目のなさを見せた有馬はまあともかくとして(もう嫌でも理解しているが、あいつはそういう奴だ)この手札から私にもわかることがある。多めに採用された手札誘発系のカード、そしてテーマ内専用サポート。戸羽のデッキは純構築、少なくとも壊獣カウンターを使い固有効果を解放して戦うことを戦術として取り入れたタイプの【壊獣】だ。

 

「墓地の、ヴォルカニック・バレットの効果……」

 

 有馬 LP4000→3500

 

 ターンに1度とはいえ500ライフを支払うというコストのみで同名カード1枚を手札に加えられる、シンプルだが確実にアドバンテージを稼ぐ能力。

 

「僕のライフが相手より低い時、ダイナ・ベースの効果発動。自身を、特殊召喚」

 

 ダイナ・ベース 守2100

 

 恐竜の名を冠した、キャタピラ式の移動基地。その効果は今見せた特殊召喚のほかにもうひとつ、自身を含んでの融合召喚。彼の手札のヴォルカニック・バレットとならばその融合先は2体……だが先攻1ターン目ということは、ここはあのカード一択か。今朝のデュエルでは私に対してもその猛威を振るってきた紅蓮の翼を持つ重金属の猛禽のシルエットが、嫌でも脳裏をよぎる。

 

「……ヴォルカニック・バレットを通常召喚して、2体をリンクマーカーにセット……!」

 

 ヴォルカニック・バレット 攻100

 

 だが、そのまま有馬が選んだのは融合ではなく。何を?と思ったが、すぐにピンときた。これは有馬、相当疲れたのかだいぶ余裕がなくなってきてるとみた。いちいちやることがえげつない、顔と態度に似合わず。

 

「―――――崔嵬の地霊使いアウス」

 

 崔嵬の地霊使いアウス 攻1850

 

 地属性であるダイナ・ベースを素材にすることでその縛りをクリアした、いわゆる四大元素のひとつのうち地を操る精霊少女。その手に持つ杖を掲げると、先端に取り付けられた結晶が内側から光を放ち始める。

 

「モンスター効果を発動。相手の墓地の地属性モンスターを、このカードのリンク先に特殊召喚」

 

 粘糸壊獣クモグス 守2500

 

 何の労もなくあっさりと、最上級モンスターを一方的に奪っていく所業。だがそれはこの場合において、指摘するまでもなく諸刃の剣でもある。どれほど強固な耐性も瞬間的に突破してのける大型の天敵こと壊獣カードだが、純構築で戦うということはその主な戦力は手札から相手の壊獣の存在に反応してノーコストで繰り出される2体目の壊獣。せっかく潰した1体目をここでわざわざ蘇生したということは、先ほどの手札交換か次のドローで壊獣を引かれてしまえばそれをタダ出しされるリスクを抱えることになる。

 もっとも、このプレイングに利点がないかといえば一概にそうでもない。被破壊時にサーチを行えるアウスは、相手からしても破壊を挟まないリリースで処理したいカード。だけど壊獣は1体ずつしか互いの場に存在できないルールがある以上、まずあのクモグスをどうにかしなくてはそれもままならない。

 

 まあどちらにしても結論としては、有馬は本当に的確に鬱陶しいところを突いてくるなあという一点に集約される。それが強いということなのだから別にどうこう言いはしないけれど。

 

「ターン、エンド……はぁ」

「俺のターンだな?『連戦』にもめげずここまでやってくれたのは大したものだが、だからって転校生に来て早々からあんまりデカい面されるわけにはいかないんでね」

 

 その結果がこの集団リンチ(いやほぼ全員返り討ちに合っている以上、無勢に多勢で恥の上塗りしているようにしか見えないが)とは。

 どうやら私が思っているよりも、私のクラスメイトは陰湿なのが揃っていたらしい。こうなると私が疎まれ忌まれで相手されなかったことが、ある意味では防壁となっていた可能性も………いややっぱいらないなそんな可能性。そんなくだらない慰めが、私の失われた時間の足しになってたまるものか。集合知を見るたびに湧き上がる、心から唾を吐き捨ててやりたい気持ちは収まらない。

 

「正直言って、ちょっと危なかったんだよねえ今のターンは。下手すると、この『デッキコンセプト』が崩壊してたからね。だが、このカードを残せたんなら問題ないね。さあ、覚悟しな転校生―――――手札から、超重武者バイ-()の効果を発動。墓地に『魔法』も『罠』も存在しない時、このカードを捨ててデッキから超重武者1体を手札に加える」

「へぇ……?」

 

 ふむ。意外そうな声を上げる有馬だけど、私もこれに関しては同意見だ。超重武者出張セット……墓地に魔法も罠も存在しないという条件付きではあるが、シンクロモンスター1体とスケール1、8のペンデュラム召喚可能な状況を召喚権すら使わずに手札1枚から作り上げる隙のない布陣。裏を返せば墓地に魔法か罠が1枚でも落ちた瞬間崩壊するコンボでもあるから、確かにあの墓穴の道連れは惜しかった。相手のデッキのうち一体何枚を死に札に追いやれたのか、知らなかったのだから仕方がないとはいえ考えるだけで勿体ない。

 だが、そもそもの話をするとあのデッキにそんなものが入っていたということ自体が驚きではある。壊獣は確かに最低レベルが7だからペンデュラム召喚が全く役に立たないというわけではないが、そもそもメインデッキの効果力モンスターで戦うというコンセプト上、ペンデュラムしたところでそうたいした展開ができるわけでもない。

 一体何をするつもりなのか、興味が湧いてきたので扉の向こうでもう少し楽な姿勢に座り直す。無論、デュエル中の男子コンビには気取られないように細心の注意を払いながらだ。別に隠れ続ける意味も義理も本っ当にこれっぽっちもないのだが、逆に今更観客がいることを知らせてやる理由もさらさらない。

 だったら私は、他人と話す苦痛がより少ない方を選ぶ。それだけのことだ。

 

「そして加えたこのカード、スケール8の超重神童ワカ-()4を―――――セッティング」

 

 セッティング。その言葉は、新たな召喚法を導くための符丁。モンスターを単に素材とするのではなく、魔法カードとしての意味と独自の体系を作り出した振り子の技法。芝居がかった動きで戸羽が左手を広げると、透明な光の柱が音もなく空に立ち上る。その中央に輝くのは、8と描かれた光の数字。

 

「そしてペンデュラム効果を発動。墓地に魔法も罠も存在しない場合、デッキから同名以外の超重武者1体をセッティングしつつこのカードを特殊召喚する。つまりスケール1の超重僧兵ビッグベン-Kをセッティングしつつ、ワカ-U4をモンスターゾーンにだ」

 

 光の柱の内側から機械仕掛けの美丈夫が腰から担当を引き抜いて音もなく降り立ち、その背後では空になった光の柱に威圧感溢れる山伏装束の巨体がそびえ立つ。光の数字は、ふと気が付けば1に変化していた。

 

 超重神童ワカ-U4 守1500

 

「神童、僧兵。武者じゃない、卑怯臭い」

 

 当然のような顔をして出てくるルール無用な2体に、どうせ誰も聞いていないのをいいことについ口を尖らせる。とはいえ、これは別に戸羽がイカサマをしているわけではない。超重神童、超重僧兵。どこからどう見ても超重「武者」ではないのだが、あの2体はルール上では立派な超重武者として扱われる。つまるところ、あれは立派な合法ムーブだ。

 しかしだからといって、私が文句をつけるか否かは別の話であるというだけで。

 そして当然そんな言葉は届かず(当然私としても届かせるつもりはさらさらない)、戸羽のコンボは順調に次の段階に進みつつあった。

 

「続いては超重僧兵ビッグベン-Kのペンデュラム効果だ。場に超重武者が『存在する』とき、デッキから超重武者装留カード1枚を手札に加えせせてもらうよ」

 

 デッキから吐き出された1枚のカード。それがそのまま、即座にフィールドに呼び出される。

 

「超重武者装留イワトオシを召喚。レベル4のイワトオシに、レベル4のワカ-U4をチューニング」

 

 そして流れるように放たれるのは、定番のシンクロ召喚。レベル8、か。

 

「―――――炎斬機マグマ」

 

 紅蓮の刃を構えた金属光沢の剣士が、燃え盛る炎と共に出現する。その背後では、シンクロ素材として消えたはずの美丈夫がふわりと空に立ち上って。

 

「墓地に送られたイワトオシの効果で、さらに別の超重武者1体をデッキから手札に。さらにワカ-U4のモンスター効果を発動。このカードが『シンクロ素材』となった時、空いている(ペンデュラム)ゾーンにこのカードを置くことができる。これでスケール1と8、2枚のペンデュラムスケールが出揃った。さあこの意味はわかるよねえ、転校生?レベル2から7のモンスターを、ペンデュラム召喚!」

 

 フィールドの両端に2つ張られた、異なる数字を持つペンデュラムカード。その意味はすなわち、1ターンに1度とはいえその間の数値を持つモンスターの一斉召喚権。もっとも、今回はほとんどの手札が既に割れている都合上出てくるカードの見当はつく。

 

 SPYフレーム・ドライバー 攻2500

 

「さらにさらにぃ!永続魔法、壊獣の出現記録を発動。そして効果を発動だ!『礼』を言わせてもらうよ、クモグスをわざわざ出してくれたこと!」

 

 1ターンに1度場の壊獣を破壊し、別の壊獣1体をそのコントローラーの場に特殊召喚する永続魔法。あのカードがあることは有馬もわかっていたが、別にその時点ではこれはこれでありえなくもない手だった。だがこれは、ちょっと状況が違う。炎斬機マグマを出されたことで、状況は一変している。

 

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 守2100

 

 大蜘蛛のモンスターが消え、入れ替わるように有馬の場にはバチバチとその白い鱗の表面を帯電させる3つ首の龍が伏せた状態で呼び出される。

 

「さあ、バトルフェイズだねえ。炎斬機マグマ、サンダー・ザ・キングに攻撃しろ!」

 

 紅蓮の刃が唸りを上げ、雷撃に包まれた鱗をいともたやすく断ち切る。その切断面からは県が降りぬかれた後もさらに炎が吹き上がり、屋上を赤く染め上げた。分厚い鉄の扉の後ろにいる私の元にすら、数度の温度上昇が届く。暑い。

 

「炎斬機マグマがモンスターを『戦闘破壊』したことで、モンスター効果を発動。相手フィールドに存在するカード2枚を『選択』し、『破壊』する」

 

 荒れ狂う炎が向きを定めたのは、伏せカードの内2枚。アウスは戦闘破壊で十分と見て、不確定要素を断ち切りに来たようだ。

 

「これでPSYフレーム・ドライバーで攻撃し、それでおしまいだなんて思ったか、転校生!そんな手ぬるい真似やったら、逆にこっちがヤバいのはこいつらのおかげでよくわかったからね!だからこういう手を使う、超重武者装留マカルガエシのモンスター効果を発動!」

 

 まーだ倒れたままの、もはや背景オブジェクト(極めて、あー……その……そう、『前衛的な』という冠詞が頭にくっついている)と化した男どもをざっと手で指し示し、先ほどイワトオシの効果で手札に加えていたレベル1モンスターを手札から墓地に叩き込む。

 

「そのカード、確か……?」

 

 隠そうとしても隠しきれない疲労困憊な様子に加え大量の熱気をもろに至近距離で浴びて頭が朦朧としているのか、目を細めて集中しようとはしているものの上手く効果が思い出せない様子。

 当の有馬本人がこんな調子なので、横から見ている私が代わりに顔をしかめておいた。これは、ちょっと厳しいかもわからない。別に有馬だって人間だし勝負は元より時の運、そりゃあ負けることだってあるだろう。しかし、あまり褒められたものではない戸羽一派のやり口も含めてなんだかもやもやしたものを感じる。

 ま、だからといって私に何ができるわけでもない。全く知らない仲でもないよしみだ、せいぜい9割がた決まった勝敗に、影から念仏でも唱えておいてあげるとしよう。

 

「マカルガエシは『守備表示モンスター』が『戦闘』で『破壊され』、さらに『俺の墓地に送られた』時、手札から墓地に送ることで効果を発動できるのさ。その効果により破壊されたサンダー・ザ・キングを攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 機械仕掛けの巨大な数珠が浮かび上がり、その内部に黒い冥府への通り道が開く。現世の光に誘われて、雷撃を纏う三つ首の龍があれよあれよという間にまたしても現世に蘇った。これで戸羽がこのターンに出力できる攻撃力の残りは5600、対して有馬の場にいるのは1850のアウス1体のみ。

 

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300

 壊獣の出現記録(0)→(1)

 

「さらに壊獣の出現記録は、手札か墓地から壊獣が特殊召喚されるたびに壊獣カウンターを乗せる」

「やるね……でも、まだ首の皮繋がったよ」

 

 キャタピラの駆動音が、耳に響く。巨大な、しかし戸羽のモンスター群を相手取るにはあまりにも常識的な兵器すぎて力不足であることが一目で理解できるガトリングを装着した重装甲車が、有馬を守るように炎を突っ切って横付けされる。

 

 ガトリングバギー 守1500

 

「……君が今炎斬機マグマで破壊した伏せカードは永続魔法、超自然警戒区域。このカードは相手の効果で魔法・罠ゾーンから破壊された時、僕は効果モンスター以外のモンスター1体を特殊召喚できる」

「『破壊』で選ぶカードが『ハズレ』だったって?そう来なくっちゃね転校生、ここまで追いつめてもまだ足掻く、そうじゃないとこの倒れた奴らも浮かばれない!PSYフレーム・ドライバーでガトリングバギーに、サンダー・ザ・キングでアウスに連続攻撃」

 

 PSYフレーム・ドライバー 攻2500→ガトリングバギー 守1500(破壊)

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300→崔嵬の地霊使いアウス 攻1850(破壊)

 有馬 LP3500→2050

 

「そして、『追撃』は終わらない。さっきも見たろう、このカード?手札のジュラゲドのモンスター効果により、このカードを特殊召喚したうえで俺はライフを『回復』する。当然、そのまま攻撃だ」

「はぁ、はぁ……ふう、それならこっちも崔嵬の地霊使いアウスの、もうひとつの効果を発動。相手に破壊されたとき、デッキから守備力1500以下の地属性モンスター1体を手札に加えるよ」

 

 戸羽 LP4000→5000

 ジュラゲド 攻1700

 

 手札に加わったモンスターは、相手の攻撃宣言に反応して手札から特殊召喚され、そのまま強制的に戦闘を行ったうえ1度だけ戦闘破壊されない壁モンスター、工作列車シグナル・レッド。全てのカードが公開情報となっている今、首の皮1枚繋がったことが確定する。

 

「そう、そのカードをサーチ『せざるを得ない』。そのカードがデッキに入っていることは、さっき何度か見せてもらったんでね。どんな気分だい転校生、反撃のためのカードじゃなくてそんな一時凌ぎの役にしかたたない奴に貴重なサーチを切らされる気分は?」

「…………」

 

 険しい顔での長い長い沈黙が、いまだ続く戦況の不利を如実に表していた。実際ジュラゲドの攻撃力ならば、ぎりぎり耐えきることも可能だった。となれば、本来ならば先に繋がるカードをサーチするのが定石……だがそれを選ばなかったのは、墓地にあるヴォルカニック・バレットに意識を引っ張られたのだろう。まず間違いなく3枚目がデッキに眠っているであろうあのカードをサーチする効果を使うには、501以上のライフが必要。つまり、ここでジュラゲドの攻撃は受けられない。

 というかあの男、本当に性格が悪い。ガトリングバギーの守備力はたかだか1500なのだから、今はそこで突っ立っているPSYフレーム・ドライバーでわざわざ攻撃せずともジュラゲドで十分戦闘破壊はできていた。でもそうはせず、わざわざあちらで攻撃してから追撃要因としてジュラゲドを出している。

 

「わかるの、嫌だなあ」

 

 そう、私にはその辺の心の機微がおおよそ見当がつく。まあ、似たり寄ったりなのだろう。心のねじくれ曲がり具合だとか根性の腐りっぷりだとか、主にその辺が。

 つまり、こうだ。ドライバーの攻撃を最後に残していては、ライフを守るため確実にシグナル・レッドを手札に持ってくる必要がある。それだと意味がない、というより、最初から選択肢をひとつに絞らせては相手に与える屈辱が足りない。別にジュラゲドの攻撃なら耐えられるんだから他のカードを選んでもいい、ただしその場合墓地とデッキのヴォルカニック・バレットはもはや死に札に成り果てるけどそれでもいいのか、と。二者択一を強いて、選択を相手に行わせる。そこに、相手の神経を逆撫でする意図がある。

 もっとも、これはある程度相手の実力がないと成立しない考えでもある。そもそも先にジュラゲドを出すことでドライバーをフリーにしたまま盤面を空けられる、それが盤面を見ただけで理解できないような相手だと最初からやる意味がないからだ。私が覗くまで延々行われていたであろうたくさんのデュエルによる犠牲者の山には、その辺を読み取る狙いもあったのだろう。

 

「無論攻撃しても『いい』のだけれど、どうせ戦闘破壊はできない。とすると、むしろリンク召喚なんかに使われる可能性も高いから、ここは無理『しない』。バトルフェイズを終了させてもらうよ」

 

 ああ、やはり。同じ状況ならば、私もそうするだろう。実際の所、とにかく使わせられるうちに効果を使わせてしまい防御札を削ぐ方を重く見るか、それとも場に残って素材になる点を重く見るかはかなり微妙なところだ。どちらを選んでも一定のリスクがあり、そのどちらも間違いとは言い切れない。だけどわざわざ攻撃に対処させておいてその攻撃自体を行わないことで、より一層相手の動きを掌の上で操っている感を演出する。デュエル以前の精神戦、なんて高尚なものじゃない。単に煽り倒しておちょくっているだけだ。

 だがそんな義憤……ではないな、うん。私も私で、そんな上等な奴じゃない。疎まれ忌避され嫌われ恐れられて育ってきたこの私が、世のため人のためなんて反吐が出る大層ご立派な精神なんてもの持ち合わせるはずがない。言うなればそう、これは同族嫌悪。そして少なくとも真っ当に育つ下地が(私よりも)あったであろう人間(やつ)が、なぜそんな真似をする?という、やっかみ半分の疑問。

 

 はい閑話休題。まあとにかく、次に起きた出来事にそんな感情も何もかも全部吹っ飛んだのだが。

 

「そして最後に見せてあげる、このカードの、力を……!通常魔法、時を裂く魔瞳(モルガナイト)ぉ……!」

「あれ……!」

「僕の、知らないカード?」

 

 驚愕の声が漏れそうになり、慌てて口を手で抑える。扉は分厚いしソリッドビジョンの効果音はそれなりに大きいから、何とかばれずに済んだはずだ。さっと扉を支え直し、また隙間に顔を近づける。あの反応からして、やはり有馬も知らないか。なんでそんなカードをうちのクラスメイトが2人も、というと、やはり譲渡されたのだろう。委員嬢こと神の取り巻きに混じっていた、見覚えのない女を思い出す。同一人物なのか、それとも違う相手からか……いずれにせよ、誰が?何のために?そもそも、あのカードは何なのか?

 どちらが勝とうが正直興味もなかったが、こうなった以上は話が変わる。だいぶ厳しいのは間違いないけれど、まだひっくり返せないほどでもない。何とかしろ、有馬。

 

「くくく……ハハハハハ!こりゃあいい、力が、力が溢れてくる!カードを1枚伏せて、ターンエンドさせてもらう!」

「?様子が……僕の、ターン」

 

 おかしなクスリでもキメたのかといいたくなるような異常なテンションに対してもついに考えるのが面倒になったのか、いつになくおざなりに流してカードを引く有馬。うーん、できればそこは流さないでいい感じに深堀りしてほしかったのだけど、仕方ないか。私は……むしろここは、このまま出ていかない方がいいだろう。なんとなくだけど、そんな気がする。何より、生身の相手に喋りかけるのは気が進まないし。

 

「……まずこのターンも、墓地のヴォルカニック・バレットの効果。500ライフを払い、最後の同名カードを手札に」

 

 有馬 LP2050→1550

 

「通常魔法、融合。手札の機械族、シグナル・レッドと炎族のヴォルカニック・バレットを融合」

 

 お決まりの一手。そこから導き出されるのは重爆の不死鳥か、起爆の鋼鉄獣か。

 

「―――――獣爆撃禽 ボム・フェネクス」

 

 果たして、選ばれたのは不死鳥だった。よく晴れた上空に、熱気のあまり揺らめく影がかかる。雷撃の巨竜を今一度地に堕とさんと、演算騎士の炎刃を真っ向から焼き尽くさんと、精神感応者の小賢しい知恵を無に帰さんと、地を這う悪魔を闇に追いやらんと、炎の翼持つ猛禽が制空を取りに動いた。

 

 獣爆撃禽 ボム・フェネクス 攻2800

 

「ボム・フェネクスのモンスター効果。フィールドに存在する全カードの枚数1枚につき300ダメージを相手に与えさせてもらうよ」

 

 紅蓮の翼から、無数の炎の塊が降り注ぐ。フィールドに存在するカードは全てひっくるめて9枚、確かにこれが通ればそれなりのダメージ源にはなる。なるけれど、伏せカードが見えているこの状況でのそれはあまりに短絡的だ。この爆炎は、通らない。

 

「これが通ったところで、俺のライフはなくなりはしない。『自棄』になったかい、転校生?だが、せっかくその融合で手札を使い果たしてくれたんだ。ここは少し欲を出して『完全勝利』といこうじゃないか、ねえ?トラップ発動、迷い風!特殊召喚されたモンスター1体の攻撃力は半分になり、効果も無効となる」

 

 獣爆撃禽 ボム・フェネクス 攻2800→1400

 

 それは、最初に打った墓穴の道連れの段階ですでに見えていたはずの罠。やはり連戦で頭がうまく回っていないのか、見え見えのそれにみすみす引っ掛かり。猛禽の翼の炎が、大きく勢いを削がれた。今にも燃え尽きそうな残り火がぶすぶすと焦げ付くその姿は、まるで一回りも二回りも小さくなったかのように見え。

 ……そしてあまりに頼りなくなってしまったエースの姿を前に、しかし有馬は薄く微笑んだ。

 

「いや、助かったよ。むしろこれでいいのさ。これで、全部圏内に入り込んでくれた」

「圏内?」

「迷い風が見えた時点で、きっとこれが役に立つとは思ってたよ。炎斬機マグマにはちょっと緊張したけど、うまく3つに1つのチャンスを避けてくれたしね」

「何を……」

 

 落ち着き払った不穏な態度を前に、何か言いかけた戸羽。その答えと言わんばかりに、唯一有馬の場で残っていた最後の伏せカードが表を向く。

 

「通常トラップ、烙印の裁き。レベル8以上の融合モンスター1体を対象に、その攻撃力以上の攻撃力を持つ相手モンスター全てを破壊する」

「なっ……にぃ!?」

「おー」

 

 ああ、まさにいらぬ心配以外の何者でもなかったか。どうも私も、まだこの男への認識が甘かったようだ。そうだ、ことデュエルに関しては、有馬の読みあいを制する力と性格と底意地の悪さは(これは最上級の貶し言葉兼最下級の褒め言葉だが)この私を凌ぐ。つい袈裟にも散々痛い目を見て煮え湯を飲まされたというのに、まだそのあたりの認識が甘かった。

 あの男の戦闘センスが、そんじょそこらの学生相手の連戦ごときで鈍るとは考えづらい。現にいつの間にかふと気にしてみれば、デュエル開始当初あれだけ上がっていた呼吸もすっかり一定のペースとなり、背筋もしゃんと伸びている。

 最初から、掌の上で相手を転がしていたのは有馬の方だ。ご丁寧に、弱ったふりまで決め込んで。この化け物め、という感想を胸にしまい、鋼鉄の腹を開き屋上に焼夷弾を落とすボム・フェネクスの様子をじっくりと観察させてもらう。制空を取られているためあの中で唯一翼を持つサンダー・ザ・キングすらも飛んで逃げることは叶わず、ただ殲滅のみを目的とした味もそっけもない兵器は3体のモンスターを一度に焼き滅ぼした。

 

「……やってくれるじゃないの。最初から、全部計算づくなんてね」

「そんないいものじゃないよ、もう攻撃はできないからできることもないし。それに本当は次のターンまで待ちたかったけど、壊獣デッキ相手にそれも、ね。それとこの発動にチェーンして、墓地からバージェストマ・ディノミスクスの効果を発動。このカードをモンスターとして特殊召喚するよ」

 

 バージェストマ・ディノミスクス 守0

 

 この言葉も、決して謙遜ではない。確かにフィールドのリセットこそ果たしたものの、残ったのは攻撃力半減とリクルータークラス、あげく効果も無効となったボム・フェネクスと攻守ともに低く辛うじて壁になる程度のバージェストマのみ。一方戸羽の方はといえば、確かに手札こそ使い果たしたもののいまだPスケールは生きているため、レベル5から7までならば例え次のドローで上級以上を引いたとしても問題なく展開が可能。何より、互いのライフにはいまだ雲泥の差がある。戸羽が素直な賞賛の言葉を贈るのも、その辺の余裕があるからだろう。

 

「さあさあ、ここからだ。ドロー!」

 

 運命を決める1枚を見て……頼んでもいないのに、わざわざそれを見せてくる。それを見て、ほっと息をついた。どうやら、このターンはまだ切り抜けられそうだ。

 

「俺の引いたカードは見ての通りの永続トラップ、醒めない悪夢。当然このカード、今引いたところで何かできるわけでもない」

 

 本人も認める言葉通り、有馬の場には魔法も罠もない。ここで死に札を引かせたことで1ターン余裕ができたのは実際大きい、どうにか次のドローで体勢を立て直せればだいぶマシになる……だが、そんな私の考えを見透かしたように口の端を歪めて大きく笑う。

 

「……と、思っていたのか?ドロー!」

「なっ」

「え?」

 

 意気揚々と行われる、2枚目のドロー。すわイカサマかとデュエルディスクに目を落とすも、観戦中のデュエルではルール上定められた手続きにのっとってのプレイングしか行われていないことを示している。不正防止機能が働いていないということは、考えられることは2つ。これが本当に合法的な行為か、ハッキ―――――。

 

「まあ驚くのは『無理』はない、俺だってそうだからな。時を裂く魔瞳を発動したデュエル中は、あらゆる『規範』は書き換えられる。ひとつ、俺はこのデュエル中、常に『通常召喚』を2度行える状態になる。ふたつ、俺の行う通常のドローは2枚になる。そしてみっつ、もっともこれはデメリットだが、おれはもう手札からモンスター効果を発動することができない。『それ』が、時を裂く魔瞳だ」

 

 なるほど、そういうことか。大規模なルール改変、それが時を裂く魔瞳の真の能力。私が見た時は発動した次のターンにケリをつけたからドロー増加を見ることはなかったけれど、もしあの時も私がもう少し手間取っていたらかなり厳しい状況だったわけだ。

 ……よく勝てたな、私。えらい。

 

「よしよし、いい調子だ。ねえ?超重武者ツヅ-3を通常召喚。さらに俺の場に超重武者が存在することで、このターンもビッグベン-Kのペンデュラム効果により、超重武者装留ガイア・ブースターを手札に。通常召喚、ガイア・ブースター!」

 

 超重武者ツヅ-3 攻300

 超重武者装留ガイア・ブースター 守0

 

「……レベル4のガイア・ブースターに、レベル1のツヅ-3を、チューニング!」

 

 ドロー増強、そして召喚権の追加。時を裂く魔瞳の効果をフルに活かした展開により、あれよあれよという間にレベル5シンクロのお膳立てが整う。それにしても今の展開ルート、何か違和感があったような気がしたのは私の気のせいだろうか?

 

「―――――超重剣聖ムサ-C」

 

 超重神将ムサ-C 守2300

 

「ムサ-Cがシンクロ召喚に成功したことで、モンスター効果発動。墓地の機械族モンスター、マカルガエシを手札に戻す。ただし俺の墓地に『魔法カード』の時を裂く魔瞳や『罠カード』の迷い風が存在することで、このカードはこのターン使用できない」

「また……?ああいや、どうぞ」

 

 やはり何かを感じ取ったらしい有馬が、わずかに表情を変える。だが、その些細な変化に対峙する戸羽は気が付かない。なんだろう、この違和感は。

 

「バトルフェイズ。このカードはルール上、守備表示の『まま』で攻撃が可能っ!」

 

 超重剣聖ムサ-C 守2300→獣爆撃禽ボム・フェネクス 攻1400(破壊)

 有馬 LP1550→650

 

 機械仕掛けの武士が足の機構を動かして屋上を蹴り、強く飛んで手にした大剣を振り下ろす。弱り切った不死鳥は鋼鉄の外殻ごとあっさりと両断され、その残骸が爆発する前に剣聖はすでに地に降りていた。

 ただ、ライフは残った。醒めない悪夢もセットされたことで永続魔法や罠に対する備えも行われもう語る余地もないほどにボロボロの有様ではあるけれど、それでもまだ生きている。なら、きっとどうにかするだろう。

 

「僕のターン。うん、ちょっと何が何だかわからない、っていうのがまだ正直なところだけど。でも僕にわかる範囲だけでも勿体ないなあって、そう思うよ」

「な、何……?」

 

 優しい口調で、淡々と語りかける有馬。盤面だけ見れば圧倒的に追い詰められているというのに、むしろ自分が追い詰めているかのような無言の雰囲気。ぞくり、と寒気を感じた。

 

「時を裂く魔瞳……確かに強力なカードだけど、そのデッキには異物でしかない。そんなもの使わなくても、きっと戸羽君、だっけ?楽しいデュエルができただろうに、無理に歪めたせいで全体がいびつになってて、あんまり見てて楽しいものじゃないかな」

 

 ただ事実だけを述べていくように、淡々と。よく聞けば主観バリバリの言い分なのだが、あーあ、あれは完全に空気に飲まれている。まるで図星を突かれているかのような気分に陥り、すでに心で負けている。これはもう、勝負の大勢は決まったとみていいだろう。元々先に盤外戦術を仕掛けたのが戸羽一味だろうから自業自得といえばそれまでなのだけど、まあそれを加味しても可哀想で同情しそうになる。無論、私にそんなことしてやる義理はない。

 

「通常魔法、貪欲な壺。ヴォルカニック・バレット2体、工作列車シグナル・レッド、ダイナ・ベース、崔嵬の地霊使いアウスの5体をデッキに戻し、2枚ドロー」

 

 そして当然のような顔で引く、最高のタイミングでのドローソース。続けざまに吐き出された2枚のカードを掴み、さらに動き出す。

 

「ライフを500払い、ヴォルカニック・バレットの効果。さらに僕の方がライフが少ないことで手札のダイナ・ベースを特殊召喚して、モンスター効果発動。場の自身と手札のヴォルカニック・バレットで、融合召喚」

 

 有馬 LP650→150

 獣爆撃禽 ボム・フェネクス 攻2800

 

 墓地からエクストラデッキを経て再び甦る、真紅の翼翻す鋼鉄の不死鳥。再び燃え盛るその翼の勢いは、弱り果てた先程の比ではない。

 

「ここで退け……いや、『退かない』!墓地から迷い風の効果を発動、このカードをフィールドにセットする!」

 

 それは、己のライフに余裕があるが故の慢心か、はたまた肉を切らせて骨を断つ算段か。いずれにせよエクストラデッキからの特殊召喚をトリガーとして、迷い風は再び場に舞い戻った。トラップの基本ルールによりこのターンは何も起こらないけれど、次のターンが来ればまた発動して効果無効と打点半減をいかんなく発揮することができる。

 ま、それも全て次のターンが来ればの話だが。あの有馬の目は、まあ本気だ。

 

「次、爆走軌道フライング・ペガサスを通常召喚して、効果発動。墓地のガトリングバギーを守備表示で蘇生するよ」

 

 爆走軌道フライング・ペガサス 攻1800

 ガトリングバギー 守1500

 

「ボム・フェネクスの効果。僕の場には4枚、君の場には6枚。それだけのカードがあることで、まずは2700ダメージ」

「く……だが、これでもうボム・フェネクスは攻撃できなくなった。それは無視できないんじゃないかい?」

 

 炎の羽根が乱舞し、着実にライフを削る。だが、凄まじい火力ではあるもののまだ致命傷には遠い。ジュラゲドでの回復もあり、まだ危険域には達していない。そして戸羽の言葉通り、この効果を使ったことでもはやボム・フェネクスにこのターンでの攻撃は不可。

 さあ、ここからどう詰めてくれる?

 

 戸羽 LP5000→2000

 

「レベル4の地属性機械族、フライング・ペガサスとガトリングバギーでオーバーレイ」

 

 珍しい、あの男がエクシーズを使うとは。というか持ってたのか、ランク4。だからと言って別に親近感も覚えなければ、逆に同担拒否なんて言い出すつもりもないが。

 

「―――――重装甲列車アイアン・ヴォルフ」

 

 重装甲列車アイアン・ヴォルフ 攻2200

 

「アイアン・ヴォルフのモンスター効果、発動するよ。エクシーズ素材ひとつを使い機械族モンスター1体を選択、そのモンスターはこのターン直接攻撃ができる」

 重装甲列車アイアン・ヴォルフ(2)→(1)

 

 まさに詰めデュエルそのもの、流れるように5000ものライフを削り取るとは。これは戸羽が悪いというよりも、どちらかといえば有馬の方が悪い。せっかく守備表示のまま攻撃できるように守りを固めたのに、無理矢理ライフを奪いに来るとは。なんだか似たようなことを散々された覚えがあるぞ。

 

 身もふたもないが―――――相手が悪かった。

 

「バトルフェイズ。アイアン・ヴォルフで攻撃」

 

 重装甲列車アイアン・ヴォルフ 攻2200→戸羽(直接攻撃)

 戸羽 LP2000→0

 

 

 

 

 

 悲鳴ひとつあげずにその場に倒れて気を失った戸羽。まったく、こんなところまで委員嬢と被るとは。しかしおかげで、今度こそあのカードを。そこまで考えたところで、はっと気が付いた。もし委員嬢と同じだとすれば、今回もまた……。

 

「どいて!」

 

 扉を思い切り開いて屋上に出て、あぜんとした表情の有馬はきっぱりと無視して倒れた戸羽に駆け寄ろうとして。

 それよりも早く私の後ろから飛び出してきた人影に押しのけられ、あっけなく天地が逆転した。転ばされたのだと気が付いたときにはすでに、飛び出していた人影が戸羽の上に屈みこんでデュエルディスクに手を出そうとしているところで。

 

「……平間さん!」

 

 間違いなく、有馬の位置ならばあの人影を止めることもできた。だが私と戸羽を見比べて、彼が駆け寄ったのは私の方だった。

 ああ違う、こっちじゃない……しかし天地逆さの状態で呻きながらも再び視線を向けたときにはもう、その人影はカード1枚を手に屋上の反対端へと走り抜けていて。3,4メートルはある転落防止用の金網をひと跳びで跳び越えたかと思うと、足を止めることなく屋上から飛び降りていく様が見える所だった。普通ならば自殺志願者にしか見えない行動だけれど、私にはなぜか無事なのだろうという確信があった。

 

「本当に、もう……!」

 

 だから、なんでこう奇人変人ばかり集まっておかしなことばかり起きるのか。なおも心配そうにこちらに差し出された手を払い、自分の力で上体を起こす。特に痛むところはないが、スカート、捲れていなかったろうか。

 

「大丈夫、痛くな……」

「見た?」

「え」

 

 わずかな沈黙ののちぶんぶんと首を横に振るその必死さに、それ以上追及するのも馬鹿らしくなり。もう少し追い込んでやろうかとの当初の考えはひとまず横に追いやって、そっちじゃないと嘆息するにとどめておく。

 

「あのカードと、あの人間。最近、変なことばっかり」

「あ、ああ、そっち……ほっ」

 

 安心したように息をついたのを背後に聞きながら、倒れた戸羽の元による。残されたデッキを取り外して中身を確認するが、案の定時を裂く魔瞳だけは確認できず。

 結局、謎だけ深めておいてこちらの知っていることはまた全部振出しというわけか。うんざりしたところで、まだいまいち状況の呑み込めていない様子の有馬がおずおずと話しかけてきた。

 

「あ、えっと、平間さん……?」

 

 ええいその目は止めろ捨てられた子犬、そもそも私だって何が何だかなのに説明を求めるな。その様子からは先ほどまでデュエル中に見せていた強者の余裕なんてものはまるで感じられず、なんだか寒気まで感じたのがひどく損したような気分にさえなる。

 とりあえずデッキを元に戻してやると、ちょうどチャイムが響き渡った。これでまた昼を食べ損ね……待った。かなり長いこと観戦していたのに、今チャイムが?大急ぎでスマホを取り出して時間を確認すると、案の定それは午後の授業がちょうど終わったことを示す合図で。

 

「サボり……」

「嘘、僕なんか転校早々なのに!?」

 

 これから待ち受けているであろう事後処理の面倒さもさることながら、晒されるであろう針山のような視線、視線、視線。考えるだけでうんざりして気が遠くなるすぐ先の未来予想に、2人して絶望の表情を見合わせる。

 ただ頭上の空だけが、やや傾いた陽射しの中で馬鹿馬鹿しくなるほどきれいに晴れ渡っていた。

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