カードを片手に開けゴマ   作:久本誠一

6 / 7
最新話です、はい。
いやはいではないですが。
だって前回から3カ月ですよ3カ月。まず何か言うことはあるだろうとは当然私も思いますが、同時になんだかもうここまで間が空くともはや信用も愛想も尽きてどれだけ謝罪を重ねたところで安っぽい言葉にしかならない気がして……。

前回のあらすじ:願いを叶える能力とやらを押し付けられた2人のもとに、相次いでクラスメイトの刺客現る。


6,歴史を見た図書館司書

「ふふっ、あんまり怖い顔しないの。それで、私に何が聞きたいのかしら?」

「むぐむぐ……ごくん。いつも通り。全部」

 

 相も変わらず大人の余裕と秘密の匂いを漂わせてわざとらしく外人風の肩すくめポーズをとる(最大限好意的かつ盲目的に解釈すれば、だ。私の心情を尊重してより直接的かつ真実に即した表現に添削すると、極めてスカした小憎らしい、あたりが妥当なところだろうか?)アラビアに、口に詰め込んでいた弁当の卵焼きをよく噛んだのち呑み込んで箸の先端を突きつける。行儀は悪いが、向こうも態度が悪いのでここはおあいこだろう。

 結局私たちは後始末を早々に切り上げ……具体的には屋上に人が倒れてますとだけ有馬の顔がまだ割れていない適当な生徒に伝えさせて(忌々しい『集合知』のせいで、私はすっかり名前と特徴が知れ渡った有名人だ。こういう時学年すら違う転校生は都合がいい)改めて捕まる前に例の鍵、この図書館へと通じる鍵でさっさとこの場所へ逃げ込んだ。

 そして今度こそ、今度こそやっとこの弁当にありついているわけだが、それはそれとしてこの女には聞きたいことが山のようにある。横でアラビアに私が強請った紅茶をすする有馬も、今回ばかりは口を挟まず真剣な顔でじっと目の前の女を見つめている。追及は私に自由にやれ、というわけだろう。他人まかせなのは気に食わないが、利害の一致は望むところだ。しかしこの男と意見が合うというのもそれはそれでなんだか負けた気分になるから、やはり世間はままならない。

 

「そうね」

 

 今日も朝から随分と色々なことがあったけれど、私にとってはこの反応を見たことがぶっちぎりで一番の驚きかもしれない。余裕ぶった態度をすっと引っ込めて神妙そうに頷くアラビアの前髪に隠れていない方の目が、真っすぐに私の視線とぶつかり合う。

 

「私の方も、君たちに何があったのかはもう知っているもの。そして完全ではないけれど、それに答えることもできる……思ったより遥かに早かったから、まだ追い追いでいいと思っていたんだけどね」

 

 3回目の逢瀬にしてようやくすんなり口を割る気になったのは結構なことだけれど、やっぱりまだ知っているくせに喋っていないことがあったのかこの女。驚きはしないが、それはそれとして軽蔑はする。なんといってもこちらは当事者なのだから、自分の身を守るためにもこれは当然かつ正当な権利というものだろう。とにかく、何をするにせよ情報が足りないのだ。

 

「……で?」

 

 さっさと喋れと先を促すと、何から話そうかと思案するかのように目を閉じる。顔の角度が変わったことで片眼鏡のレンズに光が反射して一瞬遮られ、またすぐにその奥の片目が見えた。

 

「まず、君たちが襲われてる理由だけど。そもそも、ここから説明が必要かしら?まだ実感が湧かないのも無理もないことだけど、君たちが得たのは2人揃えば1回きりとはいえ『どんな願いも叶う』力。喉から手が出るほどに欲しがる人がいる理由も、その力の実在を信じて……いえ、実際に知っていて『扉』と『鍵』の覚醒を常に待ち構えているお相手さんがいることも、理解はできるわよね」

 

 ちょこちょこと無駄にポーズばかり挟んできて、あげく第一声がこれとはほんとに馬鹿にしてるのかこの女は。

 とでも言ってやれたら、私の心情的にはだいぶ楽になれるんだろうが。これまでにこの女から聞いた話を総合するとこの「願いを叶える権利」自体が世界の誰かに押し付けられたのは、私たちが初めてというわけでもないのもまあ想像がつく範囲の話ではあるので黙って首を縦に振る。

 残る問題としてはアラビア自身も言及した通り、そもそもの話のスケールが日常から外れすぎていて、言葉として理解はできてもいまだに自分のこととして実感が湧いてこない所だろうか。とはいえこの図書館といい、使ったら様子がおかしくなる変な薬でも入っているのかと言いたくなるようなカードといい、昨日からこっち冷静に考えれば意味のわからないことばかりなのだから、いくら現実的な私でも観念した。この先もこの(与太、と頭に付けたいのはぐっと堪えて)話に付いていきたいのなら、もうこれに関しては私の方が折れるしかないのだろう。いや別に付いていきたくはないが。

 

「それでも、ここが日本なのはまだ運がよかったのよ?君たちみたいな子供相手にもう少し過激な手段を取りやすい地なんて、世界にはいくらでもあるんだから。物理的には町中に監視カメラが溢れ、精神は『集合知』によって四六時中監視管理され。そんなこの世界にも、見方を変えればメリットは存在するの」

「吐き気がする!」

 

 思いのほか大きな声が出て、それまで黙ってアラビアを見据えていた有馬が視線を外して目を丸くし、私の顔を見る。正直今のは私自身自分のことながら驚いていたぐらいなのだが、そこで下手なコメントを残さなかったのはまあよくやったというべきだろう。

 いつも受けてきたこの私という名の人間以下の出来損ないに対する極めて真っ当この上ない区別思想にしろ気色の悪い甘ったるい同情の言葉にしろ、どちらにせよ何か聞こえた瞬間この弁当箱でその顔をぶん殴っていた可能性が高かった。

 頭ではわかっている。アラビアが口にしているのは、世間一般的な事実だ。むしろ否定的なニュアンスがわずかにでもこもっていた以上、同じ事実を見ていても大分異端寄りの思考と言ってもいい。

 でも、それを呑み込めるほど私は大人じゃない。同時に、今の勘癪は私に全面的な非があることを認めないほどに子供でもない。

 

「……ごめん。話を、続けて」

「今のは私の方も、ちょっと軽率だったわね。忘れてちょうだい」

「えっと、それで」

 

 どうにか空気が和らいだのを見計らってか、ここでようやく有馬が口を開く。

 

「狙われるって、そもそもこの力って、そんな譲ったりできるものなんです?」

「普通は無理よ。こんなおとぎ話みたいな話に普通も何もないって思うかもしれないけれど、普通は、ね。この力は、基本的には貰った人たちコンビのもの。だけどねぇ、やっぱりいるものなのよ、無理を通して道理を引っ込まそうとする輩っていうのは」

 

 心底困ったものだと言いたげにため息をつき、机の上に置いてあった私たちのデュエルディスクを順に指でさす。

 

「これが結構、複雑で長い話だから誤解しないで聞いてほしいけれど。まず、君たちが『扉』と『鍵』であることが一発で把握されたのは、このデュエルディスクが原因よ」

「なっ……!」

 

 物心ついたときから、ずっと私と共にいて。数少ない私を裏切りも蔑みもしなかった貴重な存在。それが、この状況に私を引きずり込んでいた。

 裏切られた、とは少し違う。私の異常性が明らかになるにつれ友達もなにも居なくなった私にとっては、それは自分の半身に牙を剥かれたような奇妙な喪失感だった。

 

「そもそも、デュエルモンスターズとは何なのかしら?歴史上のある瞬間に突如として現れた概念、それも言ってしまえば一介のカードゲームが、わずか数時間もしないうちに世界中に余すところなく伝わって。老若男女を問わずこの星に生まれた人間である限り、皆が自分のデッキと国家から無償配布されるデュエルディスクを持っている。この現状、何かおかしいと思ったことはないかしら?」

「「……?」」

 

 喪失感はいまだ薄れはしないが、それでも目の前の女の語りにはなぜだか引き込まれた。でも、アラビアの言いたいことがわからない(・・・・・)。その表情を見れば、有馬も私と同じく真意を測りかねているようだ。

 ……デュエルモンスターズの起源はもう数百年は昔、『集合知』の誕生よりもさらに前。ある日誰かが生み出した、あるいは見つけたそれはその日のうちに世界中に星の数ほどのカードと共に広まり、今では生活に欠かせないものとしてある……これは、赤ん坊だって知っている世界共通の一般常識だ。結局のところ『集合知』からは見捨てられている私がいまだに辛うじて人間社会の一部として扱われているのも、それよりもさらに歴史の長いデュエルモンスターズをこうしてプレイできているからというのが大きい。最低限、人語を解する動物程度の価値は持たされたというわけだ。

 

「そう。そうやって、なにも疑問に思いすらしない。でもいいのよ、それで。だってずっと昔、そうなるように願われたんですもの」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。それじゃあデュエルモンスターズっていうのは」

「これ自体は、ただのカードゲーム。でもそれを世界中に広がるムーブメントに仕立て上げたのは、その開発者に偶然『扉』と『鍵』がいたからよ。このゲームを世界中の人たちに広めて、後の世代にも違和感を抱かせないように、って。何代前だったかしら」

 

 いともあっさりと、なんてこともないように語られる言葉。色々と湧き上がってくる言いたいことをまだうまく言語化できないうちに、どんどん話は進んでいく。いや、確かに言った。勿体ぶるなさっさと話せ煙に巻くなって私言った、言ったけどもこう、限度ってものを知らないのかこんのメカクレは。

 

「私に言わせれば、ちょっと勿体ないお願いだったけどね。実際よくできたゲームだもの、時間さえかければ何もせずとも十分世界中に広まるだけの地力はあった。だけど、彼はその結果が待てなかったのね。そしてあの時の『鍵』の娘も、『扉』の子が語る夢を信じて心から首を縦に振った……この話自体は、それでおしまいなんだけど」

 

 以前言っていた、願いが叶うのは選ばれた2人がその内容に同意したらという話を思い出す。随分と欲がないのか、流されやすいタイプだったのか。どちらにせよそんな昔の人間に興味はないが、一度言葉を切って昔を懐かしむように露出した方の目を眼鏡の奥で細めるアラビアの表情を見ていると、少なくとも悪人ではなかったのだろうとは察しが付く。いや、この女の考えることなどわかりはしないのだが。

 

「カードゲームとしてのデュエルモンスターズと共に並行開発され、デュエルモンスターズを世界中に広める願いと共に世界中に放たれた携帯型専用デバイス『デュエルディスク』。どうやって『扉』と『鍵』のことを知ったのか、案外当の本人が漏らしたのか……今となっては闇に消えた話なのよね。でもそんな願いを叶える力を妬んだ名もなき開発者のひとりは、その願いが叶う直前にデュエルディスクのブラックボックス内部に特殊なプログラムを組み込んだのよ」

「プログラム?」

「ええ。正確なことは私にすらわからない、『扉』と『鍵』に選ばれる男女一組の特徴を割り出して、それに該当した人間のデータを片端から自分の所に送られるようにした状態で、ね。カードゲームはルールだけわかっていても、現物がなければ遊べない。願いを叶える副産物として大量のカードと共に一斉に無から生み出された、当時の世界人口を丸々カバーしてなお余りある数のデュエルディスク。そのベースになったただ1機にだけ仕込まれたプログラムは、そっくりそのままコピーされちゃったのね」

「そんなこと、できるわけ……」

「できちゃったから、問題なのよ。願いに付属するものとしてアフターサービスで行われた機械的なコピーを、まさかそんな形で逆利用してくるなんてね。しかもブラックボックス内部の下手に手を出すと基本動作に関わるような仕組みに関連しているから、このプログラムはその後で生産されたモデルにも例外なく組み込まれている。肝心の開発者は結局次代の『扉』と『鍵』を見ることなく寿命が来ちゃったけど、その執念、あるいは妄念かしら?この力に選ばれなかったそれを、引き継いじゃった人たちのもとに今もなおデータは送られ続けているわ」

 

 それで、君たちが見つかっちゃったのよ。そう話を締めようとするアラビアだったが、まだ私には聞きたいことがある。

 

「なら、あの」

「次に聞きたいのは、君たちが見た魔法カード。永続的に効果を発揮するルール介入型、時を裂く魔瞳(モルガナイト)。一般流通していない、存在自体知られていないカード、でしょう?」

 

 いざ喋ろうとしたのはいいが意味のある言葉を発するかどうかのうちに先回りされ、不承不承頷きながら開いた口を閉じる。なら急に話を切らないでほしい。

 それはともかく、あの目の前の女と同じくらいに胡散臭いイカサマカードだ。委員嬢……えっと、(じん)といい、もう1人の……えー、あのー、うーんと…………ああそうだ思い出せた、戸羽だ。あの2人は元から十分以上におかしかったが、あのカードを引いてからは明らかにもう一段様子がおかしくなっていた。無論下方向に、だ。もうほとんど確証がある結論だったが、やはりこの女の口から聞いておかねばならないだろう。

 

「ああいう物があるっていうのは、私も今日初めて知ったのよね。でも、何をするものかはわかる。どうして生まれたのかもわかる。実を言うとね、いくら君たちが狙われているからって、私がこのことを伝えなかったのには理由があるのよ」

「無能にいるの、理由が?」

「これは私の持論だけど、女の武器はミステリアスよ?直喩表現は傷ついちゃうわ、女を着飾るベールがね」

 

 大きなお世話と睨みつけた視線をひょいと肩をすくめるような動きでかわし、脱線しかけた話をまた引き戻す。どうも今日はいつもと勝手が違うというか私の方が足を引っ張っている節が認められなくもないが、これはもともと私が売った喧嘩を馬鹿正直に買ったあげく間髪入れずに撃ち返してきたあの女が悪い。今の話を計算すると、たかだか生誕20年にも満たない私とは計算するだけでおぞましいほどの年の差なのだ。もっと大人になって欲しいですね。

 

「過去の『扉』と『鍵』の子たちには、君たちと同じその鍵を渡してたのよ。どんな鍵穴にでも一度挿し込めば、時間からも空間からも隔離されたこの図書館に繋がる不思議な鍵。あの頃はデータの精査にも少しタイムラグがあったからそれまでの間に願いを早々に叶えちゃうこともできたうえに、間に合わなくてもここに避難すれば結構どうにかなったのよね」

「でも、僕たちがこうなったのはつい昨日ですよ?」

「そうね。あるのよ、これまでと今回で。決定的に違う点が」

 

 小学生どころか幼稚園生かのように、はいとわざわざ手を挙げてから発言する有馬をすっと一瞥し、またこの女の悪い癖がぶり返し始めたのか返答の代わりに指を1本立てる。どうするのかと見ていると、おもむろに肘を曲げて自分のこめかみに付きつけて見せた。

 ……ああ、そういう。ただそれだけで、わかってしまった。結局、また『これ』か。私の人生、どこまで行こうが変わらない。

 

「『集合知』」

「はい正解。デュエルディスクにプログラムが仕組まれたあの時よりも、科学は遥かに進歩したのよ。より脳の奥深くから情報を取り出せるようになって、その精査も莫大な知能と演算能力を持つコンピューターがすべてやってくれるもの」

「それじゃあ、まさか!『集合知』のできた理由ってのは!」

 

 ショックを受けたような顔で、有馬が話に食いついた。まあ、コイツは私と違い一般人らしく育ってきた、つまりあのボケナスコンピューターの恩恵の前に這いつくばって雛鳥よろしく口を開いて情報を受け取ってきた側なのだから、この反応だってさもありなん、か。

 

「君が受けてきた恩恵は、全て単なる副産物よ。このシステムの根幹は、何世代にもわたる『扉』にも『鍵』にも選ばれなかった人々の妄執による最高傑作。どこの国でいつ適合者が生まれてもその情報を手に入れられるように世界単位で手を伸ばし続けた一団の、徹底した一方的な監視社会の後押しよ」

 

 そして、そんな縋るような言葉と視線をばっさりと断ち切るアラビア。救いを求めるように捨てられた子犬のような視線が私と彼女の間を力なく行ったり来たりするが、こちらも手を差し伸べるつもりは一切ない。

 まあ私の方が異常者なのは重々承知なので、この場で唯一まともな人間様らしい感性を持っていたというだけでたったひとり世界の根幹が揺らぐような秘密を押し付けられるような仕打ちを受け、あげくフォローの手すらないのは可哀そうだと同情したくなる。

 したくはなるが、そこまでだというだけで。

 

「ふふん」

「あら、これはご機嫌になるのかしら?ふふっ、難しい子ね」

 

 ちょっと意外そうな顔をされたが、別段驚くような話ではないだろう。私の嫌いで嫌いでたまらない、あるはずだった人生全てを狂わせてくれたものがロクでもないもの。嗚呼この感覚、愉悦と言わずになんと言おう。どいつもこいつもざまーみろ……と、私怨は一度置いておいて。10年以上の長きに渡りくすぶり続けた恨みつらみは、多分吐き出し始めたら止まらなくなるのが自分でもわかるからだ。

 

「それで。あのカードは結局、何?」

「あの……ああ、時を裂く魔瞳のことね。多分だけど、まずあのカード自体が渡された人間の『集合知』に干渉して脳内物質の強制操作でもしているのかしら。対象への敵意を高めることでいくらでも能動的に動いてくれるし、万一返り討ちに会ってもあのカード以外は一切足が付かない、自分たちの目的も知らずもう盲目的に動いてくれる優秀な鉄砲玉のできあがり。もしデュエルで負けていたらそのままあのカードからデュエルディスク、果ては『集合知』を通じて強制洗脳まがいのことを行う……まあ、洗脳教育用のプログラムでも混じっているんだと思うわ」

「……?それ、私に直接渡せば」

「人間てね、時々すっごく理不尽になるのよ。まして、何世紀単位で積もった妬み嫉みがあるときはね。もちろん願いを叶えること自体も目的のひとつなんでしょうけれど、偶然この幸運を手にした君たちみたいな子を屈服させる、その過程に重きを置いているのね。同時に、あえてデュエルモンスターズをその手段に使うことでそのきっかけになった2人の願いに対しても最大級の尊厳破壊を行える……こんなこと、わからなくていいのよ。でも、そういうものがあると知ってはおきなさい」

 

 人間非効率、人の悪意にキリはない、か。まあ、よくある話ではある。ひとたびこれは自分たちと違う存在で立場なんだと踏めば、昨日まで笑っていた相手だろうといくらでも避け、蔑み、時に憐憫の情をかける自分のお優しさに酔いしれる。私の人生、物心ついたときからほぼほぼそんなのばっかりだ。

 ただ一点そこに共通するのは自分たちが上でお前は下なんだとの序列の確定だけだと思っていたけれど、嫉妬が絡むとその逆もありうるらしい。いずれにせよ、多数派になれなかった時点で上だろうと下だろうと変わりはないのだ。

 

「それで。結局、どうすれば?」

「そこなのよね。お願い、ここで叶えちゃえるならそれが一番手っ取り早いのよ。でも正直、いくら時間を使ってもまだ無理そうでしょう?」

 

 そんなこと、と反論しようとして、まだショックが冷めきれていなさそうな有馬の顔を横目(かつ冷めた目)で見る。単純にこの男の気持ちの整理がつくまでにどれほどかかるかもわからないし、これだけ価値観の違う相手と同じ願いを心の底から思い浮かべる?無理無理、無理に決まっている。

 

「だからとりあえずの対症療法だけど、強くなることね。相手は地球上全体に根を張る大企業、それに対して君たちは学生2人。規模で言ったらお話にならないわね?でも幸い今言った通り、お相手さんがデュエルモンスターズ以外の方法を使ってくることはまずないわ。それにいくらお金も権力もあるからって、こんな突拍子もないお話のためにあんまり大っぴらに動くとそれはそれで後始末が大変でしょう?だから、差し当たってそこまで君たちの日常が変わることはないと思うわ。どんな手で来るにせよ、カードで打ち破ればいいのよ。それか、さっさと権利を手放してくれてやるか、ね」

 

 ただ、その方法は私にも予想が付かないのよね。何か掴んでいることは確かなんでしょうけど、と最後にぼそっと不吉な一言を付け加え、最初のショックの波こそ引いたもののいまだ落ち込んだ様子の有馬、そしていたってケロリとした私の顔を交互に見る。

 

「どちらかというと、心配なのは君の方かしら?最初の一戦ではうまく立ち回ってきたみたいだけど、次にそうなるとは限らないわよ」

「……私が、弱いって?」

「とにかく経験値が足りてないのよねえ、君の場合。ほとんどないでしょう、対人経験?」

 

 その私に負けた女が、いきなり何を言うのかと。あまりにあまりな言い草にどう二の句を継いでやろうかと集中してしまった隙に、さらに追撃をねじ込んでくる。とにかくスピード感が命、巧遅よりも拙速を尊ぶ悪口の言い合いでほんのわずかにでも時間をかけてけちょんけちょんに言ってやろうかと欲を出した私に非があるとはいえ、事実陳列罪は大罪だ。

 そんな私の目を片眼鏡の向こうから見透かすように視線を合わせ、留まるどころかさらに口を開く。

 

「安楽椅子探偵、なんて言葉もあるわね。腕を磨くなら、必ずしも実戦は必要ない。でも、これから君たちに向かってくるのは実地の戦場。生の感情。歪みに歪んだ羨望が、原型すら留めないままに降りかかってくるのよ。そういう意味じゃ、君はまだ若い……幼い、っていう方が正確かしら?」

 

 ああ、これは。つまり、そういう流れか。別に私が孤高(孤独ではない。私は孤高なのだ)なことを揶揄されるのはもう慣れ切っているし、何なら小学校も中学年に上がるころにはそういった扱いすらも受けなくなってとにかく動物園の檻の中を見るような目つきでばかり接されてきた身分だが、なぜだかこの女に馬鹿にされると他の誰を相手にした時よりも無性に噴き出して仕方ない怒りを感じる。

 感じるが、あまりに怒りを感じすぎて一周回って落ち着いてきた。ここで無闇に感情を爆発させるのは私のプライドが許さない。しかし理性の扉の向こう側に押し込めて、洞察と視察の鎖で表面に出さないようがんじがらめに縛り付ける。

 そうか、そういうことがしたいなら、私としてもやぶさかではない。どうせならば言葉より実際にけちょんけちょんに伸してやる方が、よほど私の精神衛生と健康にいい。これは利害の一致だ。言葉は無用とデュエルディスクに手を伸ばすと、アラビアも同時に立ち上がる。

 

「正解よ。少しだけ、痛い思いをする前に揉んであげるわ。一応言っておくけどこれ、私の善意のボランティアなのよ?」

「ありがた迷惑、や大きなお世話、のページ、落丁してるんじゃない?その屑辞書、私もボランティアで改訂してあげる」

 

 本当につくづく、この女の何がそんなに癇に障るのだろう。しかしあの一挙手一投足に、自分でも不思議なくらい私の神経が逆撫でされる。何か言おうとして結局口をつぐんだようだが、最初から今更命乞いなんて聞く気はない。

 

「「デュエル!」」

 

 先攻は……私か。ついで、手札に目を通す。このカードがあるならば、滑り出しとしては上々だろう。

 

「永続魔法、人形の幸福。発動時の効果でデッキからおもちゃ箱を手札に」

「どうぞ?何もしないわよ」

 

 今の、ほんのわずかに含みのある言い方。もちろんブラフの可能性もあるが……いや。私の勘が、薄く小さくだが確かな警鐘を鳴らしている。あのどことなく余裕を持った、見下す?嘲る?そこまでは行かないものの、それに近い色を秘めた目。幾度となくその視線を浴びて育ってきた私だからこそ察知できる、そんな目だ。

 

「なら、人形の幸福の次の効果。手札のおもちゃ箱を破壊して、デッキからドール・モンスター ガールちゃんを墓地に。さらに破壊され墓地に送られたおもちゃ箱の効果で、条件を満たす2体の通常モンスターを」

「あら残念。私が何もしないのは、あくまでさっきの話よ?手札から灰流(はる)うららを捨てて、効果発動。君が発動したおもちゃ箱の、デッキからモンスターを特殊召喚する効果を無効にするわ」

 

 見渡す限り窓もない館内にくるくると、どこからともなく吹き込んで室内を舞ったつむじ風に流れるのは灰の色をした桜吹雪。問題ない、想定通りの一手だ。おもちゃ箱のリクルートには同名でターン1の制限がかけられているからこのターン中のエクシーズ召喚は厳しいけれど、それはあちらの灰流うららも同じ。この手札なら、リカバーを計るには十分だ。

 

「通常魔法、アームズ・ホール。デッキの一番上をコストに、装備魔法を私の手札に」

「あら。初動を止めたのに、まだ動くつもりかしら?」

「当然……!装備魔法、ストーンヘンジ。攻撃力0のおもちゃ箱を攻撃表示で蘇生して、このカードを装備」

 

 落ちたカードは、もう1体のドール・モンスターこと熊っち。熊っちである必要自体はなかったが、まさに狙いの条件をピンポイントで満たしたモンスターに内心ガッツポーズ。表情は変えないよう注意しながら、手札に加えたストーンヘンジで一度は不発に終わったおもちゃ箱を選択。床に開いた魔法陣の奥深くから、リボンで丁寧に包装された巨大な箱が沸き上がった。

 

 おもちゃ箱 攻0

 

「更にカードを2枚セット。ターンエンド」

「さて……なかなかその布陣に自信があるようだけど、その余裕もいつまで持つかしらね?」

「やってみたら?いつまでか」

「お言葉に甘えて。私のターン、ドロー」

 

 またそうやって余裕ぶって、のらりくらりと受け流す。ならそのいけ好かない笑みを引き剥がす意味も込めて思い知ってもらおう、今の私の手札に無駄はない。

 

「そうねえ。通常魔法、ナイト・ショット。私から見て右の伏せカードを、チェーン発動不可で破壊するわ」

 

 右……こちらか。いい勘しているのは敵ながらに天晴れと言いたいところだが、ナイト・ショットの弱点を私は知っている。あくまでチェーンを封じるのは選択したカード1枚のみ、つまりこういう抜け道がある。

 

「まず左側のカードを発動。通常罠、マスター・ピース。墓地のガールちゃんと熊っちを蘇生し、ホープの名を持つエクシーズ召喚を行う」

 

 これだ。まず、狙われたカード以外を発動する。ここでナイト・ショットとの互換が切れたことで、さらにこの発動に対しチェーンする形でならば問題なく今狙われているカードも発動できる。これで……。

 

「抜かりないわね、でも駄目よ?そんなに詰めが甘いんじゃ、全然届かないもの。なら私は、マスター・ピースの発動に対してライフを半分払うわ」

 

 ギクリ、と嫌な予感に背筋が強張る。ライフコスト半分。チェーン3のこのタイミングで?そんなことが可能なカードは極めて数少なく、そしてそのカードは私の計算を大幅に狂わせる。警鐘が頭の中でひときわ大きく……いや、違う。この館内に実際に、けたたましい警告色の赤いランプと共に不快感を誘発する甲高いアラートが響いている。

 

 アラビア LP4000→2000

 

「カウンター罠、レッド・リブート。ライフを半分払うことで手札から発動して、その罠を再セット状態に。そうそう、デッキから好きな罠を1枚選んでセットしていいわよ?」

「……強化蘇生!」

 

 何がセットしてもいい、だ。確かにそれはこちらの権利として認められるけれど、あれはそんな破格の待遇が無料で通るほど甘いカードじゃない。今伏せた強化蘇生も、再セットさせられたマスター・ピースも。そしてこの本命のカードも、分類も枚数も一切関係なく、全ての罠がこのターン私は発動できない制約が課せられる。

 

「そしてナイト・ショットの効果で、改めて私が最初に選んだカードを破壊。トラップトラック?なるほど、惜しかったわね」

「うるさい……!」

 

 墓地に落ちたカードを見て、アラビアが例のごとく私の心を苛立たせる笑みを浮かべる。トラップトラックは、私のフィールドのモンスター1体を破壊しつつデッキから任意の通常罠を、それも伏せられたターンにでも発動可能な状態でセットできるカード。これでおもちゃ箱を破壊しつつ、フリーチェーンでのエクシーズ召喚が可能となるワンダー・エクシーズを構える。本来マスター・ピースで展開可能だった希望皇ホープも合わせれば、初手で出鼻を挫かれたなりにそれなりの盤面を構えることもできたはずだった。

 しかしそれも全てが机上の空論。読みが外れ、計算を狂わされ、あとに残ったのは攻撃力0を無防備にさらすおもちゃ箱のみ。

 ……と、思っていてくれているだろうか?確かに今のレッド・リブートは痛手だが、まだ手詰まりではない。まだ、私には切れる札がある。

 幸い、苛立っているように見せかけるのはまるで難しいことではなかった。別に、私が演技派というわけではない。単に、この女が少なくとも今この瞬間においてはこの場のイニシアチブをとっているという事実が腹が立って仕方がないのは紛れもない事実だというだけのことだ。なので見せかけるというよりも、正直に見せつけたと言った方が正しい。その理由をどう解釈しようが、当然それは私の責任ではない。

 さあ、問題はここからだ。前回のデュエルではこの女、下級モンスターでちまちまと殴りつつゆっくりと状況を整え、締めに大型を出してくるスタイルをとっていた。私に言われたくはないだろうが、悪く言えば悠長な動きである。ただ、あれがまるっと本気だったとも思わない。

 

「私のフィールドに効果モンスターが存在しないことで、天威龍-アーダラを特殊召喚。そしてレディ・デバッガーを通常召喚、効果でレベル3以下のサイバース族、ビットロンを手札に加えるわね」

 

 天威龍-アーダラ 攻0

 レディ・デバッガー 攻1700

 

 まず立ち上る煙のように捉えどころのない姿をした龍が、次いでどことなくテントウムシのような女性型モンスターが現れ、ハイテンションに掲げたその手のうちに四方から0と1の渦が寄り集まっていく。渦は圧縮され形を整えやがて1枚のカードとなり、持ち主であるアラビアに手渡された。ビットロン、レベル2の通常モンスター。となると、デッキスタイル自体は変わっていないらしい。まあ、ここで全く違うデッキを持ち出されてもこちらとしても反応に困る(主に知ったこっちゃない勝手に好きなの使え、という意味で)のだが。

 

「手札から効果モンスター以外のモンスターを墓地に送り、手札のコスモブレインを特殊召喚。その攻撃力は、墓地に送ったモンスターのレベルの200倍上がるわ」

 

 コスモブレイン 攻1500→1900

 

 御大層で大仰な格好をした、いかにも魔法使い然とした大魔法使い。その攻撃力は最上級どころかようやく下級アタッカークラスでしかないが、問題なのはその効果の方だ。

 

「コスモブレインの効果を発動。効果モンスターのレディ・デバッガーをリリースして、デッキから通常モンスター1体を特殊召喚するわ」

 

 ああ、やはり。そしてこの女がここにきて呼ぶようなモンスターと言えば、まず間違いなくあれだろう。そんな思考を裏付けるかのように、巨大で重々しい何かがずん、と床を突く音がした。巨大な槌、見た目通りに中身の詰まった超重量級の一撃が、ゆらりと図書館の本棚の影と影の間に浮かび上がる。

 

「―――――サプレス・コライダー」

 

 サプレス・コライダー 攻2800

 

 まだ、まだどうということはない。ここまでは予想の範囲内、そのまま突っ込んでくるのならこちらも特に言うことはない。ただ、気になるのはあの……。

 

「レベル7のコスモブレインに、レベル1のアーダラを―――――チューニング」

「シンクロ……」

 

 チューナーモンスター、そして効果を使い終わった低打点高レベルのモンスター。シンクロ召喚をしろと言わんばかりの組み合わせの時点で、こうなることは読めていた。問題は、それで何が出てくるかだ。私のカード知識で思いつく限り、最悪のパターンが1枚。次点、というか次悪?でもう1枚。いやそんな言葉があるかどうかは知らないが、ニュアンスとしてフィーリングで。いずれにせよこのどちらかが出されたら、正直かなり厳しいことになる。

 そして、嗚呼。龍脈の化身と宇宙の魔法使いから出てきたのは、今一番見たくなかった漆黒の腕に漆黒の翼。どこをとってもただただ黒に染め上げられた、立体化した影にすらも錯覚するような龍の姿。

 

「―――――ダークエンド・ドラゴン」

 

 ダークエンド・ドラゴン 攻2600

 

 マナー違反とは知りつつも、それでもなお湧き上がる思いに小さく舌打ちが漏れる。手札に、そして盤面に目を落とす。伏せられた(正確には伏せさせられた)3枚のセットカードも、この手札にあった逆転の隠し札―――――光属性の戦闘の味方、オネストの存在も。全てが無駄になり、無に帰る。

 

「ダークエンド・ドラゴンの効果発動。攻守500を引き換えに、相手モンスター1体を墓地に送らせてもらうわね」

 

 ダークエンド・ドラゴン 攻2600→2100 守2100→1600

 

 おもちゃ箱が漆黒の炎に飲まれ、その包装はついに一度も解かれることのないままに塵すら残さず消え去っていく。この処理は破壊ではないため、リクルート効果も当然発動は不可、と。嗚呼まったく情けない、どうしようもなくやりきれない。認めたくないほどに、けれど何よりも明白に、これは私の完敗だ。

 だけど、私の情緒をかき乱すのはただ客観的に見てあれだけ大口叩いたうえで普通に敗北した、という事実だけが理由ではない。子供じみているとは思いつつ目を合わせる、顔を上げる気にもなれず俯く私の耳に、アラビアの声がふわりと響く。

 

「ダークエンド・ドラゴンと、サプレス・コライダーで攻撃」

 

 ダークエンド・ドラゴン 攻2100→平間(直接攻撃)

 平間 LP4000→1900

 

 そうだ、もしこれがただ負けただけならば、こんな気持ちにはならなかっただろう。

 

 サプレス・コライダー 攻2800→平間(直接攻撃)

 平間 LP1900→0

 

 

 

 

 

「…………」

 

 何よりも情けないのは、私の戦術にミスがなかったことだ。あれはあの手札の中で取れる最善手だった、どれだけ思い返してもそうとしか言いようがない。それにスロースターターな私のデッキにとって、出鼻を挫かれたうえで速攻まで仕掛けられるのは悪夢のような相性の悪さだ。

 

「なんて、馬鹿みたい」

 

 自嘲の言葉が口をつく。こんなもの、単なるみじめったらしい言い訳に過ぎない。ぐずぐずと丸まって哀れっぽく傷を舐めるだなんて、私はまっぴらごめんだ。そうしたところで誰も助けてなんてくれないのは、ほかならぬ私が誰よりもよく知っている。だから今のデュエルは手も足も出なかった、それが全てだ。

 そう頭ではわかっていても立ちつくす私をよそに、また元の椅子に座り直したアラビアがすっかり湯気も収まってしまった紅茶のカップを口元に運ぶ。唇を付けたそれを傾ける前に、どこへともなく独り言のように言葉を紡いだ。

 

「君は年齢の割には聡い子だけど、世界はまだまだ広いのよ?一度知り尽くしたと思った世界に、また把握しきれない異物が増えた。この私もそうだし、それこそあの時を裂く魔瞳もそうね。だから君が感じているのは、結局は不安の裏返し。でも、ね」

 

 そこで一度言葉を切り、髪に隠れていない片目を閉じて今度こそ紅茶を口に運ぶ。すっかり冷めたと思われるそれがまたテーブルの上に置かれた時、そのカップの中にはいつのまにか数個の氷が入っていた。

 

「さて、これは冷めてしまった紅茶?それともアイスティーかしら?結局見ようと工夫次第で、世界は何度だって手のひらを返せるの。これまで世の中は君に牙を剥いてきて、そんな側面しか受け取ってこなかった君はまだそれの半分しか知らない。でもこれまでの生活からは知らなかったものが増えてきて、その価値観は揺らぎつつある。その裏返しは、同時に君が心の奥底で無意識に感じている期待の一側面でもあるのよね。ふふっ、どうかしら、ここまで。なにか間違っていたかしら?」

「知った……口を……」

 

 わかっている、わかっている。どうにか返した形だけの拒絶の言葉にはまるで覇気がないし、私はいまだにアラビアと視線を合わせられない。

 だけどこの言葉のおかげ(あるいはせいで、と言うべきか)で、ようやく私の中でこの女がいちいち癇に障る理由に得心がいった。安っぽい形だけの博愛主義者様万々歳な同情も、極々世間一般的な人間未満の生命体に対する差別以前の区別的思想も嘲りも。これまで私にとって当たり前だったそれが、この女からはまるで感じられないのだ。有馬もかなりフラットな、思い切り悪しざまに言えば私にわざわざ関わりを持ちたがる割と気狂いに片足突っ込んでいるような感性の持ち主ではあるが、それでも私と会話する際にはどこか遠慮というか気を使っている節が感じられる。どれだけうまく隠したつもりだろうが、その感情を向けられる側からすればやはりわかるものだ。

 それが、この女に限りまるでない。これまでの私の人生経験、『集合知』ありきの世界の中で培ってきた価値観がまるで通用しない。その未知の感覚が、こちらの神経をすり減らしていたのだ。

 ……いやこれ、発見はいいが気づいてもどうにもならないのではないだろうか?問題が性格とかそういったところ以前にある以上、この女と私の反りが合うことはなさそうだ。別に合わせたいとも思わないが。

 ただ、まあ。いつか必ず今日の借りは返すけれど、丑の刻に藁人形へ五寸釘をごんごん叩き込みたくなる程度には思うところあるけども、あまり無闇な喧嘩を売るのは控えようと、思う。

 

「また何かあったらいつでもいらっしゃい。待ってるわよ」

 

 その言葉が、言い終わる前から急激に遠くなっていく。今日の所はもう帰れ、というわけだろう。私としても差し当たりの用件は済んだし、それよりも今は考えたいことができてそちらで頭がいっぱいだからこの強制帰還も望むところだ。この私の【プリンセス・コロン】は、今日ここで完膚なきまでの完敗を喫した。今のままでは、私が腕をどれだけ磨いたとしても限度はある。となれば、取るべき道はただひとつ。

 ずばり、デッキの改造だ。これまでのコンセプトは崩さずに、より強力にグレードアップさせる。今度こそ負けないために、(主にあの女に)今度こそ大きな顔をさせない、なんでもかんでも知ったような大口を叩かせないために。こんな思いの前に甘んじるのは、もう今だけで十分だ。

 

「……デッキ。私の」

「え?」

 

 これまでデュエリストのたしなみとして新カードにはいちいち目を通してきてはいたものの、基本的なギミックはもう従来の形で完成しているからとあまり熱を入れてはこなかった。しかし、もうこれからはそんなこと言っていられない。どんなカードを取り入れて、もっともっと強くなろう。私も、私のデッキも。

 

「平間さん、顔が悪いよ……?」

「覗き」

「はい。黙ってます……」

 

 (言いたいことはわかるのだが)なんだかどさくさに紛れてものすごく失礼なことを言われた気もするけども、スカート覗きのカードがこんなに刺さることが分かったことに免じて聞き流してやろう。私の心は今、負けた悔しさや喪失感よりも何かが変わるという高揚が勝っているせいで寛大なのだ。




なんだか拙作『摩天楼』こと『遊戯王BV』を彷彿とさせる話の流れに。
ほんっとにこれに関してはわざとじゃないです、なぜか書き進めるとそういうことになってしまったというか……はい、単に私の引き出しが少ないだけです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。