半年オーバー放置はさすがにちょっと言い訳のしようもなし、エタったと思われても、というか事実上エタってたようなもんですね、はい。
突然だが、はい問題。
「すみませんでした!」
「すまなかった!」
学校到着開口一番、いきなり暑苦しく平身低頭された私の気分を述べよ。ただし後ろには昨日と同じく何が楽しいのか登校時点から付いてきていた鳥居が控えており、私は昨晩デッキ構築に難儀した(しかも結局練りきれていない)ためほぼ眠れておらず朝から気分は最悪であるものとする。始めた時はここまで難儀するつもりは全くなかったのに、全く持って思わぬ誤算だ。
「……あ?」
我ながら不っ機嫌なことこのうえないドスの効いた唸り声(少なくとも花も恥じらう乙女の出していい音階ではなかったかもしれない。反省反省)にややひるんだ様子を見せながらも、まず気丈に声を上げたのは昨日私の方に突っかかってきた頭痛の種1号こと委員嬢、もとい
「とぼけなくても結構ですわよ、平間遊雪さん!」
「テンション高い。うるさい」
なんだか妙に元気なのは大変結構な事ではあるけれど、それも私に迷惑をかけなければ、が大前提の枕詞だ。特に今はこう至近距離でバシバシ大声出さないでほしい、主に寝不足の頭に響く。
という事が言いたかったのだが。やはりこのエセ委員長兼エセお嬢様(これに関してはどっちも私が勝手に言っているだけなのだが。ただどちらで呼んでも無駄にしっくりくる彼女も彼女ではないかと私は思う)とはあまりにもお互い住む世界が違い過ぎるがゆえにか、なんだか微妙に話が通じていないようで。
「そんな、謙遜ですか!?あの後聞きましたのよ、こちらから呼びつけた上に突然に倒れた私……いえ、それだけではありませんわね。私の友人たちの事まで助けて下さった後、お礼をする暇もなくそっと姿を消した、と!」
「……ん?」
いやまあ、事実だけ並べれば真っ赤な嘘ではないだろう。甘ったるくて吐き気がするようなお優しい善意と馬鹿馬鹿しくて笑い倒した挙句一周して口角を上げる気も失せるような、嘘にまみれた極めて不健全な大本営発表というコーティングをすれば。私は少なくとも、自分がそんなできた人間からは程遠い事をよく知っている。なにせ、再三言われてきたように私に人間としての価値もないのだから。
ともあれそんなすれ違い、どう考えても面倒だからと放置しておいては絶対後々もっと面倒ごとになるのは目に見えている。特にこの委員嬢の場合、私にはない人望だの取り巻きだの影響力だの発言力だのがあるぶんなおさらだ。
「そっちが起きなかったから。私は、人を呼んだだけ」
助けた、なんて馬鹿げている。彼女がどう勘違いしているかは知らないが、私はちょっと揺すって起こそうとして(しかも後半は扱いが雑になってひっぱたいた覚えもある)、後始末を適当に押し付けてさっさとその場を離れた、ただそれだけだ。しかし視線を逸らす私の所在なく垂らしていた手が、ぐっと両手で握られる。
「……何」
「それでも、私は貴女にお礼とお詫びを言いたいんです、平間遊雪さん。昨日私がやった事は、はっきり言って恥ずべき事でした。たった1人を相手に数に頼るような真似をして、強引に勝負を挑んでしまい……信じていただけるかは分かりませんが目が覚めてから今朝に至るまで、幾度となく反省しました。あの時は自分でもどうしてかわからないのに、なぜだか突然貴女にデュエルを挑まねば、どんな手を使っても勝たねばという気になりまして……本当に、申し訳ありません」
「ええ、えっ、と」
謝罪。それも散々聞きなれた口先だけの物や侮蔑混じりのそれではなく、心から自らの非を認め許しを請うもの。もしかして私は、アドリブに弱いのかもしれない。これまでの人生で経験の無いもの、知識として知ってはいても済む世界が違う概念だと思っていたものを突然目の前にし、ここまで言葉に詰まるとは。ただただ、やりにくい。
「平間遊雪さん。正直言って私は、これまで貴女の事を誤解していました。そのことについても、謝罪させていただきます。あなたの……その、特異体質については私も存じていますが、それで同じクラスであっても距離を置いていたうえ先日は一方的に迷惑をかけた私に対しても」
「待って。長い長い長い」
どうにか言葉を絞り出せたのは、人生初の経験に対する戸惑いを隠すため話題をそらそうとしたのが半分。狼狽は弱み、弱みは見せたら食い物にされる。それは、わたしの控えめに言っても偏った人生経験から好みに刻みつけられた常識のひとつだ。
そしてもう半分は、放っておくと彼女はいつまでもいつまでもこのはきはきとした声で噛むことも舌がもつれる事もなく、ぶっ通しで喋り続けるであろうことが容易に予想できたからだ。普段からよく喋りよく笑ってきたのだろう、そしてその相手も片手で数えきれないほどに侍らせていたのだろう。彼女の両手に握られていない方の左手でストップとジェスチャーし、おとなしく口を噤んだところでそれでいいと小さく頷いてみせる。
「それ、結論は?」
「結論、ですか。そうですね……やはり感謝と、謝罪の言葉がひとつ。それともうひとつ、私とお友達になってください」
「うん……うん?」
前半はまあわかる。いやわかりはしないが、この短い間に何度も連呼されていたら少なくとも言いたいことは伝わってくる。後半、今何と言ったこの女?
さすがに今の正気の沙汰とも思えない発言は聞き直そうと向き直った私の視界に映ったのは、両手で握ったままの私の右手をさらに強くつかんでずずいっと距離を詰めてきた(私の方が彼女より頭半個ほど背が高いので、より正確に言えば斜め上に距離を詰めてきた)委員嬢の顔だった。
「普段から貴女の事を誤解しており、しかも直接の迷惑をかけられてなおその相手を助けようとする高潔な精神!私の知る由もなかったそのデュエルの腕前!正直な所人間としてあらゆる面で完敗した気分ですが、このまま貴女の下のままで終わるつもりはありません。ですがそれ以上に、私は貴女という存在に敬意を表すことにしました。同じデュエリスト同士これからはライバルとして、そしてお友達としてやっていきたいのですが、よろしいでしょうか?」
よろしくないです。
なんて言えたらそっちの方が楽だろうが、これだけぐいぐい詰めてこられたせいで気付いてしまった。委員嬢、少なくとも今この瞬間に限っては本気の大真面目だ。『集合知』の事が周りに知れ渡ってから小学校に入る前後辺りまではよく、いわゆる罰ゲーム告白の亜種として常にだれからも相手されなかった私に(いやいや)話しかけさせられたり、珍しく遊びに誘われたと思ったら嘘の予定で待ちぼうけされるのをずっと陰から笑われていたりと……まあつまり、そういう悪意を見分ける目は嫌でも鍛えられてきた私だからこそ、わかることもある。見慣れたそれらの有象無象と目の前の変人の目は、明らかに違う。
「……」
だから、ほんの一瞬。さっさと首を横に振って話を打ち切るのがベストでマストだ、それはよくわかっている。わかっているはずなのに、迷いが出た。いやいやいや迷いじゃない、私はそこまでお優しくない。目の前の真っすぐな目、その温室育ちの純粋培養さに対する呆れが先に出たん、だろう、きっと。私にはこれまで手に入らなかったあまりの眩しさにそれを直視できなかった、あるいはその輝きに絆されたなんて、私はそんな殊勝なタマじゃない。
ただこの熱の入れようからして、ここで仮に断ってもまだ食い下がって来るであろうことがひとつ。昨日あれだけたくさんいた取り巻きが、適当な頃合いで頭を冷やして目を覚まさせてくれることを期待してもうひとつ。そして例のカード、時を割く
「…………好きにして」
だから結局、私はこう答えた。喉が張り付くような感覚に、ただ声を発する程度のことがひどく難儀する。
ま、まあ?昨日のデュエルを見た限り彼女は決して馬鹿ではない、私と関わり合ったところでなんらメリットがないことくらいはすぐに自分で判断がつくだろう。そうすれば、おのずとまた距離を取る。そして私も、それについて蒸し返すつもりはない。一時の気の迷いという弱みを握った事実は多少今後の私の平穏な生活のため使わせてもらうことがあるかもしれないが、それにしたってあまり深入りする気はない。少し経てばまた何も変わらない、誰からも相手にされない平穏な暮らしが戻って来る。
そして私がそう思っていることなど知る由もなく、委員嬢の表情は目に見えて和らいだ。
「よ、よかった……では、これからはクラスメイトとして、そして友人として、もちろん私をこの学校で初めて負かしたライバルとして、改めまして宜しくお願いしますね」
「……はいはい」
なんだかすごい下手を踏んだような気もするが、ともあれ委員嬢の話はこれでおしまいという事でいいだろう。はい次、次だ次。
「よし、なら次は俺の番だな。といっても、もう俺も言いたいことは今のでほとんど全部言ってもらえたんでね。改めてすまなかった、『転校生』……いや、有馬弾道。あんな連戦で勝とうなんて、あの時の俺はどうかしてたのさ。しかもそれで普通に負けてるんだ、もう『言い訳』なんざやりようがない」
「とんでもないよ!こっちこそ、昨日はデュエルしてくれてありがとう」
はーあ、そして私の後ろからようやく顔を出した脳天お花畑ときたらまたこれだ。喜び勇んで(そりゃもう、振りたくられた尻尾とピンと立った犬耳が幻視できるほどだった。いくら越してきたばかりとはいえ、お友達がそんなに欲しいもんなのかね?全く何が嬉しいんだか)自分の方から手を差し出して固く握手する男2人を、思い切り冷めた目で見る。
自分からこんな歯が浮くようなセリフ、私には絶対口にできない。というかこんな全盛の塊すぎて引くような言い回し、むしろいっそ紛れもない下心や純粋純烈純真な嫌味で言ってくれる方が私はよほど信用も安心もできるのだが、これもこれで間違いなく嘘偽りない本音だろう。これまで私は周りの人間からは距離を取りつつ引かれつつ、でお互い決して交わらずに生きてきたので知る由もなかったが、どうやら世界には私の想像していたよりもはるかにご立派なお方が多いらしい。どいつもこいつも
「お前たち、もうチャイム鳴ったぞー。早く席に着けよー」
だからちょうどそんなタイミングで教室に入ってきた教師の手によって強制的に会話が切れたことが、むしろ私には有難かった。
……が。授業中ならばいざ知らず(少なくとも学生の本分をおろそかにしない程度の良識はあの2人にもあったらしい。昨日は事情が事情なのでノーカンにしておこう)、当然学校には放課の時間というものがあるわけで。もとより話す相手もおらず別段楽しい時間でもなかったが、話しかけてくる相手がいるというのもそれはそれで鬱陶しいものであるという新たな知見を得るに至った。いらない。
「お昼を食べましょう!」
やっかましい大声に席に着いたまま半覚醒状態で(周りの奴らは全員敵だ。敵陣のど真ん中ですやすや寝込むほど平和ボケはしていない)うつらうつらしていた私がしぶしぶ意識を引き戻して顔を上げると、バーンと効果音が付きそうなほどのドヤ顔で胸を張り、手にした可愛らしい花柄の包みを揺らす委員嬢と目が合った。まずゆっくりと後ろを振り返り、そこに誰もいないことを確認する。
ええい、めげてなるものか。
「……私?」
「はい!お友達ですもの、親交を深めるためにともにお食事をしましょう!」
「えぇ……?」
一縷の望みをかけた問いかけはばっさりと切り捨てられ、我ながら露骨に嫌そうな声色と引きつった顔にも欠片も怯まずに手近な机の向きを変えて腰かける(関係ないがこういう他人の席に対して一切躊躇がないあたり、所作のひとつひとつはさすが陽キャだと思う、全く羨ましくはないが)。何が嬉しいのか私の顔を見つめながらニコニコしている彼女の笑みはそのお嬢様然とした顔立ちや態度とは対照的な親しみやすさが溢れており、普段のもう少し理知的な言動とこういうところのギャップが周囲の人間を落として大量の取り巻きを手に入れてきたんだろうとなんとなく実感する。ただあいにく、それで絆されるほど私は素直に育ってきていないというだけで。
「あら?お昼……?」
私の前、他人の席に躊躇いもなく座って机の向きを変え(何度も思うがまずこれができる所が凄い。陽キャのノリというものだろうか、棲む世界の違いが所作のひとつひとつに現れている)、そこでようやく私の机には何も置かれていないことに気が付いたらしい。不思議そうにきょろきょろと周りを見回すが、そんなところを見ても弁当が隠れているわけではない。
「……ない。今日は」
「まあ!?理由をお聞きしても?」
「……デッキを作ってた。時間が足りなかった」
はよ帰れというオーラはだいぶ隠さずに出したつもりだが、委員嬢はなおも食い下がってくる。この存外強いペースに私ともあろうものがやや押されかかっているのか、つい余計な情報まで口にしてしまっていたことに気づいたときにはすでに遅かった。
「まあ!」
話題を見つけたと、あからさまに目を輝かせて机越しに詰め寄ってくる。近い近い。
「それで、そのデッキは完成したんですの?私にも見せて頂けます?」
「は?」
ああ、これは。実際口に出すまで自分でもわからなかったけれど、今日イチで冷たい声が出た。どうして私のデッキを、お前に見せなければならないんだ。これは私の、私だけのものだ。これ以上私の、誰にも口を挟ませない本当に最低限の居場所すら奪おうとするな。
そしてこの怒気は、さすがに目の前の彼女にも通じたらしい。露骨に口澱んで椅子に体を預け、互いの距離がまた元に戻る。
「……っ……すみません、少し不躾でした」
また空いた距離を、こちらからは当然詰め直さない。そんな義理もつもりもない。
……それでも、だ。はっきりと見て取れるほどに怯えと後悔混じりでありながらも、いやむしろそれだけマイナスの感情を抱きつつもまだ踏み込みすぎたことに対して私の目を見て謝罪する、その根性は少しだけ気に入った。
私は別に、自分の境遇に対して反逆したり突っかかったりする気はない。いやむしろそんな気力がない。正義の味方がいるとして、守られるのは私じゃなくて周りの方だろう。何をどう取り繕おうと、現に私に『集合知』の声は聞こえない。となれば差別ではなく正統な区別に、盲目的に歯向かったところで何になる?ただそれは、私の陣地を守らないという問題ではない。不干渉ならばそれでいい、陰口ぐらいならば見逃してやる。だが一定ラインを越えて私の内面に踏み込んだり、私の狭く小さな寛容のスペースを上回るものをぶつけてくるというのであれば自衛のために、そして周囲から舐められないだけの力を喧伝するためにもその報いは受けさせる。そうやって、この小さな小さな平穏を私は一人で維持してきた。
そしてまともな感性にはこちらも感性を、礼儀には礼儀を返す。下手に全方位に牙を剥き続けて角を立てるよりも、その方がかえってお互いに干渉せずに済むこともある。いや待てよ、私に対してさも人間のような扱いを向けることが、果たしてまともな感性と呼べるのか?一種の哲学だ、このテーマはまた暇なときにでも考えよう。
と、今日も元気に閑話休題。元々向けられてはいたものの先ほどから一気に強まった、そちらに目を向けずともあちこちから感じる非難と敵意混じった大量の視線。これは、この委員嬢の優しい優しいご友人たちのものだ。どうせ私が目線を向けたら睨み返してくる気概もないであろう彼ら彼女らに比べれば、少なくともこの女は私の傍に近寄ってきて、あまつさえ話しかけてきて、本人なりのやり方で距離を詰めようとして、自分のしたことに対し謝罪を述べた。肝心の私がそんなことされても迷惑なのだという根本的な問題にさえ目を瞑れば、よくやってる方だと思う。肝心の私にとっては本当に、本当にいい迷惑なのだが、その心意気には一定の敬意をこちらも示そうじゃないか。さあがんばれ私、口を開いて喉に空気を入れろ。声の出し方は、腹に力を入れるんだ。
「神、さん」
「え?」
「……その、いいの。私は、わかってくれる、なら」
嗚呼駄目だこれは、本当にこの陽キャという人種は私と種類が違う。世界が違う。頭の構造からなにまで違う。とてもじゃないが、特定個人に対して自分から話しかけるなんて偉業のハードルは私にはあまりに高すぎた。
向こうから来るというのなら、敵意や悪意があるならば、私もずっと楽に応対できるのに。それが自分からとなると、まず口を開くだけで精一杯。あれだけぼろくそ言っておいて堪えきれずに目は逸らすし、頬はすっかり赤くなっているほどに熱い。絞り出した言葉も何が言いたいのか支離滅裂で、その順番すらも無茶苦茶で。いかに人間と会話してこなかったのか、これ以上ないほどに自分自身に見せつけられる。
それでも、委員嬢が馬鹿じゃなかったのは幸いだった。そして、ほんの少しだけ不幸だった。見ずともわかるしょぼくれ具合から嫌でも伝わる喜色満面まで、よくもまあこんなに感情の振れ幅が激しくなれるものだ。
「本当ですか、よかったぁ!」
「……ん」
……まあ、この態度だって所詮は一過性のものだ。例えるなら、道の端で見た捨て犬に手を差し伸べたら威嚇されたか懐かれたか、の差でしかない。上から目線の気まぐれで、ほんの一時勝手に満足して終わるお優しい人間様のお遊び。生き抜くためには野良犬であり続けなければならない私に、一方的なエゴを勝手に始めて勝手に飽きるまで押し付けるのはそんなに楽しいだろうかね?
もっとも私、実際に捨て犬なんて見たことはないが。物の本によれば一昔前にはそういうこともあったらしいが、仮に今そんなことをしようものなら『集合知』によってその情報は捨て主のものも含め、周辺一帯へと一瞬で拡散されるだろう。ああいや、この言い方は不正確だ。正確には『私以外の』周辺一帯に、か。
ともあれ、そんな私が生まれるよりも前に過去の遺物と化した概念の話はどうだっていい。また元気になったこの委員嬢は、まだ私に上からの庇護と甘ったるいお友達節を押し付けてくるおつもりらしい。どうしてやるのがいいかと思案していると、幸いにもそこで区切りのチャイムが鳴った。
「あら。それでは私、戻りますわね」
そういってぱたぱたと席を立ち、机の向きを戻して元の居場所に戻っていくその後ろ姿をぼんやりと見送る。こんな会話のしがいも面白みもない女に構わずとも、委員嬢の周りにはもっと話も趣味も合う取り巻きがたくさんいる。そのことには彼女も気づけたろうし、だったらわざわざ私のところに来ることもない。これでまた、お互い元の生活に戻れるだろう。
と、そんなことを考えていた瞬間が私にもあった。
「平間さん、一緒に帰りましょう!」
「えぇ……」
どうやらこの委員嬢、思ったよりも捨て犬に構いたくなるタイプだったらしい。こうなるともう駄目だ、何を言ったところで聞きやしないだろう。それこそ、犬猫がどんなに嫌がっていてもお構いなしに引っ付こうとする飼い主のようなものだ。
「有……チッ」
たまには役に立てと咄嗟に辺りを見回すも生憎あの男、有馬弾道の姿はすでに教室にない。いやないというか、昨日の大立ち回りはどこへやら今日一日でよほど気に入られたのか、戸羽の奴に肩を組まされて無理矢理連行されていく後ろ姿だけが辛うじて見送れた。そこだけ見ればまるで昨日のリフレインのようでもあるが、ガハハと馬鹿笑いする声が廊下から聞こえてきているため多分大丈夫だろう。しかしいなくていいときは子犬みたいに私について回ってきたくせに、極極々珍しくもしかしたら役に立つ可能性が無きにしも非ずかもしれない時にだけいないとは何たる身勝手な奴。私のスカートの中身はそんなに安い見世物ではないのだが、アイツ覚えとけよ。
仕方なく自分で断ろうとして、ふとあるアイデアが閃いた。通学鞄に手を突っ込んでお目当てのそれ、デュエルディスクを引っ張り出す。
「あら?」
「これで決める……その、デュエリストなら。あなたも」
さあ、これならさすがに断るだろう。何せあの大惨事からまだ昨日の今日だ、まともな神経の持ち主ならばそんな相手の誘いには乗ってくるはずがない。たとえ倒れた原因が私そのものにあるわけではないと頭で理解しているとしても、だ。誰だって自分は可愛いもの、その判断を咎めるつもりもない。それで勝手に後ろめたくなって私に話しかけなくなるというのなら、それはそれで私にとっては万々歳だし、もしこれで承知するとしたら、そいつはよっぽどのデュエルバカだ。
…………だけど、だけど、だ。ほんのちょっぴりだけ、この委員嬢がそんな「よっぽどのデュエルバカ」であることを期待している私がいたことも、否めなくて。だからただばっさり切って捨てるのではなく、こんな譲歩するような格好をしてみせたりもして。でもどうせ、そんな変人はいない。まして、彼女のようにスクールカーストの最上位に位置するような陽キャには。
だが、この委員嬢ときたら。嗚呼嗚呼まったく、本当に。
「本当ですか!」
一も二もなく飛びついて、デュエルディスクを掲げた私の手をぎゅっと両手で握りしめてくる。言い出しっぺの手前もはや引くこともできず、せめて場所を変えようと小さな抵抗をするくらいしかできないのだった。人のいないところ、という私がつっかえつっかえながら辛うじて出した要望に、少し首をかしげて考えてから委員嬢が出してきた案はなんとつい昨日、鳥居たちがデュエルしていたあの屋上。私のところに一切の情報が入ってこないから知らなかっただけで、まさかあの場所はこの学校のデュエリスト御用達のポイントだったりするのだろうか?まあ、それならそれで金輪際近づかないようにするだけなのだが。
ともあれ、だ。とりあえず今日の所はその提案を断る理由もないため2人で歩く最中、目の前で揺れる委員嬢の背中を見つめながらこっそりそっと自分の胸に手を当てる。その手のひらから伝わる自分の心音は、もうすっかり落ち着いて……いや、まだ少し普段より早い気もする。あの時、彼女が何のためらいもなく私の提案を呑んだあの瞬間。どこか胸が高鳴ったような気がするのは、あれだ。断じて絶対どう考えても私がちょろいなどというわけではなく、勝負への高揚だ。昨日の調子を見る限り、興醒めな介入がなくとも彼女は強い。今度こそあやが付かない強者とのデュエルを、この進化させた私のデッキの初陣にすることができる。それが、嬉しい。次はどんな奴が『扉』と『鍵』に群がってくるにしても、そこでぶっつけ本番にこのデッキを使わずとも済む。というか私には調整に付き合ってくれる相手などいるはずもないのだから、実際そうする覚悟もしていたわけだし。しかし、相手してくれるというのならば話は別。さあ、思う存分戦わせてもらおう。
「……ふふ。ねえ、平間さん」
「ん?」
人気のない屋上に忍び込んで向かい合い、デュエルディスクを構えさあこれからという大事なところ。しかしそこで気勢を削ぐように、昨日体育館で見せていた雰囲気とはまるで違う柔らかな笑みを浮かべた委員嬢が話しかけてくる。
「私、こんなに早く貴女にリターンマッチが挑めるとは思いませんでした。なのでその点、まず感謝させていただきますわ。私はこれまでこの学校に入学してから無敗を保ってきましたが、その戦績に初めて土を付けたのが貴女ですの」
「過去の栄光、自慢話?私は、あなたの太鼓持ちじゃない」
「あら、そんなつもりありませんわよ」
実際、今のは私が悪いのだろう。昨日までの自分を懐かしむようなその声の響きには私が反射的に邪推したようなお礼参り概念や自分には対戦相手の友達がいる煽りといった負の感情は一切含まれておらず、ただただ純粋に良き思い出としてこれまでを懐かしみ、同時にこれからに思いを馳せる未知への希望に満ちていた。
……当然日陰者の私には、そのどちらも縁がない。私にとって過去の全ては敵対と孤独とコンプレックスの蟲毒で、未来なんてものはまた畏れられ、嘲られ、馬鹿にされる日々の積み重なりだ。が、それをぶつけるのはさすがにお門違いというものだ。わかってはいても、条件反射は止められない。
「私は、嬉しいんですの。貴女はたった一人で、私の居た世界の狭さを見せてくれた。昨日のことは正直なところ途中から記憶が飛んでいますが、経過がどうであれ私が負けたことはデュエルディスクの記録からも疑いようのない事実ですわ。ならば、今度は私一人の手で。私は、私のお友達と互角以上に戦えると。自分自身に証明してみせますわ!」
「……勝手にやって。私、勝つのは」
そう言い捨てはしたけれど、正直意外だった。つまり、私もまだこの委員嬢のことをナメていたのだろう。昨日の時点で生温い生活に頭までどっぷりつかってるような陽キャの割にはかなりの手練れだとは思っていたけれど、よもやここまで真剣にデュエルと、勝負と向き合っていたとは。
先ほども思ったけれど、そういう筋金入りのデュエルバカは……決して、嫌いではない。
「「デュエル!」」
「私が先攻を頂きますわ。ハンマー・シャークを召喚し、効果を発動。自身のレベルを1つ下げ、手札からレベル3以下の水属性モンスターを特殊召喚します。おいでなさい、ハリマンボウ……そしてレベル3のモンスター2体で―――――オーバーレイ!」
ハンマー・シャーク 攻1700
ハリマンボウ 攻1500
張り切って繰り出された初手は、奇しくも昨日と同じハンマー・シャークからランク3へと繋げる動き。そして出てきたモンスターも、全く昨日と同じである幸運の青い小鳥。
「そしてカードを1枚セット、ですわ」
確か昨日はフォーチュンチュンを立ててガン伏せエンドだったはずだから、それに比べれば盤面の圧は低い。まあ、なんと言ってもあれだけごたついた後での昨日の今日だ、特にデッキも変わっていないのだろう。それはそうだと納得しつつも、ちょっと気落ちするところもある。
とはいえ、フォーチュンチュンはそれなりに固い。なにせステータスは大したことがないものの対象耐性に加え、あらゆる破壊に対してもその素材を身代わりに耐える。そして対処に手間取れば、毎ターン小さいが後から効いてくるライフ回復効果。この私のターン中に破壊する、そんなことが可能なのか?
結論から言えば、可能だ。ここにいるのは、そしてこのデッキは、昨日までの私とは違う。
「これで……」
「エンドフェイズ。手札から発動」
ターンの移り変わりに待ったをかけ、手札から1枚のカードを表に見せる。目を細めてその内容を認めた委員嬢が、え?と小さく声を漏らす。まあそうだろう、こんなカード、私も昨日まではデッキに入れていなかった。
ごう、と、一気に上昇した気温と共に大きな風が吹く。巨大で力強い、生命力に満ち溢れた鼓動が校舎を揺らがさんばかりに規則正しく時を刻み、重量感溢れる足音がドンと胸を打つ。
「相手ターン、私の恐竜族2体を破壊することで、このカードは特殊召喚できる」
さらに2枚、ベビケラサウルスとメガロスマッシャー
「ベビケラサウルスまで……でしたら、チェーンして増殖するGを!」
「無粋な真似。でも、この召喚は止められない―――――超越竜メテオロス!」
頭上に邪魔するものはなく、空だけが目一杯に広がる校舎の屋上。しかしそんなまあまあ広いはずの箱庭すらもなお窮屈そうに、紅蓮の恐竜が天へと吠える。
超越竜メテオロス 攻3500
「まず増殖するGの効果で、カードを1枚引きます」
「構わない……そして、効果を続けて発動」
ここで私が使える効果は2つ。まずチェーン1で、効果破壊されたベビケラサウルスのそれを。そして間髪入れず、チェーン2でこのメテオロスの特殊召喚時効果を被せる。これにより、チェーン2で発動されたベビケラサウルスの効果に対する直接のリアクションを封じることでその能力をより確実に通す。昨夜(ほぼ)徹夜に近い中で最低限の作法として体に叩き込んだ基本技能だ、ここで相手の妨害の有無に展開が左右されるようなつまらない真似はしない。反面増殖するGでもう1枚のドローを許してしまうが、こればかりは仕方がない。ベビケラサウルスの効果が稼ぐアドバンテージは、1ドローと引き換えにしても十分お釣りがくる。
「……っ、どうぞ。どちらも通しますわ」
あの一瞬間があった反応を見るに、やはり用心を重ねたのは正解だったらしい。そうと決まれば、こちらも遠慮なく先に進ませてもらおう。
「逆順処理で、まず超越竜メテオロスの効果。特殊召喚時、デッキから恐竜族を墓地に」
少し迷ったが、ここで墓地に送るカードはレベル3のカーボネドン。素引きしてもあまりうまみがない、このカードの出番は墓地の方だ。そして、次の処理。
「ベビケラサウルスが破壊されたから、レベル4以下の恐竜族を特殊召喚」
魂喰いオヴィラプター 攻1800
「オヴィラプターの特殊召喚時に」
「ベビケラサウルスは逃しましたが、そこまでの無法は許しません!その効果に対し、手札より灰流うららの効果を使います」
桜色の花吹雪がほんの一瞬だけ宙を彩り、今まさにその本領を発揮しようとしていたオヴィラプターが出鼻を挫かれる。このカードが場に出た際の恐竜族のサーチまたは墓地送り、説明不要なほどに強力な種族単位でのエンジン係。まあ当然止める手段を持っているなら、そこを埋めてくるか。こればかりはチェーン切りでの回避も無理なので、大人しく甘んじる。オヴィラプターを盤面に出して戦力の補充ができただけ、ここは良しとしよう。
「それにしても驚きました、まさかデッキを【超越竜】に変えてくるなんて。昨日とはまるで違う戦術を持つデッキですが、しかし!種が割れてしまえば、こちらにもいくらでも戦いようはあります」
「……?それは、なにか勘違いしてると思う」
だが、その思い違いまで黙って受け入れると思ったら大間違いだ。間違いは、きっちり正しておかなければ。だって、この既に残り2枚まで減ってしまった手札にはすでに、このカードがある。
「私のターン。ドローして永続魔法、人形の幸福を発動」
「なんですって!?」
自分のターンになってようやく発動できるようになった、私のデッキの元々のキーカード。発動しただけでここまで驚かれるのは心外だ、別段文句を言われる筋合いはない。
「私はただ、強くなりたかった。だから、新しいカードでデッキを改造した」
「……何を」
「別に、それだけ。それで、もう何もない?ないなら、処理を続けたい」
人形の幸福には、発動時の効果処理として特定のカードをサーチする効果がある。それを早く進めたいがゆえの催促だったが、どこか呆然としていた委員嬢もそれで正気を取り戻したらしい。
「い、いいえ!リバースから速攻魔法、サイクロンを発動します!」
発動にチェーンされて破壊されては、最初のサーチ効果すら不発に終わる。それにしても、無数の派生カードではなくオリジナルのサイクロンとは。無論悪いカードではないし、なんやかんやで余計なコストがなく一番使い勝手が丸い点を買ったのか……あるいは何らかの理由で、伏せ除去に重きを置いたデッキ構築をしているのか。
どちらにせよここで重要なことは、あのカードは昨日私が見た委員嬢のデッキには入っていなかったということだ。つまり彼女は、この対戦にあたり昨日の敗北からデッキを更新している。本人の弁を聞く限りでは昨日までの構築で取り巻き相手には負けなしの連勝街道をひた走ってきたらしいから、最近出た新規カードでデッキのアップデートを行っているというのならばまだしもあえてあのような古参カードをデッキに採用するにはそれなりの理由、または仮想敵が必要になる。そしてそれが、この私というわけか。病院沙汰から一夜のうちにデッキに触れ古いテキストの、つまりそれだけ彼女が前からカードに触れてきた証左であるような1枚を入れ替えて。極論私と違って、私と違って(強調表現)彼女ほど周囲の人間も日常の選択肢も多い紛れもなく勝ち組側の日が当たる世界の人間ならば、わざわざこのゲームに手を出さずとも生きていける。でも、委員嬢はそうしなかった。嗚呼、嗚呼。なんと見事なデュエルバカだろうか……私と同様に。
「やるね」
「この程度でやる、などと、言ってもらいたくはありませんね。まだ、デュエルは始まったばかりですから」
だからだろうか、自然と口から出たのは(そして出した瞬間自分に驚くと同時に後悔した。こんなの私らしくもない)掛け値なしの感嘆の言葉。しかし委員嬢は不敵に、しかし強がるような笑みを浮かべて即座に返す。そんなこと自分が勝ってからにしろ、ということだろう。そんなところも、私は決して嫌いじゃない。
ただ惜しむらくは、だったらそれは無理だという所か。だって、そうだろう。
「勝つのは、私。サイクロンを受けたこの瞬間、手札からゼノ・メテオロスの効果発動」
人形の幸福を発動時に止められる……確かに昨日までならば、致命傷とまでは言わずともかなり苦しい展開を余儀なくされていただろう。しかし、今の私は違う。私は、このカードを信じてデッキに入れたのだ。あのアラビアに大きな顔をさせないために、見ず知らずの奴に私の持つものを奪われないために。
「戦闘か効果でカードが破壊された場合、手札のこのカードは特殊召喚できる」
「確かに超越竜メテオロスが見えた時点で、いつ持っていても不思議ではない、ですね。しかし、私のサイクロンまで展開の足掛かりに利用してくるとは」
仮定の話などいくらしたところでしようもないが(極端な話、私が集合知の恩恵を受けられていたら?などがこれにあたる。大変唾棄すべき意味のない仮定だ)、もしこれが破壊ではなく除外を行うコズミック・サイクロンやバージェストマ・ディノミスクス等のカードであればまた結果は変わっていた。しかしそれは、決してサイクロンという1枚を選んだ彼女の選出ミスではない。除去札ひとつとってもライフコストや手札コストとリターンのバランスを取らねばならない、それがいいデッキを作るということだ。
そして彼女のカードに対する所作からは、なんとなくだが熟慮の跡が見て取れる。最初のターンにこの場を任せるために出した壁役のフォーチュンチュンひとつとっても、同じ素材から出せる初手での様子見に優れたカードは他にもいくつか存在する。それでもあえてフォーチュンチュンにこの場を任せるに足るものがあると踏んだからこそ、彼女は15枚しかないエクストラデッキの1枠をあれに任せたのだろう。
なら、私はその判断に敬意を払う。これは、私の性格だとか他人からの扱いとか人権の有無とは一切関係ない。例え相手が猿だの犬だのチュパカブラだのでも、カードを手にするならば当然の心構えだ。
「ですが、ならばもう一度このカードでお相手しましょう。手札より、増殖するGの効果を発動します」
「!?」
ゼノ・メテオロス 攻2000
今度こそ、表情を強張らせる。やられた、往復ターンで2枚とは。思えば先のターン、いくら1枚が2枚になることが見えていた情報だけでほぼ確定していたとはいえあんなにあっさりと1枚目を投げてきていた時点で少しは疑問に思うべきだった。
……私の手札は1枚、今回もこれを止めることは不可能だ。校舎にそびえ立つ超越竜メテオロスの隣に、それと非常に類似した特徴を持つ人間大の赤い肉食恐竜が並び立つ。そして特殊召喚に反応し、増殖するGが委員嬢へと1枚ドローの恩恵をもたらした。
「……」
私のデッキは昨晩の改造によって、確かに昨日までのスタイルとは比べ物にならないほど火力が跳ね上がった。この圧倒的な攻撃力による暴力は、まさに私に欠けていたもの……だが同時に、完全にノーデメリットの強化というわけではない。従来の構築であれば、増殖するGに対しては展開を止めることでプリンセス・コロンとおもちゃ箱の布陣による固さもあって最低限のドロー献上から十分に耐えて次に繋げる流れを作ることもできた。というよりも、それ以上特にすることがなかったとも言える。だから、別段考えずともよかった。
だが、今は。私の場に存在する3体の恐竜で一斉攻撃すれば、確かにこれ以上ドローさせずにあのフォーチュンチュンを倒すことはできる。だが、逆に言えばそれだけだ。それ以上、ダメージを与えることはできない。
では逆に、あれを気にせず全力でぶん回した場合はどうか。ゼノ・メテオロス、魂喰いオヴィラプター、超越竜メテオロス、そして墓地にはベビケラサウルスと通常モンスターのメガロスマッシャーX……はっきり言って何でもやれるに等しいレベルに無法な状態だ、無論私にとっていい意味で。ただ、それを通すためには過程で大量の特殊召喚が必要となる。そこまでやってライフを削りきれなかったとしたら、最悪だ。
「さあ、どういたします?」
妥協盤面……いや、駄目だ。それを語るには、まだ私の今のデッキに対する練度が低すぎる。半端な枚数のドローと引き換えにした、半端な盤面と半端に通すダメージ。それにどこまでの意味がある?
正直に言って、思い切って今の私にできる最大火力を叩き出したいという思いはある。ただそれがデッキの初陣という熱に浮かれたものでないと言い切ることは私にはできないし、従来の低速で耐えて殴るタイプから今回急に自分から気に食わない奴を殴り倒しに行けるようになったこの構築に切り替えたことによる勝負勘の不足から導かれた悪手でないという保証もどこにもない。増殖するGなんてこの先デュエルする限り見ることになるカードだろうに、迂闊だった。もうひとつの手札誘発の顔とも言える灰流うららに対してはより攻撃的になったことによる無数の展開手段やデッキに触る効果の急増から、おもちゃ箱か人形の幸福というここさえ止めてしまえば一気に苦しくなるわかりやすい急所があった以前よりも強くなったのだが。
動くか、動かないか。迷った末、指示を出す。
「……攻撃」
「臆したのですか?なら、フォーチュンチュンの効果でエクシーズ素材を身代わりに、2度まではその破壊を防ぎます」
臆した、か。実際、そうかもしれない。それがあからさまな、なんなら失望混じりの挑発なのはわかったが、何も言い返す気にはなれなかった。これは果たして、私らしいプレイングだと言い切れるだろうか?私の新しい仲間である恐竜たちが、その太い脚で屋上を踏み締めその鋭い牙で小鳥へと食らい付く。
だが、それだけだ。広く青い空を背負った小さな翼は、その何倍もの質量の嵐に幾度も翻弄されながらも最後の瞬間まで空にあり続けた。
魂喰いオヴィラプター 攻1800→No.49 秘鳥フォーチュンチュン 守900
No.49 秘鳥フォーチュンチュン(2)→(1)
ゼノ・メテオロス 攻2000→No.49 秘鳥フォーチュンチュン 守900
No.49 秘鳥フォーチュンチュン(1)→(0)
「この瞬間、ハリマンボウの効果を発動しましょう。いかなる状況下にあってもこのカードが墓地に送られた時、相手モンスターの攻撃力を永続的に500下げます。ここは、そうですね。超越竜メテオロス、を選ばせていただきます」
「構わない!」
超越竜メテオロス 攻3500→3000→No.49 秘鳥フォーチュンチュン 守900(破壊)
「ならば、破壊されたフォーチュンチュンの最後の強制効果を使用します!墓地に存在するレベル3モンスター2体、ハリマンボウと灰流うららとこのカード自身、計3枚を私のデッキに戻します。そうそう再利用が可能とは思いませんが、可能性は決して0ではないわけです。具体的に計算すると約……」
「……次。行っていい?」
「あ、はい……」
長くなりそうだったので無理やり割って入る。これが彼女の取り巻きだったら全部聞いてやるんだろうが、私には当然そんな義理などない。
とはいえ、だ。これ以上攻撃の手立てはなく、残る問題はこのメイン2で何か行動を起こすか否かだ。一応だが、もう少し盤面を整えて返しのターンに備えることはできる。
「……」
残る私の手札、最後の1枚に目を落とす。ドール・モンスター 熊っち、このカードは攻守0で効果も持たない通常モンスターだ。だがそのレベルは4なため、このまま召喚すれば魂喰いオヴィラプターと共にランク4、具体的に言えば私のデッキの象徴ともいえるプリンセス・コロンが呼び出せる。さらに墓地から先ほど超越竜メテオロスが落としたカーボネドンを除外すれば、ドラゴン族の通常モンスターであるラブラドライドラゴンが守備表示でリクルートできる。あちらの守備力も0だから壁役には少々力不足だが、プリンセス・コロンの効果のひとつは私の通常モンスターの破壊をトリガーとした次なる通常モンスターのリクルート。これをやっておけば、まあ大概の反撃には耐え凌げるだろう。仮に昨日も見た彼女の切り札、覇王烈竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴンの召喚に繋げられたとしても、超越竜メテオロスは墓地に通常モンスターさえいるならば破壊から蘇ることができる。
ただ問題はそれをする過程で手札をすべて使い切る、つまり手札誘発がないことが見えてしまう上に合計3回もの特殊召喚が必要になることだ。守りを堅牢にするだけで3枚ドローの献上……さすがにそれはやや重い、か。
「……わざと?」
「?」
これであのハリマンボウ、あの弱体化がもっとも攻撃力の低いオヴィラプターに向いていたら、私もここまで悩みはしなかった。守る手段が一切ない状態で1300打点の棒立ちは、ドローを加味してもさすがにリスクの高さが先に来る。でも実際にあの時委員嬢が選んだ超越竜メテオロスは、弱体化を込みで考えてもなお堂々の攻撃力3000。これぐらいならこのまま立てておいてもいいか、そう思わせるだけの数値。
だから私は、正真正銘ブラフでしかない
「ターンエンド」
宣言してから、わずかな後悔が胸をよぎる。これまで私は(メガトンゲイルという例外はあれど)基本的にエクストラは黒一色のエクシーズ専門だったから、完全に頭から抜けていた選択肢。せっかくレベル6チューナーであるゼノとオヴィラプターが揃っているのだから、レベル10のシンクロモンスターを呼び出す手もあった。最小限のドローで最大限の盤面を作りたいのなら、そうすればよかったのだ。この判断が、さてどう響くだろうか。いずれにせよ、それを顔に出すわけにはいかない。
「では、私のターンですね。増殖するGは結局1対1交換しか取れませんでしたが……それでこの私、
その言葉に嘘偽りの色はなく、熊っちを持つ手に思わず力がこもる……しかし、もう私にできることは事実何ひとつない。そうすることを選んだのは、私だ。
「では私のターン、まずは通常魔法、
白の水鏡。下級魚族専用の蘇生カードだが、一風変わった特徴として蘇生と同時にその同名モンスター1体をサーチする効果を持つ。手札を減らさないメリットと引き換えに、処理の一環としてサーチ効果が付いたために灰流うららでまとめて無効化されるなどの弱点もある……が、今の私に対処する手はない。
ハンマー・シャーク 攻1700
「そして2枚目のハンマー・シャークを手札に加え、今蘇生した方の効果を発動します。このターンも自身のレベルを1つ下げ、手札より水属性のレベル3モンスターである極氷獣 ポーラ・ペンギンを特殊召喚いたします。この時発動できる効果もありますが、ここはその権利は放棄しましょう」
極氷獣 ポーラ・ペンギン 攻800
「さあ、今回はランク3ではありませんよ。レベル3のハンマー・シャークに、同じくレベル3のポーラ・ペンギンを―――――チューニング!」
これまた昨日も見た覚えのある丸っこいペンギンの正体は、チューナーモンスター。そして口にした符丁は、シンクロ召喚の意。委員嬢、エクシーズ一辺倒じゃなかったのか。
「―――――スターダスト・チャージ・ウォリアー」
スターダスト・チャージ・ウォリアー 攻2000
「このカードのシンクロ召喚成功時、私はカードを1枚引くことができます」
流れるように行われるドロー、そしてまだ委員嬢は召喚権を残している。
「……おや、このカードを引きましたか。では、平間遊雪さん。貴女は私のエースモンスターを覇王烈竜ただ1枚と思っていらっしゃるかもしれませんが。あいにく私にとってそれはこのデッキの半身、いわば裏の切り札でしかありませんの」
「……はあ」
そしてカードを引いた、と思いきやまた何か始まった。本人は鈴を鳴らすような声で大変生き生きとその真面目そうな顔を輝かせているが、それとは対照的に私の目はだいぶ心的疲労でどんより濁ってきたと思う。昨日から数えてこれで何回目だろう、ただでさえ会話なんてしない私にはただ聞いているだけでかなり疲労も蓄積されるのだが、もういい加減途中で遮って先を促すのも馬鹿馬鹿しくなってきた。なんというか、とにかく素の性格からして喋りたがりなんだろう。
「で、あるからして……ちょっと平間さん、ちゃんと聞いていますか!?」
「終わったら教えて」
「もう!」
眉間に皺をよせながらも、幸いこの流れでまたペラペラペラペラ喋り出すほど非常識ではなかったらしい。渋々ながらにカードを手に……あ、また口を開いた。
「とにかく!私のデッキの二枚看板、裏の切り札に対する表のエース!今こそお目にかけて見せますので刮目しなさい!通常魔法、調律を発動!デッキからシンクロンモンスター1体を手札に加え、さらにデッキの一番上のカードを墓地に……そして今墓地に送られたハリマンボウの効果で、魂喰いオヴィラプターの攻撃力を下げさせていただきます」
「むっ」
魂喰いオヴィラプター 攻1800→1300
まずい、これは温存が裏目に出たか。結局オヴィラプターに弱体化が入るのならば、多少のドローは必要経費と割り切ってプリンセス・コロンを立てておくべきだったか。結果論だと頭では理解しつつも、見極めを誤った勝負勘に小さく舌打ちする。それに、委員嬢が今手札に加えたカード。
「そしてサーチした、スターダスト・シンクロンを通常召喚。召喚成功時、デッキからスターダスト・ドラゴンのカード名が記された1枚を手札に加えますが……これも、何もありませんよね?」
「……」
確認の言葉に、無言の肯定で返さざるを得ない。それはそうだろう、サーチ、あるいはモンスター効果。いずれに対しても何かしらのメタカードを握っているのならば、ここまでの戦況で使わない理由がない。この発動を許している状況こそが、私の手札がブラフである……少なくともメインフェイズ中の展開に対して鑑賞できる類のものでないことを如実に物語っていた。
「では永続魔法、光来する奇跡を手札に。そしてこのカードを発動し、発動時の効果処理でレベル1のドラゴン族モンスター1体をデッキトップに置きます。そしてレベル6のスターダスト・チャージ・ウォリアーに、レベル4のスターダスト・シンクロンを―――――チューニング」
幾度となく使い込んできたカードなのだろう、流れるような動きでシンクロ召喚が連続する。あの同に入った所作を見るに二枚看板、との言葉も、あながち大きく出たわけではなさそうだ。
「―――――天穹覇龍ドラゴアセンション」
天穹覇龍ドラゴアセンション 守3000 攻0→1600
純白の竜は、攻撃力がシンクロ召喚時の手札によって変動する。だが、これで終わらないことを私は知っている。知ってしまっている。ここはあくまで中継地点でしかなく、ここまでお膳立てが整ったことによりこの連続シンクロにはまだ先が存在する。
「そして私がシンクロモンスターの特殊召喚に成功したことにより、光来する奇跡の効果が適用されます。2つからどちらかを選んで発動するこの効果、私が行うのは当然カードを1枚引く効果です。そしてドローカードは当然このチューナーモンスター、想い集いし竜。このカードは、ドローされた際にそのまま特殊召喚できます」
想い集いし竜 守0
「そしてレベル10のドラゴン族シンクロモンスターであるドラゴアセンションに、救世竜 セイヴァー・ドラゴンの名を得ている想い集いし竜を―――――チューニング!」
最初はレベル3のモンスターわずか2体から始まった階段状の連続シンクロは、いつしか合計レベル11もの大型モンスターへと辿り着く。禍々しい暴力、憤怒と破壊の化身である覇王烈竜とは対照的な、満天の星色の絆をその身に宿した救世の化身。
……なるほど裏の切り札と表のエース、二枚看板とはよく言ったものだ。同じ超大型のドラゴンでありながら、あまりに逆を行く存在。こんな異なる概念を、ひとつのデッキに同居させていたとは。
「―――――シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴン!」
シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴン 攻4000
さあ、厄介なことになった。たとえ超越竜メテオロスがフルパワーだったとしてもなおこちらを上回る打点に、事実上1ターン1度とはいえ万能無効効果。決して倒す手立てがないわけではない、効果の穴がないわけでもない。それを差し引いてもなお、厄介な相手だ。
……というのは、私の驕りだったらしい。まだライフが残る、次のターンがあると考えるのは。
「そして、コストとしてライフを半分払い……」
神 LP4000→2000
2000ポイントという数値を、何の躊躇いもなく払う。それはそうだ、私だってこの状況ならばそうする。それで勝機があり、その賭けが十分成立しうるというのなら。
「通常魔法、おろかな重葬を発動。私のエクストラデッキから、モンスターを1体選択して墓地に送ります。私が選ぶカードは、スターダスト・ドラゴン!そしてシューティング・セイヴァーは、墓地のスターダスト・ドラゴン及びその名を掲げるシンクロモンスター1体につき1度、攻撃回数が増加します。つまり、バトルフェイズに移行です」
「……!」
流星のドラゴンの姿が突如として音もなく分裂し、鏡写しにしたかのように対称なそれらの姿がそれぞれ赤と青に薄く輝きを放ち始めた。それぞれが見据える先には、私の恐竜たち。隕石の名を持つ彼らもまた、その強靭な肉体をもって流星の突撃を真っ向から迎え撃たんと天に吠える……でも、駄目だ。絶滅の道は避けられず、私のライフが燃え尽きる。
「それでは、バトルです。シューティング・セイヴァーによる2回攻撃!」
シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴン 攻4000→魂喰いオヴィラプター 攻1300(破壊)
平間 LP4000→1300
一撃目でもっとも小型の肉食獣が消滅し、私のライフは一気に半分削られる。そして、もう一撃。
シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴン 攻4000→ゼノ・メテオロス 攻2000(破壊)
平間 LP1300→0
「く……!」
負けた。私が、また負けた。それも言い訳のしようもない完敗、すべて私の判断ミスが原因で。あの時もしももう一手だけでも展開していれば、あるいは最初からリスクを呑んだうえで強引に勝負を決めに行けば、勝負はまだわからなかった……かもしれない。言っても詮無いことだし、そんなことしたって惨めに傷を舐めるだけだ。
それでも。昨日、(あのむかつくバカ女のせいで)もっと強くなりたいと切に願った。だからデッキの形をこれまでの守勢重視、負けるのはごめんだが派手に目立って勝つのはもっと嫌だという私の個人的な我が儘から来ていたスタイルから大幅に変えてより攻撃的なものに変更して、超越竜という全く新しい要素を取り入れて。けれどその結果がこれでは、もしかして私が昨夜やったことは間違い、単なる迷走の産物だったのでは?
「平間さん!」
そう自問していた私の思考に、割り込む場違いに明るい声。気が付けば目の前まで近寄っていた委員嬢が、私の名を呼んでその手を取る。自分でも全く気が付かないうちに指が白くなるほど力を込めて握り込まれていた両手を、その外側から包むように。
温かいな、ぼんやりとそう思った。私はどちらかというと、低血圧で冷え性だから。
「なに。笑いにでも来たの?」
わかってる。これは子供じみた、本当に幼稚な態度だって。でも私の口は、私の意思とは無関係に言葉を吐き出していく。そうして口から呪詛を垂れ流し続ける代わりとでも言わんばかりに、私の両目は乾いていた。本当は今にも泣きだしそうなのに、頬を濡らす涙の代わりに耳障りな言葉ばかりが溢れ出る。これまでも、私が物心ついて集合知から除け者にされていると最初に知った時からずっとそうだったように。
だけどそんな態度の悪い私などまるで気にしていないかのように、委員嬢はよほど興奮しているのかその頬を上気させて私の両手をぶんぶんと大きく振る。
「これで一勝一敗、ですね!次も私が勝ってみせますよ!」
「……え?」
予想だにしない言葉に、失礼ながらコイツ話聞いてたのか、とまで輪をかけて失礼な思いが一瞬頭をよぎる。間違っても私の言えたことではない。しかし当の本人はそんな思いも知らず、キョトンと小さく首をかしげてみせた。そして、さも当然のように言い放つ。
「一勝一敗、ですよね?でしたら当然、最低でもあと1度は決着を付けない限り勝ち越しとは言えないではありませんか。さあ、今日やります?それとも明日にします?どちらでも構いませんよ、その恐竜族を入れることで変化した力、もっと相手してみたいですもの。まだ調整中でしたら、明日また真の決着を付けましょう?私も、その時までにもう少しこのデッキを仕上げてきますから」
「…………ふっ」
「あ!今、笑いましたか!?」
なんだろう、この子は。私だって、厳密に言えば集合知へのアクセス不可が知れ渡ってから即座に友達がいなくなったわけではない。いやまあほとんど即座だったけれど、それでも多少の猶予はあった。だけど、私自身がその可能性を潰したのだ。外から向けられるいわくつきのものを見る視線から自分の身を守るために、どれだけ否定しても見ないふりをしても無限に湧き上がる世間一般の普通に対する劣等感を隠すために、涙は流れず弱みは見せず、口を開けばこの調子になっていた。だけどこの陽キャと来たら、どれだけ邪険にされてもまるで堪えた様子がない。
それに、このデッキもまだ調整中、か。考えてみれば、実戦一発目だ。確かにこれまでの構築に比べて練度が低くても当然だし、見切りをつけるには早すぎる。少し、今すぐ手に入る成果に対して焦りすぎていたのかもしれない。いや、私の状況的には負けたら一発アウトな可能性が高いのでそんなこと言っている暇はないのだが。
ならば、いや、なおさら、ここで彼女の手を取れば。実力は高く、私に対して差し伸べた手を振り払ってもまた当然のように伸ばしてきてくれる、そんな彼女なら。ゆっくりと握りしめられた両手を開き、一度手を引っ込める。途端にしゅんとした表情を浮かべる委員嬢に、ぎこちなく右手を差し出した。あーもう、顔が熱い。喉に空気が引っかかったように、うまく言葉が出てこない。それでも、これは私が自分の口で言う必要があった。それが、私のせめてものプライドだ。
「その。私」
「え、ええ?」
「私は、こういうの苦手だけど。だから、あの…………よ、よろしく」
「……」
呆然と私の顔と、伸ばされた手を交互に見る委員嬢。しまった間違えたか、そう後悔しそうになった瞬間、がっと力強く握り返された。いっそ痛みすらも感じるほどに強く握られ、先ほどにもまして大きく勢いよくぶんぶんと犬の尻尾のように何度も振られる。
「~~っ、はいっ!」
「……ちょっと痛い、かな」
ぶつぶつ言いながらも、悪い気はしなかった。一方的に握られるのではなくこちらからも握り返したその手は、やっぱり温かかった。
皆様よいお年を。
来年はいっくらなんでも今年よりは更新できるように。