ありふれた職業と月の姫   作:ザラメシュガー

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9.迷宮最奥

 

 

 ちょうどユエと俺の連携も仕上がり始め、アルクェイドが退屈で文句を言い始めた頃。

 俺達は上から数えて100層目への階段を見つけていた。

 話し合いの結果、ちょうど100層なので何かあるかもしれないということになり、普段より入念な休憩をすることになった。

 普段より少し豪華な食事をし、それぞれ満足のいくまでの入浴、たっぷり8時間の睡眠を経て100層へ向かう。考えないようにしていたが、実際ここでの暮らしはハイリヒの城にいた時よりずっといいんじゃないだろうか。これでは何だか城に残っているはずのクラスメイト達に申し訳ない気もする。まあ、あの時よりも危険な迷宮に身を置いているのだからその代わりと思えば問題ないか。

 

 階段を下りきると、そこには大きく開けた空間が広がっていた。美しい彫刻が施された柱が並んでおり、奥には柱と同様の模様の扉が見える。

 

「いかにも最後ってかんじだな…」

 

「…ん、今までとは雰囲気が違う」

 

 アルクェイドは何やら黙り込んでいるが、3人足並みを揃えて奥へと向かう。すると、突然全ての柱が淡い輝きを放ち始めた。

 不意打ちか、或いは何かの魔法か…

 視界を潰すほどではない光を警戒するも、何事も起きなかった。ユエは未だ警戒を解いておらず、辺りを見回している。

 

「…今の、何だった?私はなんともないけど…」

 

「俺も特には。アルクェイド、何かわかるか?」

 

 この階に足を踏み入れてから黙ったままのアルクェイドにも声をかけた。その顔を見ると、何か気に入らないことがあったのか神妙な面持ちだ。

 

「ユエ、志貴、ここがこの迷宮最後の試練で間違いないみたい。今の光は二人には何でもないから心配しないでいいわ。それで…」

 

「それで?」

 

「私、ここに居られないみたい。残念だけど、二人だけで戦ってもらうことになるわ。だから、危険があっても守れないのだけど…」

 

 なるほど。色々と規格外のアルクェイドがそういうのだったら、もはやここはそういうものなのだろう。本当に危ないときに助けられないことを申し訳なく思っているらしい。

 

 だけど、それだとしたら、言うことが間違っている。

 ユエも同じ考えだったのが目を合わせて伝わってきた。互いに頷き、先に口を開いたのはユエだ。

 

「大丈夫。お姉さま。私もシキも軟じゃない。こんな迷宮の試練、軽く突破する」

 

「そうだぞ、アルクェイド。俺たちのことを舐めすぎだ。こういう時は、一言頑張れとか期待してるとかでいいんだよ」

 

 何せ、俺達はその方が力が出るからな。

 

 少し困った顔をしたアルクェイドだったが、余計な考えを追い出すようにふっと頭を振ってこちらを見た。

 

「志貴もユエも、本当にしょうがないんだから。いいわ、じゃあ、お望み通り」

 

 アルクェイドは俺達に向かって笑顔を見せる。いつもは月を思わせるその容貌は、笑う時は太陽のようだと思う。笑顔が眩しいという言葉を体現したかのようなその顔に、思わず見惚れた。

 

「頑張ってね。二人とも。それで、絶対に死んじゃだめだからね」

 

「うん!」

「ああ!」

 

 そんなこと言われたら、力が湧き出てしょうがないじゃないか。

 思わず笑みがこぼれそうになるのを堪えつつ、ユエと二人揃って返事をする。

 これ以上頼ってはよくないと、アルクェイドに背を向けて歩き出した。後ろのアルクェイドも逆向きに歩き出したのが何となくわかった。

 

 

 

 

 少し進んで、扉の前に着いた時、それは現れた。

 地面に広がる巨大な魔法陣は、あの日、俺が奈落へ落ちたときに嫌になるほど見たそれと同じものだ。ただ、こちらの方が遥かに大きい。近くで見たベヒモスよりも大きいのではないのだろうか。

 現れる魔物に対する警戒を高めつつ、ユエに声をかける。

 

「いくぞ、ユエ」

 

「ん。追いついたとこ、見せる」

 

 そうして現れたのは六つの頭を持つ蛇の怪物。言うなれば、ヒュドラだろうか。

 

「「「「「「クルゥァァァァン!!!!」」」」」」

 

 耳をつんざく絶叫を無視し、俺とユエは6対の眼光と対峙する。

 

「俺は先手を取る。ユエは後ろへ!」

 

「ん、サポートする」

 

 会話はそれだけ。俺は死の線に塗れた世界を駆け、ユエが魔法の準備をする。

 きっと俺は、今までのどの時よりも速く駆けている。その証拠に、ヒュドラはこちらを認識できていない。 

 

「まず、一つ!!」

 

 狙うのは青の頭。ただ愚直に、純粋に走れば、露払いはユエがしてくれる。

 熱が頬を撫で、近くを風が通り過ぎたのがわかる。集中は感覚を高め、やがて視界が狭まり、青頭だけがその世界に存在して。

 

「――っ!」

 

 すれ違いざま、見える限りの死の線をありったけなぞる。通り過ぎて地面を滑り、ようやく世界に色が帰ってきた。

 ヒュドラからすれば俺は突然消えて現れたように見えたのか、混乱しつつもこちらに魔法を放ってくる。危ないのですぐさま離脱し、瞬き程の間にユエの隣まで戻った。

 

「〝絶凍樹〟」

 

 タイミングを同じくしてユエが魔法を放つ。瞬間、ヒュドラの巨体がその動きを止める。数秒して、その魔法は目に見える形で現れた。ヒュドラの体のあちこちに不自然な突起が現れ、やがてその皮膚を突き破って巨体から何本もの氷の樹が生える。樹はヒュドラに大量の出血を齎すに留まらず、身体を蝕む氷となって蹂躙する。

 

「ん、抵抗される…」

 

 ユエのその言葉と共に、ヒュドラに変化が起きた。凍りかけの赤の頭が光ったと思うとその体に豪火を纏い、氷を解かす。やがて火が収まり、爛れた皮膚を晒すが白の頭の一鳴きで青頭を除いた全てが元通りに再生した。

 ヒュドラにしてみれば青頭が再生しないのが不思議らしく、何度か同じ回復を繰り返して、効果がないことを悟ったのか青頭なしでこちらを睨みつける。

 なるほど、一筋縄で行く相手ではないらしい。

 出方を伺っている時、ふと、黒の頭と目が合って。世界が闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 雨が、降っている。

 冬の雨だ。手はかじかんで、まともに動きそうにない。吐く息が白いのがやけに目に入る。

 

(いったい、何をして…)

 

 よく、思い出せない。必死に思い出そうとしても、ざあざあと雨の音に邪魔をされ、思考が纏まらない。雨が目に入るのが鬱陶しくて、手で拭おうとして、べったりとこびりついた赤いものが目に入った。

 

(あれ、なんだ、これ…)

 

 見れば、手だけではない。服も赤い。辺りの地面も赤い。落ちている肉塊も赤い。空も、雨も、反射して映った自分の顔も赤い。

 どうしてか、落ちた肉塊は見覚えがある。

 血に濡れてくすんだ金の髪を見て、浮かんだのは女の顔で。

 

 あ、あれ、なんで、どうして、いやだ、ちがう、わからない…

 

 

 

 

 

 

 再び世界は暗転する。目の前に誰かいるような気がして目を擦ると、じわじわと辺りが見えるようになってきた。

 気付かないうちにこの手は何かを握っている。引っ張っても押し込んでも回してもどうしてか抜けない。

 悔しくなって一際大きく力を籠めると、それまでが嘘のように簡単に抜けた。見れば、それは使い慣れたナイフだった。

 どうしてこんなものが刺さっていたのかという疑問は、ばさりと、何かが斃れる音で解消された。

 

「どう…して…」

 

 凛とした声と、広がった青い髪が、やけに頭に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 白くなった世界で、男と対峙する。長髪を後ろでまとめた彼は、何やら驚いた様子だ。

 

「驚いた。ここまで来るなんて、予想もしなかった。どうしてか、理由を聞いても?」

 

 眼鏡の位置を直しながら男は尋ねる。それは、すごく簡単な質問。どうしてか、なんて、ただ事実を言うだけでいいんだから、本当に簡単だ。

 

「だって、例えどんな手を使ったって、卑劣な不意打ちを使ってさえ、先輩とアルクェイドが俺に殺されるわけ無いでしょう。1秒も経たずに返り討ちです」

 

 肩を竦めながら言った。よっぽど面白かったのか、男は腹を抱えて笑っている。

 

「いや、そうか、そういうこともあるのか。ふふふ、君は面白いな。それなら早く行くといい。君なら十分だ」

 

「そうですか。では、これで」

 

「ああ、頑張れよ、少年。君の意思は、いつだって自由だ」

 

 だんだんと意識が薄れていって――

 

 

 

 

 

 眼を開けて、即座に状況を確認する。

 恐らく、俺が見た黒の頭は精神干渉のような能力を持っていたのだろう。たぶん、トラウマを刺激するタイプだろうか。傍にユエが転がっていることからさっきまでの俺と同じ状態なのだろうと推測する。

 ヒュドラはと言えば、残りの頭をすべて使って何かしようとしている。本来なら精神干渉で動けないところを纏めて焼き払うためのモノだろうが、俺が起きたことでぎりぎり間に合った。タメが大きい魔法などただの的だ。

 

「ユエは…まだダメそうだな」

 

 眠ったままのユエを担ぎ上げ、なるべく遠くの柱まで行ってもたれかからせる。

 未だヒュドラが溜めを続けているのは何の理由があってかはわからないが、隙は存分に使わせてもらおう。

 

 柱の陰から飛び出し、ヒュドラ目指して駆け抜ける。溜めと普通の魔法は併用できるらしく、火炎や風の弾丸がこちらへ飛んでくる。

 これでは前と同じ直線とはいかない。ジグザグに、時には壁を使いつつヒュドラへ向かう。そうしてたどり着いたのは、巨体の真横。一直線に並んだ5つの頭を見据えたなら、やることは簡単だ。

 

「一瞬でいい」

 

 一歩踏み込む。黄色の頭が盾となって立ち塞がる。うっとおしいので切り刻んだ。

 二歩目はヒュドラの体の上。黄色の頭が崩れ落ちるのを搔い潜り、続けざまに赤と黒を断ち、白頭の目を潰した。

 三歩目で飛び上がる。目を潰されて白頭がその首を逃がしたので追いかけただけ。頭の線をいくつか切れば、動かなくなった。

 

 

 転がって着地の衝撃を和らげた。緑頭はぎりぎり手が届かなかったが、一瞬のうちに四つの頭を殺した。もう一度やれと言われてもできる気がしない程に無理な動きをした気がする。

 大きく息を吐いてヒュドラを見る。今殺した四つの首から血を噴き出しながら倒れ伏したのを見て、殺しきったと安心した。

 正直、目を使うのに限界が来ていた。長時間使ったわけではないのに限界なのは集中して短時間に多く線を見たからだろう。

 ヒュドラから目を離し、ユエを置いてきた柱のあたりに目をやると、のろのろと這いずるユエが見えた。もう大丈夫のようだ。

 

「おーい、ユエ、悪いなー先に起きたから倒しちまった」

 

 ユエが何やら呟いたようだが遠くて聞こえなかった。それならそっちに行って聞こうと歩こうとした瞬間。ユエがらしくない大声を出した。

 

「シキ!!後ろ!!」

 

 後ろ。つまり、ヒュドラ。振り向くと大きく口を開けた銀の頭と目が合って、その口の奥から現れる光がゆっくり見えたところで…目の前に極光が満ちて…

 

「させない、〝鏡廻〟!!」

 

 ユエの魔法が割り込んだ。詳しいことは分からないが、それが齎した結果は明白だった。

 俺を飲み込むはずだった極光は方向を変え、大きく右に逸れて飛んで行く。その間にユエのいるところまで後退するのを忘れない。

 数秒経って極光が収まると、それが通り過ぎた地面はどろどろに溶けていた。もしもこれを受けていれば死は免れなかっただろう。

 

「ありがとう、助かった」

 

「ん、大丈夫。それより、あれ…」

 

 ユエが指さすのは首が二つになったヒュドラ。二つ、即ち銀の頭が新しく生えてきたそれは、六つ首だった時よりも強大に見える。

 

「あの銀の頭だな。ユエ、魔法はまだいけるか」

 

「ん、余裕ある。シキは?」

 

「足は問題ない。ただ、目がきつくなってきた。長い戦闘は避けたい」

 

「了解。最短でいい?」

 

「頼む」

 

 会話は最低限で、返事は無い。必要もない。何度か試してお互い慣れている。だから、後は動けばいい。

 

 

 

 再びヒュドラに向かって駆ける。緑の頭と銀の頭はもう後がない。故に全力で俺を排除せんと魔法を放つ。正面から極光、後ろからは風が迫るのを感じる。ならば地面を蹴って、上に逃げる。

 そうして、空中に身を晒したまま、銀頭と目が合う。同時に、その口から放たれる極光も。空中では避け場がない。体を捻って避けられる攻撃ではない。なるほど、狙いは完璧だ。俺が独りだったら終わりだな。だから。

 

「行って、シキ」

 

 ユエがその手を振るう。放たれたのは、名もない魔法。でも、今はそれが一番だ。

 脆く、一度踏めば崩れてしまいそうな氷の足場が足元に出現する。ただそれだけの魔法が、俺にとっては一番欲しかったものだ。

 氷を踏んで横に飛べば、極光は俺に当たらず隣を通り過ぎていった。着地を待たず、足を踏み出せばそこには既に氷が足場を作っている。

 それからは、簡単。床も、壁も、或いは何もない虚空さえ、俺にとっては道となる。それを乱す風はユエが防いでくれる。だから、俺は走りたい道を行けばそれでいい。地を踏み壁を蹴り虚空を越え、極光の一つも掠めることなく敵の喉元へとたどり着く。

 

 こうしてヒュドラに近づいたのは、たったの三度。思えば、短い戦いだ。それもこれで、終わり。

 線を見る。目を凝らそうとすると頭が痛んで点を見ることはかなわない。なら、刻むだけだ。

 加速を殺さず、ヒュドラを通り過ぎる。それだけの事。一瞬の内に線を切った回数なんて数えていなくて、それでもヒュドラが後ろでバラバラになったのは聞こえてきた。

 

「念のため、とどめ。〝黄金火(こがねび)〟」

 

 それは、さっきの銀頭による不意打ちを再度考えてか。

 眼を閉じ、集中力を高めたユエは、胸の前に広げた手に金色の炎を生み出す。ふっと息を吹きかけると、小さな金の種火がゆっくりと倒れ伏すヒュドラへ向かっていく。煌めく炎がヒュドラと触れ合った瞬間、小さかったはずの火種は一瞬の内にヒュドラの巨体を飲み込むほどに膨らむ。否、事実として金の炎はヒュドラを喰らって大きくなっていた。火は際限などないかのように膨れていくばかりだ。

 その巨体が塵となるまで、大した時間はかからなかった。全てを焼き尽くした炎は再び種火のように小さくなり、ユエの手元に戻っていった。

 戻った火を優しく握り、ユエはその役目を終えた。

 

「お疲れ様、シキ」

 

「おう、ユエもお疲れ。道、助かったよ。ありがとな」

 

「ん、うまくいってよかった。これで、少しは…」

 

 二人並んで歩きつつ、話をする。向かうのは、もちろん、扉の方…ではない。一層上で待ち呆けているであろうアルクェイドのところだ。

 あいつも呼んで、それで三人で扉の向こうへ行こう。

 それからのことは、まあ、後でいいだろう。今はただ、休みたい。頭が割れそうなのを堪えるのに必死だ。

 耐えられなくなったのか、速足で駆けていくユエを見ながら、ようやく襲ってきた達成感を噛みしめて、小さな背中の後を追った。

 

 

 

 

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