ありふれた職業と月の姫   作:ザラメシュガー

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本日二話目です


side:南雲ハジメ 光へ手を伸ばす(下)

 

 

 突如現れた化物兎を倒したハジメは、その場に座り込んだ。

 予定外の乱入者はその屍を晒し、ボロボロで座り込んだハジメは到底勝者に見えない。力の抜けた手で回復魔法の宝石を取り出して傷を癒し、暫く休憩してハジメはようやく立ち上がった。

 

「何だったんだよ、ほんとに…」

 

 一人愚痴を吐くが、その身は信じられない程の達成感で包まれていた。ベヒモスよりはるかに強いであろう魔物は、今ハジメの前に倒れている。その事実のおかげで、無能の烙印が、この時初めて払拭されたようにハジメは感じていた。

 

 もしも、あの兎と戦ったのが光輝達だったとしたら、あっけなく全滅していた。兎はやがて地上へと至り、少なくない被害を出していただろう。それを止めたハジメは、誰にも知られることなく多くの人を救っていたのだ。

 

 ふらつく足でハジメは兎の死骸の傍に来た。こう見ると、小さな魔物だと、少し感傷に浸った。

 ある程度治った右腕に短剣を持ち、兎の死骸に手をかける。簡単に血と肉を採取し、残す問題は一つとなった。

 

「やっぱ、これだよな…」

 

 それは、兎が死に絶えてなお光を放つ奇妙な石だ。胸のあたりに埋め込まれたそれは、どうやら兎とは関係のないかのように存在を主張している。

 石、つまり鉱石。それならばこれはハジメが錬成師として扱うべきものだ。実態の分からないものではあるが、ハジメは短剣を差し込んで肉から切り離していく。

 切り離したそれは、ソフトボールより少し大きい。淡く光を放ち、血ではない何かで湿っている。

 

「まあ、帰ってから考えよ…今は、疲れた…」

 

 兎の死骸はそのまま、辺りに散らばった宝石類を回収するハジメ。千切れた腕は見当たらず、回収を諦めた。宝石の数を確認し、全部あることを確認したハジメは、階段から上に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 長い道のりの果てに、とうとう地上に帰ってきたハジメ。前回と同じ帰り道だったので二十層までは戦闘は無く、そこから上の魔物はもはや敵ではなかった。

 時刻は昼過ぎだろうか、高い位置にある太陽に照らされて、ハジメは漸く生きて帰ったことを噛みしめたのだった。

 

「今は、とにかく休もう…」

 

 勇者だけが使える大魔法、神威。封じたそれを解き放つことと、その威力を上乗せすることに魔力を多く消費したハジメは、立っているのも辛いほどに消耗していた。ここまでの帰り道は緊張のおかげもあってかあまり感じなかった疲労感に耐えつつ、ハジメは借家への道を歩く。

 薄汚れ、服の左の腕があるはずの部分は血濡れで風に靡いている。多少の荒事に慣れたホルアドの住民も、そんなハジメから距離をとっていた。

 

(まあ、仕方ないよな。僕だってこんな奴には近づきたくないよ…)

 

 少しの寂しさを覚えながらとぼとぼと歩くハジメ。

 家まであと少しといった所で、ハジメは遠方に見覚えのある集団を見つけた。

 後ろに重装の騎士たちを連れ、自信に満ちた様子で堂々と歩みを進める集団。その先頭に立つのはピカピカの鎧をその身に纏い、周囲に笑みを振りまく顔の整った男。

 人々から勇者様と声をかけられるその人物、天之河光輝を見つけたハジメは顔を歪める。ハジメにとって、彼は関わりたくない人物筆頭である。関わった全てのことは悪い印象しかないのだから当然だ。

 大方、再び迷宮遠征に来たのだろうと察し、気付かれる面倒を嫌がってハジメは道を変えようとした。

 

「もしかして、ハジメくん!?そこにいるの、ハジメくんなの!?」

 

 遠くから響いてきた声は、ハジメの耳に確と届いた。失敗したと、違う道を行けば良かったと後悔したときにはもう遅い。咄嗟にフードで顔を隠したハジメだったが、ぱたぱたと少女が駆け寄ってくるのが見えて逃れるのを諦めた。

 せめてもの抵抗に後ろを向いて逆方向に歩き出す。待って、という声を無視することに心を痛めるが、迫る少女はその程度で歩みを止めない。

 ぐい、と右の袖を掴まれ、ハジメはその歩みを止める。

 

「ハジメくん、ハジメくんでしょ。お願い、答えて…」

 

 少女、香織は泣きそうな顔でハジメを引き留める。その言葉にとうとう追い詰められたハジメは、フードを外し、振り返る。

 

(前と顔が違うし、驚かせるだろうな……)

 

 片目を無くし、髪は白く染まり、体格も変わり、ついさっき左腕も失った。そんなハジメを見失わなかった少女の存在にどこか安心感を覚えたことにハジメやっと気づいた。

 

「久しぶり、白崎さん。三ヶ月ぶりくらいかな」

 

「うん、久しぶり、ハジメくん。ずっと、会いたかった」

 

 

 

 

 

 

 怪我のこと、髪のこと、眼のこと。ハジメが話すうちに香織の顔は曇っていった。最初は目に涙を溜めながらも優しく微笑んでいた香織は、今は少し怒った顔だ。

 

「それでも、生きててくれてよかった…」

 

「ああ、僕はこうして無事だから、これで…」

 

 喜びを嚙みしめる香織を置いて、ハジメは適当に会話を切り上げようとする。休みたいのもそうだが、一番の厄介者が近づいて来るのが見えたのが最大のの理由だ。

 厄介者、光輝は後ろに多くの騎士を引き連れてこちらへ寄ってきていた。少し遅れて他のクラスメイト達が駆け寄ってくる。

 やんわりと香織を引き剝がそうとするハジメだが、香織は一向に動こうとしない。

 

(最悪だ…)

 

 仕方なくハジメは覚悟を決める。志貴を殺したのはハジメだと確信して疑わない光輝も、何かにつけてハジメを甚振る檜山達も、ハジメを見下す騎士たちも、全てを嫌がったが、今回だけと腹をくくった。

 

「香織!いきなり走り出してどうしたんだい?えっと、ソイツは誰かな。危険そうだから、近寄らない方がいい。さあ、こっちへ戻ってくるんだ」

 

 当然光輝はハジメのことなど認識していなかった。これで終わればそれでいいとハジメは考えるが、それが都合のいいことだと分かっていた。

 むっとした様子で光輝に言い返すのは、香織だ。

 

「危険とか、何言ってるの、光輝君。ハジメくんだよ。ここに居るのは、私たちのクラスメイトのハジメくんなんだよ」

 

 香織は諭すように光輝に語り掛けるが、話が耳に入る様子はない。

 

「そう言って騙されたんだな、香織。南雲は一人特別任務に就いているんだ。こんなところにいるはずがないだろう。こいつは南雲の名を騙って俺たちを貶めようとした悪人だ!だから早く離れろ、香織!」

 

 光輝は剣に手をかけ、ハジメを威嚇してくる。香織に語り掛ける言葉は優しかったが、見知らぬ男に対する敵意は隠そうともしない。

 

「そういうことだから、僕はこれで…」

 

 敵意を嫌がった風を装い、再度離脱しようとするがそれを光輝が止めた。

 

「おい、お前。わざわざ南雲の名前を使って香織を騙すなんて…魔人族だな!!正体を見せろ!!」

 

 魔人族。人類の敵。ハジメたちが神に召喚された理由。その言葉に後ろの騎士たちも警戒態勢をとった。遅れてやってきた他の面々も物騒な気配を感じ取り、それぞれ警戒を始めた。

 

(面倒なことになったな……)

 

 ハジメを背に光輝達と向かい合う香織も状況を飲み込めないのか、おろおろしている。

 無能の次には人類の敵のレッテルを張られることになるとは、ハジメはも予想しなかった。何とか言葉で対処できないかとハジメは考えを巡らせるが、もっともらしい案は浮かばない。何を言い訳にしても光輝の一言で全て覆るのだ。切り抜けるのは簡単じゃない。

 

 ハジメはムキになって光輝を説得しようとする香織を引き留め小声で話しかけた。

 

「白崎さん、ごめん、ここは下がって欲しい。話は今度時間をとるから、今は抑えて」

 

「本当?またいなくなったりしない?」

 

「ああ、約束する」

 

「わかった。約束だよ」

 

 ハジメとて香織を無下に扱う気はない。しかし今はどうも立場が悪い。香織の暴走が続いては余計に状況が悪化すると考えて香織を説得したのだった。

 話を終えると香織はクラスメイト達の方へと戻っていった。香織が行った方を見れば、申し訳なさそうな雫と目が合った。二人の間に言葉は無かったが、ハジメは香織を任せて大丈夫そうだと判断した。

 

「僕はそういうのじゃないので。失礼します、勇者様」

 

「待て!話は終わっていないぞ!」

 

 下手に出て走り去ろうとするのを光輝が強引に引き留めた。強く袖を引っ張られて体制を崩したハジメ。その懐から幾つかの道具が零れ落ちた。

 試験管型容器や錬成に使う金属塊が落ちたことは大した問題ではなかった。しかし、光を放つそれは別だ。兎から採った光る石。ハジメの目から見ても異質と判断されたそれは、足を止める理由としては十分だった。

 

「まずっ…」

 

 手を伸ばして拾おうとするが、光輝がそれを拾い上げる方が早かった。

 

「なんだ、これ。光る石?」

 

 後ろに控えた騎士の一人がその輝きに驚いて声を上げる。

 

「勇者様!!それは神結晶です!」

 

「神結晶、それ、なんです?」

 

「神結晶は希少な鉱石です。とれる場所が不明で、僅かな欠片が教皇様の管理下にあり、私は以前それを見る機会に恵まれました。故に見間違える筈がありません。あの輝きは神結晶です!」

 

「なるほど…それなら、お前はそんな貴重なものをどうして持っていた?」

 

 光輝は高圧的にハジメに尋ねる。まさか「ベヒモスを殺しに行ったら突然現れた兎の魔物の体の中にあった」なんて言う訳にもいかず、ハジメは言葉に詰まる。

 黙ればそれだけ立場が悪くなる事を自覚しながらも、ハジメは語る言葉を思いつかない。

 

「勇者様、そんなの、知る必要はありません。神結晶は例外なく教会の所有物です。どうせ、コイツが魔人族なら悪事に使うに決まってます。だから、粛清すればそれで充分です」

 

「そうなんですか!ならこの魔人族は悪だ。人の形をとっているなんて姑息な奴だし、遠慮はいらないですね」

 

 勇者は神結晶を手に持ったまま、その聖剣を抜き放つ。合わせて、騎士たちもそれぞれ武器を取った。

 

「最悪だ…」

 

 ハジメは呟き、自分を切り替える。言葉での説得を諦め、神結晶を無理にでも取り返して逃げることを決めた。香織との約束を破ることになるが、こればかりは許してほしいと心の中で謝った。

 

 無理をして体中の身体強化を発動させ、ステータスを引き上げる。無理な戦闘は極力省き、光輝の持つ神結晶を取り返すことに集中する。

 光輝が片手で剣を振りかぶるのと同時にハジメは動き出した。

 体が軋むのを感じながら、ハジメは駆ける。片手で剣を振り慣れていないのか、光輝のバランスは悪い。伴って、剣速はハジメの目には遅く見えた。

 

(いける…!!)

 

 ぱしっ、と音を立ててハジメは光輝の手から神結晶を掠めとる。なにか光輝が言おうとしているが、聞く道理もない。すぐさまそこから離脱した。

 少し離れて騎士と光輝を油断なく見やるが、ハジメの身体強化は弱まってきていた。魔力もいよいよ底が見えており、ハジメは今にも崩れ落ちそうだった。

 

 だから、対応できない。騎士と勇者ばかり見ていて、気付かない。思い出せない。自分がクラスメイトに背を向けている事。奈落で自分に魔法を向けた相手がその中にいる事。

 

「死ね!魔人族!」

 

 後ろから忍び寄る殺意に反応できたのは、本能的なもの。兎との闘いで磨かれた第六感のようなものが、ハジメの体を動かした。それで即死は免れた。でも、それだけ。

 

「がっ、ぐはっ…」

 

 ハジメの胸から剣が生えていた。辛うじて心臓と肺は避けたようで、出血は多くない。それでも、今の、肉体が限界を迎えたハジメを止めるには十分だ。

 

「よくやった!檜山!そのままそいつを動かすなよ。今俺が行って首をはねる!!」

 

 騎士の中のとりわけ偉そうな一人がハジメの後ろにいる人物、檜山を称える。

 やっと状況を理解したハジメだったが、行動を起こそうにも力が出ない。奈落での戦いに加えて無理をしての身体強化、そしてこの自分に刺さった剣。ハジメの体は限界を迎えていた。

 

「ま、だだ…まだ、終われない…」

 

 自分の命が零れていくのを感じながら、ハジメの口から言葉が漏れる。その言葉に反して、体は動かない。立ち続けることもできなくなったハジメはその場にへたり込む。檜山は剣を握って放さず、それで傷口が広がった。

 

「だって…まだ…」

 

 朦朧とする意識の中、ハジメは空に手を伸ばす。あの時奈落で見た輝き、自分に命をくれた光へ、手を伸ばす。その光は、ずっと遠い。今のハジメでは、到底届きそうにない。

 

 意識が失われていく中、ハジメは声を聞いた。

 

(なぜ…なぜ…抗う…)

 

 朦朧とした意識の中、頭に響く問いに、されるがままにハジメは答えていた。

 

「かれが、くれたいのちを…おわらせたく…ない…」

 

(ならば…何を成す…)

 

(繋がれた命を…どう使う…)

 

「かなしいのは、いや、だから…ぼくが…ぼくが、けす…せんそう、を…けす…」

 

 何かが、息をのむような音が、した。

 

「だから、まだ、しねない。しにたく…ない…」

 

 叶わぬはずの願いは、空に消えるだけだったはずの言葉は、確かに聞き届けられた。応える者が、居た。

 

(ならば唱えよ。それで、我等はお前の力になる)

 

 途端、ハジメの頭に流れ込んでくるのは文字の羅列。詠唱のような、呪文のようなそれを、言われるがままに唱えようとして、口が上手く動かないことに気が付いた。

 

―――しょうがない子ね。

 

 暖かい光が、ハジメを照らして。体の痛みが和らぎ、口も動くようになったハジメは、流れてきたそれを唱える。

 

「素に、銀と鉄。礎に、石と、契約の、大公。祖には、我が麗しき、月の、姫」

 

 途切れ途切れ、しかし力強く。再誕を言祝ぐように。

 

「四方の、門は閉じ、王冠より出で、王国に、至る、三叉路は循環せよ」

 

 ハジメを中心に魔力が渦巻く。驚いて檜山が剣を離し、やがて渦巻く魔力に吹き飛ばされた。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返す、つどに、五度。ただ、満たされる刻を、破却する」

 

 騎士たちは異常に気づき、渦の中心、ハジメに近づこうとする。しかし、それは叶わない。ある者は突如現れた鎖に絡めとられ、またある者は異常な荷重に身動きを封じられていた。

 

「―告げる。汝の身は、我が下に、我が運命は、汝の剣に。月光の寄るべに従い、この意、この理に、従うならば、応えよ」

 

 渦巻く魔力はもはや嵐のように。愚かに歯向かおうとする勇者を、騎士を、尽く跪かせる。

 再誕の産声は、世界を満たすように。

 

「誓いを此処に。我は、この世全ての善となる者。我は、この世全ての、悪を敷く者。」

 

 或いはそれは、神話の具現。現代に蘇る、神代の奇跡。

 

「汝、自由の言霊を纏う、七天。月の導きより、来たれ、解放の担い手よ――!!」

 

 光に、包まれて…

 

 

 

 

 

 

「始めたわね。貴方達が選んだ子なら、きっと大丈夫でしょう」

 

 

 

 

 

 

 魔力の渦が収まる。同時に、騎士たちを縛っていた奇妙な事象が消え去り、拘束されていた人々は苦し気に、忌々し気に中心にいた人物、ハジメを見る。

 彼らからしてみれば、この渦は魔人族の最後の抵抗に見えた。奇妙な拘束が消えた今、その元凶たる魔人族を殺さんと集まっていく。

 そして。視界が晴れ、ハジメの方を見た全員が二つの人影に気づく。

 

「よく頑張った、少年。ずっと一人で、本当によく頑張った。もう大丈夫。私達が来たから、君は一人じゃなくなった」

 

 横たわるハジメを優しく支え、回復魔法の光で傷だらけの体を癒すのは、金髪青目の小柄な少女だ。

 

「体は限界だろう。今は休め。後のことは、僕たちが何とかするから、君はそこにいるといい」

 

 少女の隣に立ち、持っていた傘をハジメの前に置いたのは、眼鏡をかけ、黒の髪を後ろにまとめた長身の青年。

 傘を開けば、ハジメの体を結界が覆う。それを確認した二人は並び立ち、騎士が居る方を向いた。

 

「オーくんってば、かっこつけちゃって。先輩風吹かせちゃってるんだ~」

 

「うるさいぞミレディ。お前だって、似たようなものだったじゃないか」

 

「いやいや、私のはあれだよ、この溢れ出るお姉さんパワーと言うか、尊敬を集めるリーダーの威厳と言うか、そんな感じだよっ!」

 

「はぁ、まあいい。正直、はしゃぐ気持ちもわかる。なにせ、こうして立つのは、久しぶりだ」

 

「だよねだよね!やっぱこう、うきうきしちゃうよね!」

 

 

「「さて」」

 

 

 軽口をたたく二人は、その間に騎士たちに囲まれていた。二人がそれを見る目は、極めて冷ややかだ。

 

「一応聞いておこうか。どちらが悪者かなんて明白だが、一応だ。お前達、何故彼を襲う」

 

 男が騎士たちに向かって言い放つ。それに答えるのは、ハジメの首を切りに行こうとしていた騎士だ。

 

「口を閉じろ。下賤な乱入者よ。それを庇うということは、お前達もエヒト様に仇なす神敵に他ならない。我々聖騎士が、直々に粛清する」

 

 偉そうに語る男。それに賛同するかのように周りの騎士たちも声を上げた。

 

「よーし、交渉は決裂!やっぱ何年経っても教会って変わんないんだね。それなら、ひっさびさのミレディさん無双といきますか!いいよね、オーくん」

 

「もちろん。あのクソカスに届くくらい、思い切りだ。行くぞ、ミレディ」

 

「おーう!!」

 

 女がその手に魔法を纏う。男が服の下から鎖を覗かせる。対する騎士たちは、容赦なくその命を刈り取ろうと二人に迫る。

 始まりの合図は、無かった。

 

 

 

 

 少女はまるで重力の枷から解き放たれたかのように空へ登っていった。それは上昇ではなく落下なのだが、理解できる人物は騎士の中にはいない。

 武器による攻撃は届きそうになく、騎士たちが詠唱を始めるが、少女の方が圧倒的に早かった。

 

「〝天蓋〟」

 

 再びこの世界に立つ歓びを言葉に込めて、小さく呟けば、宙が変貌した。晴れ渡り、太陽が輝いていたはずの空は、満天の星空に姿を変える。星の力を操る魔法が極まった果ての、有り得ざる奇跡がここに顕現した。

 

「まだまだいっくよー!!〝銀狼〟〝燭滅〟〝神威星〟それから…」

 

 氷の狼が、消えぬ黒焔が、降り注ぐ神威が、重装甲の聖騎士たちをいとも容易く蹴散らしていく。

 明らかに個人が行使する範疇を逸脱した魔法は、そのどれもが騎士達が初めて見るものだった。いや、今を生きる人類はその魔法を、鮮烈に人々を魅せてやまない奇跡を目にしたことがないだろう。だってそれは、彼女だけに許された神代の魔法なのだから。

 

「みーれーでぃー!やりすぎだ。思い切りとは言ったが周りのことが見えないのか!?」

 

「いやいやそんなことないですけど?私の魔力操作を舐めないでいただきたいね、オルクス君。ほら、建物は無事でしょ?」

 

 ふっと手を振れば星空は掻き消え、元の晴天が現れた。騎士たちに重症者は多く見られるが死者はおらず、辺りの建物に一つの被害もなかった。

 それは、単に彼女の魔力操作能力によるもの。神技という言葉さえ陳腐な程の技術で、高威力の魔法を完璧に制御していたのだった。

 

「相変わらずだな、お前は。なら少しだけ、僕も仕事をするとしよう」

 

 男が言えば、服の下から伸びる鎖がまるで意思をもったかのように伸びていき、地面に突き刺さる。

 男が作業を始めようとした時、近寄ってくる者、光輝に気がついた。後ろには戦おうと集まったクラスメイト達も一緒だ。

 

「よくも騎士のみんなを!!正体を現せ、魔人族!!お前たちの悪逆は勇者であるこの僕が切り捨ててやる!!」

 

 光輝に続いて全員が武器を構える。皆闘志に燃え、自信に溢れている様子だ。

 

「これは…直で見ると更に酷いな…」

 

 男は呟き、関わるのも面倒だと背を向けた。

 舐められたと感じたのか、それとも好機と捉えたのか、光輝を先頭に全員が切り込もうと足を動かそうとして…動かないことに気が付いた。

 

「なんだっっ!?」

 

「足が…埋まって?」

 

 彼らは足を止めていた。その意思に関係なく、物理的に。

 拘束は光輝だけに限らず、先程の魔法で地に倒れている騎士達にも及んでおり、皆が地面に飲み込まれて身動きを封じられていた。

 光輝達は健在だが、子供に手を上げるつもりなどない男はそのまま立ち去ろうとする。

 

「待て!!卑怯な魔人族め!人の姿をしていても僕の目は騙せないぞ!!」

 

 埋まった脚はそのまま、じたばたと手を動かし、男の方を睨み続ける光輝。

 後ろからの声に眉を顰め、やれやれと溜息をつく。ちらと振り返ってひと睨みすれば、辺りに突き刺さった鎖が抜け、何本かが光輝の体に巻き付く。

 そして、一言。

 

「〝震霆〟」

 

 光輝を激しい雷が襲う。死なない程度に加減されたそれを受けた光輝は、体中から煙を立ち昇らせ、意識を失っていた。

 

「うるさい輩はこうやって黙らせるに限るな」

 

 自分たちの中で最も強い光輝が倒れたことにクラスメイト達は驚愕している。彼の技能の一つ、全属性耐性をものともしない雷の魔法など、初めて見たようだ。

 それを易々とこなして見せた男は服の下に鎖を戻しながら、その場を去っていったのだった。

 

 

 

 

 倒れ伏し、結界に包まれたハジメの傍には香織がいた。他のクラスメイトは騎士たちと共に倒れるか魔力にあてられて意識を失っている。

 香織は重症に見えたハジメに回復魔法を使おうと駆け寄ったが、いざ来てみれば傷は完全に治っていた。驚愕も束の間、目の前で繰り広げられた戦いと呼ぶのも烏滸がましいほどの一方的な蹂躙。それをした二人がハジメに結界を張り、治療を施したのが見えていた香織は、礼を言おうと二人に声をかけた。

 

「あ、あの、ありがとうございます!ハジメくんは助かったのはあなたたちのおかげです。本当にありがとう!」

 

 二人はその言葉に振り向き、香織の方へ歩み寄る。

 

「どういたしまして。そう言ってくれると、頑張った甲斐があるよ~」

 

「君は、怪我はないかい。このアホが馬鹿みたいな魔法を使ったけど、大丈夫だったか」

 

「は、はい。大丈夫です。あの、それで…」

 

 うん、と揃って首を傾げる二人。香織は二人を似た者同士だと思いながら、恩人に尋ねる。

 

「お二人の、名前を教えてもらえますか。恩人の名前は、知っておきたいんです」

 

 二人は顔を見合わせ、それから香織の方を見て、言った。

 

「解放者。オスカー・オルクス」

 

「同じく解放者。ミレディ・ライセン‼︎」

 

 男は淡々と。女はばっちり決めポーズで。どちらもその顔に笑みを浮かべ、そう名乗ったのだった。

 

 




座は多分星ごとに別々だと思うんですよね。だからアルクェイドがやったのは本来の機能を維持できなくなったトータスのアラヤに代行して座の機能を復活させること。この世界の人理は非常に不安定なので地球の決選術式たる英霊召喚を七人の解放者に合わせて模倣することが可能だったんじゃないかなと。つまり七人の解放者は冠位のサーヴァント。それもエヒトに抗い、自由を願い、そして何もできずに死んでいった全ての人の無念がと力が寄り集まった存在ということです。


ハジメ君の本音は「戦争を消したい」
雫の言葉、「あなたが居なくなって悲しむ人がここにいる」はハジメを突き動かした。誰かが死んで哀しい思いをするのはもう二度と嫌で、同時に自分のクラスメイトも誰かが死んだらひどく悲しむだろうと思ってしまったハジメは、自分達が召喚されたのは魔神族との戦争のためで、戦争を無くせば誰も悲しまないという考えに至り、それを志貴にもらった命の使い方だと定めたのだった。

こんなバカな結論は、誰より優しいハジメが、志貴に命を救われたことで至ってしまったおよそ最悪の結論でしょう。地球でそれができるのは羽川翼くらいでしょうし、トータスでは全ての裏にエヒトがいますからね。これからは錬成師兼マスターとして頑張ってもらいたいですね。
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