ありふれた職業と月の姫   作:ザラメシュガー

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二章:イレギュラー
10.これから


 

 

「成程、異星の真祖か。面白い、面白いな」

 

 どこまでも続く白い空間。光に満ちているようでも、闇が支配しているようでもあるその空間で、一人。

 

「何かと思えばあれか。昔居た神殺しを掲げた愚か者を蘇らせるか。下らないが発想は素晴らしい。異星も馬鹿にはできんな」

 

 それは楽しそうに笑う。数千年続いた遊戯に訪れたイレギュラーを、心底楽しそうに受け入れる。

 

「しかし、真祖。興味深いシステムだ。この世界に存在しないのは何かの偶然か……ならば作ってみようか」

 

 それが手を振ればそこに現れたのはヒトガタだ。一体、二体と湧き出てきたヒトガタは形を取り、やがて四体の生きた人形となった。

 

「あの木偶人形で遊ぶのもつまらなくなってきたところだ。形は…丁度いい。あの魂を使うか。意思を縛らずに放つのがいいな。異能、原理血戒というのか。適当に付与しよう」

 

 空間に穴が空き、それは靄のような何かを取り出す。出来上がった人形に靄は入って行く。それが、人形と同じ数、四回だけ繰り返された。

 

「量産には飽きていた。質を上げるのも悪くない」

 

 パチン、と音がすれば人形に命が宿る。目を開け、呼吸をし、目の前のそれを主として崇める精巧なヒト、否、人の世を冒涜する死徒が誕生した。

 

「せいぜい足掻けよ、駒たち。それでなくては面白くない」

 

 悪辣なる偽神は、神域にて嗤う。

 

 

 

 

 ある日、大迷宮最深部。解放者オスカー・オルクスの隠れ家にて。

 

「ふぅ~~」

 

 湯煙立ち昇る大浴場。遠野邸大浴場もかなりの物だったが、こちらも負けていない。

 だだっ広い湯船を独占する快感を覚えつつ、しみじみと元の世界のことを思い出してしまった。最近はこういうことが多い。迷宮攻略に一段落ついて気が抜けてしまっているのだろうか。

 

 ユエと共にヒュドラを倒した後、俺達はアルクェイドと合流して迷宮最深部へと向かった。世界の真実がどうこうとか、アルクェイドがユエの生成魔法を見て習得したとか、その日は色々とあった。

 アルクェイド曰く、「魔法は魔法でもあっちの世界程ではない」とのことで、ある程度の使い手が行使するのを見れば使えるようになるらしい。余談ではあるが、俺には神代魔法の才能は欠片も備わっていなかった。別に期待なんてなかったから問題ない。別に。

 

 そんなことがあってから数日。ユエが魔法の訓練をするということで、少しの間この解放者の隠れ家に滞在することにしていた。俺も時間を無駄にしてはいけないと適当な魔物相手に訓練を続けていた。汗を流すためこうして風呂につかっているが、やはり風呂はいい。疲れがよくとれる。

 

 全身の力を抜いてだらんとしていたからか、隣で水が跳ねる音がするまで何も気づかなかった。

 

「はぁ~。普段から志貴がお風呂に熱心な理由がわかるわ。ただのお湯がこんなに気持ちいなんて不思議ねー」

 

「な、な…」

 

「うん?志貴、顔真っ赤でどうしたの?あ、もしかして、それがのぼせちゃったっていうやつなのね」

 

「なんで入って来るんだこのバカー--!!!!」

 

 渾身の一声が木霊した。

 いやいやいやいや、落ち着け、志貴。有彦を、有彦を思い出せ。むさくるしくて暑苦しくて面倒くさい不良のあいつを思い出せば平常心を保てるハズ――

 

「バカとはなによ!お風呂くらい一緒に入ってもいいでしょ!」

 

 ぐいと身を寄せて来るアルクェイド。

 多少の冷静さを取り戻した思考は、正確に目の前の状況を認識した。いや、認識してしまった。

 湿った髪、上気した頬、白い肌、タオルを巻いていても零れそうなその――

 

「あああああー----」

 

 思わず立ち上がる。まずい。これはまずい。俺の理性が蒸発しかねない。早く出ていかなければ。

 風を切って大浴場の入り口へたどり着く。これで一安心、とドアに手をかける―――開かない。

 もう一度力を込める――やっぱり開かない。

 

「な、な、なんで…」

 

「もう、志貴ってば。お風呂くらいゆっくり入りましょ。ほら、こっちこっち」

 

 楽しそうにぱちゃぱちゃ水面を叩くアルクェイド。それを見た瞬間に全てを悟り、同時に全てを諦めた。そもそも、俺は風呂に入る前に鍵をかけたはずだが、突破されている時点でお察しか。

 いつもと変わらないアルクェイドの筈なのに、どうしてもその顔が獰猛な肉食獣に見えて仕方ない。ああ、きっと俺は疲れているのだ。なら仕方ないか。もう、何も考えなくていいや――

 

 

 

 

 

 

「はっっ!!」

 

 がばっ、と音が立ちそうなほどの勢いで起き上がる。ここは…脱衣所?軽装を身に纏って横たわっていたようだ。髪が濡れたままなのを見るに、のぼせてしまったのだろう。ユエかアルクェイドが助け出してくれたのか、傍には氷の入った水が置いてあった。気遣いが有難い。

 

 外に出てみれば、アルクェイドがユエと何やら話し込んでいた。

 

「あ、志貴、起きたのね。待ったわよ、もう」

 

「ああ、悪い。のぼせちまったよ。長風呂も考え物だな」

 

 ユエが信じられないものを見たかのような顔でこちらを見ているが、気にしてはいけない気がする。

 

「待ったって、なんかあったのか?」

 

「ん、今後の予定を話したい」

 

「さすがにここに長居するのもよくないしね。そろそろ行こうって思ってたんだけど…」

 

 二人と一緒に机を囲んで座る。長居できないという考えには賛成だ。ここでできることには限りがあるし、旅の目的、世界の再生と神代魔法の習得はここでは達成できない。

 

「俺はいつでもいいぞ。どこに向かうかっていう話か?」

 

「それもあるんだけど、ユエがね…」

 

 ユエが何か事情があるらしいと、アルクェイドは困ったように言う。そのユエは今までのどんな時より真剣な顔だ。

 

「私は、二人と別れて行動したいと、思ってる」

 

「それは…」

 

 予想外の発言に言葉が詰まる。詳しく聞いてみよう。

 

「何か、理由があるのか」

 

「大きく、二つ。一つ目は、役割分担した方がいいと思ったから。シキとお姉さまのやりたいことは二つ。迷宮攻略と世界の再生。一緒にいたら、効率が悪い」

 

「それは、確かに…」

 

 二つの目的は少し離れている。それを手分けせずにやっていては時間が無駄だと、そう言いたいのだろう。たぶん、再生を俺とアルクェイドが。迷宮をユエが担当すると言いたいのだろう。

 

「二つ目が、肝心。私は、二人と一緒だと甘えてしまう。だから、強くなれない。いつまでも二人に追いつけない。それで、自分を鍛えるために、一人で行きたい」

 

 こっちが本音だ。ユエの目を見て直感した。

 正直、俺がユエの前にいると言い切る自信は無い。ヒュドラの時も助けられたし、魔法があれば俺なんて一捻りだとは思う。それをわかっていないユエではないはずだ。それでも、ユエは俺とアルクェイドに追いつきたいと、そう言ったのなら。

 

「わかった。アルクェイドはユエが心配で行かせたくないんだな」

 

 きっと、アルクェイドもユエの想いは分かっているはずだ。それでも渋るのは、神という不確定な敵による攻撃を心配してのことだろう。

 アルクェイドが言えないなら、俺が言うのがいい。

 

「ユエ。本当に、大丈夫なんだな」

 

「ん。私は、立ち止まってはいられない。覚悟も、できてる」

 

「それなら、十分だ。アルクェイド、過保護なのも、よくないぞ」

 

「はぁ。わかった、わかったわよ。でも、一つだけ約束。絶対に、何があっても、生き残りなさい。みっともなくてもいいから、自分のことは一番に大切にして」

 

「わかった。私は、絶対に死なない」

 

「なら、俺からも一つ。こっちは気楽に捉えてくれていい」

 

 ユエは少し俺達のことを高く見すぎているからな。嬉しいことこの上ないが、かわいい妹分には、もっと人生を謳歌してほしい。一番長い記憶が暗闇の部屋なんて、酷いことだ。だから。

 

「対等だと、信頼できると思える友達を作って欲しい。それで、再会の時に話を聞かせてくれ」

 

「……ん。友達、見つけられるようにする」

 

 別に深い考えがあってのことではないが、友達がいた方が人生楽しいだろうから。打算抜きで信頼できる人ってのは、居るだけで心の支えになるだろうしな。

 課せられた使命は、迷宮の攻略と神代魔法の習得、それから生き残って、最後に友達を作ること。きっと大変だろうけど、ユエならやり切れる。絶対だ。

 

「そうね、じゃあ、こうしましょう。再会は大迷宮、シュネー雪原の氷雪洞窟で。私と志貴で世界の再生を、ユエがそれ以外の大迷宮の攻略をする。それで、だいたい半年くらいを目処に集合しましょう」

 

 アルクェイドが提示した期間は半年。長いようで、目的から考えるときっと短い。それは、アルクェイドなりのユエへの試練のつもりか。それとも我慢の限界か。もっとも、半年が短いと言うのは俺達にも言えるので、大変なのはユエだけじゃないんだが。

 それにしても、シュネー雪原か。てっきりユエに全部頼むのかと思っていったが、俺達も迷宮に行くのか。

 

「それって、俺達もシュネー雪原の大迷宮を攻略するってことだよな。もしかして、そこの神代魔法は重要なものなのか」

 

「ああ、話してなかったっけ。オスカー・オルクスの手記にあったことが本当なら、シュネー雪原の神代魔法は変成魔法、生物を作る、或いは作り替える魔法。これがどういうことか、わかる?」

 

 生物を作り替える魔法。わざわざアルクェイドがそれを欲すると言うことは、つまり。

 

「もしかして、吸血衝動を、なくせる…!?」

 

「あと、志貴の体の色々もね。できるかもってだけなんだけど、それ、私たちにとってはすごく大事な事じゃない?」

 

「…それは…すごいな…」

 

「でしょう。だから、集合はシュネー雪原で」

 

「………」

 

 話についていけないというユエの無言の抗議が、突き刺さったのだった。

 

 

 

 

 

 そして、次の日。

 オルクス大迷宮最下層からの脱出は簡単で、魔法陣に乗ればそれで外に出ていた。久しぶりの太陽の光に目を細めながら、俺とアルクェイドはユエと別れて立つ。

 

「それじゃあ、ここで一旦お別れね」

 

「ん、やっぱり寂しい。でも、決めたから。めげない」

 

「ああ。それでこそユエだ。半年後まで、お互い頑張っていこう」

 

 オスカーの隠れ家にあった使えそうな宝物はほとんどユエに渡してある。ユエはぎりぎりまで渋ったが、受け取らないならここに置いていくと言ったら渋々受け取ってくれた。腐らせておくのはもったいないという認識は共通であったようだ。

 

「じゃあね。ユエ。私…ううん、湿っぽいのはナシ。頑張ってね!ユエ!」

 

「無理はしすぎるなよ。気をつけてな、ユエ」

 

「お姉さまも、志貴も、頑張って!私、次会う時には絶対強くなってるから。だから…期待、してて」

 

 一時の別れ。多くを語る必要はなく、互いに無事を願って背を向けた。

 振り返らずに少し歩いて、突然立ち止まったアルクェイドが言った。

 

「ねえ志貴、子供が独り立ちするのって、こんな感じなのかな」

 

「やっぱり、お前もそう思うか。ユエ、可愛いもんな…」

 

「小さい私みたいって、思ったでしょ」

 

「なぜそのことを…もしかして、自分でも思ってたのか」

 

「ちょっとだけね。外見だけじゃなくて、境遇とか、力とかも」

 

「………心配だよな」

 

「…そうね」

 

 湿っぽいのは嫌だけど、少しだけ本音が出た。強引に話題を変えたのはアルクェイドだ。

 

「…こほん。えー、私達の行く先は、砂漠よ。地脈が特にぐちゃぐちゃになってるから、整えに行くわ」

 

「砂漠か。確か、国があるんだよな。名前は…アンカジ公国だったか」

 

「よーし、それじゃあアンカジ公国へ、しゅっぱーつ!」

 

 走り出したアルクェイドの後を追う。その背中はあっという間に小さくなっていって…いや速っ!

 

「速すぎだバカ―――ッ!!」

 

 叫びながら追った。いつしか、湿っぽいのは無くなっていた。というか、必死で走る以外の全てが頭から抜け落ちていった。

 

 

 

 

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