ありふれた職業と月の姫   作:ザラメシュガー

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やっとオリジナル展開をかけるぞ!!


4.ベヒモス

 

 光に包まれたと思うと、次の瞬間には見知らぬ空間。そんな状況にクラスメイト達の間に動揺が広がる。

 

「全員落ち着いてあの階段まで下がれ!!騎士たちは前へ。トラップが転移だけとは思えん!!」

 

 メルドさんが声をかける。その言葉で多少の落ち着きを取り戻した皆はわたわたと動き出す。騎士たちは指示通りに前に出て勇者一行を守る形で隊列を組んでいた。

 しかし、迷宮は撤退を許さなかった。前方、階段手間に現れたのは、光を放つ無数の魔法陣。その一つ一つから武装した骸骨が湧き出てきた。カタカタと音を立てて頭を揺らし、空っぽの眼窩を赤黒く光らせ、こちらにゆっくりと向かってくる。

 百体を越えてもまだ、骸骨は増殖している。人型の、人でないナニカが、俺たちを害そうと向かってくる。ゆっくりと、生を渇望して止まないかのように、俺たちへ手を伸ばしてくる。

 その光景に、俺は。

 

――ずきり

 

 魔法陣が次々と現れ、骸骨は増殖を続けていた。一方で後ろからは騎士たちが戦闘をしている音が聞こえてくる。ベヒモスという単語が飛び交っているのが耳に入った。反対側にもこちらと同様に魔物が出現して、その魔物の名前がベヒモスということらしい。

 

――ずきり

 

 皆は混乱の最中にいる。メルドさんの指示で来た騎士の人が何とか指揮をとろうとしているが、混乱は収まりそうにない。端のほうで、ハジメが園部さんを助けているのが見えた。天之河が後ろでメルドさんの邪魔をしているのが聞こえてきた。あいつだったら皆は言うことを聞きそうなものだが。

 

――ずきり

 

 思い出すのは死者の群れ。燃え盛る悍ましい死者が。凍える世界で向き合った亡者が。死徒の食堂で見た異形が。ぞっとするほど鮮明に頭の中に呼び起される。本質が異なることは頭で理解していても、あの冒涜的な死者たちの姿が、目の前の骸骨たちと重なって仕方ない。

 

――ずきり

 

 こっちに来てからは鳴りを潜めていた頭痛が激しく存在を主張している。立っているのも億劫なほどの頭痛をかろうじて耐えて、なんとか正面の骸骨を見据えて。

 

――ずきり

 

――ずきり

 

――ずきり

 

 視界がぼやける。/死がすぐそこまで迫っているのを、肌で感じて。

 頭痛が酷い。/こんなにも、高揚しているのは、あの時以来で。

 咆哮が頭に響く。/気付けば、手には使い慣れたナイフがあって。

 

 体が熱い。目の奥が痺れる。ああ、なんて煩わしい。面倒くさい。どうでもいい。人がたくさんいる。人じゃないものがもっとたくさんいる。切り裂いて、ぐちゃぐちゃにして、中身を全部暴き立てて、ばらばらに捨ててしまいたい。

 思考に靄がかかったようで、俺の頭ははっきりと一つの命令を下している。

 即ち、目の前の化物を殺し尽くせ、と。

 普段よりずっと自由が利かない思考で、普段よりずっと明瞭な世界が見える。

 俺に向かって切りかかってくる骸骨を眺める。ゆっくりと向かってきたはずの骸骨が振るう剣はやけに速くて、それでも俺の眼はしっかりとその動きを捉えていて。視界の端に地面に手を当てて叫ぶハジメがちらと見えて、どうでもいいかと切り捨てて。

 骸骨が振るう剣が俺に当たる直前、二度、手を振った。一撃は剣を持つ手を柄で砕き、手を返して首を断ち切った。

 がらがらと崩れ落ちる骸骨。転がっていく頭を視界の端で捉えながら、眼鏡を外した。

 

 途端、目に飛び込んでくる無数の線。地面も、人も、骸骨も。あらゆる物に無数の線が走る死の世界に飛び込んだ。こんなにもはっきりと死の線を認識するのは随分と久しぶりで頭がぎりぎりと痛むが、駆ける足に躊躇いはない。骸骨の数なんて数えるのも面倒だ。だから、手当たり次第に線をなぞる。

 頭の線をなぞる。胴体の線を断つ。剣を振りかぶった骸骨を五つに刻む。一息の間に三体の首をはねて、近づいてきたものを蹴り飛ばして奈落に落とした。するする、するする、骸骨と皆の間を通り抜けながら、骸骨を切り裂いていく。速く、速く、速く。線をなぞって、次の敵を見てまた線をなぞる。もはやそれを繰り返すだけの作業。気付けば、熱かった体は驚くほど冷え切って、高揚していたはずなのに冷静さを取り戻していた。

 

 それでも、頭は殺害の命令を下し続ける。落ち着いた頭で考えてみれば、この骸骨どもを殺しきれば皆が落ち着くのを待たずに安全な退路を確保できるのではないか、という結論に至る。皆の混乱は収まっておらず、連携をとるのは未だ難しそうだ。

 

「遠野、大丈夫か。なんか、すごい動きだったけど」

 

 突然声をかけられた。ハジメだ。偶々近くにいたようで、焦った様子で声をかけてきた。

 

「ああ、問題ない。それより、俺がこいつらを蹴散らして、退路を確保する。お前は後ろで待機してろ。ここは危険だ」

 

「一人でやる気!?そんなの無謀だよ」

 

「大丈夫。俺なら心配ないさ。けど、後ろのベヒモスとやらが問題だ。いくら退路を確保しても、あんなのがいるんじゃ全員無事とはいかないだろ」

 

 ちらと後ろを見ると二本の角を赤熱化させた巨大な魔物をメルドさんたちが足止めしているのが見えた。俺たちが何とか無事なのはアレがこっちに向かってこないからだ。何とかしなければ、全員の無事は無いと言い切れる程の圧をベヒモスは放っていた。

 

「それなら、大丈夫だ」

 

「え?」

 

 ハジメの発言は予想外で、思わず聞き返してしまった。ハジメはお世辞にも戦えるステータスをしていない。それなのに、今の自信ありげな発言の根拠は何だろうか。

 

「ハジメ、お前…」

 

「大丈夫。考えがあるんだ」

 

「そうか…危険だと思ったら遠慮なく逃げるんだぞ」

 

 ハジメの眼には覚悟があった。きっと、今自分にしかできないことを見つけたのだろう。それなら、何を言ったってアイツは止まらない。できるのは後押しすることだけだ。

 

「ああ、ありがとう。お互い無事で帰ろう」

 

「おう」

 

 それだけの会話をして、互いに背を向けて走り出した。

 

 

 

 

 

「これで、最後ッ!!」

 

 骸骨の数を減らしていくにつれて皆は落ち着きを取りもどしてきた。全員の連携とはいかずとも数人がかりで骸骨の相手をしている姿が増え、敵は急速に数を減らしていった。

 長かったような、短かったような戦いだが、目の前の三体を倒せばこれで最後。あとは全員で階段まで下がるだけだ。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ―〝天翔閃〟!!」

 

 目の前の骸骨を切り裂こうと向かっていく中、聞こえてきたのは魔法の詠唱。それも天之河だけが使う高威力の斬撃を飛ばすものだった。

 

「ちっ」

 

 このままでは俺を巻き込みかねない魔法に舌打ちをしつつ、大きく飛び退いて魔法を回避する。三体の骸骨に向かっていった光の斬撃はその胴体を両断し、奥の壁にまで傷をつけていた。

 で、その下手人はというと。

 

「みんな、もう大丈夫だ!!俺が切り開いた退路を行くんだ!!さあ、早く」

 

 ものすごいドヤ顔で立っていた。ああ、そういうヤツだよな、お前は。

 別に俺が何とかしてやったと言いたいわけではないが、なんというか、少し癪に障るな。…まあいいや。アイツに何を言っても無駄だろう。

 その後ろからはメルドさん率いる騎士達と八重樫と白崎さんがいる最前線組が走ってくるのが見えた。これではベヒモスが自由になって襲いかかってきそうだが…いや、待て。ハジメがいない。どういう事だ。

 

「メルドさん!ハジメは!?ハジメはどうしたんです‼︎あいつ、考えがあるってそっちに走って行った筈ですよね!?」

 

「ああ、それで、小僧はいまベヒモスの足止めを一人でやっとるんだ‼︎おかげで撤退できた。あいつの離脱に合わせて、魔法で一斉攻撃して全員無事で帰るぞ‼︎」

 

 全員で階段前まで走って行き、そこで橋を振り返ると、そこには半身が地面に埋まったベヒモスの姿と地面に手を当てて必死に錬成でベヒモスを拘束するハジメが見えた。

 これが言っていた考えか。すごいな。俺だったら思いついてもこんなこと実行しようと思えない。

 

「全員、魔法の準備をしろ!!じきに小僧の魔力が切れる。それに合わせてあのデカブツにありったけ叩き込め!!」

 

 次々と魔法の詠唱が始まる。ハジメは最後の魔力を振り絞ってか、ベヒモスの体を一際強い錬成で拘束し、ふらふらとこちらへ走り出すところだった。

 

「今だ、放て!!」

 

 メルドさんの号令を機に、あらゆる属性の魔法がベヒモスへと飛んでいく。俺には魔法の才はなかったが、無いよりはマシと思って簡単な魔力弾を打ち込んでいた。

 ベヒモスは大量の魔法を受けて尚、目の前の人間、即ちハジメを抹殺せんとその瞳をぎらぎらと輝かせている。

 頭を下げて走ってくるハジメは必死の表情だ。だが、背後のベヒモスとの距離はどんどん開いている。この調子で行けばあいつもこっちまで辿り着けるだろう。ハジメもその事を感じ取ったのか、少し安堵した様子だ。

 

 しかし、直後。その表情が凍りつく。

 

 ベヒモスに向かっていた魔法の一つが、その軌道を曲げて確実にハジメに向かっていったのだ。

 ああ、それはまずい。アイツはたぶん、避けられない。そこで走るのをやめてしまえば、ベヒモスに追いつかれる。

 

「それは、だめだろ」

 

 考える前に体は動いていた。高い敏捷値をスキルでさらに引き上げ、ハジメに向かって駆ける。後ろから制止する声が聞こえた気がしたが、今は構っていられない。

 ハジメはみんなを助けた。それで、一人だけ死ぬなんて事があったら、報われないじゃないか。だから、俺が助ける。魔法が使えなくても俺はこれには間に合うはず。

 

 ハジメに火球が直撃して、そのまま後ろに吹き飛んだ。後ろには、その大角を光らせ、頭を大きく振りかぶったベヒモス。ハジメが絶望しているのが見える。

 

「させ、るかッッ!!」

 

 間一髪、間に合った。ハジメの手を引いてベヒモスの頭突きを避けた。急な方向転換が足に響いているが、まだ走れるはず。

 

「おい、ハジメ‼︎生きてるか!?」

 

 ハジメの無事を確かめる。

 

「え、遠野?どうして…」

 

「どうもこうもあるか。助けに来たんだよ」

 

 話をして少し足が遅くなったところに、後ろからベヒモスの咆哮が響いた。

 

「クソ、アイツまだやる気か。ハジメ、走れるか?」

 

「ごめん、無理かも。さっきので足がやられて…」

 

「なら背負って行く。しっかり掴まってろよ」

 

 ハジメを背に再び駆け出す。頭上を行く魔法は心なしか勢いを増していた。

 

「ぐっ…」

 

 足の痛みが無視できない。骸骨との戦いも響いているのだろうか。

 ちらと後ろを振り返ると、ベヒモスが思ったより近い。背中を冷たい汗が伝ったのがわかる。

 

「遠野、前っ!」

 

 直後、衝撃が体を走る。

 また魔法がこちらへ向かってきて、それにあたったのだと気づくのに少し時間がかかった。 

 

「ぐっ、あぁっ」

 

 呻き声が漏れた。足に思い切り力を入れ、辛うじて踏みとどまるが、ハジメを落としてしまう。地面に叩きつけられるハジメ。なんとか再び背負おうと手を伸ばすが、それを見逃すほどベヒモスは甘くなかった。

 

 ハジメを狙って叩きつけられる手が見える。まずい、間に合わない。

しかし、ハジメはギリギリのところで攻撃を交わしてみせた。残った力を全て使い切ったようで、そこからは動けそうに無い。

 ハジメが避けた攻撃は橋へと叩きつけられ、橋全体に振動が走った。直後、着弾点を中心に亀裂が広がる。橋が悲鳴を上げ、ついに。

 

 橋の崩壊が始まった。

 

 落下の中心点にいるベヒモスは手足をばたつかせて橋を引っ掻くが、その巨体は触れたそばから橋を崩壊させていく。

 ハジメも必死で逃げようとするが、掴んだ所は次々と崩れて行き、やがてその身を空中に晒して。

 

「まだ、だ!!」

 

 その手をギリギリのところで掴んだ。

 掴んだからといって安心はしていられない。俺がいる場所だって今にも崩れそうだ。

 いや、違うな。ここでハジメを引き上げられても、俺は走れない。さっきの魔法でいよいよ足の痛みが無視できなくなった。俺がハジメを抱えて橋を渡るより、この橋が崩壊しきる方がきっと早い。それなら、一人でも多く助かった方がいい。

 

「八重樫!!なんとかして受け止めろ!!」

 

 声を張り上げ、それに合わせて最後の力を振り絞る。階段までは残り20メートル程。俺程度の腕力では距離が足りないだろう。だから、何かしらの魔法に期待して。

 

 ハジメを上方へ投げ飛ばした。

 

「元気でな。ハジメ」

 

「そんっ、なっ…」

 

 飛んでいくハジメに声をかける。空中に身を晒すハジメとは対照的に、俺は橋だったものと一緒に奈落へ落ちて行く。

 迫る死を前に、世界はゆっくりと動いて見える。白崎さんが必死に魔法を詠唱しているのが聞こえた。八重樫が俺のことを呼んでいるのが見えた。ハジメが泣きそうな顔でありがとうと呟いたのがわかった。

 

 死ぬのは怖いと、そう思っていたけど。人並みに死にたく無いって思っていたはずだけど。

 

 自然と笑みが溢れたのは、どうしただろうか。

 

 

 

 最後の疑問に答えが出ないまま重力に身を任せ、奈落へ落下していく。白崎さんが放った光の鎖がハジメを絡め取るのが見えて、俺の意識はそこで途切れた。

 




ハジメ君にはまだまだ頑張ってもらいます。
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