ありふれた職業と月の姫   作:ザラメシュガー

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書きたかった場面の一つがやっと書けて嬉しい。


7.封印

 

 オルクス大迷宮の攻略は俺にとっては簡単ではなかった。そこらにいる魔物は異常な強さで、ベヒモスに苦戦していた自分たちが馬鹿馬鹿しくなる程だった。

 洞窟から出てすぐに遭遇した蹴り兎や狼の群れは俺が相手をした。眼を使って瞬殺したが、まともに戦っていては勝ち目がなかっただろう。

 下に進む階段を目前として立ち塞がったのは巨大な熊だったが、アルクェイドが

 

「志貴ばっか戦ってずるい!!」

 

 なんて文句を言って前に出て腕の一振りで粉々にしてしまった。こいつの規格外さがこの世界でも通じることは予想していなかったわけではないが、こう見ると俺達神の使徒がちやほやされていたのなんて信じられなくなった。

 

 その調子で暫く進み、疲れたら休憩し、一日経ったかと思ったくらいで睡眠をとるのを繰り返しつつ迷宮を攻略していった。直死の魔眼はもはや戦闘には必須になり、俺の負担は大きかったが、その分休憩をとってゆっくり、着実に進んでいった。

 アルクェイドとしては日光が絶対に当たらないここでは調子がいいらしく、以前見たよりも豪快に戦っている。その勢いは衰えるところを知らず、迷宮の魔物を千切っては投げ、千切っては投げ、といった具合だ。

 

 攻略を始めてすぐ、俺は食料が無いことに思い至った。そのことをアルクェイドに伝えると、それなら、と手の一振りでハンバーガーを生み出して見せた。その味も暖かさもまさしく本物で、こういうものならいくらでも出せるらしく、食料に困らないことがわかった。その気になれば眼を見張るほどの高級食材も出せるらしいが、何となくやめておいた。

 出せるのは食料に限らず、大きな器と大量のお湯を出して風呂にしたり、汚れた服の替えを出したり、寝るためにふかふかのベッドをだしたりして、迷宮攻略は思いのほか快適に進んでいった。

 

 そうして49回階段を下り、最初にいたところを1階層とすると50階層にたどり着いた。下の階層への階段はすでに見つけ、いつでも次に進めるというところで、アルクェイドが異質な空間を見つけた。

 

 そこにあるのは巨大な扉と、それを守るように立ち塞がる二つの石像。どこからどう見ても何か封印してある扉なのだが、興味を持ってしまったアルクェイドが中を見たいと言って近づいて行った。まあ、俺としても気になるところではあるので無理に止めることはしなかった。

 

 ずかずかと歩いて行って扉に触れたアルクェイドはうんうん唸りながら扉を押すが、一向に開く気配がない。

 

「どうした、開かないのか」

 

「ええ、ピクリともしないわ」

 

「何か仕掛けがあったりしてな。ちょっと、探してみるか」

 

 そう言ってあたりを見回そうと後ろに下がったその直後、異変が起きた。

 

 オオオォォォォォ!!!!!!

 

 突然、咆哮が部屋に響き渡ったのだ。

 それと同時に動き出す二体の巨大な石像。いつの間にかその肌の色は変わり、生きた一つ目巨人としてこちらに襲い掛かってきた。

 

「志貴!さがって!」

 

「言われなくても!気を付けろよ!!」

 

 一目見て俺では力不足だと判断し、即座に退却する。確かに死の線をなぞれば俺の攻撃は必殺ではあるが、そもそも攻撃が届きそうにない相手というのはここまでにも存在した。そういったときはアルクェイドが何とかしてくれるので大人しく離れていることを決めて実践してきた。

 

 十分離れて二つの巨人を見る。目の前の侵入者を叩き潰さんと拳を振るう一つ目の巨人は、ここまでの魔物で初めてアルクェイドの攻撃を防いでいた。アルクェイドの攻撃は無造作に殴りつけるだけのものだったが、それを防げた時点で巨人の防御力の高さが伺える。

 ひらりひらりと猛攻を躱すアルクェイドはそれを煩わしく思ったのか、はたまた手ごたえのある敵を愉快におもったのか、好戦的な笑みを浮かべ、二体の巨人から同時に繰り出された剛腕の一撃をそれぞれ片手で受け止めて見せた。既に信じられない光景だが、アルクェイドはそこから畳みかける。受け止めた拳をそのまま握り、双方を投げ飛ばして互いにぶつけて見せた。

 アルクェイドは倒れ伏す巨人にとどめを下さんとばかりにその手を上げ、振り下ろした。同時に巨人を空気の爪が襲う。絶大な威力を伴ったそれは巨人を通り越して扉にまで達し、重厚感のある巨大な扉をバラバラにしてのけた。

 曰く、その力を使うのに必要なのはただイメージすることだけで、動作は本来必要ないが、この方が気分がいいと言って身振りを合わせているらしい。

 

「ふぅ。中々手ごたえがあったわね。志貴ー、もう大丈夫よー」

 

「おう。見てたぞ。っていうか、ちょっとやりすぎじゃないのか」

 

「あはは、ちょっと昂っちゃって。でも、扉の向こうに用があったんだから問題ないでしょう?」

 

「まあ、それもそうか」

 

 二人で扉の先に進む。中は真っ暗で、壊した扉からの光で薄ぼんやりと奥にあるものが見えた。艶やかな石壁と規則正しく並んだ柱、所々に燭台が掛けられているが灯りがともる様子はない。何より目を引いたのは部屋の奥に置かれた立方体のオブジェだ。外からの光を反射して光るそれは明らかに異質だった。

 よく見れば、その中央あたりから何かが突き出しているのが見える。

 

「おい、アルクェイド、あれって…」

 

「女の子、かしら」

 

 近づいて見えた、突き出していたもの。それは女の子だった。綺麗な金髪と赤い目の彼女の顔はビスクドールのように整っている。その胴体から下と両手を立方体に埋め込ませ、少女はじっとこちらを見つめていた。

 

「お願い……助けて……」

 

 彼女は必死に震える声で懇願してくる。様子を見るに、長い間ここに閉じ込められていたのだろう。声は掠れ、外からの光に目を細めていた。

 

「アルクェイド、どうする」

 

「へえ、意外。志貴なら躊躇わず助けるって言いだすのかと思った」

 

 小声でアルクェイドに話しかける。助けたいのはそうだが、彼女の存在が謎すぎると思ってのことだった。

 

「そりゃ、こんなところにあからさまに封印されてたら警戒もするだろ」

 

「そうね。最悪、神の手駒だって可能性もあるわ」

 

 すると、俺たちの疑念を感じ取ったのか、少女が力を振り絞って口を開いた。

 

「私、悪くない…裏切られて…封印された…」

 

 その瞳に涙を溜めて、彼女は必死に訴えかける。

 俺の目に映るその姿は、どうしても偽りだとは思えなかった。

 

「…いいよな」

 

「しょうがないわね。一応警戒は忘れないこと」

 

「ああ、わかってる」

 

 必死の懇願は、果たして俺の心を動かした。アルクェイドが見守る中で俺は眼鏡を外し、ナイフを取り出す。立方体に走る死の線を見て、少女の体に触れないだろうという部分を殺していく。

 何度か切ったところで立方体はその機能を失ったのか、どろどろと融解していき、少女の枷が外れていく。

 顕わになったその体はほっそりとしていたが、長い間ここにいたにしては肉が落ちていないようだ。何かしらの魔法の影響下にあったのだろうか。

 少し考えていると、横から入ってきたアルクェイドが少女にいそいそと大きめのコートをを被せていた。今咄嗟に作り出したのだろう。

 

「もう、志貴ってばじろじろ見ないの!!」

 

「あ…ご、ごめん。ちょっと考え事をだな…」

 

「まったく…いくらこの子が可愛いからってちょっとどうかと思うわ」

 

 ぺたんと座り込んだ少女は俺たちの様子を伺っている。その手は被せられた上着をぎゅっと握ったまま、震えていた。力のない、小さな手だ。

 震えとは反対にその顔は無表情で、じっとこちらを見つめてくる。アルクェイドと同じ深紅の眼には涙を溜めて、それでも溢れる気持ちが表れていて。

 

「…ありがとう」

 

 と、そう言ったのだった。

 

「どういたしまして」

 

 笑ってそう答えてあげるのが一番だろうと思って、言った。

 なんでもない一言の筈なのに、それだけで少女は涙を零し始める。

 俺とアルクェイドは目を見合わせ、頷く。俺はこの子についていてあげたい。アルクェイドも同じ気持ちだったようで、そっと少女の傍に座って頭を撫でていた。

 二人の頭からは、いつの間にか彼女に対する疑念が消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 しばらく経って、少女の涙は止まった。少し落ち着いた少女はまだ震えている声で俺たちに声をかける。

 

「名前…名前を、教えて」

 

 言われて、今まで互いに名前も知らなかったのだと気づく。

 

「俺は遠野志貴だ。こっちは…」

 

「アルクェイドよ。あなたはなんていうの?」

 

「シキと、アルクェイド…ん、覚えた」

 

 少女は確かめるように小さくつぶやき、問われた名前を答えようと口を開きかけ、そしてやめた。

 

「名前…付けて欲しい……」

 

「つけるって何だ。自分の名前、忘れたのか」

 

 そう聞くと少女はふるふると首を振って否定を示す。

 

「もう、前の名前は嫌。だから、シキとアルクェイドに付けて欲しい」

 

 それは、ここに封印されている理由と関係があるのだろう。きっと過去に何かがあって、今この瞬間に生まれ変わりたいと、そう願っている。だからこその名前を付けて欲しいという願いなのだろう。

 

「でも、急にいわれてもなぁ」

 

「私、こういうの苦手だから、志貴に任せるわ」

 

 逃げた。こいつ絶対に逃げた。

 まあ、いいか。考えてみよう。そうだな、やっぱり思うのはアルクェイドに似ているってことだな。綺麗な金髪も、その吸い込まれそうな紅い眼も、似通っている。だから…

 

「ユエ、ってのはどうだ。確か、月って言う意味だ」

 

「…ユエ……ユエ…」

 

「いい名前じゃない、ユエ。響きが可愛らしくて、私、好きよ」

 

「…んっ。今日から私はユエ。ありがとう。シキ、アルクェイド」

 

 小さく微笑むユエ。普段は無表情なのに現れた笑みは、きっと彼女にとっての最大限の喜びの現れだったのだろう。思わず見入ってしまった。

 まずい、アルクェイドにまたどやされる。変に思われる前に眼をそらし、ふと隣をみると、そこには普段からは想像できない程に頬を緩ませたアルクェイドが居た。どうやら、ユエのことをえらく気に入ったようで、傍について離れようとしない。

 

「私は、吸血鬼の、先祖返り。強い魔法も使えるし、傷も勝手に治る。きっと、役に立つ。だから、二人に、連れて行って欲しい。…だめ?」

 

 不安そうにこちらを見ながらユエは言った。別にこんな場所に置いていく気など無かったのだし、たぶんこの様子では俺が嫌と言ってもアルクェイドが無理にでも連れていくと思うのだが…今吸血鬼と言ったか?

 

「もしかして、アルクェイドと同じってことか」

 

 アルクェイドに尋ねる。こういうことなら詳しいので何か知っているだろう。

 

「んぇ?ああ、吸血鬼のことね。たぶんこの子のはこの世界特有の種族のことね。大本は私と同じだったのかもしれないけど、たぶん普通に生活していた人種の一つだったんじゃないかしら」

 

「アルクェイドも、吸血鬼なの?私と、同じ?」

 

「ええと、少し違うわ。私はね…」

 

 アルクェイドが説明しようとしたところで、突然上を睨んだ。それを受けて、俺も気が付く。上に強大な魔物の気配がある。今まで戦ってきたどれよりも強大な気配だ。遅れて気付いたユエはその気配に体を震わせつつ立ち上がろうとするが、その足取りは覚束ない。

 咄嗟にユエを抱えて下がろうとするが、アルクェイドが止めてきた。

 どうした、と聞こうとしてそちらを見ると、その顔からは表情が抜け落ちている。まずい、これは何度か見たことのある、かなり頭に来ている時の顔だ。

 

「アルクェイド、落ち着こうな。俺たちは大丈夫だぞ」

 

「……が」

 

「え?」

 

「ユエが、怖がるでしょうがぁぁぁぁ!!」

 

 言いながら、掲げた手を握りしめる。そうして生まれた事象は、容赦なく上の魔物に襲い掛かった。目を凝らすと大きな蠍のようなものが見えたのだが、次の瞬間にはゴリゴリと、およそ生物から聞こえないような音を鳴らしながら文字通り小さくなっていった。バキバキ、グチャグチャ。明らかに何かが潰れている音がするのに何も飛び散ってこないのはアルクェイドの制御によるものか。十秒も経てばそれは俺の顔の大きさ程の立方体になり、アルクェイドによって部屋の隅に放り投げられていた。

 

「ふう。もう大丈夫よ、ユエ」

 

 振り返ってアルクェイドがこちらに見せた顔は、いつも彼女が見せる天真爛漫な笑顔だった。なんというか、逆に怖がらせてしまいそうだと思うのだが…

 しかし、その心配は杞憂だったようだ。ユエの顔を覗いてみると、彼女はその目をきらきらと輝かせ、頬を少し赤らめてアルクェイドの方を見ていた。まるで憧れの人に出会った幼子のようだ。最初は無表情だと感じたのだが、こう見るとかなり表情豊かに思えてくる。

 

「アルクェイド、カッコよかった…凄い…」

 

「そ、そうかしら…なんだか照れちゃうわね…」

 

 目を輝かせているユエと、照れという慣れない感情に戸惑うアルクェイド。きっとこの瞬間、俺は何をしても部外者だ。そっと見守ろう。

 

「あの…えっと…」

 

「どうしたの、ユエ。言いたいことは言っていいのよ。怖がることは無いわ」

 

「ん…アルクェイドのこと、お姉さまって、呼んでも、いい…かな…」

 

 その瞬間、アルクェイドの脳に電撃が走った…ように見えた。実際、その時のアルクェイドは見たことのない顔で固まっていた。

 

「お、お姉さま…」

 

「んっ。髪と瞳は私と同じ色で同じ吸血鬼。私を連れ出してくれた、強くてかっこいいきれいなひと。だから、お姉さま。もしかして…嫌…だった…?」

 

 上目遣いで、健気に、不安そうにお願いをするユエは、アルクェイドに致命傷を与えたようだ。

 

「し、しょうがないわね、ユエってば本当にしょうがない子ね。特別、そう、特別に、許してあげるわ。だから、もう一回呼んでみて?」

 

「ん。ありがとう、アルクェイドお姉さま」

 

「〜〜〜っ‼︎ねえ志貴、いいでしょう、この子、とっってもいい子よ!」

 

 ばっ、とこちらを見てアルクェイドは言った。さっき有耶無耶になったユエを連れて行くかどうかのことだろう。

 

「ああ、勿論だ。一緒に行こう、ユエ」

 

「…いいの?」

 

「当たり前でしょう!だって私、お姉さまですもの。ユエをこんなところに置いて行く訳無いでしょう!」

 

「…ありがとう。嬉しい」

 

 アルクェイドに頭を撫でられながら、ユエは心底嬉しそうに言った。助けてよかったと、そう思えるだけの笑顔を、ユエは振り撒いていた。

 アルクェイドはというと「お姉さま」をすっかり気に入ったようだ。小さく「お姉さま…お姉さま…」と呟いている。

 

「さあ、そうと決まれば出発よ。志貴は先に行ってて。私はユエに服を作ってから行くわ」

 

 そういえば、ユエはアルクェイドが咄嗟に作ったコートを羽織っているだけだった。これから着替えるとあっては男の俺がいてはやりづらいだろう。

 

「分かった。外で気長にまってるよ」

 

 アルクェイドが「こういうのも…こっちもいいわね…」なんて言うのを聞きながら、俺はそそくさと部屋から出て行ったのだった。

 

 




志貴は初心なハジメ君と違って経験豊富だからユエの体を見ても何も思わないよね
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