ありふれた職業と月の姫   作:ザラメシュガー

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8.生まれ変わる

 

「これで良し。とっても可愛いわ。ユエ」

 

「ん。ありがとう、お姉さま。大事にする」

 

 外で待つこと十分程、アルクェイドはユエの着替えを終えたようだ。こちらへ向かって来る足音が二つ聞こえて、もう大丈夫かと俺はそちらに顔を出した。

 

「お待たせ、志貴。どう、ユエの服、可愛いでしょう」

 

 ユエのお披露目とばかりに手を広げるアルクェイド。隣のユエは少し恥ずかしそうにしながらも、表情から嬉しいのだろうということが分かった。ユエの装いは全体的にアルクェイドのものと似て白と黒を基調としている。幼さを残しつつもどこか艶やかな雰囲気を漂わせながら小さく首を傾けるユエはなんとも愛らしい。

 

(可愛い…)

 

「可愛い…んんっ。よく似合っているぞ、ユエ。アルクェイドにしてはいい仕事をしたんじゃないか」

 

 思わず見惚れてしまった。同じような色合いの服にその金髪と紅い眼も相まって、まるで幼いアルクェイドが現れたように思ってつい目が離せなかったのだった。アルクェイドが勘違いして拗ねてはいけないと思って話を逸らしたつもりだったが、当のアルクェイドは「でしょー」と満足げだ。

 ユエのこととなるとこいつはバカになるようだ。まあ、本人が満足げなのでいいか。

 

「よし、ユエもちゃんと着替えたことだし、出発しようか」

 

「じゃんじゃん行きましょう。志貴、遅れないでね」

 

「ん、私は二人に着いていく。頑張る」

 

 二人とも気合十分といった具合である。ぐっと拳を握りしめたユエと楽しそうなアルクェイドは本当に姉妹のようだ。

 さあ出発、と意気込んだその瞬間。

 

 くきゅううううう

 

 と、可愛らしい音が響いた。アルクェイドはその性質的に腹を空かせることは無い。その音は俺から鳴ったものでは無い。であれば、音の主はただ一人。恥ずかしそうに頬を赤らめたユエだった。

 

「ご、ごめんなさい…空腹なんてへっちゃらだから、気に、しないで…」

 

 申し訳なさそうにつぶやくユエ。考えてみれば、ユエは長い間封印されていたのだ。何らかの要因で外見に大きな変化は無かったようだが、空腹までは防がれなかったらしい。

 

「悪い、そこまで気が回らなかった。お腹、空いてたよな」

 

「ううん、いいの。私は、それじゃ、死なない。気にしなくても、いい」

 

 ユエの発言は俺達を気遣ってのことだろう。こんなところまで来ているのでは食料に余裕がないと考えて遠慮しているようだ。

 当然、許されなかった。ここにいるアルクェイドはただのアルクェイドではない。お姉さまである。

 

「ユエ、お腹空いたんでしょう。そういえば、私たちもそろそろ食事時だったわ。志貴、食べてからでもいいわよね」

 

「もちろんだ。俺も、腹減ってきたところだったんだ」

 

 示し合わせたかのように俺たちは食事をすることを決めた。と言っても、俺がすることは無い。アルクェイドが適当に出すだけである。

 

 ポイポイと机と椅子を出すアルクェイド。俺はそれらを適当に並べていく。

 

「そうね…ユエ、こっちで適当に決めちゃっていいかしら。なにか、食べれないものとかある?」

 

「…ん。何でも食べれる」

 

 ユエはクールな風を装っているが、驚いて目を白黒させているのがまるわかりだった。確かに、何もないところから突然机と椅子が出てきたら驚くのも無理はないだろう。もっとも、こんなの序の口だ。ユエはこれから三食風呂寝床完備の迷宮攻略を行うのだからまだまだ驚かされるだろう。

 

「んー、そうね…今日はシチューにしましょう」

 

 アルクェイドがそう言うだけで机に三人分のシチューが現れた。勿論、具沢山でパンもついている。スプーンと手拭きのタオルを並べ、あっという間に食事の用意が整った。

 いつもならハンバーガーとか、サンドイッチといった簡単なもので済ませているが、今日のアルクェイドは特別気合いが入っているようだ。

 迷宮のだだっ広い空間に三人分の食事が湯気を立てているのはなんともシュールな光景である。

 

「………すごい。こんなに豪華な食事が、できるなんて…」

 

 さあさあ座って、とアルクェイドに押されるまま席に着いたユエは唖然としている。最初はこんなものだろう。俺とアルクェイドも座り、手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

 今日のシチューも美味しい。アルクェイドは在り得ないくらいの金持ちであるため、あの事件が終わって以来高級店を回っていたらしい。その影響でイメージが容易になり、こうして美味しい食事がポンポン出せるわけである。

 

「?、ユエ、食べないの?もしかして、嫌いなものでもあった?」

 

「たぶん大丈夫だ、アルクェイド。戸惑っているだけだろう。大丈夫だぞ、ユエ。深く考えずに食え。うまいぞ」

 

「わ、わかった…」

 

 おそるおそるスプーンを持ち、シチューを口に運ぶユエ。一口、遠慮気味に口に入れただけで、ユエの様子はみるみる変わっていった。

 

「美味しい…」

 

 気づけばユエの手は止まらなくなっていた。育ちがいいのか、手を早めていてもその仕草はどこか上品だ。もしかしたら、どこかのお姫様だったりしたのかもしれない。

 

「そういえば、ユエには俺たちのこと話して無かったよな」

 

「それもそうね。少し長くなるけど、聞いてくれる?」

 

「ん。シキとお姉さまのことなら、なんでも知りたい。教えて」

 

 食事も終わり、一息ついていたところでユエにこちらの事情を話していないことに思い当たった。アルクェイドはユエと違う吸血鬼らしいということも含め、ここで色々と話すことになった。

 

 異世界から来たこと、神の使徒のこと、奈落へ落ちたこと、アルクェイドに助けられたこと、俺達がやろうとしていること。

 俺から一通り話したところで、ユエが口を開いた。

 

「じゃあ、私の封印を解いたのも、異世界の特別な力?」

 

「ああ、俺の眼は少し特別で、モノの死を見ることができるんだ」

 

「モノの死?」

 

「そう。普段は眼鏡で抑えてるんだけど、これを外せば全ての物に線が走って見える。それをなぞればなんでも死んじまうってことらしい。負担も大きいから、多用はできないんだけどな。機会があったらどういうことかわかるはずだ」

 

 聞いてもよくわからないとばかりにユエは首を傾げる。これについては気軽に実践する訳にもいかないので見せるのはまたの機会にしようか。

 俺の話は終わり。次はアルクェイドの番だ。懐かしいホワイトボードを出し、説明を始めた。

 

「それじゃあ次は私ね。さっき、私とユエが違う吸血鬼だって言ったと思うんだけど、これは単に、私の方が特殊なだけ。こっちの吸血鬼は人種。獣人とか魔人とか色々いるらしいけど、その一種ね。人類という括りからは大きくは外れていない存在よ」

 

 ユエをデフォルメした絵の隣に棒人間を書き、それぞれ魔人、獣人と書いた。それらを大きく囲ってこの世界の人類という形になる。

 

「それとは違って、私は人類の括りじゃない。元いた世界にも人類の延長みたいな吸血鬼はいたけど、私はそうじゃない、真祖という括りに入るわ。人間とは同じ形をしているけれど、根本的に違う生き物よ」

 

 その下に今度は自分をデフォルメした絵を描き、真祖、吸血鬼などとペンを走らせ、最後に人類じゃないと締めくくった。

 

「だから、私とユエではできる事にも違いがあると思うんだけど…まあ、些細な事でしょう。どう、これで分かった?」

 

「ものを出すのも、その真祖の力?」

 

「ああ、これのことね。これは空想具現化って呼ばれる力で、私以外に使える人はほとんどいないんじゃないかしら」

 

 ユエに訊かれ、アルクェイドは手元にマーカーを出現させながら説明している。

 

「必要なのはイメージだけだから、知ってるものは大体出せるし、その気になればこの世界の魔術だってなんでも使えるはずよ」

 

 何気に詳しく聞いてこなかったアルクェイドのモノを出す力のことだが、どうも反則じみた能力のようだ。今更ながら感心してしまった。

 

「二人とも、すごい…そっちの世界ではそれが普通?」

 

「いやいや、そんなこと…」

 

 ない。と言おうとして気付く。そういえば少し前までやばいやつらと関わってばかりだったし、身近な人物の一人である先輩だって大概だった。

 

「ない。たぶん」

 

「ふーん」

 

 可愛らしいはずのユエのジト目が今は何故だか苦しかった。

 

 

 

 

 食事を終え、やっと次の階層を歩み始めた一行。

 ようやく活躍の場が来た、とユエは気合を入れていた。アルクェイドが規格外の強さを持つことは明白でも、シキは一般人に近いはずと考えたユエはそちらをサポートしようといつでも魔法を放てるよう準備していた。それが、5分程前の話。

 

「頑張れー、しーきー」

 

 今のユエはアルクェイドの隣で志貴が数体の魔物と戦うのをただ眺めているだけだった。勿論サポートする気はあるのだが、きっとその必要はないと確信していた。

 最初、魔物と遭遇した時、志貴が一人前に出たのを見たユエはアルクェイドに尋ねた。

 

「シキ…一人で大丈夫?お姉さまは、一緒に戦わない?」

 

「心配いらないわ、ユエ。あんなの、志貴なら余裕よ」

 

 現れたトカゲのような魔物は、ユエが見てきたどんな魔物よりも強大な気配を漂わせていた。それなのに余裕とは何事かと考えていたユエだったが、いつもことのように一人向かって行った志貴が戦うのを見て、アルクェイドの言葉に納得した。

 

 眼鏡を外し、小さなナイフを握って魔物と対峙する志貴。

 相対するトカゲは人の体など容易く飲み込めてしまいそうなほどの大きさだ。その巨体を大きくうねらせ、勢いよく志貴へと突進する。

 その巨体が志貴を打ち据えるまで瞬きほどの猶予もない、そうユエが考えた瞬間。

 

 志貴の姿が掻き消えた。

 

 ユエが志貴の姿を再び認識したのとトカゲが細切れになって血を吹き出したのはほとんど同時のこと。一瞬呆然として、事態のおかしさにユエは気づく。志貴の手には小ぶりのナイフ。どう考えても大きな魔物をバラバラにできるような得物ではない。だというのに、魔物は次々解体されていく。法則を無視した

 困惑しているのは自分だけだとユエは気づく。

 次の魔物を見据える志貴と呑気に応援するアルクェイドを見て、ユエは考えるのをやめた。

 

「志貴もなかなか動けるようになってきたわね。遠くの敵は大変そうだけど、ユエの魔術で援護できるかも」

 

「……ん。なんでも手伝わせて」

 

 そんな事を話しているうちにも、志貴は形容しがたい挙動で駆け回る。床、壁、天井、更には動く魔物の体の上さえも足場とし、次々と魔物を解体していく。

 足が霞んだと思えば魔物が弾け飛び、遠くで固有魔法を構える魔物を見つけたら一瞬で距離を詰めてバラバラにする。

 

「………」

 

「ふう。こんなもんか」

 

「お疲れ様。さ、行きましょ」

 

 ユエの目から見れば異常な光景も、二人にとっては日常の一幕らしい。取るに足らない障害だったと、ずかずか進んでいく二人の後をユエは追った。

 

「…私は、負けない。置いてかれないように…」

 

 小さな呟きは、誰の耳に届くこともなく消えていった。

 

 

 

 

 

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