見切り発車です。続くかわかりません。
あらすじ辺りはふざけまくったのであてになりません。
でも、本編はきっと真面目です。それではどうぞ。
教室に入った
それは蘭も同様で、スマホに予め座席表をダウンロードしており、自席にさっさと座るつもりだった。
……が、その所定の席に知らない男が座っている。しかもそいつは、大学生になって最初の日であるにも関わらず、いきなり机に突っ伏して寝ている。すぅすぅと寝息が聞こえる。これは自然に起きそうも無い。
蘭は仕方なく、席を間違えそこで大爆睡している、目の前の間抜けを起こすことにした。
「ちょっと」
まず蘭は、肩をトントンと軽く叩いた。
「すぅ……すぅ……」
しかし、起きない。
「ねぇ」
今度は少し強めに叩いた。
「すぅ……すぅ……」
それでも起きない。
「ねぇってば」
埒が明かないと思った蘭は 、男の肩を揺らす。
「んっ……」
男がようやく上体を起こし、蘭のほうを向いた。眠いせいか、それとも元々か分からないが、細い垂れ気味の二重まぶただった。そして、浅葱色の瞳で、男は蘭の姿を捉えた。
「どう……しましたぁ……?」
眠そうに目を擦りながら、間延びした口調で蘭にそう尋ねる。
「そこ。わたしの席なんだけど」
蘭は不機嫌な様子を隠すことなく、ぶっきらぼうに言う。
「……え?」
男は、慌ててジーンズのポケットからスマホを取り出す。
「……あ」
ここでようやく、自分が席を間違っていることに気づいたらしい。
「ごめんなさい。退きますね」
男は、頭を下げると、椅子の背にかけてあった上着と、足元に置いていたリュックを持って、すぐに席から立ち上がる。スマホを片手に、男は席を確認し直しているようだ。キョロキョロと首を振っている。
それをよそに、蘭はやっと自席に着く。新入生オリエンテーションが始まるまでの間、特にやることもないので、スマホを再度立ち上げた。すると、スマホの通知がひまりからのメッセージを表示する。
「蘭、教室着いたー?」
「着いたよ」
蘭は短くそう返す。蘭、モカ、ひまり、つぐみ、巴の五人とも、この大学の同じ学部に進学した。しかし、新入生オリエンテーションは、三クラスに分かれている。
モカとつぐみ、ひまりと巴で、それぞれ同じクラスになった。
しかし、蘭は一人、知り合いが誰もいないこのクラスとなってしまっていた。
「蘭、寂しくない?」
「別に」
「ホントにー?」
「ホント」
「とりあえず、オリエンテーション終わったら、食堂で合流ね!」
蘭は、ひまりと少しメッセージのやり取りをする。オリエンテーションは、ちょうど昼頃に終わる予定だ。それで食堂で合流して、そのまま昼食を取ろうということのようだ。
食堂のスイーツが気になるのだろう。ひまりらしいなと蘭は思い、微笑する。
画面から顔をあげると、さっきこの席に間違えて座っていた男が隣に座っていた。どうやら左横の席だったらしい。そそっかしいなぁと思いながら見ていると、またウトウトしていた。
オリエンテーションまで後十分ほど。蘭は、こいつが寝ていても起こすまいと心に決めてイヤホンを耳に差した。
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「新入生の方はご着席ください」
イヤホンで聴いていた曲越しに、講師であろう人物の声が入ってくる。蘭は曲の再生を止め、イヤホンを耳から外す。隣を見ると、やはりあいつは机に突っ伏していた。
「ただいまから新入生オリエンテーションを始めます」
講師とそのアシスタントがパタパタと動き回る。黒板前のスクリーンに今日のプログラムが写し出される。そして、これからの学生生活について説明が始まった。
大学の規則などの話の他は、ほとんどが心構えの話。蘭は、つまらないなと思いつつも一応耳を傾けてはいた。
なんとなく目線を左横に向けると、あいつは再び机に突っ伏している。これは夢の世界へ旅立ってしまっていることだろう。ここまで完璧に寝ていて大丈夫だろうかと心配になったが、名前も知らない赤の他人を心配する義理は無いと目線を再び前に戻した。
「それではここで、隣の人と自己紹介をしてみましょう」
その講師の言葉に、蘭は思わず「え」と声が出た。前の席の人たちが、チラリと蘭の様子を窺う。蘭は恥ずかしさで顔を赤くした。
講師の言う横の席の人というと、蘭の場合、横で眠りこけているあいつである。蘭の席は、教室の右端の後ろから四列目。右側には壁と通路しかないために、必然的にそうなってしまう。
「他人とコミュニケーションを取るというのは大事なことで、これからどんどん必要となります。ただ名前を聞くだけで無く、会話を続けてみてください。それでは、始め」
講師の合図で、前の人たちは元々知り合いだったかのように、すぐさま仲良く話し始めた。蘭は後ろの席を振り返る。しかし、そこには誰もいない。さっきスマホで席次を見た時に、後ろの席にも学籍番号が記載されていたから、本来なら誰か座っているはずだが……。
後ろの席の人たちに混ぜてもらうという計画は、一瞬にして瓦解した。蘭は再び隣を見る。困っているこちらの気も知らず、机に突っ伏している彼を見て、蘭はため息をついた。
この自己紹介の時間が終わるまで何もしないでみようかと思ったが、前のスクリーンに「この後配布する用紙に、自分の学籍番号と自己紹介の内容を書いて提出してもらいます」とある。しないという訳にもいかないようだ。もう一度蘭はため息をついた。そして、隣の彼の肩を強めに揺する。
「んっ……んん……?」
彼はむくっと起き上がって伸びをする。そして蘭の顔を見て、
「今度はどうしました?」
彼は状況が掴めないらしい。周りの状況に首を傾げた。今まで寝ていたのだから当然である。苛立ちというより呆れが大きくなっていた。
「隣の席の人と自己紹介しなきゃいけないの」
スクリーンを指さしながら蘭は言った。彼はスクリーンを見て、
「……ああなるほど」
と頷く。
「じゃあ、僕からしますか……。スミダカエデ。ええっと、墨染めの墨に、田んぼの田に、木へんに風って書いて、楓です。よろしくお願いします」
蘭としては、こんな奴とよろしくしたくは無いが、とりあえず自己紹介はしておく。
「美竹蘭。よろしく」
蘭は、ぶっきらぼうに言った。
「ミタケってどういう漢字書くんです?」
「美しいに、植物の竹」
「ランって胡蝶蘭とかの蘭ですか?」
「そう」
墨田楓という男は、起きてしまえばよく喋るようだ。今度は、積極的に話しかけてくるところに鬱陶しさを感じる。
蘭は、楓の質問に適当に答えながら、前のスクリーンの方を見ていた。講師は、教室中をキョロキョロと見回しながら、教卓前の椅子に腰掛けている。いつまでやる気だろうか。蘭は、早くこの自己紹介の時間が終わるのを祈っていた。
「綺麗な名前ですね」
「なっ……!」
だから、楓の予想だにしない返答に驚き、思わず向き直った。しかも、裏表なさそうな笑みを浮かべ、そう言ってきたのだ。
「……どうも」
蘭は何だか照れくさくて、ボソッとそう言った。
この時、初めて蘭は楓の姿をしっかり見た。
楓の濡羽色の髪は、少し寝癖で跳ねている。眠かったせいか、先程まで細くなっていた目はパッチリと開いている。その状態でも、綺麗な二重まぶたになっている。二重は元々らしい。
そして、目が細められていない分、目つきが柔らかく、人が良さそうに見える。さらに、鼻筋が細く通り、まつ毛が長い。どちらかというと女性的な顔をしていた。
「……?」
楓は不思議そうに、じっと蘭の顔を見ている。
「……何さ?」
剣呑な空気を出して、蘭は楓を睨んだ。
「何で顔赤いんですか?」
楓が臆することも無くそう言い放つ。
「べ、別にそんなこと無いし」
蘭はそう言いながら顔を伏せる。アンタのせいだろうがと、悪態をつきたいところだった。
「はい、そこまで! こちらを向いてください」
ここでようやく、講師から終了の合図が出る。蘭も楓も前を向いた。
「これから用紙を配布するので、今の自己紹介の内容をまとめてください。それが書けた人から、こちらで学籍番号を言って、生徒手帳を受け取ってから退室してください」
どうやらこれで終わりのようだ。蘭はほっとする。ようやく、横の変人に振り回される時間が終わるからだ。用紙をさっさと記入し、席を立ち上がる。
すると、「じゃ」と笑顔で楓が小さく手を振ってきた。ここで、蘭はひとつ、楓が予想だにしない行動をした。右手の人差し指で、目の下を引っ張り、赤い舌をチロリと出す。所謂あっかんべーだった。楓は、「え?」と固まりあたふたとしている。
ちょっとしたやり返しが成功したところで、蘭は、足早に前へ歩いていった。