「本日の講義はここまでとします。次は教科書の三十三ページまで読んできてください」
講師がそう言って片づけを始めた。その直後、二限目終わりのチャイムが鳴る。
「お昼ご飯だ〜!」
ひまりが伸びをしながら嬉しそうに言う。
「ぐぅ……。むにゃ……」
「……モカ、講義終わったよ」
後ろの席では、モカが気持ちよさそうに突っ伏して寝ている。蘭はユサユサと揺すって起こす。蘭は、右隣のモカが目を擦りながら身体を起こしたところで左隣の楓を見てみると、楓も机に突っ伏していた。
「……はぁ。ちょっと」
「ん……。あれ……?」
起こされた楓は何が起きたか分からないという顔をして蘭の方を見る。
「講義、終わったよ」
「あれ? そっか……」
そう言って荷物をおもむろにまとめ始める。その顔はずいぶん間抜けで。蘭は少し笑ってしまった。
「皆! 早く食堂行こ! あ! もちろん楓くんも!」
そう言ったひまりは、もうすでに荷物をまとめ終わって席を立っている。つぐみと巴も移動の準備はできているようだった。蘭もすぐに荷物をまとめて立ち上がる。
「ほらほら、皆! 早く早く!」
ひまりが急かしてくる。お昼ご飯のことで頭がいっぱいなひまりはずんずんと前へ進んでいく。急ぐひまりを追って、楓を含めた五人は足早に教室を後にした。
「……楓」
「え……。蘭さん? どうしたの?」
教室を出てすぐ、前を歩く楓に蘭は話しかけた。楓は目を丸くしている。呼ばれたことに驚いているようだった。
「昨日は、その……ありがと。助かった」
「あ。うん。……あの後、風邪とか引いてない?」
「おかげさまで」
「よかった……」
蘭が昨日のお礼を言うと、楓は安堵した表情で笑いかけてくる。
「蘭さん。……ありがとう」
「……一体どうしたのさ」
なぜかニヤニヤしながらお礼を言ってくる楓に、蘭は困惑を隠せない。なぜか楓に尋ね返す。
「初めて、名前で呼んでくれたから」
「……そうだっけ」
「蘭さん、今まで俺のことを『アンタ』としか呼んでくれなかったので……。やっと友達になったって感じがして……」
楓はそう言って嬉しそうに鼻の下を掻く。相変わらず不思議な奴だ。蘭は首を傾げた。
「蘭さん、もう一回! もう一回『楓』って呼んでくれない?」
「はぁ?」
目をキラキラとさせてもう一回とせがんでくる楓。鬱陶しいなと思った蘭は、あることを思いつく。
「墨田」
「え?」
不意に名字で呼ばれた楓は、呆けた顔で蘭の方を見て口をパクパクさせている。してやったり。蘭は口角を上げて、ひまり達の方に駆けていく。
「蘭さ~ん! 名前で呼んでよ~!」
後ろから追ってくる楓が、情けない声で叫んでいた。
「コレ、どうする?」
巴が困り顔で後ろにいる蘭たちにそう聞く。人、人、人。今日の食堂は、いつにも増してどこを見回しても人でいっぱい。見回したところ、六人がまとまって座ることのできる席は残されていなさそうだった。
「うーん。どこか空きそうなところないかなぁ」
そう言いながら、つぐみが空きそうな席はないか見回している。しかし、空いたと思ってもすぐ別のグループがやって来て埋まってしまう。これはしばらく空きそうにないな。蘭は両手に掛かるお盆の重みを感じながら溜息を吐いた。
「二階席行かない?」
楓がそう言う。蘭たち五人は驚く。
「二階席なんてあったの?」
「うん。奥の方に階段があるよ」
目を丸くしたひまりが問うと、楓は首肯する。楓は少し横に動いて目線で場所を示す。蘭たちも動いて楓の先を見ると、確かに階段があった。階段は席の並ぶ向こうの方にある柱の陰にあって、見つけづらくなっていた。
「早く行こうぜ。ラーメンが伸びちまう」
巴が手元のラーメンを見ながら言う。蘭たちは階段の方へと向かった
蘭たちは階段を昇りきって二階席を見回す。一階のフロアよりは小さいものの、席がずらりと並んでいる。意外と人は少なく、確実に座れそうだった。
「おーい」
蘭たちが階段を昇り切った直後、はっきりと通る声が聞こえた。蘭たちがそちらを見ると、一人の男がこちらに向けて手を振っている。楓がその男の方に向かって歩き出した。
「ここで食ってたんだ」
「ああ。……そういえば後ろの子たちは?」
「友達」
「へぇ。珍しい……」
楓が男と話し始めた。どうやら親しいのか、どちらも気安く言葉を交わしている。人の好さそうな垂れ目から、
「ここで食っていい?」
「俺はいいけど」
「皆、ここでいいかな?」
楓の目の前にいる男の横には、誰も座っていない椅子と机が三セットほど置かれていた。これをくっつけるなりすれば問題なく全員座れるだろう。
蘭たちは机をくっつけて座る。楓は男の対面に座った。
「あー、えっと。こいつの友達で
「小学校の頃からの腐れ縁です~よろしく~」
「妙な紹介を付け加えんな」
笑顔で男がそう名乗ると、楓が口を出してくる。すると、口を出された和也は真顔で言い返していた。楓と話すことに相当慣れているようで、蘭は感心する。同時に、楓と友達というのだから当然なのかもしれないとも思っていた。
「こいつとは学部が違うからわからないんだけど、こいつ何かやらかしてない?」
「なんでいきなり聞くことがそれなのさ……。俺は普通にやって……なんで蘭さん、そんなに頷いているんですか」
苦笑いしながらそう聞いてきた和也に、蘭は大きく、そして何度も首を縦に振っていた。大学生活が始まって、約一ヵ月。楓の不思議な言動で、蘭は何度も調子を狂わされてきたから。
「まぁ、やらかしていると言ったら、そうかも……?」
「だな……」
ひまりと巴も苦笑いで蘭に便乗する。更に、モカとつぐみも首を縦に振っていた。
「なんでぇ……?」
気がついたらなぜか四面楚歌になっていた楓が、情けない声を出しながら首を傾げる。その様子に、皆はクスっと笑ってしまっていた。
楓はやらかす。これは皆の共通認識です。
一週間かかりました。遅筆過ぎて泣いています。
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