変な奴。それが、最初の印象だった。
講義前。今日もいつも通り、左隣で机に突っ伏している墨田楓。その人のことだ。
「そういえばさ。いつも楓くんって寝てるよね」
右の席に座っているひまりが楓の方を見て言った。
「確かに……。なんでなんだろうな」
ひまりの後ろの席の巴も首を傾げる。
幼い双子たちの面倒を見るのが、大変なんだろうな。急な大雨でずぶ濡れになったあの日。助けてくれた楓が、ぽろっと漏らした言葉を思い出す。ヘラヘラと笑いながら、「毎日へとへとです」と言った楓が、妙に印象的だった。
ガチャっと、ドアの開く音がする。講師がやって来た。楓はまだ寝息を立てている。
「……ほら、起きてよ」
あたしは楓の身体を揺らした。顔を上げた楓は、んんーっとくぐもった声を上げながら伸びをする。
「ありがとう」
あたしにお礼を言うと、楓はペンを取って黒板の方を向いた。ただ、楓の目元を見ると、二重瞼は細いまま。
……これはまた寝るだろうな。横目で楓を見ながら、あたしも講義開始を宣言した講師の言葉に耳を傾けていた。
「ご飯食べに行こー!」
講義が終わった瞬間、元気になったひまりが号令をかける。
「……終わったよ」
あたしは楓を起こす。講義中、始めからうつらうつらしていた楓は、予想通り眠気の前に轟沈。最早見慣れた光景だ。
顔を上げてカチンと固まる楓。こうなっている楓を見るのは、少し面白い。楓としては、気が気でないのだろうけれど。眉根を寄せた楓は、とりあえず机の上を片付け始めた。
楓が片付け終わると、食堂へ一直線。
「ノート、後で撮って送ろうか?」
「良いの?」
「……あたしも前、ノート送ってもらったし」
「ありがとう……。もう蘭さんの方に足を向けて寝られないよ~」
ノートを見せると言った瞬間、ぱぁっと表情が明るくなる。何だか随分と大袈裟に感謝されているが、大仰におどけて見せるモカとは違って、素でこれなんだろうなとも思う。
知り合って二ヶ月と少しほど。なんとなく、楓のことが分かってきたような……気がする。
食堂に着くと、モカとつぐみ、それに和也がもう席を取ってくれていた。あたし達は、各々自分のお盆を持ってその席に向かう。
「席確保ご苦労!」
「ハハーッ。ひーちゃん殿、褒美はそのミニパフェ一口を所望しまーす」
「えーっ! モカの一口って大きいじゃん! ……うぅ。いいよ。一口! スプーン一杯分だからねー!」
モカがひまりにねだる。相変わらずだなぁと思いながら、あたしはモカの前に座る。モカの左につぐみが座っていて、右に和也が座っていた。あたしが座ると、左隣にひまり、そのまた左に巴、そしてあたしの右に楓が座った。
「いただきます」
昼食の時間の話題供給は、専らひまりと和也の役割。この二人が話すことが自然と話題になっていく。今回の話題は、サークルのことだった。
「テニス部って人が多いから、皆の顔覚えるの大変だよ~」
「へー。テニス部ってそんなに大所帯なのかぁ。ちょっと憧れるな……。うちは人数少ないからさー」
「和也くんって、サークルどこだっけ?」
「バドやってる」
「バドミントンか~。高校の時からやってた感じ?」
「そうそう。続けたかったし、先輩もいるからねー。皆はサークルどこ?」
和也が皆の方に話題を振った。
「アタシはダンスだな!」
「私は入ってないかな……」
「あたしも」
「俺も」
「あたしは、さすらいのパンハンターだよ~」
「意外と皆入ってないんだな……」
和也は意外といった顔をして、うんうんと頷いた後、首を傾げた。
「……んで、さすらいのパンハンターって何だ?」
「たぶん、大学帰りのパン屋巡りのことじゃないかな……」
「おお~。つぐ、だいせいかーい」
「なるほど……。……つまりモカちゃんもサークル入ってないのか」
「そういうこと~」
「変化球が過ぎる……」
つぐみが困ったように笑いながらフォローを入れると、ようやくわかった和也は苦笑い。これから和也もどんどんモカにやり込められるようになるのかと思うと、ご愁傷様だなという感情が浮かんでくる。
「蘭さん、蘭さん」
和也とモカ達のやり取りを静観していた楓が話しかけてきた。
「なに」
「蘭さんってサークル入ってないんだね」
「まぁ、色々あるし。そういうアンタも入ってないんだね」
「どうせ幽霊になっちゃうんで……」
「なんで」
「講義終わったらすぐ柚と桜迎えに行って、買い物してそのまま家帰るので……」
「あ……そっか」
縛られてるなと思う。でも楓は、辛そうとか嫌そうな感じは出さない。
「蘭さんって、てっきり茶道でもやってるのかと思った」
「……なんで茶道」
「いやなんとなく」
確かに「道」はつくけれど。近いようで遠い。
「茶道はやってないけど、華道はやってるよねー」
後ろから聞いていたのか、ひまりが会話に入ってきた。そうなんだーと言って納得の顔をした楓は続ける。
「おお。『道』入ってるし実質当たりじゃない?」
「当たり判定ガバガバすぎでしょ。茶道と華道は全く違うし」
「でも、言われてみれば蘭さんって、華道やってそう」
「やってるからね」
はぁ。相変わらず、楓と話していると溜息が出る。楓との会話は、いつも不思議で胡乱だ。けれど、最初よりは慣れたし、楓もたぶん素でこれだから諦めた。
「雰囲気お淑やかだし」
「え、ちょ……」
あたしは顔が熱くなるのを感じた。
「おお~。蘭が赤ーい」
「いちいち言わなくてもわかってるし!」
赤くなったあたしをモカがいつものように弄る。
楓は、変な奴ではあるけれど、悪い奴では無いと思う。
ただ、急に恥ずかしくなることを言ってくるのには、絶対に慣れないと思う。
遅くなりました。蘭ちゃんかわいいね。
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