「あっつ……」
梅雨に入って二週間ほど。久しぶりに姿を現したお天道様がジリジリと肌を焼く。今日は一日、雨が降らないとの予報が出ている。晴れた喜びを感じながらも、迫りくる夏の気配には、もう少し待って欲しいとも思う。額に汗を滲ませた蘭は、次の講義が行われる教室に向かって歩いていた。
教室に入ると、いつも座っている前の方の席に腰を下ろす。後ろを振り返る。広い教室の端の方まで、目を皿にして見回す。
蘭は鞄の中に仕舞っていたキーホルダーを見た。木でできた鮫のキーホルダー。これが今日楓を探している理由だった。先週の金曜日、講義が終わった直後に電話に出たと思ったら、次の瞬間には急いで帰ってしまった楓。その時、カバンから落としていったのが、この鮫のキーホルダーだった。週明けに返そうと思って今日まで持っていたけれど、肝心の楓が見つからないと返しようがない。蘭はしばらく考えて思いついた。彼の親友である
「あいつなら、風邪ひいて寝てるよ」
今日はバンド練習も華道の集まりもなく、大学の講義が終わってしまえば、蘭は自由の身だった。書店に本を探しに行ったり、羽沢珈琲店にくつろぎに行ったり、家で新曲について考えたりするのも良い。しかし、蘭が来ていたのは
なんとなく体調不良かもしれないと思っていたから、楓が風邪で寝ていると聞いても特に驚きはなかった。三限目の講義を聞きながら、キーホルダーを返すのは明日以降になるかなと、なんとなく考えていた。しかし、蘭は思い出す。一度、楓の家に行ったことがあるのを。もう二週間ほど前の、あの雨宿りのことは鮮明に覚えている。まだ、あの借りを返していない。そう思った蘭は講義が終わった後、スーパーに直行してスポーツドリンクやゼリーをいくらか買い、
お見舞いついでに、鮫のキーホルダーを渡してしまえば一石二鳥だし。蘭はそう自分に言い聞かせやって来たものの、いざ墨田家を前にすると緊張していた。他人の家を訪ねるときは、華道関係のことが多いからその癖だ。
意を決してインターホンを押した。なかなか出ない。もしかしたら、ぐっすり眠っているのかもしれない。出直した方が良いかも。そう思って蘭が背を向けた瞬間だった。ガチャリ。施錠音か開錠音かが、家のドアから聞こえた。蘭は振り返る。しかし、誰も出てくる様子はない。不思議に思って、試しにドアノブを引いてみた。どうやら、さっきの音は開錠音だったらしい。入れということだろうか……。インターホンに出てすらいないのに開錠なんてあまりにも不用心だな、と心配に思いながら家の中に入る。楓はどこだろうか。姿が見えない。すると、上の方から足音が聞こえた。ということは、二階にいるのだろうか。蘭は、玄関のドアを施錠して靴を脱ぐ。
「お邪魔します」
そう挨拶をして廊下横の階段を上がる。階段を上がると、三つの部屋があった。そのうち一番手前の部屋のドアが半開きで、そこからゼホゼホと咳の音が聞こえてくる。蘭がその部屋に入ると、楓がベッドに横たわっていた。マスクを着けて、おでこに冷却シートを貼っている楓は、苦しそうに咳を繰り返している。
「なんか来るの早くね。どうしたのさ」
咳のせいで喉をやられてしまっているのか、ガラガラの声で楓はそう言った。
「えっと……やっぱ誰かと勘違いしてない?」
「え?」
楓はゆっくりと身体を起こして、ベッド前に立った蘭の方を見る。楓は目を丸くしてしばらく固まっていた。
「幻覚? 幽霊?」
「勝手に人を化け物にしないでくれる?」
「ごめんなさい。てっきり和也かと思ってたから……」
「ちゃんと確認してから開けなよ……。不用心すぎ」
冗談を言う元気はあるみたいだ。確かに……と言ってしょんぼりと顔を伏せる楓。しかしすぐに顔を上げて、再び蘭の顔を見て言った。
「そういえば、何で蘭さんがここに?」
「まぁ、その、お見舞い。和也くんにアンタが風邪って聞いたから……」
蘭はそう言って、持っていたスーパーの袋を楓に渡す。
「わぁ……。心配してくれてありがとう」
「別に……」
楓は嬉しそうに目を細めて蘭にお礼を言う。蘭は少し照れくさそうに顔を背ける。早速スポーツドリンクを開けた楓は、三分の一くらいを美味しそうに飲んでいた。そんな楓を見ていると、蘭は肝心なことを成していないことに気づいた。本来の目的を忘れていた。
「それともう一つ」
スポーツドリンク等々をベッド脇のサイドテーブルに置いて再びマスクをした楓は、蘭の言葉に首を傾げる。
「これ。金曜の講義の後帰る時に落としてた」
蘭は鞄の中から鮫のキーホルダーを取り出して楓に差し出す。鮫のキーホルダーを見た楓の目が大きく見開かれた。
「……あ……あ」
楓は鮫のキーホルダーを震える手で受け取ると、言葉にならない声を出している。彼の目から涙が流れ出した。いきなりのことに蘭は戸惑う。
「無くしたと思って……諦めてたから……」
そう言った楓は、鮫のキーホルダーをぎゅっと握って胸の前に抱えこむ。
「大事なもの、なんだ」
蘭の言葉に首肯した楓は続けた。
「まだ母さんが入院してなくて、元気な時に連れていってもらった水族館で買ってもらったもので……。金曜日、桜が熱出したって連絡が来て。慌てて迎えに行って、病院に連れて行った後、帰った時に気づいて……。もうダメだって思ってたから、嬉しい」
楓は涙を拭って、蘭の方に向き直る。
「本当に、ありがとう」
そう言った楓は、蘭に向かって頭を下げた。
「頭上げてよ。……私もこの間、助けてもらったし」
「お互い様……かな?」
「そういうこと」
楓はマスク越しにもわかるくらい、穏やかな表情をしていた。
気の迷いでここにきてしまったけれど、来てよかったな。蘭も楓と同様、穏やかな表情を浮かべていた。
「柚くんと桜ちゃんのお迎えどうするの?」
「それは和也に任せてる。父親は転勤先で遠くにいるし」
「だからさっきあたしが来た時、和也かと思ったって言ってたんだ」
「そうそう。親戚も遠方だから、緊急時は和也しか頼れないんだ」
「アンタも運が悪いね。桜ちゃんの風邪うつっちゃうなんて」
「いや~ホントだよ~。ここ数年こういうことなかったのに……」
ピンポーン
「あ、和也だ」
「一応確認した方がいいでしょ……。というかあたしが出るよ。風邪ひいてるんだし寝てなよ」
「ありがとう。それじゃ頼むよ」
「はーい」
ガチャ
「え?何で蘭さんがここに?」
「お見舞いでたまたまいただけ」
「あいつを気にかけてくれてありがとう」
「別に……」
「よーし。それじゃ柚と桜は俺と一階で遊んでようなー」
「あれ?楓のとこ行かないの?」
「邪魔しちゃ悪いでしょ」
「違うから!もう帰るから!!」
上の内容を本編に組み込みたかったです(雑魚)
雰囲気だけでも伝われ~!!!(投げやり)
ところで(話下手)
春のバンドリ祭が開催されるらしいです(詳細は下のリンクから)
https://x.com/misoyakibuta774/status/1753991490827948163?s=20
バンドリ小説いっぱい!読むのも書くのも楽しい、文字通りのお祭りです。
僕も(たぶん)書きます。
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