お久しぶりです
「Aの303……。ここだ」
新入生オリエンテーションから五日後、蘭は大学生になって初めての講義を受けに来ていた。
「はぁ……」
蘭は沈んだ顔で溜息を吐く。
今日の講義は、本当ならつぐみとひまりも一緒であるはずだった。しかし、この講義は人気だったのか、履修登録での募集人数が定員を超えてしまい、抽選が行われた。その結果、蘭は一人で講義を受ける羽目になってしまったのだ。
蘭は、重い足取りで教室に入る。「はぁ……」とまたため息が漏れた。やはり、一人というのは、少し寂しい。
とりあえず、空いている前の方の適当な席に腰を下ろした。カバンからノートと筆記用具、それとスマホを取り出す。スマホで時間を見ると、まだ講義開始まで十五分ほどある。
そのままスマホを見ながら時間を潰すことにした。なんとなくブラウザを立ち上げると、そこに「Roselia全国ツアー、大盛況」という記事。Roseliaは、今や押しも押されもせぬバンドグループの一角である。
思い出されるのは、今までの対バンライブ。最近は、どちらも忙しかったこともあってできていないが、蘭はまたやりたいと思っていた。自分の中の闘志の炎がメラメラと燃え上がるのを感じながら、記事を読んでいた。
ガタン。蘭の座っている机が衝撃で動いた。蘭が何事かと顔を上げると、そこに見覚えのある男が立っていた。
「ごめんなさい」
蘭は、またかと思って呆れる。新入生オリエンテーションの時も、こうやって同じ体勢で机に突っ伏していたことはまだ記憶に新しい。しかし、蘭は気にするだけ無駄だと思って放っておくことにした。
講義が始まると、楓はむくりと起き上がっていた。一応講義はちゃんと受けるつもりらしい。しかし、またもやうつらうつらして、眠気の前に沈んでいた。こいつは何をしに大学に来ているのだろう。楓を横目に見ながら、またも蘭は呆れた。
講義は、滞りなく進んだ。しかも、これが初めての講義で、成績評価やこれから学んでいく内容の説明が主だったからか、講義は予定より早く終わった。
蘭はササっと片付けて、机に突っ伏している楓を横目に教室を出る。二限目の行われる教室に移動するのだ。
今度は、モカとつぐみが一緒なので、足取りも軽い。現在地は、A棟の三階。二限目の講義はA棟の一階、101教室で行われる。モカとつぐみには、一階のロビーで合流する。
階段を使って一階へ降りると、正面玄関前に広がるスペースが見える。それなりに人がいて、「お待たせ―」とか「お疲れー」といった声が聞こえてくる。蘭たちと同じように、皆、ここを待ち合わせ場所にしているようだった。
「おーい」
辺りを見回していると、つぐみがこちらに手を振っているのが見えた。
「おはよ。つぐみ。……モカはどこ行ったの?」
「あれ? さっきまで一緒にいたのに……」
つぐみの所に駆け寄ると、モカがいないことに気が付く。つぐみも不思議そうにあたりを見回した。どうやら気づかないうちにどこかに行ってしまったようだ。
「……らーん!」
「うわっ! 驚かせないでよモカ!」
「ニッシッシ。だいせいこー」
蘭が後ろを振り返ると、イタズラを成功させてご満悦のモカがいた。
「もう……。つぐみ、行こ!」
蘭は、モカを置いて歩き出す。つぐみもその後を追った。
「ごめんよー。らーんー」
そう言いながらモカが追いかけてくる。後で謝るくらいならやらなきゃいいのに……。
「あ。ひーちゃんとトモちんは、二限目終わったら食堂にいるってー」
「ひまりちゃんと巴ちゃんは、向こうのB棟で講義があるんだって」
モカが思い出したように言ったことを、つぐみが補完する。
「そういえば蘭ちゃん。講義どうだった?」
つぐみがそう聞いてくる。蘭は、さっきの講義を思い出しながらモカとつぐみに内容を話す。
「なんか……大学生ってカンジ?」
「そうだね。何というか、凄そう」
講師が言っていた内容をそのまま伝えてみたけれど、モカもつぐみもちんぷんかんぷんという顔をした。大丈夫。その実、私もよくわからなかったから。
「ここですなー」
モカがそう言って立ち止まった。蘭とつぐみがモカの目線の方を見ると、101教室と書かれたプレートがあった。三人は教室の中へと入っていく。講義開始までそれなりに時間があるはずだが、教室にはもう人がたくさんいた。
「結構人多いね……」
蘭は思わずそう呟く。
「そういえばこの講義、三つの学部の共通科目だから定員数が多いのかも……」
つぐみがそう言った。
「流石つぐー。よく見てるー」
つぐみはちゃんと共通科目であるところまで見ていたらしい。今日もちゃんとツグっている。
今いる101教室は、入ってみるとかなり大きい教室だった。その分、さっきの一限目の時より人もたくさんいる。まだ講義開始までそれなりに時間があるはずだが、皆早めに来て席を確保したいからなのかもしれない。
「席どこにする?」
「蘭ちゃん。あそことかいいんじゃない?」
「さんせー」
三人でまとまって座れるところを見つけて席を取った。荷物を置いて、筆記用具やノートを取り出してから、三人は雑談し始める。
「蘭ちゃんとモカちゃん、サークルはどうするの?」
「んー。まだ見てないねー」
「あたしは別に……」
「今度、ちょっと覗きにいかない? ひまりちゃんと巴ちゃんも行きたいって言ってたし」
「いいねぇー」
「まぁ、みんなが行くなら」
そんな話をしながら講義の開始を待つ。三人で話している途中に、ひまりと巴からメッセージが入って早速友達ができたという報告を受けてからは、友達ができたかの話になったり、好きな漫画の話になったりと広がっていく。
気が付けば、講義開始時間が三分前に近づいていた。他のグループの話し声もあってこの教室内は、ざわざわしている。
そこに駆け込んでくる人物の姿があれば、必然的に目立つわけで。蘭は、つぐみやモカと話す横目にその人物を見た。その人物は、とりあえず空いていた蘭の前の席に座って、ほっとしたように息を吐いた。
また、お前か。
それは、一限目に隣で寝ていた墨田楓、その人だった。