大学生活が始まって、二週目に入った。ここから本格的に講義も始まっていく。
二回目の月曜一限目。蘭は十分前にはもう教室に入っていた。
教室の前寄りの席を確保して、ワイヤレスイヤホンを耳に押し込み、スマホを取り出す。ストリーミングアプリを立ち上げ、バックグラウンドで好きな曲を流しながら、ネットサーフィンをしていると画面に通知が現れた。
「今日、昼休みって皆空いてる?」
Afterglowのグループに、ひまりからのメッセージが送られてきていた。
蘭が「空いてる」と打って送ると、すぐに既読が四になる。
皆が次々に空いているというメッセージを送信してきた。どうやら、全員空いているみたいだ。
「今日、サークルの勧誘があるらしいんだけど、皆一緒に見に行かない?」
サークルか。蘭は、サークルについてほとんど考えていなかった。
蘭には、バンド活動に華道もある。サークル活動まで手が回るか疑問だった。
けれど、興味が無いわけではない。蘭は、ひまりに「行く」と返信した。
ふと、スマホで時間を確認してみると、講義開始時間になっていた。教壇の方に目を向けると、講師が来ていて準備をしている。
蘭は、耳からワイヤレスイヤホンを外して、スマホを閉じた。
「では、講義を始めたいと思います」
講師が今日の概要を話し始めると同時に、教室のドアが開く音がした。誰かが遅刻して来たようだ。
比較的人気のある後ろの席は、講義が始まる五分ほど前にほとんど埋まってしまっている。だから、遅刻者は蘭のいる前寄りの席に座らざるを得ない。
蘭の隣に遅刻者が来るのは、何もおかしいことではなかった。……それがただ、楓だったというだけで。
「はぁ……」
蘭は隣でワタワタしている楓を横目で見ながら、小さく溜息を吐いた。一週目で、楓とは六つの講義で同じになることが判明していた。
蘭は、Afterglowの皆と擦り合わせて、ある程度同じ講義を取ったが、それでも四つしか同じ講義を取れなかったのだ。
……なのに、どうしてこの男とはこんなに講義が被っているのか。口には出さないにしても、蘭は嘆かずにいられなかった。
「……あ」
楓が小さな声を漏らした。
焦った様子でカバンの中をゴソゴソと漁っている。やがて動きを止めた楓は天を仰いでいた。
「あの、蘭さん」
「……何?」
小声で話しかけてくる楓に、蘭はぶっきらぼうな態度で応対する。
「ペン貸してもらえませんか」
「……はぁ」
本当にそそっかしいやつ。そう思いながら、蘭は自分の筆箱の中から予備のペンと消しゴムを貸した。
「ありがとうございます!」
楓は安堵の顔を浮かべて、すでに出していたルーズリーフに講義内容を書き留め始めた。楓が静かになって、ようやく蘭も落ち着いて講義を聞き始める。
隣からトントトンとペンが紙に走る音が聞こえてくる。しかし、三十分ほど経って、その音がまばらになってきた。蘭が横目で見ると、楓がうつらうつらしている。
「……はぁ」
蘭の口から、今日何度目かわからない溜息が出た。人からペンを借りておいてこれか。蘭は講義を受けながら呆れかえっていた。
「今日の講義はここまでとします」
蘭は伸びをした。高校の時と違って、一コマ辺りの時間が長いからか、身体がより凝っている感覚がしていた。
横を見てみる。楓は起きていたが、まだノートを取っているようだった。
「ねぇ……」
「ごめんなさい。時間かかってしまって……。……よし。本当にありがとうございました!」
楓からペンと消しゴムを回収する。
今週、後五回はこいつの顔を見ることになるのか。そう思うと何だか少し憂鬱で、また溜息を吐いた。
昼休み、蘭たちは中庭にやって来ていた。
今日は、この大学の大半のサークルが集まっているらしく、大盛況だった。チラシを配って宣伝をしていたり、パフォーマンスを披露したりしているところもある。
テニスやサッカー、バスケットボールなどの運動系から、吹奏楽、軽音、ダンスなどの文化系まで勢揃いだ。皆で他にも見て回ると、部やサークルだけでなく、研究会や同好会まで充実している。
ひまりはテニス部やスイーツ研究会、巴はラーメン同好会、モカは漫画研究会とホラー同好会、つぐみはボランティア部という風に、それぞれ興味のあるサークルを見つけていた。
しかし蘭は、どうにも興味のあるものを見つけられず、皆が各ブースに説明を聞きに行っている間、一人で歩き回ることになってしまった。
すると、一人で歩いている蘭に狙いを定めたのか、先輩達が声を掛けて勧誘してくる。最初の数人は普通に断ったり、少し食い下がって来ても、睨みつけたりすると簡単に引き下がってくれた。
しかし、今目の前にいる男は、どうもそういうわけにはいかなかった。その男は、髪の毛を緑色に染め、耳や口に着けたピアスをじゃらじゃらと光り輝かせている。いかにもチャラ男といういで立ちだった。
その男は、蘭が素っ気なく断ってもヘラヘラと笑いながらしつこく勧誘してくる。さっさと歩き去って巻こうとするも、尾けてくる上、行く先をふさごうとしてくるのだ。
蘭はその男を鋭く睨みつけ、「迷惑なんですけど」と更に強めの口調で拒絶する。ただ、それも効き目がない。
「蘭さん」
後ろから蘭を呼ぶ声がした。蘭が振り返ろうとすると、右手を掴まれた。
「走りましょう!」
楓だった。あまりにいきなりのことで、蘭は何も言えず、手を引かれるままになる。驚いているチャラ男の横を抜け、中庭から離れていく。
しばらく走って、楓は蘭の右手を離した。
「ここまでくれば大丈夫です」
蘭の思考はフリーズしていた。
しつこい勧誘に困っていたら、いきなりいけ好かない男に手を引かれて助けられるし、何より、楓がどうして助けたのか分からない。
「あれ、大丈夫ですか?」
蘭が応答しなかったからか、楓は心配そうな表情で蘭に問いかけながら、蘭の目の前でひらひらと手を振った。
「だ、大丈夫だから!」
ようやく復活した蘭は、そう答える。何だか恥ずかしくて、顔にカーっと熱が上るのを感じていた。
「よかった……」
楓は胸を撫でおろして、安堵の表情を浮かべる。すると、直後「それじゃ!」と言って立ち去ろうとした。
「ちょっと待って」
「どうしました?」
蘭は思わず呼び止める。
「なんであたしを助けたわけ?」
蘭は彼の目を真っ直ぐ見て問うた。
楓とは特に親しいわけでもないし、厄介ごとに巻き込まれるかもしれないのに、わざわざ助けた理由を知りたかった。
「え、なんでって。すごく困ってそうでしたし」
楓は、あっけらかんと言い放つ。何かそれ以外にありますか、そういわんばかりだった。
「ふーん。そう……。……その、助けてくれてありがと」
蘭は楓にお礼を言う。
どうやらこの男は、相当なお人好しらしい。少し変な奴だけれど、悪い奴ではないのかもしれない。密かに、蘭の中で楓への評価がほんの少し上がった。
ただ、この救出劇の一部始終を目撃していたモカがAfterglowの皆に共有したために、このことでしばらく蘭は弄られることになったという。
最後までお読みいただき本当にありがとうございます。これからも不定期でフラフラしながら書きます。
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