大学生活が始まって二週目も、もう金曜日に突入している。お昼ご飯を食べた後の蘭と巴、ひまりは、三限目の講義が行われる教室に足を進めていた。
「あ~美味しかった……。でも眠くなっちゃいそう……」
「ひまり、食べすぎでしょ……」
「ひまりっていつもデザートまで取ってるもんな……」
ひまりは、いつも通り食堂のご飯にご満悦だ。お昼ご飯前の二限から「何を食べようかな」と心躍らせていて、講義が終わったらいの一番に食堂に向かっていくのがひまりのお決まりだった。しかも、食べるときも、一汁三菜、栄養バランスまでしっかり気を付けて取っている。
そこまでは蘭と巴、どちらもも良いと思っている。ただ、問題なのは、デザートなのだ。
蘭たちの通う大学にはデザートコーナーがあり、日替わりで色々なものが並ぶ。ひまりはそれらを必ず取るのだ。糖分たっぷりのケーキやプリン。ひまりはそれらを、日によっては二つもペロリと食べてしまう。そのせいか、お昼ご飯後の講義ではうとうとしているひまりをよく見かける。
蘭は寝ている者を見るのは
「だって~。食堂のご飯が美味しすぎるんだもん!」
ひまりは目を輝かせてそう言い放つ。食べる喜びが、摂取カロリーという概念をひまりから消してしまったらしい。蘭も巴も、ひまりらしいなと思いながら苦笑いした。
教室に着くと、意外なことに席がそこそこ埋まっている。一番後ろの席や、教室の隅の方の席など人気の席は、ことごとくグループに占領されており、意外と前の席もぽつぽつと埋まっている。まだ講義まで二十分程あるのにどうしてだろうと、蘭は教室の後ろの方にいる女子グループを見る。その子たちはお弁当を広げて楽しく談笑していた。三人横並びで座れそうな席を探すひまりの後ろで、蘭は高校の時を思い出して懐かしさに浸る。
「教室で弁当を食べる人たちもいるんだな。……何だか懐かしく感じちゃうな」
蘭の後ろで、巴もそう言った。巴も同じように感じていたらしい。蘭は巴の方を見る。巴も蘭の方を見てニヘラと笑った。皆で一緒にお弁当を食べないか聞いてみようか。蘭と巴はお互いそう思っていた。
「あそこ座ろう!」
ひまりが指差した席へと向かう。教室の少し後ろよりの席だった。三人は、右の通路側から巴、蘭、ひまりの順で腰掛ける。蘭は顔を顰めた。少し後ろの席故に、黒板の上にある時計の文字盤がぼやけて見える。蘭はカバンの中から眼鏡を取り出した。大学生の講義は大抵自由席。蘭は前の席を取ることが多かったから今まであまり使うことが無かった眼鏡も今日ばかりは使わなければならない。
「久しぶりの眼鏡蘭だな」
「確かに。最近あんまりしてなかったもんね」
「何だか改めて見ると、蘭の眼鏡姿って新鮮な感じだよな」
「わかる~」
巴とひまりも久しぶりに見た眼鏡姿の蘭に言及する。蘭は、眼鏡を掛けたときのことを新鮮と言われるとどこかこそばゆい感じがして、顔を下に向ける。
「あ、ひまりさんだ」
ひまりの席の方から声がする。ここ最近で残念ながら聞き慣れてしまった声。楓の登場である。
楓は、今日も今日とて朗らかな笑顔を浮かべて、ひまりの左隣の席に腰を下ろした。
「巴さんと蘭……さん? もこんにちは!」
ひまりに挨拶した楓は、巴と蘭にも挨拶をする。なんであたしは若干疑問形なのか、蘭はそう思いながら楓の方を見た。
「楓くんやっほー!」
「よう楓!」
ひまりと巴がそれぞれ挨拶を返す。楓はそれに気安く応えながらも、なぜか楓の視線は蘭に注がれていた。楓はじーっと、蘭の目を見続けている。本当に何なのだろうか。蘭は楓を睨み返すも、楓は全く動じない。
「何?」
蘭は楓に尋ねる。口調は尖っていて、尋ねるというよりは問い詰めるようになっていたが。
「眼鏡、掛けるんだなって」
「え……。あぁ。うん」
楓が蘭を見ていた理由は、どうやら眼鏡姿の蘭が物珍しかったかららしい。拍子抜けする理由に、蘭は肩透かしを食らったような気分になる。
「なんか、すごく賢そう」
「え」
楓は真顔でそう言うのに対し、蘭はどう答えていいか分からずに頭の上に疑問符を浮かべていた。
「確かに。眼鏡掛けてる人って賢そうに見えるよな」
「蘭も眼鏡掛けると雰囲気変わって、デキる事務員さんって感じするよね」
巴とひまりが真面目な顔をして口々にそう言う。
「そんなに雰囲気変わる?」
蘭は困惑しながら聞く。
「うん。すごく。かわいい」
「かかかかわっ!?」
楓の口から発された突然の言葉に、蘭はボンッと顔を真っ赤にした。蘭は、楓に何か言おうとするも、口をパクパクさせるのみで言葉が出てこない。
「どうしたんですか?」
蘭の様子を見て楓は首を傾げる。
「ワザとじゃなさそうだから質が悪いよね……」
「だな……」
ひまりと巴が苦笑いで楓の方を見る。楓は相変わらず「え? え?」と状況を理解していない。蘭は、顔を真っ赤にして楓を睨みつけることしかできない。
ただ、ひまりと巴は、恥ずかしさやら怒りやらで悶えている蘭が何だか新鮮で可愛くも思えてきて、この状況を少し楽しんでもいた。