大型連休も抜けて、大学生活もついに四週目。最初の講義から約一ヵ月ほどが経過しようとしていた。
季節はもう五月も半ばに差し掛かっている。木々は青々と茂り、身体を動かすと少し汗ばむほど。
ひまりはテニスサークル、巴はダンスサークルに。つぐみは文化祭実行委員会に入る予定に。蘭とモカは結局どこにも所属しなかった。講義にサークル、そしてバイトやバンド活動。皆それぞれが新生活のリズムに段々慣れてきていた。
「ふぁ……」
連休明け最初の講義の今日、蘭は欠伸をしながら一限の講義が行われる教室にやって来ていた。連休中に立て続けで行われたAfterglowの主催ライブ関連での疲れ。蘭はこれがまだ抜けていないことを実感する。
いつも通り、蘭は前寄りの空いている席に座る。目が悪いというのもあるけれど、たくさん人が集まっているところには座りたくないなと思ってしまっていた。これが、なかなか人の輪に混ざることのできない理由かもしれない。蘭は少し湿っぽいことを考えながら、ワイヤレスイヤホンを取り出して耳に装着する。眠気覚ましがてらに、激し目の曲でも聴こうかな。そう思いながらスマホの再生リストをスクロールした。
「おはよう!」
蘭がどの曲を聴こうか悩んでいると、イヤホン越しに挨拶の声が聞こえた。蘭は、声のした方を振り返る。
「……おはよ」
蘭の天敵、楓がニコニコしながら左側に立っていた。蘭は、左耳のイヤホンを外して渋々挨拶を返す。
今日の楓は眠そうでもなく、元気そうだった。蘭は、微妙だった調子が下がり調子に切り替わる気分になる。
「……蘭さん、疲れてる?」
楓の浅葱色の瞳が、蘭をじっと捉えてくる。こいつ、存外勘が鋭い。蘭は「……別に」とそっけなく楓に返して目を背けた。
「ちゃんと寝なきゃ日中眠くなっちゃいますよー」
「あんたみたいに講義中は寝ないけど?」
いつも講義中に寝ている楓だけには言われたくない。苛立った蘭は、楓の方に向き直って食い気味にそう返す。まさかの反撃を食らったからか、楓は目を丸くして驚いているようだった。
「えらい……」
「いや普通じゃん」
蘭からの反撃にうんうんと頷きながら褒めてくる楓。なんでこんなことを褒められなきゃいけないのだろうかと疑問を浮かべながら呆れる蘭。
蘭も、高校の授業で寝ていたりサボっていたりすることがあったけれど、一応悪いこと、普通じゃないということは自覚していた。皆のおかげでだんだん直していったけれど、褒められるようなことでは決してない。
相変わらずどこかずれているな。蘭の楓に対する評価は、これ一点に集約されていた。
話すたびに楓に呆れていると、楓の目線が左上の方に動く。蘭は気になってどうしたのか聞こうと思った瞬間、楓が手を目線の方に伸ばした。
「え、なになになに!」
蘭がそう言って身構える。蘭にとって、楓の行動はあまりに予測不能だった。
後頭部を触られて、撫でられる。楓は席の方から若干身体を乗り出しているので、顔も近い。鼻筋が通っていて、まつ毛が長い。そして男にしては色白な肌。今まで、あまり意識して見ていなかったが、楓は顔が良い。蘭は胸の鼓動が早くなるのを感じていた。
「髪。跳ねてたよ」
「へ?」
蘭は思わず腑抜けた声を上げた。一方の楓は、ニコニコしながら「直したよー」と言い放つ。
本当にこいつは……。赤くなった顔を見られまいと顔を逸らした蘭は、頭を抱える。楓と一緒にいると、本当に精神衛生上良くない。蘭は隣の天災を恨む。
「蘭さん、耳赤くないですか? どうしたんです?」
他人の変化に敏感な楓は、蘭が耳を赤くしていることも見逃さない。いつも通りの呑気な調子で指摘してきた。蘭は楓の方に向き直って、鋭い目つきで睨みつけて一言発した。
「……バカ!」
その一言を聞いたときの楓の顔は、傑作だった。一瞬、何を言われたか分からないというような混乱した顔を見せて、次に困惑の表情を浮かべる。
「え、ええっ……。なんでですかぁ……?」
そう言いながら蘭に理由を問おうとするも、蘭は応じない。あたふたしている楓の姿に、蘭はざまあみろと昏い笑みを浮かべる。蘭は楓にしてやられることが多いからか、少しだけ優越感に浸っていた。
昼食の後、三限目の講義も終わって、次はようやく最後の四限目の講義。
大学は高校の時より、講義の終わる時間が早い。しかし、一コマあたりの時間が長いからか、椅子に座っている時間も長い。蘭は、痛いお尻をさすりながら、四限目の講義が行われる教室に向かっていた。意外な面での高校との違いを実感していた。同時に、クッションを持ってきた方が良いかもしれない。そんなことも考えながら、長い廊下を歩く。
教室に着いてドアを開くと、いつもより人が少なかった。蘭はなぜだろうと思いながらも、前寄りの適当な席に座る。講義十分前のことだった。
イヤホンで音楽を流しながら待つも、教室内の人は一向に増えない。しかも、講義開始時間になっても、講師が現れないときた。
これはおかしい。スマホで大学のポータルサイトを起動して、講義のお知らせの所を確認する。「休講」の二文字が、講義のお知らせ欄に踊っている。もっと早く確認すればよかった。そう後悔しながら、蘭は教室を出た。
確か皆はまだ別の講義を受けているはずだし、三限までしかないと言っていたひまりも、サークルがあると言っていた。蘭は、昼食頃のやり取りを思い出していた。
「帰るか……」
蘭は、一人で帰ることにした。少し寂しいが、仕方がない。
長い廊下の窓から外を見てみる。分厚い雲が空を覆っていて、この時間帯としてはかなり暗くなっていた。今日の予報は曇りで、降水確率も高くなかったはず。しかし、今にも雨が降り出しそうな曇り空だった。急いだほうがいいかもしれない。蘭は、歩く脚を速めた。
連日投稿です。楓が楓しています。蘭ちゃんかわいいね。
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