アリマ様が満員電車を見てる
男子専用車両が出来て久しいが、朝の混雑では利用できないことも多い。
仕方なく……俺は女性がひしめき合っている車内に後輩と突撃する。
車内の女性の中には乗り込もうとする俺らを見て露骨に笑みを浮かべたりする者もいて、隣の後輩なんかはやや顔をひきつらせている。俺の方はこうした反応にはもう慣れたものなのでさっさと二人の場所取りのため奮闘する。
とはいえ流石に高校生男子である俺らに触れるのが躊躇われたのか、それとも朝の満員電車を共に戦う同士としての本能なのか。何にせよありがたい話で入り口近くは押し潰されない程度のスペースが確保された。
しかし身動きという点では厳しい。
可愛そうに目の前の後輩は車両が揺れる度押し寄せる女々しさに涙眼だ。
その隣の推定会社員の女性も申し訳ないという気持ちはあるのだろう、なるべく体重をかけないように奥の方へと胸や腕を必死に反らしている。
俺の隣の推定女子大生の方も先ほどから幾度も「すみませんすみません」と呟いてその胸を持って圧迫してくる。
皆頑張って我慢してちょっと泣いている、じっとりとした空間。
誰も得をしていない。
通学・通勤ラッシュというのはいつどこの世界だって地獄なのだ。
俺が遂に泣き出しそうになった女子大生の方へ「気にしてないですよ」と声をかけようとした、そんな時。
ふと、それは本当にふとした偶然。
カーブに差し掛かり少しばかりできた隙間から見えた光景。
後輩がへぎゅー! と潰されているのを横目に俺は急いでその隙間に割り込んでいく。
「えっ!」
「嘘!?」
「あ……」
女性達の身体をかき分けていく、多少色んな所に触れたり触れられたり、やたらめったら艶めかしい声が囁いてくるが相手をしている暇はない。緊急事態だ。
「もしかして私?」みたいな顔して驚いてるお姉さん、違う! あなたの背中、後ろの人だ!
反対側の扉まで来て俺はそいつの手をとる。
俺と同じ制服を着る男子生徒。
その尻を撫でていた女の手を。
「なっ、これは違」
滝のような汗を流し言い訳している女よりも先に、襲われていた男子生徒の顔を見ておく。
それは残念ながら俺の予想通り……怯えて泣いている青白い表情。
興奮してるようには見えない。つまり、俺と同じ貞操逆転世界に来た男って訳じゃなさそうなので堂々と宣言する。
この女もせめて俺を狙っておけばよいものを。
「痴女です」
────
「ご協力ありがとうございました」
駅員の礼を見送る。
次の駅で諸々の厄介ごとを終えた俺と被害者──
「歩くん大丈夫? 今日は休んだ方がいいと思うけど」
犯人が捕まったとはいえ、心身共に負荷がとんでもなくかかっているだろう。
何せここは貞操逆転世界──いや、仮に元の世界だろうと高校生は大人に襲われたら滅茶苦茶怖いと思うが。ほんま許せん子供泣かすなよ──嫌悪感や忌避感は増して襲ってきているはずだ。
「いえ……でも学校に行かないと何かあったって思われちゃうし……」
そりゃそうだよなあ、この子にとっちゃ今もあの出来事と戦っている最中なんだ。
とはいえ、このまま学校に行かせても思い詰めそうだ。
この世界の標準から見ても小柄な歩くんはさらにその身をうつむかせ今にも押し潰されそうにしている。
乗り掛かった船というやつだ、それに転生していい大人な実年齢の俺は子供を放ってはおけない。
「じゃあ俺と一緒に遊びに行こう」
「え、そんなこと……」
「ほら見てごらんよ、今日は晴れて特別いい天気だ。こんな日にただ机に向かっていくなんて馬鹿らしくなってさ、ちょうどこの駅前は美味しいパフェを出してくれる喫茶店があるんだ。その後は散策して、少し歩けば植物園があったしそこに行くのも悪くない。ほら、善は急げ」
少々強引にその手を取り隣を歩かせる。持論だが嫌なことがあった日はそれを忘れるくらい楽しいことを重ねるに限るからな。
突然のことに驚き眼を白黒させる歩くん。
「ちょっと、待ってください、あの名前を」
「あ、ごめんね。俺の名前は
名前を告げた途端、歩くんは今日一番大きな声で。
「え! あの『姫王子』アリマ様ですか!?」
ぴしり、と一瞬身体と精神が固まる。
いまだに慣れないんだよなあそのアダ名。
「……みんなにはそういう風に言われるね」
「感激です! まさか『お兄様』と御一緒できるなんて」
「あはは……知っていてくれて嬉しいよ」
感激した眼で俺を見つめる歩くん。まあ、元気が出たならよかったけどさあ。
貞操逆転世界ってもっと女の子が寄ってくるもんじゃないの?
なんでこう男ばっかり懐いて……いや、友達や後輩増えてるみたいで楽しくはあるんだが。
現在高校二年生、俺は貞操逆転世界で男子達の姫で王子なお兄様をしている。
いずれ女の子とイチャイチャします。