アリマ様が担任を見てる
それは中間試験も終わり、それぞれテストの結果に一喜一憂している時のこと。
「この後、喜久川は生徒指導室に来ること」
ホームルーム終わり、担任の安田先生からの呼び出しから始まった。
「お兄様、また何かやったんですか?」
「お兄様はすぐ事件に首を突っ込んで……香も心配していましたよ?」
心配そうに声をかけてくるクラスメート──俺をお兄様と慕う二人の男子──の白銀と金汰の慣れたような口ぶりに思わず反論しようとするも、心当たりが多くて我ながら呆れてしまう。
「うーん、テストの点数は問題なかったからそれ以外だろうけど──遅刻か、サボりか……それともこの前学校抜け出して飯屋にデート行ったことかなあ」
「デート!?」
白銀が驚いたのと同時に、誰かが激しく咳き込む。視線を向けるとやはりというか、俺が現在クラスで唯一仲良くしている女子──件のデート相手である桜花さんだった。
「どうしたの桜花?」
「いや、ほら、これから追試だから突破できなかったらと思うと寒気が凄くて」
「御愁傷様、まあついこの間まで姫王子込みとはいえあの三条や四谷とご飯食べてたんだからそんくらいの罰はあるべきよねー」
「あはは……」
最初はそのまま食堂でテスト対策をやろうとしていたが、姫王子である俺は男女問わず視線に晒される。
それでは桜花さんが集中できないだろうと企画し、少々欲望を混ぜた制服デートだったのだが──残念ながら二人でみっちりとやったそれは花開かなかったみたいだ。どうせなら良かったねと祝賀会でも開きたかったものである。
「そんな驚かないでよ白銀、別にいつもみんなとやってることでしょ」
「そうですけど、知らない所でデートしているなんて気になります」
そう、これでも転生してからデートの回数自体は多いのだ。同性とばっかりだが、向こうがそう言ってくるのだ。まあ、楽しいお出掛けはデートである。
どがしゃんと、何か硬いものを叩きつけたような音とざわめきが聞こえてくる。
「どうしたの桜花、余計バカになるわよー」
「そうよ! このままじゃ頭がおかしくなるわ!」
「ダメだ、こいつ男子と仲よくし過ぎて壊れたんだわ。これだから寂しい女子は、幸せを受け止めきれる容量が少な過ぎる」
「そういうことなら別に苦しめばいいわねー、帰ろっか」
「うん、バカと非モテが感染るから」
「喧嘩なら買うわよ!」
ざわめきは喧騒となり、目の前の男子二人はそんな女子の様子に呆れている。
いつも通りの光景。
貞操逆転世界は今日も平和である。
──
あのままキャットファイトもどきを見たい気持ちもあったが、色々世話になっている安田先生からの呼び出しを無視する訳にはいかないと生徒指導室へ急ぐ。
「待っていたぞ喜久川、まあ座れ」
「その前に、服をきちんとしてください」
「おお、すまんすまん。セクハラになっちまうな──マジで訴えないでくれよ」
「今さらそんなこと言う間柄じゃないでしょう」
「じゃあ慣れてくれ」
「それとこれとは話が別です」
シャツ一枚にジャージだけという姿は、貞操逆転世界ではだらしないだけかもしれないが、俺にとっては少々刺激的なのだ。
安田先生は前を閉めたついでに髪も纏めるようで後ろに……今そこらへんに落ちてた輪ゴムで縛ってるけどいいのだろうか。相変わらず適当というか細かいことを気にしないタイプである。
「それで、遅刻かサボりかデートか、どれで怒られます?」
「分かってるだろ、呼び出しと言ってもポーズだよ。一応不良生徒でおるお前を怒りもせず相談室使うわけには──待て、お前今デートって言ったか? うわマジか、あの喜久川がデート? え、誰と行ったの?」
「セクハラですよ」
「今さらそんなこと言う間柄じゃないだろ~」
「
「ねえ今ニュアンス
「今日はどこも血の気が多いな」
「まあじゃれあいはこの程度にしておこう」
嘘だ、普段眠そうな眼が血走っていたぞ。
「呼び出したのはちょっと頼みたいことがあってな」
「引き受けますよ」
「……喜久川、毎度言うけど。聞く前に安請け合いするなって、自分をもう少し大切にしな」
「でも安田先生なら無茶なお願いなんてしないでしょ」
安田先生が信頼の置ける人なのは、最初の一年の付き合いで分かっていることだ。騙されたって構わないとさえ言える。
「うっわーお前そういうこと色んなヤツに言ってるだろ、卒業するまで刺されるなよ頼むから」
「ここまで心預けてるのは安田先生くらいですよ」
「え、何? お前私を攻略してどうしたいの? それとも刺したいの? スケープゴートなの?」
俺が尊敬をしている人間は多い。けれど、その上お願いができる関係というのは親を抜きにすればこの先生くらいなものである。
なので少々気が緩んでしまうというか、好意を垂れ流しにしてしまうのだ。
「それで、今回は何をやればいいんですか?」
「少々説明は長くなるがまず──喜久川、お前部活は入ってないよな?」
「ええ、幽霊部員ですらない浮遊霊染みた助っ人として男子達のところにちょくちょく顔を出したり手伝いはしますが」
幼い頃から痴女退治等の必要に駆られて身体の方を鍛えているためか、運動は得意だ。無論プロレベルのものではないけれど、困ったときの頭数くらいにはなれる。
ちなみに運動系以外の部活はと言うと、呼ばれるときは部室でおもてなしを受ける側で参加という感じではない。どうもモチベーションを上げるために声がかかっているようだ。美術部でモデルになるのは数少ない参加と言えるだろうか。
「それはよかった。というのも、お前にはとある部活に入ってやって欲しいことがある」
「それはまた、ライトノベルだったら古典的な始まり方ですね」
「え、今時じゃないのか……流行り廃りは激しいな」
「お約束なら廃部寸前なところからスタートですが」
「それどころか、同好会扱いだから正確に言えば部活ではないな」
雨晴高校では三人以上の部員を集めて申請し、それが教師や生徒会を通して認められることで初めて部活動になる。
部活動でなければ顧問や部費や部室はなく、当然学校の書類にも存在しない。そんな非公式な立ち位置が同好会だ。
「ならやって欲しいこと、というのは人集めとか?」
「いいや、むしろ同好会としても無くなって欲しいんだ。その同好会は旧校舎の一室を部室代わりにしていてな」
「ああ、それは危ないですね」
雨晴高校の敷地内には旧校舎がある。
設備が老朽化してきたので八年ほど前に現在の新校舎が完成、以来物置代わりになっている。
「つまり喜久川にはそこのメンバーを説得して、同好会を解散して欲しいんだ。アイツは何度教師から注意しても聞く耳を持たないし、のらりくらりと逃げちまうから困っていてな。同じ同好会に入ったやつの言うことなら聞くかもしれない」
「つまり……俺はサークルクラッシャーというやつですね」
「ああ、姫王子なんて呼ばれるお前には適任だろう?」
「どうでしょう、女子と仲良くする経験少ないですからねオレ」
「いいじゃないか、天然でそういうのの方がウケがいい。本当に無自覚ってのが一番怖いんだよ、あの時もそうだった……」
何やら安田先生のトラウマを刺激してしまったらしい。
安田先生の武勇伝、バイク一人旅前に一体何が起こったのかは雨晴高校七不思議のままにしてあげようの内の一つである。
「それじゃあ早速行ってみます」
「ああ、頼んだ。くれぐれも秘密裏にな。ただの不良生徒じゃなく、危険な場所に出入りする不良生徒になっちまうぞ」
「そうしたら、もっと安田先生と会えますね」
「お前マジで才能あるよ、絶対卒業前に刺されるわ」
生徒指導室にいた時間はそこまで長くないはずなのに、何故だか充実した気分だ。
やはり安田先生は面白い。
ただ、どうも最後のは笑っていなかったあたり冗談じゃないっぽいが。
え、マジで刺されるの俺?
新章突入です