旧校舎の場所は裏門側に位置している──以前はこちらが正門だったらしいが。ともかく、グラウンドからも隠れており人目につかず出入りできるわけだ。
旧校舎はさすがに木造ではないのだけれど、ひび割れた外壁から歴史を感じる。
この学校に通って二年目だが、流石の俺も侵入したことはない。蝶よ花よと育てられた周りの男子達には縁遠い場所であるし必要もなかったためだ。
埃っぽい昇降口を抜けて、安田先生から伝えられた図書室を目指す。
扉の前までたどり着いたところで、そういえばどういう同好会なのかは聞いていなかったと今更ながらに思い当たる。ここまできたらぶっつけ本番でどうにかするしかない。
「失礼します」
がらり、と。建て付けが悪くなっているということもなく引き戸はスムーズに動く。使われなくなった建物は劣化が早いという、ならばこれはいまだにこの図書室が使われている証なのだろう。違反だが。
本の一冊もない本棚──は本棚なのだろうか、ともかく以前はそうした役割であっただろう木の棚に囲まれた中心に、彼女はいた。
最初の印象は随分と大人びた人だと思った。腰まで伸びた長い髪や、俺が今まで見た女性の中で一番高いすらりとした背丈もそうだが、何よりも落ち着いたような、どこか哀しげにも見える表情や特徴的な左目の泣き黒子がそう見させたのかもしれない。
非日常的な場所というのもあわせて、見惚れかねない程絵になる光景だった。
その手に包丁を持ってさえいなければ。
ひとつでこんなに印象が変わるアイテムもない。
先程までジャンルはミステリアスと表したかったが、今やホラーかサイコかサスペンスという具合である。
出掛けに言われた安田先生の『お前マジで才能あるよ、絶対卒業前に刺されるわ』という伏線がまさかこんな早く回収されそうになるとは。
「……あの、同好会をやっていると聞いて来たんですけど」
「……」
無言。せめてコミュニケーションが取れる存在であって欲しいが。
彼女はこちらに背を向けたかと思うと、包丁を高く振り上げる。
立ち位置的に刺されることはないと分かっているが思わず身構えていると、彼女は力強い音で目の前の机に包丁を叩きつける。
何をやっているのかと近づいて見ると、そこには縦から両断されて細くなったショートケーキが皿の上にあった。
彼女は片方を掴んで別の皿に移すと手についたクリームを舐めながら。
「食べるでしょ?」
と、告げてきた。
──
「ええと、
「
ケーキを食べ終わった後、彼女──笹川 鳳凰──は保温瓶とティーカップもどこからか取り出してきて、二人で優雅なティータイムを過ごすことになった。
「あなたの名前は?」
「二年生の喜久川 有馬です」
「そう、アーちゃんね」
「距離の詰め方えぐいですね」
「気にするタイプだったかしら? 見知らぬ女性の出したケーキもお茶も無警戒に食べるからチョロいのかと思って」
「どっちも鳳凰さんが先に食べてたじゃないですか」
「そ、一応の警戒はしていたと言う訳ね。けれど私が悪しきエロ本世界の住民だったら相討ち覚悟で媚薬を盛っているところよ、というかそうした方がよかったわ。ちょっと一回やり直さない? やり直させていただけませんか? なんなら靴も舐めるわ、いや、靴以外も舐めるから。むしろ媚薬はいいから舐めさせてくださいお願いします」
喋りながらスムーズに土下座へと移行している鳳凰さんを見て、最初のミステリアスやら次いでのホラーという印象はどちらも消し飛び、変な人なんだということを理解する。
確かにこれを相手していては安田先生も疲れるだろう。
「顔をあげてください」
「それはOKってことね?」
「違います」
「チッ」
舌打ちしながら顔をあげるが、なぜか立ち上がらずに四つん這いが継続されている。
「不快にしたお詫びに椅子になるわ」
「座りません、汚いですからはやく立ち上がってください」
「あら、掃除はきちんとやってるから汚くはないわ」
確かに、この図書室はずいぶんと管理が行き届いているというか。経年劣化さえ除けば新校舎のどこよりも綺麗かもしれない。
あたりを見回していると、ようやく諦めたのか鳳凰さんが席につく。
「それで、ここはどういう同好会なんですか?」
「リマリマはそんなことも知らずにここまで来たの?」
「一々突っ込みはしませんからね。先生達が部室の持てない同好会が出入りしてると話していたのを耳にして気になって」
「やれやれ、好奇心は猫をも殺すって言葉を知らないのかしら。あなたみたいな可愛い子猫ちゃんなんてもう言葉にするのも恐ろしい、いや、エロい目にあうわ」
なぜ言い直した。
それはともかく子猫ちゃんて。先程から普段言われ慣れていない言葉が多く反応に困ってしまう。
「けれどその可愛さに免じて教えてあげるわ、ここは『愛』同好会よ」
「愛」
「そう、私は高校に入って長年思っていたの。あれ? 現実って思ったより青春とかないじゃん。って」
またどこかで聞いたような話である。
「だから私は立ち上げようとしたのよ部活を。部費を使ってデートして、部室で男子とイチャつける、そんな夢のような部活をね。誤算だったのは教師連中からは却下され、そもそも人が集まらなかったことだけね」
「根っこから破綻している」
「それ以降、私はここで一人寂しく男子来ないかな~って待ちながら私物化していたの。そしたら来たじゃない男子が、これは逃すわけにはいかないなと下心を隠しながら対応していたわけ」
「もう少し隠さないと他の男子には嫌われちゃいますよ」
「女子はあれでも精一杯隠している方よ……というかアは平気なの?」
「他の人にやっていたら注意はすると思いますけど、俺自身に向けられる範囲なら別に──面白い人だなって」
そもそも転生してから周りに女子がいる期間が短いのだ、教室でグラビア雑誌の話題で盛り上がっているのとどれくらいの差があるのか判断がつかない。
強要している物言いじゃないし、言えば引いてくれるあたり鳳凰さんも冗談の類いでやっているということは分かる。
「何その対応、もしかして本当にエロ本世界から出てきたりした? 私の妄想が具現化した存在とかじゃない? ちょっと頬つねって」
「そんな乱暴はできませんよ」
「あっ夢だあ、現実なはずないもんこんなの、優しい男子がいきなり現れるなんて」
何よりもこの人と話すことを俺が楽しんでいるというのもある。
なぜだろう、話す系統は違えど安田先生にどこか似ているものを感じているのだ。
「実は、俺も青春には興味があるんです」
「ほう、それで同好会に入りたいと。しかし、いくら男子といえどそれだけで入れるわけにはいかないわ。青春に興味があるというあなたは今までどんなことをやったのかしら、実績が欲しいところね」
「え、鳳凰さんは実績があるんですか?」
「私はいいの、部長だから。この
「一気に入りたくなくなった」
「ふふ、いくら見目麗しい男子とはいえ、こんなところに来るあたりあなたも同類のようね! さぞ寂しい青春を」
「この前初めて女子と二人っきりで制服デートしました、秘密の勉強会で」
「ぐぼぁーっ!」
「吹き飛んだ!?」
無表情でリアクションするのはやめて欲しい。愉快すぎる。
「そんな……まさか制服デートで秘密のえっちな勉強会なんて……私を殺す気かしら?」
「えっちではないです」
「ふざけんじゃないわよ、二人っきりでデートの時点でえっちじゃないわけないでしょう! 負けたわ、愛愛遊部の部長の座はあなたに譲る……私はここで余生を過ごすの」
「いらない称号だけ押し付けないでください。ともかく、この同好会への参加は認めてくれるんですね?」
「仕方ないわね……明日からビシバシいくから覚悟しなさい? 全国への道は遠いわよ」
「え、大会とかあるんですか」
「あるわけないでしょ、そういうこと言っておけば青春らしいじゃない」
吹き飛んだ際に肩を痛めたとのことで、この日の活動はそこで終了となった。
保健室まで連れ添うと言った俺に対して「好きになるぞ! 好きになるぞ!」と捲し立てながら拒否するといった一悶着もあったが、とりあえず嫌われてはいないようで一安心だ。
帰り道の途中で、鳳凰さんの安田先生に似ている部分に気付く。
あの人、俺を姫王子扱いしなかったな、と。
学園ラブコメディにミステリアスな先輩は必須ですよね。