「部活? 私は卓球」
「あれ、でも朝練とか行ってないよね?」
「ウチの卓球部は緩いから」
同好会を始めたので、翌日登校中の会話はそんな話題になった。
「今度桜花さんの応援に行ってもいいかな?」
「え、う、嬉しいけど……パニックになりそう。ただでさえ男子にも人気無いのに、先輩達なんて卒業近いから焦ってるだろうし。そこに有馬が来たら」
「俺って三年生にも有名なの?」
「そりゃそうでしょ、三年美男子の双頭である
「ありがとう桜花さん、でも桜花さんだってとっても」
「わー! 恥ずかしくなるから止めて! この前の勉強の時もその調子で身が入らなかったのよ!」
「どうも男子からの名声には慣れてるんだけどね、女子の意見って貴重でさ」
「なんにせよ有馬はウチの学校で一番の有名人だから、女子の巣窟になんてきたら絶対一悶着起こるわよ。うん、やっぱ駄目、見に来ないで」
大会に向けての猛練習を応援! とか中々に青春らしく憧れだったのだが仕方ない。それで励む青少女を邪魔しては本末転倒だ。
「残念、格好いい姿が見れるかと思ったのに」
「その恥ずかしげもなく言うのが反則って──」
「ところで部活を内から瓦解させるにはどうしたら良いと思う?」
「怖っ! どういう話の繋げ方!? 卓球部をどうする気!」
どうにか卓球部を潰すという誤解は無くなったが、同好会に入ったことやその目的については話せなかった。
──
放課後、旧校舎。
紅茶の香りが広がる図書室。
本日のお茶うけは鳳凰さんの手作りクッキーである。
「まさか本当に今日も来るなんて、物好きね。それとも何か目的があったり?」
鋭い。一筋縄ではいかないようだ。
「もしかして昨日のことを訴えにきたということかしら。生憎だけれど私の臓器は売っても高くはならないわよ、マジで、だから無駄なことはやめて回れ右で帰ってくださいお願いします」
前言撤回。そうでもないようだ。
「今のところは美味しいお菓子と楽しい鳳凰さん目当てですよ」
「なるほどパンとサーカスということね、誰がピエロよ! それにしても女の手作りが嬉しいなんて、ちょっとは忌避感とかないのかしら」
「だって美味しいですよこれ」
「ふん! 褒められたって嬉しくなんてないんだからね!」
「よく男子からも手作りのお菓子貰ったりしますけど、鳳凰さんのやつは作り慣れてるというか」
「こういう時に本当に嬉しくないことあるのね、モテ自慢の土台にされたわ私のクッキーちゃんが。可愛そうなクッキーちゃん、母の手元を離れたら都会で男の食い物にされて終わりなんて」
「文字通り食い物なんだからそうなりますよ、それに自慢のつもりはありません」
「モテる奴は全員同じこと言うのよ、ってことはつまり私も同じこと言えばモテモテになるってことかしら。ちょっとキッくん、真似しやすいように語尾とかつけて貰えるかしら『~だリマ!』みたいな」
「努力の方向性を間違えている上に怠惰!」
「努力の方向性を間違えている上に怠惰だリマ!」
「捏造しないでください」
「ふふ、真実と歴史は勝者か声のデカイ奴が作るリマよ……作るリマよ!!!」
「なんで自分で勝者なのを否定したんですか」
旧校舎の出入りが危険という本題に入りたいところだが、どうも会話の寄り道が得意な人で中々たどり着けない。もちろん、俺自身が楽しんでしまっているのもあるが。
「しかし、こうしてお茶とお菓子とお話を楽しむならもっといい場所ないんですか? 一人でも二人でも使うには広すぎる気がしますよここ」
手始めに、なぜ図書室を利用しているのかを探る。
この場所が本来の利用理由である本に溢れていれば居座るのも分かるのだが、棚はあれど空っぽになって寂しい。広さも伸び伸びと使えると言えば聞こえはいいが、少人数では対して変わらないどころか掃除の手間が掛かるだけに思える。わざわざ居座る理由は無いはずだ。
代替案さえ出せれば旧校舎への出入りを止められるはず。
「……だって使われてないはずの図書室にいるのってミステリアスで格好いいじゃない」
「え、そんな理由なんですか」
「アーリーには分からないみたいね、この女のロマンってやつは」
思ったよりもどうしよもないというか、しょうもない理由だった。代替案は頓挫だ。
「それに他の場所は……どうせなら一緒に見てみましょうか」
というわけで、弾丸旧校舎ツアーである。
「まずは近くにある職員室から」
「……なんだかヤニ臭いですね」
「以前ヘビースモーカーの教師がいたの、流石にこの中では吸ってなかったけど持ち物から染み付いちゃったのね」
「図書室程ではないですけど広いみたいですし、確かにここは向きませんね」
「ではさらにその隣の校長室」
「何にも無いですね」
「重要なものだらけだから持っていかれたわ、ここに飾ってあった歴代校長は新校舎の方で現役よ」
「でも机をここに持ってくればそれなりにいい場所に見えますけど」
「出入り口が引き戸じゃなくて開け戸だから搬入が大変なのよ、いれられるサイズも限られるし」
「で、各種教室なんだけど」
「なんでこんなに椅子や机が散乱してるんですか?」
「ここは物置扱いだからよ、文化祭で使えそうだったら持っていかれたり、備品で壊れたのと取り替えでここに捨て置かれたりするの。元々はどこも結構綺麗だったのに少しでも綺麗なところからみんな持っていくから、今はどこもぐちゃぐちゃよ」
「それなら、と各種準備室なんだけど」
「狭い上に整頓されてない……というか置きっぱなしみたいですね」
「そのままにして片付けなかった教師だらけだったわ、だから危なくて……あの、なんで庇うように前に立つの?」
「あ、すいません危ない場所だとつい癖で」
「あなたなんでこの同好会入ったのよ、必要ないでしょ」
「残るのはこの保健室くらいですけど」
「まあ当然のごとく染み付いた薬品臭というか湿布臭さがすごいわ。あと全ホコリを吸収したベッドとかの側にも近寄りたくない異物、もうあの寝心地は味わえそうにないわね」
「これは確かに他の選択肢はないですね」
「お分かりいただけたかしら」
しかし見て回って改めて分かったがやはり一生徒が出入りしていい場所ではない。早急に解決しなければ。
「というわけで、ここは危険なのよアーたん。そのスリルをロマンと楽しめないようじゃ失格よ」
「俺が心配される側なんですか」
「? 当たり前じゃない、あなた男子でしょ。不思議な人ね」
普段は面倒を見る側なので心配されるのには慣れていない、そういう部分もなんか安田先生に似ているなこの人。
「不思議な人なのは鳳凰さんの方でしょ」
「まあね、私は旧校舎のミステリアスな美女だから」
「そうじゃなくて」
「え、もしかして美を否定した?」
「違いますって、俺が不思議だと思ったのは」
そう、それは神秘的というよりも不可解な。
「なんで旧校舎の出来事をまるで見たかのように正確に知っているのか、ということです」
目の前の鳳凰さんは、相変わらず無表情で。
「あら、いい女は秘密を持っているものなのよ」
俺を見つめている。
「それに加えて、今日は一度も下ネタを言わなかったですよね」
「あら、もしかして期待してたのかしら。私だって折角できた後輩の男の子に嫌われたくないもの、自重したのよ」
「それなら初対面の方が気を付けると思います」
「テンションが上がっていたの、久しぶりに会った男の子だもの」
「個人として嫌われそうにないから、場所が危険だということにシフトしたんですか」
「何を言ってるか分からないわ、でも危ないと思うなら来ない方がいいと思うわよ──ここは怖いところなんだから」
前言撤回を撤回しよう。
この人は、一筋縄ではいかない。
学園ラブコメディにミステリアスな先輩は必須ですよね。