アリマ様が見てる   作:魔女太郎

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アリマ様が正体を見てる

 俺は姫王子である。

 自惚れはそれなりにある、慕ってくれる人達が俺の日々を豊かに楽しくしてくれるのだから。

 恨まれも、憎まれもするだろう。事実、一部の例外を除いて女子からの反応は変わっていない。

 三年生とて、それは例外ではないはずなのだ。

 

 だからこそ俺をまったく知らないというのは奇妙だ。

 

 気付くのに遅れたのは、このところ仲のいい女子──桜花さんが出来たことが俺を鈍くさせていた。

 今の立場──姫王子である俺と話して、そこに反応しない生徒はいなかったのだ。望んだことではないが、スクールカーストにおいて俺はある種の頂点であるのだから。

 無論、俺は学校をサボっていたりするので見た目を知らない生徒は存在する──少し前に痴女から助けた男子生徒二葉(ふたば) 歩がそうだ。だが、彼でさえ名前を教えれば気付いたのだ、姫王子と。

 

 笹川 鳳凰は違う。

 

『あなたの名前は?』

『二年生の喜久川 有馬です』

『そう、アーちゃんね』

 

 彼女は俺の見た目も名前も反応しなかった、知らなかったのだ。

 それではまるで、彼女が学校から隔絶されている──旧校舎にずっと住んでいるようではないか。

 

「先生がわざわざ呼び出すくらいなんだから、普通のお願いじゃないとは思っていたけど」

 

 幽霊退治──転生なんてものがあるから、いても不思議じゃないが。

 

「鳳凰さんは幽霊じゃない、ですよね?」

「ああ、アイツは生きてるよ。私はてっきりビビって相談しにきたと思ったんだが、違うみたいだな」

 

 旧校舎探索の翌日、俺は生徒指導室で安田先生と対峙していた。

 

「だって安田先生が言ったんですよ? 旧校舎を部室代わりにしていて危ないから、なんて。つまり、生きてるから心配してるわけです。幽霊なんて思いませんよ」

「その通りだ──なら、他に聞きたいことがあるだろ?」

 

 安田先生が観念したかのようにこちらを見る。

 だから、俺は用意していた言葉を返すだけだった。

 

 ──

 

「あら、勇気があるのね。シチュエーションはそう……廃城の玉座に未練がましくすがり付く王妃の悪霊、それに立ち向かう王子様ってところかしら」

「怖がらせようとしても無駄ですよ、幽霊じゃないって分かってますし。そもそもホラーは苦手じゃないですから」

「嘘よ、遊園地デートのお化け屋敷で怖がって抱きつく殿方のイベントがなくなるじゃない、夢を壊さないでちょうだい」

「またそういう風にお喋りするのもいいですけど、今日はさせません」

「あら、振られちゃったわ。けど、真面目な話は苦手なの。どうしてもしたいと言うならまず実績が欲しいところね」

「実績ですか」

 

 一昨日の同好会参加試験を思い出す。あの時は青春の話だけで吹き飛んだが、そう簡単にはいかないようだ。

 

「あなたは私を幽霊じゃないと言うけれど。なら、私は何なの?」

 

 鳳凰さんは無表情を崩さない、それは答えられないだろうという絶対の自信、余裕の現れだ。

 確かに、考えようによっては幽霊なんかより余程荒唐無稽だろう。

 しかしそこは、さらに輪をかけておかしな現象の当事者である俺にとっては簡単なことだった。

 

「初めに違和感を覚えたのは、出会った時のことです」

 

『鳳凰でいいわ、年上だけど気にしないで』

 

「なんで会って間もない知らない相手のことを年下だと断言出来たんですか?」

「……それは、あなたが『笹川さん』と呼んだからよ」

「同性ならそれも通じるかもしれませんが、俺は異性の上に初対面です。別に同い年だろうと同じ呼び方をしても自然なはず。つまりあなたは明確に俺を年下だと断言できる根拠があった」

「同じ学年の男子くらい覚えてるわよ、女子なら当たり前でしょ」

「では三年生美男子の双頭である二人の名前は当然知っていますよね。一学年下の女子ですら覚えているんですから、鳳凰さんなら答えられるはずです」

「……言えないわ、そうね私には根拠があった。年下って断言できたのは私が幽霊だから」

「違います、幽霊だからではない。鳳凰さんが俺を年下だと断言できたのはもっと単純なそして現実的にあり得る理由、そしてこれなら旧校舎のことに詳しくても筋が通ります」

 

 鳳凰さんの表情はまだ歪まない。しかし見れば分かる。先ほどまでと違いそこに余裕はない、こちらへ情報を渡すまいと必死に取り繕った壁だ。

 

「あなたはこの旧校舎が現役の頃から通っている、留年生なんです」

 

 最初の印象は随分と大人びた人だと思った? 当然だ、この人は単純に大人だったのだから。

 

「……ご名答、卒業し損ねて八年になるわ。まったく恥ずかしいから知られたくなかったのになんで暴くのかしら。最初は出席日数がちょっと足りなかった程度なのよ? まあ一年くらいならと思ったのだけど、周りは後輩達なわけで余計出づらくなっちゃって……そのままズルズルとこの有り様。軽蔑したかしら?」

 

 尊敬する。彼女はまだ無表情。負けを認めた振りをして、大事なことを隠して、言葉で煙に巻こうとしている。

 

「正体を当てましたよ、真面目に話してください」

「……勘のいい男は嫌われるわよ」

「勘なんかじゃありません、見れば分かります」

「はあ……そうは言っても本当に隠していることなんてないのだけれど。なら次のテストはこれにしましょう」

 

 鳳凰さんはフェアだ。

 幽霊ではないことを証明しろと言うのは、逆説的に幽霊ではないと認めている。

 

「私があなたに隠し事をしている根拠って何?」

 

 つまり根拠はある。

 

「取り繕いがあったからです」

「取り繕い? ああ、下ネタだったり怖い話であなたを遠ざけようとしたことなら、私の年齢を知られるわけにはいかなかったから」

「いえ、もっと前です。話す前、俺がここに来た時」

 

 彼女がショートケーキを両断、二つにして渡してきたこと。

 

「よく考えればおかしかったんです。鳳凰さんにとって俺は突然の来訪のはずですよね」

「ええ、だから一つのケーキを二つにしたのよ。来ると分かっていれば二つ買ってきたわ」

「じゃあ、皿が二つあることも、そもそも包丁を持っていることもおかしいじゃないですか。一人で食べるためなら皿は一つでいいし、ホールじゃないケーキを切り分ける意味はありません」

 

 俺の存在に気付いてから持ってきたのなら分かる。

 だがあの時、すべてテーブルに揃った状態で俺は鳳凰さんと出会ったのだ。

 

「つまり、ケーキはそもそも二つあって、一つはすでに鳳凰さんが食べ終えていた。そして包丁を持っていたのは、ケーキとはまったく関係のない別の理由。そうした状況を隠すために鳳凰さんは取り繕ったんです、変な先輩という姿で」

 

 鳳凰さんが包丁を高く掲げたのはパフォーマンスだ。切り分けるために持っているのだと印象付けるための。

 

「……破綻しているわ、だってどう考えたってケーキに包丁を使うのが自然じゃない。あなたが来る前に私がホールケーキを買って切り分けていた可能性のが高いわよ」

「あの包丁はケーキには使っていないはずです、拭くものもないのにクリームが付いていなかった」

「なら、最後のテスト。その包丁を持っていた別の理由を言いなさい、私が取り繕うだけの理由を!」

 

 答えは、当然ある。

 食べる予定の無かったケーキが誰のためだったのか、なぜ包丁を握っていたのか、どうしてあのときだけ悲しげな表情をしていたのか。

 きっと、解答欄に書けば丸を貰えるはずだと、分かっている。

 多分彼女も、それを求めているのだ。

 けれど。

 

「言いません!」

「……え?」

 

 ようやく無表情が崩れる、予想外だという風に、眉間に皺をよせてこちらへ疑問を投げ掛けている。

 だって、分かっているはずだと。

 

「俺は過去を暴きたいわけじゃないですから。不良生徒は楽しくないテストをやりません」

「いや、でもそれじゃあ──あなたは私の正体に、答えの出ないままよ?」

「いいですよそれで、鳳凰さん自分で言ってたでしょう? ミステリアスで格好いいんだって──わざわざ、その魅力を潰すようなことしたくありません」

 

 だいたい、本当に答えが知りたければ、あの時に聞いていた。

 

『その通りだ──なら、他に聞きたいことがあるだろ?』

『いえ、別に。万が一幽霊だったらと思って聞いただけなので』

『アイツの過去が知りたいんじゃないのか?』

『違います、俺は──』

 

「俺はただ、そんなミステリアスで格好いい先輩──鳳凰さんと仲良くなりたいだけなんです」

 

 わざと嫌われるような態度をとらないで欲しい。

 ただ真面目に楽しいお喋りがしたい。

 それだけ。

 

「私は、このままでいいの?」

「少なくとも俺はいいと思います、ただ旧校舎は危ないので──心配しなくて済むくらいには安全になって欲しいですけど」

 

 安田先生も心配している。

 

「私は、もうオバサンなのに、いつまでも青春に囚われていていいの?」

「俺はオバサンだなんて思いませんよ、それに大人だって青春してもいいはずです」

 

 俺だって青春がしたい、高校生なんだから遅いことなんてない。

 

「私は、やっちゃんみたいに吹っ切れなかったけど、それでもいいの?」

 

 やっちゃん──おそらく安田先生がなぜバイクで旅に出たのかの答えもそこにはあるのだろうけど。

 

「悩んでいるのも、青春らしいじゃないですか」

 

 完答しなくたって、テストは合格できるから。

 

「そっか、それで良かったのね」

 

 幽霊の正体を枯れ尾花と言い当てるのはすごいけれど。

 枯れ尾花よりは幽霊のままのが良いことだってある。

 

「ありがとう、有馬くん」

 

 だから俺にとって、鳳凰さんはミステリアスな先輩で。

 そんな彼女が初めて笑顔を見せ、名前を呼んでくれた。

 それだけで十分だ。




学園ラブコメディにミステリアスな先輩は必須ですよね。
あやうくコメディが無くなるところだった。

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