きっと、青春なんて、恋なんて、誰もが少しの痛みを伴って卒業するものなのだ。
だから、そんな痛みに耐えきれなかった私は、そもそも恋なんてするべきじゃなかったのだ。
「はあ……ようやく新校舎でお前の顔が見れたよ」
「やっちゃん、しばらく見ない間に老けた?」
「今の私が教師だということを忘れるなよ笹川」
「あの頃みたいにサッチーと呼んではくれないのね」
「友達一人、自分で救えなかった私にそんな資格あるわけないだろ」
「……時間が経ちすぎたわね、お互いに」
「ああ、けど……また話せて嬉しいよ」
「私も」
生徒指導室にて。
あの頃親友兼恋のライバルだったりした相手とは、生徒と教師の関係になってしまった。
月日の流れは残酷、直視すると死にたくなるので考えないようにする。
自殺する程思い詰めるのは、一度だけで十分。
「『彼』が夢に出なくなったの」
「……そうか、私はもう随分と会ってないよ」
「いつか忘れるのかしら」
「忘れるなよ、もう思い出の中でしか会えないんだから」
別にそこにドラマがあったわけじゃない。
現実にはミステリーもサスペンスもホラーもなく。
ただ、好きだったあの子が死んで、それで終わったのだ。
「──びっくりした、あなたはもう吹っ切れたのかと思ってたから」
「吹っ切れてはいるけど、それは忘れることにはならないさ。人の死は背負って生きていくもんだ」
「やだ、格好良すぎ……私が男だったら間違いなく惚れてるわ」
「それだけじゃない、教師は生徒の人生も背負ってるからな。例えばお前とか」
「なら私は、この初恋をいつまでも背負って生きていくわ」
「そうか、それは──いいことだ」
「ええ、恋は女を美しくするらしいから今まで私を悩ませた分利用してやるの」
「アイツなら笑って許すだろうさ」
「そうね。それにしても、態々命日に男の子寄越すなんて趣味悪すぎよ」
「……もしバカなこと考えてたら、それで止まってくれるだろうと思ってな」
「新しい恋でもすると思った?」
「違うよ、喜久川は純粋というか何というか──アイツの前だと調子が狂うだろ?」
「確かに、ああいう若さに弱いなんて、年を取ったと実感するわ」
二人して笑った。
老けたなんていったけどそんなことはない。親友の笑顔は、あの頃のままだったのだから。
──
早朝の再会は終わる。教師というのはどうも忙しいらしい。
まあ、私もまだうまく喋れないからこれくらいでいいのだ。
けれど困ったことに、私はせっかくの新校舎で暇になってしまう。
なにせこの八年間こちらに出向いたことなどただの一度もなかった。
旧校舎が騒がしくなる時期は姿を隠していたし、知り合いなどできるはずもない。
唯一の知っている生徒というと、あの子のことが気になった。
「え、姫王子がどうかしたの」
「というかあんた誰?」
「アンタもあいつに男子取られたとか?」
「転校生?」
「うちのクラスの男子、姫王子の話しかしないから私まで詳しくなったわ」
「誰?」
有名なんだろうなという予感はしていた。
けれど驚いたのは、あの子がとてつもなく浮いているということ。
こんなオバサンに絡むので随分と変わった子だなとは思っていたけれど、まさか敵視される程だったとは。モテすぎるのも考えものね。
彼は特別で、普通の学校生活が過ごせていない。
きっと、青春に興味があるというのも本心からの言葉だったのだろう。
恩返し、というのも烏滸がましいけれど。
手伝いくらいはしなければ、先輩として恥ずかしいもの。
──
「おはよう、有馬くん」
「おはようございます、鳳凰さん」
正門前で怪訝な顔をする生徒達を無視して待っていると、男子の集団が現れる。そんな先頭の人物は確かに姫王子と呼ばれるに相応しい。けれど、私には関係のないこと。
こうして女子が話しかけるのは珍しいのでしょう、他の男子が驚いている内に話を続ける。
「……もしかして寝泊まりまでしてるんですか?」
「キャンプ用品を持ち込んでいるのよ。とはいえやっちゃんや君に心配をかけ続けるのも心苦しいから、旧校舎生活は改めることにしたわ」
「それは安心です」
「金を回して改修するの、豪華な宿直室や新しい部室棟になる予定よ」
「そうだとは思ってましたけど、随分と余裕があるんですね」
「授業中は暇だから株やらなんやらで資産を増やしているのよ、こう見えて大人ですもの私。何か欲しいものでもある? 浴びせるように買ってあげるわ。預金残高って増えすぎるともうただの数字の羅列にしか見えないの、実感が欲しいのよ、他人の感情で」
「それなら、この前のクッキーがいいですね」
「いい男なの? 将来女をダメにするタイプね」
「あの!」
彼の望む楽しい会話をしていると、隣にいた男子が割って入ってくる。気の強そうな子だ。
「何かしら?」
「お兄様は登校中です──校門前で話すのは周りの迷惑になりますし、会話は止めて……」
「それは悪いことしたわ、それじゃあ教室まで一緒に行きましょう有馬くん」
「え」
姫王子も、その取り巻きも関係ないとばかりに振る舞う私。
突き刺さる視線はどれもおかしなものを見るような目ばかりで、そして少しばかり羨むようなものも混じっていた。
それでいい、私には分かる。あんなこと言ってた女子連中も恋をしたくて仕方がないということが。経験者としては拗れる前にさっさと決着させておけとアドバイスをしたい。
こんないい子の周りに誰もいないのは、奇妙な言い回しになるが、誰もいないから。
みんな恥ずかしくて、一歩を踏み出せない。
ならば、私がそんな一歩の手伝いをしよう。
有馬くんと隣り合って歩き出す。
「ちょ、ちょっと近すぎですよ! 誰だか知らないですがお兄様の迷惑も考えてください!」
「私は笹川 鳳凰、この有馬くんの──先輩よ」
まだまだ卒業できず、学校にいる幽霊だ。
けれどまあ、たまには恩人の守護霊でも気取ってみよう。
──
「鳳凰さん、どうやら七不思議になってるらしいですよ」
「あら、誰も知らない美女ってところかしら」
「いえ、なんか誰彼構わず話しかける妖怪だとか。特に俺は朝見られたのもあって色んな人に質問責めでしたよ」
「……よ、妖怪。へぇーそう、そう……」
知らない人とも話せたと喜ぶ彼を思えば、そのくらいの扱いはどうってことない。本当に、痛くないし、泣いてないし。