アリマ様が見てる   作:魔女太郎

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アリマ様が星井 竜火を見てる
アリマ様が盛り上がりを見てる


 放課後。

 俺にとっては最もその日の気分によって左右されやすい時間だ。

 声をかけられ部活動に参加したり見学する日もあれば、知り合いと共に適度に遊んだりする日もある、一人きりになることも珍しくはない。

 一週間程楽しんだ同好会は、諸事情により一時休止。

 また日常に戻る。

 と、そう思っていたのだが。

 

「うわっと! ……あいたたた、ってごめん喜久川くん!」

「いや、大丈夫だよ。そっちこそ怪我はない?」

 

 俺は転んでいた。

 速度も出ていなかったし、身体は無事。

 隣の彼女も見たところ怪我は無さそうだが。

 

「だ、大丈夫……ごめんねトロくて」

「いや、こんなの最初から得意な人なんていないだろうし……俺も下手だからね。どうせ転んだなら、切り替えて立ち上がる練習が出来ると思おう。転ぶのも練習練習」

 

 その赤茶色の頭を押さえながら申し訳なさそうにこちらを見る彼女に励ましの言葉を送る。

 

「そうだね、頑張る……絶対この二人三脚は一位取るから!」

 

 そう、俺は女子と二人三脚の練習に挑んでいる。無論これは部活ではない。

 見渡せば、俺たちのいる運動場には他にも似たようなことをやっている生徒がぽつぽつといる。

 流石に初日は埋まるほどの人数ではないようだと、俺は朝の出来事を思い出した。

 

 ──

 

「というわけで、今年もやってきました『体育祭』!」

 

 委員長の言葉と共にクラス全体が熱気に包まれる。女子達が各々手を掲げたり、声をあげたり。

 本日のホームルームは、そんな調子で始まる。

 

 中間テストや追試の期間も終わり、旧校舎の改装や、新たな七不思議の出現など細かな変化や事件が雨晴高校をそれなりに騒がせた。が、迫る体育祭はそれら全てを塗り替え、始まってもいないのにお祭り騒ぎだ。

 

 雨晴高校の体育祭は『組』対抗であり、AからFまでの六つの組が学年関係なくチームとなり総得点を競うルールだ。ちなみに俺たちは二年F組。

 一部を除いて学年ごと競技が違うため、毎年新競技に挑むことになる。誰がどの競技を挑むか決めるための今回のホームルームというわけだ。

 

「ですが、ここで一つ問題があります。我々のクラスは諸事情により人数が……少ない!」

 

 そういえば去年はまだ男子が二人多かった。結婚してしまい学校にはいない、便りは定期的に届いているが。

 それと不登校が一人。

 入学当初と比べると三人減っていることになる。

 

「なのでバランス調整のため、男子には複数回競技にエントリーして貰うことになったんだけど……」

 

 ざっと、教室中の期待を込めた視線が俺に向く。そこには男子である二人のものも含まれている。

 そう、クラスの男子で一番運動神経がいいのは俺なのだ。

 金汰と白銀は所謂運動音痴と言われるような成績で体育の時間はへばっているのがお約束、そこがまた女子から人気を集めるのだろうが。

 ともかく、体育祭は楽しむものだが、できれば勝ちたいのが学生達の本音である。

 

「じゃあ俺が出た方がいいよね、問題ないよ」

「ありがとう! あの、それで出て欲しい競技の方なんだけど……男女混合の二人三脚があるんだ」

「あー、つまりパートナーがいるってことか」

「私がやる!」

 

 手を上げたのは桜花さん。

 確かに意志疎通という面ではこのクラスで最も話している女子である。俺も異論はない。が、委員長から待ったがかかる。

 

「この競技は男女の体格がちぐはぐになりがちで、確かに二人みたいなペアも無しじゃないわ……けど勝つならもっとベストな組み合わせをするべきなの、ウチらのクラスにはアイツがいるでしょ」

「っていうか桜花は男子と組めるチャンスだからって鼻息荒すぎ」

「いや違、そうじゃなくて……」

「そりゃ姫王子と組めれば周りは応援する男子でいっぱいだろうけど、必死ね勇者」

「やめろぉ!」

「はいはい、ともかく姫王子のパートナーは決まってるの。というわけでお願いね、ルビー!」

「えっ!?」

 

 ガタンと、立ち上がった衝撃で椅子が倒れたのだろう。

 真ん中最後列、予想外だという顔でルビーこと星井 竜火(ほしい りゅうび)は委員長を見た後、こちらに視線を向けてきた。

 

「確かにルビーならガタイいいし、姫王子と身長も同じくらいだしね」

「興奮して姫王子の肩壊すなよルビー!」

「やらないよそんなこと!」

 

 竜火さんは言われている通り、俺と似たような身長である。

 流石にどこぞの先輩と違って追い越したりはしてないが。すらりとしたあちらと違って、肉付きもあるというべきか──ともかく力や体力がありそうだ。

 確か体力測定でも、握力や投力でトップだったような。クラスで騒がれていたのを聞いたことがある。

 

 付き合いの少ないクラスメイトのことを必死に思い出している内に、他の競技についても決まっていった。

 

 ──

 

 さて、二人三脚は一朝一夕でどうにかなる競技ではない。

 体育祭までにある程度の経験値を貯めておかなければ──本番で情けない姿を晒すならまだしも、竜火さんに怪我をさせることになるかもしれない。

 つまり練習だ。

 

「竜火さん、放課後は何か予定ある?」

「え」

 

 昼休みに話しかけると固まってしまった竜火さんを放課後の練習を誘うと、部活もないということなので承諾して貰えた。周りに。

 

 というわけで竜火さんとの二人三脚練習が始まったのだが。

 

「ちょっと!」

「ふぎゃ!」

「あでっ!」

 

 早速我々は難航していた。まだ錨も上げたばかりだというのに。

 どうも足並みが揃わないというか、最初の数歩でつまずいてしまうのだ。

 二人とも砂まみれである。

 

「ごめん喜久川くん! わざと転んでるわけじゃないの! 私デブだから……足下も見えないし、これが重くてバランス崩しやすくて……」

 

 謝り倒す竜火さんの行動に思わず視線を逸らしてしまう。

 なぜなら彼女は自らのその胸を忌々しげに掴んで持ち上げだしたのだから。

 

 転生してかなりの年数を過ごしてきた貞操逆転世界で、どうも慣れないことがいくつかある。

 その内の一つがこれ、肉体の美醜の変化である。

 どうも男性の胸板のような膨らみが美しい、というのが基準としてあるようで。それ以上大きいものになると、太っているというか無駄な肉という扱いなのだ。つまり竜火はこの世界において、『とても』太っているのだ。

 腹が出ている──とまでは言わないが二の腕に脂肪が付きすぎているとか、そういった感覚が近しいようで。

 ともかく流石に明け透けに晒しはしないものの、この世界だと先程竜火がやったことはなんら異性を興奮させるための行為や下ネタではなく、自虐ネタに相当するものとしてありふれている。

 

 知識としては分かっているのだが、かといって役得だと見続ける程面の皮は厚くない。結果、笑うでもなくただ気まずい時間が流れたりする。

 

 もしかしてこういうのの積み重ねが姫王子というか、目の敵にされるのに繋がっていたり──いや、まさか。

 

「やっぱり私じゃなくて他の人に……」

「いや、試してみたいことがあるんだ。もう少しやってみない?」

 

 話が逸れたが、足下が見えないのでタイミングが分からないということだ。

 なら、足下を見ずともタイミングが合うようにすればいい。

 

「まず繋いでいた紐は外そう。そもそも繋いでいるから転けるんだし」

「でもそれだと二人三脚の練習にならないんじゃ」

「最終的に出来てればいいんだ、一日目から焦る必要はない。まずは二人三脚の前に二人の練習をしよう」

「何をするの?」

 

 決まってる、隣り合って歩くだけだ。

 

「まずは校内を普通に歩いてみよう、肩だけ抱いてさ。早いと思ったら相手の肩を一回、遅いと思ったら二回叩く、お互いのペースがどれくらいか確認するんだ」

「え、でもそれって……いやその喜久川くんがいいなら構わないけど」

 

 というわけで校内を二人してただ歩き回る。

 肩を抱いて、ついでに話をしながら。

 練習自体は順調なのだが、初日から気合いを入った練習をしているためか過ぎ行く生徒達の視線がすごい。

 

「え、当てつけ? いや、見せつけ?」

 

 一人凄まじい目力の人がいたと思ったら鳳凰さんだった。

 そういえばこの人は体育祭どうするんだろう。

 

 一周したところで、今日の練習は解散となった。

 どうせなら帰り道もやりたかったのだが。

 

「今日は心臓が無理!」

 

 と、竜火さんが言うので無理はさせられない。どうも体力は余り無いようだ。




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