昨日は鳳凰さんに「先輩らしいことしてみたいから、後輩らしく可愛らしいおねだりをしなさい」と無茶振りをされ、それならとファミレスで夕飯を奢って貰った。「別におねだりそのものの規模は可愛らしくなくていいのだけれど」と黒いカードをチラつかせられたが、学生らしい先輩後輩のやり取りとしてはこのレベルが妥当だろう。
たどり着くまでに鳳凰さんが車を所有していることやその車種とドライビングテクニックについてのあれこれはあったものの、楽しく過ごせた。
その際話題になったのは、当然体育祭のことだ。
「男女混合二人三脚ね、合法的に男子と触れ合える人気競技よ」
「やっぱりそういう位置付けなんですね」
「パン食い競走や借り物競走みたいに番狂わせが起きやすいように作られたんだろうけど、今や代表男子を女子が醜く争いあうクラス崩壊の原因となっているわ」
「そんな番狂わせどころか卓袱台ひっくり返すようなこと起こしてどうするんですか」
「仕方ないわよ、この競技に選ばれたペアのカップル成立率はなんと二割を越えるとその筋では言われているもの」
「確率も情報元も不確かすぎる……」
「まあ、その点あなたのクラスは賢い選択ね。さっきも言ったとおり二人三脚は誰が勝つか分からない競技、フィジカルよりコンビネーションが問われる上に不意の事故も起こりやすい。ほとんどのクラスが男女でイチャつくための捨て競技になりがちだわ。だからこそ、勝つための組み合わせをするだけで相対的に有利になるとも言える」
「委員長本当に勝ちたがってたからなあ」
「あとクラス崩壊の危機も無くなったのが一番大きいわ」
「そっちがメインなんですか」
「しょうがないじゃない、あなたの存在が今年はより女子を飢えさせているんだから。そういった点でも有馬くんがいるクラスは他より有利ね、デバッファーよ」
「逆に打倒姫王子なんて団結しなければいいですけど」
「ありえない話じゃないわね。どうしても勝ちたいなら周りの男子に妨害とか頼めばいいのよ。具体的には体育祭当日に片っ端からデートで抜け出さないか誘うとか、多分何割か本気にするわ」
「陰湿すぎる……彼等も楽しみにしてるから流石にそんなことは頼みませんよ」
「冗談よ冗談、顔を見れば分かるでしょ」
「無表情だから分かりにくいんです」
「ところで、今聞いて思ったのだけど。当然二人三脚に出るのはあなたの知り合いよね?」
「ええ」
「それが楽しみにしてるって、向こうもあなたと戦うために練習してるんじゃない? 下手したらさっき言った勝つための組み合わせをやってるかもしれないわよ、そうしたらアドバンテージは無くなるわね」
「あ」
「訂正するわ、あなたはバッファーね。敵味方問わずの」
──
そんな会話があり。
さらに朝、桜花さんとの登校中、彼女は迫る体育祭への熱意をぶつけてきた。
「私、絶対一位取るし活躍するから! 見ててね!」
まだ練習期間……というか発表された昨日の今日でこれである。
思っていたよりもずっと体育祭にかける思いにギャップがある。
というか、転生した分俺が落ち着きすぎているのだろう。
俺にとっては楽しむイベントという側面が大きいが、皆は年に一度の勝負として見ているのだ。
一年生の時はあまり意識せず過ごしていたが。
合流した香に話を振っても。
「ええ、私達F組で絶対に勝ちましょう。安心してください、他の組の主要な生徒や競技のデータはすでに手元にあります。代わりに少しばかりこちらも情報を流すことになりましたが……」
などと言ってくる。スパイ的行為まで横行しているのかこの体育祭に。
「今回ばかりはいくらお兄様相手でも全力でお相手させていただきます」
「ええ、我々も力を見せるときです」
「負けませんからね」
周りの男子も次々決意表明を始める。
これは認識を改めないといけない。
体育祭は戦争だ。
「ところで今日のお昼はどうしますか?」
「僕、今日は美味しくできたと思うんですが」
「天気もいいですし、屋上で食べましょう」
ああ、普段のことは普通に皆仲良くするよね。そりゃ。
──
そんなことがあって、放課後。
竜火さんとの練習である。
「今日もよろしく竜火さん」
「うん、よろしく喜久川くん」
ゴールデンウィーク過ぎに桜花さんが話しかけてくれたお陰か、クラスの女子である竜火さんは姫王子に対する壁はさほどないように思える。ただ、だからといって仲が良いというわけではない。
鳳凰さんの言っていた通り、二人三脚はフィジカルよりもコンビネーションが重要な競技。
今やっているタイミングを合わせたりという技術的な部分も大事だろうけど。
勝つためには、そこを重点的にやらなければ。
思えば昨日の練習ではパーソナルな会話には踏み込んでいなかったな、と思い返す。
「竜火さんは、なんであだ名がルビーなの?」
「え」
と、突然立ち止まってしまった竜火さんにつられて危うく転けてしまうところだった。
「ごめん、嫌なこと聞いちゃった?」
「いや、そんなことないけど……私のアダ名なんて聞いて楽しいかなって」
「皆が呼んでるアダ名のこと知らないのは体育祭前でクラスが一致団結してるときにどうなんだって──後、竜火さんって呼び方で不快にさせてないか不安になったんだ、なにせ女子とあまり話す機会がなくて」
「別に嫌がってないよ! でも確かに名前で呼んでくれるのは珍しいかも、昔からルビーって呼ばれてたし」
「由来は名前から?」
「それもあるだろうけど、一番はこれかな」
竜火さんは自身の赤茶色の髪に手をやり、少しばかり摘まむ。
ボブに近い長さのそれは背中からの光が透き通り、赤く輝いているように見えた。
「なるほど、確かにルビーに見えるね」
「元々こんな色なんだけどさ、水泳やってるから塩素焼けで余計それっぽくなっちゃったの」
「水泳部なんだ、放課後使って大丈夫?」
「……いや、高校に入ってから部活はやめたの。だから時間はあり余ってるよ」
少し寂しそうな顔をする、竜火さん。きっとそこには何か理由が、エピソードあるのだろうけれど、切り込むべきではないだろう。
仲良くなるのに必要なのは何も晒し合うことではないと、ついこの間も同じような話をしたばかりだ。
「俺はこの前部活、というか同好会に加入したんだ」
「え、それこそ喜久川くんは時間大丈夫なの?」
「ゆるいから平気だよ、なにより先輩がどこにいるか分からない神出鬼没の人だから」
「怪しくない?」
「活動もただ一緒にお茶したり食事したりするだけで」
「ねえ怪しいって、絶対に騙されてるよ喜久川くん! その先輩女じゃないよね!?」
「これ男子には内緒にしてね、心配されちゃうから」
「自覚してるなら止めて!?」
仕切り直して。
今度は竜火さんが質問をする番だと促す。
「喜久川くんに質問……どうしよう……えーと、好きなものは?」
随分困らせてしまったようで、悩んだ末に投げ掛けられた。
「好きなものね、色々あるけど一番はこうして誰かと話すことかな」
知らない文化に触れるのは楽しいものだ。
俺にとってはこの貞操逆転世界は十数年生きていようがまだ慣れないものだらけで、異文化。
それが常識となっている、つまり俺以外全員との交流にはいつでも新鮮な驚きがある。これは男子も女子も関係なく、だ。
「納得かも、喜久川くんの周りっていっつも人がいるもんね」
「そう考えると俺って案外さみしがり屋なのかも……ってどうしたの竜火さん」
心臓を押さえて立ち止まる竜火さん、やはり体力があまりないのだろうか。
「大丈夫、ちょっと……一瞬グッと来ただけだから、ギャップが」
運動の緩急なら、比較的緩く歩いているだけなのだが……なんにせよ無事ならばよかった。
落ち着いてから、必死に視線がそれに向きそうになるのを堪える。
胸を押さえる仕草が俺にとっては少々刺激的なのをどうやって伝えればいいのか。
貞操逆転世界のギャップを埋めるのは難しい。
鳳凰さんの愛車のイメージは光岡オロチです。
こことは違う世界なのでまったく同じものがある訳はないなと思い本文中に書くのをやめました。