体育祭当日。
天候は問題なく快晴、クラスの雰囲気は非日常に少々浮わついて。
「絶対勝つぞぉおおおおおお!」
「おおーっ!!!!!」
訂正、だいぶ熱せられている。
開会式もまだな朝の教室だと言うのにギラついた視線は殺気とも言えるような鋭さを伴ってそれをぶつける獲物を探している。
勝負事には何事もハングリー精神が重要だというのは同意だけれどもいささか行きすぎているような。
「まったく困ったもんだよね有馬……勝つのは私ただ一人なのに」
「ルールから間違えてるよ桜花さん、テストや受験と違って団体競技だからこれ」
「でもこの競技で活躍したら一躍みんなのアイドルなんだから気合いも入るってもんよ! 部活動以外の先輩や後輩は、普段絡みのない分アピールするチャンスなんだから」
アイドル、文脈から転生前の世界にあわせるならヒーロー。
異性の人数差が激しいこの世界だからこそ、か。
鳳凰さんが以前口にしていた男女混合競技がやたら人気というのも、高校生としてのお祭り騒ぎの側面よりそちらの比率が大きいのだろう。
「新しいアイドルをみんな目指してるわけか、そりゃあこれだけの──殺気はおかしくない?」
「そりゃアイドル目指すなら目下のライバルが誰かと言えば」
桜花さんの視線はまっすぐ俺に向かっている。
どこか慈しんだような、こちらを哀れむような色の瞳。
まさかと思えば、クラス中の視線もこちらに。
「み、みんな、仲間だよね俺たち……」
「もちろんだよ姫王子!」
「期待してるよ姫王子!」
「応援するからね姫王子!」
「絶対勝つからね姫王子、間違えた勝とうね姫王子!」
笑顔。だが、獣のそれと同じようにまるで威嚇に見える。
思えば、クラス対抗という結束するには充分すぎるイベントを一回行ったはずなのにクラスメイトの輪に入れていない時点で気づくべきだったのだ。
あまり意識せずに過ごしていた、なんて言っていたが──そもそも俺がそんな風に過ごせていたことがおかしい。つまり、協力したはずの連帯感よりも強い抵抗というべきか、変わらないどころか増したであろうアイドルになった姫王子への嫉妬があったのだ。
つまり今回の体育祭は、彼女らにとってリベンジ戦でもある。
ハングリー精神が重要だとは思うけれども、それはやはり自分が獲物になっていない場合に限るのだ。
「どちらかというとみんなレイドバトルの気分だろうけどさ」
その団結に加えて欲しいと思うのは、ワガママすぎるのだろうか。
いつも盾に剣にと側にいる二人に今回ばかりは助けを求めたいところだが。
「金汰、普段は協力しているが……今日はどちらがお兄様に相応しい──アイドルになれるかの勝負だ」
「もちろん、僕だって最初からそのつもりだ」
「思えばお兄様と出会う前、君とは顔をあわせれば争うばかりだったな」
「そう? 僕はずっと仲良くしていると思ったんだけど」
「……まったく、調子が狂うことばかりを言う。盤外戦術だとしたら無駄だぞ」
「そんなつもりないって、分かりきってるでしょ」
なんでそっちは清く正しい青春を送っているんだ。後ひどいこと言うようだけれど二人が活躍するのは少し厳しいと思うぞ。
なんとも羨ましくそれぞれの団結を過ごす中。
パートナーである竜火さんが一人だけ、ぼうっとしていたのが少し気になった。
──
開会式は、おだやかに過ぎて。
六つのクラス別のチームは運動場を囲むようにそれぞれの陣地で勝負の行方を激しく見守っていた。
飛び交う言葉の内容は少々過激な発言のため伏せるが。
「もしかして私は鎌倉時代の戦場にでもいるんですか?」
と、隣に座る香の台詞でなんとなく察していただければ幸いだ。
なぜ香が隣にいるかについては、三学年合同のチームなので誰も彼も関係なく親しいもの同士で集まっているというわけだ。おかげでクラスにいるときよりも鋭い視線がこちらに突き刺さっていたが、流石に競技が始まればその敵意は他のクラスに向かって一安心だ。いや、先程の過激な応援と野次を考えればヒートアップしているのはよくないかもしれないが。
ともかく、第一競技は100メートル走である。
単純な競技であるためにどのクラスも陸上部等の走りに強い選手を代表に選出しているため、非常に見応えのある白熱した争いが繰り広げられている。
クラスで競技を決める際に俺がこの第一競技に出るという案もあった。実際、去年は出て一位を取ったのだ。
しかし運動が得意な俺だけれど、それは十分にできるというだけで万能なわけじゃない。当然のことだが、部活動でのエースや競技のスペシャリストには負けたりもする。一位を取ったのだって、争ったのがまだ発展途上の一年生だからこそ勝てたに過ぎない。
二年生の今では流石に分が悪いと、そういう判断なわけだが。
現在、おそらく一年生の時に破ったであろう彼女から睨まれているのをどうすればいいだろう。
我らがF組が位置するのはスタート側、つまり待機列に非常に近い。
一年生から順に走るので、そろそろうちらの出番だろうとそちらに注目すると誰かを探してキョロキョロと見回している他クラスの生徒と思わず視線が合ったのだ。
名も知らぬ彼女は少し驚いた後、まるで裏切りを咎めるような顔で睨み付けてきたのだ。
そんな態度を見れば流石に分かる、彼女は俺と再び勝負をするのを──勝つのを目標に今年もこの競技を選んだのだろう。
まさか体育祭がここまでの熱意が渦巻いているのすら気づいてなかった俺なのだ。あの時確かに生まれた勝負の縁、なんてものに気づけるはずもない。せめて当日までに何か話しかけてくれ。
しかし、期待や覚悟を裏切ってしまったのは申し訳ないという気持ちも勿論ある。転生前もノリが悪いと言われていのだ、今は意識的にそういうことに馴染もうとしているし、応えたいと思っている。
まあ今から出場競技の変更なんていうのはそれだけの理由では流石に無理なのだが。なによりうちの代表に悪いし。
となると、せめて代表を全力で応援をすることで共に戦うとしよう。
「頑張ってね! 向日葵さん!」
「え、姫王子!?」
というわけで待機列に並ぶ向日葵さん──よく桜花さんと共に行動している友人──に話しかける。
なぜだか相手の負の感情が強まった様に思えるが、言葉を続けて分かってもらうしかないだろう。
「絶対に一位取れるって信じてる。頼りないと思うけど、俺も一緒に走ってる気持ちになって応援するから」
「いきなりなんでそんなに!? いっとくけど私陸上部でもザコの方だからね!」
「大丈夫、落ち着けば絶対にいつも以上の力を発揮できるから」
「だからいきなり話しかけられて落ち着かないんだっての! 後あんたの周りの視線が怖いんだけど!」
「みんなも応援しよう、向日葵さんの勝利を! せっかくの体育祭なんだから、その方が楽しいでしょ!」
今まで周りの過激な応援に声を出していなかった男子達だが、俺の提案で向日葵さんに思い思い言葉をかけるようになる。
埋もれれば潰されるようなその暖かい声援も、集っていれば存在感があり、他とは毛色の違う明るいそれは人の気持ちを動かす力があるだろう。
「こんなに男子達に注目されたの初めてかも……なんだか私、やれるかもしれない!」
「ファイト、向日葵さん」
俺は最後の激励としてハイタッチをしようと手を広げたが。
「う、うん……その、ありがとう姫王子」
なぜだか向日葵さんは手をもじもじと重ねてきた。
いや、モチベーションが高まればそれでいいのだけれど。
と、勝手ながら想いをのせた向日葵さんは、なぜだろうかそれを上回る殺意を背負い込んだ例の女子に負け、惜しくも二位になってしまった。
「ああー! アイドルになるチャンスだったのにー!!!!!」
悔しがる向日葵さんには少々申し訳ないことをしたかもしれないが、これ以降男子達による応援が強烈なバフとなったのか第一競技の得点はF組がわずかにリードして終わることになった。
お待たせしましたの体育祭スタートです。