「さあ第三競技、大玉転がしの結果が反映されました! 総得点数一位はA組! 残念ながらここまでリードを保ってきたF組は首位から落ちることに」
「まだまだ体育祭は前半戦、最下位から追い上げるB組をみても点差は大きく開いていません。どの組も油断できない状況が続きます」
「そんなところでお次の競技は『借り物競走』! 走る力は当然ながら、楽なお題を引き当てる運から、見つけるための洞察力や記憶力、借り物をする交渉力が必要となります!」
「なんといってもウチの体育祭は六チーム対抗、確率的に言えば他チームが持っている方が見つかりやすいワケで。場合によっては自分のチームには該当者がいないお題だってありますね」
放送部二人の話に隣の香は眉を潜める。
「お兄様、これってもしかして
「香の言う通りだよ。下位の組同士が互いに借り物を渡しあい、そして上位の組には渡さない。これを徹底すれば協力している組からゴールしやすく、狙われた組は必然的に点数の低い下の順位になりやすい。逆に上位の組は先にお題を受け取った後は裏切った方が得だから協力が成立しない」
「複数チームの体育祭ってだけでこんなことになるんですね……でも勝てれば大幅なリードになる」
「そういうことだね、だけど去年通りなら難しいだろうなあ」
何か他にあるのかと首をかしげてこちらを見る香。
周囲の三年生男子も口々に「運の勝負ですからね」「うまくこの中にいればいいんだけど」と二年経験してる分弱気だ。
「あの、なんかみなさん反応おかしくありません? 確かに運の比率が強いでしょうけど、チームを組んでないと厳しい──なんて偏りが激しいお題なんて設定する方が難しいような」
「いや、あるんだよ。しかもF組は確定で不利なお題がね」
目の前で第一陣がさっそく出発する。
第一競技と比べると足の早さにずいぶん差があるのもこの競技の特徴だろう。
先頭はA組、リードを得るための賭けに出たな。
彼女はお題を見て顔を歪めた後、チームに向かって大声で叫ぶ。
「お題は──野球部所属の……男子!」
A組所属の男子は全員手と顔を横に振っている。否定。これは最下位決定だろう。
「アリなんですかアレ!? 野球部のマネージャーやってるのはC組に二人、E組に一人ですよ!」
「男子生徒は圧倒的に数が少ないからね、難易度調整に便利なんだ。もちろん全部じゃない、特に──あそこまで狭い、部活動指定のやつは大ハズレってやつ」
しかしA組は諦めなかったのか一度自陣へと戻っていく、こちらからは遠すぎて様子が伺えない。そこへ放送部の実況が。
「クラスメイトから目当ての人物を聞き出したA組走者は食券十食分で交渉にのぞみます──が、残念ながらぷいっと可愛らしく顔を背けられてしまいました」
「疑似的ながら振られたような気持ちになるのでメンタルも必要な競技になっています」
食券十枚は魅力的だ、俺なら了承するだろう。
「それに最終的には本人意思が重要だからあんな風な交渉も行われる」
「交渉というか懇願じゃないですか、断られた人泣いてましたよ」
「この難易度のせいか、断られなかったら惚れられたという相談が去年は多くて」
「女子って本当に……」
いや、同じ立場なら俺でも惚れると思う。人は優しさに弱いのだ。
さて、わずかだが男子の数が少ない我らがF組はいったいどんなお題なんだろうか。そもそも走者は誰だったか。
「お兄様見てください、白銀さんがようやくお題にたどり着いたみたいですよ」
「ただでさえ少ない
なんでこんなことになっているのか、委員長に聞いてみようとしたところすでに女子達に囲まれており、叫び声が中心から聞こえてくる。
「いや本当はうちらも出遅れ組の予想だったんだって! 周りの組は当然女子ばっかりだから自動的に優しくされてポイント優先されるじゃん! あんたら頑張りすぎなの!」
もみくちゃにされている委員長の真意は分かった、これ俺のせいだな。
「というかお兄様、次の走者金汰さんですよ」
「二枠はバクチすぎる!」
これはせめて楽なお題を引いて貰わなければA組より点数が落ちかねない。頑張れ白銀。
「──っ!」
「駄目だ白銀声出てない」
「走ってる姿が動物とかよりも蒟蒻に例えられるような人ですからね……待っててください」
香は席から立つと一年生の座る席へと移動、女子と少し話すと双眼鏡を持ってきた。
「それでお題を確認できる! たまたま香のクラスメイトが持ってて助かったよ」
「いやたまたまじゃないですよ、汗ばむ男子を見たいだとか言って高いのこっそり準備してたんです。少し
どうして香は女子がこっそり準備していたそれを知っていたのかは気になるところだが──いや、もしかしてそんな女子多いのか? 気になってうちのクラスを振り替えるとあわてて何かを隠す素振りを見せるものが数名──いや、それよりも今はお題だ。
確認に移っていた香の口から出たのはあまりいい返事ではなかった。
「……厳しいですね、少なくとも私は無理です。お題は『バク転ができる男子』、体操部所属はF組にいなかったはず……」
「それなら俺できるから行ってくるよ」
「お兄様ができれば助かるんで──行ってらっしゃいませ」
幸いなことにまだ誰もゴールまではたどり着いていない。一試合目で下位の合同グループもまだ手間取っているのだろう。
この間に一位でゴールできれば総得点で大きく差をつけることができる。
「お待たせ白銀」
「すいませんお兄様、まだちょっと呼吸が……」
普段なら優しく待つところだが、今日は強引にいかせてもらう。
「白銀、俺を信じて──
「あの何を……ってうわっ!」
白銀を抱き抱えてそのまま走る。所謂お姫様抱っこというやつだ。おんぶでもよかったかもしれないが、白銀が背中にしがみつき続ける体力が無いだろうし。
「お兄様──」
「大丈夫、白銀はじっとしてて」
「──はい」
慌てたように他の走者も各陣地から出てくる。しかし、当たり前の話をするが、二人で走るより一人で走る方が速いのだ。
「おおっとF組走者はなんとお題の相手である姫王子に『王子様抱っこ』で運んで貰っています! なんて羨ましい! 男子達からは黄色い悲鳴が上がっております!」
「他の女子は真似しようにも勇気が足りないのかはたまた信頼度の問題か、同じようにして速度を上げることはできません。これは二重の敗北を植え付けられることでしょう」
「というかあれを素面でできるの流石ですね、対して運ばれてる男子顔真っ赤ですよ」
「でも幸せそうですね」
「うるさいですよ放送席!」
直前で白銀がキレるという場面もあったが。問題なくゴール。
「ではお題の確認を……『バク転ができる男子』ですが」
その場でくるっと一回転。
したところなぜか判定員と白銀に驚いた顔で見られる。
「あの、それはバク宙では?」
「……間違えた」
仕切り直して正しくバク転をする。
「しかもあの運動神経ですよ。勝てませんね」
「その上間違えるというあざとさも重ねてますよ、なんでお題なのに走者以上に目立ってるんですかね、一位でF組がゴールです」
「うるさい放送席!」
最後は失敗してしまったが、無事一位でゴール。
他のを見届けた後、席へ戻り男子達からの労いと女子達からの妬み混じりの感謝を受ける。
「お兄様は運動神経が良いのは知ってましたが、まさかあんなことまで出来るなんて思わなかったです」
まあ転生したからには、出来なかったことを色々やりたくなってしまうもので。バク転、バク宙はそういった様々なことの内の一つだ。
こういうのは幼い頃に修めておくと身体が大きくなっても使えるから積極的に練習を重ねた。
「思わぬ一位で少しは余裕が出来たね、金汰のお題もできるのだったら嬉しいけど」
「あの人も走り方が生き物に例えにくい方ですね……なんだろう、かんぴょう? お題は……『男子二人』。あのお兄様、いきなり抱えるのはかまいませんがこれは所謂『ファイヤーウーマンズキャリー』というやつで先程のような王子様抱っこ速い! 速い! これ怖いですこの視点!」
二人を抱えてのゴールが放送席に先程より弄られたのは言うまでもない。
最後のはファイヤーマンズキャリーで検索。
たまには終始男子とのイチャイチャ、姫王子なので。