アリマ様がクラスメイトを見てる
世間はゴールデンウィークも過ぎてしばらく。
進級や休暇の熱で浮かれていた生徒達も落ち着きを取り戻し、日常に暇してきたというゆるやかな場面。
登校してきた俺の眼に映るのはそんなありふれたもののはず、なのだが。
「おはようございます、お兄様」
「お待ちしておりました、お兄様」
「──おはよう
教室で俺を待っていたのは二人の美少年による微笑みと礼を伴った見事な挨拶だった。
そんな二人がこちらを『お兄様』と慕ってくる。
一応説明しておくが、彼らはクラスメイト、同い年。
しかし彼らはそんなこと関係ないと、初対面である高校入学当時からこんな具合である。
この通り年齢構わずお兄様呼びされるのはもう慣れたもんだが、転生してから普通──というべきかベタな友人関係というものはどうにも得られないのは少々寂しい気もする。
いや、別に問題と言うほどではないのだ。
問題なのは。
「毎日毎日うらやましい……あの二人にあんな笑顔向けられて」
「流石『姫王子』だよね」
「見せつけられるこっちの身にもなれよ」
クラスの女子達からいつも通り飛んでくる恨み。
致し方のないことだと思う、このクラスに在籍する男子は俺を含めてなんとたったの四人。女子は二十四人はいるのに、だ。
ちなみに残る一人の男子は不登校であり、まあ、俺がクラスの男子を独占している状態になっている。
特にウチのクラスはただでさえ一年時に男子生徒が減っているのだ。本来はさらに二人いたが結婚を機に辞めてしまっている。
そう、結婚。この世界では法律上性別問わず十六歳から結婚が可能なのだ。とはいえ高校生が結婚するのはよくあることではない、それなりに珍しいことではある。
その珍しい結婚に俺は一部携わっており、つまり希少な男子を学校から逃した──なんて言われる。
一年間そんな風に男子と仲良く男子の問題を解決し男子を周りにつれた俺は『姫王子』。
二年になれば状況が変わるかもしれないと軽く考えていたが、どうにもそんな気配はない。
仕方ない、この世界の男子は少ない分結束が固い。つまり相談に乗っていたある種の恩人である俺の立場を崩したり切り捨てたり──物騒になってしまった、雑にいえば飽きたりするようなことはない。
そして女子は多い分、少しの悪感情でも塵も積もればで増大しやすい。ましてや学校生活というのは元々そういうのが生まれやすい場所だ、俺は分かりやすい敵になってしまった。
しかし、俺はハッキリ言ってモテたい。
小学校や中学校は男子校だったという理由も大きいが、そもそも恋する気などなかった。
どこかに出かけたり習い事したりあるいはお兄様ネットワークを通じて親族知り合いを紹介してもらうとかの方法はあったが避けた。
だってまあ精神はいい大人だしね、みたいな達観。
だが高校生になって、知り合いの結婚や間近で恋に焦がれて悪戦苦闘する同級生たちを見て思うのだ。
俺は恋の情緒においてはさほど成長していない高校生のままだと。
あー! 放課後クラスのみんなに内緒で寄り道したり、制服デートしたり、両親のいない家に遊びに行ってドキドキする気持ち押さえつけてー!
全部男子とはやったけどな! 楽しかったわ!
というかそういうのに飢えすぎて前世なら高校生でも思わないようなベタな欲求になってないか?
このままではいけない。
先ほどから考え込むようにしている俺を見て心配そうな表情──ではないな、見蕩れている金汰と白金と話すのは楽しい。
楽しいが、二年生も同じように過ごしたらもう受験だ。青春している暇なんて無くなる。
今日から変えよう、俺は女子と仲良くなる。
「ちょっと喜久川!」
覚悟を決めた俺に声をかけてきたのは珍しいことに女子。
金のサイドテールを揺らせているギャル──この世界だとギャルは何に当てはまるのだろう『不良』や『陽キャ』とか『高校デビュー』とか?
ともかく彼女の名前は
女子と仲良くなってないとはいえ、一年間同じクラスだったため名前や人となりはある程度分かる。
白銀が大声ではしたない話をしているとよくボヤいていた──猥談だ。貞操逆転世界において女子の猥談とは男の上半身や下半身の話になる、ほぼ元の世界の男子高校生のバカ話と相違がないのには感動を覚えたりもする。
「おはよう、桜花さん。どうしたの?」
そんな猥談女子が俺に話しかけたため金汰と白銀が何か行動を起こしそうになったのを感じ、挨拶で制する。
せっかく女子から話しかけてもらっても周りの男子に防がれることが結構あったりする。特に香と一緒の時とか。
「え、あの名前……」
「ああ、ゴメンね。名前呼びは嫌だった?」
何せ名字で呼ぶと誰が呼ばれたか分からないくらいの人数が付き従ってる時もあったのだ。高校生になってからは流石に無いが。
名前呼びが染み付いてしまっているらしい。
「そうじゃなくて、た……タイム!」
そう言うと桜花さんは俺達のいる窓際から反対、教卓側の入り口近くにいる女子達の方へ。ちらちらとこちらを見ながら話している。
「……なんだろうね?」
「さあ、女子の考えることなんて分かりません」
「ええ」
ニュアンスは違うだろうけど同意だ。
さて、桜花さんは何やら気合いをいれた様子で戻ってきた。
「喜久川!」
「うん、桜花さん」
何やら話があるのだろう、じっと顔を見る。
くっ、と桜花さんは顔を逸らしてしまう。
耳まで真っ赤だ。
「こらー! 名前呼ばれただけで負けるなー!」
「女として恥ずかしいぞー!」
「うっさいなあ!」
友人達のヤジにリンゴのようになってしまった桜花さんを見て納得する。
俺も昔は女子から名前呼びされただけで浮かれてたなあ。
「卑怯な手──いや綺麗な顔を使ってきてずるいわ!」
「そう言われても……クラスメイトなんだから慣れてよ。これでも一年間一緒だったんだから」
「そう、それよ! その一年間が問題なの! 喜久川が男子一人占めするから私たち女子は慣れないのよ! 共学なのに! しかもウチのクラスだけ男子少なくなってるし!」
うおおおん、と顔を覆って泣き真似……いや本当にちょっと泣いてる桜花にあわせて女子達はウンウンとうなずく。
「あいつらと二年生も同じように過ごしたらもう受験よ!? 青春している暇なんて無くなるの! 今日から変えるのよ! だから喜久川は三条さんと四谷さんを解放して!」
どこかで見たような思考回路だ。
しかし解放と言われても……と話題に上がった二人を見る。
「うーん、困りましたね……」
「お断りします」
「うわぁあああん! だから話しかけるの嫌だったのに!」
まあ、二人は好きで俺と友人付き合いをしているわけで。横から言われたところでそう簡単には……と、名案を思い付く。
「じゃあ俺で慣れればいいよ」
「え」
桜花さんの漏れでた声で教室が静かになる。
女子達どころか金汰と白銀も目を丸くして見つめている。
俺は女子と仲良くしたいし、桜花さんは男子と慣れたい。
まあ桜花さんとしては本命の金汰や白銀と仲良く出来ないのは不満だろうが、本人にやる気がないことを強要はできない。
俺が仲良くする姿を見れば二人の気持ちも変わるかもしれないし。
「今日からよろしくね、桜花さん」
すっと右手を差し出す。
「えと、あの」
しかし目の敵にしている相手に迷っているのだろうか中途半端に手を宙にさ迷わせている。
もうすぐホームルームも始まるしここは強引に手を取って。
「これから仲良くしていこう、楽しみだよ」
「は……はい」
手を離すと桜花さんはブリキの玩具のようなややぎこちない動きで席に戻っていった。
「あの……お兄様、僕たちを守ってくださるのはありがたいですが無茶をするのは……」
「いや、女子達と仲良くしたいのは本当だよ? クラスメイトなんだから親睦を深めていかないと」
「しかしあのような握手など!」
「ダメだったか……強引だったよね?」
「そうではなく、お兄様はご自身の価値を分かってないのです!」
二人のお小言を聞きながら、そういえば転生してから異性と握手するの初めてかも。と、今更ながら俺は少し照れた。
ヒロインが出ましたがキャラクターはまだ男子のが多い。