アリマ様が見てる   作:魔女太郎

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アリマ様が登校風景を見てる

最寄り駅で降りた俺は本日も押し潰されていた香を横で労いつつ出口へ向かう。

 

「おはようございます、お兄様」

「まあ、朝からお兄様と会えるなんて」

「お兄様」「お兄様」「お兄様」

 

次々と、という表現よりぞろぞろと、の方が正しく。

学年を問わず周りに男子生徒達が集う。

無論、彼らは俺のような不良生徒とは違い規律正しい模範的な生徒なので周囲に迷惑にならないようにしているのだが──男子生徒の集団というのはここの世界では中々珍しく、毎度人目を引いてしまう。

俺自身はもう慣れたもの──というか部活仲間と登校している感覚に近い、もちろん規模はいささか大きいが。

みんなでワイワイと話しながら学校までのわずかな道のりを下らない話で楽しむのが『いつもの』なのだ。

 

中でも俺が話すのは香が多い──というより香がみんなの代表として話しかけることが多い、というべきか。

 

「そういえばお兄様は昨日学食を利用したのですよね?」

「ああ、結局金汰と白銀も合流することになってね」

「僕もご一緒して四人で食べたかったです」

「それじゃあ今日は一緒に……って香にはお弁当があるか」

「ええ、なのでまたの機会に。それにしても珍しいですね、今日も学食を?」

「多分そうだね。桜花さんの気分にもよるけど」

 

瞬間、騒がしかった周囲の声が途切れる。

横を歩いていた香の姿も見えなくなったので驚いて振り返ると。

 

「まさかお兄様から女子の名前が出るなんて……」

「ではあの噂は本当ということですか?」

「三条先輩や四谷先輩の元気が無かったのもそこに理由が?」

 

後ろの集団は俺以上に驚いていたようだ。

 

「あの、お兄様……『桜花さん』というのは」

 

冷や汗をかきながら恐る恐るという様子で香が聞いてくる、流石というべきか笑顔は絶やしていないが。

確かに知らない人間が話にでてきたら驚くだろう、特に香は交遊関係が広いわけで。

 

「ああ、クラスメイトだよ。昨日から仲良くなったんだ……いや、仲良くなる予定というべきかな」

 

何せ一日目である、まだまだ親交を深めたとは言いきれない。

 

「ということは女子ですよね!?」

「うん」

「なんでですか!」

「いや、行きたいなって思って」

「学食なら僕が行きます!」

「だから一緒に行こうって」

「そうじゃありません!お兄様が優しい方というのは存じておりますが……女子と食事なんて……危険です!」

「どう危険なのさ」

「……恋をされてしまいます!」

「いいじゃん」

「よくありません!恋は人を盲目で獰猛な獣にするんですよ!」

 

俺がよく知るものとは違いこちらの世界の恋はデバフとバフが両方かかるらしい。

顔を真っ赤にした香の必死なアピールはレッサーパンダの威嚇じみて思わず笑みを溢す。

 

「笑い事じゃないんですよ!」

「大袈裟だな香は、一度一緒にご飯を食べたくらいで恋が始まったら世の中はラブロマンスに溢れているよ」

「ロマンスの塊みたいなお兄様と一緒の食事ならありえます」

 

顔の造形に関しては周りの反応で多少の自覚はあるものの、中身は変わらず俺である。とてもじゃないがロマンスなんて似合わない。

一年生からすると先輩は大人に見えるというやつで、慕ってくれている香の贔屓目だろう。

そもそも簡単に恋が始まるならば、青春したいと嘆いてはいないのだ。

今はその手前、まず開ききった女子との距離を少しでも縮める最中である。

 

俺がピンと来ていないのを察したのか、香は少々落ち着きを取り戻す。

 

「──ともかく、お兄様は少々目立つ方なのです」

「それは、まあ」

 

何せ姫王子と言われるくらいなのだ。

 

「お兄様と一緒にいればそれだけ相手の方──桜花さんも目立つでしょう、周囲の視線や熱に慣れておらず浮かされるというのはありえないとは言いきれないでしょう」

「なるほど、確かに──それは互いのためにならないね」

 

香から相手のことも考えろと言われて反省する。みんなが慕ってくれている先輩として考えが至らず情けない限りだ。

 

「ありがとう、香のおかげで考え直せたよ」

「いえ、お兄様が色々教えて下さったから今の僕があるんです。礼を言う必要は……」

「つまり人目につかないように二人っきりで食べればいいわけだ。ちょうどこの前よさそうな店をまた見つけてね、昼は誘い出して行ってみようかな」

「お兄様、勘違いしてました。人の目があることで人間は冷静に物事を考えることができるのです。つまり知り合いだらけの学食で食べるべきです、ええ」

「そ、そっか珍しいね香が勘違いなんて。まあ、それなら今日も学食に誘ってみることにするよ」

「うう……よりにもよってお兄様が誘う側なんて……」

 

もしや男の側から食事に誘うのははしたない行為だったりするのだろうか。

まあ学生同士だし、そう気にするべきではない。学食だし。

それに俺は姫王子なわけで、多少変なのは今さらというやつだ。

 

「何かあったらすぐ知らせてください」

 

ふんす、と気合いをいれる香。どうも男女の仲に過敏というか。後輩なのに大人びた点が多い子だが、そういう所は高校生らしいと言えるかも。

 

「もちろん進展したらまたみんなに話すよ」

「現・状・維・持で、お願いします」

 

なんて、決意が新たになったりならなかったりな朝だったわけだが。

皆と別れ教室へ向かった俺を出迎えたのは。

 

「桜花さんが休み?」




祝、日刊一位。
応援ありがとうございます。

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