「は、はい……」
「そっかぁ、風邪?」
「多分……熱出たって言ってましたし」
「大丈夫かなあ」
入り口近くの女子達が話しているのを耳にしてしまい思わず聞いたところ、やや警戒されながらも答えてくれた。
しかし話しかけただけでざわざわと教室は騒がしくなる上、やはり対応にも壁を感じるというか──クラスメイトなので気軽に話したいところだが仕方ない。桜花さんと仲良くなれれば、少しは変わるだろうか。
まあ、そんな俺自身のことより桜花さんである。
季節外れの風邪は長引きやすいと聞く、悪化しなければいいのだが。
お見舞い──慕ってくれる男子達が体調を崩したりした時は好物やら含めて物資を持っていったりしている。気を使わせてしまうので届けるだけに限るが。
しかし、ここで問題が発生する。
そもそも俺は桜花さんの好きなものや苦手ものを知らない。
仲良くなる前なのだから仕方がないが、ただでさえ風邪で弱っているときにいらないものを押し付けられても迷惑だろう。
しかしそれでいて何もしないというのは──いや、一つだけできることがあったか。
仲良くなりたいクラスメイトとして、これぐらいはやっておかないと。
──
「お兄様、お昼はどうしますか?」
昼休み、金汰と白銀が先程の授業を纏めていた俺に話しかけてきた。
そういえば桜花さんが休んでお昼のあれこれは宙に浮いた状態だった。朝に弁当会への不参加は香に伝えたから今さら顔を出すわけにも行かない。
「あ、もしかして二人とも今日も学食に来る予定だった?」
「ええ、あの女子を見張るために。お休みのようなのでそちらの必要はなくなりましたが」
「じゃあ学食で済ませようか。あ、新しく発見したお店に行ってもいいけど」
「お兄様は少し自由すぎです……怒られないですか?」
案外学校近くの店は推奨こそないが、黙認はされているものである。無論、騒がしくしなかったり等のマナーを守っている内に限るが。
「短い学校生活だからこそ、少しくらい非日常を楽しんでみたいんだよ」
「お兄様は非日常が毎日じゃないですか……」
「そう?」
「白銀の言うとおりだと思いますよ。昨日もいきなり女子と仲良くしたいなんて、驚きました」
「クラスメイトなのにずっと喋らないってのも寂しいからさ」
さて、本日の学食はわかめうどんを頼み、手早く食事を済ませる。少々やることが残っているのだ。
先に片付け、テーブルの上にルーズリーフと筆記用具を広げる。
「テスト勉強ですか?」
「珍しいですね、まだ範囲もでてないですし。僕たちも持ってきます」
「いや、テスト勉強じゃないよ。落ち着いて味わって」
金汰が急いで食べようとするのを止める。
俺は勉強面で転生したとは思えない程不安だった中学時代を過ごし、高校は懲りてレベルを下げてからも余裕綽々ということにはなっていない。無論いくばくかのアドバンテージはあるが、テストを乗り越えている大きな要因は引き続き人海戦術である。
テスト前は勉強会と称して男子が集まるのがお約束になっている。金汰は俺が昼休みにせかせかと授業内容を纏めているのをそれと勘違いしたのだ。
「では何を? お兄様にとって分かりにくい内容ではなかったと思いますが……」
「桜花さん用のだよ、休んでいる間に進んだ所が分からないと困るでしょ?」
俺がテスト対策で勉強会をしているのは前述の通りで──つまり他人のノートのありがたさを知っているということである。
好き嫌いが分からずともこれなら受け取って貰えるだろう。なにせ、学生であるなら俺みたいに勉強が嫌いや苦手でも、不必要にはならないのだから。
「……見せて貰ってもいいですか?」
「う、秀才の白銀に見られるのは少し恥ずかしいな……よければ意見を聞かせてくれないか?」
自分用ならともかく、他人のためにデータを纏めるというのは転生前にやったからある程度はできているとは思う。だが、授業を纏めるのは初めてなので何か不備があったらいけない。
「……あの、授業の内容自体は分かりやすく纏められていると思います。けれど、この所々のアドバイスという部分が、その……例えばこの世界史のでは『ここは先生が好きって言ってたからテストに出ると思うよ! 熱意がすごくて思わず俺も含めてみんな笑っちゃった』というのは」
「勉強としての内容と授業の雰囲気は別で伝えた方がいいかなって、桜花さんがどっちを重視してるか分からないし。そういうのが分かった方が復帰した時に置いていかれないし」
「それにしてもその、お兄様の情報が入りすぎです! まるで手紙や交換日記ではないですか!」
「違うと思うけどなあ」
「こことか『バイクで旅するのって憧れるなあ、桜花さんは旅するのはどこにしたい?』なんてもうアドバイスでも何でもないじゃないですか!」
「それは若い頃の一人旅の話始めた
「しかも手書きでこんなことしたら──恋されますよ!?」
「それ流行ってるの?」
まあ改善点が幾らかあるのは分かったが、今回はこのままにしよう。何せもう。四授業分を書ききってしまったわけだし。
──
さて、放課後になって重要な問題に気づく。
「そもそも桜花さんの家を知らなかった」
当たり前だが家に招いたり招かれたりの関係ではないのである。
別に休み明けに渡してもいいのだが、授業のまとめである以上なるべく早く渡せた方がいいだろう。
いつも桜花さんが話しているグループの人ならお見舞いに行ったりするだろうか。というか、ノートのコピーとかそっちに頼んでいる可能性もある。よくよく考えずお節介なことをやってしまったかもしれないと、内心落ち込みながら話しかける。
「聞きたいことがあるんだけど。今日、桜花さんのお見舞いに行ったりする?」
いなかった上で、授業についてはやはり休み明けにノートを見せようとしていたみたいだ。
これは完全に失敗したな。
致し方ない、授業へと安田先生への理解を深めた一日だったとしよう。
朝と比べて比較的マシな電車に揺られながら反省する。
最寄り駅で降り、香とも別れ一人になると酷使された脳から糖分の補給を要請される。
コンビニで甘いものでも買って帰るかと寄ってみると。
「ごめんなさい……お金足りなかったです」
「あー、では何かキャンセルしますか?」
「はい……ごめんなさい。でも、ええと、どうしよう……お姉ちゃんこれ好きだし」
何やらレジで困っている中学生くらいの女の子が目に入る。話している内容からしてお使いか何かだろうか。
想定外なことが起きたのと後ろにも何人か並んでいるのが原因だろう、可哀想なくらい焦っている。
俺も覚えがあるがああいう時ってパニックになっちゃうんだよなあ。
だから思わず。
「いくら足りないんですか?」
「え」
──
「ありがとうございます! おかげでお姉ちゃんの欲しがってたもの全部買えました!」
そう言いつつ、男性グラビア雑誌を抱きつつ中学生──
「気にしないで、それじゃあ」
足りないのも本当に数十円で舞流ちゃんが計算間違いをしたのはおそらく『特大号』と書いてある胸に抱かれた雑誌のせいなのだろう。あまり気にしないでもいいのだが。
「そういうわけにはいきません! お手数かけますが家まで来てください、そこでお金を返します。お母さんがそういうのに厳しい人なので」
「いいお母さんだね、でも知らない人を家まで連れていくのは危ないよ?」
「大丈夫です、その制服はお姉ちゃんと同じ学校なので。それで男の人ならお姉ちゃんが知らないわけありません」
「そういうことではないのだけれど」
しかし、お金の貸し借りというものはデリケートなものだ。雑誌以外にも随分と買い込んだ彼女にこのまま重い袋を持たせるというのも気が咎めるので荷物を持ち、着いていくことにする。
「お兄さんは優しい人ですね、さぞモテることでしょう。もしかしたらうちのお姉ちゃんが告白して玉砕しているかもしれません」
「いやモテたりは……玉砕前提なんだ」
「ええ、バカなので。熱を出しているのにこんなのを妹に頼む程度にバカです」
どうやらその買い出しの異常性は認識しているようで俺は貞操逆転世界と言えど常識は変わらないんだろうと──熱?
「もしかして、舞流ちゃんのお姉さんの名前って──皐月 桜花?」
「はい。もしかして本当に告白されたことがありますか? うちのお姉ちゃんがとんだ失礼を……」
桜花さんとは真反対の落ち着いた様子の中学生は、その長い黒髪を下ろしながら先程より深くお辞儀をした。
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