「ではお兄さんはお姉ちゃんのクラスメイトなんですか」
「うん、今日はお休みだって言うから心配したよ」
「まさかお姉ちゃんが男性に心配されることがあるなんて……頭の心配はよくされますが。見ず知らずの私を助けてくれたり、お兄さんは優しい人です」
「人より少しお節介なだけだよ」
「なんだか大人ですね、うちのお姉ちゃんも同じクラスメイトなら見習って貰いたい……」
事実大人なだけだから妙に恥ずかしい気分になる。
「舞流ちゃんは中学生?」
「はい、一年生になりました。環境も今までとは変わり電車の料金も一般、これで少しは大人に近づけたと思っていたんですが……買い出しですら失敗するんですから、まだまだ子供ですね私も」
「いやあ十分だと思うけどなあ……」
「そ、そうですかね」
「うん」
「クラスの中では身長が小さいから、からかわれることが多くて」
思い出しているのだろう、少し落ち込んだ様子で言葉を紡ぐ。
思春期は多感な時期だ、人の目や意見が気になるのは仕方のないこと。
「舞流ちゃんが俺を大人だって思ったのって見た目なの?」
「いえ! 私を助けてくれたからです!」
「なら、大事なのは在り方だよ。自分で考えて反省できるのも立派な在り方じゃない?」
少し話していれば分かるが舞流ちゃんは転生している俺よりよっぽど落ち着いているのだ。
気にせずそのらしさを貫けばいいと思う。
と、なんだかまたお節介をしてしまったような気がする。どうも相談を受けることが多いからかちょっとした話のなかでもついつい解決したがりというか。
「……お兄さん、本当にモテモテじゃないんですか?」
「え? 女子から話し掛けられることも無いくらいだよ」
「高校生って不思議です……それもきっと大人ってことなんですね」
まだ見ぬ高校生活に思いを馳せる舞流ちゃん。まあ中学生の時の高校生って本当に大人って感じがしたからなあ。いざなってみるとあまり変わらないのだから不思議だ。
しばらく舞流ちゃんの中学校での話をして、話題は桜花さんの体調のことに移った。
「お姉ちゃんなら別に元気ですよ、多分普段使ってない頭を酷使したからオーバーヒートしたんだと思います」
「テスト勉強か何かかな、熱心なんだね」
「いやあそういうのじゃ無かったですけど……」
さて、目的地──マンション、部屋の前まで荷物を運んでそこで待っていようとすると舞流ちゃんが反対する。
「上がっていってください」
「いや、ここで待たせて貰うよ」
「そんな、男性を外で放っておくなんて女子として出来ません!」
と、押しきられてしまいリビングのテーブルで待たせてもらう。
おそらく自室に行った舞流ちゃんを待っていると、扉が閉まりきってなかったのか中の声が聞こえてきてしまう。
「お姉ちゃん買い出し行ったお金貰うね」
「うん、ありがと……あ、買ってきたのものは?」
「え、リビングに置いてあるけど」
「じゃあ取ってくる……私には今すぐあれが必要なんだ、欲には欲をぶつけて対消滅させないと」
「待ってお姉ちゃん! 今お客さんが──」
ガチャリ、と音がする。
リビングからちょうど見える位置で座っていた俺は目に飛び込んできたはずだ。
「……どうも、お邪魔してます」
「……」
しばらく目を瞬かせた後、パジャマ姿の桜花さんは引っ込んだ。
「──────!!!!!」
今度はきちんと扉を閉めたのか、叫び声ということ以外は分からなかった。
──
「ごめんなさい迷惑ばかりおかけして……」
「いや、どう考えても俺が悪いから」
弱っている姿を同年代に見られるのは嫌だろう、ましてや目の敵にしているやつで、それでもって異性である。
玄関で謝る舞流ちゃんを宥めて、俺はついでにお願いをする。
「桜花さんが落ち着いたら、これを渡して貰えるかな」
ルーズリーフを入れたクリアファイルを舞流ちゃんに手渡す。
「これは……授業の内容ですか?」
「うん、今日分のね。作った後で他の子に聞いたら写させてもらう予定だったみたいだから、いらなかったら捨てるなりして」
「お姉ちゃんのためにこれを?」
「うん、少しでも喜んでもらえたらなと──失敗しちゃったけどね」
心労をかけてしまった。体調が悪化しなければいいのだけれど。
──
舞流ちゃんに見送られ。
今日は一日中空回りだったと大人びた中学生に倣い、夕焼けに照らされた道を反省しながら歩いていると。
「……待って」
声をかけられ振り向くと、布団を被り蠢く謎の物体がいた。
「……えっと」
「……桜花」
どうやら布団の中身は桜花さんらしい。
喋りながらごそごそと身体を捩らせる布団。夢に出てきそうだ。
「どうしたの?」
見れば下からは先ほどのパジャマの裾が見えており、急いで来たことが分かる。
だから、何か用事があると思ったのだが。
少し布団の封印が解け、赤い顔が覗く。
クラスで見たような元気がない桜花さんは、やはり具合が悪いのだろう。偶然が重なったとは言え押し掛けてしまい申し訳なくなる。
「どういうつもり?」
先程舞流ちゃんに渡したクリアファイルを手にして、桜花さんから出たのはそんな言葉だった。
「別に……他にも女子はいるじゃん。急に近づいて、こんな優しくしてきて。からかってるんでしょ」
その言葉には、どこか諦めというか、悲しみが見えた。
家まで来たのは偶然だったのだが。確かに桜花さんからしたら休んだ自分をからかいに来たと思われても仕方ない。
なにせ俺は姫王子、女子の敵である。
それが一日喋っただけで心配だからと授業の内容を取って届けに来ました。しかもなぜだか妹と仲良くして。
疑われて当然だ。
でも、勘違いされたままじゃ敵わない。
俺は桜花さんと向き合う。
「違うよ、からかってなんかいない」
「なら、なんで私なんかに優しくするの」
「話し掛けてくれたから」
「たまたま最初に話し掛けただけで? じゃあ誰でも……」
そこが違う。
俺のことはともかく、桜花さん自身を勘違いされたままじゃ困る。
「話し掛けただけ? とんでもない、誰も話し掛けてこなかった俺に──初めて話し掛けてくれたんだ。クラスメイトと話したいのに、そんな勇気が無かった俺と違って、勇気を持って」
そう、皐月 桜花は思えど行動できなかった俺とは違う。
彼女が話し掛けてくれて、手を引いてくれたおかげで俺は青春したいと、一歩踏み出せたのだ。
大事なのは在り方──俺はその時に皐月 桜花の在り方を見た。
現に今だってこうして、桜花さんは真正面から敵である俺に、戦いにきている。
だから。
「桜花さんは、俺に無いものを持っている──憧れで、だから優しくしたくて、力になりたいんだ」
俺はお姫様で王子様だけど、勇者にはなれなかったから。
「だからこんな俺でよければ、改めて仲良くしてください」
手を伸ばして握手を求める。
やはり俺に勇気はない、さらけ出すことのなんて恥ずかしいことなんだろう。
夕焼けがありがたい、きっと真っ赤なこの顔を見られずに済む。
手に熱が伝わる。
顔を上げれば、桜花さんがこちらを見ている。
「勘違いしてごめんなさい──こちらこそ、よろしく」
その顔は、俺と同じくらい真っ赤だった。