鏡に映る自分はいつも虚像だった。
髪も服装も表情も全部ハリボテ。
かっこ悪くて、頼りにならない、遊びたくない自分。
それが私。
でも最近は、少しだけ好きになってきた。
朝、洗面所では戦いが行われていた。
毛先を弄るとか、メイクがどうだとか、そういう雑誌や記事のことを右から左まで試してみる。
書いてある通りにしているはずなのに、どうも頭の中で思い描いていた理想とは程遠い完成図に首をかしげてはいつも通りにする。
ああでもないこうでもないと奮闘していると妹からの容赦ない小言が飛んでくる。
「今さら少しくらい時間かけたところでお姉ちゃんがレベルアップ出来るわけないでしょ、経験値足りないんだから。どいて」
姉の創意工夫をなんと心得るのか。
しかし自分でも付け焼き刃だと思っているので渋々譲る。喧嘩して遅刻するわけにはいかない。
「あんたも最近時間長くない?」
私のようにチャレンジではなく、チェックにより時間をかけているというべきか。
「私は大人だから」
何を生意気なことを言ってるのだ。とはいえ、そんなことをする理由は分かる。つつけばこちらにも蛇が飛んでくるだろうから指摘しないが。
家を出てしばらく歩けば最寄りのコンビニ。そういえば今日は購読している雑誌の発売日だなんて思い出すも立ち読みしている時間は無いなと諦める。
入り口近くに目的の人物がいるから。
黙って立っているだけで絵になる彼は、文字通り芸術品の如くいつまでも見続けられる。
しかし、彼は飾られてばかりではなく、こちらに気づいて笑顔で声をかけてくる。
「おはよう、桜花さん舞流ちゃん」
「おはようございます!」
まったく何が大人だ、姿を見て駆け出すなんて。と言いつつ私も本当は駆け出したい。
逸る気持ちを抑えてゆっくり歩くのは、少しでもこの胸の熱を冷ましたいから。
「おはよう、喜久川」
好きな人に会うたびに、顔を真っ赤にしてちゃしまらない。
──
三人で連れだって歩く。
舞流は喜久川の前ではニコニコとイイ子──いや私と比べれば別にいつもイイ子か、ともかく私の前で見せる仏頂面というものはなく楽しんでいる。
そんな光景を何度も見ると気付くことがある。
喜久川は中学生だろうと、どころか男女関係なく同じような態度を取るのだ。
それが妹にとっては対等な、大人扱いになる。おかげで端から見てもメロメロだ。
きっとあの食堂のときのアレもそういう具合でやったのだろう。無意識に唇に触れている自分もきっと端から見ればメロメロに違いない。
まったく姉妹揃ってチョロい。
いや、喜久川が罪作りなのだ。
しばらくすると舞流が私にはしたことないくらい綺麗なお辞儀をしている。中学生とは通学路の関係上途中でお別れだ。
笑顔は崩していないようだが姉には分かる、その裏に隠された悔しそうな顔が。
私の視線の意図に気付いたのだろう、一瞬こちらを鋭く睨んでから──いや幾度か振り返りながら名残惜しそうに離れていく。
羨ましかったらさっさと高校生になることね。無論それまでにこちらは卒業しているが。
「お姉ちゃんと離れたくないんだね」
「そ、寂しがり屋なのあの子」
邪魔者を見送ったら、しばらくの間二人きりである。
後輩の男子──一本槍 香というらしい──と喜久川が駅で合流するまでの僅かな間が、私が今一番幸せな時間だ。
けれど特別なことをするわけじゃない。
変わらず、ただ歩きながら喋る。
それだけ。
「今日はお昼どうするの?」
「久しぶりに弁当会に顔を出そうかな、うどんも制覇したし」
「……モテモテだね、姫王子」
「そんな睨まないでよ」
きっと彼は勘違いしているだろうが、私が羨ましいのは周りの男子。
数日前まであれほど男子を求め、姫王子を羨んでいた私は変わってしまったのだ。
姫王子──喜久川 有馬と『友達』になって、こうして登校するようになってから、私は今如何にして目の前の存在を一人占めできるか頭を悩ませる日々を送っている。
どうしてそんなに人を惹き寄せるのかという文句自体は変わらないはずなのに、込めた思いは正反対になってしまった。
いっそ恥も外聞もなく、おもちゃを買ってもらえない子供のような我儘を言えば。なんて考えてしまう。きっと心優しい彼のことだ。もしかしたら聞いてくれるかもしれない。
けれど誰かが側にいるときの、この嬉しそうな顔を見ると強く言えなくなる。あの一本槍や、うちのクラスの四谷も同じような気持ちでこちらを睨み付けてくるのだろう。
男子の気持ちが初めて分かった。想像していたのと違って、嬉しくはないけれど。
ふりふりと、しなやかだけれど力強い指が、目の前を行き来する。
気付くと喜久川がこちらを心配そうに見ていた。
あれ以来、手や指にドキドキするようになってしまったのだ。突然近づけないで欲しい。
「大丈夫? 何か考え込んでたみたいだけれど」
「ま、まだ寝ぼけてるの! 朝だから」
本当に人のことをよく見てる人だ。
その人自身が気づけないことまで見えてしまうのだから。
あの日、彼に見られて。私は初めて自分を見れた。
好きじゃないから、ずっと目を背けていた自分を。
私はハリボテ。
かっこ悪くて、頼りにならない、遊びたくないけれど。
震える脚で、まっすぐ立っていた。
彼が言ってくれた、その僅かながらの勇気。
私が好きな人が認めてくれた、その部分から、私も好きになってみることにした。
「あのさ、喜久川」
「何? 桜花さん」
まだまだ、お姫様で王子様な彼の隣に並び立てるなんて思わない。
経験値もまだまだ少ないレベル1。
けれどもう、叶わないなんてそんな馬鹿なことを思うのはやめた。
「有馬って、呼んでいい?」
絶対にこの恋からは逃げ出さない。
「もちろん、いいよ」
私は彼が憧れた勇者なのだから。
──
さて、幸せな時間を楽しんで。
学校に着いたら、女同士の会話を楽しむ。
好きな人ができて勇者になったからと言って、まるきり全部変わるわけではないのだ。
「そういえば買った? 『特大号』」
「もちろん、熱があったから妹にお願いして──」
待て、待て待て待て待て待て。
そういえばあの時は急な有馬の来訪で汗だくのだらしない姿を見られたことや、その後の有馬との友達宣言や握手やらで考える暇が無かったけれど。
リビングに置いてあったあの『特大号』は裸のまま──袋に入ってないという意味で。いや露出は多いけれど──だった。当たり前だ、私は飲み物とかも頼んだし濡れてるものと一緒の袋に入れるわけがない。
ならば当然。
ちらり、と。それでも奇跡にすがるように私は有馬の方に視線を移す。
三条や四谷と会話している彼はこちらの声が聞こえていたのだろう。少し困ったような、申し訳ないような顔を見せてきた。
声に出されなくとも分かる。
間違いなく見られている。
アレを。
しかも具合が悪いからと妹に買いに行かせている一部始終含めて。
終わった。
「自分の具合が悪くても欲望を求める──あんた勇者ね!」
「勇者! 勇者!」
友人達の声に私は涙目になる。
「違う! 勇者はそんなのじゃないの!」
抵抗むなしく教室には勇者コールが巻き起こる。
「バカですね女子は……」
「げ、元気なのはいいことですよ」
四谷の呆れた顔や、三条の苦笑いよりも。
「仕方ないよ、思春期なんだし」
なぜか優しげな表情の有馬が一番辛かった。
私の馬鹿! やっぱり大嫌い!
まだまだアリマ様の物語は続きます。