セリメシ   作:蒸しぷりん

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社食と外食はイコールです

 

 

 働く大人に昼が来た。

 

 ここは新大陸。未知なるモンスターの跋扈する、ヒトにとってはまだまだ未開の過酷な地である。

 そんな場所で働く大人達を癒やすのは、温かく美味な食事。新大陸だろうがどこだろうが、等しく腹は減るのである。

 

 さあ、好奇心を頼りに未知へと足を踏み入れる、新大陸古龍調査団にも昼が来た。

 

 

 

***

 

 

 

 昨夜は酷く吹雪いていた空は、今は嘘のように穏やかになっていた。

 ちらちらと舞い落ちる幾つもの結晶が、朝の光を弾きながら地面へと溶けていく。

 

 ちょうど結晶の落ちた場所に、ザク、と心地良い音を立ててシャベルが刺さる。ややあって降り積もった新雪は掻き出され、道端へと退けられた。

 雪掻きをしていたアイルーは、シャベルを杖にふぅと一息吐く。だがシャベルは刺さることなくつるりと滑り、アイルー諸共に宙を舞った。

 

 とうに居住区の窓の多くは開き、挨拶をし合う声があちこちで聞かれた。雪や泥、硫黄の匂いに混じってパンやチーズ、ベーコンの焼ける匂いも漂ってくる。

 

 北にある兵器置き場も、余程のことが無ければ物見櫓としての役割を果たすのみだ。

 一見すると、まるでただの雪国の風景のよう。だが、異なるのは皆が同じ組織の仲間であるということ。

 そう、ここは調査の為に創られた拠点である。

 前線拠点セリエナ。冴えた月明かりが雪を照らす拠点を、老練の司令官はそう名付けた。

 

 人々の行き交う凍った板の上を、軽い足取りで駆けていく小柄な少女がひとり──否、少女のように見えるが、実はもうとうに成人している。

 彼女を見かけた同期たちは、にこやかに声を掛けた。

 

「おはようティティ。今日も元気だね」

「おはよう。良い朝だから嬉しくて!」

「分かってると思うけど、滑らないように気をつけるのよ」

 

 ティティと呼ばれた女性は、帽子を脱いで同僚たちにひらひらと振った。

 その帽子に輝くピンバッジに刻まれた紋章は、この調査団の一員であることを表すもの。五匹の竜と星が模られた楯は、組織の結成された根底となる物語を示していた。

 

 住宅街──街と呼べるほど建物は無いが──を少し歩くと、上役の住まいであると一目でわかる、立派な建物が並ぶ。それらの横を通って居住区を抜けると、開けた空間に出る。

 

 ティティは手に白い息を吐きかけながら、帽子をかぶり直した。紅茶色の揉み上げがぴょこりと跳ねる。

 地熱や温泉、蒸気の熱があっても、寒いものは寒いのだ。寒さは慣れるのではなく、それを当たり前と思えるかどうかだと誰かも言っていた。

 

 屋根に雪化粧を施された建物は、中央の食堂を取り囲むように点々と並んでいる。それは寒い拠点のどこからも温かい食事にありつけるようにという心遣いが表れていた。

 奥には煙突の聳え立つ集会所や工房があり、もくもくと煙や動力源である蒸気が空へと上っていく。

 ティティはそれらの建物のうち、赤い団旗の掲げられた三角屋根の下へと入っていった。

 

 

 

「セリエナの人たちの食事事情、ですか」

「そうなーの。食堂は任せてもらってるけど、全員分を作ってあげられている訳じゃないから、オバーチャン心配で。特にお昼ごはんね」

 

 困った様子で頬に肉球のある手を添えるのは、ふくよかな背格好のおばあちゃんアイルー。

 ほんわかとしているが、よく使い込まれた前掛けから熟練の料理アイルーだということは察せられるだろう。

 そう、彼女こそが前線拠点セリエナを支える料理長その人である。

 

 だが料理長の前に大きなテーブルが横たわっているのは、何も食事のためではない。

 この建物はセリエナの司令エリアに当たり、組織全体にかかわる会議は大抵ここで行われていた。

 今もテーブルを囲んで、ミーティングの真っ最中というわけだ。

 

「それでね、ちょっと取材を頼まれてほしいの。全員への取材が難しかったら、班のリーダーに頼んでざーっくりと教えてもらうのでもいいわ」

 

 現在セリエナに定住して調査を行っているのは、主に四期団と五期団の二百名程度。とてもではないが、全数調査は無理があった。

 それならば、条件の似ている人達の一部からデータを検出すれば良いだろう。大きな鍋からスプーンで掬った一杯を味見するかのように。

 

 だがティティは首を傾げた。

 

「でも、どうして私なんです? もっと適任がいるんじゃ……ほら、青い星のバディさんとか」

 

 青い星のバディこと受付嬢は、若くして優秀な成績を収める編纂者である。

 彼女の食に対する飽くなき探究心は、調査団を創り上げた一期団の人々からも注目されていた。

 

「や、これは最終的に記事にして周知させたいんだよね。アンケートだとみんな面倒臭がって答えてくれないし。やっぱりウチの部自慢のキミが適任だと思うぜ」

 

 カワイイオンナノコだとみんな気前よく答えてくれるしなぁ、なんて軽口を叩くのは物資班広報部の部長。詰まるところ、ティティの直属の上司である。

 

「セリエナで働く大人の飯調査だから、名付けてセリメシだな。ガッハッハ! まぁ、軽〜いノリでよろしく頼むよ」

 

 部長は自分が面白いことを言ったと思っているのだろうか。

 ティティは先ほどセクハラじみた発言をした彼に少しじとっとした目線を向けた後、縦に頷いた。

 

「……分かりました。それでは私テレーズ・プティが引き受けましょう!」

 

 

 

 大抵の場合、取材にはアポイントメントが必要だ。特に他所の職場に入って行うならば欠かせない。

 そしてアポイントメントを取るのにも、その班や部署の何人に取材を依頼するか、どれくらいの時間に収めるかなど、ある程度計画を立てなければならなかった。

 

「今回の情報収集内容なら、アポ無しの取材も含められるかな。取り敢えず休憩してる人にも聞いてみるとして……最初にメインで行くのはやっぱり調査班かなぁ」

 

 この拠点の人口のうち、多くを占めるのは調査班に属するハンターだ。新天地の開拓もとい生態系の調査を行うには欠かせない職種である。

 

「じゃあ、調査班リーダーさんに伝えればOKか。でもなぁ……」

 

 ティティは事務机に肘をついて顔を顰める。

 

 仕事中のハンターは狩場のどこに居るか把握するのは難しい。現場入りした後、信号弾で生存報告を兼ねて大まかな位置は知らせるようになってはいる。しかし翌朝には全然違うところにいる、なんていうこともザラであった。

 ティティには渡りの凍て地に丸腰で出る蛮勇は流石にない。……研究班には同伴のハンター無しで出かける猛者も多々いるが。

 

 従って、まず目処が立つのは、拠点内にいる調査班のハンターや編纂者だろう。

 しかし、出入り口に近い西キャンプまでならティティも立ち入ることができる。昼時になれば、ベースキャンプに戻ってくる者も多いと聞くではないか。

 

「……よし」

 

 ティティはペンと竜皮紙をポーチに入れた。

 

 

 

***

 

 

 

 社食。それは働く者達の心の癒し。

 

 新大陸においては社食と外食がほぼイコールであるが、それは職場でも一流の味を堪能できることを意味している。

 集会所で開かれる宴ごとに変わる季節限定定食も、調査員達のモチベーションの源となっていた。ティティも昼時などはよくお世話になっている。

 ちなみに、彼らの胃袋を満たしているのは、依頼元である料理長率いるキッチンアイルー達だ。

 

 美味い飯と酒、併設した温泉や蒸し風呂を求めて、多くのハンターはここ集会所「月華亭」に集う。

 情報を手っ取り早く集めるならばもってこいな場所だった。

 

「はぁ、ここまで来たなら足湯にでも浸かっていきたいなぁ」

 

 昨日のうちに各班の責任者には伝達済みだ。時間調整や資料作成は大変だったものの、なんとか一日で終わらせた。

 正直、先輩はもう少し手伝ってくれても良かったと思う。

 

 徹夜をしたわけではないが、雪に反射する日差しが目に眩しい。

 ティティはうーんと伸びをして、集会所の重い扉を開けた。

 

 すると室内の暖かい空気が身を包む──なんてことはなく、外とそう変わらない冷気がティティを迎える。

 月華亭の東西には壁がなく、全体が大きな吹き抜けのようになっていた。それは景観だけでなく、利便性も考慮されての造りだ。

 ポポミルクのバターや多肉ニンニクの焦げる香り、ワインの大樽からの酒精、そして汗や体臭に混じるのは仄かな硫黄の匂い。

 鼻を擽るそんな匂いの数々は、風に吹かれてすぐに消えてゆく。

 

「あら、何の取材?」

 

 声を掛けられ振り向くと、水色の暖かそうなコートに身を包んだ調査員が不思議そうに見ていた。

 ぱっと見ではティティとそう変わらない体格だが、背には巨大な剣。ハンターである。

 

 班や部署によっては、重要なものでなければ情報伝達が掲示板のみになることもある。というより、そちらの方が多数派だった。

 おそらく、この大剣使いはまだ掲示板を見ていなかったのだろう。

 取材目的を伝えると、彼女は快く引き受けてくれた。

 

「いいよ。あたし今から遅めの朝ごはんを食べるところだったんだ」

 

 ティティは大剣使いの隣に腰掛けた。傍に行くと、ふわりと石鹸の香りがする。

 

「今はお仕事帰りですか?」

「うん。いつもは昼間の任務がメインなんだけど、今日は夜勤だったから蒸し風呂楽しんで腹拵えをしてから帰ろうかなって」

 

 そう言いながら大剣使いは給仕アイルーの運んできた水を含む。

 ボーイッシュな印象を受けるが、どこか仕草に気品があった。よく見ると防具や大剣にも、元デザインの他に美しく装飾が施されている。

 

「やっぱり大型モンスターの狩猟が多いんです?」

「まあね、その為にスキルを考えたり装飾品を集めたりするのが趣味なんだ。

 でも草食モンスター狩りとか食用の植物なんかの食糧調達もやるよ。ポポとかガウシカとかが主だけど、狩り過ぎちゃってる時は兎とかも。数ならウルグがいいんだろうけど、臭みが強いんだよね」

 

 食糧の調達は、栽培も行っているが未だにフィールドに出て自然のものをいただくことが多い。まだ生態系バランスの調整に入るまでは発達していないが、取り過ぎは禁物である。

 そして調査団の食事面を支えるのもまたハンターの役目なのだ。

 

 ある程度話を聞くと、ティティは本題へと移った。

 

「そうだなぁ……朝はパンとかで軽く済ませてお昼は食堂、夜は飲みたいからそれに合わせてるかな。でも装飾品にお金かけたいから、食費はアルコール以外ちょっと抑えてる」

 

 ハンターに限らず、調査団には酒好きが多い。それぞれの勤務時間帯が異なるために、飲んでいる者が集会所から居なくなる時間帯は殆ど無かった。

 集会所で働く受付嬢はさぞかし大変なことだろう。

 

「自炊とかはあまりされない方ですか?」

「うーん、しようとは思うんだけどね。でもルームメイトとも毎回時間合わせるの大変だし、忙しいとつい買って済ませちゃう。野菜はなるべく摂るように意識してるよ」

「素晴らしい心掛けですね!」

 

 ティティは大剣使いの言葉を余すことなくメモしていく。言葉を引き出していくと、彼女は次から次へと話を聞かせてくれた。

 

 ややあって給仕アイルーは下の食堂に繋がる通路からお盆を持って、階段の手すりを滑り降りてくる。

 目の前に置かれたのは、名物の料理長特製ブラウンシチュー。ほこほこと湯気を立て、ごろごろとした根菜に、スプーンで切れるほどに柔らかく煮込まれたポポのタンはとんでもなく食欲をそそる。

 勿論見惚れているだけでなく、部長に借りたカメラでぱしゃりと撮るのも忘れない。これは元々は観察キットとして使われていたものを応用したらしい。

 

「夜食みたいなものだから、今日は定食にはしなかったんだ。でも温かいものをお腹に入れたくて」

「なるほどですね。あ、私のことはお気になさらず召し上がってください」

「あらそう? じゃあ遠慮なく」

 

 大剣使いは手袋とマフラーを外すと、息を吹きかけて美味そうに食べ始めた。

 

「やっぱりこの味だよね。このシチューを食べると、もっと頑張ろうって思えるよ。スキルを考えるのにも頭を使うしね」

 

 彼女は楽しそうに笑った。

 ティティは相槌を打ちながら、メモ用紙を埋めていく。それと反比例するように、大剣使いの皿はどんどん空になっていった。

 

 

 

 二番目の調査対象は、工房の手前のテーブルで談笑していた男女のペアハンターだ。

 

「あたし達、アステラ所属なの。そろそろ向こうに帰るから、その前にセリエナを楽しんでおこうと思って」

「あ、もしかしてこの前の防衛戦です?」

「そうよ」

 

 新大陸古龍調査団には二つ──研究基地を含めると厳密には三つだが──の拠点がある。

 そのうち歴史がある方はアステラと呼ばれる、古代樹の森の麓にある拠点だった。

 頻繁に行き来をしているのは五期団のエースである、青い星の異名を持つハンターくらいだ。

 そのため、セリエナが創設された時以来こちらへ来ていない、という人も多い。その逆もまた然りであった。

 

「スイーツはこっちの方が色々あるんですよね。わざわざ取り寄せるのも手間だし、だったら今のうちに好きなものを楽しんでおこうと思ったの」

「その気持ちわかります……私もこっちにいる理由の半分くらいそれ(甘いもの)です」

 

 ティティが拳を握って頷くと、女性はぱっと嬉しそうに笑った。大人っぽい人だと思っていたが、こういう顔はまるで少女のようだ。

 

「友達にもお土産をと思ってね。やっぱりこういうのって共有したいじゃないですか」

「いいですねぇ。その方もハンターさんです?」

「ええ。元々は彼女があたしのペアだったんだけど、怪我しちゃったからこの子と組んでるの」

 

 女性はぽんと男性の肩に手を置いた。

 男性はティティと同い年くらいだろうか。

 

「もー、ぼく成人してるんだけど。子ども扱いやめてよね」

「あら、子ども扱いしてるつもりはないんだけど。ごめんって」

 

 二人のやり取りが終わると、ティティは本題を切り出すことにした。

 

「ちなみに、ご一緒に暮らしているわけではないですよね。ごはんとかはお二人で召し上がることが多いんですか?」

「そうですね、一時的に組んだペアだから。でも組んでからはよく一緒に食べてるかしら」

「彼女、とっても料理上手なんですよ。キャンプで作ってくれた時、感動しちゃった!」

「いやね、そんな大層なもの作ってないわよ。あんまり期待しないでちょうだい」

 

 嗚呼素晴らしきコンビ愛。なんだか甘いものが混ざっているような気がするのは自分だけだろうか、とティティは思う。

 

向こう(アステラ)にいる時は大体自炊しているわ。全部外食だと、食費も馬鹿にならないし」

「自分一人の時は買ってました。作るときは素材の味を楽しみます」

「ものは言いようよね」

「ぼくって言い換え上手いでしょ」

「はいはい」

 

 ペア、一人暮らしだが一緒に食事を摂ること多い、女性が栄養バランス考慮。

 ティティはそれまでの会話の内容も含めて簡潔にメモを取る。

 データを集めるためには、その人の属性も重要になるのだ。

 

 ある程度聞き終えたところで、香ばしく甘い匂いと共にスキレットが二人の前に置かれた。

 黄金色の焼き目に、熱されてトロトロになった果物。おまけに全体には粉砂糖の雪がかかっている。

 そろそろ本格的に腹が減ってくる時分だ。ティティも思わず目を輝かせてしまう。

 

 目の前に美味しそうなものがあるのに食べられないなんて、なんと過酷な調査だろう。

 ティティは内心で部長に恨み言をぶつけつつ、二人に礼を言ってその場を離れた。

 

 

 

 それから集会所以外にも拠点にいるハンター達に取材をし、ティティは着々とデータを収集していった。

 チーズ好きでほぼ毎食チーズ天国を味わっている者、トウガラシを使った料理でよく腹痛を起こす者、朝食の時間に起きられず一日二食の者。

 個性豊かすぎるが、大体は好きなように食事を摂りつつもある程度栄養には気を付けているらしい。

 ハンターという職業は、身体が資本だからということもあるだろう。その一方で、肝臓が心配になる大酒飲みも多数いた。

 

「俺も人のことを言えたものじゃないかもしれないが、やっぱり皆の健康は心配だよ。いつまでも元気でいてほしいしな」

 

 そう語る調査班リーダーはというと、健康そのものといった食生活を送っていた。

 若いながらも司令官の務めを果たしているため、手本となる立場だからと本人なりに気を遣っているところもあるのかもしれない。

 

「俺も昔から飯だけはちゃんと食ってるから元気印なんだって、先生達によく言われてたよ。特にここは環境も厳しいし、食わないと身体が持たないだろ」

 

 凛々しい顔で告げられた彼の言い分は尤もである。

 だが思わず育ち盛りだった頃の指南役を想像してしまい、ティティは上がりかけた口角を無理やり固めた。

 

「一日や二日くらいじゃそう変わらないだろうが、フィールド調査に出ると食糧が偏りがちになる。

 肉類なんかはまだ補えるけど、薬草以外の食える植物に詳しい者はそう多いわけじゃないしな」

 

 調査班リーダーは腕を組んで唸る。

 

「持ち込みも量を考えると限度がありますし……実態を調査する必要がありそうです。ベースキャンプでも張り込んでみることにしますね」

「ああ、頼んだぞ」

 

 こうしてティティは、渡りの凍て地の西ベースキャンプを目指すことにした。




ここまでお読みいただきありがとうございます!

セリの炊き込みご飯じゃありません、セリエナ飯略してセリメシです。某番組のパロディです。
落書きのつもりが想定以上に長くなってしまいました。
セリエナ飯が見たいな〜という一心で書いた短編です。多趣味な4期団先輩の食事事情と仕事事情は妄想ですが、話聞いてる限り多分あんなかんじで暮らしてるんじゃないかな〜と。
後編もお楽しみいただけると幸いです。
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