再会した幼馴染が引きこもり寸前だったから面倒見る   作:たーぼ

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長くなってしまった……。




29.行け、誰も追い付けない場所へ

 

 

 

「ライブというのは生で演奏する人達がいて、それに沸き立つファンと裏で支えるスタッフがいてこそ成り立つのが基本です。ですが、生だからその場の状況やトラブルに合わせアドリブをする事も時には必要になってくるんですよ」

 

「はい」

 

 ちょっとした騒乱から落ち着きを取り戻した俺は今、最終準備までPAさんに仕事の一部を教えてもらっていた。

 

 

「例えばテンションの上がった楽器隊の誰かがMCのノリでソロ弾きをし始めたりすると、それに合わせてリバーブなりモジュレーションなど様々な音響をアドリブで調整しないといけないんです」

 

「……PAさんって、マジで凄いんですね」

 

「ふふっ、やっぱり清水君にはまだ早いですかね~」

 

 早く戦力になりたいから色々な業務を教えてもらってるけど、特にPAの仕事は個人的にめちゃくちゃ難しいかもしれない。

 というか機材だけで何かこうすげえごちゃごちゃしてるし、覚えようとしても途中で頭がパンクしそうになってくる。やる事が多すぎて理解が追い付かないのだ。

 

 

「PAというのは結構拘りとか持ってる人とかがやる事が多いんですよ。専門職みたいなものなので、好きか本気でやってる人じゃないとまず続けられないんじゃないかと思います」

 

「……でぇすよね~。やっぱ俺には厳しいのかなあ……」

 

 俺の場合は好きでやってる訳でもなく、本気でやってるかと聞かれるとそうでもない……と思う。

 もちろん結束バンドの役に立てるように真面目に取り組んではいるが、それとこれとはまた違ってくるのだろう。

 

 熱意は熱意でもベクトルが違う。一つの事に全てを割いているPAさんや照明さんに対して、俺は結束バンドのためだけに色んなものへ熱を向けている。だから常に最高温度を保っていられない。

 熱も分散させれば一つ一つの温度が低くなっていく。

 

 これじゃいつまで経っても変われない。彼女達の力になれる日が見えてこない。そこでふと脳裏によぎった。

 もしかして俺……成長する方向性を間違えてるんじゃ……? 

 

 

「でも清水君」

 

 隣からPAさんの声があった。

 

 

「スターリーでPAという役割が私にしかできないように、清水君には清水君にしかできない事だってあるはずですよ」

 

「俺にしか……」

 

 ある程度の知識は身に付けてきたものの、俺なんてまだまだ無力に等しい存在だ。

 バンド面で何か手伝える事なんてない。そんな俺が俺にしかできない事なんてたかが知れてる。自分の気持ちを結束バンドのみんなに正直に伝える事しかできない。

 

 そんなものが力になるのだろうか。

 

 

「清水君の言葉は、思ってる以上にあの子達に響きますから」

 

「……え、それって」

 

「おい優人、そろそろ始まるからこっち来い」

 

 どういう事だろうと聞こうとしたら、背後から声がかかった。

 店長だ。

 

 

「癪だが今日は客が少ないからお前も後ろで観とけ」

 

 

 

 十八時二十分。

 ライブ開始まであと十分だ。

 

 フロアももう暗転しており、PAブースやドリンクカウンターと最低限必要な箇所しか照明は点いていない。

 ステージから一番奥、フロアの最後方に俺と店長はいる。ついでにきくり姐さんも。

 

 

「やっぱり少ないですね……」

 

「十人しかいないからな。この人数だし、ドリンクは客が必要そうになったらカウンターに向かえばいい。それまではここでライブ観てていいぞ」

 

「少しでもギャラリーを多く見せるためですか?」

 

「別にそういうんじゃねえ。……ただ、あいつらの初ライブはちゃんと見てやりたいだけだ」

 

 それ余計本音出てません? 用法用量間違えてツンデレデレみたいになってますけど。

 

 

「先輩は身内に甘いからね~。妹ちゃんの事になると余計だねっ」

 

「うっせカス」

 

「ほらきくり姐さん、酔い止めと水です。今のうちに飲んでおいてください」

 

「え? 何でしみず君がこんなの持ってんの?」

 

「チケット買ってくれたから今日来ると思って一応用意しておいたんですよ。見た時は反射で逃げちゃいましたけど、案の定用意しといて正解だったみたいです」

 

 この人の場合酔い止め飲んでもまたすぐ酒飲みだすから効果あるか分からんけど。

 まあないよりはマシだろう。絶対自分で酔い止めとか用意してなさそうだし。

 

 

「しみず君……いーや優人きゅん……君こそ私の理解者だぁ~!」

 

 何を思ったかこの泥酔女、いきなり飛びかかってきた。

 

 

「うぉあっ!? 急にくっついてくんな! ええい離せ! HA☆NA☆SE!! てか近ぇし酒くせぇ!? 店長ヘルプ!」

 

「本番前だってのにうるせえよアホが」

 

「ばぅっ!?」

 

 見事店長から綺麗な脳天チョップを喰らった酒カス姉さんは床に崩れていった。ああ、優しくを心掛けているのに最近沸点が低くなってしまってるような気がする。いや、ピンポイントで刺激してくる人が悪いんだ。きっとそうだ。

 うるさいのが静かになった事で再びフロアは客の微かな喋り声だけが聞こえるダークな雰囲気へと戻る。

 

 辺りを見渡す。結束バンドを見に来てくれたのは、現状きくり姐さんと路上ライブに来てくれたあの二人組のお姉さん達だけだ。

 他の人達は、パッと見でどのバンドのファンなのかは分からない。喜多さんや虹夏さんの知り合いも来れないって言ってたもんな……。おそらくリョウさんの方もダメそうだ。

 

 基本ライブハウスで複数のバンドがライブをやる場合、順番やお目当てのバンドかどうかで客がステージの前まで移動したり後ろに下がる事がよくある。

 好きなバンドなら近くで見たいと前に行く、お目当てのバンドが終わったら次のバンドのファンにステージ前を譲るために後ろへ下がるというような事だ。当然移動しない人もいるが、それもその人なりの楽しみ方なので特に悪いという訳ではない。

 

 結束バンドは今日トップバッターを務める。

 だから結束バンド、基後藤さんのファンであるお姉さん達はステージ前にもういる……のだが。

 

 

「他に誰もいない、か……」

 

 俺と店長と一緒にいるきくり姐さんを除いて、お姉さん達の他にステージ前で待機している客は一人もいなかった。

 仕方ないとは分かっていても、メンバーじゃない俺でさえくるものがあった。おそらく後藤さん達も楽屋方面から覗いてるはずだが、これを見て上手く演れるのか……? 

 

 彼女達なら大丈夫と信じたいけど、今日は大切な初ライブだ。

 場合によっちゃ今後に響く可能性だって少なくはない。何とか成功体験として無事に終わってほしいんだけどな……。

 

 と、そこで話し声が聞こえた。

 

 

「ねえ、一番目の結束バンドって知ってる?」

 

 他にも喋っている客はいるが、縁の深い単語だったからか、それはハッキリと聞こえた。

 いいや、聞こえてしまった。

 

 

「知らない。興味なーい」

 

 無数の称賛コメントが送られてくるのに、たった一つだけあったアンチコメントだけが妙にしっかりと見えて気になってしまう。

 まるでそのような現象だった。

 

 

「観とくのたるいね」

 

 ほんの一つの心ない言葉の針は、刺さる。とても簡単に。

 それでいて中々取れるものではなく、無理矢理取ろうものならその小さな穴からどんどん流れていく。

 

 自分を支えていた自信、自尊心、誇り、プライド、自己肯定感が抜け落ちていくのだ。

 やがで残るのは虚無か虚勢のみ。チクチクと痛んだまま、その傷は毒へと変わり体内を蝕んでいく。

 

 彼女達の努力が、否定された気がした。

 

 

「…………」

 

「待て優人」

 

 移動しようとしたら不意に手を掴まれた。

 

 

「そんな顔して、何するつもりだ」

 

「でもっ……」

 

 俺は今、どんな顔をしているんだろう。

 自分でも分からなかった。答えられなかった。ただ、店長の俺の手を握る力がとても強い事だけは分かる。

 

 

「良いか、客にとっちゃそれが普通なんだよ。どんな有名フェスや対バンでも同じ、自分が興味ないバンドに関しちゃだいたいのヤツらがそう思ってる。ましてや知名度もない無名バンドなら尚更な。知らないバンドっていうのは、それだけで理不尽にそう思われるのも仕方ないんだよ。これからバンドを続けてくなら嫌でもこういう事が起き続ける。それを覚悟して乗り越えていかないと意味がないんだ」

 

「ッ……」

 

 知名度もない、ともすれば人気もないのは必然。店長の言ってる事は充分理解できる。

 実際どれだけ有名なロックフェスでも、自分の知らないバンドにまで興味が出てくるかと聞かれればすぐには首を縦に振れない。

 

 いいや、ロックバンドだけの問題じゃなく、アイドルやアニソンフェスなんかでもきっと一緒なんだと思う。

 まだ無名で興味のないものに最初から興味を持てというのは難しい話なんだから。人気アーティストだとしても、知らない人や興味ない人からすれば何も変わらない。

 

 だからそう思われても仕方ないと。

 何を言われても我慢するしかないと。店長はそう言っている。

 

 そんなので、そんなので……納得しろっていうのか。

 仕方ないと我慢して震えてろっていうのかよ。

 

 

「……あ」

 

 そこで気付いた。俺が握り締めている拳と同じくらい、店長が俺の手を掴んでいる力も強く、そして震えていた。

 我に返る。俺が脱力していくのを確認したのか、店長も離してくれた。

 

 

「……ありがとな。代わりに注意しようとしてくれて」

 

 あの店長が珍しく素直に感謝の言葉を述べる。

 

 

「店長の立場じゃなかったら、私もお前みたいに行ってたかもしれねえ」

 

 ああ、この人も気持ちは一緒だったんだ。

 妹のバンドがバカにされたような気持ちになって、それでも店長という立場があるから割り切っている。ように見せている。

 

 同時に、自分の未熟さに腹が立った。

 感情のままに動こうとした自分がどこまでも浅はかな子供で、軽率なだけでしかないバカという事が思い知らされた。

 

 

「行くなら裏に行ってこい。今ならまだギリ間に合うかもしれねえ」

 

「……え?」

 

「お前にしかできない事をしてこいって言ってんだよ」

 

「ッ……はいっ」

 

 言葉の意味をすぐに理解して俺は急いで裏に回り楽屋へと走っていく。

 時計はもう十八時二十五分。ステージに出て機材の準備をする時間だ。間に合うか……!? 

 

 裏手の通路から楽屋に入ると、まだいた。

 

 

「あっ……優人くん……」

 

 虹夏さんの表情を見て察してしまった。

 多分、あの会話を聞いていたんじゃないかと思う。

 

 

「あ、あははぁ~、優人くんも聞いてたよねっ。あたし達結成したばっかでまだ知られてないからさ……し、仕方ないよ! 大丈夫っ、落ち込んでなんかないから!」

 

 いつも明るい虹夏さんだからこそ強がりだとすぐに分かった。

 メンバーが少しでも沈まないように無理して笑っているんだ。それが見ていて辛い。他のみんなも同じようだった。

 

 

「そ、そうですよ! 私達はこれからですもんね!」

 

「気にしない気にしない」

 

「は、はい……」

 

 みんなそれぞれ気にしないようにしている。そうしないと表情に出てしまいそうになるから。

 俺は何を言おうとしてた。発破でもいい、激励でもいいから言ってやるのが俺の役割だろ。なのに、どうして言葉が出てこない? 

 

 こんなになっているみんなを目の前にして、下手に何かを言って余計プレッシャーを与えてしまう事への恐怖が、俺の口を閉ざしている。

 俺の言葉がプラスよりもマイナスになってしまったら、きっと俺は今後彼女達に何も言えなくなってしまう。それが怖くて、上手く言葉にできない。俺にしかできない事が、余計に足枷になってしまっていた。

 

 

「あ、もうステージ行かなきゃだから行くね! 優人くんもフロアで観ててね!」

 

 そう言って虹夏さんはステージに向かって行った。

 続いてリョウさん、喜多さんも。

 

 何をやっているんだ俺は。店長にも結束バンドを支えてやれって言われたんじゃないのか。言われなくともって返したのはどこのどいつだ……。

 土壇場で怯えてちゃ何の意味もないだろうが清水優人!! 何があっても支えるって決めた言葉に噓を付くな!! 

 

 結局どこまでいっても自分はただの高校生で、見栄を張っても大仰なセリフを言ってもいざとなれば何もできない。

 どこにでもいる平凡な高校生。それが俺だ。

 

 でも、だけど。

 ここだけは、引いちゃいけない。ここを逃せば自分すら変えられない。こんなのじゃ、憧れたヒーローになんかなれやしない。

 

 だから!! 

 

 

「後藤さん!」

 

 最後にステージへ行こうとしていた彼女を呼び止める。

 時間が迫っているから長くは割けない。できるだけ手短に、俺の伝えたい事だけを上手く伝えるしかない。

 

 後藤さんなら、俺の言葉の意味を分かってくれると信じて。

 

 

「俺は……ちゃんと見てるから、誰よりも結束バンドの事を理解してるから! みんながたくさん頑張ってきた事も知ってる。だから……!」

 

 ああ、くそっ。

 やはり上手く言葉が出てこない。ちゃんと伝えようとしても頭の中がこんがらがってくる。

 

 ダメなのに、ここで言わなきゃ俺の役割の意味がないのに……。今は後藤さんの顔すら見れない。下を向いてしまっている俺には、前すらも見えない。

 と、小さな足音があった。それは下を向いてる俺の視界に入ってきた。見慣れたピンクのジャージだ。

 

 

「ゆ、ゆうくんの伝えたい事、ちゃんと伝わったから……」

 

 声が聞こえて、俺は顔を上げた。

 前髪で隠れ目がよく見えない。常に猫背で不格好な()()の彼女がいた。

 

 後藤さんは俺の両手をそっと包み込むように両手で掴む。

 また知らないうちに力強く拳を握り締めていた事を今更理解した。やっぱりフロアで喋っていた時もバレていたのかもしれない。

 

 自然と力が抜けていくのが分かる。

 

 

「だ、だからね……」

 

 目の前の少女は俺を見てこう言った。

 

 

「私を見てて」

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 ライブが始まった。

 

 

「初めまして! 結束バンドです! 本日は足元の悪い中お越しいただき、誠にありがとうございます!」

 

「あっはは、喜多ちゃんロックバンドなのに礼儀正しすぎ~!」

 

「「あはは……」」

 

 後藤さんファンの二人しか笑っていなかった。しかもほとんど愛想笑いだ。

 俺は急いでフロアの最後方に戻り、店長ときくり姐さんと一緒にライブを観ている。店長は俺に何も聞いてこなかった。踏み込むラインを弁えてくれているのだと思う。今はそれがありがたかった。

 

 にしても、ホームのはずなのに、アウェー感しか感じられない。

 MCも台本のせいで思いっきりスベっている。空気感で言えば最悪だ。喜多さんや虹夏さんもこの空気に吞まれてる。マズいぞ。

 

 

「あ、じゃ、じゃあさっそく一曲目いきます! 聴いてください、私達のオリジナル曲で『ギターと孤独と蒼い惑星』」

 

 オーデションでもやった曲。

 今の所では彼女達の一番得意な曲だ。リハでも上手くできていたし、派手なミスでもない限りは大丈夫なはず。

 

 そう思っていた時にはもう、違和感に気付いてしまった。

 

 

「……ズレ、てる?」

 

 イントロの部分から既に、変化は表れていた。

 

 

「こりゃあ、呑まれてんな」

 

 隣の店長がそっと呟いた。

 

 

「虹夏のやつ、ドラムがもたついてる」

 

「喜多さんもリハではできてたのに今は上手くできてない……」

 

「リョウも虹夏と全然息が合ってねえ。このままだとやばいかもな」

 

 全体的な音にズレが発生している。ライブでは割と致命的なミスを連発してしまっているのだ。

 店長の言っていた意味が分かった。どれだけリハで上手くできていたとしても、本番ではどうなるか分からない。その場の空気によって演者のメンタルも変化していくからだ。

 

 しかもそれが悪い方向に行ってしまうと、素人でも分かるようなミスを続けて客側の興味も薄れていってしまう。

 現に辺りを見渡すと、後方の客はみんなステージを観ずにスマホを触っているか爪を弄ったりしていた。こんなに客が少ない状態であからさまにスマホを見るような行為をしてる事に腹が立つが、今の演奏は俺でも分かるような酷さだ。

 

 喜多さんの歌声も緊張と不安で震えてるし、虹夏さんとリョウさんも目を合わせずリズムとして機能していない。

 唯一、後藤さんだけがブレずに演奏をしている。他が変にズレているせいか、逆に後藤さんのギターが正確に聴こえているんだ。一切のミスもせずにできている。

 

 サビに入る瞬間、一人の客が奥のイスに座りに向かっていくのが見えた。

 そんな、ことが、普通にできるのか……? 今精一杯頑張って彼女達が演奏してるってのに、何も感じる事なく平気で移動なんかできるのかよ……! 

 

 それを目の当たりにしたからか、喜多さんの歌声と表情が余計に変化している。あの喜多さんがだ。不安でたまらない顔をしていた。

 結局、きくり姐さんと二人組のお姉さん達以外誰もリズムを取る事なく一曲目は終了した。

 

 

「『ギターと孤独と蒼い惑星』でした……」

 

 今までバイトで色んなバンドを見てきたが、こんなに反応がないのは初めてだ。

 残響も終わり、一旦ステージが静寂になった瞬間、聞こえた。あの二人組だ。

 

 

「やっぱ全然パッとしないわ」

 

「早く来るんじゃなかったね」

 

「あっえっと……」

 

 プツンッと何かが切れる音がした。

 

 

「そん──」

 

 俺の声が出る前に、後ろから店長に口を塞がれホールドされる。

 

 

「(落ち着けバカ! ここでお前が変な事言っても状況が悪くなるだけだろうがっ。余計あいつらを追い込みたいのかお前は!)」

 

「ッ……すいません」

 

 店長に諭され気分を落ち着かせる。そうだった、もう少しで俺自身がこのライブの空気をぶち壊すところだった。

 そんな事をしては本末転倒だ。

 

 

「それにお前だけはちゃんと見てやらないと意味ないだろ」

 

 言われて、ステージを見る。

 喜多さんも虹夏さんも戸惑い気味でどうMCを続かせるか迷っていた。リョウさんもベースを見て可能な限りフロアを見ないようにしている。

 

 

「喜多ちゃん、次の曲紹介しないとっ」

 

「あっえっ、そ、そうですねっ。えっと、次も私達のオリジナル曲で、つい先日できたばかりなんです……!」

 

 みんなが不安の空気の中、一人だけ纏っている雰囲気が違う者がいた。

 アウェーでしかなく、淀んだ空気が漂っているのに、むしろその逆を行くような……そんな感覚さえ感じた。

 

 そうだ、彼女は言ってたじゃないか。

 紛れもなく俺に、「私を見てて」と。

 

 一曲目でも彼女だけは普通に演奏できていた。それが何を意味するのか。

 よく見ろ。今だけは彼女から目を逸らすな。全ての意図を探れ。あの言葉の意味は、きっとそこにある。

 

 曲紹介の途中、誰も気付かないレベルで彼女の顔が動く。

 前髪が垂れて見えづらくとも、俺だけが分かった。

 

 蒼い瞳が、確かに俺の瞳を捉えている。

 つまりは、後藤さんと目が合った。

 

 アイコンタクトの合図だ。

 ……そういう事か。

 

 

「あ、おい」

 

 店長から離れ、瞬時に俺はPAさんのとこへ向かう。

 できるだけボリュームを押さえ、それでも上にいる照明さんにも聞こえるように。

 

 

「すいませんっ、急遽ギターソロ入ります!」

 

「っ、ええ、任せてください」

 

 瞬間、フロア内にギターの音だけが響き始めた。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 一曲目はボロボロだった。

 みんなさっきの会話を聞いて落ち込んでるんだとすぐに分かった。

 

 かくいう私もその一人()()()から。

 だけど、今は違う。

 

 私は彼から言葉を貰った。勇気を貰った。

 彼の普段からすれば拙い言葉だったけど、それでも私にはちゃんと意味は伝わったんだ。

 

 どんな状況でも彼は、ゆうくんだけは私達の味方でいてくれる。理解してくれている。

 なら、ゆうくんにかっこ悪いところなんて見せられない。見せたくない。いつもこんなだらしない私の側にいてくれる彼には、せめてライブだけはかっこよく見ていてほしい。

 

 こんな空気が何だ。

 こんな不安が何だ。

 

 エフェクターを踏んでギターを掻き鳴らす。フロアの空気が一変した。

 元々予定にないギターソロを始めた私にみんなどんな視線を向けているかは分からない。今まで以上に視線を下に向けているから、私の視界に自分の足元とギターしか映っていない。

 

 ギターを弾いていたら、いきなりリバーブとモジュレーションがかかった。

 良かった。ゆうくんが伝えてくれたんだ。アイコンタクトだけで伝わるか分からなかったけど、信じて正解だった。

 

 ありがとう、これで思いっきり自分の世界に入れる。

 みんなの不安を少しでも吹き飛ばせるように、リードギターである私がみんなを引っ張るんだ……! こんなピンチくらい乗り越えないと、ヒーローなんて言えない! 

 

 結束バンドのみんなをリードする。そして私達に興味を示さなかった人達を置き去りにするほどの演奏で圧倒してみせる。

 

 ギターヒーロー。

 ありふれた名前だけど、私のにはちゃんとした由来がある。

 

 いつか小さかった頃、ゆうくんはヒーローが大好きと言っていた。どんなピンチにも駆け付けて諦めずに立ち向かい、みんなを助けるのが凄くかっこいいって。

 キラキラしながら満面の笑顔でそう言っていたのを私は子供ながらによく覚えていた。ずっとその顔が頭から離れなくて、もし私がそうなったらどんな顔してくれるのかなって何度か妄想した事もあった。

 

 結局私の性格は暗いままで一時ゆうくんとは離れ離れになったけど、いつか私もゆうくんの憧れるようなヒーローになりたくて動画サイトではそう名付けたんだ。

 ファンのみんなにかっこいいと思われるようなギターヒーローになりたくて、ちやほやされたくて、人気者になってまたゆうくんと再会した時は恥ずかしくない私になっていようと練習を続けてきた。

 

 気付けばギターだけが上手くなり学校生活も変わらないまま中学生も終わるのかなと思ってたら、突然ゆうくんと再会した。

 名前の呼び方が変わっててもの凄く悲しかったけど、ゆうくんは私なんかのために手を差し伸べてくれて引っ張ってくれたのを覚えている。

 

 あの日から、ゆうくんはずっと私のヒーローだったんだ。

 何も変えられない私に小言を言う事もあるけど、絶対に見捨てないでいざという時は助けてくれる。

 

 そんなゆうくんだから私は……。

 そんな私だからゆうくんには。

 

 

 私がかっこいいギターヒーローなんだってとこを見せたいんだ!! 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 一瞬で流れが変わった。

 こんな俺でもそれはすぐに感じ取れた。

 

 後藤さんのギターソロでフロアの客全員がステージに釘付けになり、ステージ上のメンバーは何かを察したようにお互いの目を見合わせ、PAさんと照明さんがアドリブに合わせてくれて次の曲が始まった。

 あれだけ淀んでいた空気が消えている。

 

『あのバンド』。

 結束バンドの新曲。腹の底から込み上げてくるようなイントロから喜多さんの歌声で曲の幕が上がる。

 

 練習で何度も見ているはずなのに、俺はどうしようもない高揚感に襲われていた。

 一曲目とは対照的にこの曲ではみんな息が合っている。後藤さんに関しては相変わらず一人だけ突っ走っているようにも見えるが、今はこれで正解だと思う。

 

 そうだよ、それでいい。

 アウェーの空間なんて逆に吞み込んでいけ。興味なさそうな客なんて置き去りにするつもりで自分のギターを見せろ。誰も追いつけないような迫力と演奏で全てを魅了してしまえ。

 

 ああ、ダメだ。気付いたら口角が上がってた。さっきまであんなにはらわたが煮えくり返そうだったのに、今は違う意味で腹の底から声を上げてしまいそうだった。もはや武者震いの領域だ。

 これが見たかった。こんな後藤さんが俺は見たかった。

 

 ライブで自分の好きなように演奏してみんなを取り込んでいく。それこそが彼女の魅力の一つだ。

 本当にピンチを変えやがった……。チャンスに変えやがった! この盤面をひっくり返せる実力を持ってるのが後藤さんなんだよ! 

 

 ちくしょう、最高にかっこいい。

 これこそが俺の憧れたヒーロー。

 

 まさしくギターヒーローだ。

 

 みんながみんな顔を上げている。あの二人組でさえ。

 たまらない。このどんでん返しが本当にたまらない。俺の幼馴染は、こんなにもかっこいい一面もある。いけ、バカにするヤツは実力で黙らせればいいんだ。

 

 虹夏さんとリョウさんが後藤さんの演奏に息を合わせにいき、喜多さんの普段とはギャップを感じる歌声が曲の少しダークな雰囲気を連想させていく。

 おそらく、どんな練習の時よりも完成度は高いと思った。その理由の一つに後藤さんの姿勢が関係していると思う。

 

 超前傾姿勢。

 一切前を見ようとせずずっと下を向いて演奏する事でギターだけに意識を集中させ、普段彼女が家で演奏しているような没入感を演出できる。ギターヒーローならではのやり方だ。

 

 あえてみんなに合わせようとせず自分のペースに合わさせる事で、少しでも本当の実力に近づける唯一の手段。

 少々手荒だが、だからこそ土壇場のライブでは沸き立つ。そして、そして、そして。

 

 興奮冷めやらぬ中、演奏が終わる。

 客の反応は先ほどとは違って真逆だった。

 

 およそ十人の観客。その全員が拍手を送っていたのだ。

 小言を言っていた二人組の声も聞こえる。

 

 

「ちょっといいじゃん……」

 

「ね……」

 

 手のひら返しと言えば聞こえは悪いが、ライブの演奏においてそれをさせるのは相当難しい。

 きっかけは後藤さんだったけれど、この称賛を勝ち取ったのは間違いなく結束バンド全員の力だ。

 

 

「(はは、ざまあみろ)」

 

「(声出てんぞ。へへ)」

 

 店長と二人で拳を突き合わす。俺達の気持ちは一緒だった証拠である。

 何かパシャリと音がしたけど気のせいだろう。

 

 ステージ上では後藤さんが我に返ったのかキョロキョロ見回して虹夏さんにグッジョブされていた。

 そして次に彼女は俺の方を見てきた。客からは分かりにくいように下の方で親指を立てている。

 

 バカ、まだもう一曲残ってるだろ。

 そう思いながらも、俺は後藤さんに向かって思いきり腕を伸ばして親指を立てる。

 

 

 

 俺のできる限り満面の笑みを乗せて。

 

 

 





書き終わってすぐ投稿したからマジのあとがきになった件(編集中)

結束バンドに入れ込んでしまった結果、オリ主暴走しかけるの巻。
あの二人組の人だって最初からいてくれるだけありがたいという事も分かってないまだまだ未熟なお子ちゃまなのです。
そういう面ではこの作品はオリ主の成長物語でもあるので、良かったら冷たくも温かく見守ってやってくだせえ。


では、今回高評価を入れてくださった

☆10:先行さん、ヨッシーwさん、subaraさん、フリーバンドさん

☆9:あま☆てらすさん、煎茶555さん、L田深愚さん、塩分濃度10%さん、影夜さん、の氏さん、いせさん

☆8:八頭型さん


本当にありがとうございます!
高評価感想お気に入りここすきありがとー!



沸点が低くなっているのにも割と理由があったり。
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