再会した幼馴染が引きこもり寸前だったから面倒見る 作:たーぼ
80話到達~。
新宿FOLT。
きくり姐さん率いるSICK HACKやシデロスなどが主に拠点としているライブハウス。
来るのは三度目という事もありほとんど見慣れた光景だと思っていたのだが、それはみんなと一緒に客としてや結束バンドを支える裏方として来ていた時だ。
今はいつも一緒にいるみんなは誰一人としていない。正真正銘俺一人。
そのせいか、普段よりもピリピリとした感覚を肌で感じた。
開店前、あるいはライブ前だからという緊張感か。薄暗いフロア内は静寂に包まれ、俺の足音だけが響く。
目的の人物はすぐに俺を見つけ、不敵に笑んだ。
そして。
「ああ、遅かったじゃない。来たのね」
「ヨヨコ先輩、毎日清水さんが来ないかそわそわしてたっすもんね」
「あくび!?」
ピリピリ空間はほわほわ空間に変化した。
うん、やっぱヨヨさんはこうでなくちゃね。誰かに調子崩されてる時の方が輝いてるよこの人。普段クールぶってる人が慌てふためく様は見ていて心地良いもの。
「いきなり変なこと言わなくていいから! 今良い感じに出迎えようとしてたとこでしょ!?」
「でもほら、清水さんもう笑っちゃってますよ」
「何ですって!?」
「さすがヨヨさんっす。まじリスペクトっす」
「もうふざけてるじゃない!」
失敬な。こちらだってふざけてる訳じゃない。ふざけてあげてるのだよ。
このままじゃヨヨさんだけシリアスっぽい雰囲気醸し出してたの恥ずかしいかなって思ったから、何ならイジって笑いに変えてあげようとした俺を褒め称えてほしい。
「あら~優人ちゃんじゃな~い! いらっしゃ~いってあら、今は一人なのかしら? まあいっか、優人ちゃんならただ遊びに来ただけでも大歓迎だからね~!」
「どうもです、銀さん。今日はヨヨさんにちょっとしたお願いをしに来たって感じですかね」
パッと見やべー人だけど実はめちゃくちゃ優しい心が乙女な人、もとい新宿FOLTの店長銀さんがカウンターから出てきた。
薄暗いとこから急に出てくるもんだから一瞬ヤの付く人かと思ったのは内緒だ。
「そうなの~? ん~じゃあここは若いみんなに任せてあたしは作業に戻ろうかしら。優人ちゃん、ゆっくりしていってね~」
小さく手を振って銀さんを見送る。何故か知らんがあの人には前から少し気に入ってもらえてるようだ。何故か知らんが。
さて、こっちはこっちでそろそろ本題に入るとしますか。
「ヨヨさん」
「……何よ。またふざける気?」
「そんな唇尖らせなくても今はふざけませんよ」
「ふんっ、ならいいけど。……ん? 今はって言った?」
「いんや?」
チッ、そこを聞き逃さないとは無駄に頭良いだけあるな。まあいいだろう。ふざけるのは後でいくらでもできる。
楽屋で機材を見ていたのか、裏の方から帰ってきた本城さんと内田さんが俺を見つけると笑顔で手を振ってくれた。ので俺も小さく返しておく。
シデロスのメンバーも揃ったしタイミング的にもちょうど良いか。
そうして本題に入ろうとした時、後ろの方で……正確には入口の方で小さくガチャンと音がしたような気がした。
あれ、ちゃんとドア閉まってなかったのか。それとも違うバンドの人が来たとか? しかし待ってても一向にこちらに出てこない。
……確かここって他に別のフロアもあるし、こっちに来ないって事はそっちに行ったのか。まあいいや、些末な事だし気にするほどでもないだろ。
「とりあえず単刀直入に言います」
「……」
「俺をシデロスの下でサポートさせてください」
────
急いで新宿FOLTにやってきた結束バンドの四人。
事前にFOLTの店長へそちらに伺うと連絡を済ませ、なるべく大きな音をたてないようにそっとライブハウスの中へ入る。
その時にドアを閉める音が少し響いてしまったが、どうやらバレる事はなかった。おそらく違うフロアの方へ行ったのだと都合よく解釈してくれたのかもしれない。
足音をたてないようほとんどすり足でギリギリの場所まで移動する。
ようやく向こうの声が聞こえそうな範囲まで着き、耳を澄ました時だった。
それはいきなり聞こえてきた。
「俺をシデロスの下でサポートさせてください」
「ッ──」
聞き慣れた声の言葉に思わず反応しそうになったひとりの口を虹夏が慌てて手で押さえる。
せっかく元の体に戻ったのにまた爆発しなかっただけまだマシか。
「(私とリョウ先輩のとこだとちゃんと聞こえないんですけど、伊地知先輩何話してるか聞こえますか!?)」
「(発言だけならギルティなこと言ってるけどもうちょっと聞いてみる! 優人くんの事だし何か考えがあるのかも!)」
「(ゆ、ゆうく……あば、ああばばば、ああばあばばばばばばッ)」
「(ぼっちは聞こえてるっぽいけど既にグロッキーになった)」
「(ほんと幼馴染耐性ないなぼっちちゃん!)」
いつでもどこでも結束バンドは結束バンドであった。
身を潜めているのにもうてんやわんやである。こうなってしまえば会話が聞こえているのは虹夏のみだし、もはやひとりが変な事をしでかさないか見張りながらあの少年とシデロスの会話を盗み聞きしないといけない。単純に手間が増える。
しかし、彼女達の密かなしっちゃかめっちゃかなんて当然知る由もなく、向こうでは普通に会話が繰り広げられていた。
(大丈夫だよね、優人くん……)
「……ふーん、ようやくその気になったのね」
そう言って腕を組んだのは大槻ヨヨコだ。
待ちに待った発言というべきか。とにかく優人からその言葉を聞いて無性に口の端が上がりそうになるのを顔に出さないで必死に抑えようとしている。
変に口角が上がりそうになっているのをバレさせないよう、さっそく次の言葉を紡いでいく。
「まったく、いったいどれだけ待たせるのよ」
「いやぁ、単純にヨヨさんのメッセの真意が分かりにくいのが問題なのでは」
「何よ! 私のせいっていうの!?」
「今の言葉めっちゃめんどくさい彼女みたいですよヨヨコ先輩」
「かのぉッ!? か、かかかっ、かの、かか……かのっ!?」
こっちはこっちでてんやわんやであった。
勝手に盛り上がって勝手に自爆するのはどこかの幼馴染と一緒だなぁと優人はいっそ遠い目をした。
「そういう訳ですヨヨさん」
「気持ちが良いほどそこはスルーしていくのね貴方は!」
「まあ、こういうのは慣れてるので、ハハッ」
「乾いた笑い……これはいくつもの修羅場を潜ってきた歴戦の猛者っすね」
「そうなの!?」
「あながち間違いではないかな」
主に喜多郁代関連や結束バンド関連で教室の男子達と頻繁にリアル鬼ごっこしているのは修羅場として正しいかは不明だが、生死に係わるという点では確かに修羅場かもしれない。
ところで新宿FOLTに来てから数分経つが今のところ真面目な話をしている時間の方が少ないのは気のせいか。
何故か軽い息切れをしていたヨヨコが体勢を立て直す。
「と、とにかくっ、私達の下でサポートしたいって話だったわね」
「ああ、はい」
「まあそこに関しては元々私から言ったんだしシデロスとしても拒否する理由はないわ」
「そこで拒否されたら俺ただの餌に釣られたバカな魚ですもんね」
「……一回拒否してみてもいい?」
「その場合アンタが泣くまでヨヨさんは寂しがり屋って耳元で囁いてやるからな」
「罰が重すぎる!?」
おそらく途中でビンタが飛んできそうではあるが、どうやら罰を受ける意志自体はあるようだ。そこは案外受け入れる子らしい。
ともかく、いちいち話が脱線しかねないので優人も一度スイッチを切り替える。
「とりあえず許可してくれた、って認識でいいんですよね」
「え? あ、ああ、そうね。こっちだってここまで来てもらった以上受け入れないなんて、そこまで鬼じゃないわ。やる気があるならもちろん歓迎よ。ま、これは清水優人、ひいては結束バンドのためにもなるし、貴方の事だから必ずここに来るって確信はあったけどね」
「そんなこと言ってずっとそわそわしてたじゃないっすか。ねえふーちゃん」
「そうだね~。毎日チラチラ入口の方見てたもんね~」
「ヨヨさんほんといまいち決まらないですよね」
「うぐぅ……っ」
ここまで来るとちょっと不憫に思えてきた。
ひとりとは別の意味で側にいてあげたくなるタイプだ。主に心配の気持ち9割で。
精神ダメージを受けているくそ雑魚イキリパイセンの代わりに、隣の長谷川あくびがこちらに振り向いた。
「そういやこの事、結束バンドの皆さんにはもう伝えてあるんすか?」
「あー、それがまだ言ってないんだよな。ヨヨさんの言ってた意味に気付いてすぐこっち来たから、とりあえず許可貰ってから言おうと思ってる」
「でもそれって向こうからしたらいきなりの事ですよね? 大丈夫なんすか? 怒られたりとかって……」
「ん~、それについては一応覚悟はしてるつもりだよ。文句でもパンチ一発分でも貰うくらいの心持ちはしてる。そんなんでシデロスの手伝いが許されるならお安い御用だ」
「清水さんは清水さんで罰に慣れすぎでは?」
大体スターリーの店長のせいである。
「良い心掛けね」
「あ、復活してる」
「私からの提案だとしてもシデロスのサポートができるのよ。そっちからすればありがたい経験値でしょ。一発くらい殴られるのなんてむしろ優しい対価よ。女子のパンチとかほぼ猫パンチみたいなものだしね」
「虹夏さんならその辺の壁とか平気で凹ませそうなくらい強いと思いますよ。腕の力やばいんで」
「え? あ、そう……そう、なのね……。あ、あまり強く言わない方がいいかな……)」
「後半ボリューム下げすぎて聞こえないんだが」
何か後ろの方で物音がしたような気がしたが、多分気のせいだ。
自分で言っておきながら虹夏のパンチを想像するとちょっと覚悟が薄れてきた。天使は天使でもあの店長の妹だという事を忘れてはならない。相手は魔王の妹だ。おそらく殺る時は殺る。
(さすがに虹夏さんには報連相くらいしとくべきだったかなぁ。けど今いきなり帰っても何か問い詰められそうで結果変わらなさそうだし……あれ、もしかして割と詰みだったりする?)
つまりここに来た時点で逃げ場はないのだった。
諦めて吹っ切れるしか道は残されていない。多分怒られはするだろうけど、優人の選択については呆れつつもきっと了承してくれるはずだ。結束バンドと自分がもっと成長するための過程で必要な事だと説得すれば分かってくれる。後はどうとでもなれだ。
「こほんっ……本当にいいのね? 今ならまだ向こうに連絡するくらいの時間はあげるけど」
「……いや、いいです。そういうのは直接会って話すんで」
「……そう」
「それに、今の結束バンドには俺が絶対に必要って訳でもないし」
また後ろの方から音がした。
違うフロアにいる人達が何かやっているのだろうか。
「へえ、どうして?」
「今結束バンドは作詞作曲途中なんですよ。撮影とか裏方でなら俺も何か手伝える事はあるだろうけど、作詞と作曲に関してはもうバンドメンバー本人達じゃないと意味がない。そこに俺のできる事は何もないんです。だから作詞作曲の期間中、俺が何も手伝えないこの空白の時間だけ、ここで経験値を積みに来ました」
リョウが作曲し、ひとりが作詞をし、虹夏がジャケ写を作り、郁代や優人が広報をする。
みんなそれぞれ役割があって、自分のすべき事を忠実にこなしていく。今は曲作りの前半の部分で、虹夏や郁代は曲の事で一緒に話し合ったりはするだろうが、この期間にバンドメンバーじゃない優人にできる事はほとんどないに等しい。
だから。
「だからその空いた時間を俺の成長へと繋げる。無意味な時間を一切省いて上を目指す。結束バンドが一次選考で落ちないようアドバイスもくれたんだ。ならヨヨさんの提案にも全力で乗っからせてもらいますよ」
「いいの? それってある意味じゃ貴方が成長するにつれて私達ももっと上に行ける。結束バンドの勝率が今よりも下がるって事にもなりえるし、何より貴方をそのために利用するともとれるのよ」
「逆だよ」
「……逆?」
「悪いけどあくまで利用するのはこっちだ。俺の成長のためだけにシデロスを利用させてもらう。それにプラスしてアンタ達のバンド活動を観察しながら良い所は全部盗んでうちにも取り入れていく。言っとくけど採算で言うならそっちの方が合ってないぞ。伸びしろで言うならこっちの方が圧倒的に大きい」
そこまで聞いて、だ。
本当の意味で、大槻ヨヨコは不敵に笑った。
「そうでなくちゃ面白くないわ。きくり姐さんが目を掛けてるバンドがあっさり負けるのなんて私も情けなくて見てられないもの。いいわよ、盗めるものがあるなら盗んでいきなさい。その上でシデロスが貴方達をぶっ倒して一番になってやるわ!」
「最後言ってる事が完全に悪役っすよ」
「え!? 主人公側じゃないの!?」
「それはむしろ清水さん側だと思うっす」
「喧嘩じゃないのにぶっ倒すとか怖いこと言わないでほしいわー」
「ちょっとっ、貴方も今の今までこっち側で言い合ってたでしょ! 何裏切ってんのよ!」
最後まで真面目な空気が続かないのは結束バンドでもシデロスでも変わらないらしい。
ほわほわおっとり系女子の本城楓子と不思議系不気味ガールの内田幽々は二人仲良く離れたテーブルで雑談している。もはやこっちに興味すら示さない。
「はぁ、もういいわ……。それで? 期間ってどれくらいなの? 私相手に大見得切ったんだから……そ、そうね……締切もまだ少し余裕あるし、い、いっかげ」
「一週間」
「……………………………………は?」
「一週間でやる事やってスターリーに帰る。それが俺の想定です」
いっそ素っ頓狂な声が返ってきた。
「なっ……ちょ、貴方分かってるの!? ライブのサポートや普段行ってる作業に広報、裏方のスキルを全部上げるのにたかが一週間で何とかなる訳ないでしょ!? ましてや私達のやってる事は絶対結束バンドよりもハードなものでやる事だって多い。それを盗むつもりならそれこそ時間なんて足りるはずがない。余裕を見積もっても一ヵ月……最低でも三週間は必要なのよ!」
「ええ、そんなのは分かってますよ」
「だったらなんで」
「
「っ」
その目を見て、思わず息を吞んだのは大槻ヨヨコの方だった。
「余裕なんて見積もってたらそれこそどこかで緩みが生じてしまう。それならいっそ期間を短くして集中力をそこに全て注ぎ込めばいい。それにこう見えて俺、頭は結構良い方なんで記憶力と効率化は得意なんですよ。極限まで集中力を高めりゃ一週間程度でも何とかなるはず……いいや、何とかします。しなきゃ俺が持たないかもだし」
「……そ、それにしたっていくら何でも一週間は無理よ!」
「落ち着いてくださいヨヨコ先輩。清水さん、しなきゃ持たないかもって……もしかして一週間の理由って他にもあったりするんすか?」
「た、確かに……ほら、言ってみなさい! どうせ大した理由でもないんでしょ! 私が華麗に論破して期間を延ばしてやるわ!」
急に近づいて問い詰めてくるヨヨコを抑えつつも、自分も気になるといった視線で優人を見つめるあくび。
そして特に隠す事でもないと思った少年は、深く考えもせずこう言った。
「後藤さんが心配だから」
「「……はい?」」
目の前の女子二人からアホを見るような視線をぶつけられた。
何も知らない人からすればこのような反応をするのも致し方ないとは思うが。
「いやさ、一応昼間は学校もあるし今の後藤さんなら夕方くらい多少俺がいない日でも何とかなるとは思うんだけど、さすがに一週間も空けるとどうなっちまうか分からない不安さというか怖さというか、後藤さんがみんなに迷惑かけてしまう申し訳なさとか色々あってな。逆に俺が耐えられなくなりそう」
「「……過保護」」
多分褒め言葉ではないだろうと表情から察する。
あとどこかからも同じように過保護と言われたような気がした。多分幻聴だと思いたい。
数える程度しか会っていないものの、後藤ひとりという少女の生態を少年が説明すると二人は一応納得してくれた。
要はギターは超上手いけど相当やべーヤツだと。
ヨヨコは簡単な咳払いをしつつ、
「それでも一週間は短すぎない? ちょっと大丈夫だって信じてあげなさいよ」
「音楽面では信用するって前から決めてるけど、やらかし具合はちっとも信用してないです」
「ああ、分かります」
「ちょっとあくび! それどういう事よ!?」
そういう事だろうと察せない時点でほぼ同類だと分からないのか。
「……ねえ、一週間が限度なの?」
「まあ、ですね。それに作曲自体はもう進んでるし、それが上がれば作詞もおそらく切り詰めてやるでしょうからその辺りがちょうど良いかと」
「二週間もダメ?」
「俺もそんな結束バンドと離れたい訳でもないんで。可能な限りは側でサポートしたいんです。勝手な思いですけどね」
遠慮気味に笑う優人に、ヨヨコは少し目つきを変えた。
微かに、鋭く。
「……貴方が結束バンドをどれだけ想ってるかは以前も聞いたけど、そこまでして彼女達に入れ込む理由は何? 何が貴方を本気にさせてる訳?」
「理由、か……」
理由、と聞かれて清水優人はまず何を思い浮かべたか。
幼馴染の後藤ひとりがようやく見つけたバンド仲間で、奇跡と言ってもいいほど理解のある仲間に囲まれてるからこのメンバーでずっと音楽を続けていってほしい。それも理由の一つではあると思う。
しかし、今ここまで本気になっているのは別の理由もあるからだと何となく自覚していた。
メンバーそれぞれが結束バンドに抱いている気持ちや夢を清水優人は大方知っている。
例えば後藤ひとりが結束バンドを最高のバンドにすると宣言した事を。
例えば山田リョウがこのバンドでこそ自分達のやりたい音楽を貫き通すという事を。
例えば喜多郁代が憧れたギター少女を支えたいから自分もさらに努力を惜しまなくなったという事を。
例えば、ある少女が自分のせいで夢を諦めた姉の分まで人気になってスターリーを有名にさせると言った事を。
それはすんなりと出てきた。
「支えたい人がいる」
「……」
芯の通った声が新宿FOLTの中に響く。
「自分のために夢を諦めた人の代わりに大きなバンドになって、そのライブハウスを有名にさせて自分が代わりに夢を叶える。目の前で、笑顔でそう言った人がいたんだ」
あの表情だけは忘れられなかった。
芯はあってもどこか儚げで、何か小さな綻びがあればそれだけで崩れてしまいそうで、一人だけじゃ絶対に到達する事のできない夢を語った少女がいた。
仲間がいてようやくスタート地点。そこから茨の道をゆっくりと進みつつも必ず叶うとは言い切れない無謀な願望。
それでも夢を諦めきれなかった優しい妹は、夢を諦めた姉のために奔走する事をある日の夜に誓った。
「世界で一番仲の良い姉妹だと思うよ。不器用な姉と、優しい妹。そんなあったかい誓いを見せられたら、ただ手伝うだけじゃ俺の気だって収まらねえ。だから、そんな不器用で優しい人達をこの先もずっと支えたいと思ったんだ」
本当なら理由なんて出そうと思えばいくらでも出てくる。
幼馴染のためだとか、病院経営をしているベースの両親に頼まれたからだとか、自分が引き入れたギターボーカルの少女のためだとか、それらしいものはわんさか浮き出てくる。
しかしそれらを抑えても、本気になれる原動力はそこにあった。
清水優人は小さい頃ヒーローに憧れていた。誰かのために本気になれる者になりたかった。他者のため、それは見方を変えれば結局自分のためにもなる。
きっかけはそこにあったのだ。
自分には夢などまだなかった。やりたい事はあってもそれが夢かと言われるとそうではない。自分は何も持てていないと、そう思っていた。
だけど口にしていくとようやく何かが掴めていく。まず取っ掛かりがあった。
誰かを支える、誰かの力になりたい、夢を叶えていく姿を見ていたい。そんな気持ちが日に日に増していっている事に少年はいつしか気付く。
つまり、これはある種の表明でもあった。
「あの人を支える。結束バンドのみんなが大きくなっていくのをずっとサポートしていく」
「結局はそこに行き着くのね」
「ああ、そしてこれは俺がようやく見つけた夢でもある」
「夢?」
結束バンドと共にいる事で見つけた清水優人の夢。
それがようやく分かった。結局、どこまでいってもこの少年は誰かのために動く時こそ真価を発揮する。それが自分のためになると信じて。
「少しずつでも夢を叶えていくみんなを見守り続ける。そんで最終的に夢の終着点でみんなを見送るのが、俺の夢だ」
夢を叶えていく誰かを見送り続ける。
それは簡単なようでいてとても難しい。夢を叶えられる可能性は限られていて、それを掴める人だって一握りなのだから。しかしだからこそ叶えられるように全力で支えていくと、この少年は本気でそう言っているのだ。
「そのためならどんな事だってしてやれるし、最後まで本気でい続けられる。これが俺の理由だよ」
「……ふぅん」
そして、少年の理由、夢を聞いた大槻ヨヨコは清水優人に背を向けた。
「ならこの一週間、精々こき使われて倒れないようにする事ね」
遠回しに一週間で裏方のスキルを磨けるだけ磨いていけと言われた。
あくびの方もヨヨコの表情を見て両手をひらひら挙げている。いつものツンデレを発動しているのだろう。
「ええ、よろしくお願いします」
「にしてもヨヨコ先輩、清水さんを利用する~とか言ってましたけど、自分から誘っておいてあの言い訳は苦しくないっすか?」
「ばっ、ちょっ!?」
「まあそれも含めてヨヨさんの優しいとこだろ。明らかにちょっと勝ち気というかヒールっぽいアピールもちょくちょくしてたし」
「も、もういいでしょそれは! それはそれとして清水優人っ! そんなに結束バンドを想ってるならまずはちゃんとこの事を彼女達に連絡してきなさい! 報連相はしっかりしないとダメなんだから!」
「ヨヨコ先輩がそれ言いますか」
「確かに」
「あ、貴方達ねえッ!?」
という感じでわちゃわちゃしている一方。
隠れていた結束バンドの方ではこんな事があった。
「(うーん、やっぱり私達の方ではちゃんと聞こえませんねぇ。大きい声で話してる時は何となく分かりますけど、伊地知先輩は聞こえてますか?)」
郁代とリョウがもう半ば会話を聞くのを諦めつつ、体育座りで小さく雑談をしてる最中。
「(……ご、ごめん、あたしちょっと先に外出てるねっ。話してる内容は問題なさそうだったし、あとでスターリーで優人くんもちゃんと話してくれると思うから安心してよさそうだったよっ)」
「(え? あっ、ちょっと伊地知先輩っ……あんなに慌てて出ていって、どうしたんでしょう?)」
「(さあ、おなか減ってちゃんと見てなかった)」
「(……帰り何か買って帰ります?)」
「(……虹夏ちゃん……?)」
外に出た。
ドアもそっと閉めたからおそらくはバレていない。
フロア内が薄暗かったおかげか、メンバーにも自分の顔はちゃんと見えてなかったはずだ。もし見えていたらと思うとどうにかなってしまいそうではあるが。
一月も下旬に入る頃。外はまだまだ真冬で寒い。しかし、この刺さるような冷気が今だけは心地良く感じた。
『支えたい人がいる』
少年のあの言葉を思い出す。
聞いている内にあれは自分の事だと嫌でも理解できた。だからこそ、沸騰するように虹夏の体温は今上昇している。
ライブの打ち上げの時、あの店の入口でも虹夏の夢を支えるとは言ってくれていたが、まさかあそこまで本気で思ってくれているとは思ってなかったのだ。
そして、それが少年の夢を見つけるきっかけになっていた事も今更ながら分かった。
本人の前で言うならまだ何となく心の整理だってできただろう。
だけど、自分がいない場所なのにあんなに本気で支えたいと言われたら、どうしたって心が動いてしまうのも無理はなかった。
自分の夢を本気で支えようとしてくれる人がいる。そのために全力で動こうと成長しようとしてくれる人がいる。
果たしてあの少年は誰かのために本気で動ける人間というのが、その当人の心をも大きく動かしてしまうという事を知っているか。
人の夢を笑う事も一切なく、むしろサポートするために動いてしまうような純粋な人間がこの世界でどれだけいるのか。
それを目の当たりにしてしまえば誰だってきっと気持ちが抑えられなくなる事もあるだろう。
伊地知虹夏は空を見上げる。
真冬の太陽の下。なのに太陽の暖かさよりも冷気が全身を包み込むように風が舞っている。
(あ~ダメだな~あたし……)
しかし。
(あっついや……)
少女の顔にこもった熱は下がる事を知らない。
※この作品のメインヒロインはぼっちです。ぼっちです。……マジ?
清水の夢への言及、天使回への仕掛けは完了。
あと本格的な新宿シデロス編は次回からになりそう。予告詐欺とかいつもの事じゃんね!
といってもシデロス編自体は一話か二話くらいで終わらせたいところ。
では、今回高評価を入れてくださった
☆10:vongolaさん、あったかモコモコさん、Rodríguezさん、遊技林さん
☆9:sibabaさん、Ryonganさん、タスマニアさん、當摩さん、蟹熊さん、ザラメ雪さん、込山正義さん、完全無欠のボトル野郎さん、イキョウさん、小型ハサミさん、モチモチこしあんさん
本当にありがとうございます!
評価数もみんなのおかげで1200を超えました。とても嬉しい。