再会した幼馴染が引きこもり寸前だったから面倒見る 作:たーぼ
なんかめっちゃ長くなった。
翌日、とある駅前で俺は人を待っていた。
時刻は午前10時45分。
待ち合わせ自体は十一時だが、万が一にもお相手を待たす訳にいかない俺は一時間前くらいからここで立ち尽くしている。よく言うよね、社会人の基本は一時間前行動って。言わないか。言わないな。
休日の駅前という事もあってか周囲にも人は多い。まあ無理もないか。
何せここは秋葉原の駅前なんだから。そう、何故俺はここにいるのかと言うと話せば長くなる。嘘、めっちゃ短い。
待ち人が昨夜のロインでやっぱりここがいいって言ってきたからだ。以上。
元々は下北沢駅に集合の予定だったが、急遽ここに変更となった。路上ライブ探しは下北沢でするのに何で秋葉原で待ち合わせなのかって? 知らん、天使のお告げに疑問など持つな。絶対服従であれ。
という経緯もあって俺は秋葉原の駅前で絶賛待機中なのである。
もう三月とは言ってもまだ寒い時期だからか、周りの人達は厚着装備が多い。俺は寒がりではあるが多少はマシになってきたのでベージュのチェスターコートと中に黒のタートルネックを着てついでにマフラー装備。
女子高生は言う。オシャレは我慢であると。真冬なのにミニスカートだったり大層気合いの入った薄手装備をなさっているJKはほんと凄いと思う。
俺は男子高校生、DKだから別にそこまで気にする必要もないかなと思ったりもしたけど、やはり相手が相手なので今回は俺も多少の我慢をする事にした。……DKってドンキーコングみたいでちょっとアレだな。
そんなくだらない事を考えてるうちに時刻も五十分になった。
すると、
「おーい! 優人く~ん!」
出口の方から名指しで声がかかる。
声で相手は分かりきってるしもう言っちゃうけど、相手は虹夏さんだ。10分前行動か、素晴らしいな。
呼ばれた声に答えようと振り返ってみる。
……あれ~おかしいな~? 天使がいるぞ? 虹夏さんって人間(天使)の枠組みであって天使(人間)ではなかったはずだけどぉ……。
長い金髪のサイドテールを揺らしながら笑顔で駆け寄ってきた彼女はふわもこなホワイトのボアブルゾンって言うんだっけ? だったかに身を包み、下は黒のボトムスで細いおみ足のラインがくっきりを目立つスタイル。
何というか……新鮮だった。これまでに見てきた虹夏さんの私服とはまた違う印象を感じたのだ。
「早いね~、いつから来てたの?」
「ついさっき来たとこですよ」
こんなふわふわでもこもこな上着を着ると思ってなかったからついつい見てしまう。
ふわもこコーデであどけなさを感じさせる女の子らしさを出しつつも、下は黒くて細いボトムスで大人っぽさも醸し出している。おいおい何だよこれ。可愛さとかっこよさのマリアージュってか。いや可愛いの方が勝つけど。虹夏さんちっちゃいから全然可愛いのが勝つけど。
「えー、ほんとに~?」
「二~三分前くらいですかね」
「ふ~ん……お鼻、赤いよ?」
「……寒がりなもんで」
マフラーで鼻元を隠す。鋭いお人だ。さすがドラムでいつもみんなを後ろから見ているだけの事はある。観察眼が高い。
ここは話を逸らすのが一番か。
「そういや昨日は詳細聞いてませんでしたけど、今日はどこ行くんですか? 何故にアキバ?」
「ああ、それはね」
思い出したように虹夏さんが紡ぐ。
「前半は元々遊ぶ予定だったじゃん? んで何しようかなーどこに行こうかなーとか思ってたんだけど」
「はい」
「優人くんにはあたしの行きたいとこに着いて来てもらおうって思ったのでしたっ」
「ああ、国外じゃなかったんですね」
「そこまでは思ってないからね!?」
別に虹夏さんのお願いなら地球の裏側だろうと月面でも良いんだけどなあ。
ふわもこ虹夏さんはコホンと切り替えつつ、
「とりあえず寒いしまずはそこに行こっか?」
「大賛成です」
オシャレは我慢とか言うけど正直全然寒い。ニット帽とイヤーマフくらいは持ってくれば良かったとちょっと後悔してる。
行き先の場所は言わないまま虹夏さんが歩き出したので隣を歩くように着いていく。着いてからのお楽しみというやつだろうか。
ただ一つ確信を持って言える事は。
「場所自体は近いしちょっと歩くだけだからね~って……どうしたの?」
「いや、今日の虹夏さんちょっと考えられないほど人間辞めてるなって」
「あたしそんなぼっちちゃんみたいな事になってる!?」
そんだけ可愛いなって事ですよ。純白に包まれる天使とかまさに神だな。どっちだよ。
とまあ、こんな感じにレアな虹夏さん拝めて今日来て良かったなって思えた事だ。
虹夏さんの言う通り少し歩いた先で歩が止まる。
何となくどこかの店かなんかだろうなーとは思ってたが、実際その前まで行くとどんな店なのかすぐに分かった。つーか思ってたよりでかでかと看板に店名が書かれている。
「ここがあたしの行きたいお店だよ!」
「お~ドラム専門店ですか」
看板には『ドラムステーションリブレ』とあった。
そういや御茶ノ水に後藤さんのギター見に行った時に今度はドラム専門店に行こうって虹夏さん言ってたな。これの事だったのか。
ドラム専門店という自分にとってのホームだからか、テンション上がって看板を指差す腕が上下にぶんぶん揺れてるしついでにアホ毛も左右にぶんぶん揺れている。どうなってんだあの触覚。
まあ行きたがっていた場所に来られたんだから虹夏さんの気分も高まるのだって自然だわな。なら早々に入った方がいいか。
「じゃあさっそく入りまっとっとぉっ!?」
「早く行こ優人くんっ!」
言い終わる前に手を掴まれ店の中へと連れ込まれていく。
何だか初めてテーマパークに来てワクワクを抑えきれない子供に引っ張られる父親の気分です。これがほほえま~ってやつ?
「お、おぉ……」
店内に入ると思わず声が漏れた。
そこかしこに、周囲どこを見渡してもドラムばかり置いてあった。ギター専門店とはまた違う。基本円の形をしてたり重ねて置けたりできるからか、一人分が立てるスペースにドラムが三つや四つほど重ねて置かれているのだ。
まさに圧巻。何この……限界ギリギリまで詰めれるだけ詰めてみました感。
ドラム専門店のドラムってこんな林立されてるもんなの?
「どお、凄いでしょ?」
「ええ……ははっ、ちょっと予想してたよりも専門店って感じがしますね」
「そうなんだよ~、ドラマーならここのお店は外せないし置いてあるのは有名ブランドはもちろんオリジナル商品も充実してるから見るだけでも楽しい聖地みたいなものなんです!」
早口ドラムオタクになってる虹夏さんかわいい。
実際には「はえ~」と相槌を打ちながら店内を見渡している俺。わお、二階までドラムでびっしりじゃん。
「しかもここの店員さんは全員ドラム経験者だから知識も豊富でね、新しいのを買うってなったら絶対ここって決めてるんだっ」
「確かにこんだけ商品揃えてるのは店員含めてドラム愛が強くないと難しそうですよね」
「でしょでしょ~! それにこのお店は試奏もオッケーだから気になったのがあったら叩いても良いんだよ。買わなくても大丈夫だから優人くんも気になったのがあったら試奏してみるのも楽しいよ!」
「気が向いたらそうします。だからまずは虹夏さんの好きなように見てください。俺はそれに着いていきますんで」
「いいの?」
「来たかったんでしょ?」
「うんっ!」
何と気持ちの良いお返事なんでしょう。一つ年上なのを忘れてふーちゃんみたいに頭撫でそうになった。だってすげぇ子供っぽくて和むんだもん。
くっそ、ふわもこコーデだから余計あどけなさを加速させてやがる。俺の庇護欲をかき立たせてくるのは後藤さんだけでいいのにっ。
俺の言葉を素直に受け取った虹夏さんは笑顔でドラムを物色しに行く。
そんなウキウキ気分の虹夏さんを眺めながら店を歩くのも中々悪くないだろう。いや、むしろ良い。ここの空間にいれば虹夏さんは常に笑顔なんだから。マジかよ……じゃあここは楽園天国……ってコト!?
「うわ~どうしよ優人くん! 全部叩きたい!」
「一応見て回って厳選してからにしましょうねぇ」
「うぅ、分かってる……分かってるんだけどぉ……っ。ダメ?」
「全部はさすがに現実的ではないかと……」
「くぅ~、ならやっぱ厳選するしかないか~!」
なんだなんだ、今日の虹夏さんからいつもよりリーダーというかまとめ役っぽい雰囲気一切感じられないんだが?
印象としては甘えてはくるが聞き分けの良い子供のような、そんな感覚だ。え、何それめっちゃ役得ですやん……。
と、虹夏さんを見て気付く。
そうか、今日は結束バンドのみんなはいないしいるのは俺一人だけ。バカみたいなどん底ネガティブの後藤さんもアホみたいなぶち上げ陽キャの喜多さんもカスみたいな借金ベーシストのリョウさんもいないとなれば、虹夏さんは普通の女の子でいられるという訳だ。
普段からあの狂人達を相手にリーダーとして接してるんだから、溜め込んでいた鬱憤やストレスを遠慮なく解放してリラックスできる空間というのは実は珍しいのかもしれない。
あの三人って意外と自分のペースというか自分だけの世界を持ってるとこあるもんね。そりゃ疲れるよ、癒しだって求めるさ。
ならば今日は俺が虹夏さんをとことん癒してあげなくては……。
いくぞ清水優人、伊達に天使ニジカエルを信奉してないというところを見せる絶好の機会だ。ここで信仰心を表さなくてどうするッ!
「虹夏さん、やっぱり気が済むまで全部試奏していきますかっ」
「さすがに冗談だよ!?」
冗談だったらしい。店側の迷惑と俺への気遣いでそう言った事くらい、俺は分かってますからね!
そんな軽いやり取りをしつつも店内を回る。
虹夏さんは笑みを崩さず一つ一つを吟味するように見てはいいないいな~と声を出して楽しんでる様子。
生憎俺は前に始めたギターの事なら少しだけ分かってきたつもりだが、ドラムに関しては知識なんてほとんどない。
精々スネア、ハイ・タム、ロー・タム、バスドラム、ハイハット、クラッシュシンバル、ライドシンバルと大まかな各部の名称を知ってるくらいだ。一応ヘッドとかシェルとか一部の名前は覚えたけど。
こんな感じでメーカーや細かい部分の話になったらもう何が何やらである。
だけど虹夏さんは俺を気遣ってか小難しい話は一切振ってこない。音がどうのこうのやら見栄えがどうたらこうたらと、素人でも何とか通じる程度の話を笑顔でしてくれる。
まるで自分だけが知っている宝物を家族や親友にだけ教えてくれるような無垢な子供のように。
いつもはツッコミやら練習やバイトなどでしっかりしているのもあってか、今のように何のしがらみもなくただただこの空間を楽しんでいる虹夏さんは、本当にどこにでもいる平凡な女の子にしか見えなかった。
しがらみ扱いしてすまん後藤さん達。ただもう少し日頃の行いを改めて虹夏さんに楽をさせてやろうな。
普段の反動なのか知らんけど今日の虹夏さんめっちゃ俺に甘えてくる子供のような感じで話しかけてくるから。天使なのに破壊力が凄すぎてもはや暴力になってる。事あるごとにぴょんぴょん跳ねるアホ毛が感情を表してるのがいけないんだ。犬の尻尾かよ。
「う~ん、やっぱり見てると欲しくなってくるなぁ」
「買わないんですか?」
「一応今使ってるので十分だからね~。楽器なんてみんな基本高いのにリョウみたいにバンバンお小遣い使って楽器買いまくってるのが異常なんだよ」
「それで金欠なって借金してくる人ですもんね」
「またお姉ちゃんにシめてもらおっか」
はて、どこかでくしゃみの音がしたような気がするけど気のせいかな?
「それに今はこうやって見てるだけでも楽しいから良いんだ。あ、楽器見てるだけでもウィンドウショッピングに入るんだっけ。まあ何でもいっか。……こうやって色々見てさー、高い楽器を見て良いな~って思いながらね。いつか売れて値段とか関係なく自分の好きな楽器が買えるようになってやるぞーってちょっとした目標も掲げて気合いを入れる訳」
「……あー、だから今日ここに来たんですか?」
「うん。まあ楽しみたいって気持ちの方が半分以上は占めてるけどね。優人くんにもあたしの好きなものをもっと知ってもらいたいってのあったし」
「その辺に関しては楽しんでる虹夏さんを見てたんで俺も十分楽しめましたよ」
「……えへへ、そっか!」
虹夏さん本人が言った通り、今日ここに来たのは彼女が来たかったからというのも事実であり、俺と一緒に楽しみたいと思っていたのも事実だろう。
しかし何故路上ライブの場所を探す今日という日を選んだのかが少し疑問に思っていた。遊ぶだけならもっと別の日でもいいのにだ。
それも虹夏さんの言葉を聞いて合点がいった。
メンバーの三人ではなくわざわざ俺と二人だけでここに来た意味。今は買えないドラムを見ていつかは売れて買ってやると、目標を掲げて気合いを入れると虹夏さんは言った。
おそらく意思表示の一種もあるんだろう。
そもそも昨日路上ライブの場所を探すと決める前に行っていたのは何か。結束バンドにとっては大事なミニイベンドでもあったはずだ。
『未確認ライオット』。その審査へ応募するためのデモテープの投函。
今まで以上にみんなで努力して形にした結晶を送った日。合否の結果はまだ先だが、その間にも多分思うところは色々あるだろう。だからそれを振り切るように自分に気合いを入れる事にした。
あれだけ昨日はテープに念を送っておいておきながら、それでも少なからず残った不安を払拭するために。
こっぱずかしくて三人には見せられなくても、メンバーではない俺になら言っても大丈夫と思ってくれたから吐露したのだと。
何だか、こっちがこそばゆい気持ちになった。
「まあ、大丈夫ですよ」
「ん?」
「とにかく今日は夕方まで楽しみましょうや。俺でよければいくらでもお付き合いしますぜ」
「……うん、じゃあそうしよう! 今日はとことん付き合ってもらうからね~!」
俺の言葉をどう受け取ったかは彼女にしか分からないが、いつも通りの笑顔を浮かべているなら多少の不安もどこかに消え去ったか。
もしや甘えるように話しかけてきてたのもその裏返しだったり……? やだ、それはそれでかわいいじゃないのよ。
「店の中は大方見て回ったし、そろそろ試奏しよっかなぁ」
「お、いいですね。じゃあ店員さん呼びますか」
店員さんを呼び虹夏さんが気になったドラムを言って試奏スペースにセットしてもらう。
この店、さすが店員が全員ドラマーなだけあって拘りが凄い。虹夏さんの要望に全て応えるようにドラムをセットしていっている。普通ならめんどくさいと思いそうな事でもお互いドラム愛さえあれば何でもないんすね。かっけーっす。おっと、俺の中の長谷川さんが出てきてしまった。そういや彼女もドラムだったね。
セットも終わり、いよいよ虹夏さんが座る。ふわもこな白のボアブルゾンを一旦脱いで俺に預ける。ふわっふわや……。
ああ、なるほど、元々この店に来て試奏するつもりだったからスカートじゃなくて細目のボトムス穿いてきたのね。スカートだったら下手すると大変な事になってたかもしれないもんな。主にそれを見た俺が。
「思いきり叩いても大丈夫ですからね~」
「はーい、ありがとうございまーす!」
つーかここの店員全員ドラマーってか、そもそもが全員女性だった件。
虹夏さんが試奏したいって言ったら五人くらい一気に出てきたけど、みんな女性だった時は普通に驚いた。相変わらずあれか、この世界は謎の力でも働いてるのか? きらきらきららは健在なのか?
「あんな可愛らしい彼女さんがドラマーだなんて驚きましたよ~。てっきり彼氏さんが試奏するものだと思ってましたっ」
いきなり隣にやってきたと思ったら何つう勘違いしてるんだこの髪色パープル店員。
「いや、俺は別に」
「ねえねえっ彼氏さん的にはドラマーってどう思います? やっぱりギターとかベースみたいに前に出てる楽器の方が華があって良いと思いますか~?」
「や、だから俺は彼氏じゃな」
否定が終わる前にダダダンッ! という音に俺の声はかき消された。
虹夏さんがドラムを叩き出したのだ。最初に叩いた感触と音を全身で感じ取った虹夏さんはいつものリハで調整を終えた時のように頷いてから、もう一度スティックで自分のリズムを刻みだす。
その瞬間から、俺は否定の言葉を出そうとしていたまま途切れて開いていた口を閉じる事なく、彼女の姿を見る事しかできなくなっていた。
言うなれば釘付けであった。最初の一音で既に意識を持っていかれていたというのが正しいかもしれない。
素人の感想だが別段飛び抜けて上手い訳ではないと思う。
しかし楽しそうに叩く虹夏さんの表情を見てると、上手い下手なんて特に問題じゃないと感じた。きっと、あの笑顔に勝る魅力はない。
そりゃもちろん音楽を続けていくなら上手なのは大前提だけど、ただ歌が上手い人や演奏が上手いだけの旋律じゃ中々心は動かない。
少なくとも俺がそうだから。結束バンドに関わるようになってから単に曲を聴くだけでなく、歌詞を含めて演奏する人達を見るようになった。だから何となくだけど分かってきたのだ。
必死だったり、笑顔だったり、楽しそうだったり、決して曲だけを聴いてたら見えない部分が見えてくるというのは、存外無碍にできない。
演奏者達の顔が見えると曲の雰囲気も得る印象も変わってくるものだ。だから多分、ファンというのは好きなバンドがいれば現地のライブに来るんだろう。曲だけでは得られないものを見るために。
パープルヘアーの店員の質問を思い出す。
ドラマーだからこそ当人が感じた思いを無関係の俺にぶつけてきたのかもしれない。率直な感想を聞いてみたいと、ドラムは常に後ろで目立たないから華がないんじゃないかとか、その辺の事を聞いてきてるんだろう。
「確かにドラムだとポジション的に目立たないですし、どちらかと言われると華はないかもしれませんね」
「あ、やっぱりそう思います? かと言って前に出すとスペース取るし動けもしないから地味に見えたりするのがネックなんですよね~」
「ですけど」
「?」
「あんだけ楽しそうに叩いてるのが分かってたら、華とか関係ないかもしれませんよ。見てる側も演奏してる側も楽しい空間をみんなで共有できるなら、そこに一番の華があるんじゃないですかね」
今も自由に試奏している虹夏さんは楽しそうだった。本当に。
目立つとか目立たないとか、そんなの関係なく純粋にドラムが好きだからその世界に浸っている。
ああ、訂正しないと。
他のメンバー三人はある意味自由すぎて自分だけの世界を持ってるなんて思ってたけど、こうして見れば虹夏さんも立派な自分だけの世界を確立してるんだな。他の三人が強すぎるだけで。いや、マジで無駄に強すぎる。
「わぁ……何この理解力限界突破した彼氏さん……一家に一人欲しい……」
「え」
何か怖い事言い始めたんですけどこのパープル。
「彼女さん何かバンドでもやってるんですか?」
「あ、ああ、えっと、結束バンドっていう名前でガールズバンドしてますけど……」
「ふむふむ、ありがとうございますっ。気になったらチェックしてみますね!」
「あっはい」
微妙に距離をとろうとしていると腹に響いていた音が鳴りやんだ。どうやら虹夏さんの試奏が終わったらしい。
ふぅ、と一息つき他の店員さんにお礼を言ってこちらに駆け寄ってきた。
「あー楽しかった! やっぱ良いドラムは叩くのも良いね~! あ、どうだった?」
「たのしそうにたたくにじかしゃんかわいいとおもいました、まる」
「語彙が小学生の感想文レベルになってる!?」
「彼氏さんずっと微笑ましそうに見てましたよ~」
おいいきなり何てこと言うんだヘアー店員パープルおい。そういや訂正するの忘れてた。
虹夏さん笑顔のまま固まっちゃったでしょうが。この人にそういうのはまだ早いんだからね。店長もそう言ってたし!
「え? ……か、かれっ……? っ!?」
「あー……虹夏さん、実はこの店員さんちょっと勘ちがぁんッ!?」
「ぁ、ああぁあぁぁあありがとうございましたぁぁぁーッ!!」
「ご来店ありがとうございました~またのお越しをお待ちしております~☆」
入店時同様、退店時も俺は虹夏さんに引っ張られ店を後にした。というかされた。
主に襟首を掴まれ首が締まる形で。
「あ~あはは……びっくりしたぁ……」
「んごぎゅぅぅぅ」
「あっ! ごめん優人く──首が九センチくらいまで縮んでる!?」
虹夏さんが慌てて首の皮を引っ張ったり伸ばしてくれたおかげで何とか元に戻る事ができた。
ふぅ、天使に殺されるとこだったぜ。
「ご、ごめんね……?」
「なんてことないですよ。むしろ死んでても虹夏さんになら本望です」
「それはこっちがちょっと遠慮したいかな……」
遠慮されてしまった……。
「あれ、結構時間経ってたんだね」
「一時間半くらいですね。この後どうします? 他にも行きたいとことかあるんですか?」
「ん~、その前にちょうどお昼時だしご飯でも食べに行こうよ」
確かに12時40分と時間的にもどストライクなタイミングだ。
「了解です。店の希望はありますか?」
「ない! だから適当にぶらついて二人がいいなって思ったとこに入ろー!」
アドリブ感強いな~。
まあガチガチに予定と行き先を固めてるよりはこっちの方が楽しみも多いか。というか虹夏さんとなら俺は油ぎった家系ラーメンでも全然可。
「じゃあその辺歩きますか。アキバだし案外隠れ名店とか見つかるかもですねぇ」
「ほほう、いいね~。じゃあ大通りよりかは狭い路地を攻めちゃおう!」
はしゃぐにじかしゃんきゃわいい。
と、二人で路地をぶらついてたら何か良さげな看板を見つけたのでそこに入る。
『オムの大木』とかいう名前のオムライス専門店であった。大丈夫か、ポムで樹みたいな名前に似てるけど大丈夫なのよねこれ。狭い路地のくせに雰囲気はめっちゃオシャレな感じだったから入ったけど怒られないよね。
「優人くんは何する?」
向かいに座った虹夏さんが聞いてきた。
「あ、メニュー見せてもらってもいいですか」
「はい」
メニュー表を二人でも見えるように俺から見て左側に立ててくれた。
虹夏さんもまだ決めてないから一緒に見えるようにしただけでなんてことない行動なのに何この共有感。むずがゆさが凄いんですけど。
「あたしはエビフライの乗ったオムライスにしよっかな~。ソースはデミグラスソース!」
「じゃあ俺はシンプルに普通のケチャップオムライスにします」
「え? 他にも色々あるのに何で一番無難なやつなの?」
「チッチッチッ、だからこそですぜ虹夏さんや」
「?」
ええ、ええ、そのキョトンとした何も分かってない感じで首を傾げる仕草いいですねえ!
「ド定番でシンプルだからこそ見た目のクオリティーと味の良さがダイレクトに評価に繋がるんですよ。卵焼きやオムレツと同じです。簡単な料理こそ真の腕が問われる。ここが隠れ名店で専門店と謳っているならば、スタンダードなオムライスがこの店を評価するのに一番適したセレクトなのです」
「高校一年生が言う言葉じゃないね~」
虹夏さん所々ドライなとこあるよね。さっきまで一緒にノリノリで名店探してたじゃない。
「まあいいや、決まったら注文しよ。すいませ~ん」
さすが常日頃からあのリョウさんと対峙してるだけある。いなし方が上手い。いや相手にされてないだけか?
注文を済ませ十分程度が経過した頃、お互いが頼んでいた品がやってきた。
「ふむ……見た目は完璧、ケチャップの量も掛け具合もちょうど良い。何より薄めに焼いた卵がまるで高級な絹のように滑らかな黄色で外観を包んでいる。……うん、プァーフェクトゥ……」
「優人くんは美食家なの? 無駄に最後発音良いし」
「いえ全然。ノリです」
「だろうなとは思ったよ」
いかん、普通に良い匂いで腹が減ってきた。サービスで付いてきたサラダを先にかっこんでやろうか。
「あ、食べる前にさ、ちょっと顔をテーブルの真ん中の方に寄せてくれない?」
「あ、はい」
言われた通りに顔を寄せていく。何だろう、虹夏さんの言う事だから忠実な僕みたいに従ったけどこれ何の時間?
そんな事を思っていたら突然虹夏さんがこちらに顔を寄せてきた。……寄せてきた???
「え、ちか」
「はーいじゃあ優人くんスマホカメラ目線でよろしくね~」
「……うぇ? あっ」
「はい、自ぃ~撮りっ」
咄嗟に虹夏さんが持ってるスマホの方に顔と視線を向けると、ちょうどパシャリという音がした。
なるほど、写真撮るためだったのね……。自撮り自体喜多さんヨヨさんとくらいしか一緒に撮ってなかったから意図に気付くまで時間かかった。
こういうのってオムライス単体を撮るんじゃないのか。一応オムライスも一緒に写ってるけど。
「何すか自ぃ~撮りって」
「初めてアー写撮る時に優人くんボケたじゃん? だからあたしも真似てボケてみたっ」
ふ~ん……かーわうぃぃぃいいいいいいいいいいッ!!
よし、よく心の中で押さえ込めた俺。危うく声をまんま漏らして店を一発退場出禁になるとこだったぞ。
しかし写真という事でふととある記憶が蘇ってきた。
正確には御茶ノ水でリョウさんと昼食を食べた時に撮った写真を。
「……あの、まさかその写真、結束バンドのグループロインに貼らないですよね……?」
あの時はなんか他のみんな冷静さを欠いたりして妙な寒気を覚えてた記憶がある。
文字なのに変な圧が凄かったんだよなあれ……。
「うん? ああ、貼らない貼らない。良い写真だけどこれはあたし達以外の誰にも見せるつもりはないから安心して。それにもし見せたら今日の事バレちゃうしね」
ああ、そういや今日は路上ライブの場所探しとしかみんなには言ってないもんな。
下北ならまだしもこんなアキバでの昼飯写真なんかロインに貼ったら一瞬でバレるか。
「これはあたし達二人だけの秘密だよっ」
「うぃっす」
なんと蠱惑的なお言葉なんでしょう。しかも人差し指だけ立てて口元に持ってってるとか、天然の小悪魔要素まで備えてるの最強すぎんだろ。
天使にこんなこと言われたら今日の事は墓場まで持ってっちゃうゾ☆
「じゃあお腹も空いてるし食べよっか!」
「はい」
二人で手を合わせていただきますと言ってから食事を始める。
オムライスはとても美味しかったし、ひとくちひとくちおいしそうにほおばるにじかしぇんがめちゃんこきゃわいかったどぇす、まる。
────
昼食を食べた後はしばらくその店で雑談をし、夕方になるまではアキバで適当にぶらつきながらゲーセンなりアニメショップ(俺の趣味に虹夏さんが付き合ってくれた)に行って時間を潰してから下北沢駅まで移動した。
下北沢の駅前、時間はおよそ六時半。
夏ならまだ十分明るい時間帯だがこの時期はまだまだ陽が沈むのが早く、辺りはすっかり夜の世界だ。
それもあってか、土曜日の下北の駅前にはもう路上ライブをしている人がいた。
「お~今日もやってる~」
「たまにバイト帰りの時もこの辺でライブしてる人見かけた事あるからなぁ。やっぱ音楽の街だけあって歌手目指してる人達にとってここはライブしやすい場所なんですかね」
「ここだと人もいっぱい通るし、下北の人ばっかだからみんなこういうのに寛容で見てくれる人も結構多いからね」
確かに周囲を見てみると数十人くらい立ち止まって路上ライブを見ている。
年齢層はバラバラ。若い人もいれば仕事帰りなのかスーツを着た中年層もいる。ネットで調べた事もあるが、下北で路上ライブは日常茶飯事な事もあってか注意されるような回数も少ないのだとか。もちろん警告されれば撤退は必須だが。
見た感じ観客の人達も路上ライブを見るのが慣れているのか、可能な限り通り道の邪魔にならないよう一列で囲むように見てたり少し離れた場所から見ている人もいた。
……なるほど、こうやってライブをしてる人ができるだけ注意されないよう見てる側もみんな意識してくれてるのか。こういうとこは芸術に寛容な下北らしい特徴だな。
だから夢を追いかける人はここで遠慮なく色んな思いをぶつけられる。
気持ちを乗せて全力で観客に見てもらえる。もしかしたら初対面でも今日偶然出会えた人達が一人でも多くファンになってくれるかもしれないと願って。
「虹夏さん」
「うん?」
「来週の路上ライブ、ここでしましょう」
「……」
「ここなら絶対大丈夫です。根拠は感じられないかもしれませんけど、この場所でなら結束バンドの思いはみんなに届く。何となく……そう思いました」
多分俺の言葉には信憑性の欠片もない。
不確定な根拠と未確定な確信しかなく、それこそ届かない相手には絶対に響かない軽口にも思えるような言葉。
それでも。
「……うん、分かった。優人くんがそう言うならここでしよっか」
「えっ……い、いいんですか? 自分で言っといてなんですけど、結構めちゃくちゃ言ってますよ?」
「それでもいいよ。あたし達を一番身近で見てくれてた優人くんが言うなら信じれるっ。結束バンドのファンをここでもっと増やそう!」
「虹夏さんの銅像をここに建てましょう」
「なんか話ぶっ飛んでってない!?」
いけない、つい心の声が漏れてしまった……。
あまりの神々しさに崇める姿勢が止まらねえ!!
「……優人くんってさー、あたしの事どういう風に認識してる訳?」
「下北沢の大天使」
「女の子以前に人として見られてないッ!?」
人間風情と虹夏さんを同列に扱うのがそもそもの間違いなんですよ。
みんなもっと虹夏さんを崇拝するべき。こんな人格者そうそういないよ。たまにリョウさんに対して猟奇的になるけど。リョウ、だけにね!!
「コホンッ……とにかく来週の路上ライブはここでする。それでいいね!」
「うっす」
路上ライブをする場所は決まった。これで今日の目的は完遂。
その後はライブしてるのを最後まで見て、ライブをしてたお姉さんに少し話を聞き楽しませてもらったお礼としてお金を払ってCDを買わせてもらった。
ライブが終われば自然と人は散っていき、どうせ駅前にいるなら虹夏さんを家の下まで送って良く事にした。
「わざわざ送ってくれてありがとね」
「当然の義務です。俺も今日はありがとうございました。せっかくの休みだし少しでも虹夏さんの息抜きになってれば何よりです」
「たは~、あたしも十分楽しかったよっ。優人くんの趣味も色々知れたしね」
アニメショップの事ね。バレないように今日は何も買ってないけども。
「じゃあ俺はこれで」
「うん、またね!」
スターリーの所で別れる。
色々ぶらついて遊んだのはいつぶりだろ。そもそも後藤さんは外に連れられないし、喜多さんと行ったシーパラはほぼ水族館だけで途中寝ちまってたしなぁ。……もしかしたら一日中ぶっ通しで遊んだのって今日が初? うわ、俺の青春少なすぎ……?
改札を過ぎ電車に乗る。
その車内で椅子に座っていると、スマホの通知が鳴った。
「虹夏さんから?」
何だろう。伝え忘れてた事でもあったのかな。
それとも改めて今日のお礼とか?
スマホを取り出して画面を開く。
虹夏さんから二件来ていた。一つは画像、もう一つはメッセージだった。
「……」
画像の方は今日の昼に二人で撮った自撮り写真。
咄嗟にカメラの方を向いたから虹夏さんがどんな顔をしているか分からなかったけど、ようやく確認できた。
めっちゃ笑顔ですやん。それに比べていきなりすぎて表情を作る暇もなかった俺は笑顔でも何でもなく、呆気にとられて少し口が開きポカンとしたような顔。
一応自分だけど間抜けかこいつ。
そしてメッセージを見ると。
『二人だけの秘密なら共有しとかないとね!』
大丈夫か虹夏さん、学校で密かに男子キラーとかになってないか。
適当に返信を考えつつ、ふと写真を見て俺は思った。
「……そういや俺、女の子とツーショットばっか撮ってんなぁ」
ちょっとした独り言の呟きで周囲の乗客(主に若い男性)に睨まれたのは言うまでもない。
虹夏個人回、どうしても一話に詰め込みたかったから頑張ったらこうなった。
あと「たはー」って言わせたかった。
では、今回高評価を入れてくださった
☆10:鉤十字さん、絶叫しないビーバーさん
☆9:アイスティさん、鳩兎さん、Hira@コスさん、タスマニアさん、サスライガーお兄さんさん、モチモチこしあんさん、イキョウさん、GTR35さん、イヴァンさん、ザラメ雪さん、完全無欠のボトル野郎さん、藤沢大典さん
thank you!!