月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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一月、二月と私生活が忙しくなるため更新頻度が落ちる可能性があります。ご了承ください。


第十話 赤い髪の東洋人

 ボージン&バークスを出た私たちは、また人のいない路地裏へと入り込みレイセンの能力で姿と音を消す。

 そして空を飛んでグリンゴッツ脇の路地裏へと降り立ち、ダイアゴン横丁の大通りへと戻った。

 

「赤い髪の東洋人の女性なんてそう沢山いないですよね。しかも富裕層となればさらに数が絞れるはずです」

 

 レイセンは意気揚々と両手を握りしめる。

 私はその姿を見てため息を吐いた。

 

「あくまで日本のことを少しでも知っていそうな人ってだけだけどね。日本人じゃなくて中国人や韓国人の可能性もあるし。それに日本について詳しかったとしても幻想郷について知っているとは限らない」

 

「あ、そうですよね……」

 

 レイセンは分かりやすくシュンとする。

 

「まあでも、例え赤髪の女性が幻想郷について知っていなくても、知っていそうな知人を紹介してもらえばいいわ。その人が知らなかったら、更に同じことを繰り返す。そうしていくうちに少しずつ知っていそうな人に近づいていくはずよ」

 

「なるほど。確かに闇雲に情報を探すより何倍も効率が良さそうです! 流石セレネ様」

 

「それやめなさい。私を慕うのは勝手だけど、崇拝までは要らないわ」

 

「はぁ。まあ取り敢えず店主さんが言っていた女性を探す、ということでいいんですよね?」

 

 まあ、今のところそれぐらいしか手掛かりがない。

 細い糸だが、これを辿っていくしかないだろう。

 

「そうね。ここから先はその女性を探す方にシフトしようと思うけど、今日はもう遅いし明日にしましょう。パブの店主に心配をかけるのも面倒くさいし」

 

 暗くなっても戻らないからといって探しに来られたら堪ったものじゃない。

 それに家にいるヴァルブルガにも心配をかけるはずだ。

 私はレイセンを引き連れてダイアゴン横丁の入り口にある漏れ鍋を目指す。

 十二月ということもあり、まだ十五時過ぎだが周囲は少し薄暗い。

 あと一時間もしないうちに太陽は完全に沈むだろう。

 私はダイアゴン横丁の入り口にあるレンガの壁を杖で叩き、漏れ鍋の店内へと踏み入る。

 そしてレイセンと二人でカウンターへと腰かけた。

 

「ん、ああ嬢ちゃんたちか。無事なようで何よりだ。何か食べていくかい?」

 

「そうですね。それではスカンピーフライとバタービールを二つずつ。それとハンバーガーにフィッシュ&チップスをください」

 

「まいど。バタービールはホットでいいかい?」

 

「はい。それでお願いします」

 

 店主は注文を取り終わると、すぐにバタービールのジョッキを二つ差し出してくる。

 私は一つをレイセンに持たせると、静かに打ち付けた。

 

「ビールに……バター? それにホットって……」

 

「魔法界ではメジャーな飲み物よ。試しに飲んでみなさい」

 

 レイセンは半信半疑といった様子でジョッキに口をつける。

 そしてすぐに笑顔になった。

 

「思った以上に美味しいです。ほんと食文化に関しては地上だからといって侮れませんね」

 

「まあ、月の食事は質素だから。その分地上の食事は穢れたっぷりだけど」

 

「そんな添加物たっぷりみたいな言い方されても」

 

 レイセンはそういって苦笑いするが、ここ数か月で随分地上の穢れというものを気にしなくなった。

 もう体が穢れすぎて月へ戻っても密かに始末されるレベルだ。

 レイセンはもう地上で生きるしかない。

 そんなことを考えていると、店内が一瞬緑色の光で照らされる。

 どうやら店の奥にある暖炉に誰か煙突飛行をしてきたようだった。

 

「お、これはこれはスカーレット嬢。どうです? 日が暮れるまでここで一杯やるというのは」

 

 グラスを磨いていた店主がカウンター越しに煙突飛行してきた者へと話しかける。

 

「そうしたい気持ちは山々だけど、生憎打ち合わせの時間まであまり時間がなくてね。帰りがけに寄らせてもらうわ」

 

「打ち合わせですか……ああ、講演会の」

 

「そ。だから私が戻るまで店を開けておきなさい」

 

「日が変わる前にお戻りになられたら何かお出ししましょう。ところで、今日はおひとりで?」

 

 店主はカウンター越しに会話をしながら手慣れた手つきで私たちの前に料理を並べていく。

 

「ちょっと野暮用でね。それじゃあ」

 

 私はナイフとフォークを手に取ると、出された料理に手を付け始めた。

 

「さっきの人、背中にコウモリみたいな羽が生えてましたね。人間でしょうか?」

 

 レイセンが中庭の方へ視線を向けながら呟く。

 そんなレイセンの呟きを聞いたのか、店主が少し得意げな表情で言った。

 

「吸血鬼だよ。見るのは初めてか?」

 

「はい……血を吸うんですか?」

 

「うーん、それに関しては俺には答えられないな。直接見たことがあるわけでもないし……でも吸うんじゃないか? 何せ吸血鬼だし」

 

 吸血鬼か。私は一瞬中庭の方へと視線を向けるが、既にそこには吸血鬼の姿は無かった。

 確かに魔法界には吸血鬼と呼ばれる種族が存在する。

 扱いとしては狼男や半巨人と同じで、魔法省は形だけは吸血鬼をヒトだと認めている。

 まあそれでも人間を襲い血を吸う生物ということもあり、忌み嫌われていることが多いが。

 本来ならばヴィーラやゴブリンと同じように杖を持つことができない種族に認定されてもおかしくはない。

 だが、今のイギリス魔法省は吸血鬼が杖を持つことを許可している。

 と言うのも、吸血鬼の中には元魔法使いで、吸血鬼に血を吸われた結果吸血鬼になってしまった者もいるからだ。

 

「まあでも怖がらなくていいぞ。彼女ほどの吸血鬼になると逆に安心だ」

 

「どういうことでしょう?」

 

 私が尋ねると店主は得意げに答えてくれる。

 

「彼女は血統書付きの吸血鬼だ。何代も続く純血の吸血鬼の家系らしい」

 

「純血の吸血鬼。なるほど……」

 

「……? 純血だと何が違うんです?」

 

 ひとり理解が追いついていないレイセンが頭の上に疑問符を浮かべる。

 私はフィッシュ&チップスをつまみながら答えた。

 

「吸血鬼というのはその血の濃さによって吸血鬼としての力が変わってくるの。純血の吸血鬼……つまり殆ど人間の血が交ざってない吸血鬼というのは永遠に近い寿命を持ち、尚且つ人間とは比べものにならないほどの怪力と魔力を持つ」

 

「その通り。彼女の見た目は君たちと同じぐらいだが、確か年齢は四百五十歳を超えているはずだ」

 

「へえ、私たちと比べても結構長生きなんですね」

 

 きっとレイセンは玉兎の年齢と比べたのだろう。

 玉兎の寿命は大体三百歳ほどだ。それと比べても四千年近い寿命を持つ吸血鬼は確かに結構長生きだと言える。

 まあ、数億歳に達する者が何人もいる月の基準で言えば四百歳少しなどまだまだ若輩者の域を出ないが。

 

「まあ、つまりはだな。彼女には今まで築き上げてきた地位や立場がある。その立場を滅茶苦茶にしてまで人を襲うようなことはしないさ」

 

 それに店主とのやり取りを見てもわかるが、随分と社交的なようだ。

 忌み嫌われる存在である吸血鬼でありながらあそこまで社会に溶け込んでいるというのも面白い話だ。

 

 

 

 

 パブで軽食を取り終わった私とレイセンは、夕焼けに照らされたロンドンの道を歩く。

 レイセンはパブで見た吸血鬼のことを考えているのか、どこか上の空だった。

 

「……ねえセレネ様。私も彼女のように──」

 

「無理ね。純血の吸血鬼と貴方じゃ、何もかも違うわ」

 

 私は最後まで言い切る前にレイセンの言葉を切り捨てる。

 

「貴方はもう地上へ堕ちたうさぎ。月にいた頃と比べて寿命も短くなっているはずよ。それに、吸血鬼ほどの魔力も筋力もない」

 

「ですが、何か社会的な地位を得ることが出来れば……」

 

「得ようと思って得れるほど、地位も立場も軽いものじゃないわ」

 

 今のイギリス魔法界でレイセンのような亜人が地位を築くというのはかなり難しいと言えるだろう。

 そもそも保守的な魔法使いになればなるほど人間と亜人をはっきりと区別する。

 魔法省の上層部には狼人間や巨人のことを忌み嫌っている者が少なからずいるとの噂だ。

 

「まあ、狼人間や吸血鬼と違って玉兎は人間に危害を加えるような存在じゃないから理解さえ得られれば普通に暮らせる可能性はあるけど。そうじゃなくてもイギリス魔法界はそのうち戦火に包まれるわけだし、早々に何処かへ避難した方がいいことは確かよ」

 

「そうですよね……」

 

「なに、そんなこと聞くってことは、イギリスが少し気に入った?」

 

 私が尋ねると、レイセンは静かに首を横に振る。

 

「ならいいじゃない。こんな国さっさと離れるべきよ」

 

 私はレイセンの手首を掴み、再びロンドンの街を歩き始める。

 だが、不意にレイセンが立ち止まり、私は手を引かれるような形でつんのめった。

 

「……っ。ちょっと、危な──」

 

「セレネ様にとって、私はお邪魔ですか?」

 

 文句を言おうとしたその瞬間、レイセンが私の顔を見ながらそう言った。

 レイセンの目には不安の感情が色濃く出ている。

 

「私セレネ様にお世話になりっぱなしで、何も返すことができなくて、なんのお役にも立てなくて……」

 

「それがどうしたのよ」

 

「……そうですよね。やっぱり、ですよね」

 

 レイセンは少し視線を下げると、どこか諦めたかのような笑顔を浮かべる。

 

「変なこと聞いてすみませんでした。明日も張り切っていきましょう!」

 

「……なんでもいいけど。そうね、この冬休暇中に可能な限り情報を集めてしまいたいし。明日も同じ時間にホテルに迎えに行くわ」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 私はレイセンとホテルの前で別れ、グリモールド・プレイスにある自宅へと足を向ける。

 レイセンが何を考えているかはわからないが、まあ所詮玉兎の考えることだ。

 深く考えるだけ無駄だろう。

 

 

 

 

 

「ん? それってスカーレット嬢のところの従者さんじゃないか?」

 

 次の日。昨日と同じように漏れ鍋に向かった私たちは、まず手始めにと店主に探している女性の特徴を伝えた。

 半分ダメ元ではあったが、店主は私たちの想像とは裏腹にスラスラと情報を吐き出していく。

 

「スカーレット嬢って、もしかして昨日の」

 

「そう。昨日すれ違った吸血鬼のお嬢様だよ。たまに赤い髪を腰まで伸ばした従者の女性を連れていることがある。顔も言われてみれば東洋人寄りの顔つきだし、きっとそうだろうな」

 

「赤髪で、女性で、東洋人で、富裕層……条件ぴったりですね!」

 

 レイセンは指を折りながら確認し、嬉しそうにパンと手を叩く。

 私はこんなにすぐにお目当ての人物の正体が分かったことに半ば拍子抜けしつつ、さらに詳しいことを店主に聞いた。

 

「あの、その女性の名前はわかったりしますか?」

 

「えっと……確かスカーレット嬢は『メイリン』って呼んでいたな」

 

「メイリンですか。だとすると日本系というよりかは中華系ですね」

 

 漢字で書くとするならば『美鈴』か『美玲』といったところだろう。

 

「あー、どうだろうな。その辺はあまり詳しくなくて……」

 

「どこに行けば会えるでしょうか。その方にお話を伺いたくて」

 

「メイリンさんにか? うーん……どうだろうなぁ」

 

 私の問いに店主は腕を組んで唸る。

 

「流石の俺もスカーレットのお屋敷の場所は知らないし……スカーレット嬢がダイアゴン横丁に来るのも年に数えるほどだ。魔法省にはよく出入りしているようだが……」

 

「魔法省……ですか。吸血鬼がですか?」

 

「だから言っただろう? 地位があるって。彼女は魔法省とも仲がいい。たまにここでもジェンキンス大臣と飲んでるよ」

 

 魔法大臣とも繋がりがあるのか。それが本当なのだとしたら少しどころの話ではない。

 イギリス魔法界でもかなりの地位にいると言っても過言ではないだろう。

 もしかしたら私が知らないだけで、私の父親とも繋がりがあるのかもしれない。

 今度父親が帰ってきたときにでも話を聞いてみよう。

 私がそんなことを考えていると、店主は何かを思い出したかのように顔を上げた。

 

「そうだ。メイリンさんに会えるかどうかはわからないが、スカーレット嬢には確実に会う方法がある」

 

「ほんとですか!?」

 

 レイセンはわかりやすく目を輝かせる。

 店主はカウンターから出てくると、店内の隅に貼ってあった張り紙を剥がして私に渡した。

 私はレイセンと共にその張り紙を覗き込む。

 どうやら、イベントの張り紙のようだ。

 

『毎年恒例 夜の支配者によるオールナイトクリスマス講演会 千年に一度の奇跡を見逃すな……!』

 

「……なんですかこれ?」

 

「スカーレット嬢は占いの偉い先生なんだ。普段は講演会も不定期なんだが、クリスマス、二十五日の夜だけは決まって講演会を開いているな」

 

 二十五日の夜。つまり、あと数日もしないうちに確実にお目当ての女性の主人がダイアゴン横丁に現れる。

 いや、なんならこの講演会に参加してしまえばいい。

 私は張り紙に書かれている日時と場所を記憶すると、店主に張り紙を返す。

 店主は張り紙を元あった場所に貼りなおした。

 

「まあ、自分で言っておいてなんだが、子供が顔を出すような講演会じゃないな。時間も深夜、というか夜通しだし。もしメイリンさんに聞きたいことがあるならまた店内を通った時にでもそれとなく聞いておくが──」

 

「いえ、それには及びません。割と込み入った要件ですので。レイセン、行くわよ」

 

「あ、え、はい!」

 

 私は講演会が行われる場所を確認するために店の奥、中庭の方へと歩き始める。

 レイセンは店主に深くお辞儀をすると、私の後を追って走り出した。




プチコラム

十五時過ぎで薄暗い
 イギリスは日本と緯度が異なるため、冬はかなり暗くなるのが早い。十六時には日が完全に沈む。

スカンピーフライ
 日本で言うところのエビフライ

吸血鬼
 人間の血を吸う化け物。人間の血が混ざってない吸血鬼はセストラルより早く空を飛び、巨人を片手で持ち上げるほどの怪力を持つ。また、満月が出ている夜の不死性はすさまじく、身体の八割以上を消失させられたとしてもすぐに復活することが可能。だが、その分純血の吸血鬼は弱点も多く、直射日光を浴びると灰になってしまったり、流水に晒されると動けなくなってしまう。

スカーレット嬢
 四百五十年以上を生きる吸血鬼。占いの権威。イギリス魔法界に根強いコネクションを持っている
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