月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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第十一話 地下通路に潜む影

 一九七二年十二月二十五日。クリスマス当日の夜。

 私は自宅でのささやかなクリスマスディナーを食べ終わり、ヴァルブルガに今日は早めに寝ることを伝えると二階にある自分の部屋へと戻る。

 クリスマスイブの夜ならまだしも、今日はヴァルブルガも部屋へは入ってこないだろう。

 だが、念には念を入れる必要がある。

 

「クリーチャー」

 

「はい、こちらに」

 

 私が呼びかけると、クリーチャーはすぐさま私の前に姿を現した。

 

「クリーチャー。今日の家事は済ませてきた?」

 

「はい。言いつけ通り、全て済ませてあります」

 

「うん。優秀で何よりよ。さて……」

 

 私は姿見の前で自分の全身を確認する。

 そして頭の中で何度か自分の姿を想像し、杖を抜いてクリーチャーに変身呪文をかけた。

 その瞬間、クリーチャーの容姿がぐちゃりと歪み、見る見るうちに私と瓜二つの姿へと変わる。

 クリーチャーは変わり果てた自分の姿にかなり驚いているようだったが、それ以上に私が何を考えているのか気が付き慌てて言った。

 

「お、お嬢様まさか──」

 

「そう、そのまさかよ。今日一日身代わりになりなさい」

 

「い、いけませんお嬢様! ヴァルブルガ様がご心配なさります!」

 

「だから心配されないように身代わりを立てるのよ。大丈夫、貴方は私のベッドの上で寝たふりをしていればいいわ」

 

 そう、私はこれからダイアゴン横丁に用事がある。

 一晩中ベッドを抜け出すことになるので、ヴァルブルガに不審がられないようクリーチャーを代役に建てることにしたのだった。

 私はクローゼットから厚手のローブを取り出し洋服の上に着込む。

 

「それにです! 私のようなものがお嬢様のベッドで横になるなど……」

 

「それこそ何の問題もないわ。貴方も私も穢れた地を這う矮小な存在なんだから。そこに差なんてないわ」

 

 私はクリーチャーの制止を半ば無視すると、部屋の窓を開け放ちロンドンの闇に飛び立つ。

 クリーチャーは口ではああ言っているが、最終的には完璧に仕事をしてくれるだろう。

 私は闇夜を少しの間飛行すると、人目に付かないように道路へと降り立ち、夜のロンドンの街を歩く。

 所々に街灯はあるが、足元がうっすらと見える程度で明るいとは言い難い。

 暗視の魔法薬を持ってくればよかったと少し後悔しているうちにレイセンが宿泊しているホテルへとたどり着いた。

 

「すみません。三〇二に部屋を借りているレイセンさんを訪ねにきました」

 

 私はフロントの女性に一声かけ、エレベーターに乗り込む。

 そして三階へと上がり、レイセンが宿泊している部屋の扉を叩いた。

 

「レイセン、私よ」

 

「あ、はい! 今開けます!」

 

 扉の奥からバタバタとした足音が近づいてくる。  

 そしてカタンと錠が外れる音と共に扉が静かに開いた。

 

「お、お待たせしました」

 

「こっちこそね。家を抜け出すのが遅くなったわ」

 

「大丈夫なんです? 表向きは十一歳なわけですし。ご両親にバレたら……」

 

「まあその辺は考えてあるわ。身代わりも用意してるし」

 

 私はレイセンが扉の鍵を閉めたのを確認すると、再度エレベーターに乗り込みエントランスへと下りる。

 そしてフロントの女性に軽く会釈し、レイセンと二人でダイアゴン横丁へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 ダイアゴン横丁の入り口として一番有名なのは漏れ鍋だ。

 多くの魔法使いが漏れ鍋からダイアゴン横丁へ出入りする。

 また、遠方にいる魔法使いも漏れ鍋の暖炉へ煙突飛行してくることが多い。

 だが、ダイアゴン横丁の入り口は何も漏れ鍋一つというわけではない。

 有名ではないだけで他にもいくつか入り口が存在するのだ。

 私はあと一時間もしないうちに閉店する漏れ鍋の前を通り過ぎ、その先の路地裏へと入る。

 そして建物と建物の間を縫うようにしながら奥へと歩いた。

 

「いつもの入り口から入らないんですか?」

 

 レイセンが壊れて横たわる冷蔵庫を乗り越えながら聞いてくる。

 

「漏れ鍋の店主には顔を覚えられているし。それに、こんな時間に子供二人でダイアゴン横丁に入るというのは常識的ではないわ。止められるのがオチよ」

 

「なるほど……この先に他の入り口があるんですね」

 

「そういうこと」

 

 私はそのまま少し進み、用水路から地下へと下りる。

 この地下道をしばらく進めば高級クィディッチ用具店の脇へ出れるはずだ。

 私とレイセンは足元の水たまりに注意しながら地下通路を歩く。

 吸血鬼が講演会を開くのはクィディッチ用具店から五分ほど歩いた場所にあるホールだ。

 順調に進めば開演十五分前には会場に入れるだろう。

 

「……ッ!? セレネ様逃げ──」

 

 順調に進めばだが。

 私の後ろを歩いていたレイセンがいきなり私を前方へ突き飛ばす。

 私は転びそうになりながらもなんとか体勢を立て直すと、咄嗟に後ろを振り返った。

 その瞬間、横合いから飛んできた赤い閃光がレイセンの腹部に直撃し、レイセンを真横へ吹き飛ばす。

 レイセンはそのままの勢いで壁に激突し、ピクリとも動かなくなった。

 

「レイセンッ! ──ッ」

 

 私はレイセンへ駆け寄ろうとするが、同じ方向から魔法を放つ気配を察知して後ろへ飛び退く。

 そして自身も杖を抜いて正面に構えた。

 

「いい動きだ。だが、そもそもの警戒が足りてないな嬢ちゃん」

 

 閃光が飛んできた方向から男性の声が響く。

 私は横目でレイセンの状態を確認しつつ、男へと呼びかけた。

 

「目的はなんでしょう? お金かしら?」

 

「ま、確かに身代金も魅力的だが、今回はそれが目的じゃねぇ」

 

 私は少しずつ移動し、レイセンを庇うように男との間に立つ。

 その瞬間、私の右足がぺちゃりと水溜りを踏んだ。

 ……いや、違う。

 私が今踏んでいるのはレイセンが作っている血溜まりだ。

 

「大怪我をしているようです。打ちどころが悪かったのでしょうか。今すぐ治療しないと死んでしまいますわ」

 

 この短時間で血溜まりが出来ているということは、かなりの出血量ということである。

 先ほどの赤い閃光が失神呪文だったと仮定すると、レイセンが意識を取り戻して自分で止血を行うというのは望めない。

 

「そうかそうか。だが、俺はお前が杖を持ったままピクリとでも動いたら死の呪いをどちらか片方に向かって放つ予定だ。治療したけりゃ杖を捨ててマグル式でやるんだな」

 

 私は少し考え、杖を男の方向へと投げる。

 そしてレイセンのそばに屈み込むと、レイセンの体を起こし傷口を確かめた。

 

「うっ……」

 

 体を動かすとレイセンは小さく呻いたが、意識を取り戻す様子はない。

 私は半ば手探りでレイセンの傷口を探り、手のひらで強く押さえた。

 傷口の大きさ的に壁に突き出たボルトが脇腹に刺さったのだろう。

 位置的にもしかしたら腎臓も傷つけているかもしれない。

 今すぐにでも手術がいる。

 そうじゃなかったら治癒魔法が必須だ。

 杖を渡したのは失敗だったか。

 

「……」

 

「おい、どうした? もう死んだか?」

 

 男が私の頭上に杖灯りを灯す。

 

「まだ死んではいないようです。でも、あと一時間もしないうちに死ぬと思います」

 

 私はレイセンのズボンのベルトを引き抜くと、傷口に布を何枚か当ててベルトで締め付ける。

 そして立ち上がって男と向き合った。

 

「で、貴方の目的は? 死の呪いを使わなかったということは殺すことが目的ではないのですよね?」

 

「あー、確かに殺すことが──」

 

 男が答えようとしたその時、通路の奥から足音が聞こえてくる。

 無関係の第三者であることを期待したが、私の淡い期待はすぐに裏切られた。

 

「何をモタモタしているマルシベール。トラブったか?」

 

「ロジエール! いやそれが失神させた時に大怪我したようでよ。もう面倒だから一人は殺してもいいか?」

 

 どうやら襲ってきた男の仲間のようだった。

 ロジエールと呼ばれた男はレイセンの方へ近づいてくると、傷口を覗き込む。

 

「急所というわけでもないだろう? 治癒の魔法でどうにかなる」

 

「それじゃあそのまま引きずっていくか」

 

「もう一人に背負わせろ」

 

 マルシベールと呼ばれた男は大きなため息をつきながら言った。

 

「というわけだ。背負え」

 

 私は言われた通りにレイセンを引き起こし、背中に担ぐ。

 マルシベールはそれを確認すると、私の首に杖を突きつけた。

 

「よし、歩け」

 

「急ぐぞマルシベール。臭いを感知した魔法省の役人が様子を見にくるかもしれない」

 

 ロジエールはそう言うと、地下通路の奥へと歩き始める。

 私は背中の上でレイセンの鼓動が少しずつ弱くなっていくのを感じながら男の後を追った。

 

 

 

 

 三十分ほど地下通路を歩いただろうか。

 ロジエールは不意に立ち止まると地下通路の壁を杖で何箇所か叩く。

 すると壁が粘土のように変形し、人一人が通れるほどのアーチ状の穴が開いた。

 漏れ鍋の中庭にあるダイアゴン横丁の入り口と同じ作りだ。

 ロジエールはアーチをくぐり、その先にある階段を上っていく。

 私はレイセンの体を一度背負い直すと、一歩ずつ階段を上った。

 階段を上り終えた先には古びた扉があり、ロジエールはその前で立ち止まる。

 そして軽く扉をノックした。

 

「俺だ。三人連れてきた」

 

「手際がいいな。少し待て」

 

 扉の奥から返事が返ってくると同時に、ガチャリと鍵の開く音が響く。

 ロジエールはそれを確認すると、扉を開けた。

 

「随分早かったな」

 

 部屋の中にいた男は私とレイセンを値踏みするように観察しながらロジエールに言う。

 

「マルシベールが捕まえた。運のいいやつだ」

 

「それは確かに。あんなところにこんな上玉が転がっているなんてな。こいつはきっと高く売れるぞ」

 

 私はそんな男たちの会話を聞きながら、レイセンを壁際に降ろす。

 ピクリとも動かないが息はしている。

 心拍数も先程と比べれば安定してきており、意識が戻らないのは単純に失神呪文の影響だろう。

 

「高く売る以前に、このままだと一人死にますけどね」

 

 私はため息交じりに肩を竦める。

 

「ああ、そうだった。おいドロホフ、お前確か治癒魔法が得意だったよな?」

 

 マルシベールが部屋に元から居た男に話しかける。

 ドロホフと呼ばれた男は杖を取り出すと、レイセンの脇に屈み込んだ。

 

「傷は?」

 

「右脇腹です。ボルトの大きさからして腎臓を掠めているかと」

 

「ちっ、面倒だな」

 

 ドロホフは止血用のベルトを解き、傷口を魔法で清め始める。

 そして何度か治癒魔法を使い、レイセンの傷口を丁寧に塞いだ。

 痕は残るだろうが、これでとりあえず死ぬことはないだろう。

 

「これでいい。……というか、こいつ亜人か? 変な髪飾りをつけていると思っていたが、この耳、頭から直接生えてるぞ?」

 

「なんだと?」

 

 ロジエールとマルシベールは私を押し除けるようにレイセンに近づき、頭に生えている耳を弄り始める。

 

「確かに直接生えてるな。こういう魔法じゃないのか?」

 

「試してみよう。フィニート・インカンターテム」

 

 ロジエールは杖を取り出し、レイセンの耳に呪文を掛ける。

 だがレイセンの耳が変化することはなかった。

 

「本物のようだな。血も通ってる。……おい、そこのお前。こいつの種族はなんだ?」

 

 ドロホフが私の方へ振り向く。

 私は一瞬玉兎と言いかけるが、それでは魔法界では通じないだろう。

 

「獣人の一種です。私のペットのようなものですわ」

 

「人間じゃない……まあ、マニアには売れるか」

 

 なるほど。彼らは人攫いか。

 実際にそのような事件が多発しているという話は聞いていたが、まさか当事者になるとは思わなかった。

 まあ、彼らの目的が人身売買なのだとしたら最低限命は保証されるだろう。

 

「まあ何にしても、十分すぎる収穫だ。一人は容姿もいいし、かなりの高値で売れるだろう。こっちの亜人も、売る相手を間違えなければいい値が付くはずだ」

 

「それはよかったですね。ちなみに、私は一体いくらほどの値が付くのでしょう?」

 

 私は興味本位でロジエールに聞く。

 ロジエールは私の問いに対してやや不快感を露わにしながら言った。

 

「いやに冷静だな。助かるあてでもあるのか?」

 

「まあ、そんなところです。でも、そうですね。逃げ出すにしても売却されてからにしましょう。そうすれば、ひとまず貴方たちは儲けることができますよね?」

 

 ロジエールはローブから杖を抜くと、私に対して真っ直ぐと杖を向ける。

 そして冷酷な目で私を見下ろしながら呟いた。

 

「クルーシオ」

 

 その瞬間、私の全身の神経が異常な信号を発し始める。

 なるほど、これが磔の呪文か。確かにこれは常人の神経で喰らったらかなりの激痛を伴うだろう。

 全身の神経一本一本に針を刺されているような感覚だ。

 私は初めて磔の呪文を掛けられたことに少し感動しつつ、改めてロジエールの顔を見上げた。

 

「磔の呪文を掛けられたのは初めてです。こんな感じなんですね」

 

 ロジエールは私のそんな言葉を聞き、更に呪文に込める魔力を高める。

 だが、暖簾に腕押しもいいところ。肉体と精神との関係が希薄になりつつある私の今の体にはあまり効果のある呪文とは言えなかった。

 

「おい、こいつおかしいぞ」

 

「おかしいとは失礼な。安心してください。ちゃんと痛みは走ってますから」

 

 ロジエールはそんな私を不気味に思ったのか、磔の呪文を解き杖を仕舞いこんだ。

 

「……ふん、気味の悪いガキめ。まあ、明日の朝には奴隷市場に並ぶ身だ」

 

「奴隷市場ですか……聞いたことはないですね。マグルの世界の市場です?」

 

「お前は知らないだろうが、魔法界にもいくつか販路があるんだよ。需要もそれなりにある。まあ、精々大切に可愛がってくれる変態に買われることを期待するんだな。場合によっては、買われた次の日には化け物の食卓に並んでいる可能性だってあるんだぜ?」

 

 マルシベールがニヤニヤしながらそう教えてくれる。

 なるほど、大体この三人の特徴も掴めてきた。

 マルシベールはやや不真面目でお調子者な性格、ロジエールは厳格な性格。

 ドロホフに関しては名前と顔つきからしてロシア人だろうか。

 

「……ん? ロジエール?」

 

 私の頭の中でロジエールの名前が妙に引っかかる。

 どこかで聞いた名前だ。でも、一体どこだったか……。

 ああ、そうだ。確かスリザリンの上級生にそのような名前の生徒がいたはずだ。確か名前は──

 

「もしかしてエバン・ロジエールのお父様ですか?」

 

 私がそう呟いた瞬間、ロジエールがピクリと反応する。

 

「おい、その名前をどこで聞いた?」

 

「どこも何も、同じ寮の上級生ですから」

 

 それを聞き、ロジエールとマルシベールが顔を見合わせる。

 

「……一応聞いておくが、お前、名前は?」

 

 その様子を見て、ドロホフが私に聞いた。

 

「セレネ・アルテミス・ブラックです」

 

 私は正直に名前を打ち明ける。

 ドロホフはすぐさま開心術で私の思考を読むと、分かりやすく顔を青くした。

 

「嘘は言ってない……おい、ブラック家と言ったらイギリス魔法界でも有名な純血の家系だろう? どうする?」

 

「どうするって……おい、こういう場合どうするんだ?」

 

 ドロホフに問われたマルシベールは同じ質問をそのままロジエールへと投げる。

 ロジエールは軽く頭を抱えると、声を潜めて言った。

 

「忘却呪文をかけて外に放り出すのが一番だろう。我が君に知られる前にだ」

 

「一体何を知られては拙いんだ? ドロホフよ」

 

 その時、この場にいない六人目の声が部屋の中に響く。

 その声に三人の男たちは分かりやすく肩を震わせると、すぐに声のした方向へ跪いた。

 

「な、なんでもありません我が君……」

 

「なんでもないということはないだろう? 横のそれは貴様の商品か?」

 

 私も声がする方向へ視線を向ける。

 そこには黒いローブを身に纏い、フードを深く被った男性が立っていた。

 私はその男の正体をすぐさま察する。

 そうか、この男は……。

 

「ヴォルデモート卿……」

 

 今まさにイギリス魔法界を混沌に陥れている闇の魔法使い、ヴォルデモート卿が私の目の前に立っていた。




プチコラム

ブラック家のクリスマス
 セレネは両親から溺愛されているため普通にプレゼントを貰うことができる。イメージとしてはドラコを溺愛するナルシッサみたいな感じ。

ダイアゴン横丁への入り口
 漏れ鍋が最も有名で、常に人目がある最も安全な入り口。そのほかにも入り口はいくつかあるが、今のご時勢上安全とは言い難い。

マルシベール
 イギリス人と思わしき中年の魔法使い。

ロジエール
 ロジエール家は聖28一族の一つ。純血主義の家系で、代々闇の魔術に傾倒している。

ドロホフ
 ロシア人。三人の中では一番の武闘派。

磔の呪文が効かないセレネ
 セレネからしたらただ体が痛いだけ。ゲームのキャラクターの状態異常を眺めているような感覚。
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