月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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第十二話 貴方がそれを望むのならば

 どこかもわからない寂れた部屋の中、私は新たに現れたローブの男を見て立ち竦む。

 三人の男の反応もそうだが、明らかにこのローブの男は異質だ。

 ローブで全身を隠しているためそもそも素性が知れないというのもあるが、その体に内包している魔力があまりにも禍々しく、それでいて巨大だ。

 ダンブルドアに並び立つ、いや、魔力量だけならダンブルドア以上かもしれない。

 

「……ヴォルデモート卿」

 

 私は確証もなくそう呟く。いや、ある意味確信に近かった。

 

「察しがいい。だが、少々恐れ知らずだ」

 

 ローブの男はゆったりとした足取りで私の目の前までくると、被っていたローブのフードを脱ぐ。

 私はヴォルデモートの顔を真正面から見つめた。

 クセの少ない黒髪に整った顔つき、瞳の色は全ての色の絵の具を混ぜ合わせたかのような黒色をしている。

 歳は二十代後半ぐらいに見えるが、魔法使いの年齢というのは見た目では測れないものだ。

 ヴォルデモートは黒い瞳で私の青い瞳を見つめる。

 そして息をするような自然さで開心術を仕掛けてきた。

 

「……っ」

 

 私はそれに対し無言で心を閉じる。

 ヴォルデモートは開心術を阻まれたのが意外だったのか、今度はかなり強引に心に侵入しようとしてくる。

 だが、状況が読み切れない今、心を読まれるのは避けた方がいいだろう。

 

「わ、我が君、これはですねその……」

 

 私とヴォルデモートの間でそのような攻防戦が行われてるとは知らないドロホフがヴォルデモートに釈明しようと一歩前に出る。

 ヴォルデモートは邪魔だと言わんばかりにドロホフを押し退けると、私の首を掴み締め上げるように持ち上げた。

 私はその手に軽く手を掛け、不敵に笑う。

 その笑みを見て、ヴォルデモートは我に返ったかのようにハッとすると、私をレイセンの側へと放り投げた。

 互いに開心術と閉心術をぶつけ合っていたのだ。

 先に手を出した方が実質のところ負けである。

 

「気味の悪いガキだ。で、ドロホフ。この二人はお前の商品か?」

 

 ヴォルデモートは先に手を出した事実を誤魔化すようにドロホフに尋ねる。

 ドロホフは焦ったように手を振りながら答えた。

 

「我が君、私は何も知らなかったのです! ロジエールとマルシベールの二人がこいつらをここへ──」

 

「何度も言わせるな。この二人はお前の商品か? まさか隠し子というわけでもあるまい?」

 

 ドロホフはヴォルデモートに問い詰められ、臆するように一歩後ろへ退がる。

 

「いえ、あの……商品にするつもりでした」

 

「ほう、つもりか。お前にしては珍しい。パッと見ただけでもかなりの上玉だ。かなりの値が付くことが予想出来るが?」

 

「それは……」

 

 ドロホフが言い淀む。

 そして助けを求めるようにロジエールを見た。

 

「二人が攫ってきたこの娘が、ブラック家の名を出したもので」

 

 ヴォルデモートがもう一度私に視線を向ける。

 

「小娘、名前は?」

 

「セレネ・アルテミス・ブラックと申します」

 

「父親の名は?」

 

「オリオン・ブラックです」

 

 私がそう答えると、ヴォルデモートはあからさまに眉を顰めた。

 

「オリオンの娘? お前がか?」

 

「はい、そうですが……」

 

 ヴォルデモートは私の容姿をマジマジと見る。

 

「それにしてはオリオンにもヴァルブルガにも似ていない。それにブラック家は代々黒髪の家系だ」

 

「お父様をご存知なんですね」

 

「古い付き合いだ。二人の子供がいると記憶しているが……そもそもそこに転がっている娘は亜人だ。ドロホフ、お前騙されているのではないか?」

 

 ヴォルデモートにそう言われてドロホフとロジエールが顔を見合わせる。

 

「では、この娘がブラック家の名を騙っていると?」

 

「その可能性が高いと言わざるを得ないな」

 

 ヴォルデモートはもう一度私の目を覗き込む。

 

「いいか小娘、開心術とはこう掛けるのだ。心を開いて貴様の情報を開示しなければ殺す」

 

 なるほど、これは心を開かざるを得ないだろう。

 立場としては捕らえられているこちらが圧倒的に不利である。

 私は軽くレイセンのほうに視線を泳がせると、再びヴォルデモートの目を見つめた。

 

「わかりました。ですが、きっと後悔しますよ」

 

 私はヴォルデモートに対しニコリと微笑む。

 そして、硬く閉じていた心を開きヴォルデモートを招き入れた。

 

「……、──ッ!?」

 

 私の心に侵入したヴォルデモートは目を見開き一歩後ずさる。

 私はその隙をついてヴォルデモートの心の中に深く切り込んだ。

 ヴォルデモートと私の精神が絡み合い、深い部分で融け合っていく。

 ヴォルデモート……いや、トム・マールヴォロ・リドルとは、このような男なのか。

 深い魔法族に対する信仰と、死への強い恐怖。

 マグルを憎み、排除しようとしているが、自らにもマグルの血が流れているという矛盾。

 人を惹きつける強烈なカリスマと、圧倒的な魔法の技術。

 

「出ていけ!」

 

 ヴォルデモートは息を切らしながら私を壁へと突き飛ばし、開心術を解除する。

 私はその様子を見て小さく笑みを浮かべた。

 

「つまりはそういうことなのです、闇の帝王様。私はセレネ・アルテミス・ブラック。永遠を生きていた齢十一の魔女でございます」

 

 

 

 

 

 地下通路への入り口がある部屋を出て少し廊下を歩いた先にあるベッドの置かれた小さな部屋。

 ヴォルデモートは抱えていたレイセンをベッドの上に降ろすと、ローブの中から私の杖を取り出した。

 

「治療してみろ」

 

 私はヴォルデモートから杖を受け取ると、レイセンの服を捲りドロホフが塞いだ傷口を調べる。

 綺麗に塞がってはいるが、このままではミミズ腫れのような痕が残るだろう。

 私は杖の先端でレイセンの傷口をゆっくりとなぞる。

 すると、まるで汚れを拭いとるかのように傷痕が綺麗さっぱり消えてなくなった。

 

「……なるほど。十一歳の魔法の腕ではないことは確かなようだ」

 

「信用していただけたようで何よりです」

 

 私は杖でレイセンの頭を軽く小突き、直接失神呪文を上書きする。

 これでもうしばらく目を覚ますことはないだろう。

 

「いや、未だに信じられはしないがな。だが、十一歳の精神のあり方ではない。お前の中には確かに数万年の記憶と経験があった」

 

 ヴォルデモートはベッドの横にある椅子へと腰かける。

 私は無傷同然になったレイセンをベッドの端に押し退けると、空いたスペースに座った。

 

「まあ、それも過去の話。今は穢れ多き地上に堕とされ、人間として慎ましやかに生きております」

 

「だが、お前の頭の中には地上にはない月の英知が詰まっている」

 

「それは……そうですね。魔法という技術は初めて触れる技術ですのでまだ勝手が掴めておりませんが」

 

 ヴォルデモートは何かを考え込むように口に手を当てる。

 

「そして、オリオンの娘というのも事実ではあると。もし差し支えないのなら、今までの経緯を教えてはくれないだろうか。何故そのような存在がブラック家の長女としてホグワーツに通うことになったのか」

 

「つまらない話ですが、それでもよろしければ」

 

 私は月の都の説明から始まり、地上に堕とされた経緯をヴォルデモートに説明する。

 ヴォルデモートは時折質問を挟みながらも静かに私の話を聞いていた。

 

「禁忌、蓬莱の薬か……」

 

 ヴォルデモートは一通りの説明を聞き終えると、私の話を繰り返すように呟く。

 

「あ、やっぱり興味あります?」

 

「命の水や分霊箱では成し得ない、完全なる死の克服。それを実現するものが存在するとはな」

 

 ヴォルデモートの中にあった死への恐怖。それに対する最も適した処方箋は蓬莱の薬か猛毒かだろう。

 

「セレネ・ブラック。お前はその蓬莱の薬を調合したことによって月を追われたと言っていたな」

 

「正確には製法を完成させた、ですけどね。でも、それも所詮は車輪の再発明に過ぎません」

 

「地上で作ることは出来るか?」

 

 私はヴォルデモートの黒い瞳を見つめる。

 どちらもこれ以上心に踏み込まれまいと心を閉じているため真意はわからないが、ヴォルデモートの表情は真剣だった。

 

「まさか、蓬莱の薬を飲みたいと?」

 

「どれほど傷ついてもすぐさま元通りになる体。永遠に老いない容姿。まさに俺が求めるものだ」

 

 私は腕を組み、蓬莱の薬の製法を思い出す。

 製法自体はハッキリと覚えてはいる。だが、月にある高度な機械や技術を使用しても調合にはあと一歩至らない。

 時間を操る技術。それが欠如しており蓬莱の薬の調合を不可能なものにしていた。

 

「ご所望なのであれば調合すること自体は構いませんが、いかんせん月にある最新の設備と技術、能力を用いてようやく完成を見る高度な薬です。地上で同じものを作るとなれば、そう簡単にはいかないでしょう」

 

「その技術の差を補う何かがあれば、調合自体は可能だということか」

 

 私はヴォルデモートの問いに頷く。

 ヴォルデモートは私に右手を差し出しながら言った。

 

「……セレネ・ブラック。お前に蓬莱の薬の調合を依頼したい。その薬は俺の目指す世界を実現するために必ず必要になってくる。俺と共にこのイギリス魔法界を作り直さないか?」

 

 イギリス魔法界を作り直す……正直それ自体はどうでもいい。

 ヴォルデモートが目指す世界など全くもって興味がない。

 私が興味があることはただ一つ。

 

「私はただ、蓬莱の薬が作りたいだけ。それ以外のことには興味がありません。人が薬を望むなら、薬師である私はそれに応えましょう」

 

 私はヴォルデモートの右手を握り返す。

 月の都で完成させることが出来なかった蓬莱の薬。

 それをもし月より設備が劣った地上で完成させることが出来たなら。

 

 私は、自分を捨てて地上へ逃げた八意××を超えたということだ。

 

 私の顔に自然と笑みが浮かぶ。

 決して超えることが出来ないと思っていた高みが、実は手の届くところにあったのだ。

 だが、それには協力者が必要不可欠だ。

 十一歳の財力で薬の開発をするのはあまりにも心許ない。

 それに、薬品や試薬の効果を確かめるため、死んでもいい実験体が何人もいる。

 

「ですが、見ての通り私は地上に堕ちて日が浅く、身体もこのような状態です」

 

「わかっている。可能な限り協力しよう」

 

 現在闇の勢力の頂点に立っているヴォルデモートの協力を得ることが出来れば、開発資金や実験体に困ることはないだろう。

 

「おっと、そういえば」

 

 私はヴォルデモートとの握手を解くと、ベッドの隅で唸っているレイセンを見る。

 そういえば暇つぶしがてらこの玉兎を幻想郷へ送り届けようとしている最中だった。

 だが、本格的に蓬莱の薬の開発を進めるなら玉兎の相手などしている暇はない。

 殺してしまった方が後腐れがなくてよいかも知れない。

 私はベッドから飛び降りると、杖を引き抜きレイセンに向ける。

 

「アバダ……」

 

 いや、ダメだ。私にはまだ匂いがついている。

 既存の魔法を使えば、たちまち魔法省に感知されるだろう。

 治癒の魔法や失神呪文程度ならまだしも、死の呪いなど放てば闇祓いがすっ飛んでくる。

 

「飛ばすか」

 

 私は杖に魔力を集め、レイセンの身体に量子的な振る舞いをするように魔法を掛ける。

 レイセンは量子的に不安定になると、可能性のモヤとなって霧散した。

 綿月姉妹の姉の方とは違い、指定した場所と場所を繋げることは出来ない。

 レイセンはこの宇宙全体のどこかにランダムにテレポートしたはずだ。

 まあ、宇宙のどこに飛ばされようが、ほとんどの場合すぐさま窒息して死に至るだろうが。

 

「……今の魔法は?」

 

 ヴォルデモートが呆然とした表情で先程までレイセンの寝ていたベッドを見つめている。

 私は杖を仕舞いながら肩を竦めた。

 

「邪魔になったので宇宙のどこかへ飛ばしました。安心してください。魔法省はどんな魔法を使ったのか分からないはずですので」

 

「仲間ではなかったのか?」

 

「玉兎なんて暇つぶしの道具ですよ」

 

 ヴォルデモートの問いに、私は即答した。

 

「どうせ月から逃げ出した脱走兵です。殺してしまっても足はつきません。それに、蓬莱の薬の開発に集中するのだとしたら彼女の存在はあまりにも邪魔ですので」

 

「そうか……まあ、お前がそれでいいのならこちらとしては構わないが」

 

 何か言いたげな表情のヴォルデモートに私は首を傾げる。

 

「さて、懸念事項も文字通り消え去ったことですし、詳しいことを詰めていきましょう」

 

 私は改めてヴォルデモートに向き直る。

 明日の朝には家に戻らないといけないことを考えると、あまり時間があるとは言えないだろう。

 私は早速ヴォルデモートに薬の開発に関する相談をし始めた。




プチコラム

セレネの魔力量
 セレネの魔力は並の十一歳と変わらない。故にダンブルドアやヴォルデモートと魔力の出力勝負を行えば瞬殺される。

レイセンをあっさり捨てるセレネ
 この世に無償の愛や優しさなど存在しない。セレネにとってレイセンの面倒は暇つぶし以外のなにものでもなかった。

この宇宙のどこかに飛ばされるレイセン
 幻想郷の迷いの竹林に飛ばされました。その後てゐに拾われます。
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