月の薬師は魔法使いの夢を見るか? 作:十六夜××
ヴォルデモートと出会った次の日の早朝。
私は周囲に人の姿がないことを確かめると、空を飛んで二階の窓から自分の部屋へと入った。
「クリーチャー、帰ったわよ」
私は囁くような声で膨らんでいるベッドに声を掛ける。
すると間髪入れずに私と同じ容姿をしたクリーチャーがベッドから転がり落ちるように這い出してきた。
「おおお、お嬢様お待ちしておりました! ご無事なようで何よりでございます」
呼びかけた時の反応の早さから察するに、きっとクリーチャーは一睡もせずにベッドの上でじっとしていたのだろう。
「まあ全然無事じゃなかったんだけど、結果オーライだったわ」
「は、はあ……」
私はコートから杖を取り出すとクリーチャーの頭を軽く杖で小突く。
するとクリーチャーはみるみるうちにいつもの醜い屋敷しもべ妖精の姿に戻った。
「それじゃあ、私は少し寝るわ」
「おやすみなさいませお嬢様」
クリーチャーは安堵のため息と共に深々と頭を下げると、音も立てずに部屋からいなくなる。
私はクリーチャーの体温で温められたベッドに潜り込み、そのまま眠りへ落ちていった。
その日の昼。ダイニングで朝ご飯代わりのお昼ご飯を食べた私は、自分の部屋に戻り部屋の中を見回す。
ベッドに机に本棚に。年頃の女の子らしいものこそないが、至って普通の子供部屋だ。
「蓬莱の薬の研究を進めるのには狭すぎるわよね」
そもそも私はホグワーツ生だ。
卒業するまでの間は殆どの時間をホグワーツ内で過ごすことになる。
薬の研究室を作るならここよりもホグワーツの方がいいかもしれない。
「……いや、そもそも真面目にホグワーツに通う必要あるのかしら?」
今までは死ぬまでの暇つぶしとしてホグワーツに通っていたが、遊んでいる場合ではなくなった。
真面目に授業に出ていては蓬莱の薬を研究する時間が殆ど取れない。
それに最終的にヴォルデモートがイギリス魔法界を支配すれば学歴なんて関係なくなる。
「とは言っても、義務教育みたいなものだし、辞めたいって言って辞めれるものでもないわよね」
それに学校を辞めたら自由に動けるというわけでもない。
少なくとも成人するまではこの家に縛られ続けるだろう。
だとしたら……。
「……もう一人私がいたら」
クリスマス休暇が終わるまであと一週間。
研究は何千年も前に済んでいる。
その理論や技術を魔法に置き換えるのに一日。
材料集めや道具の作成に一日。
培養に三日、教育に二日。
「よし、間に合う」
私は自らの心臓に杖を向けると、自身に掛けられている『十七歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』を解除した。
これでホグワーツの外でいくら魔法を使ったところで魔法省に感知されることはなくなった。
「さて」
私は軽く腕を回し、本棚を魔法で移動させる。
そしてその裏の壁に魔法で扉を出現させると、杖を持っていない手でドアノブを回し扉を開いた。
当然その先には元の壁があるだけだ。
私は更に魔法を重ねがけし、探知不可能拡大魔法で扉の奥の壁を押し広げる。
そして最終的に自分の部屋の横にもう一つ部屋を作り上げた。
私は扉を閉じ、魔法で本棚を元の位置に戻す。
ひとまず、ちゃんとした研究室を確保するまではここでいいだろう。
私は簡易的な培養槽や、自分が座るための椅子、道具を置く台を部屋の中に出現させる。
「さて……出来れば魔法使いの子供がいいけど、それだと足がつくかもしれないし。材料にするだけだからマグルでいいわね」
私は内側から魔法で本棚をズラし、自分の部屋へと戻る。
そして机の上に羊皮紙を広げ、高度な機器を使う工程を魔法で置き換える作業に取り掛かった。
次の日、私は他所行きの服に着替えると、ヴァルブルガに一言挨拶してから家の外に出る。
用事があるのはダイアゴン横丁だ。
私はここ数日何度も歩いた道を辿るようにして漏れ鍋を目指す。
今までと違う点があるとすれば、横にレイセンがいないことだろうか。
まあ、あの玉兎は戦争から逃げてきたのだ。
宇宙空間では大変珍しい有機物として平和に永遠の時を過ごすというのはある意味レイセンも望んだ結果だったのではないだろうか。
結果オーライとはこの事である。良いことをした後は気分がいいものだ。
私は少し上機嫌になりながら漏れ鍋の扉を開いた。
「いらっしゃい。って、嬢ちゃん今日は一人かい?」
私が店内に入ると、いつものように店主が声を掛けてくる。
私はそれに笑顔で答えた。
「はい。あの子は自分の国に帰りました」
「おっと、そうだったのか。英語が流暢だったから違和感がなかったが、確かに東洋系の顔つきをしていたもんな」
店主は一人納得すると、グラスを磨く作業に戻る。
私はそのまま店内を通り中庭に出ると、レンガの壁を杖で叩きダイアゴン横丁内に入った。
そして順番に店を回り、必要な機材や材料を買い集める。
魔法界は科学技術が発展していないので魔法でどこまで代用できるかわからないが、まあそれなりのものが出来るだろう。
ダイアゴン横丁で一時間ほど買い物をした私は、買ったものを拡大呪文で広げたポケットの中に収め、漏れ鍋を通ってマグルの街へと戻る。
ひとまずクリスマス休暇中に必要なものはあらかた手に入った。
残る材料は一つ。
「えっと、確かこの辺りに」
私は記憶を頼りにロンドンの街を歩く。
十分ほど歩いただろうか。お目当ての建物の前に到着した。
建物の門には『ウール孤児院』と書かれている。
ここなら多少子供がいなくなっても大きな問題にはならないはずだ。
私は目くらまし呪文を全身に掛けると、孤児院の庭に忍び込む。
中庭では十歳に満たないであろう子供が二人ほど砂場で遊んでおり、その他に人影はなかった。
ちょうどいい、この二人にしよう。
「アバダケダブラ」
私は杖を引き抜くと、素早く子供二人を殺す。
そして人が来ないうちに子供の死体を縮小させ、ポケットの中に隠した。
さて、これで必要なものは揃った。
私はこっそりと孤児院を抜け出すと、鼻歌交じりで帰路につく。
そしてグリモールド・プレイスにある実家へと帰ると、ヴァルブルガに軽く挨拶し自分の部屋へと戻った。
「さてさてさて……」
私は本棚をズラし、先ほど作り上げた隠し部屋の中に入る。
そしてベッドの上に手に入れた子供の死体を並べると、早速作業に取り掛かった。
私は死体を浮遊魔法で浮かせ、培養槽の中に入れる。
そして溶解魔法でドロドロに溶かした。
さらにその中にダイアゴン横丁で買ってきた材料を加え、原料を完成させる。
「よし」
事前の準備はこれで十分だろう。
私は培養液を中心に部屋一杯に巨大な魔法陣を描いていく。
魔法陣を使った魔法はイギリス魔法界では主流ではないが、理論上は上手く働くはずだ。
私は魔法陣に変に干渉しないよう、杖を部屋の隅の方へ置く。
そして腰まで伸びている自分の白い髪の毛を半分ほどハサミで切り取り、培養槽の中へ入れた。
髪は女の命とよく言われる。
科学的に見れば決してそんなことはないのだが、術式に魔術を取り入れることを考えれば、実際に髪の毛を使うというのはかなりの効果が期待できる。
最後に魔法陣の外へ出ると、魔法陣の一端へありったけの魔力を注ぎ込んだ。
その瞬間、培養槽の中の液体がブクブクと泡を立ち始める。
私はその様子を注意深く観察し、魔法陣が上手く作用していることを確かめた。
「計算では完全に形を成すのは三日後の朝かしらね」
私は部屋の隅に置いた杖を拾い上げると、洋服のポケットへと差し直す。
そして隠し部屋から自分の部屋へと戻り、夕食を取るためにダイニングへと下りた。
三日後の朝。私は隠し部屋の中の培養槽の前に立っていた。
培養槽には十歳ほどの少女がぷかぷかと浮かんでいる。
透き通るような白い肌に雪のような白髪。その整った顔立ちはまさに私と瓜二つだ。
そう、培養槽の中にいるのは私だ。
正確に言えば、髪の毛という女の魂を分け与えた私のクローンである。
私は培養液の中に満ちている羊水を排出し、中にいるクローンを取り出す。
そして丁寧に体をタオルで拭き、部屋のそばに設置したベッドの上に寝かせた。
だが、このままではただ呼吸を繰り返すだけの肉人形だ。
私は杖を取り出すと、魔法で記憶を修正する応用で必要最低限の知識を書き込んでいく。
イギリス魔法界で暮らす上での常識からホグワーツ一年生レベルの魔法の知識、私の友好関係と家族関係。
月の知識は書き込むかどうか少し迷ったが、余計な混乱を引き起こすだけだろう。
私は必要な処置が全て終わったことを確かめると、クローンの頬を軽く叩く。
するとクローンはゆっくりと目を開いた。
「おはよう私。聞こえるかしら? 見えるかしら?」
クローンはベッドに寝た状態で首だけ私の方へ向ける。
そして感覚を確かめるように何度か口を動かし、掠れたような声を出した。
「貴方……は?」
「私の名前はセレネ。クローンである貴方のオリジナルであり、同時に貴方を作りだした親でもある存在よ」
「オリ……ジナル……親。あの、わた……しは……」
私はクローンの背中に手を回し、ゆっくりと引き起こす。
そして両手で支えながら立ち上がらせた。
「歩いてみなさい」
私はクローンから手を離し、数歩後ろへ下がる。
クローンは戸惑いながらフラフラと右足を前に出し、そのままバランスを崩して地面に顔から倒れた。
「う、……ぁ……」
クローンは地面に打ち付けた鼻を押さえながら地面を蠢く。
どうやら鼻を骨折したらしく、血が溢れ出している鼻は見事にひん曲がっていた。
「うーん、まだ神経系に軽い麻痺があるようね。それともただ脳が上手く情報を処理できていないか……」
私は杖を取り出し、クローンの傷を治す。
そしてもう一度両手を引っ張って立ち上がらせた。
「さあ、歩いて」
クローンはまた不器用に右足を持ち上げ、そのまま地面に倒れ伏す。
私はまた負った傷を治し、手を引いて立ち上がらせる。
それを何度も繰り返す。
何度も何度も何度も何度も。
クローンがまっすぐ歩けるようになるまで何度でも。
そのような行為を一時間ほど繰り返しただろうか。
もともと歩くための情報を魔法で書き込んでいたこともあり、クローンは普通に歩くぶんには転ばないまでに成長した。
「よし、まあこんなものね」
私は一度自分の部屋に戻ると、服を一式手に取り隠し部屋に戻る。
「今度は服を着ましょうか。さあ、着なさい」
そして手に持っていた服をクローンへ手渡した。
クローンの頭の中にはどの服をどの順番でどの向きで着ればいいかということはしっかりと書き込まれている。
クローンは迷うことなくパンツを手に取ると、足を通すために片足を持ち上げた。
そして、そのままバランスを崩しパンツを握りしめたまま真横へ倒れる。
流石に一時間以上何度も倒れては起き上がりを繰り返していたため大きな怪我をすることはなかったが、それでも肩を強く打ち付けたらしく痛そうに摩りながら立ち上がった。
「風邪を引く前にパンツが履けるといいわね」
私は部屋に置かれた椅子に座ると、クローンの肩へ治癒魔法を掛ける。
クローンはその後も何度か転びながら何とか服を一式着終えた。
「次は文字の筆記よ」
次に私はクローンを椅子に座らせ、目の前に机を設置する。
そして机の上に羊皮紙と羽ペン、インク瓶を置いた。
「なんて書いてあるか読める?」
私は羊皮紙に英語で『私の名前はセレネ・アルテミス・ブラックです』と書き記す。
クローンは羊皮紙の文字に目を落とすと、何度か口を動かしたあと読み上げた。
「私の名前はセレネ・アルテミス・ブラックです」
「やっぱり知識としてはきちんと文字を認識できているわね。じゃあ次はこの羊皮紙に『私の髪と肌は白い』と書いてみなさい」
クローンは左手で羽ペンをつまみ上げると、インクを付けて羊皮紙の上に押し付ける。
随分と体が馴染んできたのか、クローンは不器用ながらも羊皮紙に文字を書いた。
「うーん、やっぱり筆跡まではコピーできないか。まあいいわ。文字に関してはこれからも練習するしかないわね」
さて、これで一通りの運動性能のデータが取れた。
やはり体が馴染むまではこの部屋から出さないほうがいいだろう。
だが、時間がないのも事実である。
私は一度机を消し去り、クローンが座っている椅子の前にもう一つ椅子を設置し座り込んだ。
「さて、一通りのテストも済んだところで……これから貴方が生まれた理由について説明していくわ」
私はクローンの目を見る。
クローンは表情に乏しいが、見方によってはクールビューティーに見えなくもないだろう。
「私の名前はセレネ・アルテミス・ブラック。イギリス魔法界では有名な家系のブラック家の長女よ。この辺は貴方の記憶にもあるわよね?」
私の問いにクローンは静かに頷く。
「私は今ホグワーツ魔法魔術学校の一年生。本当は学校へ通わないといけない身なんだけど、他にやらないといけないことが出来ちゃって。だから代わりにホグワーツへ通ってくれる存在を作ることにしたの」
「それが……私、ですか?」
「そう。貴方は私の遺伝子情報から作り出されたクローン。貴方には新学期から私の代わりにホグワーツに通ってもらうわ」
「私が、ホグワーツに……」
クローンは理解しているのかしていないのか、ぼんやりとしながら呟く。
「私の友人関係や家族関係については記憶にあるでしょう? それを参照しながら違和感のないように立ち回りなさい。この際授業の成績についてはとやかく言わないわ」
私はホグワーツでの生活に関する注意点などをクローンに話して聞かせる。
クローンは私の顔を見ながらじっと私の話を聞いていた。
プチコラム
十七歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文を解除するセレネ
いつでも解除することはできたが、反応して然るべきタイミングで魔法行為が検知されないとあまりにも不自然なため今まで解除していなかった
自分のクローンを作るセレネ
クローンの材料はマグルの少女二人と少々の薬品、そしてセレネの髪の毛
セレネ・ブラック・クローン
セレネ(オリジナル)によってスパルタな教育を受けるクローンちゃん無知不憫可愛い